食わず嫌いの飴玉も
窓越しの惨状も見てないことにしたまま
決闘から8日過ぎた。未だに彼は戻ってきておらず代わりに遠距離会議をすることになった。
テレビ会議システムを用いたミーティングはこれが初めてだ。
《白草は……どう? 仕事来てる?》
昼休みに第6特別室に逃げ込んだ四音と撫子は弁当をすでに食べ終えて会議に臨む。
彼の背景から察するに車内にいるらしい。窓の外は緑があり、郊外だというのは把握でいたが場所までは特定できなかった。
「朝に転送したメール5つ。それから変化してません」
《早く結論出さなきゃいけんよなぁ……》
仕事が5つ。しかしどれも知らないメディア。簡単に調査はしてみたが、どれも確証は出来なかった。
《コスプレのやつは省いて。あの時の衣装は中古の改造品だし、もともとの企画が……他人にあんまり注目してほしくないやつだから》
「…………はぁ」
《ちなみにそこに藍井はいる? こっちでも洗うけど、藍井家の知り合いがいないか確認してほしい》
「すでに連絡は済ませていますわ。あとはお父様の連絡待ちです」
《いいね。仕事が早い》
画面に映ってはいない声だけの撫子を褒めると、彼はパソコンの画面を共有した。映し出されたのは1つの会社のものからだ。
《これはたぶん俺の知り合い。……相当恨みあるだろうから一応俺から連絡を出す》
「カソダニさんと?」
《……これをカソダニって読むお前のセンスに敬服するよ。もしかして藍井って平成のオタクだったりする?》
「あなたじゃあるまいし! 見てくれ弱者男性のあなたに言われたくないですわ!」
そんな馴れ合いを済ませると画面上に3つのメールを出した。
《この3つは要確認だ。こっちでも探ってみるけど……頑張ってほしい》
「わかりました。――あなたはいつ戻ります?」
《うまくいけば明日。雨が降らんかったら明後日だな》
「雨……?」
雨、との言葉に少しだけ反応する。撫子は映っていないことを良いことにすぐに動いていた。
《じゃあね。――頼むから、こっちの仕事には踏み込むなよ》
「はぁ……わかりました、反社さん」
ミーティングが終わると撫子はすぐにスマホの画面を見せた。
「明日に降るかもなのは……千葉とか茨城とか群馬とかですね。範囲は広めです」
「明後日確実に降るのは?」
「んー……さらに範囲が広がって、東京も降るみたいです」
その言葉に役に立たないなと思いつつも、2030年代になっても確定まではいかない天気予報に恨み言を言うべきかそれとも面倒ごとをしている焦に文句を言うべきか迷った。
「それにしても……雨? 何を狙ってでしょう……?」
「さぁ……ヤクザは鉄砲玉がカチコミをかけるときは決まって雨だと聞いたことがありますが……。あの人の情報は?」
「……まったく。名前も偽名ですし……藍井家はべつにエンタメの家でもありませんので……」
「まったく……」
声が低くなり悪態をついた四音に撫子は委縮した。
*
民家から1人の女性が出て行って尾行して数十分。彼女は1つの裏路地に入ったから時間稼ぎするという仲間の声が通信機越しに報告されて3分程度。
報告が途絶えた。
「大丈夫かよ……」
男はスイッチを押してもう一度仲間に連絡しようとしたときにスピーカーから声が聞こえた。
《逃げ出す。早く来てくれ!》
「まじかよ……!」
その言葉を真に受けて既に回り込んでいた男は彼女が逃げ出さないように裏路地に飛び込んだ。
声の主がすでに横に転がっていたことも知らずに。
「な――」
気づいたのは裏路地の3分の1に侵入した時だ。
転がった行きずりの仲間2人と、ターゲット――に扮した別人。
「お、おまえ」
瞬間、後頭部に強い衝撃。殺すため、というよりも脳震盪を起こして前後不覚にするための一撃に思わず立てなくなる。
「ワン・ダウン。さすがだね」
「そりゃあ、まぁ」
男を拘束するように誰かが上に乗った。声から判断して、男。
「お、まぇらぁ」
「動くなよ……。2回目の脳震盪は笑えない」
