蛇足   作:勉強サボ浪

13 / 16
ようこそ、我が胎内へ 愛とエゴの終着点
君もすぐに 生まれ変われる
怪物みたいで 素敵なことでしょう?



アウターサイエンス

 紫雲清夏の謝罪は本人がそこまで気にしていないこともあって問題なく進む――はずだった。

 

「ところで」

 

 清夏のプロデューサーが言葉を焦を見て尋ねた。

 

「あなたが……アイドル嵐の時代を引き起こした人間ですか」

「え、あー……まぁ」

 

 剣呑な雰囲気を隠さないプロデューサーの様子に焦も少し妙な気分になる。ケンカ腰ぐらいは慣れているが、報告の通り片手でスマホを割るような学生なんて30代の男でもかなり恐ろしい。

 ただすぐに表情とキャラを取り繕って言葉を連ねる。

 

「どうしましたか?」

「どうしてあのようなことを?」

「どうして………ですか」

 

さて理由をどのようにはぐらかすか……いや、言ってしまうか。

 しばらく悩んだ末に焦は口を開く。

 

「紫雲さんのNIAの一件……先ほどは謝罪しましたが、正直初星の治安が心配になりました」

「………はい?」

 

 いきなり何の話をするのだ、と言わんばかりの彼の視線に焦は答える。

 

「確かに白草は悪評を流しました。紫雲さんを孤立させるために、コネを持っているとか裏で営業してるとかなんとか……。ですがそれを馬鹿正直に信じて、陰口をたたく人間がいるんですね。自分たちは才能も努力もないし、結果出せてないアイドルもどきが」

「…………」

「もちろん、極月にもそういう自分を棚に上げる人間はたくさんいます。決闘で惨めに吠えていた悲しい人間のことです」

「……何が言いたい?」

「そういう奴らがのさばって、才能や価値のある人間が潰される状況が嫌なんです」

 

 回答としてはそれで構いませんか? と焦が問うとプロデューサーが大きく息を吐いて「………納得しました」と言った。

 

「お2人、よくお似合いですね」

「……どうも。自分でもよく似てると勘違いしてますよ」

 

 

「って、さー。Pっちかなりブチ切れてたんですよねー」

「あの人、そんなに怒ってたんだ……。っていうか、怒るんだ……」

 

 通しリハーサルというのは中々に退屈である。パフォーマンスは短縮されるとはいえライトやステージの段取り確認・変更が主な理由のため裏方はともかくアイドルたちは暇になる。

 先ほど四音の謝罪を受け入れていた莉波と清夏の2人は3回の観客席で自然と集まって駄弁っていた。

 リハ中とはいえ、防音が張り巡らされた客席でトランシーバーでステージと裏方でやり取りをするのだから誰も指摘しない。せいぜい音の通りを確認される程度で、本来ならばアイドルたちは休憩時間なのである。

 

「まーでも、あの人……四音ちゃんのプロデューサー? も、かなりの問題を起こしたって聞いたから、意外とまじめで弱々しそうな人だなぁって。なんというか……ヤクザみたいな人だと思ってました! ……アタシに折り畳みの杖くれたり北海道のお菓子くれたり、良い人だったんですけどね」

「……杖?」

「え、あー……。私の足が細すぎるのにダンスが強すぎるから、謝罪ついでにスポンサーの新製品を贈ってくれたんです。えっと……これこれ」

 

 清夏がウエストポーチから3つに折れた棒を取り出す。持ち手のスイッチを押すと重力に従って棒が垂れ下がった。

 

「スイッチ入れたら関節部が柔らかくなる仕組みらしくって、普通の杖と同じぐらい丈夫なんですって!」

「……どうすごいのかな、それ」

 

 いや莉波は成績優秀なのだ。……だからって企業の最新製品なんて知る由もないのだが。

 

「いや、アイドル的にも結構すごい技術なのよ?」

 

 だから後ろからの声に2人はかなり驚いた。

 

「会長!?」

「あなたたち、あんまりうるさくしないのよ」

 

 たしなめる言葉に莉波たちはすみません、と小さく謝罪をしたが彼女は気にせずに2人の隣に座った。

 

「通電時だけ素材が固くなるってことは、イラストじゃないと使えないような……布だと垂れ下がるし、けれどもプラだとアクションできないみたいな状況にはよくあるじゃない」

