嘘つきな街の空が 押し付けた疎外感
境界線の向こう 夜明けはある?
愚者の独白
「優雅なものですね」
住宅街の一角にあるフルーツ専門店で四音が皮肉気につぶやく。ぐさりとフォークで突き刺したフルーツサラダには何もかかっていない。
「モデルの撮影なんて疲れない、なんて世迷いごとを言うからだ」
それに現代じゃあ果物は高級品だから経費で食う、とフルーツサンドを食べながら焦は言う。あんなに大量の生クリームを使っちゃあ健康もへったくれもないと四音は思ったが面倒なので言わない。
「しかしよくこんな場所知ってましたのね……。スイーツ巡りが趣味で?」
「インターネットが教えてくれた。スイーツに限らず、食べ物は好きだよ。場所とらないし」
撫子の世間話に焦が感情を何も入れずに答える。
彼は会話というものが苦手らしい。先日の妄言に限らず、余計なことをしゃべる癖があるため自制しているのもあるだろうが食事時は特にだ。単純に話しながら食べるのが苦手らしく、これは四音にも見られる傾向である。
幼い時から食事会などに参加していた撫子はそんなことを分析しながらはちみつ入りのフルーツヨーグルトを食べる。
「そういえば」
四音が言う。いきなりのことに撫子が少し困惑する。
「あなたのこと、いい加減教えてくれませんか?」
「うん?」
「……どうしてアイドルが嫌いなんですか?」
真剣な顔で四音がそんなことを言うのだから彼もスプーンを置く。
「……家族がアイドルになって、炎上したとかだったら納得してくれる?」
「作り話としては雑では? もう少しまともなウソつきましょうよ………」
撫子の言葉に焦は一つ息を吐いて肩をすくめた。
しばらく彼はお冷を飲むとゆっくり口を開ける。
「オタクが気持ち悪い存在だから」
「はい?」
「――アイドルに限らず声優とかモデルとか漫画家とかに理想を押し付けて、性欲交じりの崇拝をして、自分の理想から外れたかつての推しを雑な中傷で責め立てて、いざ開示請求したら必死で言い訳して弱者ムーブしてくる害悪が嫌だから」
「うわ。」
たらたらと自分の思想を流した焦に撫子は思わずえずいた。聞いた四音も顔をしかめる。
ただ内容は違う。
「アイドルの保護ではなく、アイドルの廃止……? だからってアイドルというものを否定するんですか……?」
「ネットの匿名性に隠れたろくでなしオタクを全員探し出すよりも、アイドルという売り方を否定するほうが楽だ」
「それは……まぁ、確かにそうかもしれませんが……」
思えば彼の発言はアイドルの売り方やファンの民度に対する苦言が多く、アイドル自体の人格否定はほとんどしていない。
四音が回答に窮し、会話が続かなくなったことを良いことに彼は話を変える。
「……そういえばずっと仮称の『白草四音再興プロジェクト』の名前を決めてくれない? ずっと黒井さんに小言言われてるんだけど」
「………。――休暇は十分でしょう?」
「裏で別の仕事をいくつも抱えてるんだ。すこしは年長者を労わってくれ」
強引な話題変更に四音はいやな顔をしたが仕方なくその話題に乗っかる。
と言っても、彼女も普段の彼は特別室で寝ている様子しか見たことがないが……。
四音は彼が注文前に読んでいた机の上の新聞の見出しを見る。
「……持続可能って英訳すると………何でしたっけ。サステイナブル?」
「そのはずだけど――ユニット名を環境活動家みたいな名前にするのか……」
「あ……」
それは考えてなかった。「なんか居たよな。環境保護系アイドル」の言葉を無視しつつ四音はスマホを叩く。持続可能の反語といえば……。
「――Single Rose とかどうです?」
「ん……?」
焦がリンゴのかけらを飲み込むと撫子のほうに視線を飛ばした。撫子は四音の考えた内容を理解したのだろうか。少し考えると1つの疑念を出す。
「もしかして、single use――使い捨てに掛かってますか?」
「えぇ。さすが撫子さん、よく私の意図に気づきましたね」
それに961がアイドルのモチーフにバラを採用していることを考えても、孤高のアイドルというイメージを出すのも間違ってないはずだ。
「良いんじゃないの? デザイン案とかは黒井さんと詰めるとして……とりあえず今日の撮影後のインタビューはその仮称で統一するか」
「え、いきなりですか……!?」
すこし慄いた撫子に「ま、大丈夫だろう」と能天気に言った焦は手を挙げて店員に勘定の準備をし始めた。
*
これから一行は白草四音および藍井撫子の写真撮影である。
良くも悪くもあの決闘ライブは大きな注目を得たらしくいくつかの団体からのオファーが来たのだが、その中の1つの仕事である。
話がトントン拍子で進んであのライブから10日ほどで撮影に挑めるのは少し早すぎではないだろうか。そう考えたの四音の言葉に焦は「俺の知り合いだから」と答えたのを思い出す。
(暗雨焦の過去の情報は全く分かってない。……まぁ周囲と隔絶しているボクと基より芸能系でない藍井家の情報網じゃ無理だけど……)
撮影スタジオに向かう車内の後部座席。事前質問が記されたコピー用紙を眺めながら思考は別方向へ。
先ほどのバイトの情報、決闘の時に簡単にSOSを出してきた話、……現在の283プロの問題。あり得る話ではある。
(今回の仕事相手は「錆鍵」……。芸能人の子供を保護するNPO法人って聞いたし調べたけど……なんで暗雨焦はこんな組織と……?)
