滅亡世界と安価スレ   作:西沢東

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『上級個体』

「上級個体がどうして……!」

 

 背後でブルーが叫ぶのがまるで遠い場所での出来事かのように思える。その人造人間の背後から数体、装備や装甲が貧相なのに対して脳への電極が明らかに多い個体が出てくる。あれが社による制限の大きい奴隷、下級個体。その後ろにはバラバラに砕けたイエローの体が転がっている。

 

 記憶にあるあの薄暗い部屋とは異なり周囲の壁面には数多の色で発光する塗料がまき散らされている。まるで赤子が描いた絵のようだ。中心に立つ白い上級個体はこちらを見て金属の唇を軋ませる。

 

「もう一体いたカ。こちらが上層から落下した個体ダナ。初めまして、私はホワイトエンドミル社直属資源管理部執行者、No.03141ダ。社内法第325条1982項に基づき君にも協力を要請スル、新規転移者」

 

 そう言いながら上級個体は俺に向かって名無しのチンパンジーの刺さった銃剣を突きつける。現実感がない。そういえばこの世界で本当の意味で外敵に出会ったことはなかった。2028年でもナイフを突きつけられたことすらない。

 

 だが今目の前に突きつけられている、白金の銃剣は名無しのチンパンジーを解体したものだ。ただ俺を貫きただのエネルギー供給源に貶める武器。俺は武器を何一つ持っておらず、ただ身構える事しかできない。

 

 ブルーは俺を庇うように前に立ち腰から拳銃を引き抜く。見覚えの無いアタッチメントが数多付いたそれを上級個体は無視しこちらに歩んでくる。

 

「それでは無理ダ。かなりの改造を施されているようだが所詮は遺伝子から低俗な下級個体ダ。お前が引き金を引くより先に彼女と同じ目に合わせることが出来ル」

 

 その言葉は事実なのだろう。背後からで表情は分からないがブルーの腕は震えていて、それでも銃口を下げることはない。背後の個体は退屈なのかよそ見を始める始末だ。それだけ彼我の実力差は離れている。

 

「どうして庇ウ?」

 

 不思議そうに首を傾げる上級個体に、ブルーは声を震わせながら、それでもはっきりと答えた。

 

「私の使命が『精神の摩耗を止める』だからです。あなたが執行者であるのと同じように」

「製造時のインプットデータがそれカ。ならば致し方無イ」

 

 会話が途切れる。ブルーの震えが止まり引き金に力が籠る。俺はただ茫然としていた。なんだこれは。目の前の男はどうしてこう簡単に俺達の生き死にを決められるのだ。こちらに否定する権利などない。ホワイトエンドミル社とやらに都合がいい、それだけの理由で俺とブルーは終わるのだ。

 

 上級個体がさらに近づく。5m、4m。だがその最後の一歩を踏み出す前に銃剣が喋った。いや、正確には銃剣についている肉塊が、だ。その声は今まで聞いたことがないほど強い、彼女の声だった。

 

「……この終わりなら諦めがつきます。行きなさい、私が足止めします」

 

 肉塊の一つが急激に膨れ上がる。次の瞬間全裸の名無しのチンパンジーがその場に再生し、ブルーの銃を奪い取り上級個体の脚を撃つ。咄嗟に上級個体は銃剣を振り回し壁まで名無しのチンパンジーを吹き飛ばした。トラックにでも衝突したかの如く肉がひしゃげ腕があり得ない方向に捻じ曲がるがそれらは瞬きのうちに元に戻る。転移者の再生力だ。

 

 たん、と壁の一部が崩れ落ち隠し倉庫から数丁のライフルが落下する。そのうち1つを名無しのチンパンジーが掴むと同時に腕と脳を上級個体の銃剣がするりと通り過ぎる。しかし銃剣が通り過ぎた後には元通りの脳と腕が再生し、残りの銃を掴んだ名無しのチンパンジーが引き金を引いた。

 

「ガッ」

 