「……どっちかというとジャスティスファイブとか特撮ヒーローの技術じゃないです?」

「あら、アイドルもヒーローショーみたいなことをしてるわ。魔法少女ショーをしたくならないかしら?」

「そういうのリーリヤに言ってくださーい」

 

 その言葉に、というか話題が続かなくて一同が少し黙る。ややあって莉波が雑談を仕掛けた。

 

「いま、ステージは……あー……」

 

 浅慮だった。ステージには遠目だが四音が立っているのが見えた。また話が彼女周辺の話になる。

 

「白草四音ね。……正直、指導者が付くだけであんなに影響されるとは思ってなかったわ。彼女自身はほとんど変わっていないけど、確実にアイドル業界に毒を与え続けている」

「毒……ですか。会長がそこまで仰るなんて……」

「言いたくなるわよ、莉波。あの決闘のおかげで月村手毬の初のソロ曲は実質使用不可、炎上商法まがいのことをして注目したのは良いけれど後処理をしなかったせいで未だに学生アイドルが悪い目で見られてる。……正直NIAの結果への不満が目立つようになったのは事実よ」

「不満? 四音ちゃんは負けたのに、です?」

「良くも悪くも彼女の言葉は……『極月にいるアイドルの中で彼女にかなうアイドルはいない』は正しいわ。……賀陽さんは除くとしても、ね。だから『もっといい順位でも正しい』っていう人もいるんだけど……それ以上に『命を懸けてアイドルをやっていない、おふざけ感覚のヤツなんて予選で落とせ』とも言われているわ」

「……評価が分かれている、ですか」

 

 そんなやり取りをしているうちにステージから音が鳴り始める。四音の新しい曲だろうか、と一同が耳を傾けたがすぐに頭を傾げた。

 

「変じゃないです? なんというか……うーん……なんだろう?」

 

 何とも言えない感覚を強引に言うなら、喉ごしとも言うだろうか。

 いいフレーズだ。アイドルらしい顧客を満足させる耳障りのいいリズムだが……なんとも耳に滑る。まったく記憶に残らない。

 アイドルというのは別に曲に詳しくなる必要はない。しかしきちんと専門的な音楽知識を得ていた星南が納得したように嘆息した。

 

「……これ、AIで作曲された曲だわ」

「AI!? それって……」

「いや……さすがに彼女も彼女の指導者も、極月もこの曲を認めないと思うわ。あまりに稚拙すぎる。……多分だけれども、曲の流出を防ぐためよ」

「徹底的……! まぁ四音ちゃん的には明日のにぶつけたいからっていうのも分かるけどさぁ……!」

 

 通しリハさえも拒否するなんて、ありえないのだ。舞台演出さえも無視するのであれば、四音たちがファンではなく初星を潰すためだけに来てるのは明白である。

 ふと星南の片手にあったトランシーバーが鳴った。

 

《会長、聞こえますか?》

「えぇ。聞こえるわ。ステージの音源はばっちりよ」

 

 あ、会長はスピーカーチェックのためにここに来てたんだ……。そう思うと何だか駄弁っていただけの2人はなんだかいたたまれない。

 

「あの、会長なにかやることは?」

「え? 莉波も紫雲さんもわざわざ手伝う必要はないわよ? 私が手伝っているのはプロデューサー見習いの後学のためだから。しいて言うなら……早くホテルに戻って寝てほしいかしら」

「え、あー……じゃあアタシ帰ろっかなー……。莉波先輩も一緒に帰りません?」

「あ、うん……! じゃあ会長、これで……」

 

 その言葉に何の打算もないのだろう。そう思っていたたまれなくなった2人はそそくさと逃げ始めた。

 

 

 無論、十王星南が手伝っていたのは奉仕精神も勤勉なのもあるが主な理由ではない。

 明日のステージ、彼女はほとんど出ない。来年3月の卒業ライブ(アイドルの、ではなく高校生のという意味で。アイドルの卒業はまだ決まっていない)に注力するためというのもあるが、一番星だらけの演目じゃ初星のライブではないからというのが理由である。

 だから体力的にもまだ余裕はある。ある程度の労働を経た後に四音たちシングルローズプロジェクトの面々と会議室で話し合うぐらいには。

 会議室にはBegraziaの面々とシングルローズプロジェクトの3人がそろっていた。生徒会ではないのは十王星南としても純粋無垢なアイドル候補生が無暗に潰されたくなかったためである。さすがに1人で話し合いたくはなかった。

