リゼロ×リンバスのリ繋がりクロスオーバーを書かせていただいております。
遅筆ではございますが、長い目でご閲読ください。
「――よし、完成した!」
徐々に制作時間が短くなりゆくスバルの積雪工芸は、ここ一週間ほど連日のように皆目にしていたためか、流石のエミリアでさえもほとんど気にかけなくなって、今や村の日常の風景に溶け込んでいた。なので、今日はたった一人での雪遊びとなる。
何もスバルも突如スノー・アーティストに目覚めて日夜制作に励みだしたわけではなく、さりとて伊達や酔狂で奇行じみた雪だるま作りに勤しんでいたわけでもない。
それは、ある者に言わせれば数ある生物の中でも最も人間のみが持つ素晴らしい美徳であり、またある者から見れば心を破壊しかねないほどの凶悪な状態だとも言える。
一通り手を動かしきり、厚手の手袋もやや冷え気味になってきたので、本日のノルマを達成したと言わんばかりに勢い後ろへ倒れ込む。しばらく降り込んでいた雪はいつも柔らかく、大の男一人が倒れ込んでも痛みを殆ど感じないほどには優しかった。
空を仰いでスバルは一言。
「……………暇だぁ」
人間のみが持ちうる美徳。そして、大罪。
畢竟、退屈。
彼は今、全身全霊に人間を謳歌していた。
※※※※※※※※※※※※※※
もう一週間近く、聖域は季節外れの豪雪に見舞われていて、仕方なく住人たちは一時的にロズワール領の村や邸宅へ逃れ、その間スバル達はエミリアの協力などを得ながら、積もりすぎた雪が家々に悪影響を及ぼさぬよう保守を仰せつかっていた。
と同時に、かけ放題のいくらが如く一向に降り止まないこの雪の原因を突き止めるというのが、彼らの役割だったのである。
そのため、雪をどうこうとも出来ないスバルは仕方なしに、エミリアやベアトリスと談笑に興じたり、ラムの冷たい罵りを背に受けながら働いたり、破壊されたロズワール邸からフレデリカやペトラと共に一時的に身を移してきたレムを看病したりと、それなりにのんびりとした――いわゆる退屈な時間を送っていたわけである。
無論、スバルにとって幸せ極まりない時間なわけで、それまでの艱難辛苦、地獄のような旅路と比べれば極楽浄土の如き生活を送っているのだが、普段目まぐるしい事件や事故に巻き込まれ、目的意識のみに邁進していたスバルにとっては、すでに一週間ほどで心休まる憩いの時間が、何もすることのない休日へと変貌してしまっていた。
「何をそこで遊んでいるかしら。ベティーも混ぜるのよ」
頭上、少し後方から声がしたのを聞き、スバルは海老反りのような姿勢で声の方角を確かめる。
そこには、むくれた様子でスバルを見つめる金髪の少女が立っていた。
「スバルさん的にはちょーありがたいお誘いなんだけど、生憎遊ぶことすら見つからずに途方に暮れてた真っ最中だよ。原因は特定できたのか? ベア子」
ベア子、と呼ばれた少女――否、幼女とも言うべき幼い彼女は、まんじゅうのように柔らかく丸い頬を雪の肌寒さにほの赤く染めながら「さっぱりなのかしら」と頭を振るった。
彼女の名はベアトリス。スバルの相棒にして家族とも言える妖精である。
「最初はあのは――エミリアか、にいちゃの魔法かと思ったかしら。けど……」
「そもそもこの雪は、ロズワールが降らせたもんだからな。関係がない、と」
「その通りなのよ。だけど魔力を感じるのは確かなのかしら。
……ん」
「……おいおい、なんだその不器用で素直じゃない少年が傘を渡す時みたいな『ん』は」
寝転がりながら話を聴くスバルの横にちょこんと座った少女が、短い腕をぐっと伸ばして全身で意思を表明する。無論、スバルにはそのメッセージは伝わりすぎていたが、敢えて彼女の口から言わせるという非常に高等な焦らしテクだった。
「ベティーは、調査を頑張ったのよ。だから……ご褒美が必要かしら」
