桃太郎の物語は、誰もが知っている伝説だ。鬼ヶ島で鬼を退治し、宝物を持ち帰った英雄、桃太郎。しかし、その英雄の血を引く者が現代に生きていることを、誰も知らなかった。
私はカノン、桃太郎の子孫――その言葉を、幼い頃、母から聞いたことがある。しかし、それがどれほど重い意味を持つのか、そのときは全く分かっていなかった。今思えば、その時の記憶だけが、私の中で唯一、あの出来事の前兆であったのかもしれない。
あの出来事があった日、私はまだ小学校に上がる前。田舎の大きな家で親戚たちが集まって祭りを開いていた。庭には赤い鬼の像が並び、色とりどりの提灯が風に揺れている。みんなが笑って楽しんでいる中、私は一人、庭を歩き回っていた。
そして、私は本家の奥にある神棚の近くに足を踏み入れてしまった。そこには祭られている鬼の角がいくつも飾られていた。その角は私の目には異様に大きく、まるで生きているかのような存在感を放っていた。それぞれの角が、なぜか私を引き寄せているように感じた。
好奇心に駆られた私は、気づけばその角に近づいていた。手を伸ばして触れた瞬間、何かが私を引き寄せるように感じた。言葉で表せない力に引かれ、身体が動かされた。しかしその瞬間、誰かが叫ぶ声が響き、私はその場で転んでしまった。
「うわっ!」
次の瞬間、鬼の角が私の額に突き刺さった。痛みと共に、激しい眩暈が走った。
私は二日間も目を覚ますことなく寝込んでしまった。その間、私は奇妙な夢を見ていた。その夢の中で、私は桃太郎と鬼の戦いを目撃していた。しかし、それは絵本で見たものとはまったく違っていた。
お供の猿は、ゴリラのように巨大で、まるで人間のような知恵を持って戦っていた。犬も巨大な狼のような姿をしていた、異様に長く鋭い牙をむき出しにして鬼に立ち向かう。キジは単なる鳥ではなく、異様に巨大で恐ろしい怪鳥だ、まるで空を支配するかのように舞い上がった。どの存在も、まるで異次元から来たような不気味さを漂わせていた。そして、桃太郎は光の剣を持ち鬼の角を光線のようなもので切り落とし、鬼の胸に龍が巻き付いた異形の剣を突き立てた。
そして、その中で唯一、私を驚かせたのは、鬼たちの目だった。恐ろしいほどの力を持っている鬼たちは、どこか悲しげな表情を浮かべていた。その眼差しの奥に、何かを訴えかけるようなものがあった。だが、その感情が何だったのか、私は理解できなかった。
あのとき、何が起きたのかは分からない。記憶は断片的だが、気がつくと私は周りの人々に囲まれていた。
「あれ…? なんで…?」
目を覚ました瞬間、涙が流れ落ちていた。周りの人々の顔が、ぼんやりと浮かび上がる。母や父、そして他の親戚たちの顔が心配そうに私を見つめていた。その時、私は一つの事実に気づいた。
あの戦い、桃太郎と鬼の戦いは、ただの伝説ではない。何か現実に繋がっているものがある。私の中に、桃太郎の血が流れていること、そしてその血が、これから何かを引き起こす予兆であることに、ふと気づいたのだ。
私はその日以来、あの神棚に飾られた鬼の角を忘れることができなかった。それはただの飾り物ではなく、私が関わらなくてはならない何か、目に見えない力が働いていることを意味していた。
そして、あの事故の後、私は次第に自分の中にある「力」を感じ始めていた。ふとした瞬間に、周囲の空気が変わるような、何か不思議な感覚が体を包み込むのだ。最初はそれがただの勘違いだと思っていた。しかし、次第にそれが現実のものだと確信するようになった。
「桃太郎の子孫」だと母が言っていた言葉が、今やただの昔話ではなく、私自身の運命の一部であるような気がしてならなかった。
12年後の春。夕刻のとあるビルの屋上。
スマホが鳴る。
「はいはーい?カノンだよ?おじいちゃん?」
「うん。変わりないよ、うん大丈夫だって。」
「学校は明日からだよ。」
「うん、わーかってるって。」
「じゃあね!おじいちゃん。」
私は、橘カノン、明日から高校一年。すっかり美少女に成長しちゃったよ。
相変わらず本家のおじいちゃんからの電話がものすごい。
理由もわかってるんだけど、面倒だから内緒にしてる。
おじいちゃんが心配しているのは、体に異変がないかってこと。でも実際、異変はめっちゃある。身体能力も感覚も、普通じゃ考えられないくらい桁外れだ。走るのも、跳ねるのも、ちょっとした力で物が壊れそうになるくらい。
その原因もちゃんとわかってる。あの時、鬼の角を取り込んだみたいなんだ。あれから体が変わってしまったけど、気づかれないようにしている。隠し通すって決めたんだ、誰にもバレないように、何とかやり過ごしていかなきゃ。
小学校に入ってから身体能力というか、身体が思い通りに動くのが楽しすぎて、毎晩ごはん前に自主トレしてる。
やればやるほど身体能力が上がってるのを実感してる。
他にも変わったことがある。取り込んだ鬼と、意思疎通ができるようになったんだ。その鬼、名前は「羅刹」っていうんだって。私は「ラーちゃん」って呼んでるけど。最初は、意識の中で声を聞く程度だったけど、今では心の中で
会話できるようになった。最初は怖かったけど、慣れてきたし、しかもラーちゃん、かなりいいヤツ。
ただ、驚くべきことにあの時、羅刹は私の体を乗っ取るつもりだったらしい。でも、なぜかできなかったみたいなんだ。今は私の中にいるけど、完全に支配することはできないみたい。居るってだけ。どうしてそうなったのか、私にはわからないけど、今は同居人って感じ。少なくとも、私の体を乗っ取る気はないみたいだから、少し安心してる。
居心地もいいみたい。言い過ぎかも?だけど、親友?幼馴染?