 

「むむ~!」

 

 だけどその選択は間違っていたかもしれない。

 可愛らしく威嚇の唸りをあげる佑芽に暗雨焦もかなり困惑しているようだ。

 

「あ、えー……何か?」

「お姉ちゃん潰し、するんですよね!」

「ん? あー……花海咲季の妹さんか、君は……」

「お姉ちゃんに勝つのはあたしです~~っ!」

 

 彼女が子供のように駄々をこね始めてしまったので焦は困ったように十王星南を見つめた。無論助け舟を出す意味もないので無視。彼は子供が苦手なようだ。

 そんな彼を見かねたのか、白草四音が口を開く。

 

「じゃあ今回の勝負、わたし負けてあげましょうか?」

「それはダメ~~~~!」

「うっさ」

 

 四音が思わず素の声でつぶやく。

 会議室だから一応の防音設備はあるのだが、廊下にも響いてるんじゃないかと星南は少し考えてしまう。

 

「あたしが! 最初に! お姉ちゃんに勝つんです~~~~!!!! でも正々堂々と戦わずに、相手に負けてもらうお姉ちゃんなんて、お姉ちゃんじゃないもん!!!!!」

「そうですか。……じゃあ、あなたのお姉さまが這いつくばるのを黙ってみるしかありませんねぇ」

「ぬぅ~~~~!」

「……2人、そこまで」

 

 煽りあいが始まったからか焦が止める。俺が返しときゃ良かった、と彼がぼやきながら視線を秦谷美鈴に移す。

 

「……で、なにやら言いたいことがあるって十王生徒会長に聞いたんですが」

「そんな剣呑な……。私はただ暗雨さんに感謝を伝えたいだけですよ?」

「………感謝?」

「りんちゃんを……賀陽燐羽を救ってくれてありがとうございました」

 

 その言葉に焦は眉を顰め、不快な表情をした。

 

「救う……ねぇ。ま、確かに開示請求とか民事やら刑事やらをやってくれる弁護士を紹介したし、ろくでなしのドルオタたちの怪文書を集めたり……。彼女の名誉回復のために行動はしました――が、私としても勝手に刑事裁判に持ち込みましたから」

「……それは伺いました。が……なぜそんなことを?」

「学生アイドルトップユニットの元リーダーがサマール……私の軍門に下らないのですから。彼女がアンティーカみたくアイドル被害の客寄せパンダにならないなら――彼女の手の届かない場所で煙を出すまでです」

「……りんちゃんを、アイドル業界つぶしの材料の1つにするつもりですか」

「はい。――ですので、感謝される云われはありません」

 

 その言葉で話を終えたと言わんばかりに焦は十王星南に視線を向けた。

 彼の様子は面倒な話を切り上げる、と言うよりかは見たくないものから目を背けるといった様子で星南はその態度にすこし悩む。

 

「それで……生徒会長。話とは何です?」

「…………あなたの素性、割れたわ」

 

 だからといって、この話をやめるわけにはいかなかった。

 十王星南は机に置いたファイルを机上に滑らすようにして彼に渡した。中身を改める焦の表情は変わらないが無意識の内にか眉の上がピクリと動いたのを確認して、星南が話始める。

 

「アイドル嵐の時代――いえ、その後に起きた『346アイドル大量結婚報告事件』。……あの事件前後であなたが346プロに出入りしていることも、あなたの本名『白崎裕斗』も。……あなたの本家とその友人が、あの事件を隠れ蓑にアイドルを引退したことも」

 

 その言葉にアイドルたちが彼へ向けられる視線の意味が変わったことを星南は認識していた。

 十王家の情報量、コネクション、それらすべて要素が彼の素性を割り出す。

 

「あなたがなぜアイドル嵐の時代を起こしたのかは知りませんが――あの事件で嵐の時代は終焉した。……どうしてあなたはこんなことを?」

「――ククっ」

 

 ――だから彼が嗤った意味が十王星南には理解できなかった。

 マスクをしている彼が、その上で口を押えて嗤っている。喉を鳴らして、まるで笑いたくもないのに強引に笑っているように、まるでタイヤのスキール音のように。

 

「な、なにを……?」

「ハぁ……。生徒会長さん、あなたは……間違っていませんよ。間違ってはいないんですけど……………。1つ、教えてあげますよ。人間って案外単純な構造で出来上がってるんですよ?」

