こうふくなアイドル 藤田ことね   作:五月車

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2話

 藤田さんをプロデュースするにあたって、まず第一に行う事は彼女のたまりにたまっているであろう疲れを取り払う事だ。

 そのためにはまずレッスンや学校生活以外での疲れ、つまりは彼女が頻繁に入れているアルバイトを控えてもらうように説得するのが一番だ。

 

「出来れば、アルバイトの頻度を減らしてもらいたいのですが、可能ですか?」

「うっ……そうなりますよねぇ。でもぉ、事情があってぇ……」

「難しいと」

「そーなんですよねぇ~、えへへ……」

 

 彼女の家庭は余り裕福ではなかった、それを見た幼き頃の藤田さんは自分がアイドルになって金を稼げばいいと考えて、初星学園に入れて欲しいと両親に頼み込んだのだ。

 そして、父親は出て行ってしまった。貧乏に耐えかねてなのか、それとも何かしらの事情があったのかは分からない。藤田さんを産んだ父親、それも娘の願いを叶えるために初星学園に入学させるような親が、ただ彼女達を見捨てて出て行くとは考えにくいが、残念ながらそのあたりに関しては文章にも何も書かれていない。

 ただ父親が出て行った、その事実だけは間違いなく存在している。

 

 家に仕送りをしたいのに、来年の学費が払えるかどうかすら分からない。

 これが、藤田さんの抱えている事情だ。

 

 問題が正確に分かっているのであれば、それの解決策を見つけるのは比較的容易だ。

 

「それでは、まずはこれを渡しておきます」

「へっ? ……これって……奨学金の申請書……?」

「プロデューサーが付いた生徒は、学園から奨学金や支援金を受ける条件が緩和されます。これでアルバイトを減らせますね?」

「ぷ、プロデューサー!!」

 

 気付けば、満面の笑みを浮かべた天使の顔が、近くにあった。

 

「うわっ!」

「あたし、あたしぃ……信じて付いてきてよかったぁ~~~!」

 

 その言葉だけで、こちらとしてはもう十年は藤田さんの為に働ける。

 

「大げさな。出会ったばかりですよ」

 

 ただ、それを表情に出してしまえば、せっかく頼りがいのあるプロデューサーを演出していたのに、それが無駄になってしまう。

 

「大げさじゃないですってぇ! やったぁ~~~~!」

 

 藤田さんは喜びを露わにする。

 ……可愛い……って、駄目だ駄目だ。

 ここでだらしない顔をしていたら、イメージが崩れてしまう。

 

「どうかしました、プロデューサー?」

 

 両手で顔を覆い、一度深呼吸してから彼女の方に向き直る。

 

「いえ、何でもありません」

「それならいいんですけど。それより、これでレッスンの時間をバーンと増やせますよ!!よぉ~~し、ガンッガン練習してぇ、今までのぶん取り戻すゾぉ~~!」

 

 藤田さんはすさまじいやる気を見せている。

 

「レッスンもしばらく休みです」

「えぇえぇぇぇ!? ど、どどど、どーゆーことですか!?」

「レッスンよりも先に休養です。過労で本来の実力を全く発揮できていません。ですので、何をするよりも休養を優先してもらいます」

 

 その出鼻を挫くような形になるのは、非常に心苦しいがまずは彼女の疲労を取るのは最優先だ。

 

「しっかり休んだ後は、アルバイトではなく、アイドルとしての仕事に励んでいただきます」

「アイドルとしての……仕事……?」

「今と同額以上稼げて、かつ、あなたの糧になる仕事。それを見つけています。疲労が取れ次第、その仕事をしてもらおうかと」

「ふぁ~~~~~~~~~~♡もぉ~~、プロデューサぁ~~~~♡ プロデューサぁ~~~~~~~~~♡」

「ど、どうしました?」

 

 突然の奇声に驚いてしまう。

 なんだ、何か間違ったことを言ってしまっただろうか。

 

「さては、プロデューサー……あたしのコト、ちょー好きでしょぉ~!」

「もちろんです」

 

