極月学園アイドル科には決闘というものがある。生徒間のトラブルを解消するために学園内の小型ステージで対バンを行うというものだが、基本的には馴れ合いにしか使われない。文字通り「決闘」の意味合いで使用することになるのはおそらくこれが初めてだ。
ルールは以下に示す
・2分未満の楽曲パフォーマンスとその前後に行われる合計4分未満のMCを合わせて1ターンとする。
・1人が1ターンを終了した後もう1人が1ターンを行う。これを1セットとする。なお先攻・後攻は1セットの最初に決定する。これを3回行う。
・最終セットに使用する楽曲・音源は主催者の協議で決定する。しかし1セット・2セットで使用する楽曲や音源は各々で決定する
・スピーカー・マイク等のステージに関わる設備は共用とする
・決闘の様子は極月関係者ならば生でも見れるが、極月公式チャンネルで生配信される
・各セットごとに勝敗をファン投票によって決定する。勝ち星が多いほうが勝者。なおセットごとの勝敗は最終セット終了後に公開される
*
「まぁ、簡易版のNIAみたいだね。細かいルールを詰めていけば相違点はいくらでも見つかるんだろうけど」
ルールを挙げていく焦に対して撫子が信じられないものを見る表情をしていた。
「あのっ! な~んで1ヶ月後に決闘をするなんてことになってるんですか!? 昨日なにがあったんですの!?」
「宣伝。当面仕事無いだろうから、都合よく落ちていた喧嘩を買って転売しようと」
「いやいやいやいや!」
「それに四音の実力なら叩き潰せるでしょ」
「それは……お姉さまの実力なら大丈夫でしょうが……!」
なおも不平不満を連ねようとした撫子を四音がなだめるように肩を抑えた。
「撫子、この男のいうことも屁理屈並みの理屈は通っています。私はWINGに出場する身、だからこの場を無視は出来ないでしょう」
「四音お姉さま……」
「それよりも、撫子には桃園何某の情報を集めてきてほしいです。……出来るでしょうか」
「はいっ! それはもちろん……!」
四音に優しく頭を撫でられた撫子は「じゃあお願いしますね」の一言で特別室を飛び出した。
そのやり取りを焦は何も言わない。
「……珍しいですね。あなたなら青臭い理想を言うと思ってました」
「別にスパイ行為程度で文句は言わない」
「いえそっちではなく……私があの子を駒に使っていることを」
「ん……思うところはあるけど、俺の高校時代にも似たような奴がいたから否定できない。腰巾着ムーブすることで『何か』になりたいんじゃないか?」
「あなたにも友人がいるのですね」
「……まっとうな友人はそいつしかいないな」
そしてため息を1つ。またごまかした。
「話を戻そう。――まぁ白草の実力なら問題はない。相手が飛び道具を使うかもしれんが……まぁ、藍井のおかげである程度は予見できるな。最終セットの課題曲も双方961の候補生だから『オーバーマスター』だし、手慣れてるでしょ」
「確かに、問題ありません」
オーバーマスターは元々トリオ用の楽曲だが、現在961プロではソロ用に調整されたものが練習曲兼憧れの曲みたいになっているらしい。初星学園の「Campus mode!!」みたいなものになっているらしい。
「問題は他2曲だな。……どうが良い?」
「どう、とは」
「1つは楽なの……961の曲を使うということ。使い慣れた『先輩方のカバー曲』を用いれば相手との能力差は明らかになるし、なによりも許可を取らなくても良いし練習も最低限で済む」
「……もう1つは」
「お察しの通り、他の会社の曲を借りる。流行りの曲でも思い出の曲でも……。問題は『白草四音』の看板だな。悪名高い白草四音のために自社商品を貸し出すプロダクションはいないだろう。加えて時間がない。許可取りを含めると多くても3週間程度しか練習時間は取れないだろう。だけどこっちのほうが話題性も取れるだろうな」
「余裕です。後者のほうで。『そうしたい』って顔に書いてますよ」
「嬉しいね、パワープレイは好きじゃないけど今回は頼らせてもらうよ」
そう言うと焦はスマホを取り出した。
「悪いけど、10分あげるから歌いたい曲を10個ぐらい挙げてくれ。いけそうな奴から許可取りの電話をする」
「……1つは暗雨さんが考えてください」
「………良いのか?」
気前の良い言葉に焦が困惑する。その表情は本当の感情を映しているようで、意外だった。
「この1週間、白草には面倒ごとしか押し付けていない気がするんだが」
「別に信用したわけではありません。ただ――あなたの嫌がらせと汚言に見合った能力と、大口がどこまで通用するのか見物ですね」
「言ってくれるねぇ……」
四音の皮肉に焦がいじけた子供のように視線をそらした。どうやらビックマウスの自覚はあったらしい。
それに開示請求の手続きを踏んでくれていたことが、そしてそれをいとも簡単にやってくれた彼の行動力には少しだけ信用しているのも事実だ。
(なんで……どうしてただのSNS担当がここまで関わってくるのかは疑問ですが、まぁ役に立つのであればせいぜい使いつぶしてあげましょう)
「じゃあ雲と風のどっちがいい?」
「なんですかその質問………雲で」
*
(何なんですか何なんですか何なんですか……!)
