頭が痛い。眠りすぎてしまったようだ。やけに頭が重く感じて、意味はないと分かりつつも頭を抑えながら私は上体を起こす。時刻は午前11時過ぎ、日付は…。
「2日経ってる!?」
おかしい。私が最後に寝た記憶が、ホテルのベッドでしかないからだ。けれど私は今間違いなく船内の職員用ベッドの上にいる。まさか、ファイさんやネルと出会ったこと、そしてみんなでお酒を飲んだりご飯を食べたりしたこと、全てが夢だったのかと錯覚する。けど、仮にそうだとしたのなら、3日間を寝て過ごしたことになるから、それはもっと怖い。
ともかく真相を確認するにはみんなが居る場所へ向かうしかない。慌てて起き上がって仮眠室を後にする。事務所を抜けてロビーへ行って、そこから見える甲板へ目を向けるとみんなの姿が見えたので、私はその瞬間張り裂けそうなくらい高鳴っていた心臓を、これでもかというくらいさすって落ち着かせた。
「あ、ナギサだ」
「あ、はい…ナギサです。ごめん私ホントに…記憶ないんですけど」
焦りすぎて語調がめちゃくちゃになってしまう。フウカに敬語を使ってしまうなんて私らしくもない。
「ナギサちゃんおはよ! 記憶ないんだー? ちゃんと昨日は歩いたり喋ったりしてたけどね、様子はおかしかったし、その後すぐ寝ちゃったけど」
「様子おかしかったって…私何を言ってたんですか? 何をしてたんですか!? 失礼なこと言ってませんでしたよね…?」
ミドリさんはニヤニヤと笑うとどうだろうねー、とまた楽しそうに私を弄ぶように言う。とはいえこの調子なら、最悪の結果は避けられているはず…そう信じて私は、目の前に広がる光景へと話題を転換しようとした。
「あれが次の目的地ですか」
見据える先には、こじんまりとした街がその姿を現していた。あの街こそ、ついに私達がお客さんを乗せる、その目的地である『ラセーナ』だ。
「あの街はトートほど規模はないですが、中々面白いみたいですよ。またご飯でも食べに行ったらどうですか、お酒は控えた方がいいでしょうけど」
ミドリさんの隣を見ると、ヒカリさんが珍しく私のことをイジるようなことを言ってくる。やっぱ私、何かしたんじゃないだろうか。とても気が気ではなかったが、一先ずは目前にある目的地へと意識を向ける。
『ラセーナ』…規模こそ大きくないものの、漁業だけで街のおおよその経済を補う、漁業大国(正しくは、大街?)だ。輸出品の中には海産物はもちろん、魚の鱗や皮を加工したインテリアや装飾品、さらには造船業も盛んで、非常に質のいい船を造ることで評判だった。
「そろそろ着くけど、お客さんを乗せるのは夜になるからまた例の如くそれまでは自由時間ね! どこで見られてるか分からないから、規律ある行動を心がけるように!」
ミドリさんが言い終わる頃には、奥の方からネルとファイさんがこちらへ向かってきていた。ネルは相変わらず目元の包帯に鍔広帽子の装いに加えて、その白い肌にこれでもかというほど日焼け止めを塗り込んでいた。
「ネル、目だけじゃなくて肌も弱いんだね。私の日傘使う? もう効果あるかわかんないけど…」
「うん…ありがとう、ナギサ。けど、荷物が増えるのは不便。塗るのは大変だけど…私はこっちの方がいい」
言いながら、小さな手のひらで一生懸命日焼け止めを塗っているネルを見て、フウカが手伝おうとした時、「ヒカリがいい〜」と歳相応の駄々をこねていたネルと、驚きながらも渋々手伝うヒカリさんを見るのがすごく面白かった。
街に降り立った私達は、その街並みを一通り見回すと、夜から乗船予定のお客さん達がちらほらと見えていて、私達に暖かい視線を送ってくれていた。それにこの街の人たちは、私達の街やトートとは違う種族の人がたくさんいて、ファイさんのように長身の種族や、その逆で大人でも低身長の種族、獣のような耳が生えていたり、本当に様々な人達が支え合って成り立っている街なのだという事が、一目に明らかだった。
「さーて、私はどこに行こっかな」
「ミドリちゃん今日はオフなの〜? あたしたちとご飯行きましょーよ!」
「んーそうだねぇ。迷うねぇ」
フウカの言う通り、ミドリさんが完全に1日オフの日というのは、かなり珍しかった。トートの時然り、オフではあるもののネルやファイさんと落ち合ったり、何かと忙しそうにしているイメージがあったからだ。
ミドリさんはフウカの誘いに本気で迷っているように見えた。自分が行きたい所もあるようで、ミドリさんがそうやってどうしても、と言うことは珍しいので、最終的には全員の行きたいところに1箇所ずつ、ということで合意した。
かくして私、フウカ、ミドリさん。そしてヒカリさん、ネル、ファイさんの3人ずつでの行動となり、集合時間を夜9時として私達は各自行動を開始した。
ミドリさんとフウカと行動を共にした私は、お昼頃ということもあり、まずはフウカの希望通り昼食をとることにした私達は、港町ということもあり、魚が食べられる店を探しているところだった。
「ここも閉まってる…」
