『あ、アロンさん! 何をしているんですか!』
真耶がオープンチャンネルで通信してくるが、アニエスはさも当然だというふうに返事をする。
「加勢ですが」
『アロン、今すぐに戻ってこい。すぐに教師陣が向かう』
すぐに落ち着いた千冬の声が聞こえてくるが、アニエスは止まるつもりは無かった。
「いや、これはオレがやりますよ。何せこれは
予想だにしなかったこと。
一緒にいる真耶には当然のことのように聞こえるが、千冬にとっては違う。
今回の事件の事は観客の目があったということで、公開されるだろう。
故にこの事件のことを未来人のアニエスが知らない筈がない。
ならば何故予め知らせておかなかったのかと千冬は思ったが、それはアニエスが放った言葉で解決した。
『アロン、注意をお前に引き付けるだけでいい』
『織斑先生!?』
アニエスは予想していたのだ。
自分が過去に来ることで、未来の出来事が少なからず変わってしまうことを。
今回の場合、乱入してくるISは元々一機で、アニエスが来たことによって二機に増えているということだ。
それはつまり、ISを送り込んできた何者かがアニエスに注目しているということにもなる。
「そうですか」
『アロンさ──』
アニエスは真耶の言葉を聞かずに通信を切った。
「勝負といこうか。存在しなかった筈の無人機よ!」
無人機が近接ブレードを突き出して突進するアニエスの存在に気付き、回避行動を取る。
『敵機出現。ハッキング機能ヲ一部停止、戦闘モードヘ移行シマス』
機械音声に反応して、無人機の両腕の装甲から銃口が現れる。
それは次の瞬間、細かなエネルギー弾をバルカンのように連射し始めた。
「オレの知っている無人機と比べると大きいが、性能は十分か」
アニエスは無人機の攻撃を躱しながら冷静に敵を観察する。
アニエスの傭兵としてのスキルは未来ではひとりで働いていけるには十分すぎるものだった。
得た敵の情報から対抗策を立て、行動に移す能力は仲間の傭兵からは頭ひとつ抜けていた。
「狙い撃つ!」
スナイパーライフルによる狙撃、しかもそれは敵の弾幕の中で行われた。
それも一度だけではなく、二射目、三射目と次々に狙撃していく。
その間、無人機の攻撃はまったく当たらないのに対し、アニエスの攻撃だけは的確にヒットしていた。
が、それだけだった。
「ちっ。細い腕の割りに頑丈な作りでできてるのか」
実弾による攻撃は無人機の装甲を僅かに凹ませるだけ。
そんな装甲を絶対防御ごと突き破るには、それこそ雪片程の攻撃力がなければ駄目だ。
「ならばっ!」
なにも一撃で倒せるとはアニエスも思ってはいない。
絶対防御があるならそのエネルギーを尽きさせればいいだけのこと。
こちらは実弾兵器しかなくエネルギー効率に関してはスラスター関連以外に問題は殆どない。
「まずはその固い体を切り刻む!」
近接ブレードを右手に、ショットガンを左手に展開する。
ブレードを振りかぶり、敵のビームバルカンの弾を躱しながらショットガンを撃つ。
大量の散弾を受け、無人機の姿勢が一瞬崩れる。
無人機はすぐさま身体中のスラスターで姿勢を整えるが、その時には既にアニエスが刃を振り下ろしていた。
絶対防御が刃が装甲に届くのを阻み、次の瞬間アニエスに無人機の拳が迫る。
しかしアニエスはいとも簡単にそれを躱してみせ、お返しと言わんばかりにショットガンを撃つ。
攻撃と回避。それを一連の流れとして戦闘術に組み込む。
ここでもやはり傭兵としてのキャリアが生きてくる。
シールドエネルギーの節約の為にも、ダメージは最小限に抑えたいという考えが、アニエスの戦い方をヒット・アンド・アウェイのような物に育てていったのだ。
「やはり反応が鈍い」
ここまで十分な程の動きをしてくれたリヴァイヴに、アニエスは少しだけ不満を持った。
まるで処理落ちしがちなパソコンを扱っているような感覚だった。
「織斑たちは……?」
アリーナへ視線を落とすと、一夏と鈴はまだ手こずっているようだった。
もう目の前の敵が無人機であると勘づいているころだろう。
もっと早く知っていれば、さっさと雪片で決着がついていただろう。
それを伝えられないアニエスは歯痒い思いから舌打ちする。
「そろそろ終わりにするか」
時間をかけると教師たちが駆けつけてくる。
それはアニエスにとって不完全燃焼のようなものだった。
ここまで追い詰めた敵を他人に勝利をかっ拐われるのは、アニエスにとって気分が良いものではない。
「おとなしく沈んでもらおう!」
掛け声と共にスラスターを吹かし、瞬時加速で無人機に急迫する。
無人機も拳を突き出しバルカンを撃ってくるが、アニエスはそれを寸での所で躱し、灰色の懐にブレードを叩き込む。
勢いに乗って下方へ落下し、やがてアリーナの遮断シールドにぶつかりそうになった所で、二つの爆発音が重なった。
「丁度、終わったらしいな」
ひとつはアニエスが斬った無人機が起こしたもので、もうひとつは一夏たちが倒した無人機が起こしたものだった。
アリーナの隅でセシリアがライフルを構えている。
最後はセシリアの狙撃がトドメをさしたらしい。
「怪我人は無しか。よかったな、織斑」
しかし、皆が終わったと思った瞬間だった。
突然、鈴の叫び声が響いた。
「一夏! まだソイツ動いてるっ!」
体と右腕だけが残った無人機が、最後の抵抗とばかりに一夏に砲口を向けていた。
一夏は反射的に瞬時加速と零落白夜を発動して、高出力ビームが発射されると同時に無人機を切り裂く。
そしてまた爆発が起こったのだった。
「失礼する」
織斑先生と無人機のコアのことで話をしていた為少しだけ遅くなってしまったたが、織斑はまだ起きているだろうか。
「ん、今度はアニエスか」
「その口振りだと、色んな人が見舞いに来たようだな」
時刻は午後7頃。
織斑先生が一夏の見舞いから戻ってから2時間程たってのことだった。
西の空では茜色が紺色に呑み込まれそうになっている。
「体の具合はどうだ?」
オレが側の椅子に座って訊ねると、織斑はニカッと笑って言う。
「どこも問題ねえよ」
問題ない訳がない。
しかし、それでもそう言うのは男としての意地だろう。
「……アニエス。お前は今回の件について何か知ってたのか?」
しばらくして、織斑が唐突に訪ねてきた。
「オレが知るわけないだろう」
「そうだよな。変なこと聞いて悪い」
いったい何処でどんな思考をしたら、そんな結論に至るのだろう。
オレが未来から来たと知っていなければ、オレがこの事件を起こした犯人の関係者ということになる。
織斑にそんな疑問を抱かれるほど、オレは挙動不審であっただろうか。
過去を振り返ってみても、思い当たる節がない。
「ふむ……話しは変わるが、鈴とはどうなった?」
「え? ああ、一応仲直り(?)は出来たと思う。でもいまだに『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』にタダメシ以外の意味があるような気がしてさ」
それはアレじゃないだろうか。
味噌汁の酢豚版。しかも言う立場が逆だ。
「それはオレに聞くことじゃない。直接本人に聞くか、自分で解決するしかない」
「うー。女子の考えってまったく理解できねえ!」
織斑がそんなふうに頭を抱える様は少しだけ面白かった。