全て賭けて 人類の向こう側へ
ま、当然か。その言葉に自分の推しが勝利したことを差し置いて星南は声を荒げた。
「……あなたの担当でしょ。なんでそんなに冷淡になれるの!?」
「真面目にプロデュースしたほうがよかったか? どうやれば藤田ことねに勝てるか――そうやって考えた作戦がどうなるか、予想できるよな?」
真面目に、と彼は言った。でもきっとそれはここにいる誰もが文字通りの意味と捉えていない。
「あいつはステージに立った。あくまで白草四音のオマケとして。それを本人が自覚すればあいつはきっといいアイドルになれる。……真面目にやらなかった言い訳としては上々じゃない?」
「……反吐がでる」
「どちらにせよ”真面目に”藤田ことねをつぶすための方法を考えたとしても無意味だ。藤田ことねはアイドルとしては満点。昨今の女性推しを意識した『強くてカッコいいアイドル』路線ではなく、王道でもう誰も使おうとしないのカワイイ路線とそれを裏付ける実力と才能……。”ふつうに”アイドルやってる奴に、飛び道具を使っても効果は薄い」
その言葉の意味にどんな皮肉が込められているのだろうか。プロデューサーと星南が身構えていると「……純粋に褒めてるんだけど」と焦が渋い顔で言った。
「本当に?」
「うん……。藤田ことねは攻略不可能。実力だけで叩き潰さなきゃいけない」
「――うん! えぇ! ことねってすごいのよ! まず第一に――」
《それでは第2戦を行います》
アナウンスに星南が不満げに、他2人の男の安心したような嘆息が部屋に響いた。十王星南の推しの話は聞いてみたいが、マシンガンの斉射を受けたいわけではない。
「それで作戦はあるのかしら?」
「さぁ……?」
「さぁ――って、あなた」
「いやだって、賀陽燐羽はセルフプロデュース。私と彼女の接点は名誉回復にかかわる法的措置の仲介ぐらいしかないですよ。それに……賀陽さんは『邪魔をするな』と言ったので」
その言葉にはきっと嘘はない。あくまで彼はシングルローズの担当であり、賀陽燐羽と付き合う意味はない。それに互いに実力者、余計な作戦を添加する意味はないということだろう。
ついには椅子に座った焦の態度が明確に顕れている。
「自分には全く関係ない、と。しかし極月としてはどうなんですか?」
その言葉に不満を抱いたプロデューサーが尋ねる。
「元ユニットメンバー、しかし別の学校に所属することになった2人。おそらく結果は明確に示される。そして非難される……。だから極月としてはこの勝負、負けられない。そうでしょう?」
「そうなると私を雇い、賀陽さんを引き抜いた……理事会員の中では黒井社長が失脚するのかな……? 私はよく知りませんが。私の責任はシングルローズの2人だけです」
「賀陽燐羽は、どうでもいいと」
「いえ、賀陽燐羽ならどうにでもなると。それに賀陽さんには『邪魔をするな』と命令されたので」
信頼の現れ、と言えばきれいに表現できるのか。一種の責任放棄は子供に対する大人のそれではない。
しかしその言葉を言うにはプロデューサーも星南も中途半端に子供だった。
《先攻、月村手毬。それでは選ばれた方はステージに上がってください》
そのアナウンスで会話は終わった。
「それならば謝る必要はありませんね」
「ぁん?」
だから続けて放たれたプロデューサーの言葉は会話ではなく一方的な自己満足のためのものだ。
「賀陽燐羽さんには私から直接謝ります。この勝負を戦いではなくしたことと、私の月村手毬に付き合ってくれてありがとう、と」
*
今回の初星クリスマスライブは異常である。商売敵の極月と対バンを組むというのは業界人であっても観客から見ても無関係な野次馬から見ても異常な行為だ。
でも全員の見解は一致していた。空中分解してしまったSyngUP!の関係修復。それを行わなければ、次期一番星候補の月村手毬の人気に常に一筋の闇が残ることになる。
NIA準決勝で流出されたあのやりとりだけでは、足りない。観客はつねに観客が納得する物語が見たいのだ。
だからって
《賀陽燐羽~~~~~~っ!》
「はぁ!?」
何が起きているのだ?