腕と足が拘束される。ポケットからスマホから回収されると後頭部をつかまれて正面を向けさせられる。眼前には男のスマホ。顔認証でスマホロックが解除される。
「一応聞くけど、クライアントは?」
「し、しらない――俺たちは、バイトで……」
「一週間以上車で住み込みとは、やるねぇ」
ばれてる。
何やらスマホを弄っている男も、自分が何の情報もない末端であることは察しているのだろう。
「お、俺は――」
「ヤクザ? ヤクザが元アイドルの家にストーカーかい? しかも代紋バッジをつけたまま……? シノギにしてはお粗末すぎるし、本物のストーカーだとしたら後先考えてなさすぎる」
仲間の所持品はすでに確認済みなのだろう。そして顧客が書いたシナリオも。
「40分経過したら110が鳴るようにセットした。もう二度と闇バイトはすんなよ」
手近な金属製の排水溝に男を括り付けると、拘束をした人間は彼に目隠しをした。
*
外は雨が降っていた。これでは匂いは消えているだろう。結局仕事が完遂したのは明後日のほうだったなと思いながら焦は特急に乗り込む。座席は8割が埋まっており、彼が予約した席の隣である窓際の席はすでに埋まっていた。
特急電車が発進する。最高速度になってしばらくした後に彼はパソコンを開いた。
《今回の報酬》
そう打ち込んで隣の席のボトルホルダーに封筒を置く。責めるような視線が刺さったが封筒は戻さない。
《恩とか、借りとかは信じない。いつも言ってる》
視線を交わさずに文字だけで圧をかけるとようやく隣席は封筒を懐に収めた。
とりあえず何をするべきだろうか。正直眠りたいのだが、パソコンを開いた意味を作るためにも適当な電子書籍でも読もうか……
そう考えているとスマホが震える。チェインだ。送り主に驚きながらも開く。
「……………」
面倒ごとが記載されていた。
とんとん、と隣席のひじ掛けを叩いた後にパソコンに打ち込む。
《社長は今日いる?》
*
枕営業、というのは極月学園の生徒でも信じている人間は少ない。
2000年代の芸能界のどす黒さというのは内部の人間からも反対されるレベルだったのだ。それらの時代の人間が尽力を果たしてそういった悪しき伝統は消滅したと考えられている。現在ではせいぜいアダルトビデオのネタでしかない。
そんな状況はすでに無いと、白草四音も考えていた。
(………困った)
問題は1つのメールが起点だった。桃園花音の父親が四音にコンタクトを取ってきたのだ。普通ならそれは無視する。しかし撫子の不正確な情報とメールの内容、そしてすぐにファッション雑誌「アプリコット」からのメールとその編集長が桃園の父であることを確認した。
アプリコットの悪名はアイドルの中ではおとぎ話程度に知れ渡っている。かの雑誌の目玉モデル、通称「アプリコットガール」は枕に闇営業、裏取引に出来レースが起きていたというのが噂だった。誰も信じてはいなかったが、教訓としての役割はあったのだなと現在の状況を判断する。
高級ホテルのレストラン。その個室で四音は桃園の父と相対して食事をしていた。
なぜ自分の娘を打ち負かした同級生と食事をとりたいのか、と疑問に思ったがすぐに焦がなぜ決闘で観客を煽るようなMCを許可したのかを今理解した。
『処女性が失われたなら生意気なり何なりを使用して、消費者に反感を覚えさせるのが良い。そういった女であっても男に金を払ってもらうために媚び売ってケツ振ってるところに興奮するんだ。金の力で女を性的にみるという権利を手に入れるっていうことに女が生意気なのはスパイスでしかない』
彼の言葉はアイドル嫌悪に塗れたものだったが、こうしてみると正しい言葉だ。目の前の男は明らかに制服姿のこちらの姿を舐めまわすような視線でこっちを見ている。
何というか……こんな父を持った桃園花音に同情を覚えた。
(まぁ……ベッドぐらいは良いでしょう。処女がこんな男に奪われるのも…………まぁいいや。アプリコットガールになれるのならば――)
適当に相槌を打っているのは4代目アプリコットガールの栄光を求めているからだ。
今の四音には実績が必要だ。だから……
