蛇足   作:勉強サボ浪

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少し遠回りさせてよ Sunset いつも「またね」って手を振って
見守ってもらってばかりで出会えてよかった気持ちはどこまで届いてるの?



よりみちサンセット

 12月第1週に四音の曲を完成させ振りも完成品を用意するという焦の手腕には異常さを感じはするのだが、まぁ過程を確認すればだれでもブチ切れるというのは自覚していたから聴かなかった。

 第6特別室の机に彼は突っ伏している。もとより社会不適合の虚言者だからか時間通りの行動をしない彼なのだから四音は特に期待もせずに映像を見始めた。

 

(曲はさておき……振り付けはかなりトップクラスの人間を使ったな。ボクのダンスがあまり評価されないことも承知してかなり振りを小さくしつつ、分かりやすいものを……)

 

 いや、曲も振りも分かりやすすぎる。企画書の内容を思い出しながら嫌な気持ちになった。

 

(コイツはボクのことを、アイドル嫌いだと思っているのか?)

 

 一瞬よぎった思考。その中身に自身が狼狽えてしまう。

 

(ボクがアイドルを? アイドルは手段であって……好きなわけでは)

 

 瞬間、無機質なアラーム音が流れる。居眠りを決めていた焦はものすごく嫌な顔をしながら時間を見る。

 

「おはようございます。……随分とお眠さんなんですね」

「ん……? ン……――あぁ……いや、なんでもない」

「何がです?」

 

 成立していない会話に怪訝な反応を返すと体をぱきぱきと鳴らして聞き返してきた。

 

「あぁ、曲聞いてたの。どうだ? いけそう?」

「………」

 

 相変わらずこちらの反応を完全に無視した文脈だったが、寝起きの人間に何を言っても無駄なので質問に返した。

 

「まぁ問題はないですよ。……あんなに大量にポエムを書かされたんです。このぐらいじゃないと」

 

 ポエムを書くのはかなり恥ずかしがったが、あんだけ水着とかラブソングとかやってんのにと言われてしまったが最後半ばヤケで書いた。

 

「良かったぁ……。脚本は書いたことがあるけど、歌詞は書いたことなくってねぇ……」

 

 今日の彼はなんだか機嫌がいい。そんなに褒められたのがうれしいか、それともいい夢だったのか……。

 

「……お前は、このままでWINGに出場できると本気で考えているのか?」

 

 だから思わずいらだって不安をぶつけてしまった。

 

「うん?」

「ボクは――お前にプロデュースされてからのボクは、何一つ成長できてない。炎上と飛び道具でどうにか注目できてるだけ……これじゃあ……ムリだろ」

「セイチョウ……」

「このまま飼い殺しにするつもりか」

「それも良いかもね。このままのーんびり過ごして……何も考えずに、ただダラダラと呆けて……そして、前に進むことすら嫌になって……………」

「そん――」

「――そんなもので白草四音のアイドルへの憧れが終わるのであれば、どんだけ楽だったか」

「――なっ」

 

 寝ぼけ眼の雰囲気から一転、焦は一気に剣呑な雰囲気になって四音を睨みつけた。

 

「数週間、見させてもらった。この前の決闘の時は俺から嗾けたようなもんだから頑張って足りない能を動かしたけど、それからの数週間――きちんと自主練してる」

「それは……当たり前だろう。アイドルになりたいから」

「なぜ?」

「なぜって………」

 

 言葉に詰まる。

 

「子供のころにあこがれた黛冬優子みたいになりたかったから? ……違うよなぁ。じゃなきゃこんなポエム書かない。俺がこの――『実現不可能な頂』の歌詞を書けない」

「それは……!」

「それに……楽しそうにない。成功しても、何ひとつ喜ばない」

「それは……」

「ま、そうだよな。アイドルにならなきゃ、お前は生きられない。親からの支援は打ち切られ、姉の威光に身をすくめながら――うわ」

 

 彼が首をひねったのは、四音が投げたスマホを避けるためである。

 

「――お前に、何がわかる! ずっと、ずっと――」

「ずっと姉に比較されながら生きてきた。家に帰れば姉のトロフィーが並べられ、テレビをつければ姉がいて、母親は姉を育てたから名声を得ている。……だけど自分には何もない。才能も努力も全部使い果たしてしまった。……違う?」

「………お前、それを把握するためにポエムを書かせたな」

 