スマホが鳴る。
「はいはーい?カノンだよ?ママ?」
「ごはん?そんな時間?唐揚げ?やっほーい、すぐ帰るね。」
電話を切ると、隣のビルに飛び移る。足元を蹴り、空中で一瞬の浮遊を感じながら、反動を使って次のビルへと飛び移る。こんなこと、もう何度もやってるから、身体が自然に反応する。普通の人間なら考えられないスピードで、屋上から屋上へと駆け抜ける。
急いでいるのは、家に帰らないといけないからだ。唐揚げだからだ。
空気を切り裂くようにビルの間を駆け抜け、家路を急ぐ。もうすぐ家に着く。羅刹も唐揚げが好きだ。
ビルの屋上から一歩踏み出し、地面に足をつける。すぐに走り出す。そのまま、足音を立てずに、家の前にたどり着く。
「ただいまー。」
『ただいまー。』ラーちゃんも。(聞こえないけどね)
家に帰ると、母が台所で唐揚げを揚げているのが見えた。ふと、その香りが鼻をつき、腹がぐうっと鳴る。目を閉じて深呼吸をし、家に足を踏み入れるたびに感じるあたたかさに安心する。
「おかえり、カノン。唐揚げ、もうすぐできるからね。」
「うん、待ってるー!」
その言葉を聞きながら、私は心の中でちょっとしたことを思い出していた。羅刹、ラーちゃんのことだ。彼が私の体に取り込まれた時、彼の過去についてはほとんど何も知らない。でも、ある時、ふとその過去に関する記憶が私の中でひらりと浮かんだ。羅刹が私の体に話しかけるようになったのは、その後だった。私が眠っているときに、彼が話す内容がだんだんと増えてきた。
『カノン、お前が目を覚ましたとき、私はお前の体を奪おうとしていた。』その言葉が私の頭に響く。
「奪うって…?」私は驚きと共に問いかけた。
『私には命がなかった。鬼の血を持つ者が命を与えてくれることを知っていた。だが、カノン…お前は異なる。お前の中には、ただの鬼の力ではなく、桃太郎の血が流れている。それを感じた時、私はお前を取り込むことを試みたが、成功しなかった。』
その時、私はただ呆然とした。彼の言葉に疑問が湧いたからだ。どうして羅刹は私の体を奪おうとしたのか?
そして、どうしてそれができなかったのか?
「でも、どうしてそれができなかったの?」私は再び問いかけた。
『お前の中には、私が予想していた以上の力が宿っていた。桃太郎の血…その力が私を拒絶した。私の力ではお前の身体を支配することはできなかった。だから、今、私はお前の中に住んでいる。(居るだけ)だ。お前が生きている限り、私はお前の中にいることができる。』
その時、私は少し不安を感じた。羅刹が私を支配することはなかったけれど、彼の存在が私の中にあることには変わりがない。それでも、彼と向き合ううちに、少しずつ理解できるようになった。
「でも、どうしてラーちゃんは私を守ろうとするの?」私は聞いてみた。
『守る? そんなことをした覚えはない。だが、お前に害をなすことはしない。お前の中に宿る力を感じたときから、私はただお前を見守っている。』羅刹の言葉には、まるで意味深な静けさがあった。
その言葉に、私は少し戸惑った。羅刹がただの力を持つ存在だと思っていたが、彼の中にも何か別の感情が芽生えているのだろうか。何度も聞いたことがあるが、彼の過去のことは依然として謎だ。おそらく、私が今知ることができるのは、その一部に過ぎない。
その日の晩、唐揚げを食べながら、私は少しだけ羅刹のことを考えていた。あの時、あの事故で何が起きたのか、羅刹はどうして私に力を授けようとしたのか。そして、これから先、私と羅刹はどのように関わっていくのだろう。彼の過去は、きっと私が知るべき重要なものだ。それを知ることで、私は自分の力をもっと理解できるかもしれないし、何かを変える手がかりになるかもしれない。
母が唐揚げを取り分けるのを見ながら、私は次第に決意を固めていた。羅刹の過去を、私が解き明かさなければならない。そして、その力をどう使うべきか、自分自身で答えを見つけなければならないのだ。
「カノン、食べてる?」
母の声で現実に引き戻され、私は笑顔を作って答える。
「うん、すっごく美味しいよ!」
『うん、すっごく美味しいよ!』ラーちゃんも。(いいヤツ。聞こえないけどね。)