王の帰還After──王の細道──   作:サマネ

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レイディオ・GYA-GYA!

「それじゃ、行って来まーす!」

「い、行ってきます!」

「あーい、気を付けてねー」

「お土産ヨロ」

 

虹夏さんとリョウさんに別れを告げ、私とひとりちゃんは走り出した。

[ハイパーひとり号☆NEO•StarDX]で。

ハイパーひとり号NEOからのグレードアップ!

気に入った車種にお望みの色が無かったので、塗った。全塗装。

パールピンクに全塗装。そこにレッドのライン。

シートもピンクのレザーに赤のパイピング。勿論特注。

ダッシュボードとハンドルだってカーボンの特注(ひとりちゃん曰く「か、格好良い…」って。…キャッ!)。

まあ良いわ。兎に角、まるで私とひとりちゃんが融合するような!

ディーラーの人は「新車時に全塗装するなんて…」と言っていたが、知ったこっちゃ無い。

リセールバリューがどうのなんてブツブツ言ってたけど、だから何?。売る時の事を考えるなんて、バンドマンにあるまじき思考だ。ロックじゃ無い!

それに私には…お金は、ある。…フフ。この車だってキャッシュ一括よ。

なまじお金があるって、怖いわ。まあ、大槻さん程じゃ無いけれど。

あの人、車検毎に「馬が跳ねた真っ赤な車」や「3本矢印の銀色の車」を取っ替えられるだけの財力あるわよね。

ま、塗装代含め、コンパクトカーなのにちょっとした高級セダンが買えそうな金額だけど…後悔は、無し!

この[ハイパーひとり号☆NEO•StarDX]で秒速340mを超え、ひとりちゃんと星の彼方に…

 

「あ、安全運転でお願いします」

「あ、はい…」

 

東北へ向けて旅立ったのでした。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「…全国行脚!?」

ストレイビートの事務所に、虹夏さんの声が木霊した。

 

「はい。新しいアルバムに合わせて、各地のラジオ局に宣伝で回ろうかと。丁度スケジュールも10日程空いていますし、どうでしょうか」

 

確かに時期的には良いかもしれない。アルバムは出来たばかり。ひとりちゃんも暫く作詞はしなくて良い(メンタル的にもちょっと休ませてあげたい)し、サポート等の仕事も入っていない。他のメンバーも取材やらサポートやらの仕事は無いと聞いた。マネージャーに。

 

そう、マネージャーが付いた。元々スターリーのバイトさん。大学卒業を控えて就職難民になりそうな所、司馬さんに見込まれて私達のマネージャーとしてストレイビートに就職。

何でも、スターリーのバイト時代に私達に容赦の無いツッコミをしていた所、司馬さんが「この人なら結束バンドに対して厳しいマネジメントしてくれる」とスカウトしたらしい。

…まるで私達がロクデナシみたいね。そこは否定したい。

 

マネージャーの両親には、就職先に対して複雑な顔をされたって聞いた。

名の通った大学を出て、就職がソコか!?と。

どうも学歴至上主義のご両親みたい。本人は「農家のくせに」って吐き捨ててたけど。

 

「でも司馬さん…全員で全国回るの?」

「いえ、そこは別れて回って貰います。そうですね…二組でどうでしょうか」

二組…それはもう、メンバーの割り振り決まったも同然じゃ…

 

「わかった。わたしはぼっちと回る「わぁぁぁぁ!」…何、郁代」

 

そんな割り振りにされてたまるもんですか!

しれっと発言したリョウさんを睨む。

「リョウさん、真面目に考えて下さい!」

「真面目に考えた結果だけど。何か不満があるの?」

このヒトわぁっ!ワザとやってる。絶対ワザとやってる!不満だらけよ!

ニヤリと不敵な笑みを浮かべるこの青髪に、呪い殺さんとばかりに睨みつける。

「…そ、そもそもリョウさんとひとりちゃんじゃラジオでまともに喋れないですよね!かたや言葉に詰まってばかり、かたや適当な嘘ばかり!そんなの宣伝になりません!」

「…こ、言葉に詰まってばかり…」

ひとりちゃんがこの世の終わりみたいな顔になる。いえいえ!そうじゃ無いの!あくまでリョウさんの悪行を止める為であってひとりちゃんを貶めてる訳じゃ無いの!ドモるのも愛しいの!ホントよ!嘘じゃ無いの!

焦る私を前に、リョウさんはクククと含み笑い。この人どうしてくれよう。頭髪を全部剃って、出家させてあげようかしら。江戸内弱腸とか名前付けてあげるわ!

 

そこでやっと虹夏さんが加勢してくれる。

「リョウ〜、あんた旅先でぼっちちゃんに集る事しか考えて無いでしょ!魂胆見え見え」

「…ちっ」

「あ〜、今舌打ちした!虹夏さん、やっぱりリョウさんは自分の都合で割り振りしようとしてます!許せません!」

「解った解った!喜多ちゃん、元々組分けなんて、最初から決まってるようなモンだから」

「…ですよね」

 

「そ。ハナからあたしとぼっちちゃん「ちょぉ〜っと待って下さい!何でひとりちゃんと虹夏さんが!?オカシいでしょ!?オカシいですよね!?…あれ?オカシいの私だけですか!?」…」

 

堪らず虹夏さんにに文句をぶつけると、虹夏さんとリョウさんは目を丸くして2人で見合わせた後、盛大に吹き出した。

「あっはははは!…ゴメンゴメン、冗談だって。ぼっちちゃんと喜多ちゃんを離す気は無いから。安心してよ」

「ププ…郁代、必死すぎ」

揶揄われたのが解って、思わず顔が熱くなる。多分真っ赤だ。先輩組から視線を外すと、その先に居たのはひとりちゃん。

「…郁ちゃん」

苦笑いを浮かべるひとりちゃん。やめて、今その表情は、私に刺さるの…

 

その私達のドタバタを見て、マネージャーがひと言。

「皆さん、いい加減にして下さい!」

「「「「あ、はい」」」」

 

そんな、小学生の班分けの時のようなワガママを言いつつ全国行脚は決まった。

私とひとりちゃんは東日本方面。

北から…札幌、宮城、福島、栃木、埼玉、神奈川。

虹夏さんとリョウさんは西日本方面。

南から…熊本、福岡、島根、広島、大阪、静岡、山梨。

最後に4人揃って東京。

北海道は、その時の天候の問題もあり宮城からのリモートになった。丁度台風が日本海側を北上、行く頃に直撃しそうだったので。

秋だから、北海道の海の幸食べたかったな…

 

虹夏さん達は新幹線での移動。ま、当たり前よね。でも何で行きは飛行機じゃ無いんだろう。

私達は、私の車で。

当初は反対された。走る距離が長過ぎる為。

…ふん、その位何よ!私の実家からひとりちゃんの実家まで、日に二往復した事だってあるのよ?3日連続でその行程をこなした事だって。

若かったわね、私。まだハタチ前の事。親の燃料カードを使って、猛烈に怒られたわ。お前はガソリンを飲んでるのか!って。良い思い出。ガソリンの量だけ思い出があるわ。

問題が無い事の証明の為に皆を乗せて、新潟までイタリアン焼きそばを食べに行った。勿論日帰り。

帰ってからその足で小布施の栗か千葉の梨を食べに連れてこうとしたら止められた。

皆納得してくれた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ひとりちゃん、お昼何食べたい?」

今は東北道安達太良サービスエリアで一休み。ここ迄一気に来たから、時間的余裕は結構ある。夕方までに仙台のFM局に入れば良い。

「このままだと仙台には早めに着けそうだから…仙台牛とか牛タンとかどうです?」

「…良いわね!そうしましょう!」

 

コーヒーを飲みながら景色を眺める。離れた所に安達太良山が聳え立つ。

「…本当の空、か」

伝えるとも無しに呟いたけど、ひとりちゃんはちゃんとそれを拾ってくれる。

「智恵子抄、ですか?」

「そ。流石作詞大臣」

「智恵子は東京に空が無いといふ。ほんとの空がみたいといふ…でしたっけ」

「…良く憶えてるね。それで、ほんとの空がこの…安達太良山の空、だって言ったのよね」

「はい、確か。中学の頃、図書室の主だったもので。暇に任せて色んな本、読みました。それこそ小説から詩集から学術書まで、何でも。余り身に付いてはいないですけどね。ただ、中原中也は…もう読めないかも」

「どうして?」

「…刺さり過ぎるんです。あの人の思考に引き摺り込まれそうで」

「…孤独な人、だったみたいだものね。どこかひとりちゃんに似てるのかも。奇抜な格好をして、夜中に徘徊。そして…究極の言葉を求めてる」

まさしくひとりちゃんだ。智恵子抄を心の中に留め、中原中也に惹かれながら拒絶する。そんな貴女がとてつもなく愛しい。

「そんな格好良いものじゃ無いです。わたしは、逃げて逃げて…逃げてるつもりが同じ所をぐるぐる回って、結局自分で抜け出せなくなってただけで。まるで自家中毒なんです。自分の毒に自分でやられて…そんな毒を中和してくれたのは郁ちゃんで。わたしを「わたしで良い」って言ってくれた、郁ちゃんで」

今日の空を写し取ったような瞳を俯かせる。そして自嘲気味に笑った後、顔を上げ…私の瞳を捉える。

その表情は、瞳の色と同じ、晴れ渡って。

貴女は「それ」を克服出来たのね。

私のお陰…なんて自分で言うのは烏滸がましいけど、少しでもひとりちゃんの支えになれたのならこんなに嬉しい事は無い。

ああ…なんて愛しい人なんだろう。やっぱりこの人とずうっと一緒に居たい。この人が堕ちるなら、一緒に堕ちたい。飛べる時が来たら、一緒に空を駆け抜けたい。

私はフムン!とお腹に力を入れる。そしてわざと元気な声を上げる。まるで照れを隠すように。

 

「さ、行きましょ!仙台牛が待ってる!」

それを聞いたひとりちゃんは、フフ…と笑って

「…はい!行きましょう!」

解ってくれたみたい。さあ、一路仙台へ!

 

じゃあね、智恵子さん。またね、「ほんとの空」。

 

POLICEの青いサングラスを掛け直し、ハンドルをギュッと掴んだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「にじかぁ〜、お腹空いた…」

「まだ10時やろがい!」

どうしてコイツはこうも燃費が悪いのか。朝、しっかり食べて来たくせに。

今は東海道新幹線乗車中。現在地は…静岡、辺り?

喜多ちゃん達は無事に走ってるかな?

マネージャーはぼっちちゃん組に付いて行った。何故か1人新幹線で。…何故か。

「ドライブはひとりちゃんと二人きりが良いんです!」

…だってさ。マネージャー、ちょっと涙目だったよ?

まあ、バンドマンなんて変わり者の集団だと思ってくれ。ロックロック。ロック万能。

 

あたしは最初に、熊本までの移動手段で飛行機を提案した。

それをリョウに言ったら

「たまには新幹線で駅弁食べながらゆっくり行きたい」

…だってさ。

このナチュラルボーンブルジョワめ!

あーそうですか!飛行機は飽きましたか!あたしは片手でお釣りが来る位しか乗ってないですけどね!ついでにお前の我が儘のお陰で随分早く出発しましたけどね!

 

「に〜じ〜かぁ〜」

コイツはもぉー!