「……何が、間違っているのかしら?」

「そうですね……。星南さんのさっきの言葉が間違っていませんし、私がこれからいうことも噓ではありません。ただ――なんというか、特撮ヒーローのカタログスペックを暗記してシナリオを全く見ずに議論するみたいで……。まぁ良いでしょう、私は聞かれたことだけ答えるだけです……くくッ」

 

 馬鹿にしている。十王星南を。

 

「……何が、間違っているのかしら? 腹が立つのだけれど」

 

 その言葉を捻りだすのに星南はかなり苦労した。

 十王星南にだってプライドもあるし、無礼に対して苛立ちもする。だから馬鹿にされたら腹が立つのだ。

 周囲のアイドルたちがおびえるのを感じる。あの四音でも驚きと狼狽の表情を隠せていない。

 平然と――いや、彼女の様子にへらへらとしているのは焦だけだ。

 

「そうですね……。間違ってはいません。内容は。ただ……そうだな、私が本家直下の家に奉公に出されたのは高校1年。そのあとすぐに本家と分家の跡継ぎでてんやわんやになって――そんな状態の中、どうして私が本家のためにアイドル嵐の時代を起こしたと?」

「……そうじゃないのかしら?」

「奉公先の白崎さんには感謝はしてますが……本家の意向と私の考えはまったく。そもそも本家はすでに瓦解してますし、後継ぎも遺産騒動で信用できませんし、ただの養子が本家に忠誠は誓いませんよ」

「………じゃあ」

「アイドル嵐の時代を346プロを通して終わらせたのは、下手に長引かせると中韓のアイドルたちが日本のアイドルと入れ替わると予想されたからです。日本アイドル業界の性的搾取を他国に輸出させるわけにはいかない」

「…………」

「見事に私の考えたカバーストーリーにハマってくれてありがとう、って感じですね」

 

 淡々と事実を並べていくと、どうして自分がこんなものに妄信していたのかが信じられなくなる。よくよく考えなくても、養子に出された人間が本家に何の愛着もないだろう。

 星南が頭を抱え「そっかぁ……」と唸る。これではまるで陰謀論にはまった情弱ではないか。

 そんな星南の様子に、漬ける隙を見つけたと言わんばかりに四音がせせら笑う。

 

「無様ですね、プリマステラ。傍から見ても信じられないおとぎ話をよくもまぁ……」

「うっ……」

 

 このまっすぐな悪口がシンプルに痛い。

 しかし暗雨焦は指先を机の上で叩いて四音を黙らせた。そして焦は星南に言う。

 

「……いや、多分だけど…………生徒会長さんは身内に騙されやすいだけでしょう」

「身内………?」

「あなたが3年前の346プロの動向を得ることなんて出来ないはず。それに……この問題に十王や倉本が動くとなると、これは家柄の問題になる。……そう判断されましたよね?」

「……そうね。父が美城を裏切り者と判断するとは思えないけど、情報の精査に手間取るはず…………」

「それで混乱を起こすのが私と、あなたにその情報を掴ませた誰かの企みでしょう。名字や家柄ばかりを気にするのであれば、その情報を渡した人間の名前から考えるべきでは?」

「……………まさか」

 

 十王星南はこの情報を渡した男の名前を思い出す。彼の苗字、過去、そして目の前の男の奉公先の場所――。

 すべてがつながった情報とその内容のために漏れてしまった言葉が、焦の安堵の声で後戻りできないことになる。

 

「なるほど。やはり彼は、そうなんですね」

「そ、れは……どうして、気づいて……」

「そりゃあ彼は私みたく偽名も改名もしてませんから。名前と年齢が分かれば、有名人ならばある程度の特定が可能です」

「……彼の情報は、ある程度は消したはずよ」

「私の活動の理由、気づいてますよね? まだすっとぼけます? それとも……私をバカにしてます?」

 

 彼の一言に星南が黙る。ほかのアイドルたちがどういうことだと視線を向けてくるが知ったことではない。

 アイドル嵐の時代。それの原因が分かってしまったこと。その理由に彼女は理解してしまった。共感してしまった。

 そして彼が白草四音を穏便な方法で辞めさせるために行動している理由が、分かってしまった。

 

「――あぁ。このことは倉本と十王の当主には言わないでくださいね? 家柄の問題にしたほうがずっとマシでしょう? 下手にあなた方のような高貴な人間が動くとこちらとしてもひどく面倒だ」