手毬のパフォーマンス第一声、マイク越しに放たれた彼女の声に全員の思考がフリーズしてしまった。
同様に舞台袖に控えていた人間も。一番驚愕に襲われているのは当の燐羽だ。
《今から、ステージに上がって! 一緒に歌おう!》
どうすればいいのだろうか、いやそれ以前に……ソレはありなのか!? 対バンで共演者を募るということはあるが、対戦相手をステージに呼びつけるのはアリなのか?
「あ、あの――どうします?」
「………ちょっと待って。考えさせて」
スタッフがマイクを持って尋ねてきた。彼女には悪いが少しばかり悩ませてもらおう。燐羽は机に置いていた資料を取りに戻ろう――
《へぇー、来ないんだ。何度呼んでも来ないんだ。一緒に歌うの怖いんだ》
「……は?」
――としたがステージから放たれる雑言に思わず歩みを止める。相変わらず雑であからさまな煽り。それが厭にカンに響く。
《そうだもんね。あの時も――私が悪かったのに勝手に自分の責任にして、自分はいい人きどりだもん! ……いっつもいっつも、私には何も伝えずに勝手に行動して――私から逃げてばっかり!》
「あいつ、自分勝手なことを――!」
子供のように駄々をこね始めた手毬の言葉に燐羽は怒りを隠せない。アイドル月村手毬としてのキャラをかなぐり捨てて勝手なことを言い始めたあの女に対してどのような感情を向ければ良いのだ。
《来てよ、燐羽――! 生ぬるいプロモーションのためじゃない、一緒に歌ってどっちが上か勝負しよう――!》
「――あ、あの」
「寄越して」
「はいっ」
スタッフからマイクを奪い取ると燐羽はステージに向かった。
*
《ざっけんじゃないわよ! 誰があんたから逃げてたって!? 中学の時はいっつもボコボコにされてたの、忘れたのかしら!》
《高校の時はNIAの時だけじゃん! しかもあの時燐羽負けたし! しかも本気じゃなかったし! なのに何で次の場所が燐羽にとって明らかに不利なこの場所なわけ!?》
《ンなこと言ったらNIAはアンタにとって不利だったじゃない! いつもいつも! 私の計画をかき乱して!》
《なんで燐羽の計画に付き合わなきゃいけないわけ!?》
「――えぇ~………」
「いや、これは……ひどいわね」
ステージ上の醜い争いを焦も星南も困った表情をして見ていた。当たり前だ、誰がアイドルのステージで旧友の喧嘩を見たがるというのだ。
星南が頭を抱えながらプロデューサーに尋ねた。
「……プロデューサー、これがあなたの作戦?」
「作戦……というよりかは心づもり、ですね。『友達として、本気で戦え』と」
「…………イメージ戦略として大丈夫なのかしら?」
「もとより月村手毬のイメージ戦略はボロボロです。加えて『Luna say maybe』は白草さんの解釈違い版がひどく有名になってもう使えない……もう一度使うには、普遍的でわかりやすいストーリーが必要なんです」
「……まさか今回のパフォーマンスはアイヴィじゃなくって……きちんとしたLuna say maybe、しかもデュエットで?」
「はい。賀陽燐羽さんなら月村さんの果たし状に付き合ってくれると思ってましたので」
「……昨日の通しリハのアイヴィは?」
「大嘘です」
「………そう」
頭を抱える、という様子だった星南はさらに膝をついた。
どうして初星のライブで作戦とはいえ身内が大噓をつくのだと思ったが、そのリハの音源が流出したという結果を見れば強く言えない。
《一緒に歌おう、燐羽。――私たちは、歌うことでしか分かり合えない》
《あんたがいつまで経っても情緒が育たないおかげでね。――流しなさい。あんたの『Luna say maybe』を。目の前でたたき壊してやる》
「――ふふっ、ハハハっ」
MCも進行も周りの観客も関係ない。間違いなく0点のステージ上の2人のやり取りに焦が笑った。そこには嘲笑の成分はなく……一通り笑った後の彼の目はすこし潤んでいた。
「……面白いですか?」
