蛇足   作:勉強サボ浪

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「行け 戦え 負けないで?」
「正義は勝つ 負けたら悪者!」
生きていることが偉いなんて嘘はここじゃあ意味をなさない



次回予告

 

 少女には信頼できる人がいなかった。大人たちは自分に期待という重石を載せて踊ることを求め、同級生は憎悪という呪詛で誕生日を祝福した。

 少女の本棚にはいくつもの本があった。たとえそれが大人が押し付けた書割であっても、彼女にとっては1つの救いだった。

 重なり合った本を自分の巣として、少女はいくつもの世界を旅した。王子様に救われる話、英雄となって世界を救う話。お花屋さんになって町中の子どもに笑顔を届ける話。

 それらは全部、奪われてしまった。ある日、すべて捨てられていた。

 雑草と私の影が重なる。だれも私の物語なんて求めない。

 誰も少女に物語を押し付ける。物語を描けるのは、いつも隣にいる大きな樹であり、少女は影の中でただ暖かさだけを求めた。

 

 実現不可能な頂は、どこまでも白草四音の曲だった。目の前にある大きな「姉」が自分の選択肢を狭めるという歌。それを――

 

「まさか、『小さな野望』を使ってくるとはね」

 

 歌詞の一部に十王星南の楽曲の片鱗――アンチテーゼともいうべき悪意がねじ込まれていた。

 打倒「一番星」。それを表現するのが小さな野望とは真逆の片手で数えられるほどの楽器たち。ピアノの打鍵が四音の徐々に狭まっていく視界と余裕を表すように早くなっていく様は、歌というよりもミュージカルのそれに近い。

 

(……感情演技、か)

 

 誰が誰でも歌えるような分かりやすい前向きな音楽ではなく息切れや視野狭窄を再現するような曲を生々しく歌うのは、彼女の人生をなぞった様な歌詞と彼女の子役の時の演技を盾に強引に引き出しているのだろう。

 おそらくあの曲は、本気の曲だ。アイドルの、アイドルとしての生命をひどく摩耗させることを条件として歌える曲だ。普通の人間が歌として本気でこの歌詞を表現するには、自身のトラウマと直面しなければならない。

 しかし不可解な部分が大きい。これが負けるための歌だともパフォーマンスだとも思えないのだ。確かにFighting my wayと比較すれば暗く、分かりやすい盛り上がりポイントも無いが……歌唱力という一点だけは咲季どころか燐羽や手毬のそれを超える。

 正直に言えば、星南なら四音に投票するだろう。咲季のパフォーマンスが劣っているという訳では無かったが、四音の迫力のある歌声に圧倒されたのだ。

 

「こんな曲……よく作ったわね。それにかなり仕上がっている。歌詞については1つぐらい文句言ってもいいかしら?」

「良いですよ。作詞家は目の前にいます。作曲は……961プロ提供です」

「へぇ……あとで紹介してもらえる?」

「えぇ。大丈夫ですよ。今大規模に宣伝しているはずですので」

 

 ステージでは四音が一礼して拍手が響き渡った。

 

《それでは――投票時間です。観客の皆様は投票をよろしくお願いします》

 

「さて、どうなるかしらね」

 

 星南の言葉とともに彼女もプロデューサーも自身の脳内に様々な考察がよぎる。花海咲季のMC、楽曲、歌唱力ダンス。白草四音の神楽、MC、歌唱力とビジュアル。どちらが上か。

 双方ともにジャンルが異なりすぎて、判断のしようがない勝負に明暗を分けるのは――

 

(歌唱力、かしら)

(親しみやすさだな)

 

 咲季と四音の知名度はそこまで大きく差がついているわけではない。お互いNIAファイナリストで、咲季は手毬と同ユニット四音は月花の妹という添加情報もほぼ同一。

 しいて比較するなら四音が炎上しやすいことだが……決闘の時は「悪の女幹部が露悪的なことを言ってモブを黙らせる」というロールを巻いただけであり、今回の巫女衣装も……水をかけて透けさせるというノイズを除けば、アイドルを神とたとえ決闘を挑む言葉に見えなくもない。