 

 絶句して二の句を継げなくなった星南に焦は言った。

 分かっている。この言葉の意味は正しい。下手に芸能関係の人間が首を突っ込んだらいけない話を彼はしている。

 

「さて、この事実を材料にしてうちの計画に参画しないのは勝手です。あなたがどれほどの権限を持っているのかは知りませんが、こちらとしてもあなた方の名前は重過ぎる」

「………あの計画は正しいわ。あなたの考えもね。でも……」

「判断は指定された日に。明日、初星を潰すのですから――十王のプライドを折られた状態で、参加する姿を楽しみにしています」

 

 その言葉に星南の苛立ちが復活してきたが、彼の挑発に乗ってはいけないと自覚しているしあのプロデューサーにも言い聞かされている。だから大きく息を吐くことでどうにか誤魔化した。

 焦は星南が煽りに靡かなかったことに不満そうな表情をしながら立ち上がる。

 

「さて。話は終わりました。賀陽さんにお願いした通り、月村さんとプロデューサーの控室を教えていただきたい」

「……彼のところには行かせないわ」

「約束を反故にするのもいいでしょう。ですが……月村さんへの謝罪も兼ねていますからね?」

「へぇ……謝罪、ですか」

 

 強引に話を終わらせ情報を聞き出そうとする焦を美鈴が止めた。

 彼女は怒っていた。星南と焦の会話の内容は主語も述語も省略し、当人同士の間でしかわからないことばかり。だが目の前の男がアイドルに悪意を持っていることだけは理解していた。

 

「まりちゃんには手を出してほしくありません」

「賀陽さんが月村さんを潰すらしいです。私は彼女に何もしませんよ」

「それを保証するものは?」

「彼女のプロデューサーはかなりの逸材です。下手に彼のトラウマを引き起こしてさらに有能になって欲しくない」

「……まりちゃんのプロデューサーの事をよく知っているようですね」

「………えぇ。ん――……まぁ、実際に話したのは決闘の時にLuna say maybeの許可を取りに行ったときが初めてでしたが」

「…………実際に?」

 

 まずいと思った。

 その情報は彼にとってかなりの隠匿事項ではなかったのか?

 いや――その情報を知ると、秦谷美鈴はどう思う? 賀陽燐羽と賀陽継を知っている美鈴がその情報を知ってしまったら何が起こる?

 そして、花海佑芽は?

 

「――3階の東フロア、E302号室よ」

 

 だからその会話を強引に終了させるために星南は手毬の控室の情報を教えた。

 

 

「なぜ、とめたのですか?」

 

 シングルローズの3人がいなくなった会議室で美鈴が冷たく星南に聞いた。剣呑な態度に佑芽がひどく慌てていた。

 

「……言いたくないわ」

「会長?」

「本当に、お願い。――下手にあなたたちを巻きこんでごめんなさい。生徒会のメンバーを揃えるのは難しかったけど、1人であの人と会話したくなかったから頼んだのだけれど……あの言葉の続きは、あなたにとって猛毒よ」

「猛毒?」

「――傲慢なあなたなら問題はなかったかもしれないけど……他者に共感しないのであればあの話は続けても良かったかもしれないけど」

「あのですね。私にも感情はあるのですよ?」

「……あなたは大丈夫かもしれないけど、佑芽には聞かせられないわ」

「えっ」

 

 急に名前を呼ばれた佑芽が驚いた声を上げた。

 

「彼は……暗雨焦は情報を出すことで、月村さんの――和泉プロデューサーの信用を落とすつもりだった。その情報であなたたちに疑心暗鬼を押し付けるつもりだった。下手すればアイドル引退も――」

「……星南先輩」

 

 焦燥しきった星南の様子はいろんな疑心に囲まれていた。早口で、相手の疑念に対する回答というよりかは自分に言い聞かせるようだった。

 見ていられなかった。だから佑芽は大きく胸を張る。

 

「わたし、そこまで弱くないですよ!」

「――そう」

 

 その言葉は彼女には全く届いていなかった。

 

「……そういうことでしたか」

 

 秦谷美鈴は思い出す。

 月村手毬のプロデューサー。類稀なるアイドル育成能力を持ち、担当アイドルの幾度の炎上を防いだ男。親友の想い人の身辺調査など、すでに済ませている。

 だから星南の疑念を理解しつつも、その内容に触れずに訊いた。

 

