ももの血脈   作:marre

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第29話 黒翳(こくえい)の福音

魔界・最深層——歓声の中に

空に漂っていた瘴気は消え、傷ついた仲間たちが、互いの無事を確かめ合う。

『いや——まだだ。』

羅刹が、険しい目で天を見上げる。

——その瞬間。

空が、裂けた。

紫黒の裂け目。

禍々しく蠢く闇。

その中心から——一人の男が、静かに姿を現した。

「……ようやく、幕が下りたか。実に見事だ——“鬼神の継承者”よ。」

その男は、黒衣を纏い、全身から異質な圧を放っていた。

その存在は、羅刹ですら歯を食いしばるほどに——異常だった。

『貴様は……!』

「名乗ろう。我が名は——」

——ダルク=セヴァン。

「災禍神は、私が作り出した“試練”に過ぎん。あれは、世界に絶望を植え付けるための試作品……」

タケルが怒声を上げる。

「てめぇが……全部の黒幕か!!」

「黒幕、か……滑稽だな。」

ダルク=セヴァンは笑う。冷たく、情も慈悲もない声で。

「私は“理”を歪める者。この腐りきった輪廻の外側より来たりし、“異端の神”——」

その足元には、崩れ落ちた災禍神の残骸。

しかし——それすら、彼の目的の一端に過ぎなかった。

「この世界は、まだ甘い。祈り? 癒し? そんなものでは——人の業も、呪いも、滅びぬ。」

彼の背後——虚空に広がる“歪んだ星々”が、不気味に瞬く。

まるで異界そのものを携えているかのように。

「次に来るのは——再創造(アポカリュプシス)だ。」

カノンが、身構える。雷光を纏い、再び戦いの意志を燃やす。

「ふざけるな……私は、お前を——止める!」

——だが。

「止められると思うか?」

その問いと同時に。

ダルク=セヴァンは、指を鳴らした。

次元が、捻じれ、反転する。

魔界の地平が、異界へと塗り替えられていく。

「今はその力を讃えよう。だが——」

彼の赤い瞳が、カノンたちを見下ろす。

「次に会う時——その祈りごと、全てを踏みにじる。」

——そして。

ダルク=セヴァンは、虚空へと消え去った。

禍々しき異界の残滓を残して——。

沈黙が支配する。

羅刹が低く呟く。

『……奴こそが……この戦いの“元凶”だ。』

魔界は静寂を取り戻した——

だが、その静寂は——次なる嵐の前触れに過ぎなかった。

——“終焉”の幕は、まだ降りていない。

 

ダルク=セヴァン

古代より暗躍する黒翳(こくえい)教団(きょうだん)──その頂点に君臨する教祖こそ、ダルク=セヴァンである。

彼はかつて、神々が人々の信仰を受け栄えていた時代に生まれた存在だった。だが彼が信奉したのは、秩序をもたらす神々ではない。戦と災厄を司る禁忌の神、災禍神。

ダルク=セヴァンは、その力に魅せられ、崇拝し、ついには災禍神をこの世に復活させるべく、自らを捧げる決意を固めた。

何千年もの時を超え、彼は不老不死の呪法を自身に施し、人の世を渡り歩いてきた。その姿も名も時代と共に変え、やがて伝説や神話の影として歴史の裏に潜み続ける。

表向きには聖者や賢者を装い、人々を導き、国を救い、英雄とも称えられたことさえある。だが、その裏では、幾度となく血の儀式を行い、数えきれぬ犠牲を積み上げ、災禍神の封印を解くためだけに暗躍してきた。

彼は冷徹な策略家であり、どんな犠牲も厭わない非情の支配者である。魔術・禁術・呪法に通じ、その知識と技は既に人の域を超えている。

しかし──彼の真の目的は、災禍神をただ復活させることではない。

災禍神の力を完全に掌握し、自らがその化身となること。そして、世界を災厄と恐怖で支配し尽くし、かつて地上に栄えた神々すら超越する「絶対なる存在」となること──それこそが、ダルク=セヴァンの野望であった。

彼は言う。

「神とは支配する者。民とは蹂躙される者。秩序とは脆き幻想に過ぎぬ。災厄こそ真理。混沌こそ理想。私は、その象徴となる。」

それはまさしく、世界そのものを敵に回す暴虐の王の誕生であった。

 

