王の帰還After──王の細道──   作:サマネ

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◯◯大魔神 喜多郁代

 

 

どうも、喜多郁代です。

 

東京生まれの東京育ち。小さな頃から不自由無く育ててきて貰いました。

両親には感謝しています。…付けて貰った名前以外は。あと、そそり立つ胸の壁以外は。

小•中•高校と、持ち前のコミュニケーションとそれなりに恵まれた容姿を活かし、友人には恵まれいつでも何処でも皆の輪の中心に居られました。

勉強も運動もそこそこ良い結果を得られ、傍目には何の苦労も苦悩も無いように映っていたでしょう。

実際自分でも、そんなに思い悩んだ事は記憶をほじくり返しても思い当たりません。

…ただ、悩みが無いのと自分の芯が無いのとは別問題。

私は…自分の「軸」を見付けられなかった。能力、信念と言った言葉に置き換えても良いかも。

自分が輝けるものが無い。だから、それについてすら悩む事も出来ない。突き詰められない。

迷子なのにひたすらはしゃいでいるだけの子供。それが喜多郁代。

 

でも、そんな私にも目指す星が出来た。

辿り着けないかもしれない。けど、それを見失ったら今度こそ何処にも行けず一億人以上の「普通」の世界にダイブして、そして…「喜多郁代」という記号だけを刻んで息を吸って吐くだけの生物になってしまう。

 

目指す星………そう、「後藤ひとり」

 

彼女は、自らを「一般」よりずうっと下の存在として心に刻み付けている。

勉強も、運動も、コミュニケーションも…何も上手く出来ない。

生きる事すら上手く出来ない。

他人よりちょっとだけギターが弾けるだけ。

そんな歪んだ考えを持つ、私の一等星。

 

そんな卑屈な思考から開放してあげたくて、事ある毎に私のありったけの愛をひとりちゃんに注いで来た。

「貴女は凄いの」と。

「貴女は最高なの」と。

「何も持っていない私を惹き付けてやまない輝く星なの」と。

…まぁ、多少は行き過ぎた事もあった、かも。でも、それだけ貴女に…ひとりちゃんにどうしようも無いくらい引き寄せられるの。

どれだけ私の愛を注いでも、貴女は受け止めてくれる。「郁ちゃんは、わたしが生きる理由」なんて言ってくれる。だから私は更に貴女へと愛を注ぐ。

 

 

しかし

 

…しかし、なんですよ。

 

最近、私にあらぬ疑惑が持たれているように感じます。

 

切っ掛けはこの前のライブ打ち上げの時。

何故かいつも居る廣井さんから

 

「喜多ちゃんって、性獣なんだって?」

 

と、何とは無しに言われたひと言。

……………何ですって?

ギギギ…と、ひとりちゃんの方を向く。ひとりちゃんは「…?」と解らない顔。…可愛い。

ひとりちゃんじゃ無い?でも、そんな事言うのは他には…

容疑者2人に顔を向ける。…あれ?2人共「廣井さん、なんて事言ってるの!?」て表情。おかしい。この青と黄色じゃ無さそうだ。事情は知ってても、それをわざわざ他人に言いふらすような2人でも無いし。

もう1人の容疑者、「大きい方の黄色」に目を向ける。即座に睨まれる。「私じゃねぇよ!」と言ったところか。

では、誰が…

廣井さん本人に聞けば話が早いのかもしれないけど、聞いたら最後、私がそれを認めてしまっているようで羞恥心から聞けない。

そこで、心の片隅に居た「喜多博士」が顔を出す。

 

──前回の打ち上げの時も廣井さんは居た。そして私が化粧品メーカーの案件の打ち合わせの電話の為に席を外し、帰って来たら…ひとりちゃんは廣井さんにお酒を飲まされていた。その時のひとりちゃんは、普段から考えられない位饒舌だった。私が席に帰って来た時もある事無い事ペラペラと喋っていた。その時は、その姿が余りにも可愛くて何を喋っていたのか追求しなかった、けど。──

 

ふうん。そう。やっぱり犯人は現場に居た。

そもそも、「性獣」って何よ!

しかも廣井さん、更に「野生動物みて〜」とかほざいてた。

…廣井さん、「バクダン」って知ってる?

