月曜日の朝、カノンが教室に入ると、タケルが目を輝かせて待ち構えていた。
「聞いてよ!カノンちゃん、週末すごいことがあったんだ!」
タケルが勢いよく話し始める。しかし、カノンも週末の出来事を話したかった。
「ちょっと待って、私も——」
「お坊さんが壁をスタスタって…」
「いや、それよりさ!」
「魚がパタパタって…」
「でねっでねっ」
「…すごいのなんの、もう」
「てんやわんや」
お互いに話したいことがありすぎて、どちらも譲らない。結局、話はかみ合わないまま、無情にも始業のチャイムが鳴り響いた。
チャイムの音に、二人ははっとして動きを止めた。
「うわ、始まっちゃった!」
「くぅ〜、続きは休み時間だ!」
タケルがしぶしぶ席に戻るのを見届けながら、カノンもため息をついて自分の席に着いた。先生が入ってきて、朝のホームルームが始まる。
(魚がパタパタ? どうゆこと?)
タケルの言葉が気になって仕方がない。とはいえ、カノンの話も負けていないはずだ。だって、週末に——
「では、国語の教科書を開いてください」
先生の声で、カノンは慌てて教科書を開いた。でも、タケルのほうをちらりと見ると、タケルもまたこちらを見ていた。
(…絶対あとで続きを話してもらうからね!)
二人の静かな火花が散る中、授業が始まった。
話したくてうずうずしながらも、授業に集中しなければならないもどかしさが募る。カノンは何度かノートに手を走らせながらも、ついタケルの方向を見てしまう。そのたびにタケルもまたこちらを見ていて、互いに「今すぐ話したい!」という気持ちを目で訴え合った。
休み時間が待ち遠しい。いや、むしろ授業が終わる瞬間に全力で言葉をぶつけ合うための準備をしているようなものだ。
だが——。
「えーっと、次の問題、橘さん、答えてくれる?」
「えっ?」
不意に先生の声が飛んできて、カノンは慌てて教科書を見返した。しかし、まったく内容が頭に入っていない。しまった!と焦るカノンに、隣の席の友達がそっとページを指さしてくれる。
「え、えっと…『春はあけぼの…』?」
「それは前の単元ね。今の問題は、これ。」
先生が黒板を指し示し、クラスの何人かがくすくす笑う。赤くなりながら、カノンはなんとか答えを絞り出すしかなかった。
一方タケルも、思わぬアクシデントでカノンがやられているのを見て、さすがに今は話すべきじゃないと悟る。けれど、彼の頭の中ではすでに「魚がパタパタ」の続きをどう話すかでいっぱいだった。
休み時間。決着の時はすぐそこだ。
昼休み。
結局、休み時間では決着がつかず、あっという間に過ぎていた。二人はお互いの週末の出来事を語り終え、何とも言えない沈黙の後、再び顔を見合わせた。
「いや、でもさ…突然桃太郎の子孫で、中に鬼がいるって言われても、どう反応すればいいの?」
「お坊さんも出てくるしさ、壁を走るんでしょ?」
タケルが驚愕した表情で言うと、隣に座っていたカノンも困った顔をして頷いた。
「ほんとだよ、突然お父さんが宇宙人で、魚をパタパタって言われても、え?何ってなるよね…。」
しばらくの間、二人はお互いの奇妙な事実を受け入れられずに黙っていたが、結局、少しずつそれをどう理解すればいいのか考え始めた。
「そうだ!今夜うち来ない?」タケルがふと切り出した。
カノンは少し渋ったものの、タケルが「今夜は唐揚げだよ」と言うと、瞬時に顔が輝き、即答で「行く!」と返した。
『行く!』ラーちゃんも(だよね。)
唐揚げの魔力、恐るべし。
放課後、カノンとタケルは学校の屋上に集まり、それぞれの能力を見せ合っていた。タケルは手に持った光の剣を輝かせ、空に向かって一振りすると、光が鋭く閃いた。
