蛇足   作:勉強サボ浪

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S.O.S to the world



S/./O/./S/./

 テレビの中の切り取られた空間。

 今となってはなぜ小学生のボクがこんなカンに触るようなアイドルが好きだったのかは思い出せない。

 ただ、あの空間はキレイで、かっこよくって、かわいかった。

 アイドルの好きであふれていた。

 彼女の名前は――

 

 

 久しぶり、元気してた? おばさんにはフルーツを渡したよ。ブドウにナシにイチジク……あとスイカ。地球温暖化がひどいんだって。

 面倒なことにまたアイドル業に戻ったんだよ。嫌だねぇ。あんなに頑張ったていうのに、まだ誰も幸せになっていない。

 あぁ……そうだね。この書類にサインを……。――うん。一応の義理は示さないと。まだ引退してないんでしょ? 事務所には通したけど、直接の権利は――ほらあのプロデューサーとの契約も終わってるし。

 それに……確認したくってね。

 意地を張る必要はないんだ。この手を……取ってほしい。一緒にアイドル業界――ひいてはすべてのエンタメの枠組みを壊そう? このどうしようもない世界を荒らそう?

 頼むから――救いを求めてくれよ。

 

 

《これより、第2セットを開始します。先攻は白草四音さんです》

 

 屋外ステージには緊張が走る。2030年代の企業のネット検閲に慣れた人間にとってさきの彼女の演目は劇毒である。次のMCでヘイトスピーチをぶち込むのではないか、と考えてしまう。

 コン、コン、コン。ブーツの硬質な音が響き渡る。野次も罵声もない。

 アイドルのステージとしては落第点の雰囲気で彼女は言った。

 

《――愚かしい》

 

 その言葉に、冷たい視線に全員が気分を害す。しかしそれで気分を荒げたら奴の目論見通りだ。だから苦々しげに顔をゆがませる。

 ――しかし四音は言葉を連ねる。

 

《すぐ後ろにカメラがあるというのに、少し揺さぶったら罵声の大合唱。あなた達、一応エンタメの関係者ですよね? NIAの時の私以下の所業でしょう》

 

 何も言い返せない。

 隠し撮りされた四音ではなく、背中には配信カメラがあるのは誰だって分かるのに第1セットでは場の雰囲気に乗じて罵詈雑言を繰り返してしまった。

 それが作戦であることはこの場にいる観客は知らないはずだが……動揺させるには十分だった。

 

《それに――あなたたちがどれだけピーチク囀っていても、私には届かない。》

《アイドルがどんなに愛想が必要で、あのスキャンダルでアイドルとしてのキャリアが消えた私であっても……あなたたちはNIAでもそのあとでも、私を殺せなかった。》

《あなたたちの愛想も、媚びた演技も、セックスアピールも……ぜんぶ、私には届かない。技術と才能だけの私に――誰も勝てない。》

《ファンを見ていない二流アイドルに、あなたたちは勝てない》

 

 冷酷に、選別をするように、不出来な生徒の無謀な進学を止める塾講師の如く――白草四音は観客たちに黒のトリアージを押し付けた。

 さすがの観客も、怒りの声を上げる。

 

「これまでの立場をないがしろにして自滅したクソアイドルが!」

「もうお偉いさんに媚び振っても仕方がないからって自滅するつもり? 私たちを巻き込まないでよ!」

「愛想がないくせに、媚びを売るのが難しいからって負け惜しみはやめてくれませんかねー!」

 

《じゃあ、同じステージに立ってあげましょうか?》

 

 沸き立つ声、罵声、言葉に四音は笑みを浮かべて――下賤な人間のみっともない暴言に嘲笑の笑みを見せて言った。

 

《確かに私は客に媚びて愛想を振りまくのは苦手。だけど――あなたたちが別に上手いってわけじゃないでしょう? 》

《少なくともぉ、極月学園にいる誰よりもぉ、媚びだらけのパフォーマンスはぁ出来ますよぉ?》

 

