織斑とセシリアのクラス代表決定戦当日。
問題がひとつ発生している。
白式がまだ届いていないのだ。
おかしい。未来の織斑さんは、セシリアとはじめて戦ったときは白式で戦ったと言っていたのに。
「とりあえず訓練機の準備はしておこうか」
「うーん。間に合わなかったなら仕方がないよな」
念のために近接戦闘用の装備を持たせた訓練機を用意しておいてよかった。と、訓練機をひっぱり出そうとしたその瞬間、オレたちがいるピットに山田先生と織斑先生が入ってきた。
「アロン、訓練機の準備は必要ない。専用機が届いた」
「え、今ですか?」
随分と遅い到着じゃないか。
「はい。織斑君の専用機、その名も『白式』です!」
ゴゴゴゴ……、と重たい音が響いて大きな扉が開く。
まず第一印象は白。
その名の通り、白いISが飾られた鎧のように鎮座していた。
まだ
「急げ、織斑。早速準備だ」
こんな状態で、いいところまで持ち込めるだろうか。
いや、むしろオレがいなかったらそうなっていたのかもしれない。
セシリアはオレが言わなかったら戦うまで織斑に対して油断を抱いていただろうし、オレがいなくても織斑の稽古は箒がつけてくれただろう。
それでも、オレがいなかった時に比べてふたりのレベルが上がっているならそれでいい。
「アリーナを使用できる時間は限られている。ぶっつけ本番で物にしろ」
「え、マジかよ」
目の前でそんなやりとりをするふたりは、教師と生徒ではなく、完全に姉と弟のようだった。
「箒」
「な、なんだ」
「行ってくる」
「あ……ああ。勝ってこい」
今まで膨れっ面だった箒が笑みを溢した。
「アニエスも」
「頑張れ、織斑」
「おう!」
織斑は元気良く返事をしてピットを飛び出していった。
「こうして見ているだけでは詰まらんな。どれ、アロンの意見を聞かせてもらおうか」
「意見、ですか?」
織斑とセシリアが試合を開始して間もなく、織斑先生が口を開く。
「意見と言われても、オレは生徒に過ぎないのですが?」
「ふん。私がお前が二人の稽古に付き合っていたことを知らないとでも?」
「なにっ。アニエス、それは本当か?」
織斑先生の言葉を聞いてオレが織斑を裏切ったとでも思ったのか、箒が掴みかかってくる。
「落ち着け、箒。オレが織斑の稽古に付き合っていたのは、オレが織斑に力をつけてほしいと思っていたからだ」
「ど、どういうことだ?」
オレが別に裏切ったのではないと知り、箒がオレから手を話す。
そしてその様子を横で見ていた織斑先生と山田先生が興味深そうにする。
「勝負事は常に勝った時よりも、負けた時の方が得る物が多い。オレは織斑に強くなってもらいたくて稽古に参加した。だが、それだけではダメだ。相手を油断させて攻撃するのは戦争であって、決闘ではない」
そこまで言って、目の前の三人は何も言わずに頷いた。
「オレからすれば経験を積めるなら、クラス代表の座なんてどうでもいい。オレのせいで代表になれなかったというなら、その分戦える場面を作ってやるさ」
「そこまでして、お前は何がしたいんだ?」
「さっきも言っただろう。織斑に強くなってほしい。その為には自分の持てる力の全てを出しきって尚勝てない相手と対峙するのが一番だ。そういった敗北は自然と向上心を生み、戦っている間にも相手に勝とうと思考を巡らせる。そんな経験が大切なのだ」
箒と山田先生は唖然とし、織斑先生は口元をつり上げる。
「勝ち負けは重要ではない。むしろ中身にこそ、美味しい身が詰まっている。その為には相手に油断していたセシリアを本気にさせ、織斑にはできる限りの近接格闘術を教えた」
セシリアの専用機は世界に知られている物だから、正当な事前調査で得た資料によって機体の性能やその生かし方を織斑に教え、セシリアには近接戦闘における対処法を身に付けさせた。