戦時中、物資が無い中何とかお酒を飲もうと消毒用のメチルアルコールを薄めて飲んでたとか。健康被害が夥しかったらしいけど…今度ご馳走するね。

 

それからと言うもの、何か風評被害が酷い。あくまで関係者の間だけだけど…

「性獣」だの「野生動物」だの「野獣」だの…、果ては「性欲大魔神」だの…誰が言った!?

ひとりちゃん、無意識だとしても、発端は貴女よ?

罪は罰をもって償うのよ?

 

 

そんな事をぼんやりと考える。

私の下にはひとりちゃん。あられも無い姿で、私に馬乗りにされている。

息も絶え絶え。玉の汗を浮かばせて。その虚ろな瞳には現在私しか映っていない。

呼吸をする度に揺れる双丘。誘ってるの?誘ってるのね。このマウント富士がイケナイのね。

なだらかな癖に登ろうとすると峻険な表情を見せるこのビッグマウンテン。登攀は私しか許されない。

そして登頂したご褒美に、頂上に咲く可憐な桜色の花の蕾。全人類がこれを目指そうとして、敢え無く滑落して行った。その、私だけが慈しむ事を赦された極上の蕾。

私程のエキスパートでも、油断すると返り討ちに遭いそう。でもそこは喜多博士。このマウントヒトリに関してはジョージマロリーにも植村直己にも負けないわよ?

 

「い、郁ちゃん…咥えたまま、喋らないでえっ!」

あらごめんなさい。つい夢中になっちゃったわ。

そもそもこれは罰。そう、罰なのよ。

罪を償いなさい、ひとりちゃん。

 

「はうぅぅっ!」

 

 

 

そんな私とひとりちゃん。常に気持ちを確かめ合い、愛を交わし合い。そんな比翼同士でも、偶には意見のぶつかり合いもある訳で。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

どうも、後藤ひとりです。

 

地球生まれ(多分)の神奈川育ち、産まれ落ちたその瞬間から、エリート陰キャとして現世デビューを果たしました。

何をするのも何を考えるのも、ひたすらネガティブベース。

小さい頃は、それこそ地球外生命体に身体を乗っ取られてこんな性分になっていると思い込んでいました。

所謂「逃げ」ですね。

若しくはお母さんが池の鮒と浮気したとか…怒られそうなので止めておこう。

 

とにかく、昔からやる事なす事不出来の塊。何一つ成果に現れず。

やる気はあるんです。ただ、(じつ)がまるで伴わない。

そりゃあ心も折れます。何事も続けられなくなります。

そんなわたしでも、しつこく続けてこれた唯一のものがギター。

他人からモテたい。関心を持って貰いたい。わたしを見て!わたしに関わって!

…と、縋るようにギターにのめり込みました。

幸いにして他人と比べる機会が無かったのが良かったのか。気が付くと、ネットでは「ギターヒーロー」としてそれなりに評価を受けていて。

…でも、実際に顔の見える人と関われたら…また違った世界を見れるのか。わたしの世界が広がるのか。

ネットの中の世界だって、評価してくれているのは生身の人間の筈なのに。そこに何の違いがあるのか、未だにわたしにも解りません。

ただ…ひとつ言えるのは、生きている人間と相対して自分自身も「生きている」と実感したいのかもしれません。相手に「生きている人間」と認識して欲しいのかもしれない。

自分の…相手の匂いが届く距離。息遣いが聞こえる距離。笑い掛ければ笑顔で返してくれる、距離。

そんな「距離感」を感じたいのかも。無味無臭は寂しいのかも。

未だに解りません。

 

そんなギターしか無いわたしに、大事な人達が出来ました。そして、とても…とても大切な人が、出来ました。大袈裟だけど、自分の命よりも優先出来る…そんな人。でも、その人とずっと一緒に居る為に自身の命を大切にしたい…そんな、人。

 

わたしの太陽。喜多郁代…郁ちゃん。

郁ちゃんが笑えば最高に嬉しい。郁ちゃんが悲しめば死ぬより辛い。ある意味家族より大事な存在。

そんな存在を、どうやら怒らせてしまっているみたいで。

 

「ひとりちゃん。これは罰なの」

 

え?何の罰!?何かわたしがやらかして…思い当たる事が多過ぎる!

仰向けの私に跨り、わたしの脂肪の塊を弄ぶ郁ちゃん。何かずうっとブツブツ呟きながら、先端を咥えてる。そこを咥えたまま喋らないで!

