「はぁ~……落ち着けぇ、落ち着けぇ。まずは、ここをとっぱすること。それが大事……だいじぃ……ううぅ……あぁぁ~……もうだめだぁ……おしまいだぁ……」
中間試験の直前の控室で、藤田さんはそんな情けない事を口にしていた。
いつも通りの藤田さんが世界一最高に可愛いのは世界共通の真理であるが、こうして緊張から少し弱気になっている姿もまた世界一可愛いのである。
「……あのぉ、プロデューサぁ~?」
そんなことを考えているのがバレてしまったのか、少し不満げな様子で声を掛けられた。
「可愛い担当アイドルがぁ、緊張してるみたいですよ~?」
先ほどの思考を問い詰められるものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
そういうことなら、こちらが返す言葉は決まっている。
「藤田さんなら大丈夫ですよ、あなたなら出来ます」
「でもでも、最近ようやくレッスンを前と同じぐらい出来るようには成りましたけど、それ以前で差が付けられてるだろうし……」
自分からの信頼程度では、どうやら彼女の不安を拭いとることは出来なかったようだ。
それなら、作戦変更だ。
「それなら、不安を全て吐き出してしまうのはどうでしょう。ここで一人で抱え込むよりも吐き出してしまえば、あんがいすっきりするものです」
「えぇ~、そーゆーものですかぁ? じゃーえんりょなく」
そう言って、藤田さんは大きく息を吸い、叫んだ。
「ああああーーーーーーー!!!緊張するぅぅううう!!ここで失敗したら借金返せなくて人生お先真っ暗だぁ~~~~~!!!」
今から行われるのは、言ってしまえばただの中間試験だ。
ここでの合格が次につながるのは間違いないが、彼女の言うようにここで失敗したからといって当然ながら人生お先真っ暗になるというわけではない。
それ程の覚悟を持っているという決意表明なのだろうが……ああ、非常に嫌な予感がしてきた。
「あーッ、すっきりしたぁ! じゃ、行ってきまぁす!」
そんなこちらの考えとは裏腹に彼女は非常にリラックスした様子を見せている。
「……こっちが緊張してきました」
「あははっ――あたしの代わりに、超心配しててください♪」
そう言って軽い足取りで控室から出て行く姿を見る限り、どうやら最初の目的であった緊張を解くという目的はどうやら果たす事が出来たらしい。
「……さて、どうしたものかな」
藤田さんがいなくなった部屋で一人頭を抱える。
その悩みの種というのは当然この文章だ。
中間試験では六人で一つのグループとなり各々のアイドル達がアピールを行う。そのアピールを教員たちの審査によって順位付けを行い、そのグループ内で順位が上位の三名の生徒が合格になるといったシステムになっている。
藤田さんが合格であれば特に問題はないだろう、そのまま『初』の最終試験に向かっての計画を練ればいい。
ただ問題となるのは、藤田さんが不合格になった時だ。
なぜなら自分にはその不合格が文章由来のものなのか、それともただの藤田さんの実力不足なのかを知る方法がない。
明らかに藤田さんが周りのアイドルよりも抜け出ていれば、不合格になった際にこれは文章のせいだと理解出来る。
その逆で、彼女の実力が周りのアイドルよりもはるかに下回っていればそれは彼女の実力だと理解出来る。
当初のレッスン計画通り、休息をちゃんと取りながらレッスンを行っていれば中間試験は突破できるほどの実力は身に付けれていただろうが、現実はそうじゃない。言ってしまえば、他のアイドルとの差はそれほどなく、その日のコンディション程度でどちらが上なのかは分かれるだろう。
それなら自分で藤田さんと合格になったアイドルと比べればいい……という話になってくるのだが。
「絶対贔屓目に見るよな」
自称藤田ことねの一番のファンである自分が評価するとなると、どう足掻いても藤田さんの方に好感を抱いてしまう。出来るだけ客観的に見ようとしても、人間は百パーセント客観的に見る事は不可能だ。
もしも藤田さんの不合格は文章のせいではなくただの実力だった際に、彼女の事を贔屓目に見て自分の能力で彼女を合格にさせてしまえば、それは彼女がこれまで頑張ってきた努力に対する裏切りであるし、その結果不合格になるアイドルに顔向けできない。
それにそういった行為は藤田さんにとっても好ましいものではないだろう。
しかし文章の力によって不当に藤田さんが不合格になったのであれば、そこで能力を使わなければそれこそ彼女の努力に対する裏切りだ。
ただ正直に言ってしまえば、今朝の段階では明らかに合格と言えるほどのパフォーマンスでなければ藤田さんを不合格にしておくつもりだった。