桃園花音は情報を現状に頭をかきむしるしか無かった。
つい出来心だった。でも計算高い考えだった。
墨汁も接着剤も普段の極月学園ならば原状回復で済む程度の”イタズラ”で済むはずだった。でもこれはファーストペンギンであり、この行動を呼び水となり別の生徒がもっと過激な”イジメ”を行うというシナリオだった。
問題は白草四音にプロデューサーがいたことだ。いや、正確にはプロデューサーではないお目付け役なのだろうが――どうでもいい。
彼が青臭く、加えて理事長とのコネクションがあるなんて予想していなかった。
彼が決闘を企画したのは救いかもしれないし――ただの蜘蛛の糸かもしれない。普通のアイドル候補生が才能のみでNIAまで勝ち上がった白草四音に勝てるわけがない。
でも――この一発逆転に掛けるしかないのだ。
幸いにもあの男はアイドルプロデュースにおいて名前が浸透していないため、そこまで有名ではないらしい。そのため彼が打ち出すプランは白草四音の才能を使ったパワープレイだということが予想できる。
大丈夫、父の力を使えば――あのコネを使えば私は……
*
キャラを変えたほうがいい、という焦の提案は以前にも聞いていたが内容を聞いたときはさすがに異を唱えようかと考えた。
「猫かぶりをやめて『女王様』スタイルで行く……ですか」
「珍しくないだろ?」
まぁ確かに。女王様スタイル自体はひと昔前に流行したスタイルだ。ただ現在では殆ど捨てられている。
「……現代では女王様無理でしょう」
「無理な理由は2つ。『ネット配信が主戦場の現代アイドルは過激な発言や行動ができない』と『多様化しすぎたアイドル観のせいでドルオタが「王道がいいよね」とか言って分かりやすいセックスアピールをするアイドルが注目される』だ」
「……言い方の悪意に関しては無視しますが、その通りだと思います」
そういえばコイツはアイドル嫌いだった、とひしひしと噛みしめながら四音は同意する。
「でもね――俺は『現代の推し文化』について文句言いたい。俺が大学生のころから『推しに貢ぐ』とか言って金だけ提供して自分は何もしないことが肯定されて、『推し』はオタクたちの代理戦争を行うための戦争道具になった。加えて推されるためには支援者を満足するための、いわゆる慰安――」
「長くなるんだったら後でレポートに纏めてくれません?」
なんだか危ない言葉を言いかけた焦を何とか止めると「じゃあ電子書籍送るね」と宣った。同志にする気満々でアイドル候補生の四音にとっては面倒である。
「まぁ、アイドルの要素が『代理戦争』と『セックスアピール』に纏めるとするならばセーラー服ほど分かりやすい服もないよなって話」
「………それとこれとで話がつながらないのですが」
「だから白草には『みんなのためのアイドル』ではなく『みんなのケツを蹴り上げるアイドル』になって欲しいってこと。女王様、というよりも軍の指導教官や高官みたいな感じかな」
「軍の……だからドイツの軍事映画を見せたんですか」
「そうそう――まぁアレみたくヘイトましましのMCをやれとは言わないけどさ。仮想敵は弱い自分……的な言葉で鼓舞するようなのはいけるだろう」
「それは……大概説教臭くて、使い古されている気がしますが」
「違うのは観客を罵倒するスタイルを使う部分だな」
「罵倒……正気で?」
地下アイドルならともかく、地上のアイドルがそのような行動をとれば一瞬で干される。しかし彼は笑って「じゃあNIAのころのお前は狂ってたのかよ」と言った。
「最近のアイドルはぬるい。パフォーマンスが、ではなくMCの部分で。ネットのせいでアイドルとファンの距離が縮まった結果、炎上を恐れて刺激の少ないコンテンツしか無いじゃん。結果せっかく縮まった距離を活かせていない」
「………否定はしません。ただ、リスクが」
「お前がNIAのときに暴れてくれたおかげで『優しくて高貴な白草四音』のイメージを保っているファンはもういないよ。他校の生徒を馬鹿にした挙句、そいつは優勝したんだからさ」
「………………」
思わず睨んでしまったが、彼の言葉を否定する権利は四音にはないのだ。
ここは彼のプランに乗るか。そう思って四音は「……そこまで言うなら」と険しい顔のまま言った。
「そんな怖い顔しないでおくれ。このキャラは今回用意した衣装のとき限定だ」
「……どういうことです?」
「さっきも言った通り、お前の猫はもうバレている。だから『服によってキャラを使い分ける演技派』みたいなキャラ付けもできる」
「今考えたにしてはなかなか面白いことを言いますね」
「あ、バレた?」
思わず殴ろうとしたが、その前に彼女の目の前に紙袋を渡された。
「着て。着替え終わるまで出とくから」
「………これは?」
「俺の副業経由のコネでもらった軍服風の衣装。これを改造すればいけるはず」
「副業…………」
色々聞きたいことがあったが、その前に
「この部屋って隠しカメラとかありません?」
「あー……少なくともあの衝立の裏にはない」
「全部処分してくれません?」
「ごめん……それは、俺の疑心暗鬼を恨んでくれ。心配しなくとも裏ビデオなんかに回さない」
「………はぁ」
大きくため息をした。やはりこの男は信用ならない。
今回は歌詞の引用はありません。
次回、決闘編です。