それを聞いた途端、スバルは素早く立ち上がり、ベティを天高く突き上げる勢いで持ち上げ、洗濯機顔負けの速度で回転し始めた。最初は面食らったベアトリスだったが、すぐに恥ずかしさ混じりの笑顔に変わる。
感謝を求めた幼女妖精には、最大限の抱っこと回転、そして溢れんばかりの称賛と愛情で迎え入れるのが、妖精騎士としてのスバルのやり口であった。
「よくやったベアトリス!お前は世界一の妖精だ~~~!」
「あはははは!やめるのかしらーー!」
「ちょっといいかな、スバルくーぅん?」
「「あ」」
兄妹かと思われるほど息ぴったりの声を上げた二人は、雪の最中に立つ奇妙な出で立ちの男を見て、目を丸くした。
微笑みなのか、それとも嘲笑なのか、将又その場限りのお為ごかしでつけた笑顔なのか……。本当の感情が判然としない様子で、青い髪の道化師が微笑み屹立している。
「おいロズワール、いい加減この雪止ませてくれよ!いつまで立っても住民が帰ってこれねーだろうが」
「残念ながらこの雪は私の力じゃないのでーぇね。止ませようにも止ませられないのさーぁ」
「じゃあなんでこんな現象が起こるかしら? 雪を降らせられるのなんて、お前かエミリアくらいなのよ」
恥ずかしい場面を見られた、という意識があったのか、二人は回転を止めてロズワールに応対する。
が、どういうわけか降ろそうという発想にまでは至らなかったらしく、抱き上げた格好のまま会話を続けていた。
相変わらず感情の矛先が分からない飄々とした笑みを浮かべながら、雪で少し濡れた頬を拭って、ロズワールはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「それが、どうもちょっと面白いことになってるみたいなんだーぁよね。
ベアトリス――”水面”を覚えているかーぁな?」
「!! そ、それは……」
落ちないよう緩くジャージの袖を掴んでいた拳に、僅かな力が漲る。服越しにもはっきりと感じられるそれから見るに、予想だにしない言葉であったのは確かだ。
「ど――どうしてそんなものが、今更稼働するかしら。もうとっくに封印されたものなのよ」
「それが本当どういうわけなのか……再び動き出してるみたいなんだーぁよね。だから――おっと!エミリアさーぁま」
徐々に緊張がみなぎり始めていた会話を遮るようにして、雪に似た真っ白い長髪の少女が、微笑みながら3人へ近づく。
「こんなところで、3人で話すなんて珍しい。何話してたの?スバル」
「えーと……エミリアたんこそどうしてここに?」
「そうだ。ロズワールにね、雪を熔かせないか相談しに来たの。ほら、墓所の前のあたりは石段が凍ってて、すごーく危ないでしょ? でも私、熱くする方の魔法は得意じゃないから……」
忘れかけていた用事を思い出した少女――エミリアは、指同士の先端を優しく合わせながら目的を話す。
その上品さ――体節に育てられた箱入り娘の振る舞いと、どこか子供っぽいあどけなさを感じさせる仕草で、スバルは胸が締め付けられるほどの強い愛情が湧いてくるのを感じた。
こんな切なくて、甘くて、愛しくて、嬉しくて、心温かい気持ちを表せる言葉が、果たしてこの世にあるんだろうか。
あるとするなら、それは。
「村のためにロズワールと働くなんて、今日もエミリアたんマジてん「それはそれはエミリア様、もちろん喜んでお受けします。すぐに向かいますので、墓所前でお待ちいただけますかーぁな?」
「うん、わかった。スバルも後でね?」
ひらひらと蕾のような小ぶりの掌を振るって別れを告げると、銀髪をなびかせて墓所へ去っていった。
スバルは自分の頬の筋肉が緩み、鼓動が高鳴り、頬が紅潮する諸症状をなんとなく自覚していたが、横にいたベアトリスの呆れ半分の表情を見るに、本人が思う以上にわかりやすいようだ。
「なんというか……前途多難かしら」