公式ホームページもSNSも確認して違法性は確認できない。しかしそんな組織がアイドルを取材すること、そしてアイドル嫌悪の焦とコンタクトできる組織と考えると矛盾を感じる。資金繰りだろうか。
車で飛ばして40分。空は晴れており、11月上旬であることを嫌でも知らしめしているほど高い。
(そういやクリスマスどうしようか)
アイドルのクリスマスは稼ぎ時だが、そんな簡単に仕事が得られるとは思えない。そういう話も聞いてないし――
「着いたよ」
着いたスタジオは特に変哲のない、郊外の建物だった。
学園所有の車にはロゴがない。野球の強豪校のバスのようにしないのは、単にパパラッチ対策である。降りてしまえばアスファルトの駐車場である風景に馴染んでいた。
「じゃあ行こっか」
「……お持たせ、多いんじゃないですか?」
「これでも少ない」
四音と撫子に持たせた紙袋2つに先ほどの果物専門店で購入した紙箱の量は過剰を通り越してマナー違反を疑うレベルだ。
「今回の相手は暗雨さんの昔のご友人、ですよね?」
「知り合いだ。……3年前に俺が最初に潰したアイドルグループでもある」
罪悪感を感じるのだろうか。四音の質問に焦はすこしため息をつきながら言った。
車のトランクから服を入れたキャリーケースや小道具を入れたカバンを取り出すと彼は撮影所のほうへ歩き出した。
「最初につぶしたアイドル………ですか」
彼の後ろで四音は聞こえないようにつぶやく。撫子も怪訝そうに首をかしげていた。
(アイドル嵐の時代…………初期の被害者は――いや、ストレイライトはすでに解散していたな)
あの決闘からは少しだけ四音はストレイライトについて調べた。さすがに小学生だった時に得た情報と比較すれば今得られる情報の量も質も違っていたが、ストレイの解散が彼が関与できるものではないということは調べがついていた。
センターの芹沢あさひは海外に、そしてリーダーの黛冬優子は4年前に無期限活動停止。原因は未公表だが――
「――あ、いたいた! おーい!」
呼びかけの声の主をたどると建物のエントランスに4人。仕事相手だろう。
四音の肌がざわつく。これまで多くのアイドルと出会ったが、業界人特有の匂いがクラクラする。彼女たちは一体何だ?
