IS-インフィニット・ストラトス- 欠けた歯車   作:生そば

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Episode.45

「訓練終了。お疲れ様、アニエス」

 

「はい、ありがとう御座います。一夏さん」

 

 スコアは大抵が断トツのオレだったが、今日は特にうまく出来ていたと思う。

 織斑一夏は第一次IS戦争の英雄で、今はオレが所属している傭兵団で戦闘技術を指南してくれている。

 彼だけが男でISを動かし、尚且つ数多のIS乗りを打ち負かしてきた人物だ。

 彼の周りには多くの女性がいて、IS乗りの傭兵団であるオレたちも、彼に惹かれるものがある。

 

「一夏さんは、この後の予定はありますか?」

 

「この後? 夕方までは暇だな」

 

「な、なら。オレと昼食でも……」

 

「別に良いけど。何だ? アニエスはまだ自分の事を『オレ』だなんて言ってるのか?」

 

 自分の事を『オレ』と呼ぶ女は、オレの他には誰もいない。

 

「これはオレの口癖みたいなものですから」

 

「ならちょっとだけ『私』って言ってみてくれよ。きっとその方が可愛いから」

 

「わ、私……が、可愛い、ですか?」

 

 年相応に可愛いに反応してしまう。

 ましてや相手はあの一夏さんだ

 

「おう、可愛いぞ、アニエス」

 

 年の差があるのは知っている。

 きっと、父親に大好きだと言うのと同じだろう。

 

「あ、あれ?」

 

 織斑一夏──織斑は高校生で、女たらしで……英雄としての一夏さんは──

 

「アニエス、どうかしたか?」

 

 オレは40年前にタイムスリップしてきた筈では?

 

「わた、私は……」

 

「おっ? アニエスが自分を私って呼ぶのって珍しいな。そっちの方が可愛いぞ」

 

「──っ!? そんな。オレなんて」

 

 ダメだ。一夏さんと織斑は同一人物だが、まったく違うと認識していた筈なのに。

 織斑はオレの事を真っ直ぐに見てくる。

 

「アニエスってさ、いつもクールで頼りになって。ISの操縦も上手いし、何より可愛いし」

 

「オレ……私なんかが、可愛いか?」

 

 気の迷いか、もう一度『可愛い』と言って欲しくて一人称を変えてみる。

 すると織斑はオレの知っている一夏さんと同じような、優しい笑みを浮かべた。

 

「おう、可愛いぞ、アニエス」

 

「────!?!?」

 

「取り乱したアニエスも、新鮮で可愛いな」

 

 いつの間にか手を握られ、壁に追い込まれる。

 

「止めろ、織斑。お前は」

 

「アニエス。好きだ」

 

 そして段々と織斑の顔が近付いてきて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ! 夢か」

 

 オレの記憶の中の一夏さんが、いつの間にか今の織斑になって襲われる夢を見ていた。

 恐らく簪から昨日の出来事を詳しく聞いたからだろう。

 ワールドパージという黒鍵による攻撃を受けた箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラの5人。

 彼女たちは仮想世界で織斑の姿をしたモノに、赤面ものの何かをしたらしい。

 詳しくは教えて貰えなかったが、オレが夢で見たよりも凄いものだったのかも知れない。

 

「……まさかこのオレがあんな夢を見るとは」

 

 少なくともオレは、一人称を『オレ』から変えた事はない。

 ましてや一夏さんに可愛いと言われた事など無かった。

 そもそも当時はそんな余裕すらなかったのだ。

 

「私、か……」

 

 初めて会った時、織斑はオレの一人称に驚いていたな。

 突然オレが自分の事を『私』などと呼ぶようになったら、それはそれで驚くだろう。

 しかしあの天然女たらしの事だ。

 やはり『可愛い』『似合ってる』などと言ってくるに違いない。

 英雄としての織斑一夏はオレの憧れだが、女たらしの織斑一夏に言われたところでオレにはまったく響かない。

 