「うっさいわ!手荷物取れ!」

それくらいはやって貰おう。

頭上のコンソールに仕舞っていたトートバッグを取らせる。…フラフラしやがって。ホントにエネルギー切れなのか。大体、「駅弁、駅弁♪」て騒いで、朝ご飯控えてたのお前だよね。そのくせ出発時刻ギリギリに着いたせいで結局駅弁買い損ねてるし。ちなみに搭乗が遅れそうになったのも出掛ける直前に「…今日はコレの気分じゃ無い」とか言って着替えようとしてクローゼット引っ掻き回してたリョウのせいだかんね。タクシーどんだけ待たせたと思ってんの?結構余計なお金取られたよ?

 

「…おお!」

トートバッグから出て来たのは、ラップとアルミホイルで包まれたおむすび。

「いつ作ったんだ…虹夏、恐るべし」

…お前がクローゼット漁ってる時に、こんな事もあろうかと作っといたんだよ。こんな事って…あたし、かなりリョウに毒されてるな…

1つは鰹節と小さくキューブ状に切ったチーズをダシ醤油で味付けして混ぜて握ったもの。もう1つは高菜を細かく刻んで混ぜて握ったもの。それが2つづつ。

リョウはまず鰹節とチーズのおむすびをパクリとひと口。

「…!ウチのシェフは最高や!」

「リョウんちの料理人じゃ無いからね!?」

「…ああ、これでお茶があれば」

「…はいよ」

出掛けに買っておいたお茶を渡す。

「ウチの使用人は完璧だ!」

「ヲイ!それ、格下げされてないか!?」

 

そんな、腹ペコ小僧と使用人を乗せた新幹線は、一路西へ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あー、おいしかったぁ〜!」

ネットの口コミで探った仙台和牛のお店から出て来て、郁ちゃんはご機嫌だ。

「ホントに美味しかったですよね。この前食べたファミレスのステーキとは雲泥の差です」

そんなわたしを見て、郁ちゃんはフフンと鼻を鳴らす。

「ひとりちゃん、何処に行っても「お肉」だもんね。ちゃんとお野菜も食べないとダメよ?一人でご飯する時もお肉ばっかりでしょ」

わたし、未だに子供舌です…

「…あ!だから最近の郁ちゃんの料理、お野菜が多いんですね!」

「バレたか…て言うかやっと気付いたのね。いつひとりちゃんが「わ、わたしこれじゃ…虫になっちゃいます!」とか言い出すと思ってたんだけど」

ペロリと舌を出しておどける郁ちゃん。ご丁寧にわたしのモノマネまでして…しかも結構似てる。伊達に長い付き合いじゃないな。よし、わたしだって郁ちゃんのモノマネを!愛の力で絶対に似てる筈!わたしの観察眼を舐めちゃいけませんよ!

「だ、だって郁ちゃんが「ぅ私のご飯、ぅ美味しい?ね?キターン!」って言うからつい美味しいですってガツガツ食べちゃうので…」

「…誰の真似?それ」

目のハイライトが消えてる!

「あ、あれ?」

凄い似てると思ったのに!どっちが郁ちゃんか解らない!とわたしの中のイマジナリーギターヒーローも絶賛してたのに!

「…行くわよ、後藤さん」

「…え?あれ!?」

いつもなら手を繋ぐところ、手首を掴まれてほぼ連行のような形で車まで引き摺られて行った。

 

 

「今日はありがとうございました!私もずっと結束バンドのファンで仙台の公演に来た時も見に行ったんです!いや〜、格好良かった〜!その皆さんが私のラジオ番組に出て下さるなんて!オマケにサインまで!いやっは〜、嬉し過ぎて涙が出そう!」

 

早口で捲し立ててくるパーソナリティさんに若干引き気味になりながらも、郁ちゃんはいつもの極上営業スマイルで対応する。

「こちらこそ、番組に出させて頂いてありがとうございます!これで宮城の皆さんにも新アルバムが広まってくれれば嬉しいんですけどね」

その郁ちゃんの言葉を受けたパーソナリティさんは、ボブヘアの黒髪をぶんぶん振り回して郁ちゃんに迫る。

「広まる…どころじゃ無いですよ!絶対ヒット間違い無し!です!私も鬼リピしますし、番組でもプロデューサーガン無視で掛けまくります!いや〜、あのメイン曲、もう最高で!それにしても喜多ちゃん可愛いのなんの!ぼっちさんもちょっと影がありそうな感じが格好良くて!そんで弾いて貰ったあのギタープレイ!もう…イッちゃいそう!…」

「あ、あはは…ありがとうございます」

郁ちゃんが両手を挙げて、パーソナリティさんの勢いを抑えるようなアクションで返答する。

郁ちゃんが勢いで押されてるの、初めて見たかも。

ふとブースの窓を見る。そこに飾られたわたし達のサイン色紙。

 

【結束バンド BOCCHI☆  KITA♡ 新アルバム[KSB-3]よろしくね♡】

 

その色紙が、ちょっと恥ずかしそうに…そして誇らしそうに、佇んでいた。

 

 

丁度番組終わりまで居たので、一緒にブースを出て記念と番組SNSの為に3人で記念撮影する。

わたしと郁ちゃんがギターを構え、真ん中にパーソナリティさんがダブルピース。どうしても色紙を画面に入れたいと言って、でもダブルピースは決めたい。どうしたものかと考えたパーソナリティさん、着ていたカーディガンに色紙を下端だけ挟んで、胸の上に乗せちゃった…

タピオカチャレンジならぬ、色紙チャレンジ。顔は、ギリギリ目しか目えてない。昔深夜のテレビ映画で見たキョンシーのような。

…そこに乗るんだ。性格といい、まさしく爆乳陽キャ…郁ちゃん、睨まないで!わたし何もしてないよ!

 

見せて貰った写真は、とても嬉しそうなパーソナリティさんの満面の笑み(目しか見えてないけど)。本当にファンなのが伝わってくる、その花が咲いたような笑顔でこっちまで嬉しくなってくる。

 

パーソナリティさんにお礼を言って別れる。すかさずマネージャーが寄って来て

「後藤さん、お通夜じゃ無いんですから笑顔で対応して下さい。あと喜多さん、ハジけ過ぎ」

「「あ、はい…」」

早速駄目出しを貰った。

 

 

「この後の予定ですが、午後8時過ぎから札幌のラジオ局と電話で繋ぎます。場所は…ホテルの部屋で良いですかね。声の遣り取りがし易いように、ワイヤレスのヘッドセットを2つ用意しました。使用して下さい。私は基本、同じ部屋には居ますけど介入はしないので。おかしな言動はしないように気を付けて下さい」

「部屋に居なくて良いわよ?」

郁ちゃんがマネージャーを制する。その表情には明らかに「貴女はお邪魔虫」と書いてある。

「………解りました。ただ、打ち合わせとスタートの合図が向こうから来るので、最初だけは私が居るのを我慢して下さい。始まれば私は消えますから」

マネージャーは「アーティスト」としてのわたし達に配慮したのか、「恋人」としてのわたし達に配慮したのか…後者なら恥ずか死ぬ…

 

 

ちょっと早めの夕食を取りながら、マネージャーと打ち合わせ。

流石にお昼がたっぷりのお肉だったので、そんなに量を食べられない。電話中にお腹が鳴らない程度。

 

ホテルに到着。わたし達は車で。マネージャーはタクシーで。

後部座席に荷物が積んであるのは確かだけど、郁ちゃんは頑なにマネージャーを車に乗せようとしない。多分、わたしが乗っていなければ普通に乗せるんだろうけど。

それじゃ、タクシーで付いて来てね…って郁ちゃんから聞いた時のマネージャーさん、遠い目をして溜息ついてたなぁ。

まるで「解っていますとも」って感じだった。

ホテルは、チェーン展開のビジネスホテル。…わたし達の立ち位置は、まだこの位。大槻さん達なら、何処へ行ってもその土地の最上級ホテルだろう。

うん。良いんだ。それに、良い生活をしたくて音楽…バンドをやっている訳じゃ無い。わたし達の声を…音を伝えたくて、皆の心を震わせたくてバンドをやっているんだ。例え遠征先がラブホでも構わないよ。…郁ちゃんは喜びそう。

まだ、聴いてる皆の胸に届いたとは思っていない。それなりの規模の会場でも演ってきた。それこそ武道館でも。

でも…まだなんだ。まだ足りない。この欲求は、わたしが音楽を続けられなくなるまでずうっと続くのかもしれない。もしくは、皆が聴いてくれなくなるまで。

大槻さんもこんな欲求、持ってるのかな。あの人の事だ、あの…常に何かを希求する姿。同じ様な悩みを持っていても不思議じゃ無い。

常に胸につかえているこの気持ちが、音楽を作る原動力なんだろう。そう言う意味ではリョウさんも同じ気持ちを抱えているんだろうか。

 

そんな事をツラツラと考えている内に、郁ちゃんによってお風呂で身体を隅々まで洗われ(らしい)髪を乾かされ(らしい)、服を着させられて気が付いたら電話対応の準備が整っていた。

「…あれ?」

「やっと気が付いた?ひとりちゃんたら、まるでお人形さんのようで可愛かったわよ?」

郁ちゃんに上目遣いで見つめられてぢっと自分の姿を見下ろす。…鎖骨の辺りに付いたこのリップ跡、これは余計じゃないですかね。多分、他にも付いてる…もうすぐマネージャーが来るから確認しないけど。

 

程無くコンコンとノック音。「は〜い」と言う郁ちゃんの返事の後、「失礼します」とスマホを耳に当てたマネージャーが入って来た。

「…はい、はい。半からですね。宜しくお願い致します。………今先方から連絡が来て、8時半からスタートです。始まる時にまた連絡が来ますので、宜しく」

スマホを切ったマネージャーに伝えられた。そして、部屋を見渡して「…あれ?」とひと言。

「私、確かツインの部屋、予約した筈なんですが…」

そう、ベッドはツインでは無くダブルになっていた。

…なっていた、じゃ無いな。郁ちゃんがこっちに向かって来る時、ホテルに電話してダブルに変更していた。

「…何か問題が?」

「…いえ」

郁ちゃんの圧に押され、マネージャー…沈黙。

 

その後ヘッドセットの接続を確認、そして連絡が来る。

遣り取りは基本、マネージャーの業務用スマホ。一応の予防策。

『それでは宜しくお願い致します!』

ヘッドセットから、パーソナリティさんの元気な声が聞こえてくる。

さっきのラジオ局では、収録だった。今度は生。き、緊張する!

