その瞬間。
カノンの八尺瓊勾玉が、赤と金の複合した光を放つ。
雷鳴のような音と共に、周囲の瘴気を吹き飛ばす衝撃波が走る。
仮面の男の声が、低く響いた。
「……面白い。ならば、その力——」
「試してみなさい!」
——次の瞬間。
カノンと仮面の男は激突する。
雷と影。
神と鬼。
桃太郎の血脈と、災禍神の影。
全てが交錯する戦いが——
ついに、本格的に幕を開けた——!
魔界——
紅蓮の空。
地鳴りを上げる大地。
黒き雷が空を裂き、腐蝕した死骸と妖魔たちが蠢く魔界の荒野。
その中心で——羅刹は立っていた。
全身が血に濡れ、衣も半ば焼け焦げている。
その身に宿すは、魔界の王族にのみ許された“魔性解放”——
だが——敵はあまりにも多すぎた。
巨大な四つ目の妖魔が唸り声を上げ、牙を剥いて襲いかかる。
羅刹は九尾の尾を瞬時に展開し、宙を斬り裂く。
尾が螺旋の刃となり、妖魔の巨躯を粉砕する。
しかし——次々と現れる妖魔たちは、まるで災禍神の“瘴気”に呼応するかのように無尽蔵だった。
(……コイツら、ただの魔物ではない。災禍神の“瘴気”が、腐った命を無理矢理動かしている……!)
それは自然な生命ではない。
災いそのものが具現化した、穢れの軍勢。
その奥——
巨大な“影”が、姿を現しつつあった。
——それは、巨大な鬼神の骸骨のような姿。
だが骨は金属にも似た黒鋼。
脈打つ心臓部は、地獄の炎のごとく禍々しい。
災禍神——その“影”の本体。
羅刹は一瞬、息を呑んだ。
(……アレが……災禍神……?)
異形の神は、まだ完全には目覚めていない。
しかしその存在は、魔界全土に瘴気と災厄を撒き散らしていた。
羅刹はボロボロの身体に、最後の魔力を集め始める。
その瞳に宿すは覚悟——自らの命を賭してでも、災禍神を封じ込める決意。
(私が……魔王として果たす最後の役目だ。)
災禍神の骸骨が、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
闇の奥から響く、低く、不快で、不吉極まる声。
「——喰ラワセロ。破壊ヲ。災イヲ。」
地響きと共に、無数の黒い腕が地中から伸び上がる。
魔界が、地獄と化す。
羅刹が牙を剥いた。
『上等だ……!』
『この“命”——最後まで貪り尽くしてみろ!!』
——魔界、死闘の幕が切って落とされた。
地上——
雷鳴が轟き、空羅道を包む瘴気すら一掃する神気と妖気の奔流。
赤金に輝く八尺瓊勾玉が、カノンの胸元で脈動するたびに、世界が震えた。
「——はああああッ!!」
踏み込む一歩が、地を砕き。
振るわれた拳が、空を裂く。
仮面の男は、その光景を見ながらなお冷静だった。
「……これほどとはな。」
彼の背後に、災禍神の“影”が揺らめく。
瘴気が形をなし、巨大な異形の手がカノンを掴まんと伸びる。
だが。
「遅いッ!」
カノンの一声とともに、空間が閃光で塗り潰される。
彼女の周囲を巡る桃色の雷光が、災禍神の影の腕を瞬時に焼き切った。
「なッ……!」
仮面の男が目を見開く——それは、初めて見せる動揺だった。
だが、彼はすぐに冷酷な戦闘者の顔に戻る。
影を纏い、己の肉体を黒き鎧へと変貌させる。
「ならば、全力で殺すまでだ。」
災禍神の呪詛。
魔界の深淵から響く咆哮。
刃と爪と呪いが一斉にカノンを飲み込もうと迫る——
だが。
「消えろおおおおおッ!!」
それは雷鳴より速く。
それは剣より鋭く。
それは神より尊く。
鬼よりも恐ろしく。
カノンの放った一撃は、ただの拳ではなかった。
それは——“鬼神”の血が生み出した、破壊の権化。
八尺瓊勾玉が轟音を立てて炸裂する。
赤金の稲妻が幾重にも走り、仮面の男を包む影を貫き、粉砕する。
「——がッ……!」
仮面の男の肉体が、雷とともに裂け、地に叩きつけられる。
災禍神の影が悲鳴のように消散していく。
立ち尽くすカノン。
その瞳は、もはや迷いも恐怖もない。
「これが……私の力……橘カノンとして……生きるための力だ。」
崩壊する空羅道。
裂け目の向こうに、魔界の光景が見える。
そこに——羅刹の気配がある。
まだ生きている。
まだ、戦っている。
慧明が叫ぶ。
「カノンさん——!」
誠道が法剣を構えながら、呟く。
「あの力……本当に、桃太郎の血脈ですか……?」
だが、カノンはただ——前を見据えていた。
「……行く。ラーちゃんを迎えに。」
風が吹く。
桃色の雷光が彼女の身体を包み、次の瞬間——
カノンは、仮面の男の残骸を振り返ることなく、裂け目の向こうへと跳躍した。
——鬼神の血脈を受け継ぐ者として。
——新たなる戦いの決着を、その手で掴むために。
魔界の彼方へ——カノンは、飛翔する。