「彼は、暗雨焦とは何なんですか?」

「……あなたとは真逆の思想の人間よ」

「真逆?」

 

 逆ではなく、真逆。その表現に美鈴は訝しむ。

 回答はすぐに帰ってきた。

 

「あなたがアイドルを目指す理由が『全世界の人間が秦谷美鈴に依存させる』ためならば、暗雨焦がアイドル業界をつぶす理由は『神として扱われる人間が信者の期待を背負いこんで圧死しないようにするため』。……これは彼が嵐の時代で記した言葉。あなたみたいな人間を傲慢というなら、彼は独善者よ」

 

 

 月村手毬の控室で頭を下げる。しかし四音の思考は別のことを考えていた。

 

(彼の本家が一体何なのかは……まぁきっとどうでもいいのでしょう。あとで撫子に聞くとして……)

 

「顔を上げてください」

 

 その言葉に従うと手毬のプロデューサーが困ったように眉間にしわを寄せていた。

 

(このプロデューサーが暗雨焦の過去と何らかに密接に関わっているのは確実。暗雨焦が283関係者であることも……。じゃあこのプロデューサーは……いや、大学生になったばかりの男が?)

 

 四音は全く別なことを考えていたが周囲の話し声を聞き洩らさない程度には社交的であった。しばらく言い淀んだプロデューサーが尋ねる。

 

「………この謝罪は一体何の謝罪ですか? 謝罪はすでに私と暗雨さんで完結していますが」

「月村さんのソロ曲を奪ったことです。いくら担当プロデューサーが許可して大人たちの間では解決しているとはいえ、当人がいないのは問題でしょう」

「……そうですね」

 

 そのやりとりに手毬が強く睨みつけながら言う。

 

「あのね、私があなた達のような劣等生に曲を奪われたことなんて気にしていないから」

 

 ……なかなかに凄まじい言葉だ。さすが初星の炎上アイドル。これでまだ企業とかで問題視されず干されないのは流石と言えよう。

 

「気にしていない、ですか」

「私はプロデューサーに2曲目もらったから。あなたたちのようにカバーしか出せないど三流と違ってね」

 

 その言葉に焦が少し悩んだ後に四音のほうを向いて「……だってさ」とからかう様に言った。

 ……もしかしてこれは私が後始末しなければいけないのだろうか。そう思いながら四音は答える。

 

「……さすがNIA制覇、プリマステラ最有力候補のアイドル。もう2曲目とは……それにユニット曲も含めると持ち歌は数知れず……。初星の経営陣に認められているのでしょう。とても素晴らしい」

「え……うん、まぁ……当然でしょう? 私、アイドルのトップを目指すの。あなたみたいな羽虫に構っている暇はないの」

 

 NIAのときの尊大な発言とは打って変わっての四音の態度に手毬が口をまごつかせて、しかし調子に乗ってさらに強い言葉を吐く。その様子を大人たちは黙ってみていた。

 

「それで3曲目はいつリリースされるのですか? 2曲目が来たのであれば3曲目もすぐでしょう?」

「それはちょっと待てば来るよ。必ず、ね。明日のライブに――」

「月村さん」

 

 とんでもないことを口走り始めた手毬をプロデューサーが止める。その言葉に気分を害されたのか手毬が眉間にしわを寄せた。しかしプロデューサーの嫌な表情はそれの10倍は深い。

 

「……何?」

「まずは機密情報を外部に言ったこと」

「え……――あっ!」

「あと皮肉にも気づいていない。3曲目もすぐ、なんて『アイヴィも簡単に奪ってやる』と言っているものですよ」

 

 その指摘に手毬がゆっくりとこちらを見た。

 撫子は呆れ、四音は口の先を釣り上げて嘲笑し、焦は腹を抱えてわざとらしい演技で笑っていた。

 

「私を騙したの!?」

「いや流石に機密情報漏洩はあなたが悪いですよね……!」

 

 目を吊り上げながら叫んだ手毬だったが今回ばかりは撫子が正しい。

 その様子に四音が口を開き――かけたが、焦が手をかざして止めた。失言のレベルに関しては四音も同レベルなのだ。下手なことは言わせない、と言わんばかりの様子である。

 

「どうやら月村さんは予想よりもだいぶお喋りで自分に正直らしい」

「な、……。く、ぅ……」

 

