「ですから、まずは食事に行くのが先決でしょう」
「朝メシたらふく食ってただろーが。オレは服屋を見に行きてーんだよ」
ヒカリとファイが喧嘩してるのを見るのはすごく滑稽。この2人はあまり仲が良く無いのかな。いや、この調子だと、むしろ仲がいいという方が正しいのかも。私は昔誰かから聞いた、仲が良いほど喧嘩をする、という言葉を、この2人を見ながら不覚にも思い出していた。
「それにあなたがわざわざ付いてくる理由もないでしょう。単独行動すればどうですか」
「それだとまた合流すんのが面倒じゃねーか」
2人の喧嘩はとどまるところを知らない。見ているのは楽しいけれど、ファイも意地っぽいところがあるので、このまま言い合いを続けていると本当にどこかに行ってしまいそうだったから、さすがに止めに入ることにする。
「まあまあ。…私は3人で、回りたいな」
「ですが、ファイさんには協調性が無さすぎますよ」
「なんかこいつ、オレにだけ当たり強くないか? こんなマジメそーな顔して…」
「…それに、食事出来るとこも、服屋も…この街には、ない」
「「………」」
私がそう言ったら2人して黙り込んでしまった。何だかんだ言って、この2人は分かりやすい性格だから面白い。ファイはまあ、見た通りの裏表のない性格だからいいけど、私が面白いと思うのはやっぱりヒカリ。この人は本当に興味深い。
ファイが言う通り、確かにヒカリは、いかにも真面目で素直そうな顔つきをしている。だけど私の目にはなんだか、誰にも言えないような…いや、ヒカリ本人ですら知らないような、そんな何か…秘密のようなものが隠されている気がする。少なくとも私は、ヒカリを一目見た時からそう感じている。だからこそ、その行く末をこの目で見てみたい。あとシンプルに顔が好き。
「その代わり…いいとこに、連れてってあげる」
この街には何度か来たことがある。幼い頃父に連れられて来た時(とはいえほんの6〜7年前だけど)には、もう少し飲食店や装飾品の店が軒を連ねていたように思う。だから今回この街に寄港することになると聞いて驚いた。それと同時に、少し時期が遅かったな、と勝手に思っていた。全盛期のラセーナをみんなにも見て欲しかった。あの時の輝きはもう戻らないのだろうか、そう思いつつも私は一先ず、海とはひたすら反対方向と歩き始めた。後ろにはヒカリとファイが無言のまま、ぴったりとくっついてくる。私の方が歳下なのに、これじゃあまるでお母さんの後ろをついて歩く子アヒルだ。
「…ふふっ」
「ネルさん、どうかしました?」
「…なんでも」
自分で想像しておいて、あまりの可笑しさに思わず笑みが溢れてしまった。ヒカリが訝しげにこっちを見てくるので、綻んだ口元を頑張って固く結ぶ。
しばらく歩くとようやく目的地が見えてきた。ファイは見た目通り体力があるけど、ヒカリはいつも座って仕事ばかりだから、既に肩を上下させながら歩くのがようやく、といったところだった。
「ヒカリ…大丈夫?」
「ええ…なんとか。少し運動不足ですかね」
「パソコンばっかいじってないで、たまには歩かねーとな」
ファイの言葉にヒカリはむっとなりながらも、無言で前へと向き直す。その目前には、奥へと続く細い道が見えていた。そのさらにさらに奥へと進んで行くと、優しい木漏れ日に包まれた開けた場所へと出た。側を流れる小川のせせらぎと、鳥のさえずりが心地よいそこは、私のお気に入りスポットだ。
「着いた…ここが私が見つけたとっておきの場所」
「こんな場所があったんですね。空気が綺麗で過ごしやすい、いい場所ですね」
「おー、こりゃいいな。食べられそうな草がいっぱい生えてんじゃねーか。食材の足しにでもするか」
「…ファイ?」
「冗談だよ」
私達が休憩も兼ねて切り株に座りながら駄弁っていると、奥の影から別の人物が現れた。猫のような耳を頭に装うその男性は、こちらに気付くなり少し警戒するような表情でこちらを見つめてきた。男性は目を糸のように細めてこちらをじっと見つめてくる。そうしてしばらく、全員が無言のまま見つめていた時、ようやくその男性が口を開く。
