…観察されてる。
目を合わせようとすると、逸らされる。まるで「最初から見て無いよ」とでも言うような態度。鳴らない口笛まで吹いてる。…可愛い。
でも、確実に私を見ていた。観察していた。
…何なの!?
ここの所ずっとそう。何かしちゃったのかな。でも、それならもっと思わせ振りな態度で示す筈。
若しくはそっちが何かしたの?でも…そんな態度とも違う。
そう、とにかく。
観察されている。
ずっと。
ーーーーーーーーーー
数日前。
「喜多ちゃん。悪いんだけど、事務所に居るマネちゃん(マネージャー)にこの書類渡して来て貰えないかなぁ。何かマネちゃん事務所から離れられないらしくってさ」
「ああ、はい。良いですよ」
スターリーにて、虹夏さんからお使いを頼まれた。タイアップの契約書類らしい。確かにこれは他の人に頼めないわね。
リョウさんは論外。ひとりちゃんも事務所まで辿り着けるかわからない。…大分失礼な事思ってるわね、私。
まあ二人共、今は新曲の打ち合わせしてるんだけど。
二人が座っているテーブルを見る。
「ぼっち、ここのリフなんだけど…もう少しテンポ早くて良いのかな。若しくはもっと音を跳ねさせるか」
「え、待って下さい。……………ああ、そうですね。その方が締まるかも。でもそうすると、虹夏ちゃんがちょっと忙しくなっちゃうかもしれないです…」
「虹夏は大丈夫。わたしが保証する」
「…おい、山田。勝手に保証するな!」
ひとりちゃんは生音でギターを弾いて確認しながら的確な意見を提案している。格好良い。
でもリョウさんとひとりちゃんが曲について打ち合わせしてると、本当に「プロの現場」って感じがするわね。…まあ、幾らホームだからってここでやるなって思うけど。
っと、いけない。お使いに行かなくちゃ。ひとりちゃんも連れて行こうかと思ったけど、あの様子じゃ無理っぽい。
「それじゃ、行ってきますね!」
「あ〜い、お願いね」
そう言って虹夏さんは奥に消えた。とかく忙しい人だ。
さて、行ってこよう。
ひとりちゃんが私に気付かないのがちょっと悲しいけど、それだけ集中してるって事だものね。
ノートPCの譜面を真剣に睨んでる二人を横目で見つつ、スターリーから出て行った。
「…郁代は行ったね。虹夏も奥に消えた。…よし、ぼっち。これ、この間言ってたヤツ」
「お、おお…これが!」
「そ。これさえ見れば、バッチリ」
「あ、ありがとうございます!」
「バッ!ぼっち、声がデカい!…あくまで深く静かに潜航するんだ」
「…あ、は、はい。解りました」
「フフフ…」
「うへへ…」
ーーーーーーーーーー
すっかり秋の街中を愛車で走る。紅葉ももうすぐ見頃になるかな。ひとりちゃんと何処か紅葉を見に行こうかな。
すっかり秋色に染まった並木を、桃色髪を揺らしながらアンニュイな表情のひとりちゃんが朱と黄を踏み締めながら歩いて行く。眩しそうにちょっと目を伏せながら…たまらん!
画が…
…いけないいけない、まずお使いを済ませなきゃ。
☆
「ただいまです!」
勢い良くドアを開け、店内に入る。…と、ひとりちゃんとリョウさんがビクリと肩を上げ何故かアタフタしている。ノートPCはリョウさんの手でピシャリと閉じられた。
何でそんなにビックリするの?よっぽど集中してたのかな。
「ケーキ買ってきたんですけど。皆で食べましょ?」
「お、おおう!やっぱり郁代は良い子だね!」
「そ、そうです!郁ちゃんサイコー!フゥー!」
「………?」
…おかしい。いや、怪しい。何か隠してる?ひとりちゃんはともかく、リョウさんの態度が不審過ぎる。
ノートPCに何か入ってたの?
