海上ホテルへようこそ!   作:うにちゃん

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第七話 歓談

 

「さて、というわけで全員揃いましたね!」

 

 ミドリさんの大きな声が夕暮れの街に響き渡る。時刻が午後5時を回る頃、私達はついにこれから先、長い船旅のパートナーとなる人達と行動を共にすることになる。

 

「あなたはファイさん、先程のあなたはネルさん…ですね。よろしくお願いします」

 

「おう! よろしく」

 

「…よろしくね」

 

 調理師と清掃員、そして私達4人。日が完全に落ちる前に私達は、今日はこの街で一泊して明日出発することに決め、居酒屋へと向かっているところだった。

 

「「ごっはん! ごっはん!」」

 

 2人で肩を組んでスキップするミドリさんとフウカ。とてもシラフとは思えないテンションに少し引いてしまう。私はというと、見た目こそ真逆だがなんだか惹かれあっている様子の2人の話に耳を傾けていた。

 

「ネックレス…気に入ってくれた?」

 

「ええ、これは良いものですね。コハクは繁栄の象徴という話もありますから、これでこのホテルの行く末にも期待できるかもしれません」

 

「そう…なら安心」

 

 こんなにイキイキとしたヒカリさんを見るのは本当に初めてだったし、何より初対面でヒカリさんの心を掴むネルの話術というか、オーラというかに感服する。

 

「お前、酒好きか?」

 

 ふいにファイさんに声を掛けられた方へ振り向い…たけどそこはファイさんのちょうど鎖骨あたりで、私は慌ててちょうど45度ほど視線を上に傾ける。

 

「そうですね、人並みには飲みますよ。そこのバカほどじゃないですが」

 

「今から行くとこは美味い酒がたくさんあるんだよ、色々種類があるから教えてやる」

 

「ほんとですか! 楽しみだなぁ〜」

 

 30分ほど歩いた頃には街頭がぽつぽつと点灯し始めて、日中とはまた違う街の姿が現れる。そしてそれとほぼ同時に、店頭に赤い提灯を掲げるいかにも、という店が見えてきた。

 

 店内へ入るといらっしゃいませ! と快活な挨拶があちこちから飛び交った。鼻をつく食欲をそそる香りと、様々な人達の談笑する声。かなりの賑わいだった。

 

 店員がやってきて私達は2階の席へと案内されると、そこはかなりの広さのある畳張りの個室だった。その広さたるや、ゆうに20人以上は入りそうなほどで、私とフウカが目を見合せて驚いていると、ミドリさんが早速奥の席へと座りながら、こっちこっち!と声をかけてくれたので、私とフウカはその隣へと座る。

 

「ファイちゃんはこの辺りじゃ有名でね。普通に予約取ってもらっただけなんだけど、なんか待遇よくしてもらっちゃったみたい」

 

「オレは良いって言ったんだが…」

 

 ファイさんがいつになく申し訳なさそうに頭をぽりぽりと掻きながら、ヒカリさんとネルの位置取るその隣へと豪快に座り込んだ。

 

「飲食店で…ファイの名前知らない人、少ない」

 

「ファイさんって…すごい人なんですね」

 

私とフウカが未だにぽかんとしている隣で、ミドリさんは既にメニューへと目を通し始めていた。

 

「はいはーい! みんな何飲むー?」

 

「あたしカシオレー!」

 

「私は梅酒のロックを」

 

「…私も…ヒカリと同じ」

 

「あっ私、ファイさんのオススメにします」

 

「ならまずはビール飲んでみろ。オレもそれで」

 

 各々が飲みたいものと、食べたい料理をそれぞれ頼み始める。料理が来るまでの時間が何とも待ち遠しい。みんなもどうやら楽しみにしているようで、それぞれの話に花を咲かせていた。

 

 それにしても、みんなが打ち解けることが出来てよかった。他人事のように話しているが、私とて例外じゃない。正直初対面の人とここまでまともに話ができるなんて、一昔前の私じゃ到底考えられなかった。人と話すことが苦手で、存在ごと遠ざけられてきた私が。

 

「ネルお前、その帽子ちと邪魔じゃないか?」

 

ファイさんの声がして見ると、ネルはまだ鍔広帽を深々と被ったままにしていた。

 

「あ…そう…だった」

 

 ネルは一瞬戸惑ってもじもじとしていたが、意を決して被っていた帽子を取った。相変わらず綺麗に整えられた髪。だが着目すべきはそれだけではなかった。

 

 ネルの頭には1つ小さな角が生えていたのだ。私がその角を見て連想したのは1つ。その姿はまるで…。

 

「鬼の末裔…か」

 

 全てを納得した、というふうにファイさんが口を開いた。

 鬼。私は神話や伝説でしかその名を耳にしたことはない。噂程度には聞いたことがあったが、まさか本当に存在するとは思いもしなかった。

 

「あんまり…見ないで…。まだ、成長しきって、ないから…」

 

「えー! すっごいかわいいよネルちゃん〜! ね、ね、ちょっと触らせて!」

 

「フウカあんた、酒が入る前からそのダル絡みはヤバいよ。…それにしても、鬼なんて私初めて見たよ」

 

「私達は…色んな種族との激しい戦争の末、淘汰される歴史を辿った…。今は各地にいる私のような生き残りくらいしか、存在していない…」

 