「いや……アイドルのMCとしては最悪ですよ。ド三流のスポコン少年漫画みたいで。でも……懐かしくって。これは思い出し笑いですよ」
《ワン、ツー、ワンツスリー》
鍵盤の音が鳴り響く。
*
やってしまった。……どうして私は手毬の煽りなんかに乗ってデュエットなんてしたのだろうか。おかげでステージは冷えまくっている。こんなもの、SyngUP!のファンしか喜ばないだろう。
賀陽燐羽の後攻は先ほど強引に行われた喧嘩の末のパフォーマンス。誰だって、やりたくなかった。
だから最初は謝罪から始まった。
《……あの、ごめん。手毬の煽りに付き合っちゃった。思わず言い返してしまったわ。ごめんなさい》
その一言に観客が戸惑いながら拍手を始めた。誰だって今現在の状態に正しい反応が出来ないのである。
《――正直、どうして私がこの場所で歌えているのか分からないわ。だって極月に転校したのよ? SyngUP!の諸々を無視して。なのにこの場所で歌えるということは……きっと手毬が駄々をこねたのね》
観客席から失笑が聞こえた。月村手毬の癇癪は今に始まったことではない。
《嬉しいわ》
燐羽は微笑んだ。確かに彼女たち……SyngUP!の問題が少し緩和したのは事実である。
彼女の優しい笑みは――一瞬で嗜虐性の高い笑みを浮かべ《でもね》とつぶやいた。
《――でも手毬は1つ勘違いしている。ステージでケンカして、お互いの言いたいことを全部吐き出した後にライブをしてはい終了……なんて私たちとしては日常茶飯事だけど、観客のみんなは戸惑うばかりでしょ? 相変わらず、バカなんだから》
実際あのステージは最悪だった。勝手に口げんかして勝手に歌って勝手になんか分かり合って、なんて物語をだれが受け止めるだろうか。
このシナリオはきっと手毬が考えたものなのだろう。プロデューサーが添削された形跡はないから無断なのか、それとも黙認したのか――ステージの上の燐羽には答えを手に入れる手段はないが。
《そして、この企画を考えた担当者は――極月である私にここを明け渡して良かったのかしら? わたし、あの四音が手毬の曲を奪う方法を教えたのだけれど。……何をするかわからないって思わなかったのかしら?》
観客がその真意を理解する前に、曲のイントロが始まった。
涼やかな金属楽器のチャイム。つづくピアノの音。吹奏楽をイメージしたこの曲は――
《ぜったいいっぱい輝け! 》
Campus mode!!
初星学園の優秀な生徒しか歌うことを許されないこの曲を極月の人間が歌うということの意味を理解できないアイドルはいなかった。かつて彼女が上級生に行ったように、極月の賀陽燐羽は初星のステージで初星の代表曲を奪いにかかった。
《Campus modeで一緒に――駆け抜けるぞ!》
*
「許可出てるんですか?」
「……出てるわ。MCのほうもね」
窓の外の簒奪の現場にプロデューサーの疑問は当然だった。星南の言葉は苦々し気でありあまり快く思っていないらしい。
彼女が言わなかったから男2人には知る由はなかったが、許可は美鈴が勝手に取ったものであり本来の担当者である星南がいろいろ後始末をしなくてはいけなかった挙句極月の人間に学園の代表曲を奪われるという失態を喰らっているのだ。
《投票時間になります。観客の皆様は――》
「暗雨さんはどちらが勝つと思うかしら?」
パフォーマンスが終わって星南が焦に尋ねた。質問の意図自体はほとんどない。さきの1回戦と同じただの世間話である。
「ん……じゃあ昔話と行きましょうか」
だから焦の昔話もさきの会話をなぞったものであり、意味のない話題逸らしの方便である。
「私が……大学生のときでしょうか。夏の甲子園直前でとある――私でも名前を知っているレベルの強豪校内部でいじめが発覚しました。強豪がネットで大炎上している中、学校側大学側は試合を強行。ある出場校と第1試合をしました。ちなみに相手の高校野球部は県大会は制覇できても、強豪に勝てるレベルではありません。……さてどちらが勝ったでしょう?」