いや……見たことがある。
「――アン」
「おっと」
言いかけた四音の声を焦は彼女の眼前で指さすことで遮った。
まだ気づいていないのだろう。撫子が抗議の声を挙げた。
「な、なにを――」
「お前たちが何に感づいて、何を嗅ぎまわっているのかは知らんが――これが俺の弱みだ。周りに言いふらすなよ」
「…………」
気づいている。
四音がNPO団体「錆鍵」が283プロの元大人気ユニット「アンティーカ」だと気づいたことも、四音と撫子が暗雨焦と283プロとの関係性を疑っていることさえも。
*
撮影スタジオは古い商店街の写真館のように小さく、背景を垂れ紙で表現するものだった。四音は幼いころに連れてこられた七五三を思い出す。
「えーっと久しぶり、です?」
「『初めまして』でお願いします。サマールと無関係な暗雨焦は錆鍵とのコネは当然無いはずなので。――あ、名刺です」
彼がわざとらしく名刺を差し出した。眼鏡をかけ先ほどエントランスで声を掛けてきた女性は「相変わらずだねぇ」と呆れ7割の苦笑をしながら名刺を受け取った。
「キミみたく、私たちは偽名なんて使わないんだけど? そりゃ本名を見せびらかしてはないけどさぁ……」
「役職名で良いんじゃないんですか? カメラマン――で、スタイリスト、メディック……ウルフドッグ?」
「せめて人間の役職にしなよ……他のは思いつかないけど。――あぁ、リーダーはいないよ。昨日まで長崎にいたし、か……暗雨さんがいっつも大量にお持たせを持ち込むせいで嫌がってる」
机の上に置かれた大量に並んだ紙袋に対してカメラマンと呼ばれた女性は本当に辟易しているようだった。
「さて――君たちが暗雨さんで使いつぶされてるアイドル? 不幸なことに」
「え――あ、はい」
四音的には前半に肯定したつもりだったが、うまくいったとは思えない。
雰囲気に呑まれていると判断したのだろう。錆鍵の4人は自己紹介を始めた。
「えーっと、この丸眼鏡をかけてチェックのアウターの私がカメラマンだよ」
「えっと……メディック、です。よろしくね……。怪我をしたら、すぐに言ってほしいな……」
「君たちのプロデューサーの顔を立てる訳じゃないけど、前の2人と同様役職で名乗らせてもらうね。ウルフドッグだよ。基本的には肉体労働だから、遠慮なく声をかけてほしい」
「――スタイリスト。……ねー、名前でいいよねー。タナカとか」
「え、えっと……」
スタイリストからの急な同意を求める声に撫子が委縮する。
アンティーカといえばアイドル科の教科書にも載っているようなアイドルだ。嵐の中のMV撮影は「そりゃ有名になるだろうけど、だからってやって良い行動じゃない」の代表例となっている。……いや、悪評ばかりだけではないのだが。
しかし名前も分かり切っているのに明らかな偽名を使うのは……。
「……じゃあ改めて。961プロ特別候補生育成プログラム『シングルローズプロジェクト』の暫定代表者、暗雨焦です」
あ、その名称早速使うんだ……。やけに長い肩書の後に四音と撫子は口を開く。
「961プロ候補生兼極月学園1年生の白草四音です。よろしくお願いいたしますわ」
「――お、同じく藍井撫子ですっ」
撫子は――まぁNIAの一件や上層階級特有のマウント合戦の影響だろうが――高い知名度を持つ人間に委縮しやすい傾向がある。まぁ、カメラを意識せずに慇懃無礼な態度を隠さず炎上を起こした白草四音や虚言癖と過激思想で本心を見せない暗雨焦とどれがマシなのかは一目瞭然だが。
「じゃあ、さっそく白草と藍井は着替えを。錆鍵の皆さんもお願いします」
その言葉に四音と撫子、それに服飾や化粧担当であろうウルフドッグとスタイリストとともに更衣室に向かいながら訊く。
「じゃあお願いします、えっと…………どう呼べばいいんでしょうか、田中さん」
「んー……。まぁカメラマンもノリノリだからなぁ……。あれの疑心っぷりはいつものことだし、うちの弁護士も名前の公表は勧めてないみたいだしー……」
スタイリストは本名で呼ばれたことに特に何にも思っていないらしく、先導して「どうぞー」と更衣室のドアを開けた。
部屋のハンガーにかかっていた四音の軍服調の衣装にウルフドッグの目が輝く。
「あぁ……! 久しぶりだね。名前は『不倶戴天』だったかな。『月都侵攻』以来だ……! でもずいぶんと様変わりしているみたいだ……」
「……?」
まるで再会を喜ぶ親友のように衣装を見てはしゃぐ様子に四音は困惑の表情を浮かべた。その様子にスタイリストが「何にも知らないんだねー」とつぶやく。
確かあの服は焦が「副業のツテで手に入れた中古品」と言っていたが――