 耳が聞こえなくなったと錯覚するほどの金属音と共に上級個体の腹部に火花が散り弾丸が貫通していく。避けようとする上級個体の腕はいつの間にか名無しのチンパンジーに捕まれており、それを切断し回避する頃には目に見えて分かるほどの損傷を受けていた。

 

 その隙をついてブルーが俺の手を取り走り出す。その速度に必死に追い付きながら俺は彼女に叫んだ。

 

「加勢するべきじゃないのか!」

「あの戦闘力はこちらに来てからの身体改造の結果です! 破壊されたら再生できず、数分もせずに弱体化したお母様は負けます。それに、あれは摩耗した精神をさらにすり減らして戦っています、恐らく先に止まるのは精神の方です」

 

 彼女の言葉は正しい。砕けるのではないかと思うくらい歯を噛みしめ、理不尽に苦しみながら俺たちはその場から離脱した。

 

 

◇◇◇

 

 

 どれ程歩いただろうか。ブルーの案内に従い数日かけてたどり着いたのは彼女らがかつて拠点として使っていた場所だった。既に半分程度が塩雨により水没し、残る半分に俺たちは座って一言も喋らなかった。だがそのまま時間が過ぎ去るのを待ちたくはなく、俺は口を開く。

 

「――俺は名無しのチンパンジーさんを助けに行く」

 

 その言葉にしゃがんで水面を見つめていたブルーは静かに首を振った。

 

「ダメです」

「どうしてだ。このまま理不尽を受け入れろってか?」

「戦力が足りません。あれが何百体とこの地域だけで存在するんですよ? それにホワイトエンドミル社はあの巨大な脳たちが所属する国家級企業、この滅亡世界の覇者です」

「あの人がやっていたように方法はあるはずだ」

「戦闘は精神を極度に高ぶらせ摩耗を早くします。お母様を取り戻すのにどれだけの時間がかかるかを考えてください。もう嫌なんです、何をしても反応しない人を見るのは! どれだけやっても摩耗した心は取り戻せなかったんです!」

 

 絶叫が部屋に響く。ああ、本当に彼女は俺の事を心配しているんだ。名無しのチンパンジーを助けたくて仕方がなくても、それより俺の精神の摩耗が大事なのだ。それが製造時に入力されたものだとしても、嬉しかった。

 

 それでも俺は名無しのチンパンジーを助けたかった。このままではブルーの表情は生涯晴れることはないだろうし、何より俺という人間が終わる。イエローは転移者ではない、恐らく死んだだろう。しかし名無しのチンパンジーは生きている。

 

 それを見捨ててしまえば自然と理不尽を受け入れるようになってしまう。暴力を振るわれて「そういう世界だから」と割り切って心を閉ざしてしまう。それだけは嫌だった。この世界に負けたくなかった。

 

「なら少ない戦闘回数で解決すればいいんだな? ネットは繋がるか、掲示板にアクセスしたい」

「……期待しない方が良いですよ。でもやりたいことはわかりました、配信モードとスレッドの作成を行います」

 

 その言葉と共に彼女は俺の前にカメラらしき端末に付属したレンズを向ける。するとブルーが用意したもう一つの端末に文字が表示され始めた。それに向かって俺が現状について洗いざらい語る。しかし返ってきたのは余りにも淡々とした言葉だった。

 

―――――――――――

 

part1 名無しのチンパンジー奪還スレ(配信中)

 

001 名無しのハッカー

傍受した通信で聞いたがマジか、チンパンジー逝ったんだな

 

002 名無しの令嬢

二人が無事なようで何よりですわ

 

003 名無しの権兵衛

苦しいと思うがまあ頑張れ。五等分の花〇嫁 (チンパンジー)は……南無

 

004 名無しのOL

ってことはしばらく警戒が減るわね、ラッキー

>>003 私の好きな作品をネタにしたな、潰す

 

005 名無しのハッカー

上級個体の様子サンキュー

 

――――――――――

 

 そしてそれで止まった。視聴者数を見ると既に50を突破している。すなわちそれだけの転移者がこの配信を見ているにもかかわらず無視を貫いているのだ。俺はたまらず叫ぶ。

 

