ディケイドに、眼前の青年が人間であるという認識は最初から無かった。
アークオルフェノクである時点で、例え人間の姿をしていようが実態は強力かつ凶悪な怪人。そのような相手にディケイドは、
人間が怪物に変身しているのではなく、寧ろ怪物が
「ぐ…ぁ……!」
「え──?」
しかし、それが間に合わなかった。もしくは効果が無かったのは明白だろう。
膝を突き、倒れるディケイド。仮面の奥にくぐもる、何か吐き出すような──
しかしそれも一瞬。倒れそうになる身体を即座に抱き留め、庇うように下手人へ啖呵を切る。
「士君に何をっ!?」
「ちょっとした手品。お前も覚えあるだろ、変身して俺に挑んだ時とかさ?」
言われて思い出すのは、仮面ライダーキバーラとなって彼に挑み掛かった時の事。今のように彼が地面に手を付き、掌を光らせたと思った瞬間、全身を動かせなくなった記憶だ。
軟禁されてから考察し、アレは重力操作かその類だと思っていたのだが……苦しそうに身じろぐディケイドの様子から、それは誤答なのだと思い知らされていた。
「重力操作も出来なくは無いぞ。今の所お前らを抑えつけるレベルのは不可能だけど」
(っ、私の思考を?!)
「もう決着ついたからネタバラシさせてもらうけど……お前らって、変身してない状態だと普通に
困惑から抜け出せない夏海へ投げかけられたのは、答えの決まりきった質問。要領を得ない彼女を置いていくように、牧路凱歌は舌を回し続ける。
「人間が生きるには酸素が必要だ。となれば呼吸するしかない。大気を吸って、酸素を肺に取り込んで、全身に回す。栄養だって同じさね、飯食って腸で溶かして搾り滓をウn「下品ですよ女性相手に」これぐらい良いだろ兄弟ぃ……ま、どれも地球環境下で、そこにある物質を取り込むって寸法になるんだな」
南阪からの忠告に辟易とした面を浮かべながら、気ままに言葉を並べる。しかし
「何が言いたいんです……、士君!無理に動いては!!」
「良い、夏海。俺には分かった」
それを止めたのは、息も絶え絶えなディケイド。
平時に比べればあまりにも頼りない力で、彼は夏海を優しく退け言った。
「地球とアークオルフェノクには、カヒュッ、深い
「……ブラッド族から情報提供されてましたからね、貴方は」
“星の主”。その座に据えられたアークオルフェノク。
その力を喰らう事が、この地球を手中に収めた事と同義となる──と、ブラッド族は言っていた。それがエボルトに忠誠を誓っていたスケイブの企みだったのだと。
だが考えてみて欲しい。星の主とはつまりどういう事なのか?
家の持ち主には、その家の中にある物を自分の自由に扱って良い権利がある。
ならば、
「お前……
「正ッ解!!さっすがディケイド、お目が高ぇや」
拍手する凱歌の余裕ぶりに、ディケイドは歯噛みする他無かった。
つまり、彼はディケイドが変身する前──ただの士の時に吸い込んだ空気に、その肺と気管を
「本当なら血中酸素にも働きかけて全身内出血させる事も出来る筈なんだけど、どうにも完全に体内に入り込んだ物質に関してはコントロール利きにくいな。世界の破壊者として何かのバフ入ってんのか?光夏海には出来たのに」
「私には出来た……!?」
「そう身構えんな、全身脱力させて取り押さえたアレの事だっての」
「士さんはこっちの世界に来てから、この世界の物を口にしてませんからね。水の一掬いでも飲んでいればもっと拘束出来たでしょう」
「ッ……!!」
ここまでくれば光栄次郎が生命活動を止められた事にも、ユウスケが士の姿を惑わされた事にも説明が付く。恐らくは、彼らの身体に忍び込ませた物質による神経操作……が、何より今は状況が不味過ぎる。
「カハ……おい、どうするつもりだ!」
「だからそれを教えてやるって、」
「エボルトだ!奴は地球外生命体だぞ、お前の操作能力は効かない!」
「ああ、それに関しては大丈夫です」
しかしその懸念も即座に払拭された。されてしまった、南阪の言葉によって。
「だからハザードトリガーを開発させてたんですよ。この星の資材で」
────有り得ん。
「おァあッ……?!」
「んぇ。ど、どうした??」
ハザードトリガーの内部構造に異常は無かった。分身がそれをちゃんとチェックしていた。
装着し、エボルドライバーのレバーを回した。正常に作動して強化剤が体に注入された。
それによって疑似的にフェーズ4を再現。力場を張って、
ここまでは良かった。何も問題は無かった、筈だ。
(なのに何だ、このっ……脱力!?)