「どーいう意味だ!それ!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
落ち葉を踏みしめるような音で、暖炉が火花を散らしている。始終降り積もる雪と極寒の中でも、流石の石材は強い。外気など入るスキマもなく、つい今しがたまで寒さに震えていたスバルだったが、中に入るとその丁度よい小市民的間取りと空間設計、そして肌を溶かすような暖かさに思わず深い息を吐いた。
「そういやラムのやつを見かけてねーな。何してんだ?」
「ガーフィール君とオットー君を連れて、村まで買い出しに出かけたーぁよ」
寝台に腰掛けながら、手ずから入れた紅茶にゆっくりと口をつける。当然期待するべくもないが、客人として茶を差し出そうなどという殊勝な心遣いなど皆無らしく、代わってスバルは自分とベアトリスの分の茶を入れて、椅子に深々と座った。
「それで?その……『水面』っつーのは一体なんなんだ」
「説明しようと思うととーぉてもややこしいんだけどねーえ。簡単に言えば、第四の試練と言えるかぁーな?」
「第四の試練!?」
驚きのあまり紅茶を勢い飲んでしまい、火傷しかけるやら噎せかけるやらで散々な思いを味わいながら、やっとの思いで素っ頓狂な声を上げる。
ベアトリスはしばらく沈默し、静かに床を見つめていたが、スバルの袖を数度引っ張った。見ると、蝶のような美しい虹彩が、何らかの行場のない感情に揺らめいている。
「……お母様の研究の未完成品、ついに叶えられることもないまま、墓所の奥深くに封じられた技術かしら。お母様が垣間見たもう一つ夢……不老不死に匹敵する目的なのよ」
「エキドナは確かここで、魂の転写を研究してたんだよな。死なねーって夢に並ぶものなんて、一体どんな強欲な願いだったんだ?」
「無限の知識だよ」
スバルがハッと振り向くと、「辺境伯爵ロズワール」ではなく「魔女の弟子ロズワール」がそこにいた。いつもの間延びした口調が消え失せ、追走とも愛情とも執着ともつかない、様々な情緒が綯交ぜになった微笑みを備えている。
「先生は無限の知識欲を持つ人だった。この森の知識、この国の知識、この世界の知識、この星星の知識、或いは……そのさらに向こう側の知識。全てを欲していたのさ」
「さっきから曖昧すぎてわかんねーよ。はっきり言ってくれ」
「有り得べからざる今の知識だよ」
その言葉は、まるで毒のようにスバルの心へ染み渡る。
ついぞスバルが、自らの力のみでは突破さえ出来なかった試練であり、スバルにとって最も恐ろしい『可能性』を見せる試練であった。
「自分が歩んできた道の、もう一つの可能性を覗く試練……有り得べからざる今……」
「有り得べからざる、つまり有り得ない現在を映し出すのが、第二の試練だ。だが先生は元々、ありうるべき今が別にあるのではないかと考えていたのさ。
この世界とは違う、全く別の可能性を歩んだ世界をね」
ロズワールらしくないはっきりと結ばれた言葉が原因だったのだろうか、異様な静けさが部屋の中を支配していた。スバルにとってそれは驚きと共に、ある種恐ろしい考えであったと言える。
彼女の考えが意味するところはすなわち、あの時見た地獄の光景が、『本当にあったかもしれない今』なのだから。
「つまり、あれか。エキドナは
「物わかりが良くて助かるよーお。
けどいくら先生といえど、そう簡単なことじゃあないからね。何十年あっても足りないと思われたその研究は一旦凍結して、まずは不老不死を志すことにしたのさ」
「不老不死のほうが簡単だなんて、笑えねえ話だな……」
スバルは顎に手を当て考える。
暖炉で温められた部屋はあらかた水分を溶かしてしまい、石造りの小屋は段々と蒸されていって、やや湿っぽい生温かさに包まれていた。
「やっぱわかんねーな。その『水面』とかいう異常な研究と、試練と――そしてこの大雪がどうにも繋がらねえ」
