過ち   作:こんたぽ

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某掲示板に以前投稿させていただいたものです。
元カノと別れたトレーナーとパマちんが、というSSです。


この四畳半の海へ

 

女は間違いに気づかない。

 

見慣れなかった部屋で男が机に突っ伏している。

 

数時間前の『さようなら』(一つの関係の終わり)と飲みかけの缶ビールが、男の涙を加速させる。

 

そんな男の隣にはぴこぴこと耳を動かす女の優しい微笑み。

 

慰めの言葉と缶を持って肩を叩く女は、どこか嬉しそうで。

 

男はどうしようもない愚痴を缶の中身に混ぜて垂れ流す。

 

そんな男だったから、女はどうしようもなくなってしまったのか。

 

上気した男に上気した頬の女の一言は、二人を海へと潜らせる。

 

深い深い海の底へと目指す海獣たちは、いつしか何も分からなくなって、泡となる。

 

海流に乱れる私の髪も、この熱い熱い身体も、私の流す初めての涙も、力強い彼の波の痛みも、全部。

 

心地よいまどろみに。

 

 

 

ピピピピ、と単調な電子音で目を開ける。

 

いつものように私、メジロパーマーは起きている。

 

もうちょっとだけ布団を被っていたいこの時期、私はため息混じりに目覚ましを止めて、起き上がって下着を付け直す。

 

見慣れた私の元トレーナーに布団をかけ直して、ふらふらとその足で洗面台へ向かう。

 

カップにはふたつ、色の違う歯ブラシ。

 

少しだけ毛羽だっているのがひとつ。

 

そろそろ買い替えておかないと。

 

私は手っ取り早く朝の身支度をして、少しだけ、メイクをする。

 

今日の朝食は久しぶりに彼の好きなものが作れてよかった。

 

冷蔵庫から野菜を数種類と、鮭の切り身の入った食品トレイを取り出し封を開ける。

 

そういえばこの近くに大きなショッピングモールが出来たんだっけ、と考えながらコンロに火をかける。

 

今日の予定を考えるには、肉厚の鮭と色とりどりの野菜を炒めている間で十分。

 

鮭の皮が焼ける音に、時間通りに炊飯器が鳴る。

 

せっかくの休日だけど、そろそろ彼を起こしてあげないと。

 

ちょうどお味噌汁も煮立つ頃だ。

 

キッチンからの香ばしい匂いに、彼もちょうど起きたらしい。

 

リビングを通って端正な顔に近づき、ひんやり冷たい手を添える。

 

「おはよー。ごめんね、早く起こしちゃった?…うん、ご飯できたからさ、いっしょに食べない?とりあえず顔ーーーひゃっ」

 

私の腕を掴んだ彼は。

 

私を布団へと引き摺り込んで。

 

私は波の合間に消える。

 

打ち寄せる波が一際大きな飛沫を作った後、彼は目を擦りながら洗面台へ歩いて行った。

 

拠り所を失った私の尻尾は、寂しそうにパタパタと揺れる。

 

その後ろ姿を眺めながら、こぽこぽと吹きこぼれる鍋に気づいて私は慌てて火を止めに行った。

 

私たちが同棲し始めたのはいつだっただろう。

 

彼がなんとなく、流れで提案してくれたのだ。

 

彼は優しいから、私はその優しさに少しだけ甘えたのだ。

 

メジロ家の人達にはちょっと申し訳なかったけど、私はとても嬉しかった。

 

おばあさまもマックイーンもライアンも、何も言わなかったけれど、見送ってくれた。

 

親友のヘリオスも、いつもの太陽の笑顔で認めてくれた。

 

だから、これが私の求めていたもの。

 

多くは望まない。

 

少しだけ固くなってしまった朝食を摂って、彼はベッド隣のデスクに座る。

 

デスク上の本の背表紙には貸し出しのマークが貼られ、所狭しと積まれている。

 

私はその後ろ姿に、ねぇ、と名前を呼ぼうとして、やめた。

 

彼は遠い私の声に気づいたのか、どうしたの?と優しい目をじっと私に向ける。

 

そんな彼がどうしようもなく愛おしくて、

 

「今日さ、お昼どうしよっか。」

 

と高鳴る鼓動に聞いてしまう。

 

彼は申し訳なさそうに、どうしても読みたい論文があるんだ、と何百回目の断りを入れた。

 

そんな彼の目を見たくなくて、

 

「おっけ〜、じゃあ今日のお昼は私が作るよ!担当の子、レースもうすぐだし忙しいもんね。この前の焼きそばでいい?」

 

と笑顔で誤魔化した。

 

そんな眼差しに気づいて、彼はデスクから私に向かって来てくれた。

 

そのまま彼は私を柔らかく抱きしめる。

 

いつものように、彼の匂いと温もりに、私の誤魔化しきれない耳と尾は果てしなくはためく。

 

「やっぱり今日は外で食べようか。どこにする?」

 

「!」

 

「論文なんて後でも読めるから。ちょうど買いたい物もあるしね。」

 

「じゃ、じゃあこの前出来たショッピングモールにしよ!あそこに美味しいイタリアンが出来たんだって!」

 

「いいね、そこにしよっか。もう準備する?」

 

頷くやいなや、私はお気に入りの服を出しにクローゼットへぱたぱた、と駆けていく。

 

途中で何度か振り返って何か言おうとして、そのままリビングを去った。

 

 

私たちは逃げている。

 

誰の重荷にもなりたくないから、今は春の海に逃げている。

 

高く上る陽の照り返しの、届かない煌めきに、私達は泳ぎ続けている。

 

だから、今はこのまま波に揺蕩っていたい。




メジロパーマーはなんとなくこんな感じになりそうだなと思っています。
今作のアフターストーリー&補完的なSSも追加しました。
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