王の帰還After──王の細道──   作:サマネ

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理想の二人 無双の二人

 

 

 

遂に…

遂に遂に遂に!

 

やったわ!

手に入れた!

今日は人生最高の日!

何せ…手に入ったんだもの!

この、ひとりちゃんからもぎ取った…胸が!

 

うっわぁ〜、こんな感じなのね。

重い!重いわ!そして柔らかい!指が沈む!飛び跳ねると胸が遅れて付いてくる!すっげー!…あ、余り揺らすと痛いのね。クーパー靭帯だっけ?が、切れると垂れちゃうのよね。気を付けなくちゃ。

 

しかし、これで私も虚乳から…巨乳!

ひとりちゃんのFカップと元々の私の胸を合わせて…Fカップ!

………あれ?

……………まあ良いわ。

ひとりちゃん、ごめんなさい。私の変わりに虚乳になっちゃって。…え?軽くて楽だ?………ふざけんな!肩凝り知らず?その内泣きを見ると良いわ!

 

とにかく…

 

 

あ、郁ちゃん。

わたしの脂肪の塊、貰ってくれるんですね!ありがとうございます!

邪魔でしょうが無かったんですよ。…え?悲しいかって?寧ろ嬉しいです。肩は軽いしギターは当たらないし。

何しろ走ると痛いんですよ。胸が。揺れて。ほぼ人生に於いて走る事無いんですけどね。

でも、胸が無いとこんなにスッキリした気分になるんですね。知りませんでした。わたしの胸なんか何処にも需要が無かったですからね。

はい?「私の需要があったのよ!」って?

だから、今はそっちに行ったじゃないですか。これからはその胸を可愛がってあげて下さい。元の持ち主からのお願いです。そんなのでも昔からの付き合いなので、少しは愛着があるんですよ。

 

ああ…軽い!心も身体も軽い!なんて晴れやかな気分なんだろう。

…え、貰いっぱなしは申し訳無い?いえいえ、むしろ有り難い。…お礼をさせろ?いえだから…

…え?お礼に「生やして」あげるって?…何を…ちょっと待っ…えええ!?

何かお腹の下がムズムズする!

 

待っ…待って………いゃ…あ…

 

 

「やったぁーーー!」

「ぎゃああああー!」

 

恐怖に思わず叫ぶ。一気に覚醒状態になった。そしてわたしの叫びと同時に何故か後ろから歓声が上がる。

心臓がバクバクと早鐘を打つ。まるでリョウさんに怒った虹夏ちゃんがドラムに当たっている時のように。

全身から汗が噴き出している。シーツが素肌にべたりと張り付いている。とても不快だ。

何故あんな夢を…と疑問に思う前に、気が付いた。

郁ちゃんが、わたしの胸を後ろから鷲掴みしていた。…多分これ、手を離したら跡が付いてるよ。形が変わっちゃってるもん。

…で、まさか…生えて無い、よね。さっきから下腹部に違和感があるんだけど。

恐る恐る上掛けを捲る。………生えてる!…郁ちゃんの右腕が。

後ろからわたしの太腿の間に腕を割り込ませていた。

…なんでこんなアクロバティックな寝相なの!?もしかして起きてる?

 

「…郁ちゃん?」

背中側に声を掛ける。…応答無し。それどころか

「…遂に…やったのよ…手に入れた…私はエベレストを登頂…し、た…私こそエベレスト…」

妙な寝言を返された。何の事!?

ぎゅうと乳を掴む手に力が入る。痛い!痛いよ!幾らそれは郁ちゃんのモノって言っても、外れないから!脱着式じゃ無いから!わたしの身体に付いた状態で楽しんで!

