ふと目を覚ました時、外はまだ暗かった。あたしいつの間に寝てたんだろう…? そう考えた瞬間我に帰って、慌てて飛び起き時間を確認しようとした時、膝の辺りにかかる重みに気付いて掛かっていた毛布を捲ると、その時ようやくそこに人がいることに気付いた。
「……ナギサ?」
限りなく紺色に近い輝くような黒髪をボブヘアに切り揃えた小柄な女性が、自分の膝の上に横たえている。間違えようもないナギサの姿だった。ナギサはぐっすりと眠って、私の呼びかけにはうんともすんとも答えない。
「なんでこんなとこで…」
寝てんのよ、と言おうとしたところで、思えば自分も昨日は気付かずのうちにここで眠ってしまっていた、ということに気付いて口をつぐんだ。ナギサを起こさないよう、そっと立ち上がってナギサをソファの上に寝かせ直し、時間を確認すると午前六時。目を覚まそうと甲板に出てみるけど、昨日とは打って変わって曇っているようで日が当たらないので、イマイチ眠気が覚めずにまたソファへ戻ろうとする。見るとナギサは相変わらず寝息を立てていた。けどあたしには、その寝顔はどこか苦しそうにも見える。
「おーい、大丈夫かぁ〜…なんつって」
ナギサはあたしに言わせれば苦労人だった。あたしとは全く違う人生の歩み方をしてきただろうし…それは人である以上当たり前なのかもしれないんだけど…性格も全くと言っていいほど真逆。考え方も真逆。けどだからこそ面白い。あたしはナギサのことが好きだし、ミドリさんのこともヒカリさんのことも好き。というか、人が好きだ。人と接して得られるものには、何にも変え難いものばかりだから。自分とは違う考え、違う性格の人たちと触れ合うこと、そして美味しいものをたくさん食べること。これこそがあたしの人生の教示である。
幼い頃から甘やかされて育ってきたあたしとは違って、ナギサは親の方針で幼い頃から勉強ばかりで遊ぶ時間も少なく、友達も少なかったようだし、入社当初のナギサときたら今では考えられないほど無口だったのを覚えている。しかもそんな性格なのに、就職したのがホテル業と来たもんだから、はじめは接客から笑顔の練習と何から何まで本当に大変だった。あたしやミドリさんがおしゃべりなおかげで何とか人と話せるようになったみたいで、そこは誇らしいし嬉しい。だって、きっとこれがナギサの本当の姿だから。
あたしはあまり頭は良くないけど、だからこそ天性の感覚を信じられる。というか、それくらいしか信条がないという方が正しいだろうか。とにかく自分が信じたことに対して疑いは持ちたくないし、そのあたしの感性はナギサのことを超が付くお人好しだと認識していた。それくらいナギサは自分も、他人の気持ちにも鈍感で、それが可愛らしいところでもある。たった1つとはいえ歳下なのも、そう見える要因の1つかもしれない。
「ふぁ〜、ねむいねむいーっと」
事務所にある社員用冷蔵庫を開けると、そこにはワガママを言って発注してもらったあたし専用のエナジードリンクがびっしりと入っている(ただし、『一日一本まで!!』とナギサ手書きの注意書きが、ご丁寧に一本一本貼り付けられていた)。あたしはそれを一本取って開ける。カシュッ、と気味の良い音が鳴ると、途端に早く喉を潤したくなって、半分くらいを一気に飲んだところで、不意に後ろから声が掛かった。
「まーた飲んでら」
寝起きの少し掠れた声でナギサが言った。
「ナギサだって飲むじゃんよ、お互い様」
あたしはそう言って残りの半分も飲み干した。ナギサはどうにも私がエナジードリンクを飲むことに対しては異常なほど突っかかってくる。けど、その理由は既に分かっていた。
「そうじゃなくて、今どきブルーバードなんて誰が飲むのよ」
どうやらあたしが飲んでいるものの銘柄が気に入らないらしい。この話、もう何回目なんだか数え切れないくらい言い争ってきた。世界が誇る二大エナジードリンク…奇しくも私達は、それぞれの派閥に分かれていた。
ナギサは何故か、あたしにだけやたら突っかかってくる。ミドリさんやヒカリさんにはこんな態度取らないし、接客態度だっていい。クチコミにも笑顔が素晴らしいと評される程なのに、私と話す時はというとやたらに無愛想だ。けど、これはナギサにとってあたしが、それほど慣れ親しんでいる存在という裏付けでもある…と思いたい。
「フウカ、時代はクリーチャーだよ」
悪ガキのような、それでいてどこか憎めない自慢気な顔で、ナギサはどこからともなくパッケージの違うドリンクを取り出す。私のものとは違って、おどろおどろしいパッケージのそれは、その名前通り怪物のようなものをイメージさせる。
「どれも一緒でしょ〜?」
「飲みすぎて舌が壊れちゃった人は大変だね」
「だっ、誰がバカ舌だ!」
「そこまでは言ってないし〜」
ナギサもナギサで、寝起きの喉の渇きを潤して、眠気を覚ます為にそれをぐびぐびと景気良く飲み干した。かと思えば、あたしに見せしめのように美味しいなあ~と言ってくる。まったく、しょうもない!
しょうもないけど、でも毎日こんな感じ。あたしにとってもナギサにとっても、これは生活の一部で、これがないとなんだかむず痒いというのも恥ずかしながら事実であって、こういう時間があたしは大好きなのもまた事実だということは、まだ誰にも話したことはないんだけど。
フウカは食べるのが大好き、ジュースもお菓子も大好き。なのにスタイルはいいし可愛いし憎めない、そういう現実に居そうなちょっとズルい女の子をイメージしていたら形になっていたキャラです。この子の話は書いていてすごく楽しい。