こうふくなアイドル 藤田ことね   作:五月車

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13話

「これどうやって続ければいいんだ?」

 

 一晩経って、冷静になった男には一つの悩みが浮かんでいた。

 

 意味ありげに語られる始めたプロデューサーの正体、それについて何も思いつかないのだ。

 

 そもそも当初の男の計画ではプロデューサーは存在してなかった。

 そしてこの登場したプロデューサーも、藤田ことねのプロデューサーであり、最終局面で事故にあって死ぬ。それだけの存在だ。

 

 彼は『不幸なアイドル 藤田ことね』に登場する人物ではあるが、彼はただの舞台装置。極論をいってしまえば、彼がプロデューサーである必要はなかったのだ。許嫁でも、幼馴染でも、以前命を救ってもらったことのあるヒーローでも、以前彼女が憧れたアイドルであったとしても何でもよかった。

 ただただ藤田ことねにとって家族以外の大切な相手が存在しており、それを不慮な事故あるいは悲劇的な形で消えて無くなってくれればよかったのだから。その位置として、プロデューサーが入ってきたというだけの話だ。

 

 そんな中、物語の途中でプロデューサーへの対応を男は変えざるをえなかった。

 

 まず最初の変化は藤田ことねの母親を殺さない事に変えさせられた結果、作品内で人が死なないようにすることを決めることとなった。これによって、事故で死ぬという方針は無くなった。その代わりとして、死ぬのではなく記憶喪失という事になった。

 

 そして記憶喪失すらも変えられてしまった結果、この『不幸なアイドル 藤田ことね』におけるクライマックスの部分がなくなってしまったのだ。

 それが不味い事であるということぐらいは、男にも理解できていた。

 

 白雪姫が王子様のキスで目を覚ますように、人形姫が泡となって消えてしまうようにハッピーエンドであっても、バッドエンドであっても、クライマックスがなければならない。

 しかし当初、その区切りの予定であったプロデューサーの死、それによりショックを受け落ちぶれていく藤田ことねという構想は前述の通り既に壊れてしまった。

 

 それなら新しく展開を作って、別の区切りを作ればいい。

 それが一番正しい解決方法だろう、しかしながらそんなことが出来るのであれば男はスランプになんてなっていない。

 その結果として初期の構想に、男は縋ってしまったのだ。

 男にとってみれば、その構想は最高なものだ、一部の隙もなく、完璧なもので、この世界で一番面白い作品だと思い込んでいるがゆえに崩すことができない。だからこそ、それが既に壊れ果てまともな形を成していなかったとしても、そこに縋ってしまう。

 

 当初の予定通り藤田ことねは親しい人物を失って落ちぶれなければならない。そんな男の強い妄執、ただそれのみでプロデューサーの持っている文章を改変する力に対抗した結果、プロデューサーの記憶が失った状態のままにしたうえで、藤田ことねが本来なら些細な疑問程度で済ましていたかもしれない記憶違いをここまでの大事に仕立て上げていることだけは褒めるべきなのかもしれない。

 

「……プロデュ―サーの正体、プロデューサーの正体ねえ」

 

 エイリアンだったら? ゾンビだったら? スワンプマンだったら? 邪神だったらどうだろうか?

 

 可能性は浮かんでくる、ただそれらが全てまともな展開にならない事に気づいて消していく。

 

「あー、だめだ。なんも思いつかん」

 

 結局のところ、男は昨日と同じように袋小路に追い込まれることとなった。

 だからこそ、彼は昨日と同じような事を考える。

 

――何でもいいから続きを思いついてくれ!

 

 ……と。

 

「……なんかよくわからんけど、これでいいか」

 

 そして、その結果も当然昨日と全く変わらないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 藁にも縋るような気持ちで、文章に目をやる。そこに書かれていたのは先ほど自分が確認したはずのものとは大きく変わっていた。

 

『藤田ことねは不合格であった。

 パフォーマンスが上手く行かなかったのだ、悲しいがこれが現実ってやつなのだ。彼女は辛かったし、悲しかった。

 彼女は不合格になったという事実に憤りを覚えながら、またこのままでは駄目だと強く思った。

 

こ「やー、あたしぃ、マジで人生崖っぷちなんで。落ち込んでる暇なんて無いってゆーか。今日、また一歩、ぐぐーッと終わりに近づいた感じですけども。まだ終わってねーし? 諦めるつもりもねーしぃ? さっさと立って、もう一度やるだけでっす♪」

 

 プロデューサーに語った、その発言に嘘はない。

 ただ恐れているだけでは駄目なのだ。目を逸らして、逃げ続けて、後ろに下がり続けた結果、彼女の後ろにあるものは断崖絶壁だ。

 それが嫌なら一歩踏み出すしかない。

 それが藤田ことねの行動理由だった。

 

 だからこそ、彼女は尋ねる。

 

こ「……あなた、誰なんです?」

 