 ネルの表情は相変わらず包帯で隠れていて、けれどそれが悲しみを湛えていることだけは確かだった。辛い過去を掘り起こしてしまった罪悪感から、空気が少し重くなる。

 

「ですが」

 

 そんな状況を打破するかの如く口を開いたのは、ヒカリさんだった。

 

「その歴史があるから、今は他の種族や文明と共存している。数も減り、その結果昔のように凶悪で乱暴な鬼は居なくなって、現在は鬼の地位や名誉が守られている…ですよね、ネルさん」

 

「…よく知ってる…その通り。だから安心してほしい…」

 

 ネルの表情はぱっと明るくなり、改めてネルはヒカリさんの方へと向き直ってありがとう、と言う。

 

「…まあ、歴史には詳しいので」

 

 言いながら、ヒカリさんは照れくさそうにネルから顔を背ける。重い空気が嘘のように晴れて、それと同時にドリンクや料理が一斉に運び込まれてきた。

 

一通り料理を机に起き終わると、ミドリさんが飲み物を持ち、それを掲げる。

 

「さあ、皆さん! 明日からはついにメンバー全員揃っての出発となります!」

 

 それを合図に、各々がそれぞれのグラスに手をかける。

 

「次の目的地ではいよいよお客さんも乗せるので、今まで以上に張り切っていきましょう! じゃあ、この旅路と、メンバーの幸運を祈って!」

 

「「「「「「乾杯!!」」」」」」

 

 

 店から出る頃にはみんな見事に酔っ払っていた。それは私とて例外でなく、ふわふわとした高揚感がちょうど気持ち良い、いい酔い具合だった。

 

 だが、私以外は混沌を極めているようだった。

 

「ゔぁ〜ヒカリざん〜…もっと飲みましょうよぉ〜」

 

「重たい重たいっ…飲みすぎですよ」

 

「そうだよヒカリぃ、あそーだ! このまま2軒目いっちゃう〜?」

 

「行こ行こー! ミドリちゃんの奢りねー!」

 

「ガッハッハ! お前ら若いなァ!」

 

 ミドリさんが予約していた宿へと向かう道中、見事に出来上がってしまった4人の様子を、私とネルが後ろから見ている形となっていた。

 

「ネルは全然酔ってなさそうだね、顔色も変わってないし…めちゃくちゃ飲んでなかった?」

 

「そうだね…仮にも鬼だから、お酒は強い方」

 

「その目、光に弱いって言ってたよね。今は夜だけど外せないの?」

 

「うん…外そうと思えば。けどあんまり…推奨できない」

 

「へぇ〜、どうして?」

 

 私としては純粋な疑問のつもりだったのだが、私が問うた瞬間ネルからは、その幼い面相とは裏腹に鬼迫のようなものを感じた。

 

「外したら…みんな私に惚れちゃうかも…」

 

 ネルはそう言ったが、きっとそれは冗談だ。この妖艶とも言える覇気とその真相は分からない。だけどネルには何か、人には言えない秘密がある。この一瞬で、私はそこまで確信していた。

 

「ま、それは冗談として、今日は宿に戻るからね!」

 

 ミドリさんがそう言いながら指差す先には、もう既に宿が見え始めていた。大きい街とあって街灯も多く明るい街並みの中、一際煌々と明かりを灯すその建物はかなりの大きさを誇っており、一見して他の宿とはレベルが違っていた。

 

「なんか…あたしらのホテルって…」

 

「言うな、フウカ。ミドリさん悲しむよ」

 

 あまりの大きさにフウカが絶句していたところに思わず背中をさすってやる。確かに、元々の規模感としてはほぼ変わらない。だが縮小して船と一体化してしまった今の私達のホテルと比べると、どうしても見劣りしてしまうから、フウカの気持ちもよく分かる。

 

「明日はそこまで急がないけど、お昼には出発出来るようには準備しといてね! ということで今日はここで解散! お疲れ様でした!」

 

 いつの間にかミドリさんがチェックインを済ませ、こちらへ振り向くと、全員にルームキーを配りながらそう言った。

 

 私は特に用事もないし、ルームキーを貰うと足早に自室へと向かうことにした。少し年季の入った、それでいてただ古ぼけた印象を受けない、味のあるエレベーターへと乗り込むと、キーに書かれた3階の部屋へと向かう。ワインレッドのカーペットが敷かれた廊下を突き当たると、そこが私の部屋だった。

 

 鍵を開け、木製の扉を開けると、ギィ…と乾いた木の良い音が響く。カーペットは廊下と同じ物が室内にも敷かれており、全体的に木の暖かみを感じる作りの部屋の、明らかに一人用とは思えない大きさのベッドに腰掛けて、私はようやく一息ついた。思えば今日もオフの日ではあったものの、結果的に挨拶や会食に終わってしまったから、一息つく暇もなかった。

 

 机の上に置いてあるパンフレットに目を通すと、このホテルは大浴場が売りらしかった。そうとくれば、ともかくさっさと風呂に入って布団に入ろうと考え、私は部屋を出よう…と思ったが、頭ではそう考えていても体が言うことを聞かない。外から微かにフウカ達の声が聞こえていたが、それ以降のことはもう覚えていない。

 

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