「……これ、もともとアンティーカの衣装だったんですか――!?」
「そうだよー。私たちの解散において致命的な炎上を巻き起こしたミュージカル『月都侵攻』の衣装でー、………その脚本を書いたのがあなたたちのプロデューサー」
「えぇっ!」
その言葉に撫子が驚愕の声を上げるが四音だって叫びたかった。
暗雨焦が? アイドルのミュージカル作品の、脚本を? そこまで彼は……
「……四音が何を考えてるかは分かんないけどさー……、あの男は最初っからそのつもりで283のバイトに入ったっぽいからあんまり信じないほうがいいよー。だってあの男はうちのリーダーを」
「……こら。あんまりそんなこと言っちゃだめだよ」
ヒートアップしたスタイリストの肩にウルフドッグが手を置く。身長が遥かに高い彼女をスタイリストは睨むように見ていたが、八つ当たりをしても仕方がないと判断したのだろう。息を1つ吐いて表情を緩ませる。
「あ、あの――私たちは彼のことを全く知りません。暗雨焦のことを教えてくれませんか?」
「そうだね……じゃあ着替えながら話そうか」
その言葉にそういえば着替える必要があったな、と思いながら四音は極月の制服を脱ぎ始めた。
「手伝おうか?」
「いえ――結構です。さすがに制服を脱ぐぐらいは」
「そう――」
その言葉に続いてウルフドッグからこれまでの過去が流れ始めた。
「――暗雨焦。まぁ気づいてると思うけど、偽名だね。本名は――良くも悪くも、私たちも袖の下をもらってるから言わない」
(わざわざそんな説明を入れる……ってことは、本名はあの暗雨焦にとってかなりやばい情報なのか?)
「生まれは広島で私と同学年らしいよ。私たち283プロに入ったのは大学のバイトで……ってことだろうけど、今考えてみたらコネづくりに芸能事務所選んだんだろうなぁ……」
「それは……何年のことですか?」
「確か私が大学3年生だから――2025年のことかな。今が2033だから……8年前?」
「8年――」
「まぁ彼は大学卒業したらどこかに行ったんだけどね。でも……あの事件、いや事故で彼は戻ってきた」
「事故……ですか」
「…………簡単に言えば、ファンとのすれ違いだよ」
完全に肌着になったため制服を撫子に渡し、ウルフドッグから衣装を受け取る。
「うちは――まぁ四音が知ってるかは分からないけど、うちのリーダーは……なんというか、明るくて嘗められやすい人だったから。ほかのメンバーのファンとの衝突が絶えなくってね。うちのプロデューサーが『そういう』のをどうにかするべく動いた企画が『月都侵攻』。暗雨焦を脚本として雇ったのは、大学バイト時代に実力を見せていたからなんだけど………今考えたらそんな企画を考えたのが良くなかったのかもしれない」
「それは……何年前でしょう?」
「えっと……4年前だっけ?」
「んー……まぁそんくらいかー。3年よりかは前だった気がする」
話を振られたスタイリストが指折り数える。その答えに満足してウルフドッグは四音が着た服の皺を取るようにブラシを構えた。
「内容が示唆的――リーダーとほかのメンバーの対立を描いているとかいうデマが流れてね。それだけなら良かったんだけど……それで私たちリーダー以外がダメージを受けてしまったんだ。その炎上が回りまわって空回りを生んで、それを見てファンが暴走して……って感じで、私たちはアイドルを辞めることになった」
まぁ丁度よかったんじゃないかな。年齢的にもガタが来てたし。
撫子から渡された指示書をもとに衣装のパーツや装飾を整えていく彼女の手つきには澱みがなく、あきらめの声色が残されていた。
「問題はね――彼は、暗雨焦はこの炎上が起こることを予測していたと言っていた。……いや炎上を起こすことを目的としてあの脚本を書いたって言ってたよ」
「……暗雨焦らしい」
あの男のアイドル界隈への不信はとても強いが、とても正確だ。それはあの決闘が執り行われる瞬間を起点に炎上を起こして白草四音を注目させるという作戦で明らかになっている。
彼ほど「推し」と「ファン」の関係を信じていない人間はいないだろう。だから平気で当時の有名アイドルを使い捨てにできるのだろう。
「それでも彼とコンタクトが残ってるのですね」
「大量の出資を受けてるし、なにより彼的には『錆鍵』の顧問弁護士との関係は切れない。きっと君も開示請求の依頼は出したのだろう?」
「それもそうですが……あなた達錆鍵が暗雨焦との関係を保持する理由はないでしょう」
「……大量の出資を受けてるんだ。このNPO法人の要ともいえるレベルでね。彼は『慰謝料』という名目でらしいけど、正直言って私達からすれば札束ビンタを喰らっている状態だ」