 気丈に、こちらが相手の事を恐れていることがバレないように、精一杯の虚勢を張りながら、一歩前に進むための言葉をようやく彼女は口にすることが出来た。

 

 その言葉に観念したのか、プロデューサーは自分の正体について話を始める』

 

 文章によれば、どうやら自分は自分の正体について今から話し始めないといけないらしい。

 

 正体について話すということは、おそらくこの文章についての話すということだろう。

 彼女一人だけの人生を見ることが出来る、そしてそれを自由に操ることが出来るなんて訊けば、その相手に対して嫌悪感を持つのは当然だろう。

 

 文章に目を通し、何処を変更するべきか考える。

 

 おそらく、あのパートナー契約の解除の話あれの対応に失敗したのが今回の事態を招いたに違いない。

 ただ残念ながら文章の中では、先ほどの会話について一切触れられていない。

 触れられていない部分に関しては、自分の能力でどうすることも出来ない。

 

 それなら、最低限自分の正体を話す部分だけでも上手い具合に変えられないだろうか。

 

『その言葉に観念したのか、プロデューサーは自分の正体について話を始める』

 

 自分の正体の部分に触れて変えようとして、文章が変えようとすると頭痛が走る。

 どうして?前日の文章を変えようとした時と同じ反応だ。なんで直前の文章でこれが?

 

 もう一度試しに、文章に触れてみるが結果は同じだ。

 何かが変わっている、そのことは分かるのに何が変わっているのかが分からない。

 

「何をしてるんですか?」

 

 突如、何もない空間で手を動かし始めた自分を訝し気な目で藤田さんは睨みつける。

 

 ……駄目だ、もうどうしようもない。

 ここは一度、文章の通り本当の事を話して後からどうにかすることにしよう。

 

 今能力が使えないのは一過性のものの可能性だってある、一度ゆっくり考えてからどうするべきか考える事にしよう。

 

「……実は自分の正体は超能力者なんです」

 

 そう告げたとき、藤田さんの冷たい目が再び突き刺さる。

 こういった場でふざけないで欲しい、そう思っていることがありありと伝わってくる。

 

「ちょっと、待ってください。ふざけてないんです、本気なんです」

「はぁ……えっと、百歩譲ってプロデューサーが超能力者ってのを呑み込んだとして、具体的に何が出来るんです?」

「視界の端に藤田さんが何をしていたのかが書かれている文章が浮かぶんです。それにはあなたのことであれば、過去の事から今朝の出来事まで今どう思っているかも、大分簡略化されていますが書かれています」

 

 念のため、出来るだけ情報開示は少なくて済むように話を進める。

 そうすれば、改変が出来なかったとしても最悪を回避することが出来るかもしれない。

 

「え? そんなものがあるんですか」

「はい。目を開いていれば視界の端で嫌でも目に入ってきます。とはいえこの文章、会話文などは適当な事があるので、完璧に把握できているわけではありませんが」

「なるほど、だからあんなことになってたんですねぇ」

 

 納得したかのように、藤田さんはウンウンと頷いていた。

 もっと疑われるものだと思っていたが、意外なことに彼女は納得したらしい。

 

「信じるんですか?」

「信じるっていうかぁ。信じたほうが、納得できるって感じですねぇ~。なんであんな嘘をついたのか、大体想像は出来ますし」

 

 何か納得できるような要素があっただろうか?

 それに嘘というのはいったい?

 

「プロデューサー、本当はあたしとの記憶も戻ってないんですよね?」

 

 真っすぐにこちらを見つめる彼女の目には一切の迷いが無いように見えた。

 隠し通すのは無理だろう。

 

「……はい、そうです。良く分かりましたね」

「分かりますよ、だって初めて会った時の事だけ何にも憶えてないんですもん。スカウトしてきたのはプロデューサーだし、条件なんて付けられてませんし」

 

 ああ、なるほど。

 そこの時点で、不審がられていたわけか。そうなると、今日の時点の文章を改変したところで意味は無さそうだ。

 以前、初めて会った時の話を振られた時、いややはり事故が起きた時の事を改変することが必要かもしれない。

 

「けど、安心しました。もしかしたら、プロデューサーが別の人に成り代わったのかもって不安だったので」

 

 藤田さんはホッと一息ついた。

 

「……え? それだけですか?」

「それだけってなんですか、もう! あたしは本当に怖かったんですからね、そういう心配が常に頭にあったせいで今日の試験でも失敗しちゃったし!」

 

 手をブンブンを振って、怒っている事をアピールする。

 

「……それはもうしわけありません」

「けど、もうこれで吹っ切れました! これからの新しいあたしに期待してください!」

 

 次は自分が困惑する番だった。

 どうして彼女はこんなにも簡単に受け入れているのだろうか?