 決闘の時にファンを「客」と言ったことから、アイドルファンへの悪意を感じ取れる人間はきっと業界経験者である。すでに炎上し干されていた四音はあんなMCをしても許される立場にあったし、彼女のそういう言動に文句を言えるのはあれを「演技ではない」と判断した人間だけだ。対してこの事柄は問題にはならない。

 この勝負――

 

「あぁ、あと御2人に感謝します。私が適当な昔話を真面目に聞いてくれてありがとうございます。……もっと言うなら、SNSで白草について検索しないでくれてありがとうございます」

「え、」

 

 焦のその一言が決定的だった。

 スマホを叩く。その必要は無く、無遠慮にネットの声がステージモニターに映された。

 

 

「AIで作ったゴミ曲でアイドル気取り? 本物の才能ゼロの詐欺師め!」

「生成AIとか使って歌うなんて、音楽業界の恥さらし。引退しろよクズ。」

「あのレジェンド作曲家とのコラボで鳥肌立った… AIとか関係ねぇ、純粋な音楽の勝利!!!」

「あの作曲家先生の新曲で会場が揺れた瞬間、音楽ってやっぱ人間だよなって再確認した…」

「AIに頼らない本物の音楽で客を沸かせる… これが真のアイドルの姿だよな!!!」

「生成AIなんて不要! 著名作曲家とのタッグで完璧なエンタメを届ける神アイドル」

「人間の努力を踏みにじるAIアイドル? ファン騙すな、吐き気がするわ。」

「AI曲で売れるなんて、才能のない証拠。消えろ、偽物のアイドル。」

「レジェンド先生の楽曲で会場が一つに… AI反対派の希望の星、ここに誕生!!」

「生成AI反対! お前みたいなのがいるからアーティストが食えなくなるんだよ。」

「機械が作った曲で踊る姿、惨めすぎ。人間として終わってるな。」

「AI依存のアイドルなんて、ただのロボット。ファンも馬鹿だろ。」

「本物の作曲家を侮辱するな! AI曲使うアイドルは業界の癌。」

「生成AIで楽して稼ぐなよ。努力しないゴミがアイドル名乗るな。」

「AI反対派の俺から言わせりゃ、お前は音楽の敵。死ねばいいのに。」

「才能なしのアイドルがAIに頼るなんて、笑えるわ。解散しろ。」

「人間の魂が入ってない曲で感動させようとするな。詐欺師ども。」

「生成AI使うアイドルはアーティストじゃねえ。ただの寄生虫。」

「人間の魂がこもった名曲で客席総立ち! やっぱ生のクリエイターの力は別格だよな」

「反対! AIアイドルは人間の創造性を殺す。ファンも目覚ませ。」

「機械の曲で可愛いふりすんな。才能ゼロの恥知らず。」

「生成AI反対の署名集めようぜ。お前みたいなのが原因だ。」

「アイドルなのにAI頼み? 自分で作れない無能が調子乗るな。」

「AIで作った曲なんてゴミ。聴く価値なし、アイドル失格。」

「人間の苦労をAIでコピーするなよ。業界から追放しろ、クソアイドル。」

………

……

 

 

「なに、これ」

 

 モニターに大量に記された生成AIの話題。アイドルのライブの話題じゃない。 

 

「なにが、起きて――」

「んー……私はね。犯人捜し、しなかったんですよ」

 

 唐突の一言に星南は必死に思考を回してなんとか反応した。

 

「犯人捜し……? ……昨夜の通しリハのリークのことかしら」

「えぇ。昨夜10時ぐらいにリークされた情報は白草四音がリハで生成AIの楽曲を使用したという情報が出回って、朝にはもう収拾がつかない状況になっていました」

「それについては……」

「私は本来、今日の10時ぐらいにそのリハのリークをする予定だったんですよ」

「……は?」

 

