前回の終わり方で勘違いをしている方がいるかもしれませんが、ヤルダバルトもといデミウルゴスは死んでいません。ギリギリですけど。身体の右半分ほどが抉れたくらいかな?
亜人の侵攻により雪崩のように崩れた家や砦で溢れたこの都でエミヤシロウは一人…夜通しで作業を行っていた。
エミヤシロウにとって一夜通しで作業を行うのは特段苦行ということでもなく、彼には余力があった。
それもそのはずだ。
彼は人をすでに超越した英霊なのだ。
それがたとえ、受肉していたとしても超人であることには変わりない。
こうも彼が動く理由は単に見過ごすことができなかったというのもあったが、一番は他に作業を行う人がいなかったことが大きい。
度重なる攻撃による犠牲者はとてもではないが、少ないとは言えず、一度避難して帰ってきた一部の市民を含めても尚、数は少ない。
復旧作業の大半を占めるのはこの国の兵士であるが、それも先の侵攻によって壊滅状態であった。
そんな状況で何もしないのは現在の彼のポリシーに反する。
幸いにも、彼の英雄としての姿を見たものはほとんどおらず、彼の姿を見て宴のように騒がれることもなかったため、彼は一人で作業を行っていたのだ。
「あんがとよ!あんちゃん。」
一人の男がエミヤシロウに話しかける。
エミヤシロウはそれに対し、手を上にかかげるだけで済ませる。
元よりこの身はこのためだけにいる存在かのように。
そんな態度の彼を辺りの人々は嫌悪しない。
そもそも、現状の復旧の大半を担うのが彼である。
そんな彼に誰が図々しい態度をとれるだろうか。
ふと、黙々とした作業を行った彼の元に一人の少女が現れる。
彼女は所謂孤児であり、エミヤシロウが救った命でもある。
「ねぇねぇ、何してるの?」
好奇心旺盛に彼女は問う。
それを聞いた彼は優しく笑みを浮かべながら答える。
「なに。使えそうなものはないかと探していただけだとも。それよりも、それ。そろそろ配給の時間だ。私の分はいいから行ってきたらどうだ?」
「やだ。だっておじさん目を離すとすぐに消えちゃうんだもん。」
おじさん…という言葉を否定したかった彼だったが、論点はそこではない。
彼女の親は先日の侵攻により亡くなった。
つまり、彼女の身元はないわけである。
…それがどんなにつらいことか。
そして、救われたとき何を思ったか。
衛宮士郎は知っている。
「大丈夫だよ。ほら、私にも用事ができたようだしあっちで待っていてくれたまえ。後で行く。」
彼はそっと少女の頭に手をのせる。
彼女はそれに頬を赤らめるも深く頷いて走っていった。
彼の後ろには数人の兵士。
否、──その装備は通常の兵士にしては整いすぎている。
聖騎士か、と彼は思いながらその者たちを見る。
聖騎士ならばそれでいい。だが、それにしては些か視線が妙であった。
これは一部の彼の活躍を見ていた尊敬の視線であったが、当時の彼はそんな発想に至ることはなかった。
「ソレで?何かようかね?」
エミヤシロウは目をそらすとともにそう問いかける。
聖騎士たちはソレに答えることはなかったが、一人の女性だけが前に出てくるのがわかった。
「ネイア・バラハです。お迎えに上がりました。アーチャー様。」
「ふむ──。」
慣れてないのか不格好に言われる言葉。
エミヤシロウにとってその程度の細事などどうでもよい。
ただ一つ文句を付けるのなら。
──様付けはやめてほしいのだがな、そんなガラではないのだから。
そう思いつつ、彼は猛禽類が如き目で相手を捉える。
「──ッ…。」
彼女はまるで命を狙われたかのように固まったためにエミヤシロウは「すまない…」と謝りつつ、ネイア・バラハを見る。
目つきの悪い目。機嫌が悪い時のエミヤほどではないにしてもそれは勘違いの元になるかもしれないソレでエミヤシロウを見ている。
だが、その瞳の中にあるソレはエミヤシロウのナニカを動かす。
「─迎え、ということは聖都に行き…聖王に会えと?」
「はい。その通りです、アーチャー様。」
聖王…それは現在の聖王国の女王、カルカ・ベサーレス。
はじめはカルカこそが、エミヤシロウを呼び出した者だと思っていたが両者間にはサーヴァント契約のパスようなつながりはない。
それどころか、エミヤシロウは確かに何者かに呼ばれたはずなのにパスが存在しないという状況であった。
初めは困惑したエミヤであったが、それも問題ないと割り切るのは時間の問題であった。
閑話休題
「アーチャー様?」
「様付けはできればやめてほしいのだが…その様子だと無理そうだな。」
「えぇ。アーチャー様はこの国をお救いになったお方ですよ。無理に決まってます。」
ここでようやくエミヤは察する。
あぁ、先ほどから感じていた妙な視線は敬いの視線だったのだと。
◇
駄々をこねる少女をどうにか説得し、王都ホバンスへの道のりを進む。
馬車の居心地は近代の車を知っているエミヤシロウからすれば、到底良いと言えるものではなかったが劣悪とは言えぬものではあった。
しかし、――なんということか。誰も話そうとしない。否、全員が緊張してか声すら聞こえない。
簡単に言えば、空気が悪いのだ。
エミヤシロウはこの空気感をどうにかしようと言葉を紡ぐ。
「…一個人ならともかく王族それも、現聖王に対する礼儀、作法などは知らないぞ。」
アーチャーはばつが悪いそうに言った。
もちろん、他の騎士たちは答えない。
…静まる静寂。その中で、一人の少女が答えた。
ネイア・バラハ。相手を睨むかのような目をもつ反面その中にはれっきとした信念のある少女とエミヤシロウは記憶している。
「問題ありません。もとよりこちらが助けられた身なのですから――。」
「…承知した。」
会話が途切れる。
アーチャーも他の騎士たちも何も言おうとしない。
ネイアはその現状に耐えかねたのか言う。
「あの!」
「――なんだね?」
「アーチャー様はどうやってそこまでお強くなられたのですか…?私でも強くなれますか。」
――どうやって強くなった…か。
特段、エミヤシロウに才能があったわけではない。
何もかもが二流以下。
そんな彼が強くなれた理由。
努力をしたからか。――確かにそれは大事だろう。
衛宮士郎は一つの結論を出す。
「夢があったんだ。」
「――夢…ですか?」
「そうだ。今に思えば無様で滑稽だったのだろうな。それでも、強迫観念かナニカに突き動かされて、努力をした。ネイア殿。俺は、そこまで強い人間ではないよ。君も頑張ればいずれ俺の領域に辿り着くだろう。」
ネイアは信じられなかった。
数々の亜人を打ち倒し、あまつさえヤルダバルトでさえ撃退した。
それが強い人間ではない――?