 普通、こんなことを打ち明けられたら、気味悪がるのが普通じゃないのだろうか。

 

「え? あれ? もしかして本当にパートナー契約解除だったりします? ギャーッ!! それだけは勘弁してくださぁ~い!」

 

 その困惑を藤田さんは別の方向に受け取ったのか、突如焦ったように声をあげる。

 

「いえ、こちらから契約解除をすることはありませんが……むしろよろしいのですか?」

「もちろんですよ。確かにちょ~っと思うところはありますよ? 文章ってどこまで見えてるんだろうなぁ~とか、今まで察しが良すぎると思ってたのは文章のせいなんだろうなぁ~とか、けど今はそれで十分です!」

 

 彼女からの信頼が重かった。

 

「ああ、でも出来れば今後はあんまり文章を読まないでもらえると嬉しいんですけど……さっきの言い方的にきびしいですよねぇ」

「……まあ、そうですね。どうしても目の前にあるので」

「なら、大丈夫です!」

 

 彼女は力強くそう言い放つ。

 

「……すみません、先ほどの説明で仕切れなかった部分を説明させてください」

 

 それなら、こちらも藤田さんの信頼に答えないというのは不義理というものだろう。

 自分の持っている能力についてちゃんと説明する、義務がある。例え、それで彼女から嫌悪されようとも。

 

 文章を読むだけでなく、文章を改変する能力があること。

 全部を好きに変えることが出来るわけではないが、それによって現実を改変することも可能であること。

 今までもその能力を使って、なんどか現実を改変してきたこと。

 

 流石にその文章のタイトルが不幸なアイドル藤田ことねであることは伏せたが、他のこと全てを彼女に語った。

 

「……現実改変? とかはそのよく分かりませんけど、プロデューサーなら悪いことには使わないって信じてるので、平気です」

 

 だというのに、藤田さんは先ほどまでと同じ態度を崩そうとしない。

 

「本当に自分なんかがプロデューサーで良いんでしょうか?」

「もちろんですよぉ~。むしろあたしの方こそこんなにお世話になってるのに試験も合格できないようなダメダメなアイドルですけど、良いんですかぁ……って感じですし」

「何を言ってるんですか、あなた程の逸材。自分はあなたが嫌というまで手放しませんよ」

 

 それは考えるよりも先に出た言葉だった。

 おそらく記憶を失う前の自分の言葉だろう、ただそれは今の自分からしても同じ気持ちだった。

 なんとなく、自分が何を考えていたのか理解出来たかもしれない。

 

「……改めて、よろしくお願いします。藤田さん、自分にあなたをプロデュースさせてください」

「はい! また一緒に頑張りましょう!」

 

 彼女をトップアイドルにしてみせる。

 改めてそう強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこれ」

 

 男は自分が書いた文章を読んで、ある一つの考えに思い至る。

 

――この話は面白くないのではないだろうか?

 

 いや、そんなはずはない。何故なら自分の書いた文章はこの世で一番面白いものであるはずだ。

 そう自分に言い聞かせて、再び自分の書いた文章に目を通す。

 

『プ「実は自分の正体は超能力者なんです」

こ「超能力者?」

プ「はい、実は信じてもらえないと思いますが超能力者なんです」

 

 それは衝撃的な発言だった。

 

こ「ふざけないでくださいよ! こんな場で!」

プ「でも、本当なんです。心当たり有りますよね」

こ「確かに、もしかしたら超能力者なのかも!」

 

 藤田ことねはその可能性に心当たりがあった。確かにそうであれば、今までの事に説明はつく。

 

プ「今まで隠していてすいません。信じられると思いませんでしたし、あなたに嫌われたくなかった」

こ「大丈夫です、プロデューサーなら超能力を持っていても悪用しないって信じてますから!」

プ「……改めて、よろしくお願いします。藤田さん、自分にあなたをプロデュースさせてください」

こ「はい! また一緒に頑張りましょう!」

 

 こうして、二人は再び固い絆で結ばれたのだった』

 

 なんだろうか、これは。本当に自分で書いたのかをまず疑った。

 しかしこの部屋には自分しかいないし、やはり自分が書いたものであるのには間違いない。

 

 これではこの話を終わるに終われない、ここがクライマックスのはずなのに。

 ただただ話をして、お互いが納得する。なるほど、確かに現実であればこういったことはあるかもしれない。むしろ、何かしら大きな出来事が起きてそれが問題となることの方が少なくこうやってどちらかが歩み寄る事によって解決する方が自然だともいえる。

 だが、そんなリアリティーなんてもの自分は求めていない。それにこんな構想は自分は用意していない。

 

 だったら、これは認められない、認められないのだが、新しく別の展開を作ることが出来ない。

 それにこれは自分が書いた展開だ、それなら面白いものであることに間違いはない。

 今面白くないように思えるのは、きっと自分が疲れているからだろう。

 とりあえずこれを投稿しておけば、明日の自分がここから良い引きに持って行ってくれるはずだ。

 

 そう男は自分に言い聞かせて、そのまま文章を投稿することに決めた。

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