魔界・最深層——恐怖の種

ダルク=セヴァンの消えた後、空はなおも裂け、異界の影が漸次広がっていく。まるで魔界そのものが、彼の存在に引き寄せられるかのように、歪みを帯びていった。星々はその輝きを失い、闇が深まる。周囲の空気は冷たく、重く、まるで時間が止まったかのような静寂に包まれている。

しかし、その静けさは束の間のものに過ぎなかった。カノンが震えながら立ち上がる。彼女の体には、まだ戦いの余韻が残っている。雷光を纏ったその姿は、まさに覚醒しつつある力の証。だが、その力は同時に恐怖と混沌を孕んでいた。カノンの心中に響くダルク=セヴァンの言葉が、彼の意識を引き裂こうとしていた。

「次に会う時——その祈りごと、全てを踏みにじる。」

カノンはその言葉を反芻し、強く握り締めた拳を見つめる。彼女の中に眠っていた「鬼神の血」が、今まさに目を覚ましつつあった。それは恐ろしい力、そして彼女の意識をも支配しようとする存在だ。その力を手に入れれば、世界を変えられるかもしれない。しかし、その代償があまりにも大きすぎることを、カノンは痛感していた。

「止める……絶対に、止めるんだ。」

その言葉には、決して揺るがぬ覚悟が込められていた。だが、その時、周囲の空気が再び震える。再創造(アポカリュプシス)の兆しが、既に始まっていた。

空が再び歪み、裂け目から流れ出すのは、ただの闇ではない。冷徹な力が、その中に宿っている。まるで、彼の存在そのものが、この世界を覆い尽くそうとしているかのようだ。カノンの目の前に現れたのは、もはや「人」とは呼べぬもの。ダルク=セヴァンの手のひらの中に広がる、それこそが新たなる世界の「始まり」である。

「この世界の終焉を、望んでいるのだろう?」と、ダルク=セヴァンの声が低く響く。

その声には何もかもを見透かしたような冷徹さが宿っていた。カノンは、再び力を発揮しようとする。しかし、彼女の体は恐怖と混乱で満ちている。自分の力が正しいのか、間違っているのかも分からない。鬼神の力を抑えることができるのか、それともその力に呑まれてしまうのか。

その時、羅刹が静かに歩み寄り、カノンの背後に立つ。その存在感が、カノンに少しだけ安心をもたらした。

『お前がその力を使う時が来たのだろう。しかし、気をつけろ。その力は、決して味方にはならない。お前がその力を選ぶなら、それが支配する世界は、すでにお前を支配し始めている。』

羅刹の声は、深く、そして重い。

カノンはその言葉を胸に刻み込む。彼女が選ばなければならないのは、力ではなく、心であることを。ダルク=セヴァンの思惑通りに力を使い果たすのか、それともその力を抑え、災厄の波を止めるのか。カノンの戦いは、今や自らの内面との闘いでもあった。

その時、地面が揺れる。突然、魔界の空がさらに裂け、大きな渦巻きが広がる。その中心から、不気味に蠢く闇が、カノンたちに迫る。

「――さぁ、選べ。」ダルク=セヴァンの冷徹な声が響く。

「選ぶのは……お前だ!」

その一言が、カノンの中で何かを決定的に変えた。雷光が一層激しくその体を包み込む。カノンは再び力を振り絞り、目の前の闇に立ち向かう決意を固める。

だが、ダルク=セヴァンの邪悪な笑みが、遠くから響く。

「お前がその力を解き放てば、この世界は終焉を迎える。そして、真の創造(アポカリュプシス)が始まるのだ。」

その言葉と共に、ダルク=セヴァンの邪悪な気配が消えた。

――その“闇”は、色でも影でもない。

空間が、世界が、存在そのものが、根こそぎ喰い破られていく。

空が沈黙する。地が呻く。大気が泣き叫ぶ。

名も意味も形も奪われ、全てが等しく「無」に堕ちていく。

音は潰え、光は溶け、命は意味を失い、時間さえ無為に還る。

――そこに在るのは、“虚無”そのもの。

名を呼ぶことさえ許されない、“世界の死”。

ダルク=セヴァン。

万象を喰らい尽くす、終焉の闇。

 

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