「はうぅぅっ!」

 

そんな、時たま意地悪な郁ちゃん。でも、わたしの中へ常に気持ちを注いでくれる郁ちゃん。

どんどん離れられなくなって行く。

 

 

でも…そんな存在でも、極稀に意見がぶつかり合う事もある訳で。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「い、郁ちゃん。こっちでは?」

「ひとりちゃんはそう思うのね。でも、私はこっちだと思うんだけど」

 

それは、茨城にライブをしに来た時。

2日続けて県内でライブ。その1日目。

ライブも無事終わり、リョウさんはこっちに作曲提供したバンドが居て、レコーディングの為そのままそちらと合流。虹夏ちゃんはライブハウスのオーナーと話している時に他の関係者と打ち合わせ、そのまま顔繋ぎの為にマネージャーと連れ立ってご飯に行った。

「ぼっちちゃん、喜多ちゃん、ごめんね!打ち上げは明日のライブ後で!」

と、ひと言残して。

それは良い。2人共自分の出来る事を全うしてるって事で。

ただ、その後が…

 

郁ちゃんと2人、近くの居酒屋さんでプチ打ち上げ。相変わらず郁ちゃんは良く飲む。この日も地酒、ワイン、ハイボールと…次々と胃の中に収めていく。

ただいつもとちょっと違ったのは、郁ちゃんの表情が冴えない事。

ライブの時にワンフレーズだけ歌詞を間違えた。

2番なのに1番のフレーズを歌ってしまった。繋ぎはおかしく聞こえなかったし、そこは郁ちゃんの技術で事なきを得たんだけど…郁ちゃん的には完全な失敗とインプットされてしまった。

わたしだって失敗する。リフを飛ばした事だってあるし、リョウさんだって虹夏ちゃんだって。

言い訳じゃ無いけど、それが「ライブ」の醍醐味だとも言える。

失敗からの自身のフォロー、若しくは皆のフォローで更に観客が盛り上がる事だってある。

今回なんて、多分気が付いたのはメンバー位だろう。それ程見事な自身のフォローだった。

でも郁ちゃんにとっては許し難い失敗。何故か。

 

それはわたしがその時…一瞬、郁ちゃんを「見て」しまったから。それが郁ちゃんにとっての「全て」。

つまりは「わたしのせい」。

 

「…ごめんなさい」

つい、考えるより先に言葉がでる。

「…わたしのミスなのよ?ひとりちゃんが謝るのはおかしいわ」

「でも…」

すると郁ちゃんはわたしの頬をスルリと両手で包み

「ひとりちゃん。私の失敗を請け負わないで。…情け無くなるから」

と、真剣な瞳を向ける。

「………うん」

ただ、頷く事しか出来なかった。

 

ギグバッグを背負い、居酒屋を出る。エフェクター等の機材はバンドの車に載せたけど、ギターだけは常に背負ってないと落ち着かない。郁ちゃんもわたしも。

 

「…ホテル、こっちよね」

郁ちゃんに問われ、はて?と考える。スマホを取り出して確認。郁ちゃんの示した方向は、遠回りだった。

「い、郁ちゃん。こっちでは?」

交差点の違う方向を指差す。こっちの方が明らかに近い。

「ひとりちゃんはそう思うのね。でも、私はこっちだと思うんだけど」

そう言いながら自分で決めた方向にずんずんと突き進む郁ちゃん。

「そ、そっちだと遠回りで…」

時間が掛かりますよ?と言おうとしたら、突然振り向き

「ひとりちゃんはそっちに向かえば良いわ!私はこっちに行く!」

あくまで頑なに。常に自分の道を自分で決めて来た郁ちゃんらしく。自分で決めた道を突き進む。…でも、あんな可愛い子がお酒が入った状態で一人。もし何かあったら!?

慌ててついて行こうとしたら、今度は振り返らずに

「ひとりちゃん!ついて来ないで!貴女は貴女の決めた道を行きなさい!」と。

そしてまた進み始めた…と思ったら足を止める。

今度は振り返り。

 

「もしひとりちゃんが先に着いたら、部屋で待ってて」

 

笑みになり切れない笑顔でそう言った。

 

今夜の宿は、4人共1人部屋。訪ねて行くか来るかしない限り、朝まで顔を合わせる事は無い。

 

溜息を吐いて見送るしか無かった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ミスした!