「あー……なにかしら、聞いたことはあるのだけれど――ん……」
「強豪校、のほうですよね」
星南が必死に思い出そうとしているときにプロデューサーが答えた。
焦が意外そうな表情をする。
「おや……もう8年かそこら前の話ですよ? 小学生のはずのプロデューサーが知ってるとは……あぁ、いや、そうか。20年代の小学生ならスマホ持っててもおかしくはないか……」
「いやスマホは持ってませんでしたね。当時の私が野球好きだっただけで」
その言葉に焦は少し納得したような表情をした。……別に色黒な彼が珍しいとか思っていたわけではあるまい。野球好きがアイドルプロデューサーになるのは珍しいと考えたのだろうか。
「じゃあ……その負けた高校がどのような評価をされたかというのは?」
「……えぇ。『いじめをしていたような野球部に負けるなんて何たるザマか!』みたいな意見が噴出したと――夏休みのネットリテラシーの課題で纏めましたよ」
「合格点です。追記するならば、そうしたことをSNSにて投稿した人間はそこまで多くなかったということですね。……一応言っておかなければそこにいる生徒会長様が怒りそうだったので」
ちらりと焦の視線がこちらに向いたのを星南はひどく不快に感じた。
「『相手は強豪だけど、いじめをするような悪の組織なんだ!』『強豪校は部活野球道をいじめという下らないもので汚した、野球に愛のない奴らなんだ!』『だから1回戦で厚顔無恥にも出場した強豪は負けるべきだ!』『しかし相手校は悪である強豪校に勝てなかった! だから相手校はロクデナシだ!』――みたいな、現実を少年漫画やソシャゲのシナリオを勘違いしている人間が多すぎる」
「……『公平世界理論』ですね。『悪を成した人間はあとで返ってくる』……お天道様が見てるとか、そんな言葉でも表現されますが」
「その考えが間違っているとは言いませんよ。……ですが、その言葉は自分を戒めるものであり相手の行動や結果を侮辱するための言葉じゃない。それを理解せずに他人に押し付ける人間が……多すぎる」
焦はモニターを見た。コメント欄には雑多な書き込みが多数残されており、星南もプロデューサーもいやな顔をする。
しかし星南の次の言葉は焦に向けられたものだった。
「……あなたは何が言いたいのかしら?」
「今回のステージはSyngUP!の中では愛があった。しかし観客の中でそれを理解できる奴なんて殆どいないだろう。観客は分かりやすい物語を好むからなぁ……結果、アレですよ」
モニターには月村手毬の行動の異常さ、観客を大切にしないパフォーマンスについての能書きがたらたらと並べられていた。なかには適当な精神病の略称まで付ける奴がいて非常に不愉快だった。
……ちなみにこのこういった書き込みはライブビューイングや配信サイトのコメント欄にもあったがフィルタリングを最高レベルに設定していたためそこまでの雑言はステージに顕在していない。
「月村さんだけ……批判されているわね……」
「……この勝負、良くも悪くも月村手毬がヘイト役を担いすぎたんですよ。そしてふつうのアイドルオタクはCampus mode!!にそこまでの思い入れがないから『極月の人間が初星の曲を強奪した』という物語の意味を理解できていない。プラスはどうあれ、マイナスが大きすぎた」
「……ここまで、酷くなるとは。確かに月村さんのステージは最悪だったけど……これは……!」
「無銭ライブですよ? アイドルを推すような知恵がない人間の中でも、とびっきり不出来な頭が衝動的に感想を書き込んで、いいねをもらってドーパミン漬けになる………。20年のネット社会の中であなた方は何を学んだので? 話題性だけを考えたのでしょうが……正直、担当者はアイドルオタクの知能の低さを捉え切れていない」
まぁ担当者はだれなのか知りませんが、と焦は言ってのけた。資料を見れば一目瞭然なのだが、知らないのは単純に興味がないのか。