 その言葉に星南は驚愕を禁じ得ない。プロデューサーもガタリと音を上げて「……すみません」と言った。

 それを無視して焦は続けた。

 

「今は……3時ぐらい。5時間あればツイスタのおすすめトレンドに載って、アイドルに無関係な一般人にこの情報を渡すことができる。だけど誰かが早めた。どうしてフィルタに引っかからなかったのかは知りませんが……フィルタを管理するAIも生成AIの擁護はしなかったということでしょう。内容自体もAIが考え出したようなテンプレな文言ですしね」

 

 実際言葉の内容自体には法的な問題はない。きっとこの程度では誹謗中傷として訴えることができないような低レベルの文言が並んでいる。

 フィルタの問題にしても彼が言った通り「生成AIに対する非難」はきっとフィルタを通していいと動画サイトの管理AIが誤学習してしまったのだろう。

 だが気に入らない。どうしてこの曲が生成AI産だと言われて、この男は平然としている? 自分のアイドルの業務が難しくなるようなレベルの大被害を被っているのだというのをまだ気づいていないのか?

 

「……この曲はどういうこと?」

「生徒会長さん、さっきの曲の作曲者は調べましたか?」

「え、えっと……」

 

 いきなりの質問に彼女がスマホを叩く前にプロデューサーが自身のスマホを見せて言った。

 

「黒ちゃんAI……?」

「961プロが開発した完全に人間らしい楽曲を出力する生成AIサービスでして。……まぁサービスのホームページ見ればわかりますが、最高ランクのサービスでは生成された楽曲を匿名の編曲者に1週間でアレンジしてもらうってものですね。あえてアレンジ者を隠すのはクリエイター間のトラブルを抑えるという目的もあります」

「961が、生成AIサービスを立ち上げたの!?」

 

 星南とプロデューサーが同じスマートフォンを肩を寄せ合っているのを見ながら焦はすごく雑に作曲した生成AIの説明をした。

 あまりに簡単に言ってのけたが、あまりにも無茶苦茶な企画を言っているのだ。イラスト、映像など様々なコンテンツ産業は生成Aに侵攻されつつも、現在であってもその牙城は堕とされてはいない。AIの限界もあるが、AI反対者の不買運動や職人ともいえるコンテンツ創作者たちが自身の食い扶持を守るため、台頭から10年以上経過しても導入が出来ていないという状態にある。

 様々なAIコンテンツ会社が生まれて、倒産した。そんな中、アイドル事務所が一定のクオリティと速さを担保するという名目で生成AIを使うという文脈を理解できない奴はいないだろう。

 

「……こんなもの、いつ発表して――つい20分前!?」

「はい。その間に適当な昔話をして、あなたたちがネットに触らないようにしました」

「………私たちの思考を行動を制限するためだけにあんな不快な話をしたのね」

「ほんのサプライズですよ。他の大人たちは裏でいろいろ動いてたかもしれませんが……、対バンの邪魔をできるのは2人だけですから」

 

 ちなみに2人に一切の電話が無かったのは、電話の通知を切っていたからである。しかし管制室や先生方は恐怖を感じ真っ青になっていたのは当然で、この部屋のドアがノックされなかったのは奇跡だ。

 

「音楽作成補助AIの大きい広告を打つなんてAI反対派の格好の餌食。だからサービスの公開とほぼ同時にそれで作られた音楽を発表しました」

「四音のさっきのソロ曲……まさか、AIで作ったの!? あなた―― アイドルがAI作曲を使うという意味が、まだ分かっていないの!?」

 