「お前ら色んなものを持ってるんだろ! 能力も技術も! 名無しのチンパンジーを助ける為に手を貸してくれよ!」

 

 俺は知っている。名無しのチンパンジーが人造人間や自身を改造する技術があったことを。ならば同じく別系統の技術を持って手助けしてくれる人間がいるかもしれない。見ず知らずの掲示板で喋った相手であるがもしかしたら、という一縷の望みに賭ける。だが帰ってきた回答は余りにも無情だった。

 

―――――――――

 

006 名無しの権兵衛

そりゃいろいろ出来るがやる気なし。俺も200年超えて大分キツくなってきた、マジで虚無がずっと続くからなぁ

 

007 名無しの令嬢

他人の為に動けるくらい精神に余裕のある人間、正直いないですわよ? 私もここ数十年現実世界で呼吸以外の動作をしていないくらいですから

 

008 名無しの赤ちゃん

新人にアドバイスしとくと、まともな精神持ちの人間は既に捕まったか摩耗したかの二択だ。もし頼むなら対価を払うしかない。

>>006 ばぶばぶ!

 

009 名無しの権兵衛

>>008 はいはい、視聴会はあと40時間後だからもう少し待て

 

――――――――――――

 

 それだけだった。010と続くことはなく、先ほどと同じ視聴者数が表示され続けている。本当に彼らはこの状況に手を貸そうとしていない。摩耗した精神は同情はおろか手助けをしようという余地すら生まない。この掲示板にいる全員は等しくまともな精神性と自発性をもう保有してはいない。

 

 ふう、と息を吐く。思考がクリアになると共に新たな案が浮かぶ。彼らはあくまでこの世界の犠牲者、あの名無しのチンパンジーの如く掲示板以外で口を開く事すらできないそれと同レベルの病人。そして超越者。しかし名無しの赤ちゃんがアドバイスをくれた。対価があればいいのだ。

 

例えばリアルタイムで行われる、エンターテイメント。

 

 

「――安価をしよう」

 

 そう言ってカメラの方を見る。彼らが動くにはこれしかない。俺が理由を作る。自発性も消えネットで文字を打つ以外できなくなった廃人が思わず飛びつくような、つい手を出したくなるようなエンターテイメントを生み出すのだ。

 

「3つの安価を実行しながら俺は名無しのチンパンジーを奪還する。まずは010、ほら書き込め。最高の見世物をやってやる!」

 

 俺は叫ぶ。これしかない。奴らが関わるには。あの安価への食いつきからするにこの手の遊びはよくするのだろう。だから安価を実行しながら名無しのチンパンジー奪還のためにホワイトエンドミル社を襲撃するのだ。

 

 この時点で俺はまだ確信を持てていなかった。これで廃人たちが本当に協力してくれるのか。ただの空回りで終わってしまわないのか。だがその次に来たレスで俺は勝利と絶望を同時に噛みしめる事となる。この瞬間よりあれほど静かだったスレが如何に奪還するかで数多の議論が交わされるようになったのだ。

 

――――――――――――――――

 

010 名無しの赤ちゃん

()()()()()()()()()()

 

011 名無しの権兵衛

>>010 マジ???? これ配信してくれるってこと????

 

012 名無しの令嬢

>>010 ホワイトエンドミル社にパンツ一丁乳首絆創膏?????? 何言ってるんですの???????? 最後の世界大戦の勝者ですわよ?????

 

013 名無しのハッカー

100年ぶりに笑い声出た。久しぶりに空気を吸ったけど空気不味いな

とりあえず侵入経路ないか調べてみる

 

014 名無しの権兵衛

俺は昔使ってた対上級個体用武装漁ってみるわ。パンツ一丁乳首絆創膏でも使える奴w

 

――――――――――――――――

 

 

 ……嘘でしょ?

 




というわけで序章終わりです。こんな感じでギャグとシリアスを反復横跳びしながら進めていきます。
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