ももの血脈   作:marre

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第26話 鬼人(もも)の血脈

カノンは血の滲む肩を抑えながら、仮面の男を睨みつけた。

その背後では、誠道と慧明が仮面の眷属を相手取り、タケルが空を見上げる。

——空羅道は、崩壊寸前。

それは、羅刹の退路が絶たれることを意味していた。

「……どうする、カノンちゃん!」

タケルが叫ぶ。

だが——

カノンの耳には、仮面の男の低い声が届いていた。

「選べ……力に呑まれるか、仲間を捨てるか。」

その声は、淡々としていた。

まるで運命そのものが告げるように。

(私は……)

左額に浮かびかけた角。

心の奥で蠢く、“もうひとつの自分”。

(私は……私だ。)

(私の意思は、私が決める!)

その瞬間。

八尺瓊勾玉が淡い紅蓮の輝きを放つ。

雷と光が絡み合い、結界が再構成されていく。

仮面の男は、その光景をじっと見つめていた。

「……ほう。」

それは、試練でもあり——予兆でもあった。

——カツン。

仮面の男は再び歩み寄る。

「ならば、見せてもらおうか。“抗いの意思”の、その先を——」

——ズズズ……

空気そのものが、呻き声を上げるかのように歪んでいた。

仮面の男は、無音のまま歩を進める。

その背後には“仮面の眷属”が数十体、闇の中からぞろりと現れる。

タケルが歯を食いしばり、雷霆を掲げた。

「来るぞ……ッ!」

誠道と慧明が左右に展開する。

しかし——

仮面の男が、そっと手をかざすだけで——

ズ……ズズ……

眷属たちが“地を這う影”と化して、あらゆる方向から這い寄ってくる。

それは、ただの死霊でも怨霊でもない。

——災禍神の「呪いの影」。

「……抗えど、無駄だ。」

仮面の男の声は、地獄の鐘のように冷たく、重く響いた。

「この世界は、既に“終わり”に侵されている。」

カノンは胸の奥が軋むのを感じた。

(……違う。違う!)

けれど、その声に反応するように——

左額の“角”が、ゆっくりと姿を現しつつあった。

——ズキン。

脳髄に響くような疼き。

力が暴れようとする。

理性が引き裂かれそうになる。

(私……が……)

仮面の男が、ゆっくりと囁く。

「お前の中にあるのは、“人の力”ではない。それは、遥か古より忌避された、“異端の血”——」

カノンの左額に浮かび上がる角は、まだ完全には実体化していない。しかし、仮面の男はその存在を見逃さない。

「やはり……桃の血か。」

その言葉に、誠道も慧明も目を見開いた。

「桃の……血だと……?」

仮面の男は静かに告げる。

「かつて桃太郎と呼ばれた者は——鬼を討つために、鬼を取り込んだ。神と鬼、二つの相反する力を己が身に宿した、人ならざる者。……その末裔であるお前が、その力を継がぬ道理はない。」

カノンは動揺しながらも、胸の奥で理解する。

(……それが、私の……)

仮面の男は冷たく言い放つ。

「だが——それは諸刃の剣だ。力に呑まれれば、お前は鬼となり果てる。“災禍神”にとって、それほど都合の良い器はない。」

カノンの心に、恐怖と怒りが交錯する。

(……私は……そんなものにはならない!)

八尺瓊勾玉が赤い光を帯び、霊力と異能がせめぎ合う。

誠道が叫ぶ。

「カノンさん! 落ち着け! 心を乱せば……!」

だが、仮面の男は既に動いていた。

再び音もなくカノンの目前に現れ、鋭い掌打を突き出す。

「選べ。人として滅びるか、鬼として堕ちるか。」

その刹那——

「ふざけるなああああッ!!」

カノンの叫びと共に、彼女の背後に桃色のオーラが浮かび上がる。

しかし、カノンは、違和感を覚えていた。

胸の奥で、もっと深い何かがうねり始めている。

(……これは……)

左額に浮かび上がった、かすかな“角”。

それは鬼の血を引く者の証——だが、それだけではない。

八尺瓊勾玉から脈打つ霊力。

心臓の奥、魂の底で——何かが目覚めようとしている。

仮面の男は、その変化を鋭く見据えていた。

「……桃の血を継ぎながら、“鬼”でもあり、“神”でもある……か。」

——“鬼神の血”。

それはかつて、桃太郎が封じた最奥の力。

鬼を討つ者でありながら、その身に鬼の力すら取り込み、超越した存在。

人でも鬼でもない——それが、“鬼神”の系譜。

「……まさか、お前が……」

仮面の男が一歩踏み出す。

その足取りには、警戒と興味が入り混じっていた。

カノンは胸に手を当て、震える声で呟く。

「……これが……私の中の、力……?」

その瞬間——

——ゴォォォォン……!

空羅道が大きく軋みを上げ、裂け目から黒い瘴気が噴き出す。

魔界と地上の境界が、崩壊の瀬戸際にあった。

慧明が叫ぶ。

「カノンさん! 早く決断を!」

誠道が法剣を握り締め、睨みつける。

「今は撤退を——」

だが、カノンは一歩前に出ていた。

恐怖も迷いも飲み込んだ瞳で、仮面の男を見据える。

「……私には、まだ……やらなきゃいけないことがある。」

「この力を……受け入れなきゃ。鬼でも、人でもない……私は、橘カノン——」

「——鬼神(もも)の血脈(けつみゃく)を継ぐ者!」

 

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