2番のワンフレーズ「僕は」の所を1番の「君は」と取り違えて歌い始めてしまった。

咄嗟に「君()」と歌い変えて、その後もフレーズを少し変化させて誤魔化した。

それだけなら上手くフォロー出来たと思ったろう。ライブの特別バージョン、もしくは良くあるハプニング…で済ませたろう。

でも、気付いてしまった。その瞬間、ひとりちゃんがハッとした表情で私を見たのを。

ひとりちゃんは音にとても敏感。多分、「君」の「き」の音で直ぐ様気付いたんだろう。

それが、私の中で「とんでもない失敗」と定義付けた。

何とか声を震えさせずに最後まで乗り切った。けれど、私の心の中は黒いものが渦巻いている。勿論プロの自覚で観客には悟られずに最後まで演奏し切ったけど。

最後の挨拶も特上の笑顔で対応。虹夏さんのMCが終わり、舞台袖から逃げるように楽屋へ。

演奏終わりの最後の1分が猛烈に重く、長かった。

楽屋に入ると震えが止まらなくなる。いつもは人前では絶対にそんな事をしないひとりちゃんが、堪らずに私を抱き締めてくれた。

「喜多ちゃん、アドリブ良かったよ。だから落ち込まない!」

「郁代。ハプニングはライブでは付き物。それを乗り越えてこそのプロ。そう言う意味で、郁代はプロだよ」

先輩2人が優しい言葉で慰めてくれた。でも…ひとりちゃんが見たの!ミスをした私を、はっとした顔で見詰めたの!

「郁ちゃん。郁ちゃんは凄いんです。わたしの自慢。わたしの宝物。だから…悲しまないで」

背中をトントンと叩いて、頭をするすると撫でてくれる。それでも心に溜まった澱みは解消されなくて。

 

ひとりちゃんが、見た。私のミスを、見た。

何故かその事柄だけが私にのし掛かる。

 

 

先輩組は各々の用事で居なくなり、私とひとりちゃんだけが居酒屋に入る。

そこで1番やっちゃいけない事を選択する。

つまり「飲んで忘れようとする」。

次から次に目に着いたお酒を頼む。それをほぼ一気に飲み干す。

ひとりちゃんの心配も気にせず。ただひたすらグラスを呷る。

「い、郁ちゃん。そろそろ帰りましょう?」

何度目かのひとりちゃんの懇願に、やっと頭を縦に振った。

 

そして店を出、ホテルに帰ろうかと足を向けるとひとりちゃんが「道が違う」と。

私はすっかり冷静さを失っていた。ひとりちゃんはスマホアプリで正しい道を示す。

…そうね、貴女は常に正しいわ。でもね、偶には横道に逸れたいの。

そしてつい、ひとりちゃんに強い言葉を投げてしまった。言ってからすぐ「しまった!」と思ったけど、出た言葉はもう飲み込めない。

私自身やり切れなくて、何よりひとりちゃんと険悪になりたく無くて、笑顔で

「先に着いたら部屋で待ってて」

と伝えた。ちゃんと笑えていただろうか。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

郁ちゃんを見送り、しょうが無くホテルへ歩を進める。郁ちゃん大丈夫かな。あんなに可愛い子が。あんなに格好良い子が。あんなに素敵な子が…知らない土地で1人。思わず振り返り、探しに行こうか考える。…けど、多分今日は1人になりたかったんだ。隠れて付いて行こうかとも思ったけど、郁ちゃん…わたしをすぐに見付けちゃうからなぁ。…大人しく帰るか。

 

歩いてる道は、ちょっとした繁華街。そしてライブハウスも近いからか、ストリートライブを演っているバンドも居る。そこにはそれなりに人が集まっていた。

その傍ら、バンドメンバーらしき数人が集まり何やらボソボソと相談中。

 

「…今夜は、ダメだな」

「仕方無いよ。コイツが突き指しちゃったんだから。でも、悔しいなぁ…向こうに皆客取られちまう」

「今夜の勝負は無し!って言いに行くか…」

「聞く訳無ぇよ。今夜の客の人数次第で1番良い場所を貰うぞ!って言ったのはウチなんだからさ」

「でも、そんくらい勝負掛けなきゃウチなんか鳴かず飛ばすだからな…」

「ごめん…俺が突き指なんかしたせいで」

「仕方無いさ。まともに演奏出来てたって、俺達じゃ勝てなかったからさ」

「…ハナから諦めたく無いけど、そうだよな…」

「………悔しいなぁ…」

 

