海上ホテルへようこそ!   作:うにちゃん

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第五話 始まりの街

 

 昼になる頃には、明け方に見えた曇り空に晴れ間が見え始めていた。そしてそれと同時に、私達の前方には、また違うものが姿を現し始める。

 

「ナギサ、あれ見て!」

 

「うわっ、でっかあ。てか、すごい綺麗」

 

 晴れ間から覗く太陽光が、その一点だけを照らしているかのような錯覚を覚えるそれは、果てしなく大きな街。私達の最初の目的地である港町の『トート』だ。通称、"始まりの街"。そう呼ばれるほどにこの街には、大きな港と豊富な資源から成り立つ貿易業や漁業、様々な店や屋台、病院に図書館に宿泊施設にと、とにかくありとあらゆる施設が揃っている。

 

「さあさあみんな、降りる準備しといてねー! 今日は待ちに待ったオフの日だよ!」

 

「遅い人は置いて行きますからね」

 

 ミドリさんとヒカリさんがせかせかと身支度を始めていた。それを見て私とフウカも遅ればせながら支度を始める。ここ数日、準備をしたり船に乗ってばかりの私達は、船内での休息では足りないほど早く羽を伸ばしたくてたまらなくて、それは私とフウカだけでなく、ミドリさんやヒカリさんも同じようだった。

 

「ヒカリちゃんがこんなに楽しみにしてたなんて意外だねぇ」

 

「そうでしょうか、私だって人間なので感情くらいありますよ」

 

「ヒカリさんも行きましょうよ、カフェ巡り。私とフウカはこの街のお菓子を食べるために、色々調べてですね…」

 

「私は私で色々見て回りますから、お二人でどうぞ」

 

 そんなやり取りをしているうちに、ガコン、という衝撃が船内に伝わる。どうやら船が港に着いて、スロープを下ろしているところらしい。私たちは喋るのをやめて、一同出口へと向かい始める。

 

 スロープを伝って港へ降り周りを見渡すと、改めてあまりの人の多さに驚愕する。さすがは世界の中心とさえ言われる街。規模感からして、私たちが住んでいる街とは大違いだった。

 

「どうも、こちら……ホテル『…………』のミドリと……、停泊の許可を……はい……」

 

 港の管理者であろう人と、ミドリさんとが話している声が微かに聞こえてくる。さすがミドリさん、十数メートルは離れているだろうかというこの距離ですら、声が聞き取れることに驚いてしまう。

 

「ナギサー、予約の時間過ぎちゃうよ!」

 

 フウカの声に振り向くと、フウカが数メートルほど離れたところから私に声を掛ける姿が見える。

 

「今行く!」

 

 仕事をしているミドリさんを置いていくのも忍びなかったし、その仕事の様子も少し気になっていたが、せっかく今日は時間までゆっくりしていいと言われていたし、フウカが店を予約してくれている。ミドリさんには背を向けて、私とフウカは予約の店へと歩を進め始めた。

 

 

「ねぇ…ナギサ、これ…」

 

「うん…これは、やばいね…」

 

 私達以外客のいない、レトロな雰囲気のカフェで、私とフウカは震えていた。

 

「このケーキ、美味しすぎる〜!」

 

「この紅茶、なんでこんな香り高いの…!?」

 

 その理由は至って簡単で、私達が入ったカフェでは、その想像を遥かに超えるクオリティのものが提供されたからにほかならなかった。

 

「この値段でこのクオリティって、あたしらもしかしてぼったくられてるかな? なんか、逆に…?」

 

「何言ってんのフウカ落ち着いて、逆ぼったくりって何よ。街が違えば物価が違うのも当然よ、それにしたって美味しすぎるけど…」

 

 すると、私達がコソコソと失礼なことを話している横に音もなく人影が現れて、私達は一斉にその人影の方へと顔を上げる。そこには、マスターと思われる人の姿があった。

 

