夢の守り婢奴   作:スターク(元:はぎほぎ)

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長過ぎて4分割
回想はダレるのでパッパと更新しちゃいたい


忌み子の(まじな)い百まで【1/4】

士の前にはテレビがある。型番は古くブラウン管式、アナログ電波しか受け入れられないのが目に見えて分かるほど。薄暗い部屋へ僅かに差し込む日の角度からして、時刻は夕方より少し前か。

畳はボロボロでゴミが散乱し、時たまハエが舞う。控えめに言って長居したい環境ではない。

 

(誰の記憶だ?)

 

一瞬疑問に思い、即座に振り払う。既に見当はついていた。

その答え合わせとして、背後の襖がそっと開く。

 

子供だった。ただし、その顔は青痣とたん瘤により歪にゆがんでいた。

襖が閉められる直前、垣間見た隣の部屋に士は元凶を見る。(いびき)をかいて寝こける成人男性の姿を。

 

「おい、お前……干渉は出来ないか」

「……」

 

思わず差し伸べられた士の手を度外視し、少年はテレビに触れた。音を立てて()を起こす事のないよう細心の注意を払うように。

ゴミを掻き分け電源を繋ぎ、最小音量で点灯。暫くノイズが掛かるものの、幾度か叩けばそれは映った。

 

《スタートしました!横に広がりまして各馬好スタート、正面スタンド前で先頭争い。パープルエビス、外からマイネルコンドルが──》

「ゎぁ……」

 

大地を蹴る躍動に魅入られたのだろう、少年の目が場にそぐわない程に輝く。この狭い世界(へや)において唯一の希望が、夢がこれだと言いたげに。

この時だけだ。この瞬間でだけ、少年の瞳は爛々とする事を許される。それを少年は余す事なく享受しようと、テレビ画面へと這い寄り──

 

「何やってんだお前」

 

声と脇腹への蹴打に阻まれた。幼い肉体を壁へと磔にした衝撃に、情け容赦という物は存在しない。

初めから寝たフリだったのか、寝ぼけた様子もなく足首を回す父親。彼は幼子の黒髪を踏み躙り足蹴にする。何度も、何度も。

 

「最近っテレビ周りがっ変だと思ったらっ案の定だっ。お前っ調子っ乗んなっ」

「ごべっ、な、さっい……ッ!」

「まさか、幸せになろうなんざ、思ってねぇだろうなっ?慣れる訳っ無ぇだろっ!」

(コイツ……!)

 

目の前で繰り広げられる蛮行に、士は何も出来ずに立ち尽くすしか無い。それも当然、これは“記憶”。取り返しのつかない歴史として遠ざかった過去に過ぎないのだから。

やがて暴行に飽きたのか、父親は少年の頭を掴み上げて視界を確保させる。その先には未だ夢を映し続けるテレビ。

 

「お前に希望を与えるぐらいなら、こんな物は要らねぇ」

「や……べて……!」

「それを今、見せてやるっ!」

《エアシャカール!外から一気にエアシャカールやって来た!!坂を駆け上がって先頭か、ダイタクリー\ブツンッ/

 

引きちぎる勢いでコードを引き抜き、20kg近い家電を彼は抱え上げ……なんと、窓目掛けて投げつけてしまったのだ。ガラスが割れ、破砕音。次いで下から怒号。

 

「ルっせぇ!当たんなかったなら良いだろ、文句あるなら殺すぞボケが!」

「ぁ……ああっ……!」

 

階下の住民を威嚇してから、彼は茫然自失となった少年を見下ろした。その姿はまるで、少年の未来に立ち塞がる壁のようで。

 

「お前はな。()()()()()()に生まれたんだ。その血も、肉も、呼吸も、名前も」

「……」

「そのレールから外れようとしてんじゃねぇよ……ゴミっ!」

「カッ……!」

 

念押しの一蹴りが鳩尾に突き刺さり、少年は蹲る。その無様な満足を覚えて、父親はようやく居間へと戻って行った。二度寝でもするのだろう、その上機嫌な顔に士は心底反吐を吐く。