 恨みがましく睨むと焦はケラケラと笑った。

 

「用意したその曲は、お前の内心を描いた曲だ。今日からいくらでも練習していい。オーバーワークにならなければ、な。頭の中にこびりつくまで聞いて、自分を自覚しな」

「そんなことで……そんなことで、この曲が評価されるわけがない」

「でも十王星南を潰すんだろう? ヤツの看板――『小さな野望』に泥を塗るには、これしかない。WING以前に、自分の気持ちを明確にできてないくせにトップにはなれんだろ」

「……アイドル潰しの男が、知ったようなことを……」

 

 今度は近くのタブレット端末を投げようか、そう思った瞬間にドアが開いた。

 

「暗雨さん、そろそろ――え、なんですの」

「――…………」

 

 歯の間から息を吸う。苛立たし気に、しかしかなり抑えて四音は机に自身の拳をとんと乗せた。

 

「――ま、俺も正しい方法はよくわからん。だからこれ以外の方法があれば教えてくれ」

「……ロクデナシめ」

「青春時代が犠牲になるのを感じながら自主練に励むといい。俺たちは今から売り込みに行ってくる」

 

 立ち上がった彼は床に投げ出された四音のスマホの調子を見て四音に差し出した。苛立たし気に奪い取った様子に馬鹿にしたような笑みを浮かべると彼は部屋から出て行った。

 

 

 学園所有の車内は相変わらずだった。ドレスコードに詳しい撫子はこれから向かうパーティに制服を着てくるのは不満だったが、学園の売り込みが主な目的だからという理由で封殺された。

 

「四音お姉さまと喧嘩ですか」

「まぁね。あいつ、ファンは道具だなんだって言っておきながらどこかアイドルに憧れが残っているからいつかこうなると思ってた」

「……これからの運営に問題があるのでは?」

「白草には二の舞になってほしくない。だからある程度は俺に失望してもらわなくちゃ」

「……あなたにもファンみたいなのがいるんですね」

「大丈夫、どうせ来年のWINGまでだ」

 

 こいつは会話をする気がない。いつものことである。

 だからこれからの話に切り替えることにした。

 

「これからは……ワンダーグループのパーティですか。有栖川家が運営する財閥のパーティによく呼ばれましたね」

「芸能関係者……特に新人気鋭のやつを集める懇親会みたいなヤツって手紙にはあったでしょ」

「……どんなコネが?」

「そりゃ俺だって961と契約してるし、極月の人間だし、シングルローズプロジェクトは藍井のご令嬢と白草月花の妹がいるグループだ。……ま、たぶんあいつはパーティ嫌いだから参加させなかったけど」

 

 話をすり替えた。いつものことである。気遣いがベースで言っているのだからなおのことタチが悪い。

 白草四音は自分が「白草月花の妹」と見られることをひどく嫌う。格式の高い場で癇癪を起されたらたまったものじゃないし、絶対こんなパーティでは家族について言及されるからという理由で四音の参加が見送りになった。

 

「それと……あぁ、ちょっと質問なんだが。これはアイドル嫌いの俺としてではなく、単純に1人の業界人として」

「……? 何でしょう」

 

 変に念押しする焦の様子に疑問を持ちながら質問を聞く。

 

「その、企業の令嬢がアイドルになるケースって珍しくないのか? 企業……というよりもご両親は将来的に何を考えてアイドルなんかやらせるのかな? ……将来的に広告塔に据えられるとか考えてんのかな?」

「はい?」

「俺の知り合いにもかなり有名どころの娘がいたり、それにお前もいるから、さ。少し気になって。下手に注目されるのって危なくないのかなぁって」

「有名どころ…………」

 

 運転席に座るコイツが元283プロの面々と繋がりがあるっていうことはわかっている。そしてこのパーティの主催から考えて……。

 

(……だとしても、理解できない。なんでこんなまどろっこしい表現で言ったのでしょう?)