私がそれを気にしようとすると、すかさずひとりちゃんがいきなり立ち上がり
「い、郁ちゃん!今度の休みに紅葉でも見に行きましょう!きっと素敵です!イソスタ映えバッチリですよ!」
なんて、リョウさんの…正確にはリョウさんとノートPCの前に立ち塞がった。両手をブンブンと振り、まるでバスケのディフェンスのように。
「…そのPCの中に、何かあるの?」
「なっ!何も!何も無いですよ!?」
明後日の方向を向きながら懸命にシラを切るひとりちゃん。貴女、本当に隠し事向いて無いわね。
疑惑の視線でひとりちゃんに詰め寄ると、リョウさんがひと言。
「ぼっち。もう隠せないよ」
「ぅえ!?リョ、リョウさん!?」
今度はリョウさんに詰め寄る。
「どう言う事ですか!?」
リョウさんは頬杖をついてフゥ、とひとつ溜息。
「…ぼっちがね、郁代をデートに誘いたいんだけど、何処行けば良いかなって」
後ろでひとりちゃんが「…ほぅ…」と小さく溜息を吐くのを聞き逃さながった。
…つまり、私は
事実を隠された。もう二人共言わないだろう。
「何でそれを隠すの?」
ひとりちゃんに、鼻が触れそうな距離まで近付く。
「…恥ずかしかったから、です」
ひとりちゃん。貴女が嘘を吐く時は目尻を指で掻くのよ。丁度今みたいに。
それからひとりちゃんの奇行が始まった。いつも奇行してるじゃないって?そうじゃ無いの。
いつもと違う奇行。
例えば
ある日、バンドミーティングの時。
練習の後スタジオでそのままミーティングしたので皆立ったまま。
私のすぐ横にはひとりちゃん。それはいつもの事。でもいつもと違うのは、ひとりちゃんが異様に近い。殆どくっついている。
それはそれで嬉しいんだけど、その日はその後があった。
なんと、ひとりちゃんが私の腰を抱いて来た。
…え!?と思ってチラリと見る…と何故か全力で目を閉じている。そしてプルプルと震え出し…
「ご、ごめんなさいっ!」
と叫んで脱兎の如くスタジオを飛び出して行ってしまった。
…何なの?
また別の日
私は自宅のソファーで撮り貯めたドラマを観ながらお茶を飲んでいた。そこにひとりちゃんが作業を終えたのか自室からやって来たので
「お疲れ様。ひとりちゃんもお茶飲む?」
と聞いたら、ソファーの後ろに回り込み頭上から両手を私の頬に当て、上を向かせる。
そんなドキドキするシチュエーションを、「あの」ひとりちゃんが作るなんて…
キスでもされるのかと頬を染めて待っていたら、目が合った途端またプルプル震え出して。
「あ、あの…」
「…なぁに?」
「………へ、へ…」
「へ?」
「…ヘクチッ!」
ごつっ!
…ヘッドバットをされた。
「いったーい!」
堪らず目を瞑る。生理的な涙が出る。
「ご…ごめんなさいー!」
またもや脱兎の如く逃げて行った。
もう!何なの!
またまた別の日
自宅からスターリーに二人で向かっていた。
お天気も最高。秋深く、気温も少しだけ肌寒いくらいの散歩日和。
普段ひとりちゃんと外を歩く時は、恥ずかしがって中々手を繋いでくれない。でもその日はソロソロとひとりちゃんの手が伸びて来て…震えながら私の指を掴まえる。
目を丸くしながら横を歩くひとりちゃんを見上げると、ひたすら前方を見据え…石像になっていた。
足だけは動いてるの、不思議ね。
何か知らないけど…頑張ってくれたんだ。嬉しくなってひとりちゃんの手を強く捉まえて指を絡める。
そんな時、向かいから女子学生数人が賑やかに歩いて来た。
「ね、ひとりちゃん。あの頃って、何でも楽しそうよね。皆キラキラと輝いてみえるわ」
言いながらひとりちゃんを見ると、私に顔を向けて
「い、郁ちゃんの方が華のようなカンボジア…あ!か、
「…ひとりちゃん?」
「ご…ごめんなさーーーい!」
また逃げられた。
何か洒落た事を言おうとしたみたいだけど…
ホントに何なの!?
そんな感じで、ここ数日妙な奇行が続いている。
「リョウさん!一体ひとりちゃんに何吹き込んだんですか!?」
スターリーのフロアのテーブル。そこに頬杖をついてスマホを眺めているリョウさんに詰め寄る。
ひとりちゃんは虹夏さんの買い出しのお手伝いに付いて行った。
虹夏さんに「ワンちゃんとネコちゃんどっちが良いですか?」と冗談で聞いたら「ワンちゃん」と言われたのでご指名はひとりちゃん。
「…何、吹き込むって。随分な言い方だね」
スマホから目を離さずに素っ気無く答えるリョウさん。
コ•イ•ツ•わぁー!そもそも先月もひとりちゃんにお昼集ってましたよね!そのうち私がマグロ漁船に叩き込んであげます!