 後半になってわざとらしく高い声を使うことで余計に観客の声を、怒声を強めてしまう。

 罵声、罵倒――さすがに運営が問題視をして司会に言おうとした瞬間

 

《――静かに》

 

 四音が左手を挙げ短く低く警告した瞬間、場が一気に静まり返った。

 この空間でいったい誰が主導権を持っているのかは明白である。

 

《ちゃあんと、見てくださいね? ――自分たちの何が足りないのか知るために》

 

 甘く、冷たく言った言葉とともに構えた。

 

《Ready……》

 

 00年代を想起させる電子音が鳴り響く。

 

 

 初星学園、視聴覚室。

 白草四音のMCの内容は凄惨なものだと評価するほかなかった。

 アイドル軽視・観客軽視となかなかに酷い。見たくはないがSNSの内容はおそらく予想できる。

 

(それらを実力だけで無視できる……って考えてるのかねぇ。白草四音のプロデューサーは)

 

 夢物語だ。あそこでいじけてプロデューサーの頭をごすごすとぶつけている手毬だって知っている。

 アイドルは愛嬌であり、推してもらうためには人間性が必要なのにあれでは……。

 

《Ready……》

 

 モニター内の四音がつぶやき、そして楽曲が流れ始めた。あってないようなイントロが流れ、すぐに入りになる。

 

《キミにFall in love 恋のSOS ずっと胸が苦しいんです》

《ハヤクRescue 「好き」のテレパシーに早く気づいて!》

 

 聞いたことがある曲だった。小学生のころぐらいに聞いたかもしれない。

 問題はそのパフォーマンス。困ったように目じりを下げる表情、動き自体は大きくないものの視線も指も腰も明らかにアイドルとしての魅力全振り――彼女の言うところの「媚びを売る」パフォーマンスである。

 さすが優勝候補、極月の最高戦力であり大口をたたかれても血涙を流しても完璧なアイドルを演じるのは出来るということだろう。

 

「すっげーな、あれ……」

「ことねから見てもなの? 私は……あんな風なかわいい系の曲やったことがないから分からないのだけど、真似できないの?」

「ムリムリムリ! あれは徹底的に計算された”カワイイ”だから、技術の問題。対抗はできても……完全にコピーは不可能、悔しいけど」

 

 そういえば咲季はダンス系だったからキュート系は詳しくないよなと思いつつ、ことねは手毬とプロデューサーのほうを見た。

 

「ぷ……プロデューサー……?」

 

 手毬が狼狽していた。

 そのレベルで彼女のプロデューサーは絶句し、顔面を蒼白させていた。

 

 

 1ヶ月前。

 

「じゃあ1曲目はLuna say maybeで。課題の3曲目がオーバーマスターだから、2曲目の候補を挙げてくれ」

 

 第6特別室で月村手毬の公式メールアドレス宛のメールを作りながら焦は言う。

 

「なんでも良いんですか?」

「まぁ……クール系が楽ではあるけど。でもMCの組み立て次第でかわいい系もいけるよ。――あ、初星はやめて。さすがに2曲も使うと”喧嘩”が”侵略”になる」

「じゃあ、SOSで」

「SOS……どのアーティストの?」

「――283プロの、です」

 

 その言葉にぴくり、と彼の指が停止した。

 

「黛、の――?」

 

 その目は明らかに驚いていた。

 

「どういう、理由で?」

「――家に、CDがあるんです。ほら、これ……」

 

 彼の狼狽の仕方が異常すぎてすこし強張ってしまったが、震えながらCDを渡す。283プロのソロコレ――しかも初版だ。

 

「うわ、これステラだ……」

「私がアイドルを志したきっかけは……もう覚えていません。しかし子供のころの私はふゆちゃんの曲をよく聞いてました」

「……」

「ふゆちゃんのような……可愛くて、小悪魔的なものは今のボクには難しいかもしれません。でも……アイドルである理由がないボクには、昔のボクが好きだったものを追いかけるしかないんです……」

「………」

 