 アイドルは親しみやすさが大前提。人間味というものが必要なのに、それに反する行動は本来やってはいけない事なのだ。

 ――いや、その意味では四音は最適なのだ。清楚なイメージはNIAで消え去り、親しみやすさなんてものは先の決闘で消滅した。アイドル界隈で禁忌とされているAIを使用してもイメージダウンにつながらないのは人望のなさと傑出した実力を持つ者は彼女しかいない。

 

「……何が問題か分からないですね。10年前からAIはワードにもエクセルにも使われている。完全AI作曲ならまだしも、人間が手直ししたのだから人間の創作物と一応は言える。こんなところで砂山のパラドックスでも議論します? あぁ――ビッグデータにはYouTubeにある楽曲のみ採用しています。違法転載された曲も含まれていますが……それはサイト運営の問題であって我々は善意の第三者です」

「いくら法律がそうであっても……ファンは許さないわ。創作者を馬鹿にするようなアイドルは、叩かれて炎上する。これは必然よ」

「生成AIが作り出したコンテンツ以下のものしか作れない創作者なんて、基より注目されないでしょう。それとも、あなたは点灯夫を守るために蛍光灯ではなくガスランプを使えと?」

「技術の問題ではなく、心理学の話をしてるの。こうやって現に白草四音は『生成AIを用いたアイドル』になってしまってる。これじゃあ本当に、彼女の負けになるじゃない!」

「えぇ。でも黒井社長は許可出しました。『顧客にもならない有象無象のためにクリエイターを過労死させるほど我々も愚かではない』と」

 

 焦がピントがずれた言葉だけを返す。

 星南はアイドルがAI作曲の歌を歌うリスクを言及しているのに、彼は生成AIを利用する側から見た今回のステージの功績しか話さない。

 話題が合わない、いや合わせないようにしている。おそらく星南の失言を待っている。

 それを察したプロデューサーが思考して、ようやく暗雨焦の発言と行動の意味を理解した。

 

「……あぁ。そういうこと。……暗雨さん、あなた生成AIなんてどうでもいいんでしょう。アイドル業界を馬鹿にするためだけに、会社を利用するなんて」

「失礼な。私は黒井さんが企画した一大プロジェクトにただ乗りしただけですよ」

「……何を言ってるの、あなたたち」

 

 2人の言葉は1つの事実を省略して会話をしている。その事実が未だに理解できていない星南のためにプロデューサーが話した。

 

「星南さん。このステージは――いえ、『花海咲季と白草四音』の対バンはどういうものでしょう?」

「……アイドル同士の戦い。学園の看板も背負ってはいるけど……、大前提としてアイドルのステージやパフォーマンス、歌唱力の総合での勝負でしょう?」

「そうですね。……では今の今まで星南さんやネットの反応含め、どんな判断基準で良し悪しを決めようとしてます?」

「そりゃあアイドルのパフォーマンス………」

 

 その言葉を言いかけて、星南はようやく気づいた。

 モニターには白草四音が生成AIを用いたことに文句を言うネットの声。階下の観客席は戸惑いながらもステージモニターから流れるコメントを無視できない。四音は観客の反応を無視しているが、咲季は明らかに取り乱している。いくら咲季が勝負慣れしていても、対戦相手が現在進行形で中傷されまくっている状態を無視できない。

 みんな、生成AIに囚われている。その事実を以てして、星南はようやく今回「四音がわざと負ける」という宣言の意味が理解できた。

 

「この勝負は……まさか――『アイドル同士の戦い』ではなく……『作曲家の好感度の争い』にしたって言うの……!?」

 

 

 今思えば、彼の昔話はあまりにも説教臭かった。

 声優が炎上したとき、キャラクターも炎上する。つまりは同一視の問題。

 アイドルにとってソロ曲は看板である。ふつう作曲家の情報まではアイドルの評価項目に入らないが、四音がこんな大規模なライブにもかかわらずAI曲を使用したことで話が変わった。有名作曲家を用いた「人間代表」の花海咲季と新気鋭のAIを用いた「AI」代表の白草四音の対バンは主催者たちが意図しない形で「人間VS生成AI」の構図を作り出した。