「あの、そこ座ってもいいですか。僕も休憩したいんです」
目付きの悪いガラの悪そうな見た目とは裏腹に、丁寧な口調と、落ち着いた声を持つ獣人族の青年は、細い丸太を何本か小脇に抱えており、反対の手には大きなバスケットを持っている。
「…ごめんね。誰もいないと思ったから」
「失礼しました。この土地の所有者の方でしたか」
私達がそう言って立ち上がり、この場を後にしようとすると、青年は慌てて手を振って止めようとして、危うくその手に持つ丸太を落としそうになっていた。
「いえ、所有者というわけではないんです。僕はこの辺りで木を切っていただけで、この場所自体はみんなのものですから。座ったままで結構ですよ」
そう言いながら、男性は私達の座るその目前にシートを広げ、そこに腰を下ろしながらバスケットの中身を探っていた。
「よろしければ、おひとつずつどうぞ」
大きなバスケットから取り出されたそれは、ひときわ大きなサンドイッチだった。おそらく青年の昼食であろうそれは、ハムやチーズ、トマトやレタスなどの具材がはち切れんほどに挟まれており、ひとつ食べただけでも私達の胃袋は十分膨らむだろうと想像にたやすいほどだ。
「でも、それはあなたの大切な食糧でしょう。私達のことはお構いなくどうぞ」
「いえ、いいんです。僕にも多いくらいなので」
青年は爽やかにはにかむと、そのにこやかな表情と裏腹に、半ば強引に私達へサンドイッチを渡してきた。仕方がないので私も受け取ると、私の手に収めるにはやはり大きすぎて、もはや感動すら覚えた。
「…いただきます」
思い切って口を精一杯大きく開け、一口頬張ってみる。新鮮で歯ごたえのある野菜と、濃厚な旨味の肉やチーズとの相性が抜群で、思わず一口、また一口と運んでしまう。
「これ、アンタが作ったのか? かなり美味いぜこりゃ」
「いえ、作ったのは母なんです。毎日張り切って作りすぎちゃうみたいで…食べてくれる人がいて、むしろ良かったです」
「へぇ…」
あのファイですら舌鼓を打つ。余程美味しかったのか、青年に見えないようにしながら、食材の一つひとつを捲るようにして確認していた。まったく、お行儀の悪い。
「ラセーナは漁業ばかりが有名なんですが、この周辺の気候は農業にも適しています。お米や小麦、野菜の栽培、そして林業などが僕たちの仕事なんです」
青年はふたつ目のサンドイッチに手を伸ばしながら続ける。
「だけど、どうしても農業のイメージが定着しないんです。僕たちはなんとか細々と暮らしてますが、やはりほかの人たちはみんな漁師の道へ進んだり、別の街へ行ってしまったりとで、この街が衰退の道を辿るのではないかと心配なんです」
青年の言う通り、ラセーナは産業が盛んだがこれといった観光スポットはなく、一度は観光地化を進めようという動きがあったものの、ピークは一瞬で過ぎ去ってしまい、その際開店したほとんどの店が営業を終了してしまった。その結果として、人気の少ないシャッター街へと変貌してしまったのだ。
青年は手に取った2つ目のサンドイッチも平らげると、空になったバスケットを持って立ち上がった。
「だから僕は、これから別の街へ向かいます。移住するわけじゃない。ただ、伝えたいんです。ラセーナの特産は海産物だけじゃない。美味しい野菜も、お米もあるんだってこと。良質な木材が採れるんだってこと。そうしたら、この街にもっとたくさん人が訪れるようになるかもしれない」
決心した顔の青年に、私達に言えることはもうなかった。これほどまでに奮起するほど、青年はこの街が好きなんだということがひしひしと伝わってくる。
「素晴らしいですね。応援しています」
「こんだけ美味い食材があるんだ、きっと上手くいくさ」
「…そうだね。頑張って」
「皆さんありがとうございます。船は今夜出発ですから、僕は今から帰ってその準備をしないと」
青年はそう言うと踵を返して元来た方向へと戻ろうとしていた。
「今夜? やけに早いですね」
「はい。ちょうど今船が港にいるみたいなので少し見てこようと思います」
「…ああ」
その瞬間私は全てを察して、それ以上は何も言わずに青年に別れを告げた。