 

「あ、あのぉ…」

 

「え、はい!?何です…あ、今夜はライブ出来ないんです。ギターが怪我しちゃって。だから、聴くなら向こうのバンドに…」

「あ、いえ!あ、あ、あのっ!わ、わたしで良ければサポートで弾きます…けど…あっこんな妙なナリのヤツが突然現れても困りますよねスミマセン!」

「ちょちょちょっと待って!」

 

つい、声を掛けてしまった。余りにも諦め気分で、でも…諦め切れそうに無かったから。

バンドが上手く行かない。でも、音を鳴らしたい。皆に届けたい。バンドを…したい。

そんな気持ちが、伝わってしまったから。

彼等4人は、如何にも怪訝そうにわたしを見遣る。顔をじいっと見られるけど、気付かれない。はは…わたし、まだまだだな…

そのうちの1人、手をバンダナで固定してるので怪我したギタリストの人なんだろう…その人が

「…ボッチのファンですか?」

と。

ピンクの長髪のポニーテール、猫背、黒いギグバッグ。黒いトレンチコート。そしてシルバーのバングル。

本人だと気付かれなければ、只のコスプレ野郎。

「そ、そ、そんなモンですか、ね」

「やっぱり!今夜結束バンドが来てるって聞いてたんだけど、持ち合わせが無いしチケットは取れないだろうしで見に行けなかったんだよ!見に行けたの?」

「あ、はい…」

すっかり本人だと告白する機会を逸してしまった。もう、ボッチの大ファンで通すしか無い。しかしわたし…滲み出るオーラみたいなものが一滴も無いんだろうな。

「いや羨ましいな!俺、ボッチのギター凄い好きでさ。テクがあるのにそれだけじゃ無くて、泣くような、轟くようなあのギターサウンド!いつか会ってみてぇー!」

…今会ってるんですけど。すみません、こんなで。

「俺はボッチの詞が凄い好きだな」

「いや、あれはリョウの曲があってこそ」

「いやいや、喜多ちゃんの歌声が全てを包みこんでこそ!」

「包み込むって意味じゃ、虹夏のドラムもそうだろ!」

なんかこそばゆい。皆、褒められてるよ。

「つまりはさ」

──結束バンド、最高!──

…ありがとう。本当に。

 

「そ、それで…いつもどんな曲を?」

「あ、そうそう。普段は結束バンドの曲!ボーカルが男だけど、そこはちょっとアレンジしてね」

嬉しいな。郁ちゃんが居れば聴かせてあげたかった。…いや、郁ちゃんが居れば1発でバレたよね。「あの」喜多ちゃんだって。…わたしと違って。グスン。

「…ホントに弾いてくれるの?」

藁をも掴むような気持ちなんだろう。こんな訳の分からないヤツに縋る位なんだから。

「は、はい!それで、今日は何を演る予定で?」

ギターの彼が説明してくれた。

最初は「あのバンド」

次に「青春コンプレックス」

3曲目「光の中へ」

最後に「月並みに輝け」

随分初期のヤツからも持って来たな。セトリのバランスもバラバラ。でも、それが良い。「好きなヤツを並べた」って感覚が、とても気持ちが良い。

ウキウキしている自分が居る。久々のこの感じ。まだライブに慣れてなくて、全員で手探りしながら音を作っていった過去の自分達の感覚が蘇る。

 

「あ、アンプとシールドありますか?」

「ああ、これ使って」

とても安いアンプ。これ、ゲイン上げると音割れするんだよね。エフェクターも無し。入力された電気信号を、ただ増幅するだけ。…だけど、この場にはとても似つかわしい。

 

15メートル程離れた、繁華街の角には他のバンドが賑やかな音を鳴らして。そちらには観客が集まっている。50人は居るかな。こちらは街灯も無いような薄暗くて人通りも無い路地。

今から此処をメインステージにしてあげるよ。

 

チューニングを合わせ、ゲインを上げて一気にダウンストローク!

やっぱり音割れする。でも、それも味のうち。

最初は「あのバンド」だよね。と言う事は…

最初の4人揃ったライブ。そこで10人も居ない観客に向けて「こっちを見ろ!」と演ったあのリフ。

あれを、今持てる技術を総動員して鳴らす。全開で!

 

辺りは爆音が支配する場と化す。

向こうのバンドを聴いていた人がビクリとしてこっちを向く。

そう、そうだ!こっちを見ろ!わたしを見ろ!ギターの音色に囚われろ!