「自滅……?おーいカイザの人達!取り押さえるから手伝ってくれ!!」
「えっあっはい!失礼しますが五代雄介さんですか?」
「ううん小野寺」
「そうでしたか……」
「残念がるなよ!」
すべて正常なのに結果だけが付いてこない。戦兎なら興味津々で研究室に籠っちまいそうなそうな状況だが、当事者になっちまったら何一つ笑えねェ!
(嘘だろ分身さえ出せないのか……そもそも………意識、が…………)
意識が黒ずみ薄れていく最中。最後に思ったのは、自身をこんな所へ招いた部下への恨み言だった。
(スケイブの野郎……取り敢えず次会ったら殺す……)
待て待て誰だおm
沈黙し、簀巻きにされていくエボルトがスクリーンに映し出される。これでディケイド以外の、凱歌に対抗可能な存在は地球上から消え失せた。
そのディケイドも喀血が止まらず這いつくばる現状。要するに──
「詰みだよ。王手。チェックメイト。他にどんな表現があったっけ?」
「なんで僕に聞くんですか」
「「……!!」」
抗う術が無い。その事実を、ディケイドと光夏海は噛み締める事しか出来なかった。
諦める訳にはいかない。が、ならどうすれば良いというのか?
そんな彼らを見下ろし、「さて」と呟いた凱歌は。
「じゃ──勝利の宴と洒落込もうか」
床に就いた掌を強く輝かせた。
呼応するように、天高く聳える城も、その全体を仄かに青く灯す。その色は、オルフェノクが死せる時の炎の色にも似ていた。
それが続く事5分。
「……オイ」
「何だよ」
「アレ、見ろ」
最初に異変に異変に気付いたのは城下。東京と呼ばれていた町で、オルフェノクの監視の下、往来を歩いていた
「……近付いて来てね?」
「ああ……月が……」
「突如月が反転!裏側を地表に向け、徐々に降下してきます!!」
「落下か!?」
「いえ!重力加速度とは無関係に、等速直線運動で接近している模様っ」
人類軍側は最早上へ下への大騒ぎだ。東京奇襲作戦の失敗・突如の停電・ブラッド族の叛旗に
「こんな時に南阪は何処へ……」
「お、お前か!お前がやったんだろ、吐けッ!」
「キュウ」
「待ってくれ、俺が電気ショックとモーフィングで起こし……あれっ出来ない!?なんで!!」
半ば以上パニックになったカイザ兵士が昏倒したままのエボルトに暴行まで加え始めたが、それで事態が収まる訳が無い。クウガも為すすべなく、骸で溢れかえった月面を超視力で見上げるのみだ。
大規模兵器での迎撃は間に合わない。出来たとして意味が無い。月は元の38万㎞強から30万、10万、2万、5000とその距離を縮めては。
やがて大気圏を押し退け。
城を押し潰し。
1秒後を待たず、地球は東京に、触れたのだった。
そう。
「あ、あれ?」
「死んでない……生きてるぞ、俺達!!」
人類軍の基地は安堵に包まれた。もしくはこれから衝撃波が来るのかと身構える者もいたが、レーダーは全く別の現実を示している。
「月は……地表面にて静止。言い方を変えると、地球と
「……あり得ん。どうなっている?」
天体同士がその形状を保ったまま触れ合うなど物理学上不可能だ。桐生戦兎が白いパンドラパネルを使ってアレやコレやすれば不可能ではないかも知れないが、この世界に彼はいないしパンドラボックスも無い。
そしてそれ以外にも、彼らの身近な場所でもう一つ……いや、二つほど異変が。
「あれ?小野寺ユウスケさんはどこに?」
「待て、推定エボルが消えたぞ!!抑えてた奴らは何をしていた?!」
「分からない!ちゃんと抑えてたのに気付いたら……っ」
この場で激戦を繰り広げていた戦士達の喪失。もう既に、事態は彼らの手に負える領域を逸脱しているのだが、彼らにそれを知る由は無い。