「四音さんはこれからどうする? 今夜は……どうするのかい?」
デザートのチーズケーキをナイフで切りながら彼は聞く。
(………撫子がレストランの外にいればいいな)
いるわけがない。この”営業”は誰にも伝えていない。
こんな男の汚らわしい体液を体内に流し込まなければいけないのが嫌だった。外で振っている雨がそれを流してくれればいいのだが……。
押し殺していた嫌悪感と後悔をようやく自覚しながらも、四音は気丈に笑う。
「――はい。両親にはきちんと伝えています。今夜はフリーです」
「そっかそっか! じゃあ――行こうか」
立ち上がった彼が椅子に座ったままの四音の後ろから肩に手を置き「今夜は愉しい夜にしようね」と囁いてきた。吐息がかかって、愛想笑いが崩れかけて鳥肌が立つ。それでも笑みを構築しなおして彼の手の上に自分の手を乗せれたのは意地だ。
立ち上がって共に個室を出る。レストランから出ようとしたら彼が気障ったらしく四音の腰を誘導するように手をまわした。
えずくのを我慢した自分を褒めたい。
「こっちこっち。――VIP用のスイートフロアへの直通エレベーターがある」
嫌悪感とともに驚きが出る。そりゃあパパラッチも関与できないよな、とも思った。
同時にこの光景が第3者に観測される希望が無くなった。
「スイート、ですか。ご家族にも使われたらいいのに」
「今日は、君のために仕上げたんだ」
なんとか作り上げた皮肉も更なる嫌悪感に上書きされた。
エレベーターの箱の中でも桃園父は四音の腰に回した手を離そうとしない。どころかどんどん下がっていって尻を触ろうとしていた。覚悟を決めようとしたときチン、と鳴ってドアが開く。
彼が強く四音を引っ張った。苛立ちを隠す努力ぐらいしろよ、と思いつつも誘導に従う。
(これから――)
「待ってたよ。白草」
「え――」
スイートエリアのエレベーターホール。壁際のベンチに、げんなりした様子で焦が本を読みながら待っていた。普段のよれよれのスーツじゃない、一目見ても高級仕立てであることがわかる。
「なぜ――いる」
ありえない。どうして彼がここにいる?
*
「ど、どちら様でしょうか……?」
桃園父が狼狽えて、困惑を隠さずに闖入者に尋ねる。
「初めまして、桃園さん。私は961プロでSNS運用を任されています、暗雨焦と言います」
「961……!?」
桃園父が驚く。今回の”営業”は2人しか知らないはずなのにどうして彼がここにいる?
それ以前に……ここはVIP専用のスイートだ。どうして平民であるはずの彼がここに入れている?
「き、奇遇ですね……。こんなところで会えるなんて………」
「別の会社の社長と屋上展望台のバーで話し合っていたんです。こんな高い場所は苦手なんですがね……気圧的に」
「別の会社………」
その言葉に桃園父は胸を撫でおろしたようだ。彼にとっても961プロとアプリコット編集部の戦いにしたくはなかったのだろう。
「で――こちらとしましては、別にこの営業を見とがめる気はありません」
「うん――?」
「あの、アプリコットの編集長ですからね。白草にとっても素晴らしい結果になるでしょう」
「――は、はい」
焦の言葉は文面だけは真っ当だが、口調から明らかに皮肉を含んでいるというのが分かる。視線は目の前の男をひどく軽蔑して、桃園父が動揺している。
(何のために……。ボクのプロデュースになぜこいつは邪魔をする……?)
なぜコイツは自分の覚悟を踏みにじる?
なぜコイツは自分の献身を無駄にする?
なぜコイツは自分の願いを邪魔をする?
「あの……暗雨さん」
「ん?」
「別に私は……大丈夫ですよ? こういうお付き合いもあるでしょうし……」
「……………それは俺の性格を把握してからの言葉です?」
「………そうですね」
確かにあれだけアイドルに対する嫌悪感をアイドル候補生に隠さずに話す人間が枕営業なんて認めるわけがない。
「大丈夫ですよ。私は白草さんの営業を止める気はないですよ」
「え……?」
じゃあ今のこの状況はなんだ?