 

果たして。少年は翌日、二階の窓から飛び降りた。

絶望の末に?士は「違う」と考えている。昨日(さくじつ)において父が去った時、少年は彼を憎悪の視線で──かつ、そこに希望を諦めない光を宿した目で、その背を見送っていたのだから。

きっと、()()()()()()()()()()のだろう。憧れの存在と同じように、人造の床ではなく本物の大地を踏み締めて走りたかったのだ。そう、士は解釈した。

 

いずれにせよ着地は失敗。血の海に横たわる彼を近所の人々が発見し通報、それにより彼の虐待生活が終わったのは確かだった。

 

 

それから数年間は平穏な日が続く。少年にとっては初めての“普通”の日常である。

逮捕された父に代わり、保護者となった祖父の庇護下で過ごす日々。義務教育も受け、彼の人生は一転して順風満帆となっていた……幾つかの問題点を除いて。

 

例えば……同じ家に住んでいるにも関わらず、祖父から食事と寝床以外殆ど干渉が無く、半ばネグレクト状態だったり。

例えば、ガラの悪い同級生とつるんで不良グループに入ったり。

例えば、喧嘩で相手を血祭りに上げて警察沙汰になりかけたり。

 

父親譲りの暴力性か、ロクな人間にはなれないルートを辿っている。ように見せかけて、授業にはちゃんと出るし勉強も欠かさない。そんな不思議な、恐らく彼にとって最も人間らしい生活を送っていた日々。

 

「爺ちゃん!これ今日の新聞ね!」

「……」

「あと洗濯物畳んどいたから、自分の分持ってってね。じゃあ学校行ってくるから!」

「……」

 

その中で、彼は祖父を敬愛していた。暴力環境で育って来た少年にとって、立場にかまけて力を振るうような事をしない上に衣食住を保証してくれる祖父は、菩薩か何かに見えたのだろう。彼を尊び、いつか彼がかつて就いていた職に携わりたいとさえ思っていたようだ。これには祖父の職が、かつて憧れた“躍動”に深く関わる仕事だったのも関係している。

彼にとって幸せと言えた。そんな日々だった。

 

少年は知らなかった。その日、父親が刑期を終えて出て来た事を。

 

嫌な予感と共に学校を抜け出した少年は、家のドアが開けられているのを見。

そして、中から響く殴打音を聞いた。

 

「お前の所為だァァァァっ!!」

「くはっ……?!」

 

バールによる鍵のこじ開けと、2階へ逃げた目標に対しそれを用いた殴打。

倒れた祖父に馬乗りになって、父親はその首を絞める。ありったけの、積年の憎悪を込めて。

 

彼の不幸は、自分もまた同じ殺意を向けられる存在である自覚が無かった事だと言えるだろう。自分達を追って上がってきた実の息子の気配に、彼が勘付く事はついぞ無く。

 

「ギビッ!!」

 

自らが持ってきたバールによる一閃。それがこめかみに直撃し、頭蓋を割って血を飛び散らせた。

少年は怒っていた。そして何より、伝わってきた手の感触に喜んでいた。

 

「死ね!」

 

散々やられてきた行いへの復讐。夢を追いかけるべく必死に抑え込んでいた憎悪、その宛先を見つけてしまった。もう彼は止まらない。

今の少年は15歳。中学卒業を目前に控えた彼は、既に父親の膂力を上回っていた。掴み掛かられても逆転される事は無く、一方的に殴り、蹴り、積年の恨みを晴らす。つい一分前までの父親の行動をなぞるように。

 

徐々に人の形を失っていく父親の身体と、それを実行していく我が手の感覚に、少年は自身の夢が壊れていくビジョンを覚えていた。中学卒業後、彼は夢の職に向けて専門学校に進む筈だったのだ。これ以上暴力に任せれば、その道は確実に絶たれる。

