あと、最近二本同時進行で見直す時間が少なくなってきていますので、誤字、脱字など増えているかもしれません。見つけ次第、お気軽にご報告お願いします。
私達がノルスへ到着したのは、予定より2時間遅れの午後15時頃だった。ノルスは噂通り所々に雪が積もっていて、空気も刺すように冷たい。だが、人は違った。船が着くなり私達を暖かく歓迎してくれて、私達がお客さんを送り出すと、その先に待ち構えている見知らぬ人々からもおかえり! などと歓迎の声が聞こえてくる。その様子を見るだけで、私はノルスが観光の街として栄えている理由がなんとなく分かった気がした。
「こんっなに寒いのに、ここの人達はすごく元気なんだねぇ」
一通りお客さんを送り出したあと、余りの寒さにフウカがガタガタと震えながら、事務所へ戻りダウンを羽織っていた。
「本当にね。まあ、ここで暮らしていくにはこれくらいの気概が必要なのかもね」
私もフウカへ着いていき、ファイが作ってくれたスープを一気に飲み干すと、温かくて生姜が効いていて、一気に体を暖まったところで私も上着を羽織る。もこもこのファーが付いたダウンを着たフウカと共に、私も船を降りることにする。
この街、ノルスでは、私達は1週間ほど滞在することになる。その間、この船のメンバーは基本的にはオフになる。むしろ観光業が盛んなノルスでは、1週間という期間は短いほどだった。
「みんな、1週間後の日曜日までは自由行動だけど、私が連絡したらすぐに集合してね! 宿は取ってあるから、また共有しとくね!」
ミドリさんはそれだけ言うと、ネルと一緒に船内へと戻って行く。ミドリさんは恐らく本部との連絡などを、船内で行うのだろう。ネルはというと、お客さんが降りた今日が初めての本格的な仕事になる為、かなり張り切っている様子だった。
「さて、じゃあ私達はご飯でも食べに行きますか〜」
「フウカさん…さっきたらふくファイさんのご飯食べてませんでしたか?」
「フウカ、あんま食べすぎるとまた太るよ」
フウカはわざと知らんぷりをしながらずんずんと先を歩いていく。だがフウカが浮かれる気持ちもわかる。船から降りて港から街へと進んで行くその途中にすら、飲食店やお土産屋など、様々な店が軒を連ねている。これは時間のある限り回らなければ、確かに損だろう。
「仕方ない…ご飯食べたら、私はヒカリさんと骨董品見て回るからね」
「あれ、そうなの? あたしはどうしよ…ファイちゃんはどうするの?」
「オレはまぁ、温泉に入りながら酒でも飲もうかなと思ってるよ」
「じゃーあたしもそうするー!」
いつもより一層元気なフウカを横目に、私達は港から反対へ反対へと歩を進めて行く。ノルスの道は比較的坂道が多く、そのせいか街の至る所には、除雪を目的としたヒーターのようなものが設置されていて、道路が凍結しないよう工夫されている。店や家など建築物の作りも、屋根が一方にのみ傾いており、効率的に雪を下ろせるようになっていた。こうした傾斜を用いて、この街は年中降りしきる雪と向き合って来たのだろう。これでも100年以上も前から街並みがほとんど変わらないと言うのだから驚きである。それでいて流行も取り入れているから、観光客に人気な理由も窺える。
そんな事を思いながら歩き続けると、様々な店が同じ敷地内に集約された商業施設が、私達の目に止まった。そこにはフウカの目的である飲食店や、ファイの目的である温泉もある。フウカが私には聞き取れない何か声の様なものを発したと思うと、その施設の方へ吸い込まれるように入っていった(おそらく、ここにしよう! 的なことを言っていたと思う)。
「うし、オレは先風呂入ってくるわ」
ファイは独りでに温泉の方へ向かうと、そのまま暖簾をくぐろうとする。だがフウカが必死に食い止め、ファイは苦い顔をしながら、最終的には折れてしまい私達に付いてくることとなった。私達は、数ある飲食店の中からフウカが見つけた店へと入っていく。中はたくさんのお客さんで賑わっており、しばらく待たなければならないようだった。ファイがボードに名前を書き、入ってすぐ右側にある椅子に座りしばし待つことにする。
この店では、様々な海の幸に加えて、この地域伝統の郷土料理も提供しているようで、フウカが見つけた店にしてはセンスのいい店だなどと、私は勝手に思っていた。
「ライラ様、ライラ・オッドフェアリー様〜」
店員がお客さんの名前を呼ぶ声がする。だが名乗り出る人はおらず、店員は何回か同じ名前を呼びながらも、ボードに書かれた名前を何回も確認している。どうしたのだろうかと私と思い、周りを見回そうとした時に、隣に座るファイの体がぷるぷると震えていることに気付いた。
「ファイさん、寒いんですか?」
「………前だ」
ファイは珍しく顔を紅潮させ、俯いたままぼそぼそと喋っていた。聞き取れなかったのでもう一度聞き返そうとした瞬間、ファイは勢い良く立ち上がった。
「オレの名前だ」
ファイはしまった、と苦い顔をしながら行くぞ、と声を掛けてくる。おそらく、その店にいた中で唯一私達4人だけは、その瞬間だけ時間が止まっていたことだろう。その長身痩躯に似つかわしくない、ガーリーな名前がファイの本名だと言う事実を、受け入れられなかったからだ。
