海上ホテルへようこそ!   作:うにちゃん

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久々に書く一次創作で拙い所が多々あると思います。
誤字、脱字などありましたら御報告頂けると幸いです。


第一話 私とホテル

 命が芽吹く季節が終わり、その全ての生命達が一斉に夏を迎えようとしている。それは私とて例外ではなかった。

 額に滲む汗を袖で拭いながらも筆を走らせる。向かい合う木の板にぽたっと私の汗が落ちて、その音がやけに反響したような気がした。

 

「……さ。…ナギサ!」

 

 どこからか、作業に没頭している私を呼ぶ声がする。我に返った私は声の呼ぶ方へ振り向くと、どうやら声の主は外にいるようで、私はふぅと一息ついて重い腰を上げると、重たい木製の扉を押し開けて外へ出る。

 瞬間、鼻をつんざくような、それでいてカラッと心地よい潮風が私の鼻腔をくすぐる。思えば、この匂いが好きで、私はここまで来たんだ。高鳴る胸の鼓動をひた隠して、私はいつも通り彼女の名を呼ぶ。

 

「お疲れ、フウカ」

 

 

 

————————————————————————

 

 

 

 大学を卒業した私は、正直言うと周りからは取り残されて路頭に迷っていた。進路も曖昧なまま名前も聞いたことのない残り物の会社へと就職を決め(こういう言い方も会社に失礼になるが)、良くも悪くも、何事もない日々を過ごしていた。

 

 私が入社したのはホテルなどの宿泊業や貨物船などの運搬業の運営を手がける会社で、その中でも私はホテル部門への配属となっていた。とはいえ私が配属されたのは片田舎のリゾートホテル。大型連休などは観光客で賑わうが、そうでない平日などは客足もほとんど無く、なんとも平和な毎日を送っていた。給料も決して良くはなかったが生活には困らなかったし、なにより面倒くさがりの私にはこれくらいがちょうどよかったのかもしれないと思っていた。

 

 そう、思っていたのだ。この時までは。

 

 本部からの通達が来たのはほんの数時間前のことで、その内容は当ホテルの稼働の低さを見兼ねての業務の縮小、及び…。

 

「業務形態の…変更…」

 

 呆気に取られ、棒立ちする私を横目に、隣のデスクで忙しなくキーボードを叩く副支配人のヒカリさんが呟くように言った。

 

「ナギサさんは聞いてなかったんでしたっけ? ウチは暇過ぎて、ちょうど新事業を始めたところだから、その実験店舗になるらしいんですよ」

 

 肩の長さで切り揃えた艶を帯びた黒髪、切れ長の瞳と一文字に縫いつけたような口元。端正なその表情ひとつ変えずに、ヒカリさんはそう言った。実験、って。己の生活の変化が嫌いな私はこの時点で嫌な予感がしていたのだが、その予感が更に悪い方向へ向かうとは、この時はまだ思いもしなかった。

 

「みんなー! おっはよー!」

 

 数分後には支配人であるミドリさんが勢い良く入店して、従業員全員に挨拶をし始めたかと思ったその瞬間には、爆速で私の所へ駆け寄ってきて、既に目と鼻の先に居た。

 

「ナギサちゃん、おはよっ」

 

「はい、おはようございます」

 

 触れてしまうんじゃないかと思うくらい近付く顔と、亜麻色の髪が舞う度に漂う花のような甘い香り。スラッと長い体躯にはスーツがよく似合っている。

 

 ミドリさんは私よりも若いのに、実力だけで支配人へ登り詰めたいわゆるエリートだ。営業回りから予約の電話にお客様の対応、全てをそつなくこなすいわばホテルの顔。私なんかには到底真似出来ないことで、つくづく人の才能というのは恐ろしいと思い知らされる存在であった。

隣では耳栓をするヒカリさんの姿と、気にせず大声で挨拶するミドリさんの姿。いつも通りの光景だった。

 

「ミドリちゃん、いつも元気だねぇ〜。若さの力なのかな?」

 

 フロントカウンターへ戻った私へ話しかけてきたのは、同じくフロントスタッフのフウカだ。フウカは今日も暑いねぇと言いながら、その綺麗なブロンズの髪を持て余すと言わんばかりに、後ろで一つ結びにする。そのスタイルがいやに良くて、何故か一瞬見るのを躊躇うほどだった。フウカとは同期ということもあり、私が気兼ねなく話すことができる数少ない存在でもある。

 

「若さ、って。私たち、そんなに変わらないでしょ」

 

 私は半ば呆れたように言い放って、なはは〜と笑うフウカを横目に、確かにミドリさんって身長も高いし歳下感ないよなあ、などと思いつつも、いつも通りロビーの清掃にかかる。こういった一人での作業も私は好きだ。不必要な会話をせず、ただ黙々とタスクをこなしていく。お客様と向き合う時間も好きだが、この時間はこの時間で私にとっては大事な時間で、このメリハリこそ私がこの仕事を続けている理由でもあった。

 

 ロビーはホテルの玄関だ。客室もだが、まずここが綺麗でないとお客様に与える印象は著しく悪くなる。正直、このホテルがどうとか、売り上げがどうとかは私には関係ないと思う。けど、この仕事自体は好きだった。綺麗にすれば、お客様の表情は自然と明るくなる。そうすると、私も笑顔になれたから。鬱々とした学生時代を過ごした私としては、これ以上のことはなかった。

 

 が、そんな清掃時間は珍しく早めに打ち切られ、ミドリさんが私達スタッフを呼び寄せる。私とフウカはそれぞれ持ち場から戻り、ミドリさんの元へと向かう。すると、いつもはこの時間すらももったいないと言わんばかりにパソコンに向かい合うヒカリさんも既に集合していた。なんとなく分かっている、こういう時は決まって、大事な話があるのだと。

 

「えー皆さん集まりましたね!」

 

 よく響く声で、ミドリさんは続ける。

 

「皆さんお察しの通りですが、大事なお話があります。この度、当ホテルは移転する事となりました!」

 

 そしてそのまま、全員が耳を疑う発言を、当たり前のことのように口にするのだ。

 

「移転先はなんと、海の上です!」

 

 運命の歯車は、ゆっくりと回り始めていた。

 

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