 炎上している部活に負けたとき、世間からは批判される。つまりは愛と正義の話。

 観客にとって都合のいいシナリオを歩まない登場人物は「悪」と認定される。つまりアイドルがAIを用いるという現実を理解できない観客は、生成AIを利用した白草四音を「悪」として人間の作曲家を利用した花海咲季を「正義」として扱い始めた。

 この勝負、どう頑張っても白草四音が負けるようになっているのだ。

 

 しかし忘れてはならない。

 今回のアイドルのパフォーマンスに「AIを用いてはならない」という法も対バンのルールは無い。なんなら四音の楽曲は人間の手で手直しされている地点でAI作曲と言っていいのか分からないラインにある。

 禁止されていないから使用してもいいわけではないが、使用したからって「AIを使ったから、アイドルとして本気ではない!」と誹りを受ける所以は無い。

 なのにこんなにも誹謗中傷が起こる現実は「アイドルのファンはろくでなしである」という彼の主張の隠しようもない証拠となった。

 

 

「リハの時に白草はあからさまにAIとわかる曲を使った。それが昨晩のリークで炎上。若干火は小さくなりつつも『白草四音』『AI』の投稿は注目を集めた結果、配信すら見ていない反AI活動家が必死に油を撒いてネガキャンをするように扇動しました。本番での曲もAIにしたのは……人間作曲家だと開示請求の手間と作曲家への誹謗中傷のリスクがありましたし、黒ちゃんAIの宣伝もありましたしね」

「……神楽は白草さんのMCの時間を減らすため、でしたよね。では水をかけるパフォーマンスは」

「生成AIを用いた風俗店のポスターやポルノ画像が大量に出回っている現在、生成AIという属性を強く意識させるために安っぽいエロ要素が必要だったんですよ。それに……新サイバー条約は発信元ではなく閲覧する国のルールが適用されます。日本ならOKでも、中国やヨーロッパでは見れない……みたいな状況を作り出して『日本の』アイドルの問題として演出する必要があったんで」

「…………花海さんの新曲に対してどう思ってましたか?」

「こちらの作戦に合わせに来てくれてありがとう」

 

 プロデューサーの質問に焦は悪意を込めて言った。

 彼だって興奮しているのだ。自分の作戦は若干想定とは違った挙動を見せたが、「花海咲季が新曲をサプライズで出してくれた」という――わざわざこちらの土俵に立ってくれたおかげで想定よりもひどく炎上したのだ。

 

「……あなたは作戦通り上手くいっているつもりなのかもしれないけど――炎上することがあなたの目的なの?」

 

 星南が焦に忠告した。当たり前の事実をつぶやく彼女の目線はひどく恨みの要素が籠っていたが焦は涼しい顔をする

 

「十王さんが何を危惧しているかは知りませんが……。炎上させた理由は2つ。炎上商法はタレント人生を短くします。白草を手っ取り早くアイドル引退させるためには、アイドルを飽きさせるほうが良い。……アイドル白草四音の業火に慣れたアイドルオタクたちは、その業火がなくなった瞬間に飽きてアイドル業界から消えていく」

「四音が炎上に嫌気がさしてアイドルを引退する、もしくはファンを過激なコンテンツに慣れさせて『平穏なアイドル界隈』から引退させる……それが目的かしら。ひどく荒唐無稽で、壮大ね」

 

 皮肉たっぷりにくるんで提供された星南の言葉を暗雨はごく当たり前のように受け止めた。

 彼の演説は続く。

 

「もう1つ――この炎上は白草四音を潰すためのものじゃない。このステージは『作曲家のための戦い』に同一視され、アイドルは作曲家の作った歌を流すスピーカー代わりになった。そして勝てば――作曲家のおかげになる。あのステージじゃあ、たとえ花海さんがステップ10回間違えても勝つでしょう」

「論理の飛躍……とは言い切れないわね」

「それを花海さんが認めますか?」

 

 

《勝者は――花海咲季!》

 

 なんだこれは?