「…なに突っ立ってジロジロ見てんだよ。早く行くぞ」
ファイはいつものように振舞おうとするが、誰がどうみても無理しているようにしか見えなかった。ぎこちなく歩きながら店員についていき案内された席へと着く。意外にも、最初に口を開いたのはヒカリさんだった。
「気にする事はないですよ。名前なんて関係ないじゃないですか、フェアリーさん」
「テメェ、マジで…」
ファイはヒカリさんに再び名前をいじられ、わなわなと震え上がっていた。相変わらず、ファイを弄ぶ時ヒカリさんはいきいきとしている。ファイがヒカリさんを小突こうとしたところに店員が来たことで、ヒカリさんは事なきを得る。私達は、おすすめだという日替わり定食を人数分注文し、席に座って到着を待っていた。
「ファイちゃんの名前なんて、初めて知ったよ。ミドリちゃん教えてくれなかったし…」
「そうだな、まあアイツが付けたあだ名でもあるし。元々女っぽい名前も苦手だったから、そっからずっと名乗ってんだよな」
ファイとミドリさんは幼い頃からの知り合いだ。ファイは昔から男勝りな性格で、その名前が気に入らなかったこと、特に、姉がいるらしく、その姉がまた女性らしく可憐な人で、比べられるのが嫌だったことを語ってくれた。きっとミドリさんは、そんなファイを見かねて、ファイに似合うあだ名を付けてあげたのだろうと思う。ちなみに由来は、フェアリー(fairy)の頭3文字を取ったものらしい。いかにもミドリさんらしいセンスだ。ミドリさんは優しい人だから、分かっていてわざと私達には教えなかったのだろうと思う。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきて、私達の視線は自然とそちらへと誘導された。中央に鍋敷きが置かれると、すぐさまとてつもなく大きな鍋が、鈍い音を立てて鍋敷きの上へと置かれた。鍋は既にグツグツと煮え立っており、中にはキノコや野菜、魚など様々な食材が入っているようで、香ばしい匂いが漂ってきていた。
「お鍋だ! 美味しそう〜」
店員が取り皿を人数分持ってくると、ごゆっくりどうぞ、と言うとそのまま忙しなく厨房の方へと小走りで戻っていく。私達は箸を取ると、各々の取り皿へと好きな具材を取り分けていく。
「いただきまーす!」
フウカが手を合わせるのを見て、私達も手を合わせた。具材の野菜や魚は全てこの街特産らしい。見たことの無いほど透き通った白身の魚は、口に含むとほろりと解けて、口の中で出汁と混ざり合う。野菜の旨味もしっかりと出汁に溶けていて、緑色の野菜を一口頬張ると、薬味のような爽やかな風味と心地よい苦味が、またなんとも言えない出汁とのハーモニーを奏でている。隠し味にスパイスを入れてあるのか、温かいのも相まって、食べていくうちに体がぽかぽかと暖まっていくのを感じる。気が付くと食べる手は止まらず、私達は無心で目の前の鍋を続き続ける。まるで、鍋が壊れてしまうのではないかという程に、ただただ食べ続けた。
空になった鍋には出汁だけが残っており、その状態になると、すかさず店員が銀色に輝くお米を私達の前へと提供した。戦いはまだ続く。魚と野菜の旨味がこれでもかというほど染み出した出汁の中へと、お米を落とし入れる。それは次第に出汁を吸って膨らんでいき、ツヤを帯びる。半分ほど汁気を吸った頃が食べ頃だ。人数分に取り分けて、また口いっぱいに頬張る。すると、柔らかくなった米の中から、出汁がじゅわっと溢れてくる。お米もやや固めに炊いてあるのか、噛む度にぷちぷちと気味の良い食感がたまらない。まるでこれは、ここまできてようやく完成された1つの料理のように、絶妙なバランスで成り立っていた。
「はぁ〜お腹いっぱい…」
「美味しかった、けど…みんな無言になってたね」
「そういえば、メニューにも書いてありましたね。まさか本当にその通りになるとは」
ヒカリさんに言われ改めてメニュー目を通すと、そこにはノルスの郷土料理『無言鍋』という記載があった。解説を読んでみると、美味しすぎて無言で食べ続けてしまうから、という理由で付けられた名前だという。その昔漁師や農家達が協力して仕事を終えた後、自分達で食材を持ち寄り有り合わせの食材で鍋を作ったことが由来と言われている。今では飲食店などで気軽に食べられるほか、祝い事などの際に食べられたり、家庭料理になっていたりと広く浸透している。また名前の通り、作ってから食べるまで、終始無言で終えると縁起が良いとされるとも言われているとか、言われていないとか。
そうして私達は無言鍋を食べ終え、会計を終えると外へと出る。先程までとは違い、鍋で暖まった体は、まるでノルスの寒い地域に適応したかのように寒さを感じなくなっていた。だが、少々暖まり過ぎたようにも思う。厚着をして来ていたから、服の下が少し汗ばんでいた。
「体は暖まったけど、汗かいちゃったね〜」
「っしゃ、じゃ予定通り温泉行くか」
かくして私達は、鍋を食べてかいた汗を、温泉で流しに行くという暴挙に出る。