「試練は簡単な話だとも。第二の試練の着想は、その『水面』から得られたものだったかーぁらね。
なんなら、水面は旧型の第二の試練だったと言える。だが……受けたものの試練に著しい影響を残す可能性があったから、先生はそれを封印してしまった」
「ようやくベアトリスが、何を驚いてたのかわかってきたぜ。それが今更動き出してるっつーんなら、確かに怪奇現象だな。雪は?」
「水面の稼働には恐ろしいほどのマナが必要だーぁからね。空気中のマナを集約させ、奪い続けた結果熱を奪っているのさ」
「マナってそんなエアコンみてえなことになんの……?」
繭を潜めながらスバルは紅茶を飲む。喉を通る薫りの良い紅茶の、程よい苦みと甘みとが体を心底から温めた。糖分と、それから温度とを得たスバルの脳は緩やかに回転し始める。
「……待て。つーことは、その水面を止まるまで魔力が奪われっぱなしって言ってるように聞こえるんだが?」
「聞こえるも何も、その通りだよ。ズバリ正解と言ったところかな?」
あっさりと言ってのける目の前の青髪ピエロを、もう一度くらいフルスイングでぶん殴っても罪には問われないのではないかと物騒な思いに駆られたスバルだったが、話を横で聞いていたベアトリスがずっと眉間にシワを寄せて黙りこくっているのを見、気持ち口調を和らげながら切り返す。
「簡単に言ってくれるぜ。あんだけ苦労して挑んだ試練にもう一回挑めってのかよ。っつーか、俺はもう試練受けられなくね?」
「強欲の使徒たる資格のことかい? 水面は本来の試練ではないから、なくても受けられるはずさ」
「じゃあお前が受ければいいじゃねえか。どんな試練なのかとか知ってんだろ?」
そうできるなら喜んでそうする、と言った顔でロズワールは肩を竦め、一呼吸を置く代わりに紅茶を飲み干す。
「マナを奪う機能があると言っただろう? 私を含めマナを持つ者なら、あれに近づくだけでもどんどんマナを吸い取られていく。とてもじゃないが、試練を受けるどころじゃなーぁいよ」
「? じゃあ俺だってまずいんじゃ……」
「いんやーぁ? 君なら大丈夫さ。そうだろう、ベアトリス?」
スバルが再びベアトリスの方を向き直ると、緊張を通り越して不安に近い表情を浮かべていたのをはっきりと感じ取った。所在なさげに視線を外れた瞳は、どこか遠い過去を見つめながら、彼女の中で湧き上がるなにかの感情を抑え込もうと必死に戦っているかのようだった。
震えていたかもしれないベアトリスの手をゆっくりと握り、反応してこちらを見上げてくる顔に優しく問いかける。
「どういうことだ、ベア子」
「…………ゲートのことかしら」
「ゲート?」
ゲートとは、魔力を出し入れする機関のようなものだ。魔法と全く縁のない現実世界からやってきたスバルでさえ存在するそれは、この世界では魔法を発動するためにとても大事なものであり、自然界からゲートを通じてマナを取り込み、またマナを取り出して魔法を発動するという風に使う。
ベアトリスは悲しそうな顔でスバルの胸のあたりに手を触れながら、目を細めて言葉を続けた。
「お前のゲートは、すでに半分機能停止状態なのよ。酷く歪んで使い物にならなくなってきているかしら。
だからベティがマナを吸い取って上げないと、溜まりゆく一方のマナで体が駄目になってしまうのよ」
「まじかよ……。体を大事にしろって、フェリスに怒られちまうな。
そんでなるほど、マナを排出できないほど出口がぶっ壊れてるってことは……水面でマナを奪うのができねーってことか」
「そういうことだーぁね。だーぁから!君が受けるには一番相応しいのさーあ」
いつの間にやら鷹揚闊達な口調に戻っていたロズワールは、段々と喜びに満ちた表情を浮かべながら、スバルのことを見つめていた。
ロズワールはかつての師である強欲の魔女エキドナへ、愛していると言っても過言でないどころか、むしろそれでは形容詞足りないほど強い思いを抱いている。
