最近、打鉄弐式の進行状況が芳しくない。
アニエスがアヴニールの件で会社の方から用事を言いつけられて、忙しくしているらしい。
それを私に止めさせる権利も道理もない。
元々、打鉄弐式は私が作ろうとしていたのだから、最終的な詰めはどのみち私自身の手でやらなければならないと思っていたし。
でも、どうしてだろう。
アニエスはいつも通りの筈なのに、そのはずなのに、彼女の表情はいつもの覇気が感じられない。
まるで目標としていたものが分からなくなったような、志半ばで潰えてしまったような。
要約すると、アニエスは元気がない。
今日も私は教室で打鉄弐式の調整画面と睨めっこ。
そんな時、私の嫌いなアイツが教室に入ってきた。
「えっと、イス借りていいか?」
「………………」
私は何も答えなかったが、そいつ──織斑一夏はイスを借りて私の前の席に座ってきた。
しかし、私は無視する。
「初めまして。織斑一夏です」
指を止めて相手を睨む。
「……知ってる」
私は今まで専用機を使った行事に参加していないのを、織斑一夏が知らない筈はない。
1発殴ってやろうかと思ったけど、右腕を少し上げただけで留めておき、作業を再開する。
「?」
案の定、私の動きに戸惑う織斑一夏。
「えっと……」
自分に対して敵意があるのに、まだ話し掛けてくるのか。
「……私には、あなたを……殴る権利がある……。けど、疲れるから……やらない」
私は精一杯に織斑一夏を威嚇してみせたが、今までそんな事をしたこともない為、微妙なものになってしまった。
「……用件は?」
「おお、そうだった。今度のタッグマッチ、俺と組んでくれないか?」
「イヤ……」
即答。織斑一夏とタッグを組むなんてイヤなの決まっている。
こいつのせいで私の専用機は完成が遅れている。
半ば我が儘で専用機を一人で組む事を始めたけど、最近まではアニエスと本音が手伝ってくれている。
「そんなこと言わずに、頼むよ」
「……イヤよ。それにあなた、組む相手には……困っていない……」
「あー、いや……」
織斑一夏が言い淀む。ここは諦めさせるためにも、ルームメイトの名前を借りよう。
「私はアニエスと組むから」
「えっ、アニエスと?」
打鉄弐式が完成すればの話だけど。
もしかしたらギリギリ間に合うかもしれない。
それにタッグマッチをするにしても専用機持ちの人数が奇数の為、どうしても一人余ってしまう。
それをどう解決するのかは知らないけど、そんな事よりも織斑一夏と組むのは御免だ。
せっかくあと少しで三人の努力の結晶が完成するというのに、そこに土足で踏み込もうとするその愚かさ。
やっぱり1発は殴っておいた方が良いのかもしれない。
「見付けたわよ、一夏!」
突然、四組の扉を開け放ち、中国の代表候補生が現れた。
パートナーの勧誘だろう。これで織斑一夏が彼女と組んでくれればこの話は終わりだ。
放課後、織斑一夏にしつこく纏わり付かれて最終的にアイツの頬を引っぱたいてきた。
何でそこまで私と組みたいのかと訊ねた所「専用機が見たいから」などとほざいたから。
専用機が出来ていないんだって、貴方のせいなんだって言ってやりたかったけど、言葉よりも先に手が出てしまい私はその場から逃げ出してきた。
「そんな事があったのか」
と、ルームメイトのアニエスは溜息交じりにそう言った。
「で、アニエスは誰と組むのか決めた?」
「いや、今回オレはお前の代わりになった」
「代わり?」
「学園側に打鉄弐式がタッグマッチに間に合うかどうか分からないと報告した所、オレは簪が組む相手と、簪がやっぱり出場できないという時の代役として参加するように言われた」
「どう、して……?」
「簪のためだ」
「もしかしたら織斑一夏と組むかもしれない。でも、そうなったら試合中に後ろから撃っちゃうかも」
「それでも良いんじゃないか? もとよりアイツはそうされても文句は言えない。この際だ。アイツに向かって溜まっている文句を全てぶちまけて来るというのもいいかもしれないぞ」
「私はアニエスと組みたかった」
私と本音とアニエスで組み上げた打鉄弐式で、機会があればタッグマッチで因縁の相手を倒してやりたいと思っていた。
「またいつか、機会があった時にな。オレは簪と織斑が組んでもいいと思っているんだが」
「どういうこと?」
「白式は知っての通り、近接格闘特化型だ。最近では荷電粒子砲が付いて遠距離射撃ができる様になったが、一番の特徴は高威力と高防御だな。オレとしては打鉄弐式でミサイルをばらまいて相手の動きを制限して、白式が雪片弐型で仕留めるっていう戦法が良いと思ってる」
「それは……」
「オレでは織斑の援護は余りできそうもないからな。アヴニールは兎に角速いが売りだし。そうだっ、打鉄弐式のまだ完成してない部分に荷電粒子砲があったよな。白式の物では構造が違うだろうが、サンプルとして役に立つだろう。それに今度、アヴニール用に送られてくる『トレイサーガン』にもマルチロックオンシステムが搭載されていて──」
「ちょ、ちょっ、ちょっと……待って……」
「ん? どうした、簪?」
「ずっと聞きたかった。最近のアニエスの事……」
「オレの事?」
「最近、いつものアニエスじゃないって言うか。空元気って言うか」
「…………」
「何かあった?」
「簪には隠し事は出来ないな。実は最近アヴニールの件でダダリオ・ネクスト社から色々来ていて寝不足でな」
「そうじゃ、なくて」
「…………」
「アニエスなら、相談に乗るから」
「オレの事は良いんだ。それよりも打鉄弐式だろう? 織斑が組んでくれと言ってくるなら組んでやればいいじゃないか」
話が戻ってきた。
まったく、アニエスの本心が見えない。
なんでそこまで織斑を押すのか。
落ち着いて考えれば、私の専用機の完成が遅れている事に、彼に悪気があった訳じゃない。
男でISが使えるという特別な存在ならば、ただの代表候補生である私とどっち優先順位が高いかなど言うまでもなく。
更にその中に織斑一夏の存在はあっても、彼の意見はない。
既に白式は実戦投入してあるのだから、今度は打鉄弐式。
しかし私は、姉への対抗心から自らその作業を遅れさせていたのだ。
私の我が儘のせいだ。つい最近まで、誰かに頼る事は甘えだと思い込んでいた私の我が儘だ。
そう思うと、私は非の無い彼を殴ってしまったことになる。
すると心の中で申し訳なさが溢れてくると同時に、彼の人懐っこそうな笑顔を思い出し、二重の意味で顔が熱くなった。