 白草四音にはアイドルを志す理由がない。NIAで大恥をかいてもなおアイドルにこだわり続ける理由はない。もしかしたらそれは姉へのコンプレックスなのかもしれないが、「逃げない」という選択肢を採り続ける自分を自分でも理解できていなかった。

 だから彼女は昔の自分に頼るしかなかった。今の自分は空虚で、何もなかったから。アイドルで居続ける理由をかつての「推し」に押し付けることでしか、アイドルを願い続ける理由が無かったのだ。

 

「――甘えたことを言いましたよね」

「……いや」

 

 四音の言葉を彼は真正面から否定する。

 

「……すごいことだよ。なぜ自分がこれを続けたいのか……偽物であってもそれを自覚できるだけ白草はすごいよ。そうじゃない人間は、たくさん見てきたから……」

 

 少し寂しそうに彼は言うと、視線をそらして続ける。

 

「ま、俺としてはさっさと引退してくれれば嬉しいんだけど……後悔が残ったまま引退されて燻るのも困る。……だが、難しいぞ」

「難しいですか……?」

「パフォーマンスはさておき、MCだ。かつて炎上を起こしたアイドルが、黛みたいなMCは不可能だろう」

「……プランは、ありません。私がやりたいからやるってだけで――」

「じゃあ、炎上上等で『腹黒がばれた私のほうが、何の個性もないあなたたちよりも愛想を振りまけますよ』みたいに行くか」

「それは……最悪、ふゆちゃんに悪くないですか? 喧嘩を売ってるみたいに」

「良かったね。憧れのアイドルに会えるよ」

 

 その言葉に驚く。もとより虚言癖だらけの彼の言葉だが、その言葉はあまりにも冷たく――叶うわけがない夢に同調するかのような言葉だった。

 

「じゃあ、黛冬優子のSOSね。283に許可もらって来よう」

「あの――」

「うん?」

「最初に会ったときに言った『最高のアイドル』って――」

「ハハハ、まさか」

 

 焦は四音の予想を一笑に臥せる。

 

「あの人は、逃げた。俺の期待から大きく外れて」

 

 

 どうして? どうして? どうして?

 

 どうしてこんな事になっている!?

 

 どうして――こうなった!?

 

 流行りのアイドルソング。ギャラリーの需要を満たすだけの意味のない歌詞にお色直しをして変えた衣装。ガールズバンドの生演奏も継続。

 すべて、現代アイドルとしては最高の演出だ。史上最悪のMCとは比較できないほどに、私のものは輝いていたはずだ!

 なのにどうして! どうしてこんなに歓声が空々しい? 観客の歓声は全部安堵の声だ!?

 

 第3セット。双方ともにオーバーマスター。白草四音のMCは高圧的で変わらない。

 なのにどうして自分のものとこんなに違う!?

 

 

「あーあ、ペース乱されちゃってる」

 

 桃園花音の後攻オーバーマスターはあまりにも稚拙だった。白草四音のものと比較するのが可哀そうになるほどに。

 

「どんなにMCの印象が悪くっても、教科書通りのモノとは比較にならない。それに……いくら愛嬌があっても、圧倒的なパフォーマンスの前では意味がない」

「……悪名は無名に勝る」

「あんまり好きな言葉じゃないけどね。でも……MCで白草が言ったことは全部事実だ。ここにいる候補生の中で白草に勝てる奴なんて、せいぜい賀陽さんしかいない。そんな弱者たちがうじうじ言っても見苦しいだけだし、アイドル的なダンスや歌ができていたかなんて第2セットの結果で明らかだしねぇ」

 

 桃園の様子は明らかに疲労していた。明らかに四音のMCでストレスが溜まっているのが分かる。

 これまで大した経験がないアイドル候補生が初めて立つステージで一緒に立つアイドルが観客に対して喧嘩を売りだしたらまずはストレスを覚えるだろう。

 

「……これ、四音お姉さまが干されませんかね………?」

「NIAでもう干されてたのに、これ以上干されることはないだろ。じゃないとここまで暴れさせていない」

 