後ろをチラリと見ると、呆気に取られた様。ほら、君達付いて来て!

慌てて皆が楽器の準備を始める。準備が済むまでソロで繋ぐ。

グラウンド・ゼロを作り出す。

向こうの観客がこちらを気にしだした。よし、良い感じ。

皆の準備が出来たようなので、最後チョーキングで締める。

目で合図を送ると、ドラムがカウントを取り出して…演奏スタート!

決して下手じゃない。でも、拙い。最初の何小節か演った所でレベルを把握、それに対してアレンジを入れる。

そうそう、君達はもっと行けるよ。大丈夫。

久々に演った「あのバンド」

まるで、リョウさんから曲を受け取って初めて演奏した時の気分。

とても新鮮で、とても気持ち良い。

 

向こうのバンドの曲終わりのタイミングで、こちらに徐々に人が流れて来た。まだ向こうも続くだろうに。

こっちも1曲目が終わり、続いては「青春コンプレックス」

さあ、この曲は最初が肝心。皆、合わせるよ!

ハウリングさせてからダ、ダ、ダ!と続いて、それからは…少し遊んじゃおう。オリジナルには無いリフで音を弾ませる。オリジナルの五線譜にオタマジャクシが倍以上泳いでる。

ああ楽しい。ギターは楽しい。バンドは楽しい。やっぱり音楽は最高だ!

 

3曲目を演る頃には観客が殆どこちらに来てしまった。向こうには3〜4人位。多分固定ファンなんだろう。

向こうのバンドは音がバラついて来た。自分達もノれなくなって来たんだろう。ごめんね。

 

そして最後、「月並みに輝け」

最近のわたし達の代表曲。さあ郁ちゃん…じゃ無いや、ボーカルの人、頑張って!

ちなみにこの曲、オリジナルとは別に裏バージョンのリフがある。

つい楽しくなっちゃってリョウさんに披露したら

「…良いね。でもバンドとして成り立たない。ペケ」

とNGを食らった。

その裏バージョン、ただでさえギターが目立っちゃってる今日なら披露しちゃおうかな。良いよね。

 

メイチギターを唸らせる。エフェクターが無いから限界はあるけど、それでもわたしの持てる全てを注ぎ込んで鳴らす、鳴らす、鳴らす!

ストリートにギターの嵐が吹き荒れる。観客はもう、成すが儘。

皆、こんな所からスタートしたんだ。そう、バンドの君達はスタート地点に立っているんだよ。そこから登れるかは実力と、運と、見えない何か。

ただスタート地点には立ったんだ。後は走り続けて。もしコケても、また立ち上がって走り始めて。

そうして走り始め続けて、そうしたら見えてくる「何か」があるよ。後は音が連れて行ってくれる。

 

余韻を残して演奏が終わる。次の瞬間

 

 

───うわあああっ!───

 

 

大声援が辺りを包む。普通ストリートライブじゃここまでの声援は期待出来ない。何故なら皆が皆「聴く気」で集まってる訳じゃ無いから。

 

それでもこの声援。わたしだけの力じゃ無い。メンバー皆の「好き」の気持ちが感じられたから。だからこれは、君達への声援。

 

 

「ありがとうございました!」

打って変わっていきなり敬語。いや〜、こんな無名のギタリストにそんなお礼だなんて、ウヘヘ。

でも、ここまで来たらバレちゃいけない。まあオーラ出てないんだけどさ…

怪我したギタリストの彼が、キラキラした目でわたしの前に立つ。

「あの、もしかしたらホントに…」

「あ〜っとヤバい!スカした舅に干瓢巻きと干し芋作らないと!小さい姑に家を追い出される!嫉妬深くて可愛い…格好良い…素敵なアブナイ旦那さんにもしじみ汁作ってあげないと!ヤバいヤバい!それではこれで!」

地元の主婦を装い(多分、皆信じ込んでる)、早々に離れる。

ダッシュで離れようとして、思い付いてもう一度彼等の元へ。

「あ、あの!これ、舅と姑と旦那とわたしの分行けなくなっちゃったので貰って下さい!」

明日のチケットを4枚、彼等に渡す。

「あ、え?そんな!?」

「良いんです!明日は舅と姑は遊びに行っちゃうし、わたしは1日中旦那の機嫌を取らないといけないのでっ!それでわっ!」

今度こそその場から逃げた。謎の主婦、H•ゴトウ。彼等の記憶には、ちょっとギターが上手いだけの甲斐甲斐しい哀れな主婦として残るだろう。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ひとりちゃん…」