この国で最も強いレメディオス・カストディオでさえ打ち倒せない者よりも?
そんな人物にネイアが辿り着けるだろうか。
「謙遜のしすぎではないでしょうか。アーチャー様は…英雄の領域を超えています!それを私なんかが…。」
「英雄か…。」
英雄…この世界の"英雄級"ならば確かにアーチャーは越えているのだろう。しかし、――。
アーチャーは思いあたる節があるのか否か、一度顔を下げるも顔を上げ続ける。
「…ふむ。自身を卑下するのは君の悪い部分のようだ。君は何か得意な武器はあるかね?」
得意な武器。そう聞かれたネイアは答えにくかった。
剣の才能はない。かといって魔法の才能があるかと言えば違う。
あるのは弓の才能。
父譲りの才能はまさに天賦のモノだろう。
「……得意な武器であれば、弓です。」
「――それ以外は?」
「得意かと言われればそこまで…。」
「ならば、私と一緒だな。」
「――えっ。」
その言葉はネイアの大きく驚かさせた。
彼は剣を使ってヤオダバルトと戦っていたらしい。
なのに彼はネイアと同じく剣の才能が――ない?
それが本当ならば、彼は一体どれほどの境地を乗り越えたのだろうか。
人生のすべてを剣に打ち込んできたとでもいうのか。
「君の武器を見せてはくれないか?」
ふと、アーチャーはネイアにそう言った。
ネイアは答えて、武器を渡す。
無骨な短剣に簡素な弓。
マジックアイテムですらないそれは強力とは言い難い。
一方、エミヤシロウは困惑していた。
――なんだ、この武器は?
見てくれも性能もそこら凡百の武器かもしれない。
だが、エミヤシロウにとってそれは初めての出来事だった。
骨子が謎といえば、いいだろうか。
簡単に言えば、データの集まりなのだ。
鉄で打たれて造られたはずの剣がデータの集まりだと?
ありえない。
それがエミヤシロウの感想であった。
エミヤシロウは一つの弓を投影する。
これは特段、宝具というわけではなく、あくまで魔術が施された弓…型の礼装なのだが、それでも並みの弓よりかは強力だ。
「弓が得意ならば、これを使いたまえ。それと剣は…。」
途中、ネイアはもらうのを拒否していたが、エミヤシロウの要望を無下にはできず、ネイアは弓をもらうはめとなった。
◇
華やかな城の中、エミヤシロウは彼の聖王と相対していた。
「では、報酬はいらない、と」
「元より、そうだとあの時も答えたはず。私には夢があってね。ソレを叶えるためにやったにすぎん。」
普通であれば、報酬を受けるだろう。
国の面子もあるのだから。
しかし、今の聖王国にその余力はない。
南部であれば、可能かもしれないが、今この場の者たちではその決定はできない。
だからとて、エミヤシロウという英雄を逃がしたくはない。
それが聖王国の考えだ。
とはいってもそれは難しいことであるとカルカ・ベサーレスは知っていた。
戦場で夢を語った彼の顔は正しく良いモノであったから。
「……であればこの国の正規軍に加わる気はありませんか?」
周りの貴族たちもその誘いに乗る。
この国に所属するメリット。
どんな報酬が得られるのか。
と、貴族たちは次々にプレゼンテーションを始める。
なぜこんなことをするのか。それは当然だ。エミヤシロウを勝ち取った者が次の頂点となり得るからだ。
レメディオス・カストディオはその様子を不服かのように見ており、それを見てエミヤシロウは笑った。
「フ。いや、失礼。君たちはどうやら、王の望むところを理解していないようだな。聖王よ、私で良ければ、私はあなたの剣となろう。」
「……それは――」
――それはあなたの夢が潰えてしまうのでは…などと言えるはずがなかった。
彼の眼にはそれ相応の覚悟があったのだ。
瞬間――、カルカ・ベサーレスの手の甲が赤く光る。
「――なにっ!」
この場で一番驚いたのはエミヤシロウだった。
そこにあるのは聖杯戦争のマスターである証。
そしてサーヴァントを制御できる魔法が如く奇跡。
令呪――がそこにあった。