泥濘に沈む。
岩のように固く、粘土のようにへばり付く土の感触。それだけが感じられる全て。
その中を、身動きも取れないまま、重力に惹かれて落ちてゆく。
夏海さんの慟哭が響きますが、答えは返ってきません。既に士さんの肉体は深度1500㎞を突破した頃合いでしょうし、仮に声が届いたところで反応できるほど体を動かせる状況じゃないでしょうから。
つまり、あとは
「ッ……変し、」
「逸んな小野寺ユウスケ。ここらで一つ取引といこう」
「は?」
「まず、ここでお前らと事を構えるつもりは毛頭無いんだわ。普通に旅を続けて貰って構わない、っていうかそうして貰った方が俺としても都合良い」
ここで凱歌さんからの交渉です。散々武力を行使してきた今更のタイミングで、士さんの身柄を奪っておいて。
しかし同時に、施すように投げ渡した道具達。その内訳は──キバーラとディエンドライバーです。変換された自分の武器に、夏海さん達は動揺を隠せません。
「……何のつもりですか?」
「怪しむなよ。次元を超えるヒーローを無闇に倒した結果、ヒーローに救われる筈だった世界が沢山滅びました!ってのは流石に寝覚め悪いんだ。そういう世界から新たな脅威がこっちに押し寄せてきたら本末転倒だしな」
「いや……お前はもう士をっ!」
「そう!でもその力はじきに俺の物になる。つまり士の役割をそっくりそのまま引き継げるんだよ、その意味が分かるか?」
「お前が次の
言葉を引き継いだのは、倒れていた鳴滝さんでした。磔にされ続けて削れた体力を回復し切れてないのか、仰向けに倒れていたままでしたが。
「門矢士が引き受けてきた役割をお前が為す。その代わりにこの場でディケイドの力を奪う事を看過しろ。それがお前の要求だな」
「そういうこったぁ!ま、俺はこの地球をおいそれと離れられないから門矢士みたいに各世界を旅したりは出来ないんだけど、お前らがピンチに陥った時に駆け付けるぐらいは出来るから」
「ふざけ──ッ!!」
「じゃあどうする?お前ら全員、とっくの昔に地球物質が体中に回ってんだぞ。そんな状態で勝ち目のない戦いに挑んで何になるってんだ」
余りにも一方的な物言いに、とうとう小野寺さんの堪忍袋も限界に達したようです。そんな怒りもそよ風か、凱歌さんは尚もなめ腐り切った態度で迫ります。是が非でも主導権は譲らない、絶対に認めさせる、と。
「じゃあ言い方を変えるわ。門矢士を諦めてくれなかったら、この世界の人口を
「なっ?!」
「そんな!貴方は地球の守護者なのに!」
「
さぁどうすると言わんばかりに紡がれる口。もはや場は交渉の体を為さず、完全に“脅迫”へと移り変わっていました。この重苦しい雰囲気の中、僕は夏海さんと目が合い……すぐに逸らします。
だって、何も応えられません。凱歌さんに一番近い人間だから?彼を止めれる?そうかもしれませんね、それが人間としての
でも“権利”が無かった。僕は守られる側、彼の行いによってでしか保証されない存在です。その分際で口を出す余地はありません。
だから、そんな目で見られようと。責められようと、貴方達のようにはなれない。
「──気に入らないね」
絶対的不利においても。
自分を貫き通せる、
「士は僕の物で、人々の命は人々の物だ。君じゃない」
「海東さん!」
「……へぇ?」
金属音と共に向けられる銃口。いつの間に立ち上がっていたのか、海東さんがディエンドライバーを構えていました。彼もまた消耗している筈なのに、その力はどこから?
