こうふくなアイドル 藤田ことね   作:五月車

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3話

 現在、藤田さんのプロデュースの状況は、最悪と言っても過言ではない。

 

 理由はもちろん、彼女の母親が過労によって入院したことだ。

 状態はかなり悪いらしく、一か月程の期間入院しなければならないと藤田さんから後日説明があった。

 

 事実、文章にも『藤田ことねの母親は長期間入院することとなった』と書かれていた。

 

[入院期間は出来るだけ長くした方が良いよな。けど、こういう時入院ってどんぐらいするんだろ、分かんねえけど一年とか? 知らねー。いいや、長期間って誤魔化しておけば、いいっしょ]

 

 念のため『藤田ことねの母親は長期間ふつかかん入院することとなった』と書き換えてみたものの、すぐに元の文章に戻ってしまった。みっかかんやなのかかんなども試してはみたものの、結果は変わらなかったところから考えるに期間を短縮することは出来そうにない。

 一か月の入院、それが藤田家の家計にどれ程の被害を与えるかについては想像に難くない。さらに、入院が終わったからといって、今までのように母親が働けるわけではないだろう。しばらく療養が必要だろうし、そうでなくとも以前と同じ量は働けないし、そうまでして働こうとすれば藤田さんが止めるだろう。

 

 ただでさえ収入が減っているというのに、そのうえで入院費用まで掛かるのだ。

 一か月の入院で三十万程度のお金が掛かるらしい。

 

 三十万円、その金額がどれほど大きいのか、まだ社会に出ていない自分でも理解出来る。

 

 そのうえで母親は働けず、父親は行方不明。

 藤田さんの下には妹や弟が何人かいるが、藤田さんが高校一年生である。その下という事は全員中学生以下であり、働くことは難しい。

 

 そうなれば出される結論は一つだ。

 

「プロデューサー、ちょぉ~と、話したいことがあるんですけどぉ~。今、いいですか?」

「ええ、何かありましたか?」

「その実はアルバイトの量を元に戻したいなぁ~って、思うんですけど……駄目ですかねぇ」

 

 母親が入院した、次の日に藤田さんから猫撫で声で提案してきたもの以外ありはしない。

 

 出来るだけ、藤田さんがお金を稼ぐ。

 もちろん、それだけで全て稼げるはずもない。ただ、それでも火の車の家計を助けることは出来るはずだ。

 それが分かっているからこそ、自分も彼女の提案を承諾するしかなかった。その選択がトップアイドルを目指すというものから、かけ離れているものだと分かっていてもだ。

 

 アルバイトでの疲労を考え、レッスンを少なくしたりと調整はしているものの、それでも藤田さんは調子を落としているのが目に見えるようだった。

 

 彼女をプロデュースする前の状況よりも、悪くなっている。

 どうすればいいのか分からない、袋小路に迷い込んでしまった気さえしてくる。

 

 自分の無力が恨めしかった。

 彼女の為に何かしてあげることが出来ない。

 

 母親を入院してしまったのが、すべての間違いだったのかもしれない。

 彼女を見殺しにすればお金の問題は

 

――パシッ!

 

 乾いた音が、自分しかいない部屋に鳴り響く。

 自分で叩いた頬が痛いが、そのおかげか口に出すにもおぞましいあの考えは間違いだったと、今の自分なら理解出来る。

 

 そうだ、間違ったことはしていない。

 あれは正しい判断だった。

 

 そう自分に言い聞かせ、もう一度自分に出来ることを考えてみる。

 

「やっぱり、これだよな」

 

 目の前に流れる文章に視線をやる。藤田さんのやっていたことが記録されているこの文章。

 ただのプロデューサー科の大学生である、自分にはコネも財力もない。何かできる特別な事と言えば、この文章を見ることとこれの文字を消したり、付け加えることが出来ることだけだ。

 

「何が出来るのか、ちゃんと確かめておくか」

 

 

 視界に浮かぶ文章と格闘すること、数時間分かった事としては以下の四つだった。

 

 まず一つ目は、過去の文章を遡ることが出来ること。

 ただし、これは自分と藤田さんが初星学園で出会った時までしか遡ることが出来なかった。それより以前の部分は、どうやら遡ることが出来ないらしい。

 遡った際にはダイジェスト気味な文章になっており、大きなイベントあるいは進展があった日しか遡ることは出来ないという事。

 

 二つ目は、自分が改変することが出来るのは基本的に今目の前にある文章だけだということ。

 それ以前の遡った文章を改変しようとした際には、改変をしようとすると強烈な頭痛が襲ってくる。

 ただ何故基本的にと前に付けたのか言えば、おそらく一度だけなら改変することが出来るからだ。何故そんなことが分かるのかと言われれば、なんとなく感覚的にそう感じたというだけなのだが。

 

 三つ目は、僕が改変した文章がどういった理由で元に戻るのかは不明であるという事だ。

 試しに藤田さんの今日の昼食内容が書かれている文章をうどんやかつどんなどに変えてみるとその文章は元に変わることは無かった。

 他にも文章を弄ってはみたものの、今日はどれほど変えても文章が元に戻ることは無かった。

 

 そして四つ目、一文に対して複数個所に改変行うことは出来ないということだ。

 一度その一文に対して改変を行ってしまえば、その一文のその箇所以外は改変することが出来ない。

 

 これらが、数時間の成果だ。

 ……正直、改めて分かった情報の少なさに泣けてくる。

 何か出来ることが大きく増えたわけでもないし、殆ど現状は変わっていないと言っていいだろう。

 