無言でモニターをにらみつけるプロデューサーに焦は聞いた。
「……弁護士、紹介しましょうか? 開示請求して賠償金をとるのは早めにしたほうがいい」
「……………結構。月村さんはこの程度の炎上なんてモノともしないはずです」
「ふーん、なら良いんですけど……。二の舞だけは嫌なんでね、こちらとつきましても」
*
《結果発表します。勝者は――賀陽燐羽!》
その言葉に四音は大きく息を吐いた。大きな姿見で自分の衣装の崩れを確認する。
うん、何も問題ない。巫女服をアイドル風にしたものの、露出は抑え多少フリルやサブカル的アイコンを追加しただけに留めた衣装は決闘の時の軍服衣装よりだいぶ簡素だった。
「あら、初めましてね。白草四音」
「ん? ……あぁ、花海咲季さん」
後ろからの声に鏡越しに四音は答えた。
振り返って彼女の姿を見る。自分よりも身長が低く、赤髪で童顔。纏う衣装はフォーマルな印象だが彼女のパーソナルカラーで染められ、割れた腹筋が見える程に大きく空いた腹。
できるだけ簡素な巫女服アイドル、がモットーの自分の衣装「アマノウズメ」とは正反対である。
「はじめまして。……そういえば挨拶に伺ってませんでしたね」
「いいのよ。昨日はなんだかバタバタしてたし……そっちも色んなところに謝罪に回っていたって聞いたわ」
ちなみにあいさつ回りを欠いたのはあえてである。
1回戦の撫子VSことね戦で撫子は自分のソロ曲がなかったし、今から始まる3回戦では――地獄の門を開けるのだ。あいさつ回りしたところで意味はないし、いっそ最初っから無礼な印象づけをさせたほうがいいという判断だった。
これで初星側が怒って番外戦術を採ってくるのならば自分はそれをネタにするだけ、と焦は言っていた。
「でもね……あなた、佑芽に言ったらしいじゃない。『負けてあげましょうか?』って」
「本心ですよ。なんなら今も言いましょうか?」
「ふーん……そういうつもりなのね? 自分たちの準備不足の言い訳じゃなくって」
「えぇ。あなたが抱えている『敬愛されるべき姉』というメッキ、私が保護してあげましょう」
「いらないわ」
彼女は鼻を鳴らして不快げにそっぽを向く。
「そうやって心をかき乱して、パフォーマンスを悪くするのが企みでしょう? 私はその手に乗らない。……私にはね、妹がいるの。絶対負けられない、負けちゃいけない――正々堂々と戦ってかっこいいお姉ちゃんを魅せなきゃいけないの」
「かっこいい、お姉ちゃん……ね」
腹が立った。しかしひどく羨ましいとも思った。
四音は白草月花にそこまで大切にされた思い出がない。だから咲季が言う「かっこいいお姉ちゃん」、自分の「敬愛されるべき姉」という言葉におそらく何重もの隔たりがあることも理解できた。
だからこそ、この場でアイドル「花海咲季」を潰さなければならないという使命感が心に入り込む。
《第3試合、先攻は――花海咲季》
「そこで腐って見てなさい」
彼女の闘気で満ちた眼球が白草四音を捉えた。
「あなたの『姉』という概念を壊してあげる。そしたらあなたは本気にならざるを得ないはずよ」
そういった後の咲季はこちらのことなど見ずに、ただステージのために視線を前に向けて歩みを始めた。
そうしてステージに歓声が響き渡る。
「えぇ――でもね、花海咲季。おまえは間違っている」
誰も見ていない舞台袖。歓声で誰も聞こえない声量で、四音はその瞳に殺意を込めて言った。
「本気じゃない、とは言ってない。お前は正々堂々と戦って――そして、勝つんだ。勝ち取るんだ……お前のためじゃない勝利を」
*
指令室、と呼称された3人がいる部屋で焦はプロデューサーに呟く。咲季がステージでMCしているにも関わらずである。
「花海さん、完全にK-popを意識してる衣装ですね。……不愉快ですね、日本のアイドルが他国に浸透してきているさまを見せつけられているようで」
「お詳しいので?」
「いえ全く。私は扇動家でしたので、専門家ほどの知識は。彼女のソロ――Try it nowがEDM調なのぐらいしか」