 

「単純に親心ですよ。野球と一緒です」

「親、かぁ………」

 

 その一言を漏らすと焦は続ける。

 

「そういえば……藍井は実家との関係は大丈夫? 俺はお前に対しては過激なプロモーションをしていないけど」

「そこら辺は大丈夫ですわ。ウチはBtoBのインフラ系の企業ですの。大きい広告を叩いてないから、世間にバッシングとかは受けませんわ」

「良かった。白草家のようにはなってない?」

「………やはり知ってましたのね」

 

 まぁね、と焦は答えた。

 

「最悪の時は藍井さんに押し付ける。白草月花がどのような行動をするかは分からないけど、白草四音にとってあの家はいい場所じゃない。……いつか藍井さんの親に会わせて。最悪の想定ぐらいさせてほしい」

「……分かりました。こんな場所では聞きたくなかったんですけど…………」

 

 窓の外には目的地の高級ホテルが見えてきた。夕日が眩しかったのかオーバーグラスをかける運転席の彼を撫子は痛々しいものだと感じた。

 

 

 パーティ会場は立食形式だった。未成年や芸能人が多いという性質からから大量のベジタリアン料理が並べられ、焦は不満そうだった。

 

「肉……魚………」

「あのですね!」

「そういや新卒の時の歓迎会の時は高級風ばっかで一番うまいのがジュースだったなぁ……」

 

 ほうれん草のキッシュを食べながら彼は壁際の席に座っている。……いや、この場所は親交を深めるものであって誰にも話しかけないのは最悪である。

 役に立たない、と判断して勝手に離れようとした撫子を彼が止めた。

 

「あぁ、待って待って」

「何ですか! ゲストがハナっから座って休むなんて――」

「下手に動くな。ほら、あそこ。花海姉妹の両親だ」

「え、あっ………」

 

 視線を見渡すと向こうのテーブルに明るい髪色の夫婦がいる。その向かい側にいるのは初星の学園長だ。

 

「見覚えのある人間はどれぐらいいる? その中に十王や倉本傘下の人間は?」

「………3、4割?」

「有栖川に黒埼、あぁ美城もいる。困ったねぇ、だまされた」

 

 おそらく焦はこの場が懇親会に名を借りた自分たちを問い詰める会だと考えているのだろう。ありえない話ではない。彼はアイドル業界の敵なのだ。

 

(え、なんなんですかこれ!? なんでこんなアイドルのフィクサーみたいな存在に囲まれてるんです!? というかこんな状況が起こり得るんですか?!)

 

 内心焦る撫子を尻目に、すごく嫌そうにキッシュを食べきると焦は立ち上がった。

 

「じゃ、喧嘩売りに行くか」

「え、正気ですの……!?」

「十王邦夫に話しかけられるよりかはマシな選択肢を取りたい」

 

 冷たく息を吐いた焦は視線を這わせながらパーティ会場を巡っていく。何人かの人間が話しかけようとしたが後ろについてくる撫子から役職を察せられたのだろう、本当に話しかける人間はいなかった。

 

「藍井、この会場の中で一番若くて一番立場が高そうな人間って誰だと思う?」

「それは……私とか……。初星のアイドルがいれば、また……あっ」

「ん? ………へぇ」

 

 撫子の驚きで漏らした声に視線を向けてみると意外なゲストがいた。

 

 

 有栖川グループは高級路線の服飾・化粧などが主だってはいるが、それに伴って行った高所得者向けの不動産・観光・家具でも進出し社長令嬢の娘である夏葉がアイドルになったことに起因して演劇などにも積極的に関与している。

 とはいえ芸能界に進出したのは10年も経っていない。芸能のコネが乏しいのである。逆の立場である十王家にとっては願ったり叶ったりのパーティだった。

 あくまで現状アイドル業界の問題児に留まっている程度のシングルローズや暗雨焦のためだけに企画されたわけではない。

 

(とはいえ、ねぇ………)

 

 十王星南は暗雨焦に話しかけられることは想定していなかった。

 

「過大評価ですよ。私は十王家とは言え、祖父のほうがランクが高い」

「与しやすい相手を選んでるだけです。それに一応とはいえアイドルプロデュースに関わる身としては、経営者よりも一番星のほうが話したくなるのですよ」

「手厳しいことを」

 

 暗雨焦。Re;IRISのプロデューサーからの情報をまとめると「アイドルの破滅を標榜している活動家」という印象を持つ彼だが、猫背の彼に求心力というものは感じられない。

 だが目の前の男が実際に起こした事を考えると、冷静でいられなかった。

 

「暗雨焦さん……といえば宜しいでしょうか? それとも、本名のほうが?」

「……本名? どれだろう」

 

 ぴくり、と彼の瞼が動いたのは偶然だろうか。とぼけたような表情の彼に星南は少し留飲を下す。

 大丈夫、プロデューサーとしての交渉のやり方は教わった。だからこのまま――

 