『宜しくお願いします!』『よ、よろしく…』

拙い返事と共に遣り取りスタート。

まず新アルバムのコンセプトやら音作りやらの質問。わたしのもどかしい返答に、郁ちゃんがフォローを入れて遣り取りは続いた。

マネージャーはラジオをモニタリングする為に自室に戻った。

パーソナリティさんは興が乗ってきたのか、プライベートな質問に移る。

『喜多ちゃんは、メンバー内でも殊更ボッチと中が良いと噂ですけど…お二人は、付き合ってらっしゃるんですよね?』

前の騒動(あるブロガーや写真週刊誌によって騒がれた)で、わたし達の仲は公然の話になっている。

「そうです!多分、一生一緒に居ます!」

郁ちゃんの堂々とした宣言を聞いて、胸の空く思い。

『ありのままを話して頂いて、ありがとうございます。僕もお二人を応援しています!』

多分、いや間違い無くパーソナリティさんは善意で言ってくれている。でも、普通の事だったら「応援する」なんて言葉は出ない訳で。

「わ、わたしは…わたし達の関係は世間では普通じゃ無いって解ってます!だから…だからっ!誰からの応援も要らない!わたし達が、「わたし達」で在れば良いと…思って…います…」

だから、つい口を出てしまった。その想い。郁ちゃんが「ひとりちゃん…」と口の動きだけで呟く。

パーソナリティさんも息を呑んで、それから

『ごめんなさい。僕の言い方が悪かった。謝ります。そうですね。ボッチと喜多ちゃんは、とても良い関係性だと今の言葉で解りました。だからこそ、貴女達をこれからも追って行きたい。本当に貴女達は素敵だ。これからも結束バンドの音楽、楽しみにしています。それでは最後に…』

わたし達の曲が流れて、遣り取りは終わった。

最後にパーソナリティさんから『ごめんなさい。ありがとう』と言うひと言を添えられて。そしてロインで[結束バンド、最高!]と。

マネージャーのスマホの電源を落とす。そしてヘッドセットを外した途端、郁ちゃんが抱き着いてきた。

「ひとりちゃん、格好良過ぎ」

耳元で囁かれる。

「…郁ちゃんの言葉にも、痺れました」

抱き締め返してわたしも囁く。

郁ちゃんにベッドに押し倒され、腕を背中に回す。そこで矢継ぎ早にわたし達のスマホからロインの着信音。

マネージャーからは[お疲れ様でした。スマホは翌朝回収します][お休みなさい]と。

そしてアプリでラジオを聴いていたらしい虹夏ちゃん達から[ぼっちちゃん、格好良かったよ〜!][ぼっち、ロックだね]と。

郁ちゃんと2人でそれを確認して笑い合った後、スマホの電源を落とす。

「ふふ…これで今夜は2人きりね」

妖艶な表情。誘うような瞳。わたしは、その瞳に弱い。とても。

「…郁ちゃん」

「ん。ひとりちゃん、好き。訳が解らないくらい、好き」

「わたしも…」

2人共目を閉じ、顔を近付けて…

 

「あ!スキンケアしてないっ!」

郁ちゃんは突然ガバリと顔を上げ、洗面所に走って行ってしまった。

「…ふぅ」

そんな郁ちゃんを顔だけ上げて苦笑いで見送る。そして力無くベッドに沈む。

 

この騒がしくも愛しい人が、わたしの永遠のパートナーです。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「いや〜、ぼっちちゃん、やるね〜」

「ぼっちはやる時はやる漢…いや、女。流石わたしの弟子」

「いつからお前の弟子になった〜?それじゃ師匠、次はお前の番だぞー!」

「…虹夏…突然お腹が痛い…!」

「嘘吐くな!はい行くよ、リョウ」

リョウを引き摺るように連れて、控え室から放送ブースに入って行った。

 

 

「はい。今晩は今、人気急上昇中のガールズバンド…「結束バンド」に来て頂きました!来てくれたのはドラムでバンドリーダーのNIJIKAこと伊地知虹夏さん、ベースで作曲担当のRYOこと山田リョウさん!」

「こんばんわー!結束バンドの虹夏です!」

「…世界のYAMADA」

「え?…あ、はい…どうぞ宜しくお願いします。早速ですが、今度ニューアルバムが発売されますが…今度のアルバムのコンセプトを聞かせてくれませんか?」

「それはですねー、…え、リョウ?」

「わたしが話す」

リョウに手で制され、話を継がれる。

「今度のアルバムは、いかにわたし達が成長を遂げているかの試金石になりうる1枚。これが受けたら次へ進める。これが受けなきゃはい、終わり。そんな1枚」

「…リョウ」

そんな事考えてくれてたんだ。クールな振りしながら誰よりも音楽…結束バンドのサウンドに拘ってくれたリョウ。音作りの為、寝ないで考えてくれてた事も知ってるよ。ほっちちゃんと夜な夜な考えを突き合わせて。偶に意見をぶつけ合って。そんなリョウが、とても格好良い。

「…だから」

………ん?

「…これ食べて良い?」

リョウの指差した先には、テーブルに乗った黒糖ドーナツ棒。…熊本名物…らしい。

「え…ああ、どうぞ」

パーソナリティさんも戸惑い気味。そんな事気にせず、ムシャムシャと咀嚼を始める。

「だはら…わらひのおうりょふのへんはいにいほんは…ほんははるばむりゃ…」

「…食ってから話せ!…て言うか今食うな!」

ドラムで鍛えた全力全開のアイアンクローをお見舞いする。

「いひゃい!ひじは、いひゃい!」

 

「結束バンドは、仲が良いですね…」

パーソナリティに妙なフォローを入れられる。

あたしの感動を返せ!

 

その後、あたしは某国の王族の血を引くとか、リョウはブルガリアに留学中スパイ容疑で抑留されてたとか、ぼっちちゃんは金星人の遺伝子を持ってるとか、喜多ちゃんの前世はサリバン先生だから前世がヘレンケラーのぼっちちゃんの世話が上手いとか…ある事無い事…いや、無い事ばっかり吹きまくった。後でどうしてくれよう。

 

「…楽しい話ばかりで、リスナーの皆さんも楽しんで?おられると思います。それでは最後に、何かひと言」

もう突っ込み過ぎて腕がダルい。気力も底を尽きそうだ。そんな状態で思考をグルグル回していると、リョウがマイクに近付く。あ…と思ったけどもう遅い。

リョウが口を開き、話し出す。

 

「今度のアルバムは、ぼっちとわたしの渾身の出来。それをメンバー皆の力を全て注ぎ込んで作った珠玉のアルバム。確かめたかったら、聴いて」

そのコメントを聞いて、パーソナリティさんも目を丸く見開く。そして「それが聞きたかった」とばかり、身体を乗り出した。

「そう!リスナーの皆も是非!そこには最高のロックが綴られているから!最高の結束バンドの最高なアルバム、あと2週間程で世に出るよ!RYOの言葉を確かめる…いや、RYOの宣言を確認する為に、是非皆で聴いてくれ!」

 

「「「それでは…センキュー!」」」

 

その時仙台で、ある二人が怒ったり困ったり感動したりしていたのを、熊本の二人は知らない。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

『おはようございます』

「あ…ハヨ~マス…」

電話に出るとマネージャーさんの溌剌とした声。この人は血圧高いんだろうか…

『これ…喜多さんの電話ですけど…後藤さんですよね?』

「………え?」

あれ?本体の裏面を見る。カバーが桜色。…郁ちゃんのだ。

「す、すみません…後藤です」

すると横たわるわたしの後ろから腕がニュッと伸びて、スマホを奪われる。

「おはようございまーす!喜多です。…ああ、はい。解りました。それじゃ、その時に」

ピッ

「朝ご飯の時に今日の打ち合わせの確認したいって」

ベッドに沈みながら、内容を教えてくれる。

再び後ろからわたしのお腹に腕を回してくる。触れ合う郁ちゃんの素肌が気持ち良い。

「…あと何分?」

「1時間…かな?」

「そっか」

わたしはぐるりと身体を反転、郁ちゃんと向き合う。そしてそのままギュッと抱き締める。

「…郁ちゃん、気持ち良い」

「ふふ…もう」

そのまま暫く抱き合う。…ホントに気持ち良いなぁ…すべすべつるつるの郁ちゃんの素肌。イケナイお薬をやっている時って、こんな辞められない気持ちなのかな。

「も〜、くすぐったいよ、ひとりちゃん」

わたしの吐息が郁ちゃんの肌を撫でる。あ…まずい。「その気」になっちゃう。

「…郁ちゃん」

「…ダメよ?…あっ。ホントに…ダメ…よ」

わたしの唇が郁ちゃんの素肌を滑る。ああ…気持ち…良い。

これから…と言う所で、またスマホが震える。今度はわたしの。

無視しようかと思ったけど、重要な連絡だとマズいので仕方無く出る。表示にはマネージャーさんの名前。

「…はい、もしもし」

わざわざ不機嫌そうに出る。それを聞いて、郁ちゃんにクスクス笑われる。

『後藤さん。朝からシないで下さいね。はい!準備!』

「は、はいっ!」

通話を切った途端、郁ちゃんにケラケラと笑われる。

「あははは!私のほうにも聞こえて来た!」

…恥ずかしい。何処かで見てるの?あの人。

ガバっと起きて、それでも気が収まらずに…郁ちゃんに覆い被さる。

「ひとりちゃん。起きるんでしょ?」

「う、ん………ちょっとだけ…」

言ってから郁ちゃんの口をわたしの口で強引に塞ぐ。

郁ちゃんも口端から「…ダメ」と呟きを零しながらもわたしの首に手を回してくる。

そんな束の間の逢瀬は1時間程続き…見事に待ち合わせに遅刻。朝食会場の床に二人で正座させられた。

周りの客から「おい、あれ…結束バンドの…」と言う声が聞こえた。

 

穴があったら入りたい。むしろ、埋まりたい。

 

夕方頃、SNSにわたしと郁ちゃんの正座姿が掲載されていたらしい。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「それでは、今日は午後3時から福島のFM局に入ります。住所は…送ってますよね?」

「はい、大丈夫です!」

サラダを摘む郁ちゃんが返事をする。わたしは朝からハンバーグ。朝食バイキングって素敵だなぁ。好きな物食べられるから。

すると、横からサラダが入った小皿がスッと差し出される。そちらを見ると、ニッコリ笑顔の郁ちゃん。…はい、食べろって事ですね。

我慢して憎っくき野菜を口に掻き込む。わたしは草食動物、わたしは草食動物…むしろ野菜しか美味しくない!…やっぱり野菜苦手(泣)

途中でフォークが止まったわたしに、マネージャーさんが溜息。

「後藤さん、体調管理もプロの仕事ですよ」

「…はぃぃ…」

そんなわたしを郁ちゃんはクスクス笑って見守っていた。

そんな時、マネージャーさんの電話が鳴る。

「はい、あ、おはようございます。はい、はい…。ええ、タイスケは大丈夫ですね。あぁやっぱり。…解りました。向かいます」

…何か、不穏な空気を感じるな…何だろ。やっぱり…とか言ってたし。

マネージャーさんはスケジュール帳を開き何かを書き込むと、淡々とわたし達に告げた。

「今、事務所の司馬さんから連絡があって…福島のミュージックショップでミニイベントを行って欲しい、と」

「…え!?イベントって…そんな急に捩じ込め無いですよね!?」

流石に郁ちゃんも慌ててる。それはそうだ、事前にスケジュールを立てておかないとお店側だって予定もあるだろうし…

「それは…大丈夫です」

何故かマネージャーさんはフイッと横を向いて答える。…何かオカシイな。

「それ、お店側から打診があったのいつですか?」

郁ちゃんが貼り付けた笑顔で問い詰める。郁ちゃんもオカシイと思ったんだろう。

「…ひと月前、です」

「…それって、全国行脚が決まる前じゃ無いですか!」

それを聞いて、マネージャーさんの顔色がどんどん悪くなる。背けていた視線をわたし達の方に向け

「あの…気を悪くなさらないで下さい。実はですね、最初はシデロスがそこに向かう筈だったらしくて。ドラムとギターの方が。ところが急遽アルバムのリテイクが決まったとかで…来れなくなってしまったようです。そこでシクハックの廣井さんから話を聞き付けた大槻さんがウチに打診して来たらしくて」

つまり、この前の打ち上げで一緒に居た廣井さんがわたし達のスケジュールを大槻さんに話した。東北方面に向かうわたし達に、代打として依頼した、と。大槻さんにしてみればお店に対する申し訳無さとわたし達に対する信頼…かな?あと結束バンドのプロモの手伝いもあるのか。