掴む手をトントンと叩く。…ふぅ、やっと離してくれた。

…暑い。ちょっと水を飲んでこよう。

慎重に股の間の腕を抜く。そしてそおっとベッドから抜け出る。

「…あぁ…私のアコンカグアが…K2が…」

…ホントに寝てる?振り返って、郁ちゃんの顔に近づく。…寝息を立ててる。やっぱり寝てるみたい。

「…私の…私の………私のひとりちゃんは…私の…もの…」

某ジャイ◯ンのような寝言を立ててる。

大丈夫だよ。わたしは、貴女のもの。すぐ戻って来るからね。待ってて。

郁ちゃんの頬をひと撫で。この間お揃いで買ったモコモコのガウンだけを身に纏い、足音を立てないようにキッチンへ向かった。

 

冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出して、グラスに注いで半分程を喉に流し込む。

ふぅ…

思ったよりも身体が火照っている。冷たい麦茶が気持ち良い。

もう寒くなる時期なのに、素肌にガウンだけの姿で丁度良いや。

電気を付けない部屋の中、冷蔵庫内の灯りを頼りに自分の胸を見る。………やっぱり跡が付いてるよ。今迄寝てる時に胸を掴まれた事はあったけど、跡が付く程掴まれたのは初めてだ。こんなモノあげたいけど、外れないしなぁ。

 

壁掛けの時計を見る。もう午前2時か。

しかし、何であんな夢見たんだろ。幾ら郁ちゃんの寝相のせいだとはいえ。…まるでわたしが男になってしまったような。

…やっぱり、「あの事」のせいなのかな。

何気無く持って来たスマホをオンの状態にして、ロインの遣り取りを映す。

そこには、佐々木さんとの幾つかの遣り取り。これは郁ちゃんに知られる訳にはいかない。

最後の遣り取りには

[じゃ、明後日ね]

[ありがとうございます]

と。

それを確認して、再びスマホをスリープにする。この遣り取りの[明後日]…つまり今日。

 

これからわたしは決断する。

大きな決断だ。

決して、郁ちゃんには悟られる訳にはいかない…人生の決断。

今更?………そう、今更だ。

この根性無し!………そうだよ、根性なんて、産まれてから持った事なんか無い。

でもね。もう、待った無しなんだよ。これ以上は引き延ばせない。引き延ばしたく、無い。

ただの自己満足かもしれない。拒絶される可能性だって。でも…もうこのままじゃ、自分がイヤなんだ。

泣かれるかなぁ。でももう決めた!

どんな結果になろうと。やってやる!

物心ついた頃から陰キャエリートの道を歩んで、青春期…うっ!…と言うものも無く…ひたすらミジンコやプランクトンのようにただ流されて生きて来ただけのわたしの、人生に於いての一大決心!

 

後藤ひとり、産まれて初めて根性を見せる!

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「それじゃ、取材を受けに行ってくるわね!…はい」

パンプスを履き終え立ち上がった郁ちゃんが両手を拡げる。どちらかが出掛ける時の、いつものローテーション。

その郁ちゃんの頭を抱き締める。玄関に降りた郁ちゃんと廊下に居るわたし。5センチ程の背丈の差が更に付いて、郁ちゃんの頭がわたしの胸の中に。その郁ちゃんの頭を宝物を扱うように、そうっと胸に抱く。郁ちゃんもわたしの腰に腕を回してくる。

あったかい。この世で最も大切なもの。それをこれからわたしは…

つい感極まって、涙が溢れそうになる。それを誤魔化すように少し身体を離して、郁ちゃんの顎を持ち上げる。そして潤んだ瞳の郁ちゃんに顔を近付け…唇を触れ合わせる。

 

「…格好良くなっちゃって。それもこの間のマニュアルの教え?」

「ううん、違うよ。…ついしたくなっちゃっただけ」

「…もう!………大好き」

また抱き着かれる。わたしも抱き返して。強く、強く。

 

「もう行かなくちゃ…」

「うん。行ってらっしゃい」

言いながらも暫くはそうしていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「む、むむむむむ…無理ですっ!」

「あのさぁ、後藤。ここまで来てそれは無いんじゃない?」

綺羅びやかなお店の前、街路樹にしがみつくわたし。引き剥がそうとする佐々木さん。傍から見ると、幼稚園に行くのを愚図っている園児に見えそう。

「お母さん、許して下さい!」

「誰がお母さんだ!ほら観念しな!折角有給切った私の身になってくれ!」

「ご、ごめんなさいお母さん。不肖後藤ひとり、もうこのまま木と一体化して虫に樹液を啜られる人生を歩みます!ささささん、夏にはこの木に遊びに来て下さい。カブトムシとか一杯集めときますんで!…へへ」

「………」

無言の佐々木さんに耳をぐいと引っ張られる。いた、いたい!郁ちゃんと良い、陽キャは陰キャのパーツが外れると思ってるんですか!わたしはレゴでもフィギュアでも無いんです!生身なんです!