彼女との再会を目指す彼にとっては、予想だにしない出来事であれ、その痕跡に、思い出に触れられることが嬉しくてたまらないのだ。
「明日明後日とは言わないが、このままだと世界が危ないかーぁらね。早急に試練を受けてほしいところだーぁよ」
「……はぁ」
特にやることのない退屈な日々が続いている彼にとって、思いがけなく迷い込んできたトラブルは、嬉しいどころか最悪と言って良かったろう。
結局のところ暇とはやはり人間の美徳であり、心の余裕そのものだったのだ。今やスバルの心には、再び試練の挑戦しなければならないことへの不安と、一瞬程度しか休ませてくれない運命への恨み言しかなかった。
しかし、ここで立ち往生していても仕方がない。なればスバルが出来ることは一つしかなかった。再度、大きなため息を付く。
「わーったよ。受けてみればいいんだろ?」
「スバル!」
「流石スバル君。試練を受けると『水面』は全ての魔力を一度吐き出し切るかーぁらね。その間に壊すか、封印を再開させてしまえば良い。
突破する必要はないから気楽にやることだーぁね」
ロズワールは満足げに頷くのとは対象的に、ベアトリスは酷く不安げな様子で、スバルとロズワールの顔を交互に見つめていた。
彼女の不安の原因となっていることに心を痛めながら、スバルはベアトリスの頭を撫でる。
「大丈夫だよ、ベア子。スバルさんこう見えてもメンタル激強なんだぜ? 失敗作の試練なんか、余裕でこなしてやるよ」
「でも……
もう、ベティーは喪うのはイヤかしら」
スバルの瞳を見つめる真っ直ぐな目。その奥底には、あの日の約束が揺らめいている。
――永遠を生きるお前にとって、俺と一緒に過ごす時間なんて刹那の一瞬かもしれない。
――なら、お前の魂に刻み込んでやるよ。俺の一瞬を。
「わーってる。死んだりなんかしねーよ。
それにどの試練も死ぬようなことなんて起こらなかったんだ。そうだろ?」
「……」
依然として承服しかねる――というより、不安が堪えきれていないという様子であったが、この聖域での一連の出来事で勝ち得た信頼が、ベアトリスの言葉をせき止めているようだった。
スバルは思わず彼女を抱きしめてしまいそうだったが、ぐっとその気持を堪え、椅子から立ち上がって背を伸ばす。
仮にこの聖域を起点に、魔力の収奪現象が起これば、世界が滅びるは大げさにしてもロズワール陣営の名声に大きな傷がつくことは間違いないだろう。
白鯨の討伐。
大罪司教の撃破。
これらの功績を帳消しにしてしまうほどの事が起これば、王選の進退が危ぶまれかねない。
決してそんな事態にはさせない。
それがスバルの――騎士としての矜持だった。
「流石スバルくん、エミリア様の騎士だーぁね。君を叙勲したことを誇りにおぉーもうよ」
「やめてくれ、気色悪い。で? 俺はどうしたらいい」
「今日の夜、墓所の前でどうだーぁい」
藍色の髪の毛を靡かせながら、少々気障ったらしい仕草で告げる。スバルは再度ため息をつき黙って頷くと、それまで退屈で仕方がなかった休暇が酷く恋しくなった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
何時かも判然としない、昏く冷たい夜。
不気味なほどに一定の間隔で降り続ける雪は、すでに膝下が埋まるほど積もってしまい、ここまでの足取りに酷く苦労する。
墓所の前は定期的にロズワールとエミリアとが雪を融かしているためか、雪の層は薄く、代わって張り詰めた氷が足の裏を滑らせそうで剣呑だった。
ロズワールの言うことはどうも正しいらしかった。単に雪が降るというより、気温が徐々に下がっていくことで降雪が発生しているという風に見えた。
いつの日か――まだレムが目覚め、皆の記憶から抜け落ちていない時分に、パックが原因で大雪が降り続けたことを思い出す。