「かっこいい!私もそれほしい。」
次に、近くの鳩に目をやると、手をかざして能力を発動させた。鳩は次第に巨大化し、翼が異常に広がり、目が赤く光り始めた。その姿はまるで怪鳥のようだ。
カノンは驚きの表情を浮かべながらも、どこか既視感があった。
「桃太郎の戦い方と一緒だ。」カノンは小さく呟き、幼き日の夢を思い出していた。
『カノン!桃太郎だ!』羅刹も同じく目の前で繰り広げられるタケルの能力との間に、奇妙な一致を感じていた。まるでタケルが、あの伝説の戦士の血を引いているかのような、そんな気がしてならなかった。
「…どゆこと?私が桃太郎の子孫なはずなのに?」
「ん?」タケルには意味が分からない。
「タケル君の能力がね、桃太郎と一緒なの。」
「ん?」
「ぐぅ~」カノンの腹が鳴る。赤面。
「お腹すいたよね?そろそろ行こうか。」
「うん。」まだ赤面してる。
タケルの家に着くと、玄関の前で一度深呼吸した。インターホンを押すまでもなく、ドアが静かに開く。そこに立っていたのは、お父さんだった。優しげな笑顔を浮かべ、
「タケル、おかえり」
「カノンさん、いらっしゃい。」と穏やかに声をかけてくれる。
「こんばんわ。橘カノンです。お邪魔します。」
中に足を踏み入れた途端、ふわりと食欲をそそる香りが鼻をくすぐった。揚げたての唐揚げの匂いだ。カラッとした衣の音まで聞こえてきそうなほど、濃厚な旨みが空気に溶け込んでいる。思わず喉が鳴り、「ぐぅっ」とお腹が正直に反応した。また赤面。
「ふふ、ちょうど揚げたところよ。」台所の方から、お母さんの楽しげな声がする。
カノンとタケルは思わず唾を飲み込んだ。こんがりと揚がった唐揚げが皿に山盛りになっている。衣は黄金色に輝き、ところどころにじんわりと肉汁が染み出しているのが見えた。香ばしい匂いが鼻をくすぐり、胃がきゅうっと縮まるような感覚に襲われる。
「ほら、座って座って。熱いうちに食べなきゃ」
お母さんがエプロンを直しながら笑う。
「いただきます。」
『いただきます。』
サクッと軽快な音が響いた瞬間、口の中いっぱいに旨みが広がった。ジューシーな肉汁が舌を包み込み、スパイスの効いた味付けが後を引く。思わず目を細めてしまうほどの美味しさだった。
「うまっ……!」
『うまっ……!』
カノンが感動したように呟くと、お母さんが得意げに微笑んだ。お父さんはそんな様子を見ながら、コップにお茶を注ぎつつ「今日は特別に多めに揚げてもらったんだ」と嬉しそうに言う。
「いっぱい食べていいからね」
その言葉に、カノンは箸を握る手を強くした。こんなに美味しい唐揚げを、好きなだけ食べられるなんて――。胸が躍るような気持ちで、次の一個へと手を伸ばした。
「ありがとうございます、おいしいです。」
「ところで、カノンさんは桃太郎の子孫だよね?」
唐突にタケルの父がそう問いかけると
カノンは口いっぱいに唐揚げを頬張ったまま、もごもごと何かを言った。
「ほーでふっ。」
言葉が詰まったままの声に、思わずクスッと笑う。カノンは慌てて口を動かし、ようやく飲み込むと、少し照れくさそうに口元を拭いた。
「わかるよ、僕たちと一緒だ。」
そう言うと、カノンの手が一瞬止まる。驚いたような表情が浮かび、箸を持ったままこちらを見つめてきた。
「え?」
彼女の目が大きく見開かれる。まるで、心の奥まで見透かされたような表情だった。
「桃太郎はね、僕にとっても祖先なんだ。」
『そういうことか、今なら理解できる。』と羅刹がつぶやいた。