夢を見ると言うことが大事
翌日も彼はあの部屋に来ていた。
「いったい何の用なんですか? 私は忙しいのですが」
「書類を書いてほしい」
「何の書類を――」
渡された書類に四音は絶句する。
「開示請求……」
「身に覚えはあるだろう?」
「さすがに私もツイスタで問題になる書き込みなんてしてませんが」
「お前じゃなくってネットでお前を誹謗中傷した誰かだ。なんでお前を開示するんだよ。お前の住所知りたかったら本人に聞くし、極月の事務に問い合わせる」
「……それもそうですね」
一瞬納得しかけて、椅子に座ろうとしたところで
「――ちょっと待て」
ようやく四音は目の前の男の行いに気づいた。
「ん、なに?」
「いやいやいやいや!? 開示請求!? 開示請求って……あの!?」
「簡単に言うなら誹謗中傷した人間の現住所とかの情報を調べるための手続きだな。実際に慰謝料ふんだくるかは別のステップだ」
「やるメリットは!?」
「ファンクラブと動画サイト、SNSのコメント欄の炎上沈下だな。デメリットとしては開示までにえげつないほどの時間がかかることと、刑事告訴しても相手がどういう態度で出るか分からないということだな」
「その時間は」
「半年だな。ちょうどWINGの決勝ギリギリって感じ」
WINGの決勝は3月である。窓の外は西日が差し込み、暖かいというよりも残暑で暑かった。
「予算は」
「俺の知り合い経由でお友達価格。極月も961も出してくれなかったから俺のポケットから出した」
「……予算は」
四音の問いに彼はピースサインをした。
2万円なわけがないから20万。しかもお友達価格で。
「ちなみに1回の料金だ。実際にはあと数倍に増えるだろうな100は行くかもなぁ」
「……クラクラする。よくそんな金をポンと」
「お前を復帰させるためにっていうのと、それに俺にもパトロンがいるから」
「パトロン……アイドルを潰したがっている人たちの事ですか。一体何がしたいのやら」
「アイドルじゃない。奴らにとっては『日本国内の女性アイドル』がたんこぶだ」
「………なんか、察してしまいました。かなり危ないお友達がいるのですね」
「勝手に察するな。俺はナショナリストだし、スマホにはAVのためのアプリも入れてる」
目の前にいる男が産業スパイではないかという思考がよぎったが、そんなことであればさすがの黒井理事長も雇わないだろう。
「もっとも、アイドル業界をつぶせるのであればタダでも喜んでやるけどな」
「……なんでそこまでアイドルを」
「……。――アイドルに家族を殺されたっていえば納得してくれるの?」
「いや……」
「安心して。NPO法人とかやってるような自称知識人しかとってないよ。ヤクザやマフィアとは取引してないよ、たぶん」
四音にとっては目の前の男が勝手に自滅しようが興味はなかったが、巻き込まれるのは困る。
「あなたの叶わない夢がどうなるか、見させてもらいましょう」
「見るのは勝手だけど、早く書類を書いてくれないか」
*
書類は効率化されてはいたが、それでも大量の筆記項目があった。正直言えば早く切り上げたいというのが正直な感想だが自身のアカウントのコメント欄に暇人がこびりついているのは目障りだったのでサインを行う。
(しかし昨日の今日でこんな書類を用意する……ってことはある程度予見していた? それとも……ボクに恩を……? 自分のお金を使ってまで……?)
「終わりました」
「ん……ちょっと待って」
書類を確認していく焦をよそ眼にスマホを立ち上げる。
SNSは常に確認しなければならない。1時間あれば致命的な炎上が起きる現代では暇があれば情報戦をしなくては。
(そろそろNIAのときの炎上も落ち着いてきたか……?)
