ここで一人の男についての話をしよう。
名前は彼の名誉のために伏せておくが、この『不幸なアイドル 藤田ことね』を書いている作者だと言えば聡明な読者諸君であれば今から誰の話をするのか分かるだろう。
さて、この男の将来の夢は小説家である。
以前、男は夢を叶えるべく原作の無いオリジナルの作品を書いていた。
それを小説家になろう、カクヨム、ハーメルンといった、男が思いつく限りの小説投稿サイトに同時に投稿していたのだが、その作品は全く読まれる事が無かった。
完結まで投稿したのに、三桁に届かないPV。
一桁のお気に入り。
一切ついていない評価点。
一件も来ない感想。
男は激怒した。必ず、かの見る目の無い読者共を見返してやらねばならぬと決意した。
男は人一倍プライドだけは高い人間であった。
自分には才能が有ると根拠もない自信に満ちており、そんな自分が書く小説はどんな人物の作品よりも面白い。
そんな幻想を抱いていた。
だからこそ、この投稿しても読まれないという現状はこの男のプライドが許さなかった。
しかしただむやみやたらに、もう一度オリジナル作品を投稿しても前回投稿した作品と同じ末路を辿ることを理解出来るだけの知能は男は持っていた。
そこで取った手段が流行っている作品の二次創作を行うというものだった。
二次創作であれば、その作品を好きな人が読んでくれる。
読んでもらうきっかけさえ、あればその読者は自分のファンになってくれる。
そうして手に入れたファンを自分のオリジナル作品に誘導しよう、そう考えたのだ。
この手段自体を悪いとは言い切れない。
誰でも作品を発表することの出来るようになった昨今、こういった盤外戦術が有効になるケースだって往々にして存在する。
……こういった行為を好ましく思うかどうかについては主観が多く含まれてしまう為、詳しくは割愛するが手段の一つとしては悪くないだろう。
ただし、男の目的を達成するためにはこの手段は的外れな手段だと言っていいだろう。
少々本筋から離れるが、この男の小説が読まれない理由としては大きく分けて二つ存在している。
まず一つ目として、平凡なタイトル。
この小説のタイトルもそうだが、『不幸なアイドル 藤田ことね』。
この後ろの部分をオリジナルの名前に変えたとして、このタイトルでその小説を読んでみようと思う人間はいるだろうか? いや、いない。
本屋でならもしかしたら手を取ってくれる人間も存在するだろうが、小説投稿サイトという玉石混淆の赤い海の中でわざわざこんな平凡なタイトルを読もうと思うのはごく少数だろう。
ただでさえ読もうと思う人が少ないタイトルという関門を超え、作品を読もうと考えた読者に対して次に牙を向くのがそのあらすじだ。
これが二つ目の理由になるのだが、一見しただけで読む気力を奪うそのあらすじはもはや芸術的と言っても過言ではない。
このあらすじを読んで、面白そうだし読んでみるかと思うのは、おそらく小説というものに一切触れずに山奥に住んでいた人間、あるいは産まれて初めて文字というものに触れその文字で文章が作れるのだと感心している人間ぐらいのものだ。
この二枚の鉄壁のディフェンスによって読者は本文に辿り着くことすら許されない。
それがこの男の小説が読まれない原因であった。
まずはその事実を認識し、改めるところから始めなければならない。
しかし、残念ながらそんな日は一生こない。
なぜなら男には自分に書いた作品は完璧で、最高に面白いものだという自負があるからだ。
それはタイトルやあらすじについても同じであり、それを失敗だという事を認めることは彼のプライドが許してくれなかった。
本来の原因から目を逸らし、読まれないのには他に何か原因があるはずだと考えた男が、流行りの作品の二次創作を書く形に落ち着いたのは当然だったのかもしれない。
むしろ評価のかさましなどといった利用規約違反の方法を取らなかった分だけ賢いと、そう褒めたたえるべきであろう。
まあ、男の作品の本文を読んだところでその内容自体が面白くないだとか、そのオリジナル作品が流行りとは別のものだとか、文章が読みにくいだとか、挙げようと思えばこのように無数に存在しているのだが、そこを述べるとなると彼の書いたオリジナル作品について言及することとなり、無限に寄り道が出来てしまうのでここまでとしておこう。
さて、話を本題に戻し、彼はこういった理由で今流行っている作品の二次創作を書くことにした。
そこで目を付けたのが、『学園アイドルマスター』。そして『曇らせ』といったジャンルだった。
彼は学園アイドルマスターをやったことは無かったが、他の二次創作を見ることでキャラクターを理解したと思い込み、この『不幸なアイドル 藤田ことね』を書き始めた。
そのせいで作品に登場する原作キャラクターがことごとくキャラ崩壊している上に、メインキャラである藤田ことねに関しては一人称すら間違っているという始末だ。
さて、そんな杜撰な計画で小説を書き始めた男ではあるが……。
「……書くのだりいな」
今現在、動画投稿サイトに投稿されているゲームの実況プレイを見ながら、そんなことを呟いていた。
男の予定からすれば、確かに作品は現在山場になっているが、男からすればこの作品に対してなんの愛着もない。
愛着もないキャラクターの行く末を書くなど、言ってしまえばただの作業だ。
作業になればその行為は苦痛でしかない。
どうして、自分は好きでもない作品の二次創作なんて無駄な時間を過ごしているのだろうか? と彼自身ですら時たま自問自答してしまうほどだ。
それにこの作品が思ったよりも伸びなかったのも大きな理由だろう。