だがもうそれで良かった。自分が目の前の父と同じ存在な事はもう分かっていたからこそ。ここで自分の衝動を抑え込んだしまえば、父を生かしてしまえば、敬愛する祖父はまた狙われる。

だったら、もう良い。

 

「どぅ、ざっ」

「死ィ、ね!」

「ぁ……!」

 

ただの肉と化した父を引きずり、窓に叩きつける。あの日のテレビのように。

キラキラとしたガラス片が舞い、一拍置いて重い音が聞こえた。

 

……父親は死んでいなかった。放っておけば死ぬだろうが、それでもまだ意識はあった。

折れた肋骨が刺さった肺で懸命に息をするが、血が気管で泡立ち意味を成さない。苦し紛れになんとか姿勢を変え、空を仰げば。

 

「死ィィィィッねェェェエエ!!!」

 

窓から身を乗り出しテレビを振り下ろす、我が子の姿。

迫る20kgの質量塊。

グチャリ。

 

 

士は目を逸らせなかった。まだ終わりではなかったから。

 

 

「ただいまー、爺ちゃん!」

 

少年院での服役を終え、少年改め青年は帰宅する。自身が愛する家族の元へ。

その瞳に、祖父の家族(むすこ)を殺した事に対する後悔は全く無い。彼は既に狂っているのだ。父を殺したその瞬間から、あるいはそのずっと前から。

 

「爺ちゃん?」

 

そんな彼を拒絶するように、家からの応答は無い。ドアは固く閉ざされ──否、鍵が開いている。青年は恐る恐る踏み入れた。

 

 

死臭。

 

駆け、和室を開く。

 

祖父の両足は地面から離れていた。

 

 

「……結局、これかよ」

 

呆然から唖然へ。机に置かれていた医者に目を通して、彼は己を嘲笑っていた。そこには、自身の行いが祖父を傷付けていた旨が記されていたからだ。

ネグレクトしていたとはいえ、孫は孫。虐待していたとはいえ、息子は息子。そんな自分の血族が目の前で殺し合った事に対する絶望……なら()()()()()()()だろう。それから乖離した現実は、青年の心に強く深く棘として突き刺さり、不可逆の崩壊さえ齎す。

 

「そりゃ……悪かったなぁ、爺さん」

 

青年は家を出た。そこにいる権利は無いのだと自身を戒めた。

自分の物だと胸を張って言える財産だけ持ち、細々と暮らし、それにも飽いて最後に自分を慰め──何もかも捨てて、夜の街を歩いていたら。

 

都合よく、橋の上で横暴を働く暴漢を見かけた。

 

都合よく、青年の手には何一つとして失う物が残っていなかった。

 

「神様。これが俺の生きてきた意味かい」

 

青年には躊躇(きょうふ)という物が生来無い。これも父から受け継いだ遺伝(のろい)

被害者を庇い、暴漢に刺され、しかし刺し返し。諸共に橋から水面に落ちた。

冷たい水の中で、組み敷いた暴漢が溺死する様を見届けて。彼の身体もまた冷たくなったのだった。

 

牧路凱歌。人としての生は、ここまで。

 

 

 

「────ッハァ!やっと()()()()か!?」

 

ここまできて、士はようやく自分自身のコントロールを取り戻す。気付けば周りには立ち並ぶ本棚、もしかしなくとも地球の本棚(ガイアメモリ)だ。やはりこの地球の歴史も、この形で閲覧出来るらしい。

 

その中で光る2冊。1冊は手元で輝き、今自分が覗いていた物だとすぐに分かった。

して、もう1冊。この本が入っていたんだろう空白の又隣、棚の上に鎮座する同型の“後編”である。

 

……これを読み終えなければ、戦いの舞台に上がれない。直感がそう囁いて。

 

「許せよ牧路。ここからが本題だ」

 

苦難の人生を歩んできた青年、牧路凱歌はいかにして魔王アークオルフェノクとなり、人類を破滅へと導かんと欲するのか。

力任せの邪悪な願いは今も続く。ならば止めねばなるまいと、士は2冊目を手に取り開くのだった。

 

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