海上ホテルへようこそ!   作:うにちゃん

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毎話投稿する度に文字数少ないな…ってなってるので、話数追う毎に段々と増やして行ければなあと考えてます


第三話 出航

 

「燃料よし、食糧よし、点検問題ナシ…っと」

 

「精が出るねぇ、ナギサ」

 

「フウカこそ。室数こそ少ないけどベッドメイキングお疲れ様だったね」

 

「あたしは好きでやってますから〜」

 

「私だって」

 

奇妙な程に風は吹いていなかった。話すのを一瞬でもやめたら底なしの無音に襲われる感覚が残るほど妙な、それでいて心地よいそんなある日。私たちはいよいよ海に出る準備を終えようとしていた。

 

「みんなー! こっちは大丈夫だよー!」

 

遠くからミドリさんの声がはっきりと聞こえてくる。集合の合図だ。

 

「さてさて、皆さんお疲れ様です! 進水式が始まるみたいだから、簡単に進捗報告をお願いねっ」

 

「ナギサです。食糧や燃料、各種設備点検異常ありません」

 

「フウカ、ベッドメイキング全室完了してます〜」

 

「ヒカリですがこちらもパソコン空調その他機材セッティング及び試運転完了」

 

 各々報告を済ませてふと外を見てみると、いつの間にか周りにはぽつぽつと人が集まり初めていて、その中にはお偉いさんだと思われる人の姿もあった。そしてそれを見た途端に、ああ、私たちはついにここまで来たんだなという実感が湧いてくる。

 

(あれからもう一年か)

 

 ふと思いを巡らすと色々なことがあったな、とつくづく思う。無論ここまで来るのに何もなかったということはない。それは従業員もそうだし、今まで来てくれていたお客さんにとってもそうだ。突然の閉館に驚きを隠せない人、大量のお菓子をくださった人…。色んな人の支えがあってここまで来たと感じているのは、私だけではないだろう。

 

「みんな本当にありがとう! 準備も整ったし、早速向かいたいんだけど…」

 

 ミドリさんが柄にもなく言葉に詰まる様子を見せていた。ミドリさんのことだ、何か考えがあってのことだろう。だが私が呑気に次の言葉を待とうと思っていたところで、突然ミドリさんの頬に大粒の涙が流れ始めた。

 

「ちょ、ミドリちゃん!?」

 

「え、あっなんでだろな…あはは、ごめんごめん」

 

 フウカが咄嗟にハンカチを差し出し、ミドリさんはそれを受け取ってその綺麗な肌に流れる雫を拭き取る。そうしてミドリさんは顔を上げると今度は顔を赤らめて、恥ずかしそうにこちらに向き直る。

 

「私ホントに嬉しかったんだ、みんながたくさん頑張ってくれて。こんな姿見せたくなかったんだけど…我慢できなかったや」

 

 初めて見るミドリさんの弱気になんだか罪悪感のような、それでいてすごく嬉しいような、そんな複雑な感情を私は覚えつつ、ミドリさんは深呼吸をして、続けた。

 

「さぁ、気を取り直して! 社長も待ってますから、進水式に行きましょう!」

 

 また何事も無かったかのようにいつもの笑顔のミドリさんを見ると、この人が今何故ここにいるのか、何故この仕事を任されているのか、その全てがわかる気がして、そういう時に私はこの人から勇気をもらっていた。きっとそれは私だけではなく、みんなも同じ。そしてこの時点で私は、1年前とは違って、この人と一緒なら上手くいくだろうという、確信にも似た直感を抱いていた。

 

 

 進水式が無事終わると、私たちは見送られるには心許ない人数だが、それでも暖かく送り出された。現状まだ客室は機能しておらず、次の目的地では調理やベッドメイクの専属スタッフや別の荷物などを乗せ、さらにその次の目的地ではいよいよお客さんを乗せる…という段取りになる。航行に問題がないかどうか、食糧の消費具合確認や私たちの休息の意味も兼ねて、しばらくは長い船旅になりそうだった。

 

 気付けば日もすっかり落ちていて、甲板に出ると生ぬるい風に迎えられた。するとどうやら先客がいたようで、綺麗な亜麻色の髪がその風に靡く姿を目にした。ミドリさんは感慨深そうに、闇の中微かに見える水平線を見つめ、その漆黒と僅かな煌めきを瞳に湛えている。

 

「お疲れ様です、ヒカリさん」

 

「あ、ナギサちゃん。さっきはごめんねぇ、恥ずかしいところ見せちゃって」

 

「いえいえ、そんな! 気にしないでください。それより、運転は問題ないんですか?」

 

「そうだね、半自動運転だから。一応ヒカリちゃんが付いてくれてるけど、ルートは入れてあるから問題はないはずだよ」

 

 当たり障りのない会話をしつつも、どうにも半袖だと肌寒いことに気づく。それはミドリさんも同じだったようで、細くて今にも折れてしまいそうな腕をさすりつつ、柔らかく笑いながらそろそろ戻ろっか、と言ってきた。

 

 事務所へと戻ると、フウカがソファの上で睡魔に負けてうたた寝をしていた。その長いまつ毛の影を頬に落として、気持ちよさそうに寝ている。どうせ食べ物の夢でも見ているんだろう、と思いながらも、途中で起きても気が悪いだろうからと毛布を一枚かけてやった。その様子をミドリさんが見ていてなんだかニヤニヤしていたのが気になるけど。

 

「ナギサちゃんも、いつでも寝ていいからね。沢山頑張ってくれたんだしゆっくり休んでよ」

 

 ミドリさんの優しさが心に沁みつつも、ミドリさんって夜はさすがに声のトーン落とすんだななどと関係のないことを考えていた。

 

 確かに、今日は朝から働き詰めで疲れた。潮風に打たれて丁度良い眠気が来ているところだったし、阿呆面を晒して寝ているフウカを見ていると、張り詰めていた緊張が一気に解れて、体の力がふっと抜けていくのを感じる。

 

「そうですね。お言葉に甘えて今日はお休みさせていただきます」

 

「もう〜堅苦しいんだから。お休み、ゆっくり休んでね」

 

「お休みなさい。ミドリさんもご無理なさらず」

 

 操舵室の方へと向かうミドリさんを見送りながらフウカの隣へと腰掛けた。思いの外勢い良く腰掛けてしまってソファが沈み込むと、ううんと唸ってフウカが寄りかかってくる。フウカも今日は頑張っていたし、いつになく真面目な顔で作業をしていたことも知っている。こんななりで人の期待を裏切るのが嫌いだったり、意外と負けず嫌いなのが笑えてしまう。けどだから憎めないし、だからこそ人に愛される性格なのだと思う。そういう私にはないものをフウカは持っているし、それを羨んだ時期もあった。だけど今は正直何とも思っていない。投げやりなわけではなくて、人間としてそれが当たり前で、足りなければ補えばいいだけということに気付けたからだ。それに気付けたのもフウカのおかげだとするなら、フウカには感謝しなければならない。

 

 相変わらず静かに寝息を立てるフウカの顔を見ていると段々と瞼が重くなってくる。フウカの隣で寝るのも癪だが、ベッドまで移動するのも既に面倒で、私は眠気に身を任せるとそのまま眠りに付いた。

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