「あなたが改名をしているのはこちらでも知っています。あなたの本名――いえ、最初の名前が『仮倉裕斗』であることも」

「ふーん……ずいぶんと調べたねぇ……」

 

 彼は動揺していないが後ろの藍井撫子が驚いた表情で焦の表情を見ているあたりきっと誰にも言ってなかったのだろう。

 

「ネーミングセンスが悪趣味ですね。生まれが広島なのに『黒い雨』と『焦げ』とは」

「………なるほど。うちの肉親と姉を人質に、ですか」

「世間話のつもりだったのですが」

 

 もっとも、十王邦夫がどのように考えているのかは分からない。だがあくまでアイドルとして――みんなに誇れる一番星として強引な手段を使いたくないのも事実。

 できれば交渉のみで終わらせたいのだが……。

 

「それで……要求は? 人権活動家の家族を人質に取ってまであなたは何をしたいので? ちゃんと言わないと――例えば、次の初星の対バン、負けてあげても良いですよ」

「……なるほど」

 

 これは酷い。

 彼の口の悪さ、出てくる主義のおぞましさ、悪意。聞いていた以上のものだった。

 だから彼の口をふさぐために十王星南は動かなければならなかった。

 

「十王家として、あなたに『お願い』します。アイドルが、アイドルとして真っ当な王道を作る手助けをお願いしたいのです」

「王道……? 詩的な表現は苦手なので、簡潔にお願いしても?」

「――白草四音のプロモーション、MC……簡単に言えば『アイドルのファンを否定し馬鹿にするようなもの』を封印して彼女をまっとうなアイドルとして開花させて欲しいのです」

「なるほど……わかりました」

「……え」

 

 彼がすんなり肯定の言葉を言ったことに星南は肩透かしを食らう。

 

「――やけに素直ですね」

「あれは一種の炎上商法です。あれだけでは大成しないし、厄介なファンを抱え込むリスクが付き纏います。実際にあの決闘のあとでフェミニスト系のネットユーザーのファンが増えてから『足きり』をする予定でしたので」

「ファンを切るだなんて……」

 

 絶句した。ファンを数字としてでしか見ていない。

 確かに厄介なファンによる弊害はいくつもの実例をもって聞くが……。

 

「厄介を放っておくわけにはいきません。見かけ上のファンは増えて、アイドルランクの回復に貢献してくれたのは認めますが……性欲に依らず男に媚びないアイドルが大成しないのは明白でしょう?」

「………聞き捨てならないわね。あなたはそれをどうにかしたくてアイドル潰しに罹ったと聞いたのだけど」

「理想と現実は違います。誰しもあなたのように輝けない」

 

 彼の視線がスライドする。本心を言っていない……違う、これは話題のすり替えだ。

 ひどく面倒だと星南は思ったが1つため息をして強引に話を戻す。

 

「それで……どうか白草四音のプロデュースを真っ当なものに――いえ、誰かの怒りを買うようなアイドルにはしないで欲しいのです。……協力していただけないでしょうか」

「………まぁ、十王星南さんの意見は理解しました。でも白草四音はNIAで彼女が引き起こした騒動で『まっとうなアイドル』にはかけ離れている。活かすにせよ、矯正するにせよ……すぐには無理です。基からどうにかしなければ」

「まぁ……白草家の行動には十王家もすこし困ってるわ」

 

 彼の目が星南の顔を見つめる。地方の些末事と捉えていると思っていたのだろうか。

 現在の白草四音が悪目立ちしているのもあるが、白草月花の関係者を下に見れるほど十王も倉本も余裕があるわけじゃない。

 

「私たちに出来ることはあるかしら?」

「……今は止めてください。十王家が表立って広島の庶民を潰すなんて暴挙は目立ちすぎます。私が先に動きますので、成功失敗問わずアフターケアを藍井家とやっていただければ」

「そう……ね。わかりました」

 

 そう言った星南はふと目の前の男と意味の通った会話が出来たことに気づいて少し笑った。

 

「――ふふっ」

「……なにか?」

「暗雨焦がいきなり声をかけてきたときには少しビックリしたのだけど……あなた、四音のことが好きなのね」

「……………仕事なので」

 

 苦虫を思いっきりかみ砕いたような嫌な顔をした彼が印象的だった。

 