それにしても、時期が良すぎる。

「司馬さん、これに対応するスケジュール予定してましたよね。て言うか元々組み込んでましたよね?」

郁ちゃんの笑顔が怖い。対してマネージャーさんの冷や汗が酷い。

マネージャーさんはスケジュール帳をテーブルに置くと、両手をついてわたし達に頭を下げた。

「ごめんなさい。前々から予定は把握していたんです。…ただ、大槻さんは最後までウチが行くって言ってて。それで、どうしてもダメなら後藤さん達に任せたいと。それが決定したのが今朝…みたいです。本当に申し訳無いです」

大槻さん、完璧主義だからなぁ。リテイクとイベント、最後まで天秤にかけたんだろう。ただ、その完璧主義が今回は悪い方に出ちゃったな。

頭を下げるマネージャーさんのつむじを見詰めていると、不意にわたしのスマホが震えた。ポケットから取り出し、確認すると…ああ、やっぱり。

フリックして通話する。そして郁ちゃんにも聞こえるように、スピーカーモードにする。

「おはようございます。大槻さん」

『…後藤ひとり…ごめんなさい。私の我が儘で、急遽スケジュールが変更になっちゃって…』

その声は本当に申し訳無さそうで。電話の向こうで意気消沈している様子がありありと解る。

「大槻さん、おはようございます。喜多郁代です」

『あ…喜多郁代も、ごめんなさい。決して貴女達を嵌めようとしてた訳じゃ無いの。それだけは解って』

「ええ、解ってますよ。大槻さんはそんな事する人じゃ無いって知ってますから!」

『…ありがとう。そう言って貰うと助かるわ。それで…福島のイベント、お願いしても良いかしら。勝手な事を言ってるのは解ってる。でもあくびと楓子も、代わりは貴女達じゃないと安心出来ないって。私もそう。今の日本のバンドで、私達の代わりが出来るのは…あ、あ、貴女達…しか…居ない、から…』

なんか最後、凄く言い淀んでる…照れてるの?

でも、悪い気分じゃ無い。むしろシデロス…大槻さんにそこまで言って貰ったのが嬉しい。ここはいっちょ、スーパーウルトラギタリストがやっちゃいますよ!

 

「お、大槻さん!任せて下さい!ちょちょいのちょいです!」

『…ねえ、喜多郁代。後藤ひとりは大丈夫なの?』

「あ、あははは…大丈夫ですよ!…タブン」

郁ちゃん。何故困ったような顔でわたしを見詰めるの!?

 

最後に大槻さんは『お願いします。このお礼は必ず』とひと言添えて通話が終了した。

「それでは、受けて頂くと言うことで」と、マネージャーさんはわたし達に確認すると電話を掛けた。恐らくその福島のミュージックショップだろう。その前に大槻さんが連絡していたらしく、スムーズに話は進んでいるみたいだ。

程無く通話を切り、わたし達に視線を向けるマネージャー。

「それではすぐに行動を開始します。はい、スタート!」

パシンとひとつ柏手。

「「サー!イエス•サー!」」

わたしと郁ちゃんはガタリとすぐに椅子から立ち上がり敬礼。

朝遅刻した分、何も言わずに従うしか選択肢が無かった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「リョウ〜、いい加減に起きなよ」

「…ん………ぅん………まっ、て…もういっぽん………」

「何の本数なの!?」

「う…それじゃなくて…そっちの…黄色な…ヤツ………」

「………」

「それ!………やっと虹夏…たべられ…る………」

 

「いい加減に…起きろ!」

あたしが使っていた枕をフルスイングでリョウの顔に振り下ろす。

何だか解らないけど、顔が物凄く熱い。

そもそも、ツインルームの筈なのに何故コイツはあたしと同じベッドで寝ているのか。ご丁寧に枕だけ自分のベッドから持って来ているのが確信犯くさい。

 

「•••…•••••」

「え?何だって?」

ぐもぐもと喋っているらしいけど、何言ってるか解らん。…あ、あたしが枕押し付けてた。

枕を外してやると、…ヲイ、何でまだ目を閉じてるんだ。

「…虹夏に乱暴された…もうお嫁に行けないよ…」

シクシクと泣いてる。マネならせめて、涙を拭うフリでもしろ。

「はいはい、石油王にでも見初めて貰いな。もう起きるよ」

茶番に付き合いきれず、とっとと起きてポットでお湯を沸かす。そのまま洗面所に向かったので、リョウの呟きは聞こえず。

 

「…虹夏が良いのに…」

 

 

「今日は午後イチで福岡。その後そのまま島根まで移動ね」

朝食会場でトーストを齧りながらリョウとスケジュールの擦り合わせをする。

リョウは塩鯖を齧りながら「ふ〜ん」と適当な返事。

今朝はあたしが洋食。トーストにサラダ、ヨーグルト。リョウは和食。塩鯖に海苔、ご飯に味噌汁。キャラ的に逆な気もするけど、普段ウチで和食メインな朝食を作ってるとつい外では洋食に手を出したくなる。

しかし…コイツは食事の所作が綺麗だよなぁ。性根はクズの癖に。これが生い立ちの差なのか。

食事の時だけ背筋を伸ばして、音を立てずに箸の先だけ使って優雅に食事を口に運ぶ。頼むから普段の言動もその優雅さを醸し出してくれ。…ま、それだったらリョウじゃ無いや。

そんな事をぼんやり考えてると、あたしの目先にニュッと箸が伸びる。

あ、と思う間も無くバターを塗ったトーストを攫われた。そのままリョウの口へ。

「うん、やっぱり朝は和食」

「だったら奪ってくな!行儀悪!」

「だって、虹夏が美味しそうに食べてるから」

「理由になってないからね!」

やっぱりコイツは「リョウ」だ。ちくしょう。

 

 

「忘れ物は無いよね」

電車に乗り込んで、念の為に聞いてみる。

「………あ!」

「なに!?」

「…駅弁買い忘れた…」

お•ま•え•わぁ〜!朝メシ食ったばかりだろー!

「はぁ…お昼前には福岡着くんだから、トンコツでもモツ鍋でも好きなモン食いなよ」

「…ゴチ」

「誰が奢るっていったー?」

 

 

福岡での放送が終わった。最後にパーソナリティさんと3人で番組SNS用の写真を取る。リョウはベースを抱え(番組でも披露を演奏をしていた)て。あたしは…スティック。…ドラマー孤立問題再燃。

今日のあたしはクレオパトラの末裔にされた。なんでいつも末裔?ちなみにエジプトとは縁もゆかりも無い。

ぼっちちゃんは秘密組織がシーモンキーを生物兵器にする為の改造で突発的に産まれた事になった。

喜多ちゃんはパリピ主催のパーティー会場の淀みから発生した事にされたし、リョウ自身は地底人の調査チームに居たけど、逃げ延びたんだってさ!だから(理屈は解らんけど)、陽の光を浴びると眠くなるんだって!

 

「もー、あんまり適当な事言うのは止しなよー!」

「インパクト大事」

「嘘八百のインパクトが大事な事あるか!」

目の前で平然とコーヒーを啜る青髪にアイアンクローをキメる。

「イダイ!イダダダ!あ、虹夏…ちょっとまっ…待って!ロインが!多分ぼっちか郁代だから!」

あたしのスマホも震える。ちっ、しょうがねえ…

2人してロインを確認。

「………おお!ぼっちちゃん格好良い!でも、あれ?…こんなイベント入ってた?」

喜多ちゃんから送られてきた写真には、椅子に腰掛け俯きながらもギターを掻き鳴らして(いるであろう)ぼっちちゃんの勇姿。やっぱりこの子はギターを弾いてるのが様になる。誰よりも格好良い姿。でも、場所がラジオ局には見えない。何処かショップのような…

「多分、司馬さんじゃないかな。日程的に余裕だから、ぶっ込まれたのかも」

「えぇ…」

しかし、いきなりにしたってそんな都合良く入れられるもんかね?先方の都合だってあるし。

疑問に思ったので、喜多ちゃんに問うてみた。ま、忙しけりゃ後で返信来るでしょ。

と、思ったら即返。

[司馬さんが前から仕込んでたみたいです。ちなみにシデロスの代打です]

だそうだ。そこで想像がブワッと頭の中で広がった。

多分ヨヨコちゃんのトコの誰かが行く予定だった。しかし、何かの都合(シデロスも新アルバム出すからその都合かも)で、行けなくなった。そこでヨヨコちゃんが白羽の矢を立てたのがぼっちちゃん。東北行きを誰か(多分廣井さん)に聞いて、ストレイビートに打診。仮予定を押さえて貰っていたんじゃないか。ヨヨコちゃんの事だ。最後まで自分達が行こうとしていたんじゃないかな。でも都合が付かず、ぼっちちゃん達に依頼。あたしに連絡が無いのは、ホントに当人達には突発だったんだろう。…つまりだ。犯人は司馬さん。

 

「全く…もう…」

でも、ぼっちちゃんと喜多ちゃんには良い舞台じゃないかな。あの二人のギターと歌は、生で聴くと圧倒される。恐らく客も幾らか入ってるんだろう。聴けた客は運が良いね。ウチの自慢のギターとギタボだよ。

「…ぼっち、楽しそうだね。笑ってる」

「そだね」

 

今でも思うよ。君達のバックじゃ無く、観客として聴いてみたいって。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

店内に貼ってある【結束バンド来たる!】の貼り紙の中、1枚だけ陰に隠れて剥がし忘れた【SIDEROS来たる!】の貼り紙。

それを見ていた私に気付いた店員さんが

「も、申し訳ありません!」

と勢い良く剥がして去って行った。そんなに気にしなくても良いのに。

「郁ちゃん?どうかしました?」

ひとりちゃんに声を掛けられる。

「…んーん?何でも無い」

笑顔で返事をする。

 

ここは福島にあるミュージックショップ。本来ならシデロスのあくびちゃんとふーちゃんが来る筈だったらしい。

ここで少し演奏して欲しいとの事。そしてその後トークタイム。前半はひとりちゃんの、後半は私の出番ね。

客席は…全部でも50人位のキャパかな。シデロスだったらチケット争奪戦だったろうけど…私達はどうだろ。

チケットはどうやら当日の先着順らしい。私達は裏口から入ったから、表の様子は解らない。

「ね、ひとりちゃん」

「なんですか?」

「私達、どれだけ並んでくれてるかな。流石にシデロス程じゃ無いとしても…客席が埋まってくれると良いなぁ」

そんなちょっと弱気な私の発言を、ひとりちゃんはニヤリと笑って否定する。

「郁ちゃん。心配ありません。郁ちゃんは凄いんです。わたしが知る限り、最高の歌姫で最高のギタボです。例え最初に客席が埋まって無くても、郁ちゃんが歌ってわたしがギターを弾いたらあっという間に満杯ですよ」

そのひとりちゃんの言葉に口角が上がる。やっぱり貴女は最高のパートナー!

「つまり、2人は最強って事ね!」

「ええ、間違い無く」

2人で笑い合う。そんな時、店員さんが慌てた様子で駆け寄って来た。

「す、すみません!始まるまでまだ15分程あるんですが、すぐに始めさせて貰って良いですか!?」

「良いけど、どうしたんです?」

店員さんに問い掛けながらひとりちゃんを見ると、ひとりちゃんも解らず首を傾げる。

「それが…お客さんが集まり過ぎて、騒ぎが起きそうなんです!周りからも苦情が来そうで…」

それを聞いて、目を丸くしながらひとりちゃんを見る。ひとりちゃんも驚いてるみたい。でもその驚いた顔から徐々に表情が変わる。鋭い目付き。ステージ上の「ボッチ」の顔。

その顔を見て確信。ひとりちゃんにスイッチが入った!