おそらく同じ感情を持っているのだろう。桃園父は眉間にしわを寄せて、四音の腰から手を放して焦に近づいていく。
「おやおや……若い人。どうやら君は芸能界に入ってまだ日が浅いらしい」
「あなたもお若いんじゃないんですか?」
「……若輩者が先輩に楯突くものじゃないよ。じゃないと……こちらとしても、配慮しなくちゃいけなくなる」
「配慮………例えば2代目のような?」
「…………なに?」
その言葉に桃園父が嫌悪感を示した。
「一体、なにを言って……!?」
「第2回アプリコットガールファッションショー。1回目と同様に多大な広告料を打ったのにも関わらず2回目の選定はかなり縮小しました。それで調べてみたら……2代目以外の候補者全員が八百長していたことを認めました。……僅かでしたから、裏取りも簡単でしたよ」
「やお――」
「今回のファッションショーでわざと負ける。その代わりに大きな仕事に就かせてあげる。――かっこいいですねぇ。枕を強要した挙句、抱いた後は枕営業であるのを脅迫材料に八百長を強制しなければ」
「…………」
「加えてその”大きな仕事”もドラマの端役がせいぜい……。まぁ紙媒体のファッション誌の資金力ではそれがせいぜいでしょうけど。あぁ、3代目のほうはそもそもショー形式じゃ無かったらしいですね。もっとも候補者はたくさん居たらしいですが」
「……よくそこまで妄想を話せるものだ。根拠は」
「どうぞ」
焦が一枚のプリントを見せた。少し離れた場所に立つ四音にはその内容は読めない。
「これはとある候補者に選ばれたアイドルに届いたメールとその時のGPSの座標です。――どうしてアイドルといち雑誌の会議がこのホテルのレストランなんでしょうね?」
「それ、は――」
「もちろん映像データもありますよ。……不用心ですね。メガネがあれば盗撮できる時代に」
「映像の、データ元は……! これがフェイクだという疑惑は無いわけじゃないだろう……」
「GPSサービスの運営会社のログ記録。ハンコも押されています。文句があれば会社に照会すればいい」
プリントとUSBを押し付けて焦は四音のもとに駆け寄る。
「大丈夫だった?」
「……大丈夫じゃない」
「あそこまでやったら、もう萎えてるだろ」
四音の言葉を無視して焦は桃園父の様子を眺める。しばらくプリントを眺めると舌打ちを1つ。四音らを無視してエントランス直通エレベーターのほうに向かった。
ため息をすると四音は焦をにらんで言った。
「どうして邪魔をした。お前がいなければボクは……」
「アプリコットガールになってもWINGは無理だ。初代は出場できたけど優勝は無理だった。今のアプリコットの知名度じゃ出場も無理だろ。枕して性病移されるリスクと合ってない」
「……理由になっていない。お前はアイドルを殺したいだけだろう」
目の前の男をにらむ。
「アイドルを憎んで、恨んで――それでボクを復讐の道具にするな! ボクから夢を……奪うな……!」
「――人間性を殺してまで得られる夢に意味はないよ」
男は四音の言葉を、視線をまっすぐ受け止めず目をそらしたまま言葉を重ねる。
「今のお前みたいに金のためとか仕事のためとか……色んな『自分』を捨ててしまったアイドルなんていくらでも見てきた。――酷いものだったよ。人間性を消費することで薄っぺらいことしか出来なくなって、自分が何をしたいのかを全部忘れて……」
「それが悪だと?」
「悪いとは言わない。だけど……知り合いが体を売るってなったら、止めるのが人間だよ」
「………なら、ボクの夢を応援してくださいよ………。人間なんでしょ……?」
「それは……ダメだ。無理なんだよ、俺には……」
大きくため息をついた焦は会話を打ち切るようにスマホを取り出した。
「ちょ――ちょっと、まだ話は」
「レストランの出入り口に藍井を置いているので今から迎えに行かなきゃいけない。今回のMVPを祝福しなくちゃな。――ほら、行くよ」
彼の視線はいつものように四音から逸らされていた。
まるでこちらを……四音のことを見ていない、ずっと別の何かを見ている彼に苛立ちを隠せない。
四音は貯まった苛立ちを、ストレスを、生理的嫌悪を目の前の男にぶつける。
「お前は! どうして……どうしてそんなにアイドルを忌み嫌う!?」
「………恋愛脳なんだよ、俺は」
多分そのひと言は、紛れもない真実だったのだろう。
そのことに気づいたのはかなり遠い先の話だが。
どうでもいいかもしれませんが、私は高校まで広島に住んでました。
次回は私の思想を全力で出します。
次回いつ出すか分らんけど。