 

 やりかえされた、との焦の発言に撫子はしばし焦る。

 

「失敗でしたか……!?」

「内容は大満足。四音の問題を共通認識できていることも、十王と倉本も協力出来るということも。……まぁクリスマスライブでおじゃんになる可能性が大きいけど」

「問題は……ヘイトじみたMCが出来なくなることでしょうか……?」

「それはいい。……というか、クリスマスの作戦は共有しただろ。問題は……十王が俺の改名する前の本名を知ってやがった」

「改名していたのも、本名を知ったのもこれが初めてですが……もしかして」

「べつにそこら辺の一般庶民だよ。でも……そこから親戚とか本家とか明かされると……面倒なことになる」

 

 本家と言ってる時点でかなりではとよぎったが、でも庶民に落ちた親戚も何人か知ってるので意外と珍しくないのではと貴族令嬢の撫子は思った。大方、本家の分家のいとこのいとこ――みたいにほぼ他人みたいな人間なのだろう。

 

「その、本家は……結構なところで?」

「さぁ……十年近く前に飛行機事故で死んだらしいし。資産関係もどうなったか俺は知らんよ。親戚たちが今どういうこと言い合ってんのかは――ん?」

 

 ドリンクサーバーのすぐそばで愚痴っている彼が言葉を止める。何だろうと撫子が視線の先を辿るとこちらにやって来る女性が1人。

 

「え、どなたでしょう……」

「藍井が不勉強でよかった」

 

 つぶやいた言葉に安堵したように彼は言った。その言葉だけで目の前の女性がかなりのVIPであることが察せられる。

 しかし元アイドル関係にしても、富豪層の関係者であっても撫子の記憶には……

 

「初めまして、今回はこのような場に参加していただきありがとうございます。シングルローズの藍井撫子さんと……暗雨さん、で?」

「あなたは……えっと……」

「緑川聖奈、とお呼びください」

 

 ぷ、と彼が破顔して噴き出した。……そんなに面白い名前だったか?

 

「えーっと……で、何の御用で?」

「シングルローズにすこしお仕事の話をしたいのですが……よろしいでしょうか?」

「パーティの途中で………ですか。良いですよ、私たちも居心地が悪くて逃げ出したかったので」

 

 少しの呆れを言葉に滲ませながらも焦は女性の提案に肯定した。

 誰だろう。撫子は緑川と名乗る人間の顔を伺う。上流階級としてもアイドルとしても見覚えはない。283プロ関係者かもしれないが、顔は疲労を隠せておらず髪色は一般的な色だ。

 

「ではこちらに」

 

 パーティ会場を抜けて同じ階の別室に通された。応接室は豪華というよりも簡素で必要最低限の調度品しかそろえていないという様相だ。

 

「すみません、ボディチェックをしても?」

「え、えぇ。よろしいですのけれど……」

 

 女性警備員、という出で立ちの女性に困惑しながらも撫子は頷く。ここまでセキュリティをガチガチにするなんて聞いたことがない。

 隣を見ると焦も警備員らしき人物に話しかけられ、スーツの内ポケットに入っていた折り畳みステッキを預けていた。

 ボディチェックの受け方なんて撫子は分からない。それが必要な状況になることなんてある程度有名とはいえ十五歳の少女が知っている訳がない。なのでどっかの映画みたいに3Dモデルの標準ポーズをして受けた。間違っていなかったのか女性警備員が極月の制服の袖を絞るように確認し始める。

 

「問題ありません」

「ありがとうございます」

 

 果たしてボディチェックにありがとうは必要なのかとすこしよぎったが黙って椅子に座った。チェックを受けた焦が座ったのを確認して警備員が部屋を出る。

 

「ジュースでよろしいでしょうか?」

「かまいません。撫子も、良いですか?」

「あ、はい」

 

 敬語で繕い始めた焦の様子を気にも留めずに撫子は頷く。緑川と名乗った女性が壁際の冷蔵庫から瓶とグラスを取り出した。

 

「敬語、続けるんですか?」

 

 焦が聞くと緑川は「えぇ」と頷いた。

 

「暗雨さんはともかく、私はビジネスネームであること自体を隠さなければならないので」

「偽名だってバレバレですよ」

「えっ」

「ツバメさんによくよくお伝えください。ひどいエルサゲートでセンスも最悪だと」

「……すごいことを」

「こちらも盗聴の悪用の可能性を潰したいので」

 