 

〈ルシファー〉後藤[ボッチ]ひとりの降臨。

 

「はい!大丈夫です!」

自信満々で店員さんに答えた。

 

 

ステージは、観客と同じ高さだし音響だってそれ程良くは無い。…でも、そんなものは[後藤ひとり]にとっては些細な事。

折り畳み椅子に座ったギターの魔王は、それすらスパイスとして観客を音の嵐に巻き込む。

今日の観客はとても幸運。笑い顔を浮かべたひとりちゃんのギターは、誰に並ばせる事無く孤高の存在として音を叩き付ける。

余りに格好良いので、自慢する為に写真を撮って虹夏さんに送ってあげる。私のひとりちゃん、どう?

すぐに返信が来たのでちょっとだけやり取り。

程無くギターの音が止む。ひとりちゃんの方を見ると、私と目が合う。その空色は、こう語っていた。

 

おいで

 

うん、解った!行くわ!

 

観客の熱狂の中、ひとりちゃんの横に並ぶ。ひとりちゃんが足で刻む4カウントの後、2人で一緒に掻き鳴らす。

そして、歌い始める。ひとりちゃんの心のスピーカーとして。

気持ちを声に変えて。文字を音に変えて。

 

 

「ありがとうございました!感動し過ぎて言葉になりません!」

店長さんに凄く感謝された。しかも、お店にあった結束バンドのアルバムの在庫が全部捌けて、新アルバムの予約まで入ったらしい。

私達を気に入って来てくれたお客さんだから結束バンドのアルバムは持ってるだろうに何故アルバムの在庫が捌けたかと言うと…私達がサインを入れたから。

別に色紙でも良いし手帳だってTシャツだって良かったけど、お客さん曰く

「どうせサイン貰うなら結束バンドのアルバムに!」

と言う事らしい。アルバムを手に入れられなかったお客さんは、凄く悔しがってたとか。

ひとりちゃんは嬉しくなってお客さんの衣類から靴まで全部にサインを入れようとして、やんわり断られてしょげていた。それはそうよね。わたしもひとりちゃんに、顔までキスマークを付けられたら困るもの。…例えがオカシイかな。普通よね。

でも、トークタイムは傑作だった。

「ボッチさんがギターを始めた切っ掛けはなんですか?」と言う質問に、ひとりちゃん

「あ、世界平和、世界平和…あ、駄目だ。これ郁ちゃんに怒られるヤツだ!…えっと…郁ちゃん。なんて答えれば郁ちゃん怒らない?」

って私に聞くのよ!?お客さん皆大爆笑だったわよ!

他にも

「ボッチさん!私今中学生でギター始めたばかりなんです!どうすれば上手くなりますか?」

って質問に

「あ…それじゃあ東京の秋華高校に入学して階段下の謎スペースに居る陰キャを捕まえて…あ、もう居ないや。郁ちゃん、どうしよう?」

ってマジメに聞いてくるし。またまたお客さん大爆笑。

ひとりちゃん。福島じゃ、すっかり「面白キャラ」で定着しちゃったわよ!?

全部録画して虹夏さんとリョウさんに見せてあげたかった。

 

ちなみにひとりちゃんは、マネージャーに散々怒られた。

 

 

ミニライブを終えた私達は、次にラジオ局に向かった。

さっきはあれだけ「ギターの魔王」で観客を圧倒してたのに、収録スタジオに入るなり借りてきた猫。

もう、そのギャップが可愛いの何の!

全人類を魅了するわね!

パーソナリティさんの質問に

「あ、はい」「あ、そうです」「あ、えと…郁ちゃん」

の大体3パターン。最後のは涙目付き。…たまらん!すぐさまお持ち帰りを…ゲフン。マネージャー、やらないから睨まないで。

 

収録が終わり、宿へ。

マネージャーは大学時代の友人がこちらに居るとかで、そわそわしていた。

だから「会いに行って来たら?」って言うと「私は東京に帰るまで仕事中なんです」とか堅い事言うからひとりちゃんも「あ、後は寝るだけなんで大丈夫ですよ」と私に援護射撃。

申し訳無さそうにしながらも出掛けて行った。

 

しめしめ

 

「さ、ひとりちゃん。街に繰り出そう!」

「お、おー!」

ひとりちゃんも段々ノリが良くなって来たわね。

「…余り賑やかじゃ無い所で…」

…本質は変わらないね。

 

街に繰り出し、しこたまハイボールを胃に詰め込み…部屋に帰ってから私がひとりちゃんに何をしたのか…それは神のみぞ知る。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

夢を見た。

ちょっとだけ…悲しい夢。

あの階段下の謎スペースで1人、虚ろな目でお弁当を食べていた。

「…結局、高校でも1人…かぁ」

あぁ…これはまだ秋華高校に入りたてで、友達どころか話せる人さえも居らず常に孤独を感じていた頃のわたし。

そんな、誰からも認識されないまま逃げ込むように探し当てたこの場所で、余り味の感じないおにぎりを咀嚼する「その時のわたし」を見下ろす「今のわたし」。

目の前のわたしは、今にも涙が零れそうで。おにぎりを持つ手も震えて。世界に1人しか居ないような、全てを諦めた表情で。それでも、誰かと繋がりたいと欲求だけは膨らんでいて。あらゆる事が空回りしていて。

 

常に求めていた。

何を?

何もかも。

わたしに足りない全てを。

手を伸ばす事もせず、ただ頭の中で妄想を膨らませるだけで…わたしにとっての「ヒーロー」を欲していた。

そんなの…考えただけじゃダメなのにね。

 

でもね、「わたし」。

「わたし」がちょっとだけでも行動したら、それたけで世界は変わって行くんだ。

それはわたしが保証するよ。

ほんのちょっとだけ手を伸ばして。

そうしたら、君のヒーローが現れるから。

ほら、足音が聴こえない?

君が手を伸ばさないと通り過ぎてしまうよ?

ほら…ほら!

 

目の前の「わたし」は、おずおずと手を伸ばす。

誰かに…いや、「誰か」…じゃ無いや。

「あの人」に気付いて欲しくて。

伸ばす手に力が入る。限界まで手を差し出す。溺れかけた時、細い枝に手を伸ばすように。

 

ほら、気付いてくれたよ!

足音が階段を降りてくる。そして。

 

ーーひとりちゃんーー

 

さあ、君は何を望む?

 

「わたし」を…

わたしを…

 

 

「…わたしを見て。…ヒーロー…」

 

徐々に意識が浮かび上がる。浮かび上がった意識が、わたしの身体とリンクする。

そこは、誰かの胸の中。母親のような…いや、それよりももっと…心で寄り添いたい、そんな相手。

やっと見つけた、わたしの半身。わたしのヒーロー。わたしのヒロイン。

 

「おはよ。ひとりちゃん」

大好きな声で呼んでくれる。わたしの名前。

何でそんな名前を…って親にちょっとだけ不満を覚えた事もあったけど、君に呼ばれるとこの名前で良かった…って思えるんだ。

わたしの名前「ひとり」

わたしのアイコン「ひとり」

君に出逢う為に「ひとり」だったって勘違いしちゃっても良いかな。

 

「おはよ…郁ちゃん」

 

 

「ひとりちゃん、何かうなされてたみたい」

抱き締めてくれていた腕を解き、親指で優しくわたしの目尻を拭ってくれる。ちょっと泣いちゃってたみたい。

少し気恥ずかしくなって、再び郁ちゃんの胸に顔を埋める。

「うん…夢見てた。昔の、夢」

「そっ…か」

郁ちゃんはそれ以上聞かないで、わたしの髪をそおっと撫でてくれる。気持ち良い。

多分、昨日のトークイベントの時の質問がトリガーになって記憶が掘り起こされたんだろう。あの頃の悲しい、苦しい記憶。今はこの世界で一番安心出来る郁ちゃんの腕の中。

「…ひとりちゃん、大変だったのよ?腕を必死に伸ばして身体を強張らせて。それでひと言「わたしを見て、ヒーロー」って。ヒーローって、ひとりちゃんの事じゃないの」

違うよ郁ちゃん。わたしのヒーローは…わたしの北極星は、わたしの月は、わたしの羅針盤は、わたしの太陽は…いつも君なんだ。

常の感謝の代わりに、顔を上げて郁ちゃんの唇にキスを落とす。

「…起きよっか」

「うん、そうね。今日も1日が始まるわ」

 

 

2人で朝食を摂っていると、バタバタと騒がしい足音。

そして「す、すみませーん!」と言う声と共に会場に入って来たのは、我らがマネージャーさん。そのあられも無い格好は、急いで服を着替えてきたのがありありと解る。

ブラウスはまともにスカートの中に入って無くて、ジャケットも肩に掛けたまま。

わたし達の前まで来てから深々と頭を下げる。

「ごめんなさいっ!寝坊しました!」

それを見た郁ちゃん、口角が上がる。

「…遅刻ね。…と、言う事は…」

マネージャーさん、流れるように床に土下座。その前で腕を組み、仁王立ちの郁ちゃん。つい、写真を撮るわたし。

 

…郁ちゃん、やっぱりSっ気あるよね。

 

マネージャーさん、久々に友達と会い、つい深酒したらしい。まぁ、これでお相子。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「………ん、………ん?」

身体が妙に動かない。何故?…と考える内に意識が上昇。徐々に把握出来てきた。

…何故またリョウはあたしのベッドに来てるんだ?そして、何故あたしを後ろから羽交い締めしてるの!?

「オイ!リョウ!何してんの!?」

背中に問い掛ける。リョウはモゾモゾと動きながらポツリとひと言。

「…虹夏、行かないで…」

まだ寝惚けてるらしいリョウに、腕を無理矢理伸ばして頭を撫でてやる。

「何処も行かないよ」

「…うん。せめてご飯…作って行って…」

…コイツわぁ!

「…起きろ!」

ベッドを蹴り、リョウに伸し掛かる。

「ぐえぇっ!重い!」

「誰が重いか!」

羽交い締めがやっと解けたので、しょうがなく離れてやる。

リョウめ、胸に手を当てて大袈裟に深呼吸しやがって。

「肺が潰れて死ぬかと思った…」

「ホントに潰してやろうか。…で、なんでまたあたしのベッドで寝てたのさ」

おまけに羽交い締めまでしてさぁ。

「…え?こっち、わたしのベッドでしょ?」

平然と言ってのける青髪。コイツは…

「…ベッド決める時、窓際が良いって言ったヤツは何処のどいつだ!こっちは廊下側でしょうが!」

キョロキョロと周りを伺い、ポンと手を打つ。

「ボーコーも筆の誤り」

「弘法だわ!キサマの膀胱には筆が仕舞ってあんのか!」

「虹夏、下品」

「こんのぉぉぉ!」

ベッド上で4の字固めを決める。

「ぐあぁ…くっ、4の字返し!」

リョウが身体を反転。あたしも釣られて反転させられる。

「ギャァァァ!」

 

虹夏VSリョウ

判定ーー痛み分け

 

カンカンカンカン!