 ……しまった、つい即答してしまった。

 いや、担当アイドルの事を一番に思う事は悪い事ではない。自分が一番魅力的だと思ったからこそ、あなたをプロデュースすることを決めたので、これだ。この言い訳であれば通用してくれるはずだ。

 

「う~わ~即答とかぁ……えぇ~? ヒくんですけどぉ~♡ エへへへ……♪」

 

 危なかった。

 その音色から、本気で口にしていない事は分かる。もしも本気で引くんですけどなどと言われてしまえば、自分は三日三晩は寝込むことは確実だっただろう。

 

「ありがとうございます、プロデューサー♡」

「いえ、プロデューサーとして当然のことをしただけです。感謝など不要ですが、あなたがアイドルとして輝く姿を誰よりも近くで見届けさせてください、それが……どんな言葉よりも、嬉しいです」

「は~いっ! こぉ~んな嬉しい事ばかり、してもらったんですもん! しっかり倍返ししちゃいますからネッ♪」

 

 

 という会話をしたのが昨日の事。

 

「おはようございます、藤田さん」

 

 休めと言っていたのに、アルバイトに向かおうとする彼女を寮の前で見かけて挨拶をする。

 

「うひゃあ!? ぷ、プロデューサー!? なんでいんの!?」

「藤田さんが、素直に休まないのではと、心配になりまして」

「まさか、ず~っとここで見張ってたのぉ!?」

 

 彼女がアルバイトに向かおうとしていたことは、文章のおかげで分かっていた。それなら彼女が出かけるであろう朝から見張る程度、どうってことは無い。

 

「わりとヒくんですけどぉ~~~~」

 

 僕の生に意味など有ったのだろうか?

 

 この世界にとって百害あって一利なし、そんな存在である自分なんてきっと今すぐいなくなってしまった方がいい。

 

「ゴメンって! そんなに傷ついた顔しなくてもいーじゃん!」

 

 その言葉に正気を取り戻す。

 ……そうだ、今の自分藤田さんのプロデューサーなのだ。ここは毅然とした態度で接さなければ。

 

「だ、大丈夫です。それより、部屋に戻って、大人しく寝ててください」

「ぐぬぬぅ~~‼ ……わかりましたよぉ。部屋に戻りますぅ~」

「そう言いつつ、邪魔者が帰った後で、アルバイト先に向かうつもりですね」

「えぇ……プロデュ―サーって、心読めるの?」

「藤田さんのことなら、なんとなくは」

 

 藤田さん相手であれば、どのような行動を取るかについては大体予想が付いている。

 なんせ自分の人生と同じように、彼女の人生を毎日見てきているのだから。文章には心理的描写が欠けていることもあるが、前後の状況を察することはそう難しくない。

 

「うへぇ、わりとヒくんですけどぉ~~~」

 

 やはり自分みたいな人間は消えていなくなってしまった方がいい。

 女神に悪感情を抱かせるようなゴミは、この世界に必要ないのだから。

 

「わわ、冗談ですって! 冗談ですよぉ!」

 

 

 

 

 さて、こんなやり取りがありながらも藤田さんのプロデュースは非常に好調に行っていると言っていいだろう。

 視界の端の文章のおかげで藤田さんの状態を正確に把握できているおかげというのは要因の一つとしてあげられるが、

 

 それ以上に大きな要因としてあげられるのは藤田さんの常軌を逸していると言っても過言ではない程の才能だ。

 

 藤田さんが世界一可愛いのは、自分からすれば当然の事実ではあるのだが、それは主観的な評価だ。

 客観的に見れば、非常に容姿の整っている人程度に収まるだろう。そしてこの非常に容姿の整っている人しか、この初星学園のアイドル科には存在していない。容姿について優劣を付けようとしても、その評価は優劣をつける人物の好みによるものが大きく、十人に訊けば十人違う答えを出すだろう。

 

 そして彼女の歌だが、世界一だ。

 ……もちろん、自分にとってという前置きは付くが。

 客観的に見れば、アイドルとしては中の下程度だろう。聞けないわけではないが、決して上手くはない。

 