 本当だろうか。撫子は疑ったが、黙ることにした。

 

《それでは投票を始めます》

「一応聞くけど……サクラ用意してる? してたらやめて」

「するなって厳命されたからやってません。それに……今回はサクラを雇う理由もありませんし」

 

 パフォーマンスだけ見れば四音の圧勝。MCは見てくれは悪いが間違ったことは言っておらず投票者の大半であるネットの視聴者には向けられていない。ただただ教科書通りでつまらなかった桃園のものと比較して刺激的なのはどちらだったのかは明白である。

 

《結果を伝えます――。第1セット勝者、桃園花音。第2セット勝者、白草四音。最終セット勝者、白草四音。今回の結果は白草四音の勝利です》

 

 その結果とは裏腹に、会場の全員が一つも拍手をしなかった。

 

 

 SNSの書き込みを見ていた。どうやらアイドルになるには覚悟が必要だとかなんとか書いていたアカウントのプロフィールを見て、せせら笑う。

 

「はーい、ストップ。ライブ後にエゴサ止めておくれ」

 

 スマホを眺めていた四音の後ろから焦が言った。

 

「……どうしてですか」

「興奮した状態でSNSいじってほしくない。経験はゼロではないけど、まだ素人のお前の今の状態でかなりヤバいこと書き込んだ例なんていくらでもあるから」

「さすがにそんな凡ミスは……」

 

 言いかけてやめる。自分のこれまでが否定の言葉を否定した。大人しくスマホを閉じると満足そうに彼は「それでいい」と言う。

 

「一応聞くけど……内容は?」

「別に……まぁ、よくある感じでしたよ。私の悪口ばっかり」

「問題があればすぐに開示の手続きをしよう。ただ……こっちもそんなに予算がないけど」

「予算……ですか」

「お前のその衣装だって中古とはいえオーダーメイド品だからかなり高かった。本当は手近なコスプレで我慢しようかと思ったけど」

 

 ハンガーに吊られた軍服はこれから専門のクリーニング店に運ばれるらしい。これ自体は961との契約だから格安らしいが。

 

「これで今の干された状態から少しは進化する。……企みがうまくいかずにもっと干される可能性だってあるけど、そんなことはないと思いたい……な」

「自信がないんですね……」

「やってることは炎上商法だしな。それに俺はアイドルプロデュースなんてやったことないし、本来こんなに表に出ることなんてないからビクビクしてる」

 

 彼はそう言うと椅子に座った。

 

「2つ用件がある。1つは数日間、東京から離れること」

「どうしてですか?」

「疲れたから休暇を取る」

 

 シレっと噓を吐いた気がしたが、どうでもいい話だったので無視。

 

「もう1つは……衣装とプロジェクト。黒井さんから名前を付けろ、って」

「名前……?」

 

 衣装に名前を付けるのはまだ分かる。いろんなアイドル事務所がよく分からない名前を付けてきたものだ。しかしプロジェクト……?

 

「プロジェクト……って、例えば『白草四音最高計画』とか?」

「高度なギャグだね。そんなものを961か極月のホームページに載せられないと思うからさ適当なもんを考えてくれない?」

「……あなたでいいんじゃないですか?」

「知能労働はしばらく休業だ」

 

 実際、かなり疲れているのだろう。隈はないが彼の吐息には疲労が隠せていない。

 

「1週間後には戻るつもりだからさ、仕事の依頼が舞い込んでもいきなり手を出さないでよ。こういう時が一番ヤバいんだから」

 

 彼はいったい何がやばいのかの説明もせずに目を瞑って深い呼吸を繰り返し始めた。

 困ったな、と思いつつも四音は彼を起こさないようにスマホの電子書籍アプリを立ち上げた。

 

 

 

 

 




本作品には「アンチ・ヘイト」の必須タグが付けられています。
しかしこの作品内で特定のキャラクターに対する誹謗中傷をおこなうつもりはありません。

ご注意ください。
まだ始まったばかりです。
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