「ほざきやがる、さっきまで俺の
「さっきどうだったとか過去がどうとか、今君が為そうとしてる事に比べればどうでも良いだろう?」
「ハッ。言えてるが、じゃあどうする?無辜の命を半分切り捨ててでも俺を殺すか?」
「君が
世界を駆ける怪盗の推理が、凱歌さんを射抜く。それが真実であれ虚実であれ、凱歌さんの行動を裏付けるには十分である事に変わりなく。
「人類半減に関しても同じさ。もしそれが出来るのなら、侵略なんてする必要が無い。手始めに見せしめとして幾らか実行して、人類に服従を迫ればそれで済む事だ。けどそうなってはいない……つまり仮に不可能ではないにしても、何かしらの条件を満たす必要があるんじゃないのか」
「その見当が外れてたら、お前は35億人をブチ殺した大虐殺者の仲間入りだぜ」
「殺すのは君だ。ボクにその責任を負う義理は無いよ、悔やみはするけどね」
「──OKOK。取り敢えず
しばしの沈黙を経て、凱歌さんはそういう結論を選びました。あたかも根負けしたかのように。
「俺はすぐには人類を半殺しできない。お前たちをすぐには追い出せない。そういう前提で話を進めようじゃないか」
「まるで真実は違うと言いたげだね?」
「もし違ってたら困るのはお前達だろ。まぁ実際月を動かしてるのは想像以上の労力で、自バフ以外の物質操作はあんま使えないんだが……それを加味しても、一つ否定してない要素があるのを忘れたか」
「……俺達を、すぐに殺せるって部分か」
小野寺さんの問い掛けに、追うように頷く凱歌さん。ここで一段階、場の緊張感が高まりました。交渉から臨戦への移行です。
次いで彼は僕に向き直ります。それはもう満面の笑みで。
「っつー事になったわ。巻き込まれないよう隠れといてくれ」
「……」
「いやぁ利口ぶった気持ちのいいバカって怖いね。まんまと乗せられちまったよ、今じゃ受けて立つ気満々だよ」
「凱歌さん」
「何じゃい」
そんな彼の丹田に、僕はそっと触れました。その皮膚の下に隠された
ヒンヤリ。体温の無い感触、僕が感じられたのはそれだけ。
「オイ。何のつもりだ」
「くれませんか。戦う力を」
「お前は前線経験ほぼ無いだろ。すっこんでろ」
「そうしたい所ではありますが──」
「光栄次郎は任せろ。門矢士を助けるのは嫌だが、新たなディケイドの誕生は望む処ではない」
「お願いします、鳴滝さん!」
指差すのは、鳴滝さんと光栄次郎さんがオーロラカーテンで転移する光景。彼ら自身に戦闘能力は無くとも、もし異世界のライダーを呼び出されては、生身の僕に対抗手段はありませんから。
「逃げ回るだけじゃなく対抗できる力が必要です。僕だって手を汚すくらい……」
「分かったよ、護衛呼ぶから。それで良いだろ?」
「……はい」
という
蒼炎は彼の皮膚を見る見るうちに焼き。焦がし、舞わせ、その下の眠る本当の姿を露にしていきます。“化けの皮を剥がす”という格言はこの時の為にあるのでしょうね。
「さぁ────始めようか」
アークオルフェノク、顕現。それに対抗するは3人の仮面ライダー達。
『……わっ?あ、夏海!私たち解放されたの!?』
「起きましたねキバーラ、話は後です!」
「ユウスケ、君が前衛を務めたまえ。夏メロンが遊撃、僕が後衛で攻め立てる」
「ああ。全力でぶっ潰してやる……!」
「「「変身!」」」
ディエンドの銃撃・クウガの打撃・キバーラの斬撃。一斉に襲い掛かるそれらを、笑って受けて立つアーク。
その様子を僕は、ただ見ているだけでした。
(……動けん)
月に押し潰されたと思ったら、気付けば暗闇の中。そこで士は自分の状況を顧みる。
姿勢は多分逆さ。微かな移動感から、恐らくどんどん下の方に向かっている……というより、沈んでいっているのだろうか。浮き上がろうにも周囲を取り巻く何かは固く、指一本とて動かせやしない。変身もいつの間にか解けている。
(夏海は……ユウスケもどうなった……そもそも地球は……?)
唯一出来るのは、感覚を研ぎ澄まして周囲を探る事のみ。それだけに集中する、と。
感じた。己を取り巻く悍ましい光景を。
(これは……?!)