「そもそも、ぼっちがどうしたのさ」
「ひとりちゃんがオカシイんです!」
「…いつもの通りじゃない」
しれっと言われる。
「いつもの「オカシイ」じゃ無くて、特別な「オカシイ」なんです!」
「ぼっちも技を増やしたね」
やっとスマホから視線を外したと思ったら、クククと笑ってそんな事を
完全な「暖簾に腕押し」状態。
「あーもう良いです!虹夏さんに先々月は3回、先月は1回ひとりちゃんにご飯集ってたって言いつけます!」
「え…あの…ちょっと待って…」
やっと狼狽えてくれた。スマホをテーブルに伏せってアタフタしてる。自業自得ですよ。
「…で、何を吹き込んだんです?」
出せる限りの低音で言い寄る。この間の「デートに誘いたかった」じゃ通用しませんよ!
「…言えない」
「…え?言えない、って…」
さっきの焦り顔から一転、真剣な目を向けられる。くっ!顔が良い!
「ぼっちの尊厳の為にも言えない。…大丈夫だよ。その内ぼっち自身が答えを出してくるよ」
「…ふぅ…解りました」
埒が明かないので、詰問を止めた。でも虹夏さんへは集ってたのを報告します。どうぞ怒られて下さい。
そんなこんなで
ひとりちゃんの奇行は続いた。
何と無く思った事がある。
あくまで見聞きした話だけれど…まるで「気のある女性に振り向いて貰おうと奮闘する男性」みたい…って。
え?…いやいや。
だってひとりちゃんよ?相手は私よ?もう、貴女のものなのよ?貴女も私のものよ?気を引く必要があるの?
でも…やってる事は「女性攻略読本」みたいな事ばかり。
しかも全部失敗パターン。まるでコミュ障の人が………ああ、ひとりちゃんだものね。
大体そう言うハウツーって、基本「元々そう言う事がさり気なく出来る人」がベースなのよ。まともなコミュニケーションを取れない人が参考にするものじゃ無いと思う。
やっぱりリョウさんにおかしな事吹き込まれたのよね。でも…それをひとりちゃんが望んだ…?何故?
喜多博士の「灰色の脳細胞」を働かせて、ひとりちゃんの最近の行動を脳内で洗ってみる。
ひとりちゃんの奇行が始まったのが10日程前。それからさも私を攻略するかのような言動に走った。始まりは多分…いや間違い無くリョウさんと打ち合わせしてたあの日。
その前は…いつもと変わり無かった…筈。私の愛を注いで、それでひとりちゃんをちょっと疲れさせちゃったくらい。でもひとりちゃんも喜んでた筈よ?
別にひとりちゃんをヒィヒィ言わせるのが目的じゃ無く、止め処無い私の愛を受け取って欲しかった故の行為。ひとりちゃんも真摯に受け取ってくれたんだから。そこに異論を挟む余地は無いわ。
じゃあ、他に原因があるの?
…まさか、他の人を攻略する為に私で試してる!?
そんな…まさか…嘘よね…
…涙が出そう。
ソファーの上でお気に入りのピンクのクッションを抱き締めながら沈んだ気持ちで居ると、ひとりちゃんが自室から出て来た。
もう夜ご飯も終わってお風呂も入り、後は寝るだけの時間。
ひとりちゃんが近付いて来る。でもそっちを見れない。顔を見たら涙が溢れそうだから。
いつかのように、ソファーに座る私の後ろに立つ。より俯いてしまう私。
俯きながらも感覚は後ろのひとりちゃんを全力で捉えている。
そこでひとりちゃんは「…ヨシ!」と小声でひと言。
…ヨシって何よ!?これから何を言うの!?何をするの!?
怖々と後ろの気配を探っていると、突然頭が暖かいもので包まれる。
…あ、抱き締められてる。何で?私なんて、もう良いんじゃ無いの?