蚊帳の外?否、蚊帳の内だ。閉じ込められ、外界から蚊帳を揺るがす脅威に一喜一憂するしか無い者達。
この世界において人類は、そういう存在でしか無かった。
そんな中。この世界の者ではない人間である夏海は、暫しの微睡から目を覚ます。
「あれ……私、士君と一緒に、月に叩きつけられて……」
「夏海!良かった、起きたんだなっ」
「ユウスケさん……?」
すぐ傍で、未だ目覚めぬ栄次郎と
それに、いない。
「士君は!?」
「……分からない。俺も気付いたら此処にいて、探したけどアイツだけ見つからなかったんだ」
悔しそうに俯くユウスケに、夏海は何も言えなかった。そもそも何も出来てないのは自分の方で、無力感故の申し訳なさに歯を食いしばる。
そこへ声をかける存在が、一つ。
「
「お前……!」
「これだけじゃ説明が足りなかったようだ」
高台より南阪を侍らせ、牧路凱歌が其処に立つ。夏海とユウスケ、次いで今の声で目覚めた他二人を睥睨して彼は宣った。
「安心しろ、今ので民間人に死者はいない。事が済めば月を元の位置に戻して、東京の連中も仮死状態から解放して、それでこの一件は終わりだ」
「つつつ月って……貴方が操れるのは地球上の物質だけでしょう!?」
「あのなぁ、月は45億年前に誕生したその瞬間から地球の重力に捕らえられてグルグルしてきたんだぞ。ジャイアントインパクトで生まれた経緯からしても、月は完全に地球の
「無茶苦茶だ……!」
「本当にそうですよね」
「お前どっちの味方なんだよホント」
僕は僕にとって都合の良い人の仲間ですから、といけしゃあしゃあとほざく
「そもそもなんで月をそんな変な使い方したんだよ!俺を呼び戻した理由は?んで士を何処にやった!?」
「順を追って説明してやるから一旦落ち着け。まぁ光夏海はご存じだろうが、俺は見ての通り“地球の物”と見做せた物質を操れるんだけど……条件さえ整えば、完全に地球外由来な存在でも自分の物に出来るんだよ」
それに対する回答は愕然とさせて余りあるもの。
ただでさえ強力な権能なのに、更に拡張する余地があると、そう告げたのだ。
「即ち“地球圏内に長期間、その存在を留め置く”事。地球に近ければ近い程、期間が長ければ長い程に俺の影響力は増す。具体的な基準とかはまだ分からんけど、とりあえず6000万年前に恐竜を絶滅させた隕石分の物質は既に完全支配下にあるかな」
「まさか、月に侵略者の死骸を溜め込んでたのって……!」
「そういう
つまり現状、確認されてるだけでもフォッグ・デーボス軍・ワームの力を我が物としたという事。目の前の青年の痩躯にどれほどの異能が詰め込まれているのか、考えるだけで夏海達は恐怖さえする。
「……と言いたいところなんだけど、やっぱ月は地球圏としてはかなり僻地判定らしい。死体置き場として暫く扱ってはみたがあんまり影響下に置けなかったんだよなぁ」
「だから今回、月を接地させてまで死体を地球に移したんですか。予定に無かったですよねコレ」
「
何の慰めにもならない呟きより、引っかかる言葉が二つ。
良い機会?
ついで?
つまり……メインは。
「士、は……!」
「エボルトと一緒に地球中心核に沈んで行ってるよ。破壊者の力、使えそうだし」
「士君ッ!!!」
思わず地面に向け叫んだのは夏海だった。どうせ届かない、そう分かっていても。
ゴポリ。泥にように蠢く土にまみれ、ディケイドは一人死にゆく。
【Open your eyes for the next...】
「ここらで一つ取引といこう」
「は?」
「次の破壊者になるつもりか」
「地球の守護者なのに!」
「気に入らないね。士は僕の物だ、君じゃない」
「期待させてもらうぜ、仮面ライダーさんよォ……ッ!!」
《第9話 呉越の舟》