「そーいやあん時、雪祭りコンテストをやったなぁ。レムとラムが、俺とロズワールの顔を半分ずつに混ぜたキメラみてーな彫像作って、低得点を獲得してたっけ」
そう遠い日ではないはずなのに、遥か遠くまで過ぎ去ったような懐かしい思い出に、思わず笑いが溢れてくる。
墓所の石段を一つ、一つと登っていく。
灯りのない暗闇は、墓所の奥の方に行くに連れていよいよ深まっていき、数センチ先の視界さえ怪しいほどだった。
「遅かったじゃなーぁいか」
「待ち合わせが『夜』ってだけで、遅刻もクソもねーだろ。ずっとここにいたのか?」
「水面の封印はだいぶ昔のことだーぁからね。記憶を確かめてたのさ」
そう言うなり、ロズワールは掌をわずかに翻すと赤色の小さな玉――火属性の微精霊が周囲を照らす。
いくら待っているだけとは言え、明かりを自給できるというのに暗闇で待っていたのかという困惑がスバルの胸中に湧き上がってきたが、すぐにかき消し、彼の案内するままに墓所へと入っていく。
中頃まで差し掛かると、ふいに足を止めロズワールが目をつむる。
「鏡が如く揺れ動く水面に映りし顔に、おのが可能性の見出さんことを」
ゆっくりと、深呼吸のように吐き出した言葉に応答して、墓所の奥深くから地鳴りのようなものがなる。
二人が立っていた石の割れ目が凹み、そのまま片側が外れて地下へ落ちるように開く。怪物の口のようにぽっかりと空いた穴からは、どこからともなく階段がせり出してきて、開いた石段の縁にごつっと音を立ててハマると、地下奥深くまで伸びる道が完成した。
階段は壁を共に引き連れていたらしく、どこまでも広い空間だと思われた地下は、実際には人二人がやっと並んで通れる程度の細い道だった。滑らかな岩肌の壁面に蝋燭がかけられていて、階段の上昇が終わるとともに、ゆっくりと火が灯されていき、まるで案内をするかのように発火の連続が地下深くへと及んでいった。
「すっげえな……墓所にこんな仕掛けがあったのか」
「この場所は、先生の探求は――まだまだ君の知らない秘密で溢れている……かーぁらね」
取ってつけたような語尾。それは彼の感情を隠すための策略なのだろうか。
そんなことを思いながら、地下を降りていくロズワールの背を再び追いかけてゆく。
地下はあいも変わらず埃臭く、しかも外があれほどの低温で雪まで降り積もっているのだから、石造りの施設の地下は想像を絶するほどの極寒に包まれていた。
「さ~~~むいさ゛むいさ゛む゛いさ゛む゛い゛……。ってかよく見たらお前、めちゃくちゃ服着込んでるじゃねえか!通りでいつもの2割増ででけえなと思ったよ!こんだけ寒いなら言ってくれよ!」
「あぁ~いも変わらず口うるさい人だぁ~ね。
――さぁ、ついたよ」
ロズワールが足を止め、炎の勢いを少し増させて前方を明るく照らす。突如明るくなる視界に目を細めながら、スバルは思わず呟いた。
「とび……ら? いや、そりゃあるだろうが…………」
自己言及的なツッコミが思わず飛び出しても仕方のないような、異質な光景。
それは今まで墓所はおろか、聖域ですら見なかった奇妙な意匠の扉であった。エキドナ自らの設計で作られた聖域の建造物は、良くも悪くも研究者の手によって建立せられたものらしい無骨で無機質な外観を基としており、大抵の石造は豪奢な装飾などなく、ほとんど無地と言っても良かった。
しかしその扉は違った。
まるで幾人もの人間が折り重なり、積み重なってうず高い死体の山を形成しているような。
そんな彫刻があしらわれた、やたらに大きな扉だったのだ。
「……穏やかじゃねぇ扉だな。どんな泥棒でも裸足で逃げ出すぜ」
「泥棒に魅力的なものなんか一つもなぁーいよ」
強がりにも近い茶化しをさらりと交わし、ロズワールが扉をゆっくりと押し込んで開く。恐らく長い間部屋に溜まり淀んでいた冷たく湿っぽい空気が一気に外へと這い出てきた。