その言葉にプロデューサーがふ、と鼻を鳴らして笑った。
笑った? あのプロデューサーが? 焦も星南も驚く。特に小馬鹿にされたにもかかわらず、焦はそれよりも重要な何かを隠匿させられているようで焦った。
「……プロデューサー何を隠してるんで……?」
「まさかあなただけが飛び道具を使えると思ってませんか?」
彼は誇らしげに言った。彼が担当でもないのに、ということは花海咲季はいくらかの指導をこのプロデューサーから受けているということである。
「正々堂々と戦う――のであれば、こちらも2つ目のソロ曲をここで披露することも辞さないということです」
「まさか――ここで新曲ですか……!?」
焦が焦ったように問う。彼の言葉に、態度にプロデューサーはようやく年齢相応の笑みを見せた。
「そこであなたは見ていてください。――魅せられてください、アイドルの輝きに」
《「Fighting my way」》
*
咲季のパフォーマンスが終わった後の感想欄はとてもすごいことになっていた。
観客の予想を大きく裏切るという大博打。それの成功を裏付けたのは有名作曲家の援助もあるが、なによりも彼女のパフォーマンスが素晴らしいという部分が大きい。
「どうですか……! わたしの咲季さんは」
「……プロデューサーのじゃないでしょ。担当じゃないのに」
「私はRe;IRISのプロデューサーですので」
星南の突込みは至極真っ当で、それに対して一切の反論ができない事実を持ち出すプロデューサーは年齢相応である。
この部屋のノリが一気に高校の教室レベルのものになったから焦はたいそう居心地が悪くなった。
仕方がないのでモニターの中の文言を見てみる。公式ハッシュタグを用いた投稿の検索を挙げているらしいそれは見えている途中で消えた。
「あら……? どうしたのかしら」
「さっきからちょくちょくあったんですけど、インプレゾンビが無断転載のエロ漫画を貼り始めたんですよ。偶然ですね」
「……本当?」
「いくら私が信用できないとはいえ、無断転載に手を貸すほど私もアホじゃないですよ」
星南の疑いの目は本当に思っていなかったのか、すぐに逸らされる。……当たり前だ。いくつのSNSアカウントを唆せばこんな流れができると思っているのだろうか。
「あとは消化試合ですね。うちの白草が演目を行って終わり。花海さんが勝利するという流れです」
「……一応聞くのだけれど、あの子が本気を出さないとでも思ってるのかしら?」
「ん?」
星南の言葉に焦は疑問の声を上げた。
元はといえば彼が先ほどからアイドルを馬鹿にするような言葉ばかり吐いているから仕方が無いとはいえ、彼女の言葉には棘がある。
「四音さんも、アイドルよ。そしてあなたのような指導者にきちんと従うとは思えない。……本気のパフォーマンスを行うはずよ」
「……それは見解の相違というものですね。確かに四音には『負けてこい』とは言いましたが『不真面目にやれ』とは言ってませんから」
「それはどういう――」
《これより、後攻――白草四音さんのステージです。どうぞ》
アナウンスとともにステージの光源のすべてが消えた。残るは非常灯のみ。
「な――なにを……!」
スポットライトがステージを照らし始める。中央にいるのは巫女服を着た四音。
彼女はステージの前で一礼する。行儀正しい観客たちが思わず開演の拍手をしはじめた。濁って、しかし甲高い笛の音が響き弦楽器が一定のリズムを刻む。そんななか彼女は腰の後ろに佩いていた匕首をゆっくりと抜いた。
「……神楽!?」
演目中にもかかわらず星南が驚愕の声を出した。すぐに、しまったと言わんばかりの表情になったがプロデューサーも焦も特に気にも留めない。むしろ焦は説明を始めた。
「NIAの後から日本舞踊を習い始めたらしいです。ダンス力を高めるためとかなんとか。今回はそれをネタに使いました。……正直3ヶ月でステージ披露なんて観客を馬鹿にしているとは舞踊の先生には言われましたが」