「なっ……、そんな事をしたら一夏に勝ち目は──」
「いや、あるぞ」
オレがリアルタイムモニターの画面に視線を移すと、ちょうどブルー・ティアーズのミサイルが織斑に直撃した所だった。
「一夏っ!」
織斑を心配して箒が声をあげる。
オレが話をしている間に、織斑は相当ダメージを受けていたようだが、まだ試合終了のアナウンスは流れない。
それはつまり、ミサイルの爆発で巻き起こった煙の中で、白式はまだ動いているということだ。
「機体に救われたか、馬鹿者め」
織斑先生がそう言うと、煙の中の白式の影が見えてくる。
やがて煙が晴れ、そこにいた白式に誰もが目を丸くした。
純白の装甲に包まれ、一振りの剣を握る自分の力を手に入れた織斑一夏の姿。
そしてその剣の名前は、
「『雪片弐型』……」
山田先生が表示された白式の唯一の武器の情報を見て呟く。
『雪片』それは織斑千冬が自身のIS『暮桜』に乗っていた時に持っていた剣だ。
その能力は自分のシールドエネルギーを刃にして攻撃に転用する物で、エネルギーを無効化し、ほぼ一撃で敵を屠る威力を持つ。
『俺は世界で最高の姉さんを持ったよ』
そう言ったモニターの向こうの一夏は笑っていた。
「これが一夏の勝ち目、なのか?」
「そうだ。しかし、そんなに上手く行かせないようにオレはセシリアを鍛えた」
オレは今、とても悪い顔をしていることだろう。
雪片は強力だが、だからといってそれで勝負が決まるとは限らない。
セシリア-side-
試合開始から30分。
(まさか、アロンさんの予想がここまで的中するとは思っていませんでしたわ)
織斑は今まで射撃武器を一切使わず、近接武器だけで戦っている。
素人が玄人相手に出し惜しみするとは考えにくい。
アロンはセシリアの訓練中にこんなことを言っていた。
『織斑が近接武器主体のISに乗っていたら?』
(まさか、白式のことを知っていた?)
しかしそんなことがある訳がないと首を振った。
開発中のISの情報は厳重なセキュリティで秘匿されている。
そう簡単に情報を得られるほど、日本のセキュリティは軽くないだろう。
「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」
そして今しがた五、六基目のブルー・ティアーズが直撃して爆発した煙の中から織斑の声が聞こえた。
そして煙が晴れたその場所にいたのは、試合開始直後の白式ではなかった。
「まさか、
初期設定のままのISの操縦は、下手をすれば訓練機の操縦よりも難しい。
訓練機は誰でも使えるように調整されたものである。
それに対し白式は織斑一夏のために作られたISだが、急ピッチで用意された物なので調整する時間があったとは考えにくい。
そして織斑はその状態で、代表候補生との決闘に三〇分近く耐えていたということになる。
その事実に気づいてから、セシリアの中でまたもや訓練中のアロンの言葉が蘇ってきた。
『強者の敗因の殆どは傲りと油断だ』
訓練中、アロンに相手をしてもらう内にセシリアの中には傲りという物は消え去っていた。それはつまり、
「油断していた、という事ですのね……。ですが!」
セシリアがミサイル型のブルー・ティアーズを射出。
しかし織斑は、それを手にした一振りの剣で切り裂いて見せた。
その芸当に驚き、セシリアの反応がワンテンポ遅れる。
「まずは、千冬姉の名前を守るっ!」
その隙を突いて、白式の光刃がブルー・ティアーズのシールドエネルギーを削る──
──前に白式のシールドエネルギーが尽きた。
《試合終了──勝者、セシリア・オルコット──》
「は?」
二人を含め、決闘を見ていた誰もがそんな声をあげた。
織斑の攻撃がセシリアに当たる瞬間、前触れもなく突然織斑の負けになったのだ。