タイムラインにはアイドルの公式情報が流れ、トレンドには理解できない単語やアニメのタイトルが並んでいて退屈だった。
*
ノックがされた。英単語帳を読んでいた四音と書類の確認をしていた焦が目を合わせる。
「俺が行こう」
書類をスモークがかかったクリアファイルに入れると彼は立ち上がって部屋のドアを開けた。
「あ、え、誰ですの」
「昨日から極月に臨時採用されました。何の用でしょう?」
「し、白草四音お姉さまはいらっしゃるでしょうか」
お姉さま……と、娑婆ではなかなか聞かない言い回しに困惑しながら目の前の高校生を見渡す。ピンクの髪に、小動物というよりも小悪魔のような顔。
「あぁ……藍井撫子さんでしたっけ」
「そうです、あたくしが高貴な血筋とプリティールックスで話題を集めた藍井撫子ですわ~!」
「………へぇ」
呆気にとられている焦の様子に四音は少しため息。昨日はあんなに自分の存在意義を殺しにかかったのに今日は何も言わないらしい。
「撫子、あまりその人に喧嘩を売るのは良くないですよ。あまりにも口が悪く、身分も卑しいのですから」
「あ、四音お姉さま。ここにいたのですね!」
「……入れていいのか?」
「構いません。撫子の立場は今の私と同じですから」
教室に入るなり撫子はそこらの椅子に断りなしに椅子に座った。
「あの、あなたは何なんでしょう? 見たことありませんの」
「昨日付で黒井さんに『白草四音専任SNSマーケティング担当』に配属された。名前は………なんだっけ」
「……自分の名前ですのよね?」
「偽名だから忘れた。えー……っと……くろ、くら……うーん」
「暗雨焦。自分の名前ぐらい覚えてください」
「あーうん、そんな名前だったな」
脳機能の1%も動いてないのではと疑ってしまうようなやり取りに撫子は呆れて四音の表情を伺う。
「なんなんですの、この人……」
「アイドル嵐の時代を起こした張本人、と黒井理事長は紹介してましたわ。……尤も口を開けば虚言と雑言を吐く男にそんな大事を起こせるとは思えませんが」
「嵐の時代を起こす……? あれは一種の……」
長考に入った撫子を無視して焦は書類を確認し終えた。
「書類、確認した。問題ない」
「……一応確認します。その案件の1つを私ではなく撫子に使うのは――」
「無理。予算ぎりぎりだし、金持ちお嬢様に金をかけてやれるほどの余裕もないし根拠もない。藍井さんは目立ってなかったからな」
「め、目立っ――」
おそらく撫子は目立つの意味が「悪目立ち」であり彼の手にある書類が開示請求にかかわる書類であることは把握していないだろう。
撫子が何かを言う前に焦が言葉を重ねたことで封殺される。
「それで――これからは? 仕事とかはあるのか?」
「まったく」
「………まったく?」
「もとより961の候補生であって正式なアイドルではありませんし、このように極月からも干されていますからね」
「レッスンだけしてファンは増えないからねぇ……。オーディションでも探してみるか」
「……あなたにプロデュースされる謂われは無いのですが」
「書類を届けに行ってくる。……プロデューサーじゃない俺は、別にお前が失敗しても構わないし、アイドルを辞めてもらったほうが助かる」
面倒くさそうに焦は話を打ち切ると部屋から出て行った。
「なん――何なんですの、あのお方!」
2人きりになった瞬間に撫子が悪態をついた。自分のことを考えての発言であることを四音は理解していたが、しかし彼の態度も――そもそも経歴ですら怪しい。
「撫子は――」
「なんでしょう、お姉さま?」
「………いえ、なんでもありません」
開示請求を行ってアイドルにどのような好影響があるのだろうか。
粘着し続ける知能の足りないものに関わって何が楽しいのだろうか。
彼は……なぜ嵐の時代を起こしたのか。
四音はそんなことを思いながら単語帳を閉じた。
これを投稿している時点で8話の執筆中であり、暗雨焦の激ヤバ思想の方向性や内容はすでに決まっていたのですが……
中公文庫さんの「持続可能な魂の利用」を読みました。
アイマスPは読まないでください。私は無茶苦茶好きですが、アイマスとの相性が悪い方向で合いすぎる。
読んでしまった人へ。この作品「蛇足」の方向性はこれです。