部屋は思いの外小さく、4帖もないだろうとスバルは思った。内開きの扉のせいでさらに空間は狭くなっており、階段と同じく人が二人、せいぜい三人が関の山だろうというような広さである。
だが、広さなど今のスバルにはどうでも良かった。彼の視線を集めたのは、部屋の中央に浮遊する奇妙な揺らめきだった。ロズワールが操る炎の瞬きを捉え、澄んだ深い緑色の光に照り返して、揺蕩っている。
それは文字通り、空中に浮かぶ水面だった。
長方形に伸びる水面が、スバル達に向かって平行して空中に浮いてあった。
まるで澄んだ湖面の一部を綺麗に切り取り、そのまま空中へ横向きに貼り付けたように。
「……これが、水面?」
思わずそう口にした後、改めてスバルはまじまじとその奇妙な物体を見つめる。
地下への仕掛けが開いてから、いくらかの風が流れ込んできていたが、その割には水面は全く波一つさえ絶たず、ただ火の微精霊が放つ不安定な瞬きのみが、水面の無秩序な光の移ろいを形作っていた。
水面は姿見よりもさらに薄く、厚さでいえば髪の毛一本程度で、裏面から回ってみても同じように空中へぽっかり湖面が現れたような、奇怪な風景がそこにあるばかりであった。
「随分呆気にとられているようだぁーね。そんなに見とれたのかーぁな?」
「馬鹿言うなよ。こんな異常なもん見せられて、テンション上がるほど俺は少年漫画主人公ライクな性格じゃねーっつーの……」
いつもの軽口もどこか鈍く、げんなりした様子で再び『水面』へ正面から向き合う。
「どうすりゃいい。飛び込みゃいいのか?」
「体がバラバラになって死にたいんだったら、それもいいんだけーぇどもね。
――ただ望むのだけでいい。
『知りたい』と」
背中にぞくぞくと悪寒が走る。そのただ一つの願い、思考、欲望は、スバルがさんざ振り回された強欲の魔女が住まう領域……『茶会』への切符なのだ。
自分はやもすると、元あった試練と違うさらに恐ろしいものに挑もうとしているのではないかと、得も言われない恐怖感がスバルの体を支配した。
だが、進むしかない。
皆の期待に答えるためにも。
エミリアを守るためにも。
深呼吸。
覚悟を整える準備運動。
「さぁ――試練でもなんでも、どっからでも掛かってこい。
エミリアの騎士、ナツキ・スバルがどれだけしぶといか見せつけてやんよ」
その言葉に応答するが如く。
聖域全体が、激しく振動を始める。
「!?おいロズワール、一体どうなってやがる!」
「これはこれは……また大変なものを残していかれたんですね、先生」
ロズワールは心底愉快そうに、愛すべき師の思い出とその偉大なる痕跡に触れた喜びでいっぱいになって、もはやスバルの言葉や聖域の地震など気にも止めていないようだった。
揺れが徐々に強くなると同時に、スバルの体がみぞおちから引っ張られるような感覚で、思わず立っていられないほどの虚脱感を覚える。
「ぐ……あ……なん……」
自分の体の支えがなくなったかのような不快感。急激に重力を失い、内臓が浮かび上がる浮遊感。
横ばいに倒れたスバルは、気管が詰まるスレスレの量で、勢いよく吐瀉物を吐き出す。
咳き込みむせるスバルの耳元に、何かが囁いた。
それは聞き覚えのある声のようでいて、どこか聞き覚えのない声。
「ナツキ・スバル。君はなんと強欲で――傲慢なんだろうね。
そんな君だから、ボクは気に入ったのさ。
せいぜい頑張り給えよ。
第四の試練は――ー
意図のわからないその言葉が脳へと染み渡る頃には、スバルの意識は例えようもない浮遊感の中に沈み、溺れてしまう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
チク、タク。
燃え盛る炎のような意匠を備えた時計型の頭部が、いつもどおりの音を鳴らす。
『なんかさっき、地震みたいなのなかった?』
