過ち   作:こんたぽ

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某アニメ掲示板に以前投稿させていただいたものです。
前作SSのアフターストーリーです。
過ちを抱えたトレーナーとパマちんが、というSSです。


十月十日

すっかり遅くなってしまったトレセン学園の帰り道、俺は立ち止まっていた。

 

薄ら寒い風に乗って、既に秋はやって来ているのだろう。

 

ようやく色づき始めた街路樹に、小さく歪に張られた白網が顔を覗かせている。

 

そのすみかには大きく腹を膨らませた女蜘蛛。

 

確かあの特徴的な縞模様はジョロウグモだったはずだ。

 

その細長い脚は、白い包みを大事そうに抱えて逃がさない。

 

彼女の碧い目に不釣り合いなほど、膨らんだ腹の赤はとても良く映えている。

 

と、一際強い風が吹いて、木々のざわめきに俺は身を震わせた。

 

揺らめく蜘蛛の巣から目を背けるように、目の前に続く道へと向き直る。

 

酷使されつくした目には眩しい、光の並ぶ通りへと、再び重たい足を動かした。

 

 

 

メジロパーマーとの関係は過ちから始まった。

 

元彼女は、あなたと結婚する未来が想像できない、と私物を持って部屋を出て行った。

 

後ろ手に錆びた戸を閉めてゆく彼女の顔を、最後まで俺は何も分かっていないままだった。

 

そして3年分の香水の残り香と、読みかけの資料の山だけが、薄暗い部屋に残った。

 

だから、誰でもよかったのだ。

 

ただこの寂寥感を隣で満たしてくれるのならば。

 

その相手が俺が一番馴染み知った顔で、一番俺の話を聞いてくれて、一番の俺の相棒だった、それだけのこと。

 

腹底に流し込んだ缶ビールの泡達は、全て涙となってこぼれ出た。

 

手慰みにいじっていたスマホが震え、映し出されたのは黒いLANEの着信画面。

 

選択をせまる二つのボタンのどちらを押すべきだったのかは、今となってはもう分からない。

 

転がり落ちた空き缶が吐き出した、苦い液体だけがその答えを知っている。

 

 

 

ネオンサインの輝く喧騒な歓楽街を抜けて、住宅街の袋小路へと入った。

 

行き止まりとなった道の先には安アパートが静かに佇んで、俺の帰りを待ち望んでいる。

 

このアパートももうすぐ離れなくては、と考えながら古びた階段に足をかけた。

 

錆びついた階段がギシギシと軋んで耳に痛い。

 

きっとこの音を彼女も聞いているはずだ。

 

3階一番奥の部屋の前で、少し荒くなった息を落ち着かせる。

 

重たい扉にかかるプラスチックの表札が、こちらを睥睨している。

 

硬い感触を弄んでいた手をポケットからひき抜いて、ドアノブを握った。

 

ひやり、とした冷たさから逃れるように、ドアを開ける。

 

途端に空気が変わり、俺はその暖かさに安堵の息を一つつく。

 

キッチンでは、スーツの上にエプロン姿のパーマーが戸棚からお皿を取り出していた。

 

彼女も気づいたようで、俺に向けるいつもの笑顔は、少しだけ硬く見えた。

 

「あ、おかえりー。今帰ってきたんだ。また残業?」

 

「あぁ、担当の子のレース登録でちょっとトラブルがあってね。ただいま。」

 

「あちゃー、それは大変だ。お疲れ様だね。でも、ほどほどにね?パーマーさん、心配しちゃうよ。」

 

「うん、分かった。ほどほどにね。パーマーもあんまり無理しちゃダメだよ?身体に障るのはパーマーの方だしさ。」

 

「大丈夫だよーまだまだ全然動けるし。あ、ご飯ならもうできてるからさ、ちゃちゃっと着替えてきちゃいなよ。」

 

「うん、そうさせてもらうよ。」

 

そう言って、俺はクローゼットのハンガーにスーツを掛けた。

 

小さなビロードの手触りを、その内に隠しながら。

 

 

 

過ちだったのかもしれない。

 

あの日から、いやそのずっと前から、そんなことはわかっていたはずなのだ。

 

申し訳なさそうに赤い線の入った検査薬を見せてきた彼女の表情は、どこか嬉しそうで。

 

俺もそれに合わせるように微笑んでしまった。

 

仕方なかったのだ。

 

彼女の色香と優しさに惹き寄せられて。

 

透き通るような薄い網の、どこに穴が空いていたのかさえ分かっていなかった。

 

 

 

部屋着に着替えてリビングに戻ると、パーマーはもうテーブルについていた。

 

「あ、やっと来た。早くご飯食べよ。」

 

「あ、ごめんね。その前にさ、ちょっと。」

 

「…うん、どうしたの?」

 

もう分かっているだろうに、俺の言葉を待つように、彼女はじっと俺を見つめる。

 

おそらく俺の表情もそうなのだろう。

 

「今日は、これを渡したくてさ。」

 

そう言って俺は小箱をポケットから出す。

 

震える手を見られてしまっただろうか、というどうでもいい考えは、

 

中の指輪に気づいたパーマーの、椅子が倒れる激しい音にかき消される。

 

勢いよく抱きついてくる彼女の衝撃は久しぶりで。

 

少しだけ味噌汁の名残を感じさせる、濃厚な甘い香りが俺の胸に飛び込んでくる。

 

じわり、と立て続けに染み渡りゆくウマ娘の体温に、俺の戸惑いは蕩かされた。

 

まだ膨らみを感じない彼女の腹からも、鼓動が聞こえた、そんな気がした。

 

しゅるり、と足に巻きついてきた尻尾を俺は片手でしばらく撫で続ける。

 

耳元で、彼女がつぶやいた。

 

「…ねぇ、私で本当に良かったのかな。こんな形でさ、君は…」

 

「…当たり前だろ。パーマーはさ、そのままでいいんだ。」

 

「…うん、そう。そうだよね。ありがとう。」

 

耳朶にかかるその熱い吐息に艶かしさを感じてしまった俺は、やはりどうしようもない奴だった。

 

「…今度の日曜日にさ、メジロ家のご両親に挨拶にいこっか。」

 

「いいよ。私もその日休みだし。…にしてもそういえば実家帰るの久しぶりだー。ママ絶対怒ってるよー。」

 

「いやまぁ、確かにそれはそうだな…。でもまぁ、いざとなったら俺も謝るよ。それじゃあ、冷めないうちにご飯食べよっか」

 

「うん、そうだね。本当にありがと。」

 

愛してる。

 

その言葉は、彼女の本心だったのだろう。

 

とびきりの笑顔を浮かべているだろう彼女の横顔でさえ、俺は見えていない。

 

これだけ長く一緒にいたのに、俺は今になって自らの卑怯さを自覚する。

 

俺の冷たさで、こんなに変わらないでいてくれた彼女を縛り付けた。

 

今、メジロパーマーとの関係は、また始まるのだ。

 

そして俺も、もう逃げられない。

 

だから、

 

「うん。俺も愛してるよ、パーマー。」

 

もう一度、彼女を強く抱きしめた。




無理やりなハッピーエンドだったかもしれない、とちょっとだけモヤモヤはしております。
前作SSと合わせてこちらも是非楽しんでいただけると幸いです。
もう一作アフターストーリーを投稿する予定ですがまだ先のことになりそうです。
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