「アニエス?」

 

 簪を起こしてしまったようだ。

 

「すまない、簪」

 

「ううん。それより、どうかした?」

 

「何でもないさ。ただの夢だ」

 

「そう?」

 

 織斑に襲われる夢を見たと言えるはずが無い。

 

「おっと、もうこんな時間か。ちょっと出てくる」

 

「……うん? 分かった」

 

 時刻は夜。用事は昨日捕らえた捕虜の事だ。

 捕虜はIS学園のとある場所に収容されている。

 改めて捕虜の容姿について観察しておくと、灰色がかった短髪でつり目がちなのは不機嫌だからだけではない。

 そしてどこかシング・ラブに似た雰囲気があるような気がする。

 

「単刀直入に言うと、今のお前には3つの道がある。ひとつはこのまま一生捕虜として生きる。ふたつ目は逃げ出して本国に帰還する、だ。まあ、どちらにしろお前には『ただ死を待つのみ』という結末しか無いのは分かるな?」

 

 捕虜として大人しくしていても、いずれは暗殺されるかもしれない。

 何らかの対策をしなければ、彼女は間もなく死ぬ。

 

「……三つ目は?」

 

「オレに協力しろ。知っての通りオレは未来から来た傭兵だが。この後の事を聞けば、お前の選択肢は前の2つになる。どうだ?」

 

「聞くわ」

 

「良いだろう。ところで、未来ではISによる戦争が起きる。何者かがコアの製造法を解明し、それを各国にばらまいた事が原因だ」

 

「────!?」

 

 ISのコアの製造方法は今の時代では篠ノ之束しか知らない筈で、それを解明した人物がいると聞けば、確かに驚くだろう。

 

「それに加えお前たちのような次世代量産機計画を企む輩がいたお陰でIS同士による戦争が起こった。文字通り、地図が書き換えられる程の出来事だ」

 

 次世代量産機計画は今進められている最中だろう。

 1番始めに完成させたのは日本だが、ISの絶対防御を突破する技術、つまり白式の零落白夜の能力を模したものだった。

 零落白夜の出力を下げ、エネルギー効率を向上させる物であったり、雪片や紅椿に使われている展開装甲の技術も取り入れられていた。

 

「…………」

 

「心当たりがあるようだな。まあ、そんな訳でオレはそんな未来を来させない為に、原因となった人物を探し出して阻止する事を目的にしている。だがオレは思ったより名が知れてしまった。そこで、オレの代わりに動いてくれる奴が欲しくなったんだ」

 

「…………」

 

 捕虜は黙っている。

 しかし聞く耳を持たないわけでは無いらしい。

 何か悩んでいるような、そんな感じの顔をしている。

 

「甘いわね」

 

「飴と鞭と言ってな。どうせならあまり鞭を使わず、餌付けするのがオレのやり方だ」

 

「アニエス・アロン。貴女にひとつ聞きたいのだけど」

 

「何だ?」

 

「貴女の母親はどんな人だったか。主に見た目を知りたい」

 

 …………? 何故、オレの母親を気にするんだ?

 

「オレの母親は黒髪の女性だった。名前はステラだ。知ってるのか?」

 

「どこに居るのか。今何をしているかは知らない。だけど……良いわ。協力してあげる」

 

「ふむ。ではお前の名前だが……。お前はアンネイムドの何代目の隊長だ?」

 

「7代目よ」

 

「ならお前は今日から『ナナ』を名乗れ。日本の言葉で数字の七を意味する言葉だ」

 

「分かったわ。私はナナ・グレイ」

 

「グレイ?」

 

「苗字よ。それくらいは良いでしょう?」

 

「まあ、良いだろう。ではナナ、また会おう」




次回から九巻あたりに突入します。アニエスの夢としてワールドパージ的なイベントを入れてみたものの、イラストが思い浮かばなかったので、運動会ではアニエスのブルマー姿が見られるかも?

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