初は確かに大きなチャンスではあるが、これに失敗したからといってトップアイドルになる道が閉ざされるわけではない。不合格になった時はその時なりのプロデュースプランを既に練っている。
それなら出来るだけ自分が介入しない方が良いだろうと考えたからだ。
ただ彼女の中間試験に対する意気込みを聞いていると、そう簡単に割り切るのも難しいことが分かってしまった。
できれば藤田さんを合格にしてあげたいが、実力での不合格なら不合格にしておきたい。しかしそれには正しい評価が必要で、それはおそらく自分では行うことが出来ないという結論に落ち着いてしまう。
どうするべきなのか必死に頭を回す。
しかし答えなんて見つかるはずもなく、結局のところ全部のアイドルのアピールを見てみるまでは分からないと一旦思考を打ち切る。
別に何も解決はしていないのだが、ほんの少しだけ気持ちが楽になった気がした。
人はこれを先延ばしと言うのだが、それすら今は考えない。
大丈夫、大丈夫。本番になれば藤田さんの隠されたアイドルパワーが覚醒して、全員を圧倒するようなアピールをしてくれるはずだから。
そう思い込もうと努力しようとするが、そうはならないだろうという確信も同時にある。
……こういうときの嫌な予感というのはどうして高確率で当たってしまうのか。神様に文句でも言いたい所……いや、神様は碌な奴じゃないし、むしろ迷惑事を持ってくるような奴に文句を言っても仕方ないか。
「ああ、他のアイドルが全員風邪で休んでくれればいいのに」
そんな最低な事を考えながら、試験会場へと向かうのだった。
「お疲れ様でした。藤田さんは……合格でしたギリギリの結果でしたね」
「ギリギリでも合格は合格です! よしよしよぉ~~~~~~っし!」
もしかしたら、不合格になるのではないか。
そんな嫌な予感はただの杞憂に終わったらしい。終わってみれば、藤田さんの合格だった。
おそらく不合格になったアイドルとの差はそれほどなかっただろう。ギリギリの合格という言葉が本当にピッタリだ。
「あたし、第一関門突破ぁ!! さっ、プロデューサー! 可愛い担当が褒められるのを待ってますよ?」
「良く合格しましたね」
本心からそう思う。
もしもこれで不合格だったなら、自分はこれから一日中頭を悩まさなければいけなかった。
「なんですか、その言い方。もしかして、可愛い担当が不合格になると思ってたんです?」
「ああ、いえ。そういう事では無くて……」
「もぉ~、そんなに焦らなくて大丈夫ですよぉ~」
彼女の機嫌を損ねたかと思い内心焦っていたのだが、取り繕うとした自分に彼女は柔和な笑みを見せる。
「わかってます、自分でも今回のは反省点多いって。これじゃ~トップアイドルなんて夢のまた夢ですねぇ」
「一歩一歩、着実に進んでいきましょう」
藤田さんであれば、文章による妨害さえなければ着実に足を進めてさえ行けばトップアイドルになれると確信している。
「はいっ! 次はもっともっと成長したとこ、みせちゃいますからッ♡」
こうして一つの『初』の中間試験はギリギリではあったものの藤田さんの合格という形で幕を閉じた。
トップアイドルになる、その目標に対して大きく前進出来たそう考えるべきだろう。
学園から家に帰りながら、次のプロデュースプランを考え直す。
神様が中間試験に手を出してこなかったのは正直に言えば、嬉しい誤算だ。
『初』はかなり学園にとっても、アイドルにとっても大きなイベントだと思っていただけに、神様も何かしらの介入をしてくると思っていたのだが、その推測は外れていたらしい。
どうやら嫌な予感も偶には外れてくれるようだ。
藤田さんのアイドル活動の邪魔はしないということなのだろうか?
……いや、あいつがそんな善良な存在なわけないよな。
多分、偶々手が空いてなかったとか、介入するのが面倒だったとかその辺だろう。
「……は?」
そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。
こちらに向かって進んできているトラックを今の今まで認識することが出来なかった。
避ける?
いや、そんなことできるわけが
そんなことを考えたのとほぼ同時、全身に衝撃が走り、身体が宙を舞う。
薄れゆく意識の中、視界に入ったのは誰もいない運転席だった。
『中間試験を合格した帰り道、藤田ことねのプロデューサーはトラックに轢かれた』
[これだよね、これ。良い感じにいっていたところでどん底に突き落とす! これぞ曇らせ! これがやりたいからプロデューサー出したもんな。長かったわ、まじで]