自分で離れておきながら、途端にヒトリウム不足に悩む。

そもそもひとりちゃんは何も悪く無い。全部私のせい。

失敗だってそんな大層な事じゃ無い。フォローもきちんと出来た。

ただ、あの一瞬のひとりちゃんの表情。別に責める表情をしていた訳でも無く。

 

──ひとりちゃんに失望されてしまうかも──

 

瞬間、そんな考えが頭を過って。

うん、解ってる。ひとりちゃんはそんな人じゃ絶対に無い。

そんな考えをクールダウンする為に、今は1人になりたかった。

でも、既に寂しくて。ひとりちゃんは何故追い掛けて来てくれないの?と、理不尽な考えに囚われて…でも、私の事を良く解ってくれてるひとりちゃんだからこそ1人にしてくれてるんだと思う。

貴女は優し過ぎるの。だから、過分な期待をしてしまう。

今頃ひとりちゃん、私を心配してるだろうなぁ。ひと頃「喜多郁代の番犬」と言われた位、私を常に護ってくれて。

その後、「個人を尊重しないと!」と虹夏さんに言われてやっと過保護気味なのが治って来て。

それでも常に私を護ってくれようとしているのが手に取るように解って。

 

ひとりちゃんに逢いたい。逢って抱き締めたい。わたしの我が儘を赦して欲しい。

 

──あー、また今日が終わっちゃうのか。何か1つでも、僕を 変えられたかい?──

 

懐かしい歌。そのいちフレーズ。つい口を吐く。

と。

 

「お姉さん、歌上手いねぇ」

不快な音が耳に入る。見ると数人のバンドマンらしき男達。

楽器を背負い、それっぽい格好をしているものの…何とも様になってない。

こいつらファッションね。

1発で見抜ける程の情け無さ。

「ねー、お姉さん。…お、近くで見たら凄え可愛い!バッグ背負ってるって事は、音楽演ってるんだよね?俺等が教えてあげようか?俺、上手いよ?」

…はぁ。お前より一万倍も上手い人にずっと教わってきたのよ。いえ、比べるだけ無駄ね。

「間に合ってるわ」

一応、事を荒立てないように対応する。こう言う時ってこの仕事、不利ね。

「まぁそう言わずにさぁ。じゃ、ちょっと聴いてよ。気に入ってくれたらこれからカラオケでもさ」

いきなり連れて行こうとしないだけ、まだマシかな。それでもアナタの腕は多分、推して知るべしね。

自信があるのか、やけに余裕でニヤニヤしながら自分のギターを取り出す。ストラップを掛け、ピックを摘んで。アナタ、その持ち方じゃ速弾き出来ないわよ?まぁ、速弾きなんて無理か。

「知らないかもだけど、エフェクターもアンプも繋いで無いからちょっと音が情け無いんだけどさ」

あぁもう解った解った。ひとりちゃんならそんな言い訳絶対にしないわ。あの人はその時の環境、その時の設備で最大限のパフォーマンスを成し遂げる。

お前より一億倍格好良い人。

そんな私の視線なんて気にせず、ジャランとストローク。…ありがと。その1発でほぼ解った。伊達に最高のギタリストの音を毎日聴いてないの。

結局、弾いているのはスリーコードのみ。多分アルペジオさえマトモに出来ない。

…もう良いかな。気持ち良く弾いてるアナタには悪いけど、そろそろ終わらせて。

自分のギターを取り出す。真っ赤なテレキャスター。ボディに百合と薔薇の意匠。

「え、お姉さんも弾くの?面白…」

「おい、待てよ…あれって…」

他の人が何かに気付いた時、私のギターが火を噴く。

 

良い?生音でも、ここまで出せるのよ?