 皮肉たっぷりの言葉に手毬が表情を歪ませた。しかし「そういえば、これお詫びの品です」と差し出された羊羹や麩菓子など京都の銘菓によって彼女は振り上げた拳を静かに降ろすことにした。

 

「……どうも」

「しかしアイドルが正直に自分の心を言えないというのは問題だとも思いませんか?」

「……はい? なんですかいきなり」

 

 中身を見て憮然な表情をしつつも目を輝かせていた手毬に焦はそんなことを言った。

 

「アイドルとはいえ1人の人間。しかも学生だというのにもかかわらず、外野は少しの綻びを見つけてしまえば直ぐに罵詈雑言をぶつける。そんな様子を見て寄って集ってみんな笑っている。……おかしいとは思いませんか?」

「……私にアイドル業界をつぶす手伝いをしろと言いたいのですか?」

 

 場の空気が一気に冷えた。

 いきなりの勧誘に手毬のプロデューサーも思わず一瞬絶句して反応に遅れる。その一瞬の隙に焦は「いえ、私はあなたを守りたいのですよ」と答える。

 

「月村さんへ向けられる悪感情はすべてを滅ぼさなければならない。価値ある人間を壇上から突き落とし、尊厳をりょう……いや、汚してダメにする無価値な人間は存在価値がない。そうは思いませんか?」

 

 荒々しい言葉――だが、さすがに初対面の人間とのやり取りで積極的に卑語を使うほど社会的立場を忘れてはいなかったようだ。

 しかしその言葉は――

 

(ここでそんな事をこんな事を言う……ということは本気で月村手毬を取り込もうと……!?)

 

 彼の願望はアイドルという存在の消滅。だから将来一番星になるであろう月村手毬をアイドルオタクを嫌うように仕向けるのは正しい。それに……彼女は初星において一番炎上を経験しているアイドルだ。

 月村手毬が暗雨焦の意思に共感するなら、一番正しいスカウトかもしれない。本気で四音は思った。

 しかしその前提が叶うことがないことも分かっていた。

 

「嫌だけど」

「……そうなんですか?」

「確かに私は言葉選びが苦手だから、解釈を間違えられて炎上したことはいくらでもあるよ。……でも私は私を燃やした顔も知らない誰かのために立ち止まるわけにはいかないの。美鈴と、燐羽と……咲季とことねとプロデューサーと……私のことを応援してくれるいろんな人たち。私のことを期待してくれるみんなのために、そして私自身のために歌ってるんだ」

 

 手毬はまっすぐな視線で焦を睨みつけながら言った。

 

「私から――アイドルから『期待すること』『期待されること』を奪わないで」

「なるほど……わかりました」

 

 彼女の言葉に焦は心底つまらなさそうに形式的な言葉を言った。

 実際つまらないのだろう。どんなにアーティストが美辞麗句を言ったところで事務所に届く誹謗中傷は消えない。まるで子供の理想論に付き合わされるような白けた表情で彼は相槌の言葉を言った。

 だから、次の言葉に対応できなかったのだろう。

 

「……あなたにどんな過去が、いやどんな人を推していたのか知らないけど――あなたの元推しは随分と心が弱くて、そのマネージャーは無能なんだね」

「……………あ?」

 

 彼から発せられた音は、たった3か月の付き合いである四音や撫子が聞いたことのないほどの低い音だった。

 怒気だ。怒っている。……軽口を言ったり馬鹿にしたり諦観したり、そんな事ばかりで本心がわからない焦の生の心が見えたことに四音と撫子はたじろく。

 特に四音は……大人の感情に恐怖心を持つ彼女は自分に向けられていないとはいえ嫌な記憶を思い出すのには十分な声だった。

 しかし手毬は気づかない。彼らの地雷を踏んだことに気付けるほど、月村手毬は有能じゃない。

 

「私は優秀なプロデューサーがいるから、他人を羨んで足を引っ張るばかりの自称評論家なんて気にしないけど。どうせあなたがアイドル嫌いになった原因なんて、推していた人が不祥事を起こしたとかそういう低次元な話で反転しただけでしょう?」

「………ハハッ、なるほどなるほど……さすがは次期プリマステラ候補。決めつけで私を怒らせて本心を引き出させる腹芸も仕込まれているとは……さすがですね、プロデューサーさん?」

 