 そのやり取りのうちに緑川はジュースを注いだコップを1回転させた。中身が縁にかかって、しかし零れない程度の勢いだった。

 

「どうぞ」

「どうも」

 

 そういうと焦はポケットからメモ帳みたいなものから紙を一枚引きちぎる。知っている。あれは簡易型の毒の検査キットだ。

 

「そこまで疑いますか?」

「当たり前でしょう。お互い、七年前のようにはいかないんですから」

 

 焦と撫子の前に置かれたコップの縁に紙を置いて変色しないことを確認すると彼は1口飲んだ。

 

「あの、大丈夫ですの……?」

「大丈夫、やっすいオレンジジュースだ」

 

 実際に飲んでみると確かに濃縮還元と加糖の味がする。

 

「それで……なんでしょう? こんなところに呼び出すということは、公式にならない案件だと思いますが……?」

「まぁ――でも、まずは普通の案件からよろしいでしょうか?」

 

 そういうと緑川は2つの紙束を渡してきた。

 表題は――卒業式用の振袖のモデル?

 

「シングルローズの2人――白草四音さんと藍井撫子さんに振袖のモデルをしていただきたく」

「へぇ――!」

 

 内容を見ると地方の振袖職人のオーダーメイドを作っていくつものアイドルユニットに着せてSNS用の宣材にするという企画らしい。さすがに他のアイドルユニットの名前は記されていないが内容に問題はないように感じられる。

 

「参加表明期限は?」

「1週間以内には」

「宣材を出すのは誰に向けて?」

「あなた好みの『男に媚びない強い女』が好きな人たち」

「ほかのアイドルユニットにシングルローズのことは?」

「……言ってないですね」

「止めた方がいいんじゃないんですか? ウチにNGはいないけど、あっちにはいるでしょ」

「最後はこちらで共演のNG含めたオーディションをするつもりです。……無論、白草四音さんと藍井撫子さんなら通りますよ」

「まぁ……楽観的で。――WNG候補者決定の………2週間前には広告を出してくれませんか?」

「いえ、こちらは単純な衣装モデルの依頼ではないので。……卒業シーズンや入学シーズンを見越して1月には出したいです」

「ちょっと早い気がしますが……まぁ良いでしょう」

「メアドは?」

「極月とウチの公式アドレス2つが良いですね。ただ日時は――そうだな、明後日ぐらいのほうが良いでしょう。代理店経由は?」

「大丈夫です。では、その通りに」

 

 そう言うと焦は撫子が必死に読んでいた資料を奪い取って緑川に渡した。

 

「えっ、資料は……」

「内容聞いてなかったのか?」

「聞いてましたが………まさか」

 

 あ、これ談合というやつか! とようやく合点がいった撫子の言葉を焦は強く指先で机をたたくことで塞いだ。

 緑川と呼ばれる女性はそんな撫子の表情を慈しむように見ると、彼女の前にあったグラスを一口。そして大層いやそうに顔を歪ませる。その様子に焦も偽装を剥がすように背もたれにぐったりともたれかかる。

 

「……で、なのだけれど」

「何が交換? はっきり言って放クラメンバーやOBの事情は有栖川家のおかげでそこまで詳しくないですけど」

「……小宮果穂の開放」

 

 このやり取りに撫子がびくりと動いて「えっ、あ――すいません……」と漏らした。

 放クラ――放課後クライマックスガールズは283プロの黎明期から10年経った現在でも存在するアイドルユニットだ。といってもメンバーは殆ど入れ替わってはいるが、センターは今でも変わっていない。

 

(小宮果穂って放クラのセンターで、今は大学――4年生だっけ? 確か不動のセンター……って言うことは、この男が関わっててもおかしくはない……)

 

 撫子は思考にふけっていると大人たちのやり取りが続行される。

 

「そういえば、あの子は大学卒業したらどうなるんです?」

「ユニット卒業はしばらく、だけど女優目指してるわ」

「女優ねぇ……。芸能自体、高校の時の一件で懲りたと思ってたんですけど……。要求というのは、俺の火遊びに小宮が付き合ってるのを取り止めてほしいってこと?」

「火遊び!?」

 

 火遊び、という言葉に撫子が顔を真っ赤にして大きく反応した。

 

「………エロガキ」

「少し純粋すぎないかしら?」

 