フウカの落胆する声が聞こえる。そう、いくら探しても、どこも店を畳んでしまっているところばかりだったのだ。ラセーナは漁業の街だと聞いていたから、これには正直驚いた。私もミドリさんも、歩けば見つかるという程度に考えていたので、今更3人揃って焦りながら腹を空かせている、なんとも滑稽な集団になっていた。
「にしても、おかしいよね。この街、相当栄えてるはずだし、シャッター街なんてウワサも聞いた事ないよ」
「お腹空いたぁ…」
フウカが限界のようで、もう歩けないなどと腑抜けたことを言い始めたので、その口に乾パンを詰め込んで封じながら私達は歩き続けた。すると、また1軒ある店が見えてきた。表には『営業中』の看板。
「あった!」
思わず駆け寄って確認する。良かった、幻じゃない。営業中の看板の隣には、『朝獲れの魚ありマス』の文字もある。これこそ私達が探していた理想の店だった。
潮風に晒されて年季の入った引き戸を開けると、中にお客さんの姿はなく、ただ1人店員であろうと思われる中年くらいの男性が、小さな椅子に腰掛けていた。
「ごめんください、3人なんですけど…」
声を掛けると、店主と思われる男性はこちらをしばらくまじまじとこちらを見つめると、よっこいしょ、という掛け声と共に立ち上がってこちらへ向かってきた。
「いやはや、久々のお客さんだ。空いてるトコ、どこにでも座るといい。ま、どこでも空いてるがな」
店主は半ば自嘲気味に言いながら、私達が席へ着くとすかさず人数分の水を用意してくれた。メニュー表を見ると、記載はただ1つだけ。
「じゃあ、本日のオススメ3人前!」
「はいよ」
店主は厨房へ向かうと早速準備を始めていた。包丁が心地よいリズムを奏でる音が聞こえてくる。それだけで、この店が何年続いて来たのか想像出来るほど、その豪快さの中に繊細さが窺える良い音。その音に聞き入る私と、食事を心待ちにするフウカとを横目に、ミドリさんが口を開く。
「しかし驚きました。私達はこの辺りは漁業が盛んだと聞いて来たんだけど、お店がここしか見つからなくって」
店主は調理を続けながら、ミドリさんの問いに答える。
「漁業自体はな。おかげで街も大きくなった。だが観光地化の波に乗り切れなかったんだ。結果として多くの店が潰れて行って今ではシャッター街さ。ウチみたいな、趣味でやってる店以外は今はほとんど見当たらないな」
その声色からはどこか哀愁が漂っていた。事実、私達がここに来る途中も、ちょっとした雑貨店や薬局以外、ほとんど見当たらなかった。それだけでこの街が、様々な歴史を辿ったことが窺える。
「俺は漁師とこことで二足のわらじだから何とかなってるが、他の店の奴らは軒並み店を閉めちまって漁師一本で生活してるよ。店に行かなくとも、自分で獲って食えばいいしな」
そう言いながら、店主が出来上がった料理を運んできた。そこには丁寧に盛り付けられた魚のお造りやあら汁、焼き魚に唐揚げ、そしてほかほかのご飯が山のように盛られていた。
「さぁ、飯が不味くなる話は終わりだ! たんと召し上がれ、おかわりもあるぞ」
「わーい! いただきまーす!」
「ありがとうございます、いただきます」
私達3人は空腹に耐えかねて、少し行儀が悪いと思いつつも、目の前の料理をがっつくようにして食べ始める。あら汁に口を付けると魚の濃い旨味と共に、スパイスのような独特な香りが口いっぱいに広がった。私達の住む街で作られるようなあら汁とは、調理の仕方や材料が少し違うようだ。
「美味しい…」
優しい味の料理に思わずため息が出る。体が温まって、疲れた体がほぐれる気すらしてくる。刺身や焼き魚などの魚も、お米も全てこの地域特産のようで、どれも新鮮で本当に美味しい。フウカもミドリさんも同じようで、私達はとにかく無心で海の幸を頬張っていた。
食べ終わる頃には全員が満足そうな顔になってお腹をさすっていた。さすがのフウカですら、とてもおかわり出来ないほどのボリュームに私達は心も体も満たされていた。
「ご馳走様でしたー! とっても美味しかったです、またこの街に来た時には寄らせてもらいますね!」
「本当にありがとうございました。こんな美味しいお店があれば、きっとまた誰かが来てくれますよ」
私達が思い思いに感謝を伝えると、店主は少しバツが悪そうな顔をしていた。
「それなんだがなぁ、心機一転、別の街に店を構えようかと思ってるんだよ」
その言葉に私達が驚いていると、店主は続けて既に出発準備をしていて、この店は今夜限りで畳むこと。そしてそのまま、今夜出発することを教えてくれた。
「なるほど〜、お互い大変ですねぇ。あたしたちは船で来たんですが、ここに寄るのは今日限りですから、またどこかで会うかもしれませんね」
フウカの言葉に店主はまた返す。
「そうだな! 俺も店を発展させたいし、ちょうど俺の目的地まで行く海上ホテルってのが今日の夜には出るらしいんだ。あんたらも船に乗るならまた会うかもな!」
そこで私達はようやく、今目の前にいる男性が、今日の私達のお客さんの1人だということに気付いた。