彼の計画では、二話を投稿した辺りで日刊ランキングにのり、UAは一万を超え、お気に入り数は四桁、評価も星10を大量にとり、投票者数は三桁を超え、感想では称賛の嵐……という、もはや世迷言としか思えないような事になる予定だったのだから。
今の小説の状態は彼にとって不本意であり、この作品を書くモチベーションを下げる要因になっていた。
「って言っても、エターにするわけにもいかねえしな」
男の脳裏には一つの言葉が浮かんでいた。
完結していない作品は、小説にすらなれていないゴミ。
インターネット、あるいは何かの書籍に書かれていたかもしれない、その文言は男の脳裏に深く刻まれていた。
今回のように気乗りのしない作品であったとしても、自分が手掛けた作品をゴミだと評価されることは男のプライドが許さなかったのだ。
「……ちょっとだけ書くか」
見ていた動画を一旦停止し、続きを書くために男はメモ帳のアプリを立ち上げる。
まだ真っ白で何も書かれていないメモ帳が目の前に現れる。
「……はあ、とりあえず軽く書いとくか」
『あ「藤田さん大変です! あなたのプロデューサーが轢かれました!」
こ「ええ! うそですよね、うそって言ってくださいよ、プロデューサーが轢かれるわけが」
あ「うそだったら良かったんですけどね」
プロデューサーがトラックに轢かれた。その知らせは藤田ことねにとってショックだった。そのショックは余りに知れず、数年は寝込むほどだ。
こ「うう、うそだ。プロデューサー! なんで私を置いていくんですか!」
その叫びに答える人はいなかった。
藤田ことねの頬に一筋の涙がこぼれ落ちる。
あ「プロデューサーさんはまだ死んでませんよ?」
こ「え? まだ生きてるんですか?」
あ「はい、生きてます!」
一つ幸運だったのはプロデューサーは死ななかったことだろう』
「殺したいけど、アイマスだもんな。やっぱり人が死ぬのはちょっと、そんなつまらんことで、荒らされたらめんどいし」
『こ「やった! え、何処の病院にいるんですか?」
あ「〇〇病院ですよ、今すぐ行ってはどうですか?」
病院の名前を聞いたとき、藤田ことねの足は既に病院に走っていた』
「まあ、こんなもんで良いか」
そして、書いた内容を保存してから先ほどまで見ていた動画に戻っていった。
そして次の日、
「昨日書いたから別に今日は書かなくて良いっしょ、それよりゲームやろうぜゲーム」
ただゲームをして過ごし、男がメモ帳を開くことはなかった。
そして次の日、
「んー! このアニメおもろ! めっちゃいいじゃん」
サブスクで見れるアニメを見て時間を過ごし、男がメモ帳を開くことはなかった。
そして次の日、
「はー、だっる。なんか今日やる気にならんわ」
動画投稿サイトに投稿された動画を見て時間を過ごし、男がメモ帳を開くことは無かった。
そして次の日、
「……なんかやる気にならん、パス。こういう時に書いてもまともなもんにならんしな」
メモ帳を開きはしたものの、男がそこに何か記入することは無かった。
そして次の日、
「……そろそろ書くか」
男は以前書いていた文章を読みなおし、どうやら藤田ことねが病院に向かったところまで過去の自分は書いていたらしいようだと確認をする。
一瞬、考えるような素振りを見せた後、男は続きを書き始めた。
『ふ「プロデューサー! 世界一可愛いアイドルがお見舞いに来てあげたんだから、元気出してください!」
プ「えっと、だれですか?」
その返答は藤田ことねにとってショックだった。
ただプロデューサーはふざけているのではないということは分かった。
ふ「え、本当に分からないんですか? 私ですよ、藤田ことねです!」
プ「……すみません、実は記憶喪失みたいで」
ふ「ガーン!!」
その返答は藤田ことねにとってショックだった。
そう、プロデューサーは事故のショックによって記憶喪失になっていたのだった。
ふ「本当に覚えてないんですか?」
プ「すみません」
ふ「とりあえず……プロデューサーが生きていてよかったです」
藤田ことねはこれ以上記憶喪失には触れないことにした。
その方が多分お互いに良いと思ったから。』
「まあ、こんなもんでいいか。この後は記憶喪失関連の話でうまく進める感じで、あとは明日の自分がよろしく!」
そう言ってメモ帳を閉じて、男はゲームを起動した。
次の日、
「昨日の自分は頑張ったし今日は休憩っと!」
男がメモ帳を開くことは無かった。
次の日、
「なんだこの小説、これなら俺の話のがおもろいけど?」
小説投稿サイトに投稿された小説に悪態を付くだけで、男がメモ帳を開くことは無かった。
次の日、
「……そろそろ書くか」
男はメモ帳を開いた。
「……あれ? こんなんだったっけ?」
『そう、プロデューサーは事故のショックによって記憶喪失になっていたのだった。
ふ「本当に覚えてないんですか?」
プ「おぼえてる」
ふ「え?」
プ「藤田ことねさん。初星学園の一年生で、自分が担当しているアイドルですよね」
ふ「ほ、本当に思い出したんですね。プロデューサーさん!」
プ「当たり前ですよ、あなたの事を忘れるはずがありません。例え他の事すべてを忘れたとしても、あなたの事だけは忘れませんよ」
ふ「もぉ~~、プロデューサぁ~~~~♡」』
「……でも、メモ帳に書いてあるってことは俺が書いたんだよな? まあいいかこれで。なんとなく話としてはまとまってるし」
書かれている内容に疑問を持ちながらも、このパソコンは自分以外触ることはない。
そのパソコンに保存されているということは、これを書いたのは自分であることは間違いない。そう結論付けた。
「ちょうどキリもいいし、このまま投稿するか」