自分と同じように、沈みゆく怪人たちの死骸。無数のそれが、この暗闇の中にあったのだ。
彼らが月に残置されていた者達だというのはすぐに分かった。先程の激突の折、自分と彼らが地面に埋め込まれたという事実にも即座に考え至る。
(なんとなくだが、この状況は不味い……沈む程に力が無くなっていくのが分かる)
周囲の土へ吸われていく活力に覚える危機感。だが何も出来ない現状、士に可能な抵抗は存在し得ないのもまた事実。
仲間の救助を待つしか無いのか……と、思っていた折だった。
《オイ!生きてる奴はいねェのか!?》
脳内に直接響く声。それは奇しくも、仲間たちと人類の次に、どうなったか気になっていた存在で。
(エボルト。お前もいるのか)
《ぁ?やっと返事できる奴が見つかったか、ガラにもなく安心しちまったよ。で、誰だお前》
(門矢士。仮面ライダーディケイドだ)
《……王族教育で聞いた事がある名だ。世界の破壊者、だったか?》
地球の大敵もまた同じ憂き目にあっていたようだ。名を知られているならむしろ好都合と、士は話を進めていった。
(そうだが、お前の方はどうだ?このままだと死ぬぞ)
《分かってる。だが身体があんまり言う事聞かねぇンだ、やっぱハザードトリガー付けたのが不味かったかァ?そっちはどうなんだ》
(似たような感じだが、力が入らないというより拘束されている感覚が近い。スペースさえあれば何とかできなくも無いんだが)
《……あればなんとか出来るんだな》
ここで、お互いに何かしらの秘策を持っている事を確信。何としても打開に繋げるべく、両者踏み込んでいく。
「この状況に持ち込んだ下手人──アークオルフェノクは地球と直接リンクしている。つまり地中に居る現状は奴と常時接触してるのとほぼ同義だ……なら、ある程度腕を動かせさえすれば、接触を通じてその
《種族柄、空間操作はお手の者でな。指一本動かせなくとも、任意の場所に両手振り回せるスペースを数秒くらいなら造り出せる筈だ。癪だが、俺も助け出すと約束するなら手を貸してやっても良いぞ》
(遺憾なのは俺も同じだが、奴を倒せばどうせお前も自由になる。早くしろ、もう限界が近いぞ)
《だよなァ。ちょいと待ってろ……!》
ジワリと熱くなってきた周囲の土、いや岩盤がタイムリミットを告げる。このままいけば蒸し焼きか、そうでなくとも地球中心核まで落ち込んで……その後は考えたくもない。
そんな末路を避けるべく、エボルトはなけなしの力を搔き集める。目標はディケイド、その腰回りだ。
《期待させてもらうぜ、仮面ライダーさんよォ……ッ!!》
(!!)
瞬間、成功。歪んだ空間が岩肌を押しのけ、束の間だけディケイドは自由を取り戻した。この機を逃す訳にはいかない。
取り出したカードは2枚。
次の瞬間、ディケイドの存在は消えた。それは牧路凱歌の目論見が完全にしくじった事を意味する。
……しかし。それはディケイドの思惑通りという訳でもなく。
「がはっ……ぁ!?!」
焦熱による終幕から逃れた代わりに、待っていたのは
仮面ライダーWはフィリップのように
その中を、出口を探して足掻く。時化に揉まれる藻屑となって、荒れ狂う記憶の海を必死に泳ぎ続けた。
(ぐっ……覚悟はしていたが、地球誕生から時系列順に歴史が流入してきやがる。意識を持ってかれないようにしないと……やっと生命が誕生して、恐竜が絶滅して、ってなんだ今のロボット生命体!?プライム?マトリクス?!聞いた事も無、あっ封印された!次は何だ!ダメだ、止まらな──)
だがそれも限界が近付く。寄せては返す止め処無い繰り返しに、さしものディケイドといえど限界に達し。
捩れ。
千切れ。
脳神経を細切れとされ、大流に消えていくかに思われた。
その手を、誰かが掴んだ。
黒髪の女。丸い瞳に強い意志の光を宿した、そんな人物だ。
だがそれ以上の特徴として……
士はその正体を問おうとした。だが間に合わない。女があらぬ方向へ彼を投げたから。
訳も分からぬまま、情報の彼方に飛ばされ────
「……部屋?」
気が付くと、4畳程の汚部屋に士は立っていた。
【Open your eyes for the next...】
「──気に入らないね。士は僕の物だ、君じゃない」
「ほざきやがる、さっきまで俺の所有物だったクセに」
「まさか幸せになろうなんざ思ってねぇだろうなっ?!」
「死ね」
「死ね!」
「死ィィィィッねェェェエエ!!!」
《第10話 忌み子の