 生暖かい視線を受けた撫子がひどく赤面する。

 その様子に焦がわざとらしい溜息をして話を元に戻した。

 

「火遊び――もとい、非合法な行動を止めて欲しいってこと? 具体的に言えば、こちらの腹を探ったり無関係な一般人の家を探ろうとする闇バイトの皆様のお出迎えとか」

「それよ」

 

 焦のその言葉に撫子が胸を撫でおろし――いや、なんで現役の有名アイドルがこの男の非合法に関与してるんだ――と思って、さらに混乱をしてしまう。

 

(非合法――? いや、彼がまっとうな道を歩いていたとは思ってはいませんが。……それでも、どうしてアイドルの小宮さんが? 彼との関係は一体?)

 

「……ただねぇ。俺も助かってはいるんだけど、何というか、教育しすぎた。縁を切ろうと何度かブロックしても、メアド捨てても切れない。……そっちでどうにかして欲しいですけど」

「……どこから情報を得てるのかしら」

「えっと――……女王サマあたりか、それとも俺のアカウントが抜かれてるか………前者ならいいなぁ」

「女王様………?」

 

 女王様、と聞きなれない単語に撫子が困惑する。

 いや意味は知っているのだ。ただ……それに該当するような人物を撫子は知らない。

 その単語に緑川も少し困惑したようだが、すぐに合点がいったのか苦笑いをしながら「センス、ないのね」と先ほどの意趣返し。焦は意にも介さずに話を続ける。

 

「それで、どうにかして小宮をこっちから正道に戻したい。アイツが女王を慕っているのは事実だけど、下手すれば小宮がパパラッチを誘引してしまう可能性もあるから」

「……それに果穂はアナタに恩もある。アナタの言いなり……にはなってないけど、忠実な人間になるのは仕方がないんじゃない?」

「恩、ねぇ……。信じてないし、恩も何も炎上を1回沈めただけなのに。あの一度で自分の社会的地位を捨てるほどにはならない。それに最大の功労者は女王サマだし」

「…………本気で言ってる?」

「まさか。自分に無茶苦茶言い聞かせてます。こっちは中年弱者男性、あっちは今を時めく女子大生アイドル。大学時代に馬鹿にしていたクソみてぇなネット小説みたいだって何度考えたことか。出来の悪いオリ主二次創作を見ている気分で、気分が悪い」

「私としては、ハッピーエンドが好きなのだけど」

「ハッピーエンドが良いでしょう? だから俺のような劣等遺伝子は誰かに押し付けてはいけないし、声優オタクの妄想みたく完全肯定イエスの――トロフィーを飾る気はありません」

「さすがに知り合いを罵れない?」

「黙れよ」

 

 はて、2人は何を言っているのだろうか。

 撫子はそう思いながらグラスのジュースを飲む。

 

(えっと、小宮さんは暗雨焦に恩があって……それで彼の活動を応援している? そして暗雨焦は……非合法なことを犯してでも守りたい何かがある……!?)

 

 情報を並べてようやくこの話の内容が問題に塗れていることに気づいた。そしてその情報を撫子の目の前で開示した、ということは……どう考えればいい?

 

「それで……どうにかしてくれません?」

「うーん、それは難しいかしら」

「だからこれを」

 

 そう言うと彼は緑川に1つの封筒を差し出した。

 

「これは――え、これは!?」

 

 撫子からは緑川が一体何を見ているのかは分からない。写真とプリント紙があるのは見えるが……。

 

「小宮果穂のゴシップ――それも大学のおなじサークルでの同級生。困りますよね? デマを流すのは私としても本意ではありませんが、人権活動家とのコネが判明するよりかはマシでしょう?」

 

 だからその一言が撫子と緑川を絶句させた。

 

「あなた……! 自分が何を言ってるのかわかってるの!?」

「足りないならばこちらとしては有栖川家と仲が良いフェミニスト活動家のリストもあります。あとは政略結婚を嫌うご令嬢の飼い鳥。……まぁ、当然ですよね? 勿論さきほどの企画の振袖を卸している地方の豪族の――いや、これは今渡すべきかもしれませんね」

「……何が言いたいの」

「緑川さんと同じですよ」

 

 緑川は焦をひどく睨んでいたが、明らかに分が悪いのは自覚しているのであろう。

 長時間のにらみ合いの末に緑川はつぶやいた。

 