「そこまでして……よくない友人を招いてまで、なぜあなた方はこのような活動を?」
「アイドル含め芸能人の子供はなにかとパパラッチを受けやすい。そして私たちは一般社会に溶け込めることが出来ないほどに目立ちすぎていた。だから自分たちで会社みたいなものを作ったってことさ」
NPOを収入のためにやってもいいのか、と考えたが四音は法律家ではなかったため黙る。
「よし、じゃあ衣装は終わったから次は化粧だ。交代だよ」
「はーい。……じゃあよろしくねー」
着付けが終わり、四音は化粧台の前に座った。
*
相変わらず、だった。
「持って帰ってくれる?」
「受け取ってくれないと困るし、困るだろ?」
「………チッ」
並べられた紙袋の中の1つ。お菓子の箱の底に偽装して入れられた金塊は丁寧に100gと刻まれていた。現在のレートで160万はする。
スタジオにはカメラマンとメディックが焦を責め立てていたが無視をするように彼は小道具を組み立てている。
「うちのリーダーを傷つけたからって贖罪のつもり? 良い迷惑なんだけど」
「心療内科の診察は一回1700円程度、薬代が同等で3週間に1度のペースで1年だと――7万ぐらい? あぁ、社会保険入ってなかったら全額負担で20万で……」
「金で解決できる問題じゃないの」
「でも金以外の方法がないだろう? アンティーカの看板に泥を塗って、解散させ、ファンコミュニティの暴走で社会復帰は不可能。……正直桁が足りないだろ。これは錆鍵の活動支援金だ」
「……アンタとウチの目的は真逆だけど?」
「えーっと、なんだっけ……やり方は違うけど目指す場所は一緒――とか何とか言ってたじゃん」
「それを歌ってたのはイルミネだし、目的地は全く違う。芸能人二世の保護をする錆鍵とアイドルの破滅を願うサマールの思想が同一なわけがない」
「そっかぁ」
どうやらまともな会話をするつもりが無いらしい。適当な返事をしながら彼は机の上に小道具を置いた。リボルバーにリボルビングライフル……もちろんモデルガンである。
「わざわざ283の倉庫から?」
「いやこれは軽量化したステージ用じゃなくって、叩き台の原案。振り回す用じゃないから重いほう」
「……中身は」
「まさか。非合法なことを何度かやってるとはいえ、密造銃を作るほどイカレてない。仕事道具は……」
とんとん、と階段を下りる音。その音にカメラマンが表情を取り繕い始めた。
ドアが開かれるときには両者の剣呑な雰囲気はエアコンの空調によって消えていた。
「お待たせしました。これからよろしくお願いします」
「あ、あの……私も参加してもよろしいんでしょうか?」
四音はいつかの決闘のときに使用した衣装。そして撫子もそれに似たテイストの服を纏っていた。その服にカメラマンの腕がピクリと動いたが、どうにか表情には出さない。
「構わない。どうせ藍井も仕事を見つけなきゃいけないんだから。――白草、はいこれ」
「うわ、本物ですか?」
「さすがにヤクザとの繋がりは無ぇよ……」
どいつもこいつも……と愚痴る口ぶりは明らかに反社のそれだったがさすがに黙った。
「腰の後ろのホルスターに入れて。藍井はこれ。今から操作方法と構え方教えるから」
「……今からですか」
「学園のフロップガンじゃあ代用できん」
焦が慣れた手つきで長銃をスイングアウトさせる様子をよそ眼に四音はカメラマンの誘導の元、カメラの前に立つ。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
*
問題は無い――とは言えない。
なんせ銃なんて扱ったことがないし、高圧的な軍人のロールなんて巻いた経験がない。
スタジオ内の空気は「これでいいんじゃないか」という諦観と「でももうちょっと頑張りたいんだけどなぁ……」という歯がゆさに包まれて固着している。
「どう?」
「なまじ才能があって勉強もしてるから、決定的に何かが足りない」
少しの間中座していた焦にカメラマンがパソコンを見せた。
撫子は良くも悪くもアンティーカの威光にあてられているのか、おびえた表情を作るのが様になっていた。粛清される一般兵士の役があまりにも堂に入っている。
しかし四音は……教科書通りのカメラ目線が隠しきれていない。
「アンティーカ様と比較しないで」
「馬鹿にしてる? ……良いプランは?」
「別のところに意識を向ければいいんだろう?」
焦は撮影がストップされたスタジオに入ると右手に持っていたものを差し出した。
「ん」
「これは……?」
恐る恐る、といった様子で四音が細い棒を受け取ろうとする。
(ステッキのようなものだろうか……?)