「このケーキはな、低温でじっくり焼き上げると生地に均等に熱が入ってしっとりした味わいになるんだよ。紅茶はこないだ遠方から入った珍しい茶葉だな、他で飲もうと思えば値は張るらしいが、ウチは利益度外視なんでな」

 

 私達が座ってるというのもあるが、それでも木を見上げているかのような長身。鮮やかな赤髪を乱雑に切って無理やり整えました、というような風貌。切れ長の瞳に良い人オーラを隠しきれない、それでいて不敵な笑みを浮かべる男性。それ意味あるの? と言わんばかりに小さいエプロン…。失礼ながら、とてもこんな繊細なお菓子を作れるような人には見えなかったが、この人がこの店のマスターで間違いなさそうだった。

 

「ね、ね、このお店他の料理はないの?」

 

 フウカが目を輝かせながらマスターに聞き始めた。そういやこの人、食べるのが何よりも好きなんだった。

 

「おう、あるとも。何がご所望で?」

 

 フウカが(私には分かる。どうせ)オムライスで!とリクエストしようとしたところで、勢い良く扉が開いて私達三人はそちらへと視線をやった。

 

「ファイ! 来たよー!」

 

 それは私達も良く知る人物の声だった。

 

「「ミドリさん!?」」

 

「お、あれ? ナギサちゃんにフウカちゃん!」

 

 いつもの笑顔に少しだけ困惑を混ぜたような顔をするミドリさんに、ファイ、と呼ばれたそのマスターが応えた。

 

「おう、アンタんとこのガキ共かい。こいつら良い舌持ってるよ、ウチの料理が美味いってさ」

 

「ふふ、そうみたいだね。私の可愛い子たちなんだ」

 

「そこはオレの料理を褒めろや、アホ」

 

 ファイさんは口先の言葉こそ悪いが、ミドリさんと話す時は、その性格からは考えられないほど、その瞳に優しい色を湛えていた。

 

「ちょうどいいから紹介しよっか、彼女は私の旧友のファイちゃん! 今日から私達の料理番になってくれる人だよ!」

 

「ああ、そうでしたか。よろしくお願いしま…」

 

 言いかけて、ん? と違和感に気付く。

 今、彼女って言った? 彼女? この男性が…いや、この人は男性じゃなくて…。

 

「お前らが考えてることはなんとなく分かるよ、こんな性格だし無理もない。初めてじゃねーし気にすんな」

 

 私とフウカは顔を見合わせて赤面する。考えが見通されてたのもそうだが、ホテルの従業員ともあろうものが、人のことを先入観ありきで見てしまったことが少し恥ずかしかった。

 

「あの…すみません、ファイさん。改めて、よろしくお願いします」

 

「ホント、ウチのナギサがすみません…」

 

「アンタは黙ってっ」

 

 余計なことを言うフウカの頭を抑え込むと、ファイさんは豪快に笑ってよろしく! と返してくれた。私は胸を撫で下ろしながらも顔を上げ、ミドリさんの方を見る。

 

「それにしても、偶然ですね。私達がたまたま予約したお店が、まさかファイさんのお店だなんて…」

 

 私がそう言うと、ミドリさんはんー? と言って私とフウカの顔を数秒ほど見つめてきた。

 

「さーて、ホントに偶然でしょうか」

 

 ミドリさんは意味ありげに言うとニヤニヤと笑いながらこっちを見てくる。

 

「まーたこのアホは何か仕組んだのかァ?」

 

「アホ言わない!」

 

 時々見るミドリさんのこの妖艶な顔が怖くもあり、頼もしくもある。その顔を見る度、きっとミドリさんの思考は本当に底無しに広くて、私なんかには理解出来ないだろうと思わされるからだ。もしかしたらファイさんの言う通り、私達はどこかで仕組まれて必然的にこの店に来たのかもしれない。けど一先ずは、そのことは頭の片隅に置いておくことにする。

 

 かくして、ファイさんとの挨拶を終えた私達は一通り歓談し料理を楽しんだ後、次の目的地へと向かった。

 

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