 

 花海咲季がアイドルとして初めての勝利で感じたのはその一言だった。

 アイドル科に入学して8ヶ月程度。定期公演「初」でステージに立ち、NIAでのファイナリストに選ばれ、Re;IRISとしてこの対バンに上がった花海咲季は嬉しかった。

 ようやく勝てる。初は初心者であったからがゆえに技能不足だったが、NIAでは圧倒的なアイドルとしての実力に叩き潰された。

 これではカッコいいお姉ちゃんじゃない。

 だからこのクリスマスライブの対バンは嬉しいものだった。……例えそれがSyngUP!再結成の前座であっても、NIAで自分よりも順位が上だった白草四音に勝つチャンスだと思った。

 だから白草四音が「AIを使うことで」負けることが許されなかった。

 白草四音は本気だった。「負けてあげる」と言いながらも、あれは勝つためのパフォーマンスだった。だから作曲家が人間でないという理由だけで勝負が無意味になるのが嫌だった。

 これは本当の勝負じゃない。作曲家によって投票結果が変わるのであれば、アイドルがステージに立って歌った意味は何だ!? 生成AIを使ったことだけでアイドルの良し悪しを判断するのであれば、アイドルの存在意義はなんだ?!

 

「――花海さん」

 

 ステージの上だというのに茫然自失になっていた咲季は四音によってようやく自分がどこにいるのかを思い出した。

 

「え――」

 

 まずい、こういう時なんて言うんだっけ。

 今はステージの上。周囲の音からマイクが音を拾っているのは確実。だから精一杯「お姉ちゃん」を演じる。

 

「――びっくりしたわ。まさかあの鬼気迫るあなたのステージに、勝てるなんて」

 

 必死に紡ぎだした言葉は果たして演技だったのだろうか。自分の言葉が理解できなくなる前に、四音が言った。

 

「ありがとうございます。――こちらとしても、あなたが舞台袖で宣言してくれた通りに”正々堂々と”戦ってくれて、ありがとうございます」

 

 ダメだ。見ちゃいけない。

 演者のためにステージ端に設けられているモニターから必死に目をそらす。

 白草四音は必死に観客を楽しませようとしたのだ。なのに――

 

 

それに比べて四音ちゃんは作戦大失敗だもんねぇ?

 

 明確に悪意のあるコメントがモニターに流れる。

 指令室にいる十王星南は動かない。動けない。動いたところで、もうなにも生まないし挽回できない。

 

「無銭ライブじゃなくっても、ライブビューイングのコメント欄をステージモニターに流さなくとも結果は変わりませんでしたよ。……現地の人はツイスタの反応も見るでしょうし、ツイスタがこれではビューイングがどうなるかも理解できるはずです」

「どうして――こんなに……!」

「アイドルを推すような人間なんて、衝動でしか行動しない屑ですよ。それを賛美しなければいけない商売であり、あなた方の気苦労は察して余りありますが……。炎上を引き起こすなんて、簡単だ」

 

 彼の作戦は言ってしまえば簡単だった。「ステージ直前でアイドルを炎上させ、観客からの投票数を激減させる」……生成AIを用いたのは一番都合がよかったからで、AIでなくとも他の方法で白草四音を炎上させるのだろう。対戦相手が評価項目にない部分で責められ負ける――根っからのスポーツマンで正々堂々を好む咲季がアイドル活動に嫌気がさして引退する切っ掛けには十分すぎる。

 仮にここで白草四音が勝利したら、この炎上を引き起こしているAI否定派の怒りはすべて花海咲季に向けられる。なんせ前例が甲子園で起きたのだ。

 この作戦、白草四音が炎上した時にはすべて成功していたのだ。

 だけど星南にはあまりにも短絡的な作戦としか思えなかった。

 シングルローズは、白草四音をWING優勝させるために動いていたのではなかったのか?