その杖の柄を握った瞬間、真っ直ぐだったそれが3つに割れた。
場の空気が固まる。錆鍵のメンバーはともかく、撫子さえも四音が焦の私物を壊したというのは膠着の雰囲気を基礎から吹き飛ばしてしまった。
「え、お、折れた……!?」
まるで三節棍のように折れ曲がったそれをぷらぷらさせながら四音は視線をあっちにこっちに。軍服をまとって威圧的にしていた先ほどまでとは予測が出来ない全くの素である。
「な、なんだこれ……!」
「折り畳み杖」
「ビビらせるな……! かなり驚いたんだぞ!」
「緊張は取れたか?」
「っ………」
舌打ちを1つ。よその撮影所にいるのに見せかけの態度を崩してしまったことが腹立たしい。
「これ持ってさ、杖に体重をかけるみたいなポーズでも映えると思う。あとは……椅子に座って、それを抱えながら手帳を眺めるとか」
「……素人が適当言いますね」
「素人だから判断は白草や錆鍵に任せるよ。あぁ、あと――」
焦は撮影上から下がりながら渡した折り畳み杖を指して言った。
「それ、さっきそこら辺で闇バイトのパパラッチを叩きのめしたもんだから。厳重に」
「…………………は?」
その杖をなぞってみると、ところどころ凹みや湿っけ、粘りがあった。
(いや、まさかそんなことは………)
決闘の後の1週間程度の休暇、彼は何をしていた?
自分が枕されそうになった時に公開されたGPSのデータはどこから?
(そんなことは………)
何より……どうして1人の脚本家崩れが日本の権力にまみれたアイドル事業を瓦解一歩手前まで追い詰められた?
そして誰も何の報復も出来ていない?
「まさか本当に――」
「今」
突然のフラッシュだった。一瞬遅れて体が震えた。
「うわぁ! な、何――!?」
「撮れた?」
「……撮れたよ。初めて味方を粛清した女性士官風の写真」
「………え」
その言葉に、四音は彼の言葉がいわゆる撮影のための大ぼらであり自分はまんまと騙されたことに気づいた。
「いやぁ……純粋だね。白草は」
「…………お前」
「お姉さま、こらえて、ね? ね!」
撫子が四音を抑える様子を見ていて、焦は「暴力的な演技も視野に入れるべきだったよな……」と笑いながらつぶやく。
その3人の様子を、他の4人は冷めた目で見ていた。
*
リーダーが夕飯を作っているという甘言を無視して撮影は終了した。
11月の中旬の17時の空はもう暗い。車内は暗がりだった。
「上手くいくかなぁ」
「写真は見ましたし、インタビューだってきちんとしましたよ。撫子さんのもちゃんと掲載させてもらうことも確約してくれましたし……」
「いやどうせインタビューの内容は俺が検閲するし……。資金繰りのほうが気になる」
「………」
札束でビンタされているから離れない、という言葉を四音は嫌な意味で思い知った。そして帰り際に紙袋の一つをメディックからつけ返された意味を察した。
こいつは傲慢だ。何の能力も努力もないのに、努力してきたアイドルを下から見下して嗤ってる。
アイドルを、芸能事務所がオタクから荒稼ぎするために原価が低い科学調合されたインスタンスな娯楽としか思っていない。
「……これで、アンティーカとあなたの関係はもう消滅しましたね」
その言葉を彼がどう考えたのかわからない。ただ車が赤信号で停止したのは事実だ。
「さて、明日から忙しくなるぞ。とってもすごい仕事が出てきたんだ」
「……? それは……一体」
撫子の言葉の後に放たれた彼の言葉は唐突だった。
「初星学園から果たし状だ。100プロ主催の初星学園クリスマス感謝ライブに特別招待された。……もちろん、アイドルとして」
Q.アンティーカバッドルートってどんなのになるかな?
A.そこにタイム・オブ・グッバイズがあるやろ?
じつは本来この話の前に1つあるのですが、あまりにも内容があんまりなので止めました。
おかげで話がかなりしっちゃかめっちゃかです。
ただ作者の思想回には変わりありません。というか、これからずっと思想回です