ももの血脈   作:marre

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第15話 信じる力

カノンが玉座から立ち上がる。

広間に張り詰める沈黙の中、新たな魔王の声が響いた。

「この場の人間どもを駆逐する! 我に続け!」

その瞬間、魔物たちが一斉に飛び出した。

カノンは光剣を振るい、黒き軍勢を率いて突き進む。狂気に燃えた瞳が光る。

「慧明!」

羅刹の叫びとともに、羅刹の手に倶利伽羅剣が閃いた。

刹那、カノンの光剣がタケルの喉元へ突き付けられる。

しかし、その瞬間——

高僧たちが一斉に経を唱え、幾重にも結界が生まれた。

光の障壁が人間たちを覆い、魔の力を押しとどめる。

その時——

 

——ザシュッ!

羅刹の倶利伽羅剣が夜叉王の首元を貫いた。

「!!」

「なぜだ……!? “服従の鎖”が効かぬだと!」

『私はすでに我が主君と血の契約を交わし、絶対の忠誠を誓っている。』

『お前の魔力なぞ入り込む隙はない。』

夜叉王の魔力で作られた鎖が砕け、玉座と壁が轟音とともに崩れ始める。

「誠道!」

羅刹の叫びに応じて、誠道と慧明が印を結ぶ。

瞬間、仏陀の曼荼羅が広間に広がり、光の渦がすべてを呑み込んでいく。

「これで結界ごと外へ出る!」

慧明の声が響く。

曼荼羅とともに結界が沈み、次元の境界がゆっくりと閉じかけていった。

「待って! ラーちゃんが!」

「ラーちゃん!早く!」

「お願い!ラーちゃん!」

「ラーちゃん——!」

カノンの叫びが広間に響く。

結界が沈み切る直前、無貌と惨禍が剣を振り上げ、羅刹に襲いかる——

 

次の瞬間、夜叉王の魔力の影響が消えた。

無貌と惨禍が動きを止め、羅刹の足元に跪く。

『無貌、惨禍…久しいな。』

深々と頭を下げる無貌と惨禍。

『夜叉王よ、あの子の名前はカノンだ。桃太郎じゃない。名前を聞いた相手を操る魔力も通用しない。』

『それとな、私は羅刹丸じゃない、ラーちゃんだ。』

地響きとともに崩れゆく魔城。

終焉の時が、確かに刻まれようとしていた——。

 

人間界に戻ったカノンたち。

空羅道の裂け目が徐々に閉じつつあった。

泣きじゃくるカノン。「…ラーちゃん…」

誠道は彼女の側に膝をつき、優しく語りかける。

「…すべては羅刹殿の作戦だったのです。」

餓爛戦の際、餓爛自体も操られていた。その様子から、夜叉王には相手を操る魔力があることがわかった。

「だからこそ、名前を聞かれても本名を明かすなと言われていました。」

さらに、魔王を討つことで魔界と人間界の均衡が崩れる恐れがあることも判明した。

「羅刹殿はその均衡を守るために魔界に残る決断をされたのです。」

夜叉王にとどめを刺せるのは、倶利伽羅剣の力。

羅刹はその力で邪悪な気を払おうと考えていた。

そして、最後に伝えられた言葉があった。

『必ず戻る。』

カノンは涙を拭い、震える声でつぶやいた。

「伝言があるってことは、最初から残るつもりだったってこと?」

「ラーちゃんひどいよ…」

「ずるいよラーちゃん…」

「逢いたいよ。ラーちゃん…」

誠道は静かにカノンの肩に手を置き、穏やかに言った。

「羅刹殿は、我々のために魔界に残る決断をされたのです。ですが、必ず戻るとおっしゃった。その言葉を信じましょう。」

カノンは涙をぬぐい、心の奥で信じることを決意する。

「でも…もし戻れなかったら? もしラーちゃんが…」

慧明が柔らかく微笑みながら、カノンの頭を優しく撫でた。

「羅刹殿はそんな簡単にくたばるお方じゃない。今、カノンさんに必要なのは信じることです。」

カノンは唇を噛みしめながら、静かに決意を固めた。

「うん。ラーちゃんが戻って来る場所、絶対に守る。」

誠道と慧明は頷き、共に歩み始める。

「よし、帰りましょう。戦いはまだ終わっていない。」

カノンは最後に消えゆく裂け目を見つめ、心の中で誓う。

「待ってるからね…ラーちゃん。」

そして、彼らは歩き出した。羅刹の帰還を信じて——。

 

半年後。魔界の脅威が遠ざかり、人間界は平穏を取り戻していた。カノンたちも、あの日から時折思い出しながらも、普通の生活を送り始めていた。毎日学校に通い、友達との時間を楽しむ。その顔には、以前のような戦いの疲れはないが、どこか過去を背負っているような表情が浮かんでいる。

カノンは、誠道と慧明、そして時々タケルと一緒にトレーニングを続けていた。強くなりたい、強くならなければならないという気持ちが彼女の中に根強く残っていた。しかし、それはもはや義務感ではなく、戦いから遠ざかった今、心の中で自分を見つけるための一つの方法となっていた。

ある日、学校の帰り道。カノンはふと思い出したように、立ち止まった。

「今日は、久しぶりに唐揚げ食べたいな。」と、カノンは呟く。

「あぁ、唐揚げですか。」誠道がにっこりと笑いながら答える。

「久しぶりですね。あれ?唐揚げ食べてるときに、カノンさんが泣いたことがあったような。」

カノンは頬を赤らめながら、小さな声で言った。

「うん、あの時…。ラーちゃんが、旨いって言ったような気がして。」

慧明は、微笑んで肩を叩いた。「大切な思い出ですね、カノンさん。」

カノンは少し涙を拭いながらも、懐かしい気持ちが胸に込み上げてきた。あの日からずっと心の奥底にラーちゃんがいて、いつでも彼の存在を感じていた。あの言葉を信じている。

「でも、もう大丈夫。」カノンは決意を込めて、今、胸に手を当てた。

「ラーちゃんが言ってた通り、必ず戻ってくるって信じてるから。」

「それでこそ、カノンさん。」誠道が真剣な眼差しで頷いた。

その時、彼女たちの前に突然現れたのは、タケルだった。

「おーい!遅いよ、みんな。今日のトレーニングはどうしたの!」

「トレーニングはこれからですよ。」慧明が微笑んで応えた。「でも、その前に唐揚げを食べるそうですよ。」

「おお、唐揚げ! 僕も食べたい!」タケルは勢いよく駆け寄った。

一緒に歩きながら、唐揚げの話題で盛り上がるカノンたち。笑顔の中に、かつての戦いの記憶が紛れ込んでいるが、それが今の彼女たちの強さとなっていることに、誰もが気づいていた。

カノンは胸の中で静かに誓った。

「ラーちゃん、待ってるからね。絶対に、戻ってくるよね?」

その答えは今は聞けなくても、信じることで彼女はまた前に進む。魔族の脅威は過ぎ去り、今はただ、普通の毎日を生きることに喜びを感じていた。

そして、ふとカノンの顔に浮かんだ微笑みは、どこか優しく、穏やかだった。

 

 

 第一部 完

 




第1部完です。 
ありがとうございました。
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