 

虹夏は思った。次からはスコーピオン・デスロックにしよう、と。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「バカな事に時間使っちゃったじゃんかさー」

朝食を摂りながら、虹夏に文句を言われる。右手に持つフォークはサラダの小皿の中でさ迷っている。左手は頬杖を付き、更にわたしへのジト目つき。お行儀悪いよ?虹夏。

「…リョウは、食事マナーだけは抜群に良いよね」

「ルックスとセンスも」

「あーはいはい、ドッチモヨイネー。そいえばなんでいつも朝は和食なの?」

…虹夏の朝ご飯で習慣づいたからだよ。言わないけど。

「乙女の嗜み?」

「なんで疑問形?…どーせあたしは乙女じゃ無いですぅ〜」

言いながらクロワッサンを毟る虹夏。対してわたしはブリ大根を摘む。うん。やっぱり虹夏の味の方が好み。言わないけど。

「…で、さ。何であたしを羽交い締めしてたのさ」

上目遣いで。ちょっと口角を上げて。何かを期待するような、その瞳で。

ふぅ、とひと息吐く。箸を置いて、虹夏を見詰める。

「…夢を見たんだ」

「なんの夢?」

「…マウンテンゴリラと素手で戦う夢。わたしが優勢だった」

「…ヲイ、表へ出ろ」

 

…虹夏がわたしの元から去ってしまう夢だったんだよ。何を聞いても理由を言ってくれなくて。だから…みっともなく縋って。泣き付いて。そんな夢だったんだよ。絶対に言わないけどさ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「今度こそ忘れ物無いよね」

「大丈夫。ミス•パーフェクト」

「嘘つけぃ」

「ホント…あ!」

「何さ!」

「…駅弁…」

「もう諦めなよ…一生買えないんじゃない?」

「うぅ…」

 

そんな遣り取りをしながら、島根へ。

 

 

今度は虹夏をかぐや姫の落とし(だね)にしてやった。

ぼっちはオケラから進化した新生物。早く人間になりたいらしい。郁代は海の男と水着ギャルの汗から出来た合成生物。汗臭いのが玉に瑕。わたしは職人が竹ひごを組んで出来た…らしい。The人外バンド。

 

 

その後、郁代から[私、汗臭く無いです!]と。

ぼっちからは[やっぱりわたし、人間じゃ無いんですね]と。

2人からのロイン。誰だ、そんな事言ったのは。許さん。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「しもつかれって…ビジュアルが…アレよね」

「郁ちゃん。それは言っちゃダメなヤツでは」

でも、どうしても想像しちゃうじゃない!?昔ひとりちゃんがしょっちゅう噴き出してたアレに。まぁ、気にするのは止しましょう。

 

宮城では仙台牛を堪能したし、福島では喜多方ラーメンも堪能。…喜多方って、何か馴染みのある名前ね。

そして喜多郁代としては栃木は外せない!何故かって?…何でだろ。長谷…ゲフン。

 

昼前には栃木に入り、夜にラジオ局入りするまでは自由時間。マネージャーは…知んない。何処かに居るよね。

「ひとりちゃん、お昼何食べよっか」

う〜ん…と悩むひとりちゃん。かわい。

「そう言えば栃木って、何が有名なんですかね」

「…しもつかれ?でも…」冒頭に戻る。

 

 

スマホで検索したら「宇都宮餃子」と「佐野ラーメン」と出た。

 

「ひとりちゃん、餃子食べない?」

パアッと表情が明るくなるひとりちゃん。でも何故かその後すぐに俯いて青褪める。

「え…?どう言う感情?それ」

「あ、いえ…餃子自体は大好きなんです。でも…郁ちゃんのアレがすぐに思い出されて…」

「…アレ?………あー、アレね」

それは私が初めて歌詞に挑戦した時の事。

大山猫々ちゃんの初ギターを探しに虹夏さんと共に栃木まで来ちゃって、その時餃子を食べた思い出を歌詞にしたのよね。

そしたらスターリーの皆に妙な勘違いをされ、とりわけひとりちゃんは盛大な思い違いをしていた。

私が悪い男に騙されているんじゃ無いか…って。

その後のひとりちゃん、可愛かったなぁ…「わ、わたしの方が悪いヤツですよ!」っておかしなアピールして来て。

あぁ、今思い出しても身体の一部が震えちゃう!何処が、とは言わないけど。

でも、そっか。

ひとりちゃんをギュッと抱き締める。

「い、郁ちゃん!?」

「それなら尚更餃子にしましょう!ひとりちゃんの記憶を上書きする為に!」

「…はい!へへ…」

 

スマホで有名店を検索。

ハイパーひとり号☆NEO•StarDX発進!

飛ぶような速さでお店へゴー!

 

ええ、食べましたとも。たらふく。

餃子専門店って、ほぼ餃子しかないのよね。しかも一人前サラッといけちゃう。

私は7人前。ひとりちゃんは5人前。満足。

ニンニクの匂いを撒き散らしつつ、寄り道しながらラジオ局へ向かうのでした。

…ちゃんと匂いケアはしたわよ?

 

 

栃木でもひとりちゃんの「面白人間」炸裂。

いえ、どちらかと言うと万国びっくりショーね。

パーソナリティさんに促されてギターリフを披露したのは良いんだけど…ひとりちゃんテンパっちゃっていきなり歯ギターを披露。

ボディに顔を埋めてギャリギャリやってるビジュアルは、軽くホラーね。パーソナリティさんも30秒程言葉を発せず。危うく放送事故。

 

スタジオを出た所でマネージャーに正座させられこっ酷く叱られた。私も連帯責任だって。…解せぬ。まあひとりちゃんとは一心同体だから良いんだけど。比翼比翼。

 

 

「ひとりちゃん、あれは無いわね」

今夜のホテルに到着後、ひとりちゃんを問い詰める。

虹夏さんからも「あれは無い」と。

リョウさんからは「ロック!」とひと言。あの人の意見は無視。

二人共、絵は見えてないのにしっかり想像出来たらしい。

「ご、ごめんなさい…」

正座したまま萎れていくひとりちゃん。も〜、可愛いんだから!

「なので、ひとりちゃんにはお仕置きが必要です!」

途端に青褪めるひとりちゃん。空色の瞳で青褪めると、まるで深海に居るみたいね。素敵。…私も大概だわ。

「な…何をされるん…でしょう、か…」

あぁ…その不安な表情が堪らない!私は決してエスじゃ無いけれど、ひとりちゃんのその表情が私の中の何かを呼び覚ますわ!

 

「先ずは…コレね」

洗面所から持って来たタオルでひとりちゃんの目を覆い、後ろで縛る。痛く無いようにしないと。

「い、郁ちゃん…ちょっと怖いです…」

震え出すひとりちゃん。大丈夫よ。貴女には絶対に怖い思いも痛い思いもさせないわ。ただね…

「気持ち良く、なりましょう?」

耳元でとびきり甘い声で囁く。それを受けてひとりちゃんがピクリと震える。フフ…敏感なんだから。

パーカーを脱がせ、シャツも剥ぎ取る。上半身はもうブラだけ。

そしてひとりちゃんの腕を取り、後ろ手で縛る。タオルだから痛く無いでしょ?

「い、郁ちゃん!?何を?」

心配しないで?ただ、一方的に気持ち良くなって貰うだけよ。

 

そうして、倒錯の夜は更けていった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「お、お好み焼きがわたしを呼んでいる!」

「広島焼きの事?」

虹夏!それは言っちゃいけないヤツだ!

「虹夏…広島県民に謝って」

「なんでさ!」

「広島では、他で言う「広島焼き」こそ「お好み焼き」なんだ。だから、広島には「広島焼き」は存在しない!」バ〜〜〜ン!

「な、なんと!…って、どうでもいいや」

「…やっぱり広島県民に謝って」

 

夕ご飯は広島焼…お好み焼き。お好み焼きにビールが合う!ノンアルだけど。

お好み焼きを堪能した後、ラジオ局入り。

 

今度は虹夏を何にしてやろう。そう思案を巡らせていると

「リョウ、いい加減適当な嘘吐くの、止めなね」

「…わたしはいつも真面目」

虹夏は未だにわたしの事解って無い事がある。いや、わたしに期待し過ぎているのか。

わたしが何の息抜きも出来ずに公共の電波に向かってコンセプトだの制作の苦労だの喋れると思う?

「真面目にふざけてるんだよね。普通にしてればリョウは格好良いんだから、たから、格好良いリョウを見せてよ」

…ほら。何処に居るか解らない「わたし」を求めてる。もっとも、そう言うスタンスを演じた…仮面を被ったのは自分。

その点ぼっちは楽なんだ。わたしに寄り掛からない。

尊敬はしてくれているだろう。尊重もしてくれる。でも、ぼっちはぶつかってくる。わたしと真剣な切り合いをしてくれる。音楽を通して本気で殴り合ってくれるんだ。アイツは本当の、孤高の存在。

根源の部分で誰も自分の中に入れない。郁代も散々苦労していたけど、郁代はぼっちと「繋がれた」。ただ未だにぼっちは自分の中に「孤独の部屋」を持っている。誰にも不可侵な。

郁代は、寄り掛かる相手を変えた。…いや、最初からわたしには寄り掛かっていなかった。

虹夏は…ドラムと言うポジションもあるのかな。皆に頼られようとして、皆に寄り掛かろうとする。常に主導しようとするのは、あれは自分の甘さを解った故なんだろう。

「…わかった」

虹夏はわたしの本質を…一番根っこを解ってくれてたと思ったんだけどな。それを隠してるのはわたしか。

それを考えると、ぼっちは怖いな。理屈じゃ無く感覚でわたしの中身を捉えてる。

 

 

「リョウ…調子悪い?」

収録が終わり、ポツリと虹夏がひと言。…わたしが殆ど喋らなかったから。わたしの本質はこんなもんさ。

「疲れちゃった?」

「ううん、そうじゃ無いよ」

 

今は宿近くの居酒屋。虹夏とサシで飲んでいる。わたしはウーロン茶だけど。

「…ごめんね」

「虹夏に謝られる事は無いよ」

本当に虹夏のせいじゃ無いんだよ。わたしの本性の問題なんだ。常に「クールな変人」という仮面を被っていないとやってられないのさ。とことん弱い人間、それが山田リョウの本質。

「…解ってたつもり、なんだけどなぁ」

虹夏が誰に聞かせる事も無いように呟く。

「…何が?」

だから、敢えてそれを拾う。

「………うん。リョウはね、そんなに自分を曝け出す人間じゃ無いって。解ってたつもり。でもね、つい…リョウに寄っ掛かっちゃうんだ」

そして口を湿らせるようにレモンハイをひと口。そのまま続ける。

「ただ、ね。あたしは弱いからさ。誰かが…リョウが居ないとダメなんだ。だから…今じゃ無くても良いよ。その内、リョウが考えてる事…リョウが悩んでる事…リョウの根っこを…教えて欲しいな」

「…うん」

多分、死ぬ迄虹夏とは一緒に居るだろう。そして、自分の中の整理がついたら…自分を赦せたら、その時は是非聞いて欲しいんだ。わたしの全部。虹夏に対する思いとか、全てを。

 

その夜は2人の意思で一緒のベッドで眠った。おかしな夢は見なかった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「良い朝ね!」

「…………………」

「ね!」

「…………………………」

「何をすれば起きるかな…」

「あっ、すみません!おはようございます!」

「…やっぱり起きてた。フフ」

不穏な空気を読み取ってガバっと布団を跳ね上げたら、郁ちゃんにはバレバレだったらしい。

狸寝入りも満足に出来ないわたし、後藤ひとり23歳…成長しません。

いざ起きると…身体が重い。郁ちゃんに夜通しお人形遊びのお人形にされた気分。寝起きで既にHPゼロ。

郁ちゃんも余り寝てない筈なのに、なんでこんな元気なんだろ。なんかツヤツヤしてるし。もう朝のストレッチしてるし。

 

「…ん?ひとりちゃんもスル?」

「い、いえいえ!どうぞお構いなく!」

「そ?」

…何故か「スル?」のイントネーションが凄くイヤラシく聞こえたのは、わたしの身体に残るこの様々な跡のせいだろう。

是非郁ちゃんに「性獣」の称号を与えたい。

…はい、わたしは「獲物」です。

 

 

マネージャーさんは昨日そのまま事務所に戻った。その日の宿が無かったわたし達は郁ちゃんの「この時間から帰るのもね〜」と言うひと言で、近くの夢の城へ。

地方の「こういう所」って、何でみんな派手な外観なんだろう。逆に来づらく無いのかな?