 これからどうするべきだろうか、そんなことを考えていると部屋にノックの音が響く。

 確か藤田さんはまだレッスン中だったはずだ。

 もしかして藤田さんに何かあったのだろうか、そんな不安を抱きつつも、ノックに返事をする。

 

「失礼します、私こういうものなのですが」

 

 ただ入ってきたのは、見覚えのない男性だった。

 姿勢を正し来客に挨拶をしながら、自身の記憶を必死に探るがやはり覚えがない。

 それは番組プロデューサーと肩書に書かれている、名刺を手渡されても同じことだった。

 

「実はですね、私が担当している番組の方で藤田ことねさんを使ってみないかという話が出ていまして」

 

 名刺交換を済ませ、とりあえず座ってもらうよう促すと、その男は席に座るなりそう言った。

 

「本当ですか?」

 

 藤田さんの実力が買われたのであれば、これほど嬉しいことはない。

 

「ええ、彼女にはそれほどの才能が有りますから」

 

 だというのに、何故か自分は喜べずにいた。何となく嫌な予感がして止まない。

 

「ただ、私の一存だけで出演を決めることが出来ず、そちら側に協力してもらいたいんですよ」

「協力と言いますと?」

「なに、簡単な話ですよ。明日の夜、彼女をこの場所に来させてください。そこでちょっとお話をしてもらいたいんですよ」

 

 そう提案された場所は、ホテルの一室だった。

 

 それがどういう事を意味しているか、分からない程自分も子供ではない。

 

 普段講義などを録音するために使っているボイスレコーダーを起動する。

 これで、もしもの時にはこちらの正当性を主張出来るだろう。

 

 はらわたが煮えくり返るような思いだった。

 彼女を、お前達の食い物にするんじゃないと。

 

 お前達如きが、彼女を汚して良いわけがないと。

 馬鹿にするなと、一喝してやろうと思った。

 

「考えさせてください」

 

 だというのに、そんな自分の考えに反して自分の口から漏れたのはそんな言葉だった。

 

「そうですか、では今日中にこちらの連絡先に返事をお願いします。良い返事が返ってくると期待していますよ」

 

 何が起きているのか、自分の中で整理しようとする間に男は部屋の外へと出て行ってしまった。

 

 理解出来なかった。

 どうして、自分はあんな曖昧な返事をしてしまったのだろうか。

 

 その答えはすぐに分かることになる。

 

『金銭に困っている藤田ことねの元にある一つの仕事の依頼が訪れる。

 

悪徳プロデューサー(以下悪)「いやー、ことねちゃん可愛いねー! うち、めっちゃいい仕事紹介出来るんだけど、プロデューサーちゃんどうよ」

プ「本当ですか?」

悪「うん、ただ条件があって、ちょっとこのMCと寝てくれるだけでいいから、ほら枕営業って奴よ! 大丈夫大丈夫、これぐらい皆やってっから!」

プ「……考えさせてください」

悪「まあ、そうだよね、悩むのは分かるから、あ、でも早く連絡頂戴ね、向こう側待たせるわけにはいかないからさ!」』

 

[アイドルものの曇らせって言ったら、枕営業は基本っしょ! 受けさせた方がおもろい感じするよな、周りは穢れを知らないアイドルなのに、自分だけって感じ。うんうん、転落人生の第一歩って感じでいいね]

 

 この文章から大きく離れない形で返事をしたってことだろうか?

 

 そのことに気づいた瞬間、ある一つの恐ろしい仮定が頭に浮かぶ。

 

 この文章は起きたことを記録するものではなく、この文章に沿ったように進んでいくのか?

 

 この仮説であれば、先ほどの理解し難い行動も納得は出来る。

 僕の意思も、藤田さんの意思さえも無視して、世界がそう決めている通りに進むのだとすれば、果たしてこれ以上の理不尽はこの世に存在するのだろうか?

 

 

 

「プロデューサー、どうかしたんですか?」

「うわ、いたんですか」

 

 いつの間にか部屋にいた、藤田さんに肩を叩かれた。

 

「いたんですかって、酷いですよぉ。ちゃんとノックもして入って来てるんですから」

「すみません、少し考えていたようで気づきませんでした」

「それならいいんですけどぉ……凄い怖い顔してますけど、大丈夫です?」

 

 こちらを心配するように、彼女は尋ねる。

 

「ちょっと色々あったもので、少し顔を洗ってきます」

 

 そう言って、一度部屋から出る。

 

 少しだけ、一人になりたかった。

 気持ちも思考も、まだ何も整理しきれていない。そんな状態で藤田さんと会話をしたら何か失言してしまいそうで怖かった。

 

「……ああ、そうだ今の内に変えておかないと」

 

 文章がどこかに消えてしまう前に変えておかなければ。

 

『プ「……考えさことわらせてください」』

 

[あー、でもそうか、枕営業はさせれないか。そういえば、R-18タグ付けてなかった。やりたい描写入れたらR-15じゃあすまないし、つけときゃよかった。次曇らせとか書く時はどう曇らせるか最初から決めてからちゃんと書かねえと駄目だな、反省反省]

 

『プ「……考えさことわらせてください」

悪「あーそう。なら別の人に話を持ってくわ。なんせ、番組に出たいという奴はいっぱいいっからね!」

 

 そう捨て台詞を吐いて、悪徳プロデューサーはプロデューサー室を後にした』

 

 無事に文章が変わったことにひとまず安堵する。

 

 お手洗いで顔を洗った後、先ほど貰った名刺を握りつぶしてゴミ箱に叩き入れる。

 そんな行為はごみを捨てるにしては大きな音を立てた以上の効果は示してくれなかった。

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