日没が近付き、漁船が次々と出港していく中、私達は一足先に船へと乗り込み、お客さんを迎える準備をしていた。
「みんな揃ったー? お客さん乗せる前に、先に荷物積んじゃうからね!」
私達は今から、様々な荷物やお客さんを乗せて、次の目的地、氷の街『ノルス』に向かおうとしていた。各自客室や清掃、設備の最終チェックなどを終え、いよいよ荷物を運び込む段取りへと移った。
運び込む荷の中には、私達及びお客さんへ提供する為の食材などもたくさん入っている。次の街ノルスへは道のりにして2日ほど、停泊は1週間ほどになる。その間食糧が尽きてしまうのは死活問題に繋がる為、試算より多めに、そして他にも防寒具や寝具の予備なども詰め込む予定となっている。
ノルスは北の方に位置する島で、年中雪が降るほどの雪国だ。寒冷気候に適した独特な家の造りや生態系などが注目され、比較的多くの観光客で賑わっているらしい。中でも稀に湾内に、ある1匹のイルカが訪れることがあって、それを目当てに観光ツアーなどがあるほどだ。ヒカリさんも、この辺りでは見られない生物や植生などに興味があるようで、珍しくいきいきとしていた。
「荷物こちらへ、お願いしまーす!」
ミドリさんが、業者が積み込む荷物の誘導をしている。屈強な男性が3〜4人掛かりで重そうな荷物をひとつ、またひとつと運び込んでいく。無駄のない洗練された動きと肉体美に見とれていると、いつの間にか運び込みは終わっていた。するとミドリさんは忙しそうに小走りでこちらへと向かってきて、私とフウカへ何かを手渡してきた。
「はいこれ! フウカちゃんも! 渡すの遅れちゃったけど、 今日から着る制服ね!」
渡されたそれに視線を落とすと、セーラーを連想する襟の付いたトップスに、すらっとした無地のズボンがある。それらは濃い青色の色合いで、どうやら海をイメージした色にしてあるらしかった。
「おお、すっかり忘れてました。いい制服じゃないですか」
「うわ〜、これ可愛いよミドリちゃん! 早速着替えちゃおっか!」
「うんうん、そうしちゃってー! で、ネルちゃんとファイちゃんはこれね」
ファイさんとネルにはまた違うものが配られる。私達のものとは違いセーラーのような襟はなく、色などは統一されている。清掃員と調理師ということを踏まえて、動きやすい格好に仕上げてあるらしかった。
「おお…制服。大人になったみたい」
「こりゃ悪くないな、サイズもぴったりだ」
「そして、私とヒカリちゃんは〜」
ミドリさんはカバンを漁ると(とてもその小さなカバンに、全員分の制服が入っていたとは思えないのだが)、はたまた違う制服を取り出す。ヒカリさんが着て見せると、これも色は同じもののスーツ仕立てになっており、シックな印象を与える。ジャケットの左胸部分にはピンバッジがついていて、紋章のようなものが描かれていることがわかる。支配人と副支配人専用のものらしい。
「これはなんというか…私には似合わなくないですか…? 何か落ち着かないんですが」
「ええー! ヒカリちゃんいいよ! かっこいいよー!」
「ヒカリ…似合ってる」
「ま、まあ、それならいいんですが」
少し照れくさそうなヒカリさんを横目に外を見てみると、既にちらほらとお客さんが見えている。数にして10数人といったところだろう。各々着替えを終えた私達は、ついに定位置につき、後は受け入れるのみの体制となる。
ミドリさんが表へと繰り出し呼び込みを始めた。するとお客さん達が1人、また1人と乗り込んでくる。そしてその中には、私達が街で出会った人たちの姿もあった。私とフウカは息を吸い込んで、待ってましたと言わんばかりに、入口へと向けて大きく挨拶をした。
「ようこそ、海上ホテルへ!」
会計が一通り終わると、一旦私達の仕事は一区切りとなる。お客さんはそれぞれの客室へと上がり、今日は夜も遅いので一息ついているところだろう。夕食を取っていないお客さんが、ロビーへやってきて食事をしている様子も伺える。
食事は基本的に料金に組み込みという形になっている。そこから泊数が多かったり、大型の積み荷などがあれば追加料金がかかることとなる。基本は先払いだが、追加の宿泊や荷物などがあれば都度支払えば対応可能だ。だからお客さん達には、食事券などが特になくとも、いつでも食事可能だということを伝えてある。そう考えると、いつでも食事が提供出来る状態にないといけないファイの心労は計り知れない。
「いろんなお客さん入ってきたね〜、ノルスで降りる人達がほとんどみたいだけど」
「そうだね、それだけノルスは人気の場所なのかな。商売するにしてもちょうどいいのかも」
私達がノルスに着くのは日付にして2日後の昼頃で、それまではしばらくお客さんと共に海を渡ることとなる。ミドリさんとヒカリさんは操縦を、ネルはお客さんが降りるまでは清掃が出来ない為、私達とフロントに立つこととなった。
「ひとまず…落ち着いたね」
事務所に戻ってコーヒーを注ぎながらネルが呟いた。ネルは注いだコーヒーを私とフウカに渡して、自分はホットミルクを飲みながら一息ついていた。
ひとまず、というのはその通りで、これからはお客さんがいるという意識を持ってフロントに立たなければならない。内線がかかるかもしれないし、トラブルが起きるかもしれない。
「ナギサ、緊張してんの?」
思わず顔が強ばってしまっていたようで、フウカが私の顔を覗き込んでニヤニヤしている。
「あー…ちょっと考え事してた」
嘘はついていないが、どうにも嘘っぽくなってしまう。フロントに立つ以上、あまり表情が固くならないようにしなければ。
すると、フロントへと内線がかかる。フウカが元気よく受話器を取ると一言二言話し、そのまま電話を切り髪をまとめ始めた。
「あたし呼ばれたから、ちょっと上がってくるね〜」
そう言いながらフウカは防犯ブザーやマスターキーなどを取り出し、客室へと上がっていく。その姿をみながら私とネルは何を言うでもなく、ただひたすら温かい飲み物をすすっていた。