とにかく、近所のファミレスで朝ご飯。郁ちゃんはトーストのブレックファストセット。わたしは朝粥セット。体力が戻って無いので、余り固形物が喉を通らない。

 

「…ひとりちゃん、ゴメンね」

朝粥をもそもそと啜っていると、郁ちゃんから謝罪の言葉が。

「え?な、何がです?」

「昨晩、ちょっと無理させちゃったかなぁ…って」

しおらしい表情で俯く郁ちゃん。いや、ちょっとどころじゃ無いんですが!寝て起きても死に体なんですが!でも、大切な人にそんな表情させたく無いわけで。

「だ、大丈夫ですっ!むしろ郁ちゃんの気持ちを沢山受け取って元気百倍と言うか、勇気千倍と言うか!」

ダメージは一万倍だけど…

すると郁ちゃんは潤んだ瞳でわたしの頬をするりと撫で

「そんな事言っちゃダメよ?ひとりちゃんをもっと愛したくなっちゃうから」

郁ちゃんの若草色に、熱が入るのが解る。…わたしの寿命はもうすぐみたいです。

 

 

「さて、埼玉のラジオ局は夕方過ぎだから…それまでどうする?」

何やら行動したそうな郁ちゃん。瞳がキラキラしてるんですけど。わたしの提案は郁ちゃんの意にそぐわないのは解る。解ってる!でも!

「あの〜」

恐る恐る手を上げる。

「はい、ひとりちゃん!」

「……………ちょっと、寝て…良いでしょうか…」

それを聞いた郁ちゃんは、物凄くバツが悪そうで。

「…ホントにごめんね。解った、埼玉まで行ってちょっと休憩しましょう」

「ご、ごめんなさい」

「ううん、私のせいだもの。いえ…ひとりちゃんが可愛いのが…ゲフン、と、とにかく埼玉まで行っちゃうわね」

「郁ちゃんも余り寝てないから気を付けて…」

そんなわたしにキラッキラの目を向け

「全然大丈夫!なんならひとりちゃんを三日三晩愛し続けられる自信があるわ!」

流石にヒく。この無尽蔵の体力は一体何処から?多分そうなったら、そこがわたしの命日。

 

郁ちゃんの運転する[ハイパーひと…]ピンクの車は、一路埼玉へ。

そして埼玉に入るなり、[休憩ならココね!]とシックな外観ながら…やっぱり夢の城へ。

郁ちゃん!ココは休憩じゃなく「ご休憩」ですよね!

郁ちゃんは嬉々としながら暖簾のような入り口から車を侵入させる。…ここがわたしの(つい)の場所か…

そそくさと部屋を選び、郁ちゃんに連行される。そして無情にもドアは閉められた。

 

アッーーーーーーーーーー!

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「たこ焼きがわたしを呼んでいる!」

「お前、広島でもおんなじような事言ってたよね」

「たこ焼きとお好み焼きは別物」

何故この青髪はドヤっているのか。そして今齧っているその串カツは何処で買ったのか。

 

「そいえばさ。大阪の人って、たこ焼きをオカズに白ご飯食べられるってホントなのかな」

「わたしはたこ焼きオカズにお好み焼き食べられる」

「それはただ単に粉ものダブルでいってるだけだよね!?」

でも、リョウが元気になったみたいだから良かった。昨夜はちょっと落ち込ませちゃったみたいだから。それとも今も気を遣ってくれてるのかな。

何で昨夜リョウを怒らせちゃったのかは本質の部分で解らない。まだまだリョウに関しては解らない事が多い。これだけ一緒に居るのにね。

一緒に居るから…近過ぎるから…解らないのかな。でも、あたしが弱過ぎるから離れられないんだよ。

弱った時。困った時。いつも「何でも無いよ」って顔したリョウが近くに居ると救われる。そして実際あたしを掬い上げてくれる。常にあたしを優先してくれる。

普段言葉にも行動にも出さないけど、もしも周りの全てがあたしの敵になっちゃったとしても、多分リョウだけは味方で居てくれる。

リョウと居ると弱くなる。リョウが居るから強くなれる。不思議なヤツだよ、君は。

 

「…って、その今食ってるたこ焼き何処で買った!?」

「にひははひほりへはんはえへるほひ」

「…わかんないよ!」

 

 

やっぱり大阪の人はノリが良いなあ。パーソナリティさんも、まるで芸人さん。まだ午前中なのに、ずっと漫才聞いてる気になる。

リョウとの掛け合いも、絶妙の噛み合わなさ具合。違う星の人同士で話し合ってるみたいな。でもリョウの生プレイを聴いたらいたく気に入ってくれて、番組でもアルバムをヘビロテしてくれると言っていた。こう言う時、あたしは力になれないんだよなぁ。ドラマー孤独問題再び。

 

 

夜になって、今度は静岡のラジオ局。

久々、リョウの本領発揮(いや、そんな本領を発揮しないでくれ)。

あたしはコノハナサクヤヒメの転生人にされた。

ぼっちちゃんは大井川の源流から湧き出た原生物。喜多ちゃんは富士スピードウェイのキャンギャルの怨念から産まれたとか。

そんでリョウは…前世が鰻…だったんだってさ!腹を裂かれ、炭火で炙られる恐ろしい記憶が抜けないとか。

もう好きにしてくれ。

 

ちなみに翌日、あの2人からロイン。

[何でいつも私は怨霊みたいのなんですか!]

[やっぱりわたしは人になれないんですね。][すみません。][ギターをちょっと弾けるからってイキっちゃって]

 

も〜、可哀想だってばぁー!

 

 

「後は山梨だね。その後は久々にぼっち達と合流か」

その夜、2人で鰻をもぐもぐしながら話し合う。しかし…こいつの食事の所作はホントに綺麗だよな〜。何か腹立つ。

庶民のあたしからすると、常に懐石を食べてるような気にさせられる。…なんて考えてたら…

ひょい

「あ、あたしの最後の楽しみが!てンめぇー!」

それでこれだよ!二重に腹立つ!

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「い、生きてる…」

意識が戻ると、裸のまま郁ちゃんに抱き締められていた。

「ひとりちゃん、ごめんなさい。我慢出来なかったの…」

郁ちゃん、貴女は野生動物ですか。実際に食べられないだけで、わたしもう何度も郁ちゃんの胃に収まっている気がします。…あ、また跡が増えてる。これから少なくとも数日間は誰にも素肌見せられません。

うつろな目で、壁の掛け時計をなんとは無しに見る。…そして段々焦点が合っていく。

「郁ちゃん。ラジオって何時からでしたっけ」

わたしの視線を追って、郁ちゃんも時計を見て…

「え〜?確かじゅう………キャー!」

開始まで三十分を切っていた。

2人してお風呂に駆け込む。髪を濡らさないようにわたしは郁ちゃんを、郁ちゃんはわたしを同時に洗う。

ここまで3分。

お風呂から飛び出てまたお互いを拭き合う。プラス1分。各々マッハで着衣。2分。

1分で会計をして、車に乗り込みタイヤを鳴かせながら発進。局までおよそ20分以上か。猛烈な勢いでスマホが振動してるけど、無視。素早く駐車して建物に滑り込み、2人で足踏みしながらエレベーターを待つ。ずっとスマホは震えっぱなし。

エレベーターの中でも足踏みして、スタジオのある5階まで。

ドアが開いた途端、ダッシュ!郁ちゃんが野生の勘を働かせ、スタジオを見つける。

入ろうとした途端、スタジオ前に立つマネージャーの仁王のような顔を見て、勢いのまま2人で流れるようにスライディング土下座。

 

間に合いませんでした。

 

 

番組は5分遅れで参加。交通渋滞に巻き込まれたという事にした。事実は2人で墓場まで持って行きます。

 

番組が終わってからまたマネージャーさんに土下座。多分察しがついているんだろう

「お二人のプロ意識を疑わざるを得ません」

と、ありがたいお言葉。

 

二人して肩を落としながら車まで来て、また唖然。

無理な路駐で駐禁を切られていた。

泣きっ面に蜂だった。

 

車内で二人とも会話も無く、久々の我が家へ帰宅。

何もする気になれず、服だけ脱いでベッドへ。

 

二人して、泥のように眠った。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「葡萄とほうとうがわたしを「もう良いわ!」…虹夏、更年期?」

そんなにイライラしてちゃ、人生楽しめないぞ?

「だ•れ•が•更年期だ!」

虹夏の指がわたしのコメカミにめり込む。良い握力だ。…でも、そろそろ陥没しそうだから勘弁して。泣く。

「…全く。これからスタジオ入りなんだから我慢して。それが終わったらお昼にするからさ」

「しょうがない。虹夏の握力に免じて我慢する」

「免じる場所がオカシイぞー」

 

 

「それでは皆さんお待ちかね、今話題の結束バンドが登場です!ドラム担当でリーダーのNIJIKAさんとベース担当で作曲のRYOさん!良くお出で下さいました!」

「こんにちは!リーダーのNIJIKAです!」

「自分で「リーダー」とか。ププ」

「貴様ぁ…コメカミに穴開けてやろうか!」

「あはは…聞いてはいましたが、結束バンドって仲良いんですね」

 

年の頃なら30前後位の人か。ポニーテールが似合う元気なお姉さんって感じのパーソナリティ。わたし達のアルバムも良く聴いてくれてるらしい。

新しいアルバムの話題が一通り終わり、メンバーの話へ。

「でも皆さん、それぞれ演奏技術が凄いですね。そしてそれを主張し過ぎる事無く、見事に纏まっています。作曲で苦労する事は無いですか?」

中々良く聴いてるね。感心感心。

「毎回ぼっちが良い詞を書くから、それに合わせてインスピレーションを膨らませるだけ。皆の技術は把握してるから」

「ボッチさんの詞も良いですけど、やっぱり何と言ってもリョウさんの曲ですよ!あれこそ天才のメロディーセンス!そしてベースの重厚な響き!リョウさんの曲があってこそやっと(・・・)ボッチさんの詞もギターも活きてくると言うか…」

 

それを聞いて、「カチン」と来た。お前にぼっちの何が解る!