「……彼女が自発的に?」
「えぇ。白草はアイドル好きですから」
これまで流れてきた曲たちが大方ハイテンポな曲ばかりだったため、会場は静まり返っていた。……誰だって神社とかで執り行われる神楽にコールを入れるのは難しい。そもそもこの会場に彼女のファンは殆どいないはずなのだ。
だから何人かの観客が彼女のパーソナルカラーであるワインレッドのライトを振るだけ。
「……あの衣装、前回とは打って変わってえらく簡素ね」
「前回の衣装は引退したアイドルのお下がりなので。今回は……正直、コスプレショップのやっすい巫女服を改造してもらっただけです」
「やっすい――ね。……名前は」
「前回のが『第4部隊指揮官用礼装』でして……まぁひどく中二病だと四音たちに馬鹿にされたんですよ。だから今回は簡素に――『アマノウズメ』です」
公式サイトの名前と長々としたフレーバーテキストはこの男が書いたものらしい。それを察して星南はげんなりとした表情をする。
しかしプロデューサーの関心は別のところにあった。
「しかしアマノウズメ……聞いたことがないような――あるような」
「知らないのですか、プロデューサー」
「えぇ……。何でしたっけ?」
「日本史よ。古事記。天岩戸に閉じこもったアマテラスを連れ出すための宴、それの中心としていろんな神の前で踊った踊り子の神さま。現代における巫女の先駆けとも……ステージで踊り観客の歓声を浴びるアイドルのはしりともいえる女神よ」
「へぇ……」
「知らなかったの!?」
プロデューサーの生半可な言葉に星南は驚いた。十王家でも同じような教育を受けていたため、おそらくプロデューサーも知っているだろうと思い込んでいたためである。「すみません……」とプロデューサーが謝罪するが、「そんなものでしょう」と焦はどこか落胆したように言った。
ステージでは四音の神楽がもうじき終わろうとしていた。
「あら……早いのね」
「でも観客の熱は一気に引きました」
「………これだけってわけじゃないわよね、やっぱり」
「というよりも、1つ余興を入れるしかなかったんですよ。白草はあまりにも感情に素直すぎる。MCが長くなるほど、ボロが出る。ソロ曲1つだけじゃ、対バンとして盛り上がりに欠ける」
「………」
まぁ、確かに。NIAの一件からして彼女は猫かぶりができるほど上手くない。だからパフォーマンスを主としてMCの時間を少なくするのは有効だ。
しかし……ステージの盛り上がりを気にするのであれば何故いきなり神楽なんてやらせた? 場の雰囲気に合っておらず、冷や水を差されたが如く場は静まり返っている。
星南は疑問を抱きながらも、ステージのモニターを見た。開始からすでに2分を過ぎたところだった。
*
《……まずは、ありがとう》
神楽が終わり一礼した四音の最初の一言はこんな言葉だった。
客席から失笑が漏れる。まるで告白をされて今から振るような言葉だ。ワードチョイスが変なのは四音も感じていたことだ。
《この場所を提供してくださった初星の関係者、および私を生暖かく受け止めてくれた観客のみなさんに感謝を伝えます》
どこまでも他人行儀な言葉だった。アイドルのステージで、アイドルが放っていい言葉ではない。
まるで不祥事を起こしたアイドルが最初に行うライブのようだ。……確かに手毬のソロ曲を奪ったりしたが……あれは決められたルールと交渉で行ったものだ。責められる所以はない。
観客はどんどん冷めていく。興奮が冷えていく。
《私が今着ている衣装――「アマノウズメ」は巫女の先駆けとなった女神と言われています。神様に仕えるために青春を潰すなんて、高尚なもの私には耐えれませんが――》
何を言っているのだ、彼女は。
そんな視線が彼女の肢体に突き刺さる。
痛い。
痛い。
痛い――。
なによりもこの先の行動は、あまりにもアイドルへの冒涜に値する。己の人生を捧げてまで執り行っていい儀式じゃない。
(……これで、良いのか?)