 

「こんな方法で――これでWINGに出場できると思うの……? アイドルのファンを馬鹿にして、あらゆるモノに中指を立てて――それで!?」

「えぇ。だから彼女にはそろそろ『被害者』になって頂かなければいけません。それに……世の中には『こういうの』が好きな人が居るんですよ。『炎上している人を押している自分はなんて優しいんだ!』――みたいに、自己肯定感を上げるためにね」

「理想論よ! ありえない――そんな方法じゃ人が集まっても、283プロが……」

 

 星南は自分の言った組織――「283プロ」が暗雨焦と繋がっていることを知っていた。

 大量に並べられた状況証拠。彼がこちらに向かって並べられた大量の誘爆材。

 白草四音を炎上させることで彼女のアイドルとしての人生を終わらせようとしている。炎上商法が上手くいっても、固定のファンを全員蹴ったことで彼女は自身の身に付いた火を消すことができない。火が消えた瞬間が「アイドル白草四音」が注目されなくなる日だ

 そして次の爆発は――

 

「――WINGのコネ出場によるアイドルの炎上、および事務所や主催の炎上……。それがあなたの次の狙いですか」

「えぇ」

 

 プロデューサーの言葉に焦は静かに肯定した。

 

「新人アイドルの登竜門『WING』を炎上させることで、次の新人アイドルをなくす。白草四音の炎上できっと極月も悪評は避けられないでしょう。……これでいい。嵐の時代によるアイドル志願者の激減のおかげで現在は碌なアイドル育成機関が極月と初星しかいない状況で、新人を生み出すきっかけになりえる要素は無くします」

「……その代償として、白草四音を人柱にするのですか」

「彼女を芸能界から辞めさせる。これが私のパトロンが下した命令です。極月や961、283まで潰せとは言われていませんが……まぁ私としては知ったことでは」

「黙れ」

 

 プロデューサーが憤怒を込めて、焦を睨みながら彼の胸倉をつかんで持ち上げる。身長180cn以上のプロデューサーと170に満たない焦では明らかに体格が違う。すぐに焦は何も抵抗できなくなった。

 

「おぉ……若いねぇ」

「プロデューサー!」

 

 星南が止めようとした。しかしプロデューサーは聞く耳を持たない。

 当然だ。目の前の男は彼が忌み嫌う「アイドルを使いつぶす者」なのだ。観客が見せた心の光を見ても、アイドル達の必死の努力を見ても――目の前の人間はアイドルを潰すのだ。

 

「お前は偽善者だ。アイドルの保護とか人権とか耳障りのいいことを言って、結局は先人たちが作り出した過去の栄光を潰したいだけの――!」

「あぁ――過去の栄光なんてどうでもいい。俺はただ、栄光なんかよりも幸せになってほしかっただけだ、アイツを――」

「誰かを好きになったこともない人間が、人間の幸福を語るなっ!!」

 

 星南が止めようとしたときにはすでに遅かった。

 怒りに身を任せプロデューサーが焦を掴んだまま彼に拳を振り上げ、頬を殴りつける――

 

「がぁっ!」

 

 しかしその拳が逆に砕かれた。

 信頼していた男の暴力に、そして殴った側が逆に痛がるという矛盾に星南は絶句する。その拳は誰かを攻撃した後とは思えないほど赤くなっている。

 痛みにうずくまるプロデューサーに星南が駆け寄る。

 

「な、なにが……」

「一昔前によく言われたよ。俺を叩いたら、叩いたほうが痛いって」

 

 そんなわけがない。ダンス技術向上のため格闘技の経験が少しだけある星南が思う。

 すんでのところで防御が間に合ったのは理解できる。しかし腕でパンチを受け止められたぐらいでここまでは――

 