「…郁ちゃん」
ひと言。その慈しむような声音だけで、私の冷えた心が溶かされて行く。
「…な、なぁに?」
「あ……………あいしてる」
「………え?」
私の耳に唇を近付けて、囁くように甘いものを流し込んでくれる。それに押し出されるように涙が頬を伝う。
ずるいよ。ひとりちゃん、最強の武器を使うなんて。
「だ、だから…」
「…うん」
「……………シたい」
もう、彼女の言葉に抗えない。
「うん。…連れてって」
ひとりちゃんに手を引かれ、ベッドに向かった。
ーーーーーーーーーー
「リョウさん、こ、これ…ホントなんですか!?」
「間違い無い。わたしの敬愛する御方から頂いた天上界からの聖典だよ。これが通じなければ人類なんてとおの昔に滅んでるさ」
それは2枚のDVD。
[あの子をメロメロにさせる10の方法 理論編•実践編]
因みに渡したのは廣井きくり。飲み屋で顔を合わせたオヂサンから「きくりちゃん、これ貰って?」と半ば押し付けられたもの。キャバクラのビンゴ大会で当たり、処分に困っていたらしい。
ちなみに何故ひとりがそんな情報を欲しがっていたのか。
それは普段からの郁代の、ともすれば重すぎる愛に端を発する。
常に受け取るばかりだと感じていたひとり。昨夜も
「私の愛をた〜〜〜っぷり感じて?」
と、ラブ注入を散々受けてヘトヘトになっていた。腰が痛い。頭も重い。何より体力が底を尽きそうだ。
ちなみにそんな行為は週2、下手をすると週4で行われている。
これではいけない!
終いには私を道具のように扱い、飽きたらポイ捨てされるやもしれない。
主導権を握らねば!それには情報が要る!なるべく確度の高い情報が!
ネットの情報はイマイチ当てにならない。何事も大袈裟過ぎる。
しかし狭い交友関係。誰に聞けば良いのか。
流石に虹夏ちゃんにはそんな事聞けない。大天使を堕天使にしてしまう。
そこで頼ったのがリョウ。余りにも交友関係が狭いひとりの不幸がここから始まった。
━━理論編━━
まず、彼女の考え(思考)を理解するのが優先です。相手が何を考えているのか、好きな物は、何を欲しているのか──それが彼女と繋がる上で重要な事柄。
…………………
ボディタッチで興味を惹かせるのは、効果的な手段。医学的にも触れ合いでストレスを軽減させるとデータが示しています。大丈夫です。あなたの目を見て笑い掛けてくれる関係なら、確実に彼女は寄り添う準備が出来ていると判断できます。分析データでも示されています。
関係が少し進めばしめたもの。今度はよりあなたを認識させる時。医学的にも証明されています。身体が近付けば近付く程心も近付くと。見つめ合っても嫌がられ無ければもう彼女の心はあなたを入り込ませる事に躊躇はありません。分析結果にも表れています。
女性心理を掴もうとするなら、何が必要でしょうか。そうです。素敵なワードを駆使してみましょう。平安時代等の文献を引用するのも効果的。昔の人々はとてもロマンチストでした。現代だからこそ、そのようなロマンチックな言葉に惹かれるものです。分析でも証明されています。
…………………
……………
………
…
━━実践編━━
ここまで来たあなたはもう勝ち組!
後は彼女を夢中にさせるだけです。
まず、指の動きを鍛えて下さい。彼女をメロメロにするのはまずあなたの指から。
世間的にギタリスト等は女性に悦ばれ易いと言われています。何故か?そうです。指技が優れているから。
是非彼女の為にゴールドフィンガーを目指して!
次からはどのような指技が悦ばれるか細かく解説していきます。
…………………
……………
………
…
二人してDVDが挿入されたPCを凝視する。
「お…おお!凄い!リョウさん、まさしくこれは聖典です!」
「そうだろうとも。真理はここに有る!これこそがアカシックレコードなんだよ!」
「こ、これを極めれば!」
「郁代はメロメロ!もうぼっちからは離れられないぞ!」
「リョウさん!」
「ぼっち!」
「ただいまです!」
「「──ヤバい!──」」
ーーーーーーーーーー
「…ふうん、そんな事があったのね」
郁ちゃんにベッド下で正座させられています。郁ちゃんはベッドに腰掛け、足を組んでわたしを見下ろしています。あの…何か着ても良いですか?駄目ですか。そうですよね。では郁ちゃんが何か着てくれると…お断りですか。はい。解りました。
DVDのデータを転送され、動画を映し出しているわたしのスマホを眺めながら郁ちゃんが呟く。
「…これ作った人、バカなの?それともとんでも無い自信家?女はゲームのキャラクターじゃ無いのよ?何でここまで言い切れるのよ。…頭痛くなってきた…」
☆
服をちょっと乱暴に脱がせ、わたしもババッと脱ぎ…二人してベッドに倒れ込み、郁ちゃんの頬に手を添えるまでは良かった。
そこから愛の言葉を囁く。
「…い、い、い、郁ちゃん………あ、あい、あいあいあいあいしてるっ!」
そしておもむろにこの指で…ゴールドフィンガーでっ!