大人たちに操られた自分の人生が、嫌いだった。欲と脂とファウンデーションにまみれた大人たちの指が嫌いだった。
最後に会ったあの男の精神は子供のそれだが、それでも立ち回りは大人で――子供を盾にするよくあるものだ。
(このまま――)
ステージに静寂が落ちる。自分を照らすスポットライトだけが光源で、サイリウムもペンラも見えない孤立無援。
動けなくなる。このまま黙るのは、致命的――
(……あっ)
一本の、ワインレッドのサイリウムが見えた。3階席のどこか。これまで何度も見てきた光。アイドルとしての私を応援してくれる光。
アイドルでなくなったらなくなる光。無性に腹が立った。
(でも――ボクを応援するのであれば、本気で負けてやりますよ。精一杯名前も知らない私のファン)
そうよぎって彼女は左腰の巻物に偽装された水筒を手に取った。
(暗雨焦。あなたの理論、借りますよ)
*
時間にして3秒程度。アイドルのMCとしては長すぎる沈黙は星南にとっても異様だったし、焦にとっても不味かった。
舌打ちを1つ。彼はスーツの内ポケットから1本のサイリウムを取り出し、折る。
「……ここってサイリウム禁止でしたか?」
「まさか。いくらでもどうぞ」
星南の勧めを無視するように彼はワインレッドの1本しか折らない。単純に持っていないだけだろう。
しかし……言葉の上では彼はアイドル嫌いのようだったが、担当を応援する気持ちはあったのか。
すこしほっこりした星南の思いは――
「はぁ!?」
突如、四音がステージ上で筒のようなもののふたを開け、自分の体に水をかけ始めたことで一瞬にして消えた。
「こ、これ――なにが」
プロデューサーも驚いている。
水を使ったことが問題ではない。水鉄砲合戦ができるほどにはステージの防水性能は高い。それに対バンのルールにも限度はあるものの水遊びは許可されていた。
問題は――彼女の着ている服が、巫女服であり白い部分が大部分を占めているところ。透けるのだ。実際彼女の下着――どうせこれを見越してのインナーだろうが――が透けて見えていた。
「なんの――つもり、ですか……これは……!」
「『アマノウズメ』って言ったでしょう」
焦は大きく息を吐いて、そこら辺の台にサイリウムを置いてしたり顔をした。
つまりこの演出は、目の前の男が考え出したものだ。
「天岩戸の前で行われた宴は、乳房も性器も露出したままの踊るアマノウズメを他の神様が笑っているものだった。1人の女のストリップショーに他の男たちは嘲笑ってどんちゃん騒ぎ。――実に、アイドルらしいものでしょう? まさかあんな雄弁に語っていたのに、知らなかったんですか?」
「……知っていたわよ。まさかそれを本気で再現する奴がいるとも、それを女子高生にやらせる大の大人がいることが信じられなかった――それだけよ」
思いついたって、やって良いことと悪いことの区別すらついていないのだろうか。彼の言動は神話も「白草四音」というアイドルの人生も自分のヘイト思想を撒き散らすためのスピーカーにしているようで星南はひどく嫌悪感を抱いた。
そして彼がここまでやる理由を察している彼女は疑問を問いかける
「……あなたの推しが失敗したからって、すべてを巻き込むつもり?」
「アイツは推しじゃない。何度も言ってます。ただ幸せになってほしかっただけ」
「そのために他の全員を殺すの? 善意を装った悪意で?」
「……あなたは1つ勘違いをしている」
《これから、貴方たちの神を殺します。そこでよく見ていてくださいね。1つの神話が終わる瞬間を》
絶句する観客の前でステージに立つ白草四音が言った。その一言は紛れもない彼女の本心で、虚飾のない研ぎ澄まされた殺意が会場を満たす。
絶句する星南とプロデューサーの前で暗雨焦は言う。その一言は紛れもない彼の本心であり、鈍色の呪詛が彼の体に纏う。
《神は人によって殺される》
「アイドルはファンによって殺される」
《「到達不可能な頂」》
会場に、鍵盤の音が鳴り響く。
ちなみに前回と今回はかなり分かりにくく書いてます。申し訳ありません。
多分次回も分かりにくいです。
いやだってアイマスの二次創作でアイドル嫌いの担当者に説得力持たせたらまずいし……。
この時私は一度もアイマスのライブ系イベントに参加してないまま書いています。(他作品の無銭ライブなら6年前にあり)
よく書こうと思ったよ。