「ぼうの使い方がなってない。 人を攻撃するときは、まるで自分が被害者であるような状況じゃないと。匿名性の陰に隠れて、こそこそと、自分はこれまで大量に金を払ったんだ!――みたいな。お手本はいっぱい見てきたでしょ?」

 

 焦はそう言うと彼に視線を合わせるようにわざわざしゃがみ込み、スーツの袖から何かを引き出す。……棒だ。昨日見た、折り畳み用の杖が先ほどのプロデューサーの拳を受け止めたのだろう。

 

「暗雨、焦――! なんで、お前は……アイドルを――!」

「困ったなぁ……。月村手毬のプロデューサー以前に、大量の状況証拠を並べてまだ分からないのかなぁ、和泉プロデューサー。お前なら同情はできなくとも、理解はしてくれると本気で信じていたんだけど」

「………!」

「昔話をしようか。あるアイドルが交通事故で死んだ。……さて、残ったユニットメンバーはどうなった?」

「……!」

 

 暗雨の言葉の意味を察した星南が驚きの声を漏らした。

 あの情報を知っているというのには感嘆に値しない。だけど「その後」を言及するということは……!

 

「それは――理由に、ならない……!」

 

 そう、と暗雨はつまらなさそうに立ち上がった。

 きっと同じような体験をしたはずのプロデューサーが自分の思想に迎合しないことが面白くないのだろう。

 

「まぁ、いいよ。こっちの作戦は終了した。初星のライブに思いっきり泥を塗った。そのあとは――まぁすでに予定は公式サイトにあがっている通りにライブを行って、283にも泥を塗る。白草四音をアイドルとしてのトップの夢を見せた後に引退してもらう」

「あなたは、そうやって、また罪を重ねるつもりか――!」

 

 プロデューサーが痛む拳をさすりながら怒りを隠さず叫んだ。彼と暗雨のプロデュース方針とアイドルに対する感情はまるで違う。

 しかし暗雨は変わらず言葉を連ねる。

 

「アイドルを潰せるなら、何でもやるよ。彼らが背負う期待、願い、執着……それらが個人を潰す前に『アイドル』という枠組みを無くしてしまえばいい。ーーほら、綺麗だ」

 

 彼が示したのは、ステージのモニターには罵詈雑言が飛び交い、客席の観客たちは呆然として誰も明かりをともさない。そして壇上のアイドルたちは諦めた表情でハケていく。

 アイドルの光など、悪意を以って行動すれば簡単にかき消せるのだと――目の前の光景が物語っていた。

 

「――さて、私はそろそろアイドルのもとに戻りますね。あれほどの悪意をステージの上で見せられたんです。ケアをしないと」

 

 暗雨のわざとらしい丁寧語の内容をまっとうに受け止める人間はこの場所にいなかったが、アイドル運営に関わっている者がその行動を咎めることは出来ない。

 プロデューサーと十王星南は、自分たちのライブが1人の男の手によって汚されていったのを認めるほかなかった。

 

「くっそぉ………!」

 

 部屋から退出した暗雨。閉じられたドアにプロデューサーが自分のそばに星南がいることにも関わらず、彼はうずくまったまま恨み言を、後悔を連ねる。

 

「ストレイの解散があんな感じになったのは……分かってる。……だけど、これは………これが、ねーちゃんたちの………」

 

 そのつぶやきを星南は傍で聞くことしかできなかった。

 

 




「なんか効率よくアイドル潰す方法ないかな……白草も花海咲季も、やる気をなくすような……」
「そういや961が音楽生成AI技術を使ってなにかしようとしてたな……。こんなの発表したら、どうあがいても燃えるよな……」
「……これを初星の対バンで初披露したら燃えるだろうな~」
正気か?

少し休みいただきます。
もう露悪もの書きたくねぇ! 去年の年末からこっちは露悪思想がぶっ壊れてるのによく今の今まで蛇足を書き続けられてたよ!
次回更新はもしかしたら6月以降になるかもしれません。
 
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