 

「余り良く聴いてないね…」

「…え?はい?」

「…リョウ」

 

一度息を大きく吸う。なるべく冷静に伝えられるように。

「良いかい?わたしの曲は全て…そう全てだ!ぼっちの詞を活かす為に作っている。何でだか解る!?あんな凄い作詞家は居ないからだよ!ぼっちは良く「世の中の不満なんかをそれっぽく言い回してるだけ」なんて言ってるけど、けどね!あんなに心の中に激情を抱えてるヤツが作詞家の中でどれだけ居る?それをきちんと吐き出せるヤツが何人居る!?それにギターだってわたしの曲で活かしてる訳じゃ無い!むしろぼっちには抑えてもらってる事の方が多いんだ!あんなに凄いギタリストは日本でも…いや世界でも数える程しか居ないよ!ぼっちが全力を出したら…誰も付いて行けないんだ!わたしの作曲能力なんて、軽々と超えて行くくらいに!」

 

はぁはぁと荒く息を吐く。パーソナリティは目を見開いた後、完全に萎縮して顔を伏せてしまった。

あ…やっちゃった。冷静に、と思いながらもぶち撒けてしまった。

凄く怒ってるだろうなと横を見たら…虹夏は瞳を細めて慈しむような表情をわたしに向けてくれていた。

 

その後、延々と虹夏のフォロータイムが続き、パーソナリティも謝ってきた。

わたしはもうひと言も喋らなかった。

 

 

「多分さ」

「…ん?」

「ミュージシャンとしてのぼっちちゃんをこの世の中で1番理解してるのは、リョウだよね」

「…メンバーだからね」

「それを超えてるよ。羨ましいな…」

出演を終え、今は駅に向かうタクシーの車内。

「本当にぼっちちゃんの事、好きだよね…リョウ」

「…メンバーだからね」

「アハハ…そっか」

虹夏の穏やかな笑顔がわたしを包む。

 

それからは会話も少なく、東京に戻って行った。

…駅弁はまた買いそびれた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「…まだ生きてる」

もうすっかり見慣れた天井。わたし達の家。

…身体が…動かない。ハードデイズナイトをこなし、予定も予定以外も乗り越えて…帰って来たんだ。

気分はベトナム帰還兵。知らないけど。

でも、この身体の動かなさはちょっと異常だ。ピクリとも動かせない。そこでやっと意識が焦点を結ぶ。

…郁ちゃんに抱き着かれていた。いや、もういっそ拘束だ…これ。

そしてまたもや裸。肌に触れるシーツの感触で解る。わたしを拘束している隣の熱源も、裸。

…いつ脱いだっけ?確か、眠る時は下着だけは身に着けていたと思うんだけど…

と、そこで…昨夜の事がぼんやりと記憶の淵から蘇る。

 

郁ちゃんの、熱い唇の感触。素肌を伝う滑らかな手の感触。

 

…うん、またヤられた。男の人は出し過ぎると肝臓だか腎臓だかを傷めてエライ事になるみたいだけど、女性はどうなんだろ。干乾びてミイラとかになっちゃうのかな。

そんな事をつらつらと考えてると、頬を掴まれ横を向かされる。そして優しいキスが落ちてくる。

「…ごめんね」

郁ちゃん。謝るのなら自制して下さい。もうミイラ寸前です。その熱の入った瞳、絶対に反省してないですよね。何故予定が詰まっている時にこそ燃えるんですか?そう言う性癖ですか?後でちょっと話し合いましょう。

でも、この性獣は懲りないんだろうなぁ…

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「だからごめんってば」

何度謝ってもひとりちゃんはムクレ顔。朝食で寄ったファミレスで、またお粥をもそもそと啜ってる。ほら、そう言う姿が可愛いからダメなのよ。誘ってるでしょ。誘ってるわよね?

私は朝からハンバーグをパクついている。体力つけなくちゃ。

ひとりちゃんはお粥を啜りながら、私のハンバーグをチラチラ見ている。やっぱり気になるのね。

「…はい、アーン」

切り分けたハンバーグをフォークに刺し、ひとりちゃんの口元へ。いかにも「わたし怒ってます」って顔しながらも匂いには勝てなさそうで徐々に小さなお口を開いていく。

えい、とひとりちゃんのお口の中へハンバーグをご案内。いきなり花が咲いたような笑顔を見せ、咀嚼している。

ほらぁ〜!そう言うトコ!そう言うトコなのよ!それがダメなの!この可愛い生き物はちっとも懲りてないわ!

ひとりちゃんは私が悪いと思ってるみたいだけど、元を正せばひとりちゃんが悪いの!

この可愛過ぎる生物め!後でヒィヒィ言わせてやる!

 

 

「や、やっと終わった…」

神奈川の放送を終え、ひとりちゃんは完全に死に体。

ここまで来たから実家に寄る?って聞いたら

「多分、ふたりに何かを勘付かれるので怖くて行けません」

だって。誰のせいかしら。

番組でもギタープレイはヨレヨレ。

パーソナリティに「ボッチさん…お疲れ?」とか気を遣って貰ってた。

しょうが無いので私が引き継ぐ。バッキングパートでは無く「初期の頃のひとりちゃんのソロパート」を。

今では私もこの位は弾けるようになった。そうしたらパーソナリティに絶賛されてしまった。あれ?これって私が目立っちゃってる?

まあ良いわ。なんたってひとりちゃんの直弟子にして唯一の弟子だからね。この位は当たり前。レヴィ、ごめん。

ひとりちゃんは「わ、わたしはもう要らないんでは…」とか呟いてたけど、私には絶対的に必要なの!

例え貴女が逃げようとしても逃がさない位には。

地獄の果てまで追い掛けて、針山の上でペロペロしてあげるわ!

 

 

 

そんなこんなでスターリーに帰投。

「只今帰りました!」

「………帰りました…」

「おー、ぼっちちゃん喜多ちゃん、お疲れ!」

「おつ」

「虹夏さんとリョウさんもお疲れ様です!」

「……………」

ひとりちゃん、最早目を閉じてる。どうしたのかしら。

 

「郁代」

「あ、はいっ!」

「はい、お土産」

「ありがとうございます!」

受け取ったのは…ういろう。名古屋って寄って無い筈よね。

前に貰った時、顔を引き攣らせたのを覚えてたわね。

…ふーん、そう言う事するんだ。知ってたけど。

「それじゃ、私からもお土産です!どうぞ!」

渡したのは、しもつかれ。ご丁寧にビニール袋入り。ビジュアル最高ね。リョウさんの眉間に皺が寄る。

「…これ、保健所に…」

「食べ物です」

「これ…誰の…」

「食べ物です!」

「…フフ、フフフ…」

「うふふふふ!」

私とリョウさんがやり合ってる後ろで、ひとりちゃんは虹夏さんに真空パック入りの仙台牛と牛タンを渡していた。

「うわー!これ、高いヤツじゃん!ありがと!あたしはコレ!」

虹夏さんに黒糖ドーナツ棒と真空パック入りの鰻を貰っていた。

「あ、何故か解らないけど懐かしい。鰻も美味しそう。あ、ありがとうございます」

 

「フフ、フフフ…」

「うふふふふ!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

スターリーに郁代達が入って来た時から、ぼっちはまるで精力がごっそり抜かれたような顔をしていた。

「郁代、ぼっちに何した?」

顔を真っ赤にして郁代が答える。

「何って…何をですか!?」

ナニ(・・)だよ。

そこへフラフラとぼっちが寄って来る。

「…リョウさん…生きて、帰って来ました」

「ぼっち…良く頑張った。良く無事に帰って来たよ」

「…リョウさん!」

「ぼっち!」

ガッシと抱き合う。

 

「ちょおーっとひとりちゃん!向こうで話し合いましょ」

郁代に無理矢理引き剥がされる。そして、まるでぼっちを抱えるようにして、2人で楽屋へ。

「…ぼっち、武運を祈る」

哀れな子羊に敬礼。

 

暫く後、完全に溶けたぼっちが楽屋で発見された。

最早形状を留められなくなったらしい。

対して郁代はツヤッツヤ。

いとあはれ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「とにかく、だ。ぼっちちゃん、喜多ちゃん。首尾は良いかな?放送は粗方聞いてたけどさ」

 

虹夏と郁代でぼっちを修復後、簡易ミーティング。

「こっちはバッチリでした!」

喜多ちゃん、ぼっちちゃんが「えっ?」て顔してるのは何でかなあ?

「まぁ、マネージャーさんからもおかしな報告は届いて無いし、ダイジョブそうだね!」

…そう言う事にしておこう。この2人、深くまで聞くといらん話が出て来そうだからね。

ホントはマネージャーさんから「実は…」みたいな話もあったけど…想定範囲内!うん、そうだ!

今度は一緒に参加してたマネージャーさんから「えっ!?」みたいな表情をされたけど、想定内なんだよ!以上、終わり!

「そう言うそちらはどうだったんです?何か、私達全員ファンタジーの住人みたいにされましたけど」

当然喜多ちゃん達も聞いていたよね。あたしは頑張ったよ。頑張ったんだよ!ただひとつ誤算がるとすれば、リョウの口を閉じられなかった事。だってほぼ生放送だよ!?話を止めちゃったら放送事故になっちゃうよ。収録にしたって、放送が1時間後とかだから編集に口出せないし。尺も足んなくなりそうだし。

「わたしは完璧だった」

山田、どう言う精神構造でそれを言える?

 

 

「それじゃ、最後行きますよ!」

マネージャーさんの号令で皆が動き出す。ぼっちちゃんは何やらフラフラフワフワして、不定形生物みたいになってるけど。

 

皆で結束モービルに乗り、東京のFM曲へ。

「やっと車に乗せて貰える…」と呟くマネージャー。

…喜多ちゃん…

 

 

最後は4人揃って、皆で新アルバムをアピール。

ぼっちちゃんだけ半目。口からヘンな汁出してるし。…生きてるかい?

リョウはマスクをさせていた。「マスク外したら打ち上げ自腹ね」と脅して。地方ならまだしも(いや、ダメなんだけとさ)、常に居る東京でおかしな噂をたてられたら溜まったもんじゃない。

でも、それを良い事にテーブルの上のお菓子をひたすら摘んでた。誰だ、これ置いたの?

喜多ちゃんを見るとニッコリ微笑んでる。お前か。確かにこの方がリョウは静かだけどさ。

 

 

 

とにかく、これで全日程終了!

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「それじゃあ、カンパーイ!」

──おつかれさまー!──

 

いつもの居酒屋。皆旅疲れしながらも充実した様子。

お姉ちゃんもPAさんも、皆集まり大宴会。

ぼっちちゃんは何か飲んでると言うより…何か出てるよ!?

喜多ちゃんは相変わらずハイボールをカパカパやってる。この娘、強い!

そんな中、リョウはぼんやりと皆を見渡してノンアルをちびちびやっていた。

 

「リョウ、どしたの?」

「…うん、いや…何と無く、さ」

「………?」

「…良いメンバーだな、ってさ」

しみじみと、噛み締めるように呟く。

リョウは以前、バンドをやっててメンバー間で揉めて脱退している。つまり、バンドを失敗している。

「…昔を思い出しちゃった?」

悪いかなと思いつつ、ちょっと突っ込んでみる。

「…そうだね。あの頃はわたしも若過ぎた。方向性の違いってのもあったけど…わたしの熱量が足らなかったのかなって。もう少し他のやり方もあったのかな」

でもさ、「ざ・はむきたす」がもし、上手くいってたら…

「上手くいってたら、今のメンバーは居ないよ?」

「…そうだね」

また皆を見渡し、リョウには珍しく慈しむような表情で。

「うん。今が良いよ」

「…そだね。今が最高だよ」

 

やっと幾らか復活してきたのか、ぼっちちゃんはギターを取り出して生音で弾き始めた。

君はやっぱりギターなんだね。

それに合わせ、喜多ちゃんが歌声を披露する。

図らずも数日前に想像していたステージの出来上がり。

 

素晴らしい歌声。

見事なギター。

この場の誰もが聞き惚れる。顔を出した店員さんまで注文を取るのを忘れて聴き入って。

その開けた戸の向こうも、お客さんが皆耳を奪われてるみたいだ。

リョウと顔を見合わせ、同時に吹き出す。

 

やっぱり君達は

いや、あたし達は

 

 

結束バンドは、最高だ!

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