 一瞬で怒りを収めた焦がプロデューサーに牽制するように尋ねた。

 本心ではないだろう。きっと彼女の言葉がその場の思い付きであることも理解しているし、あえて自分を怒らせて余計なことを話させることが月村手毬に出来るとは思っていないし彼女自身もそんなことを考えて言っていない。

 これは警告である。今回はそういうことにしておいてあげる、と暗雨焦の目がプロデューサーに向けられている。

 

「……そうですね、かなり失礼なことを言いました」

「まぁ仕掛けたのは私ですし、今回月村さんを潰すのは賀陽さんの役目です。どうかプロデューサーさんも怒らないように」

「そういうわけには――」

「あなたが感情的になる必要はありません。アイドルとプロデューサーなんて、ただのビジネスの関係で家族や恋愛の関係ではないでしょう?」

 

 その言葉にプロデューサーが黙った。

 大人の感情に気づきやすい白草四音は気づいていた。焦が怒気を振りまいた一瞬の陰に隠れて手毬のプロデューサーが激しい激情を隠しきれていなかったことを。

 

 

 手毬の控室から出てホテルへ向かう車の中。四音は運転席の焦に質問した。

 

「あなたは--なんなんですか?」

「いや知ってたでしょ? アイドル業界を潰すために生きている産業テロリストで、ただの非処女厨の自治厨なだけの男だけど」

「それにしては……あまりにも………!」

 

 四音があり得ないものを見るように焦を見る。隣の撫子が黙っているのは彼がとんでもないものを抱えていることを察しているからだ。

 だけど四音は、生の感情をむき出しにして言う。

 

「お前は……何を抱えている………!? 有名企業のグループの養子なのも、346プロとの関わりも捨てて、283プロのアイドルを切り捨ててまで――お前はなんで……」

「何も抱えてないよ」

「そんな訳がない! お前は――ふゆちゃんに、何をした!?」

 

 状況証拠は全部そろっている。

 S.O.Sが簡単に出てきたこと、4年前のアンティーカ解散きっかけの劇、5年前に黛冬優子が芸能界から消えたきっかけの事件、6年前の炎上中の小宮果穂の行方――そして手毬のプロデューサのあの態度。

 それでも彼は一言「何もしなかったよ」といつものように言った。

 

「嘘を――」

「何もしなかった。あの日、俺は何もしなかった。何もやらなかった。だから――今、別の誰かにやっている」

「…………」

 

 その言葉に四音は黙ることしかできなかった。

 そうだった。この男にまともな会話なんて期待できないはずだった。

 でもそれ以前に――

 

(別の誰か、か)

 

 自分のこと「白草月花の妹」ではなく「白草四音」個人として扱ってくれる彼のことは奇人とは思いつつも身内として扱っていた。

 でも彼は――自分のことを「黛冬優子の代用品」と扱っていた。

 その事実が寂しいと思うことは、彼に期待していたのだろうか?

 




【初星学園まわりの設定】
手毬は手毬Pにプロデュースされていますが、ことねは十王星南の助言を受けています(プロデュースではない)。
花海咲季は本来セルフプロデュースですが、手毬とことねと同ユニットだからという理由で手毬Pと星南の2人にある程度のアドバイスを受けています。
Re;IRISは手毬Pと十王星南の2人で運営されています。が、星南はBegraziaも本人のアイドル活動もあってあんまりプロデュースに寄与できておらず、体感8割は手毬Pの手腕で運営されています。

莉波Pと清夏Pは別人です。
……というか、本来P科に所属している学生は専属が基本で、(事実上とはいえ)掛け持ちをしている手毬Pが異常です。
なんでなのかは……

【白草四音の設定】
有村先輩のコミュ内で、四音が実家暮らしであると判明しました。
しかしこの作品内では寮に住んでいるという設定を保持します。……でないといろんな伏線が無駄になりそうだったので。




さて、今回も伏線だらけです。あまりにも退屈すぎるのではないかと思って、早めに一つのカードを切っています。
手毬、口悪すぎ……ではあるのですが、手毬視点からすると焦の発言や行動ってかなり彼女をバカにしているので仕方ないです。原作の手毬が言うかどうかは別にして。

オリキャラばっかりしゃべって四音が全くしゃべってねぇ! 誰だよ、こんな思想の強すぎる設定を考えたのは! こいつ周りの設定を小出しにしなきゃ今後の展開に差し当たるからって原作キャラを蔑ろにして良いわけないだろうがよぉ!

次回はようやくライブが始まります。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。