 それとは反対に客観的に見ても、才能があるのはダンスだ。

 アイドルとしてみてもかなりのトップ層にあると感じている。

 

 歌は中の下、見た目は上の下、ダンスが上の上。

 それが今の藤田さんだ。

 

 ただそんな評価以上に、彼女は目を惹く。

 最初は自分の惚れた弱みだと思っていたのだが、どうも自分だけではない事が周りを見ていれば分かる。

 

 本人の持った天性の物であろう、いわゆるオーラだとかそんな風に言われるものが彼女にはあったし、アイドルとしての愛嬌もある。

 

 これなら『初』でもいい成績を取ることが出来るそんなことを考えていた時の事だった。

 

『藤田ことねの母は無理なパートを入れ過ぎて、過労で倒れて死亡する』

 

[まずはやっぱり頼れる場所を奪っていくのが基本っしょ。確か父親はなんかいなくなってたはずだし、母親を殺すか。うーん、確かことねって兄弟いるんだっけ、兄妹も殺しとく? 天涯孤独の孤高のアイドルってのはいうのは悪くない、いや、殺すよりも兄弟を生き残らせといたほうがいいか。貧乏設定だし、あいつらがいなければって考えちゃう長女! これぞ曇らせ! 完璧すぎる! 自分の才能が怖いは、まじで。

 母親だけ殺すなら、交通事故よりは過労だな。自分がもっと早く売れてればって後悔する、ことね……うーん、最高! こういうのだよ、こういうの!]

 

 そんな文章が目に入りこんできたのは。

 

 母親の死?

 

 それが藤田さんに対してどれほど影を落とすことになるのかは、もはや考えたくもない。

 

 僕なんかが、人の死をどうにかしていいのか?

 

 一瞬、そんな考えがよぎるが、次の瞬間には指が文章の方に伸びていた。

 この部分を変えればいい、それだけで藤田さんの母親は助かるのだから。

 

『藤田ことねの母は無理なパートを入れ過ぎて、過労で倒れて死亡すげんきになる』

 

[なんだこれ? げんきになるって可笑しくね? なんか変換ミスったかな、まあそういう事もあるか、ちゃんとなおしておくか]

 

『藤田ことねの母は無理なパートを入れ過ぎて、過労で倒れて死亡する』

 

 変えたはずの文章が一瞬で元に戻ってしまう。余りにも変な文章だと、改変することが出来ないのか?

 

「それなら、……これならどうだ?」

 

『藤田ことねの母は無理なパートを入れ過ぎて、過労で倒れて死亡にゅういんする』

 

[……いや、そうだった。入院したんだった。殺してもいいけど、アイマスで人殺すと怒りそうな奴等いそうだもんな。あんまり詳しくないけど、こういう人の死なないコンテンツで人殺すと荒れる要因になるし、入院ぐらいにしとくか]

 

 ……今度は文章が元に戻ることは無かった。

 ひとまず、彼女の母親は死なずに済んだ。ただどうにかもっと上手い形で救うことが出来なかったのだろうか?

 

 そんなことを考えていると、自分の活動拠点として当てられている教室の扉が乱暴に開かれた

 

「すみません、プロデューサー。今日のレッスンは無しにさせてください」

 

 鬼気迫る様子で、藤田さんがこちらに頼み込んでくる。

 

「分かりました」

「いきなりすみません! ではあたしはこれで!」

 

 そして用事は済ませたとばかりに、走り去っていく。

 おそらく母親が入院した病院に向かったのだろう。

 

 入院などせずに母親を元気にすることが出来れば、藤田さんをあそこまで追い込むこともなかっただろう。

 

 どうにか、もっとうまく彼女の母親を救う方法は無かったのだろうか?

 

 先ほど改変した文章を親の仇の如く睨みつけるが、そこにはただ『藤田ことねの母は無理なパートを入れ過ぎて、過労で倒れて死亡にゅういんする』という文字が宙に浮くだけで、何も変わってはくれなかった。

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