「……それらの情報の秘匿とフェミ団体の殲滅。これでどうかしら?」

「殲滅ねぇ…………。ま、最終的に潰すから構いはしないんですけど、ある程度の支援をしてくれないと」

「構わないわ。有栖川以下、ワンダーグループにとって彼女たちは良いお客さんだけど良い友達にはなれそうにないもの」

「それじゃあその写真はよくよく小宮に渡しておいてください。私の名前もきちんと伝えてください。彼女が私を幻滅してくれないと。……あなたが小宮さんを唆した事実もないですし」

「まだ疑っていたの? まぁ……分かったわ。あの子の青春を終わらせたくはないのだけど……」

「あとこれはおまけです。杜野さんにはくれぐれもお伝えください」

 

 彼は封筒を緑川に渡す。ざっと流し見した後に彼女は慄いたように彼を見た。

 

「………提供を感謝するわ。あなたの――本当のお父様にも感謝を伝えておいて頂戴」

「いや私と彼は本来接触が認められない。あなた方からおねがいします」

 

 しばし沈黙。話が切れ目に入ったと判断した緑川は1つの封筒を取り出した。

 

「それと……あなたたちに仕事の依頼よ」

「どこから?」

「283プロからシングルローズに。早急に返答を求める――らしいわ」

「中身は?」

「中身を見ていないけど、正月の特番の生放送のオファーと言ってたわ」

 

 随分と急場しのぎだ、と彼は言いながら封筒を開ける。

 

「これは……あのプロデューサーが企画したものですか?」

「私は知らないのだけど……。そんなに?」

「ちょっと面倒な案件ですね。明日白草とも集まって回答を出しましょう。……まぁ俺たちはかなり切羽詰まっているから受けるしかないけど」

 

 書類の中身が気になった撫子だが彼がさっさと収めてしまったので聞かなかった。

 

「まぁこれで終わりかしらね。果穂の件、早急に進めておくわね」

「よろしく頼みます。……小宮にはくれぐれもよろしく――伝える必要はないけど復縁できないように、もう二度と会わなくてもよくなるように徹底的に心を折って」

 

 彼はグラスの中身をすべて飲み干すと席から立ち上がった。あわてて撫子も立ち上がる。

 

「あ――待って」

 

 緑川が引き留める。

 

「何かな?」

「あなたは本気で……アイドルも声優も――それどころか俳優歌手漫画家政治家に至るまでの全ての仕事で人気商売を捨てることができると本気で信じているの……?」

「信じていない」

 

 その言葉は撫子も聞いたことがあった。到底叶うことがないことを頑張っているという自覚はあるとあの車の中で聞いた。

 

「べつにアイツの引退が原因じゃない。でも俺が女性声優嫌いなのは小学生からだし、運営の当て馬ATMが社会のウジなのは事実だし、人気商売で多くの『カミサマ』が死んだのは事実だ。有栖川……の一族としてはどういうカバーストーリーが良いのか分からんですけど」

「…………今の話、果穂によく伝えとくわ」

「頼みましたよ」

 

 その言葉に彼は特段の感情も入れずに言った。

 

 

 応接室を抜けて会場に戻る途中に撫子はずっと頭の中に残っていた疑問を言った。

 

「あの人って……誰です?」

「どっち? 緑川とかいうふざけた名前の人? それとも……」

「両方ですよ。女王様も、あの人も」

「………どこまで気づいてる?」

「連想ゲームで行けますか?」

「じゃあ何も考えるな」

 

 雑なごまかしは現状を表していた。

 今日得た情報は全部ロクでもなく、しかし全部危険な情報だった。なのにどうして彼は自分にこんな情報を教えるような真似をしたのかひどく気になったが面倒ごとばかり押し付けられる自分の立場に撫子は嫌気を感じていた。

 

 

 




伏線回です。つまんないですね。


有村麻央ですが、本シリーズには出ません。出てもそこまで重要じゃないキャラになると思います。
下手に出してしまうと、これまでに張った伏線や想定した問題が解決せずに白草四音が光堕ちしてしまう可能性があるからです。
嫌な言葉になりますが「努力すれば何とかなる」で解決できるような話にする気はないです。
少なくとも「女王」関連ではあのプロデューサーも暗雨焦も、学マスPのような機械仕掛けの神にするつもりはありません。

……ちなみに女王という隠語にした意味はありません。たぶんね
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