指をワキワキさせながら郁ちゃんのソコに…!
そこでわたしの手を掴まれる。
え?と思う間も無くあっと言う間にぐるりと反転。郁ちゃんに組み伏せられた。
「…ひとりちゃん。何かおかしいんだけど」
わたしの真上から告げられ、思わず目を逸らしてしまう。そこでゲームオーバー。
☆
「あのね、ひとりちゃん。いきなり指を使ったって気持ち良くなれないの。もっと準備が必要なのよ?初めて強引に来てくれたからドキドキしちゃったけど…その後はもう、赤点ね」
ベッドに座り、まるで教師のように説明してくれる郁ちゃん。その表情はちょっと呆れ顔。
「は、はい…」
ベッドの下で正座するわたしはただのイエスマン。
思えば、いつもしてくれるのは郁ちゃんからで。わたしはいつも意識を飛ばされて。気が付くと朝(またはお昼)で。
最中は郁ちゃんの存在を感じる事に夢中で。いつもいつも獲物を狙う目で迫る郁ちゃんに、これで良い…いや、これが良いと全て任せちゃって。
「だからね。教えてあげる。私がどう感じるのか。どういう事されると嬉しいのか。…どういう指使いで、ひとりちゃんを求めて堪らなくなっちゃうのかを、ね」
その若草色が妖しく光る。その瞳を認識するといつもわたしは獲物に成り下がる。
ただし今夜は教えを請いながら、わたしが実行するんだ!
「さぁ…おいで」
瞳に欲の色を纏わせて、ベッドに横たわり腕を広げてわたしを呼ぶ。まるでわたしは女郎蜘蛛に魅入られたあわれな羽虫。
でも、ここから下剋上を果たす!これからはギターだけで無く、「その道」でも魔王を目指すんだ!
スーパーウルトラゴールドフィンガーが、降臨する!
わたしの鮮烈デビューだあっ!
ーーーーーーーーーー
「…ぼっち、どうしたの?」
一夜明けて、今日はスタジオ練習。リョウさんに堪らず声を掛けられる。
そう言うリョウさんも何やらフラフラしている。顔色も悪そうだ。
「だ、だいじょーぶですっ!」
「…おねがい、大声出さないで…お腹に響く。…倒れそう…」
聞けば、昨夜から何も食べて無いらしい。…なんで?
虹夏ちゃんを見ると「自業自得だよ」と醒めた目で吐き捨てる。
はてなマークを浮かべながら郁ちゃんを見ると「悪の栄えたためし無しよ!」と、虹夏ちゃんと頷き合っている。
そんなわたしも絶賛絶不調中。まともに運指出来ない。それどころかネックを持つ握力すら怪しい。
右手も、弦を弾く度にピックが飛んで行く。
「ぼっちちゃん、何でそんなに両手の動きがボロボロなのさ。対して喜多ちゃんはツヤッツヤだし。…お前ら昨夜何してた?」
…はい、ナニです。多分虹夏ちゃんの想像通りです。
ギターを弾くより苛烈な運指をしてました。ごめんなさいもう2度とイキりません。
「ぼっち…」
「リョウさん…」
「真理は遠いね」
「は、はい…」
「ほら、キリキリやる!」
「そうですよ!ライブ近いんですから!」
虹夏ちゃんと郁ちゃんに発破をかけられる。
「…ぼっち」
「…はい」
「「逃げよう!」」
「あ!こらまて!」
「ひとりちゃん!?」
残り少ないエネルギーを全て燃やし尽くし、わたしとリョウさんはスタジオを飛び出た。
「ぼ、ぼっち…何処行く!?」
「と、取り敢えず…あの二人が来ない場所へ!」
俺達のゴールドフィンガーは、これからだ!