 

速射砲のように速弾きアルペジオを繰り出す。それが終わると今度は初期の結束バンド──ひとりちゃんのソロのメドレー。

良い?私に構って欲しかったら、精々これ位は弾きなさい!これ以上じゃ無いと気にも留めてあげないわ!まあ無理でしょうけど。

男達が呆然とした表情で呆気に取られている。…ふん、私のテクじゃひとりちゃんの足元にも及ばないのよ。

私を魅了するギタリストは、この世で「ひとり」だけ。

魔王のように圧倒的で、天使のように包みこんでくれるその「音」だけ。

 

「この女、ヤベェ!」

「…やっぱりコイツ、喜多郁代だ!赤髪に赤いダブルの革ジャン、赤いテレキャス!…そしたら近くに「番犬」が!?」

「聞いた話じゃ、番犬に関わって…気が付いたら血だらけで倒れてたらしいぞ!おい!行くぞ!」

 

バンドマンもどきはそそくさと連れ立って逃げて行った。何よ!人をお化けみたいに!

しかもひとりちゃんの噂が尾鰭が付いてエラい事になってるわね。

 

途端に周りが静かになる。…あぁ、ひとりちゃんの顔が見たい。抱き締めて欲しい。ペロペロしてあげるから。

 

 

「あれ?迷っちゃった?」

通りを曲がって曲がって…何処?ココ。

もう、すぐにでもひとりちゃんに会う事しか考えて無い。是非さっきの口直しをさせて欲しい。

通りを進むと、ちょっとした繁華街。何処からかバンドの演奏が聴こえて来る。

少しの好奇心でその音の方向に足を向けてみた。

近付くと段々音が大きくなって来て…あれ、音が乱れ始めた。どうしたんだろ。

その時、他のバンドらしき音が聴こえて来て………え、このギターは………やっぱり!

つい身を隠しながら近付く。うん、間違い無い。

私が焦がれて。追い付けなくて。それでも焦がれて。そのギターの音。

アンプの質か、音割れしてる。それでも解る、圧倒的なサウンド。

ああ…これよ!これ!身体の一部が震える。何処とは言わないけど。

悪魔と天使を内包した…包み込み、突き放し、叩き付けるサウンド!

ありがとうさっきのダメバンドマン達!あなた達のお陰で、こんな素敵な場面に出会えたわ!

 

じきに演奏が終わり、観客が離れて行った。しかし喜多博士としては観察を続行しないと。経緯は解らないけど、何か代打でギター弾いたみたいね。

メンバーと何か遣り取りしてる。………ふうん。そう。

 

旦那としては、ちょっと追求しないとな。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

やっとホテルまで帰って来た。郁ちゃんはもう部屋かな。まだ戻って無いかな。

エントランスに差し掛かる頃、植え込みの影から人が飛び出て来た!

「ピイッ!………あ…郁ちゃん…」」

「捕まえた!。おかえりなさい」

郁ちゃんにギュッと抱き締められる。きもちい。もう機嫌悪く無いのかな。

「…ひとりちゃん。さっきはごめんね」

わたしの肩に顔を埋め、謝ってくる。良いんだよと態度で示す為、わたしも力強く抱き締め返す。

「郁ちゃん。やっぱり離れるのはイヤだよ」

「…うん、ごめん。私も離れたく無いよ」

「うん。ずっと一緒に居て」

「勿論よ。…でね?ひとりちゃん」

「はい?」

わたしの肩から顔を離して

 

「…アブナい旦那さんって、誰の事?」

「………え”」

 

な、な、な、何でそれを!?

「ね、誰の事?」

小首まで傾げて。天使の笑顔で。とても可愛く聞いてるけど、答えによってはエグい結果が…

 

「イ、イクチャン。トリアエズヘヤニイキマショウ……」

「ね、誰かな〜?」

 

今夜は寝られないかも…

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

あ、ひとりちゃんが帰って来た!

フフ…ちょっとキョロキョロしてるのは、私の事考えてるからね。解るもの。

植え込みからひとりちゃんを狙って飛び出す。…何よ、可愛い悲鳴上げちゃって。小鳥の断末魔みたい。

「捕まえた!おかえりなさい」

思わず抱き着いてしまう。もうライブ後の事なんてどうでも良いわ。

 

さて、ひとりちゃんに聞きたい事があるの。答えて欲しいな。

答えがどうであれ、今夜は寝かさないからね。

性獣?それがどうした。

性欲大魔神?だから何よ。

 

私とひとりちゃんは、入り口が分かれてても…歩いて行けば絶対に道が繋がる運命なの。

だからひとりちゃんの事は、絶対に忘れてやらないし、離れてやらない!

覚えててね。

 

 

さて、今晩はどんな事をしてあげようかな?

私の愛をた〜っぷりと受け取ってね!

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