その問いかけに、バスの中で外を眺めていた面々が口々に各々の意見を、勝手気ままに言い始めた。
「はい。一瞬ではありましたが、強い揺れを感知しました」
「管理人様!恐れる必要はございません。仮に地震があっても、このウーティスと管理人様がいれば、迅速に問題へ対処し、徒卒を統制して退避が可能です」
「必要であればお調べすることも可能です、管理人様」
「ゆ・ど」
「揺れてましたかね〜? 実家じゃ揺れなんてしょっちゅうで慣れてしまいました〜」
「うぅ……バスの不規則な揺れとあわさってきもちわるいでありまする……シンクレア君、プゥオリィ袋はお持ちではござらぬか?」
「おいおい時計頭、一体どんだけこのバスに乗ってきたんだよ。地震と間違うほどの揺れなんてしょっちゅうだろ?」
「船はむしろ波に合わせて始終揺れていたので、揺れていないほうが異常事態でしたね」
「うぷ……胸の奥、かき乱さるることしきりにて。吐いてしまうやもしれず……シンクレア君……」
「な、なんで皆して僕がポリ袋を持っていると思うんですか??」
「あはぁ、シンクレアはいつだって気持ち悪くて吐いてるイメージがあるもんね〜」
「…………俺は地震感じたぜ、管理人の旦那」
『は……はは』
何の変哲もない無機質な時計の針の音も、彼の言葉を解すものからすれば、砂漠のように乾ききった諦め混じりの呆れ笑いであることがわかるだろう。
よもや地震があったかどうかを聞いただけなのに、質問に答えるどころか嘔吐寸前のものが二人も現れ、かつ本来聞きたかった質問に答えてくれたのがファウストとグレゴールと、それから強いて言えばムルソーとウーティスだけとは、管理人ダンテと言えど思いも寄らなかったのだ。
未来か異界かも判然としない『都市』の一社――Limbus companyの部署であるLCBの面々は、それぞれの自由奔放な性格に従って、都市らしくない賑やかな様子で道路を走り抜けていた。
『ファウスト、君はどう思う? ていっても、あんまり都市で地震って起こらないような気もするけど……』
「そうとは限りません。一部の巣では地震に対する防衛機構を土地、建造物、あるいは人間が所有していることがありますが、そうした場所でも地震自体は発生します。
しかしながら、大きな被害をもたらすことがないというのもまた事実です」
『なるほど、ありがとう。ファウストはやっぱり頼りになるね……』
「ファウストは天才ですから」
透き通るような白髪を揺らし、無表情に傲岸不遜な事を言ってのけるファウストだったが、付き合いもすでに長くなってきたダンテには、その変わらない表情の裏側に僅かな喜びが兆しているのをなんとはなしに察知していた。
『……さて、そろそろ夜も遅いし、皆休もうか。業務終了を――』
いつもどおり、業務の終了を承認しようとするダンテ。
しかしそれはついぞ言い終えることはなく、そのまま地面に倒れて顎を強く打ち付ける羽目になった。
『あいたっ!?』
ごーん、と鐘がなるかのような珍妙な音を立てて苦痛を示すダンテ。
なぜ自分は何の前触れもなく地面に倒れているのか?そんな奇っ怪な疑問は、考える間もなしに答えを突きつけられてしまう。
「いっつつつ……頭いてえ……」
ツンツン頭の髪の毛を抱えるようにして、頭痛の苦しみを訴えながらゆっくり立ち上がる少年。
オレンジ色のラインの入ったジャージ姿で、目つきは酷く悪い。
そんな彼ーーナツキ・スバルは、自分が突如頭上に向かって足から落下し、その後マウントを取るような形で馬乗りになっていた存在に、対象に気づく。
奇妙な時計頭と、これまた奇妙な姿格好のものたち。
それを見て、スバルが吐ける言葉はせいぜい一つだけだった。
「…………………は?」
ここまで読んでくださった皆様方、ありがとうございます!
第一話、文量が少し多めですが、引き続きお楽しみくださいませ。
感想、評価等お待ちしております!