べりっと木から引き剥がされる。涙目で耳を擦るわたしに佐々木さんはひと言。

「ちょっと場所変えて一旦落ち着こうか」

来な、と呼ばれてすごすごと付いて行った。

 

 

「ホットミルクティーとブレンドお願いします」

佐々木さんの注文を受け、ダンディーな店長さんがカウンター内で作業を始める。

銀座って、昔からの喫茶店がまだ残ってるんだなあ。日中なのにちょっと薄暗くて落ち着く。お客さんも疎らで店内はとても静かな雰囲気。

水をひと口飲んでいると佐々木さんが話し掛けて来た。

「でさ、決心したんじゃ無いの?」

佐々木さんはボマージャケットを脱いで隣の椅子に掛ける。下はニットのタンクトップだけ。ズボンはダメージ加工のブルージーンズ。それにレザーのショートブーツを合わせて。相変わらず格好良い人だ。

対するわたしはいつもの黒のトレンチコート。中は郁ちゃんセレクトの赤い綿シャツ。ズボンはカーキのペインターパンツ。そしていつものタクティカルブーツ。

自分の格好がくすんで見える。何故か気恥ずかしくなってコートだけ脱ぐ。

「…そうなんですけど…やっぱりお店まで行くと気後れしちゃって。こんな格好の、ジメジメしたようなヤツがあんなキラキラしたお店に入っちゃって良いものなのか、とか」

そんか話をしていると注文品が届く。佐々木さんはブラックのままでずずっとひと口。わたしはソーサーを持ちながらカップを静かに口に傾ける。

「…ギャップがすげぇな」

「…え?」

「…何でも無い」

お互い、胃が暖まって来た所で佐々木さんは話を続ける。

「んでさ、さっきの話だけどさ。…どうするの?私は…それこそどっちでも良いと思ってるんだけど、さ」

確かに、傍目で見ればこの期に及んでどっちでも良いように見えるかもしれない。でも、それじゃ駄目だ。

「わたしは…けじめを付けたいんです。このままでも良いのかもしれない。でも、このままなし崩しに…なんて、それこそダメなわたしのままだから。今でも充分楽しいし幸せなんです。だからと言って、それが「望む結果」になりたくない」

「…欲張りになったねぇ、後藤」

思わず、と言った感じの佐々木さんの呟き。

「…そうですかね」

「そうだよ。昔…それこそ高校の頃なんてさ、常に「わたしなんか…」って感じだったじゃんね。それがさ、自分から求めるようになった。充分成長だよ、それは。親友として嬉しいね」

………親友?それって郁ちゃんの事?

カップを傾けている佐々木さんに疑問の目を向ける。

「親友って、郁ちゃんの事ですか?」

聞くタイミングが悪かったのか、コーヒーを口に含んだ佐々木さんが目を剥いてむせる。

「…ごほっ、ごふっ!………後藤ぉ〜、お前と親友だと思ってたのは、私だけ!?それなら悲しいぞー!」

それを聞いて、今度はわたしが目を剥いた。

「…へ?わ、わた、わたし………え!?わたし!?」

自分を指差す。

「他に誰が居るよ」

当たり前だろ!って表情でわたしを見てくる。

でも…そっか。わたし、佐々木さんの親友になれてたんだ。嬉しい。

「じゃ、じゃあ今度サイン持って来ますね!ちゃんと「親友の次子へ」なんて書いちゃいますよ!うへへ」

「…調子乗んな。そう言うトコは変わらねーなぁ」

苦笑された。すみません。自尊心の受け皿がお猪口並なので、すぐ容量一杯になっちゃうんです…

「で、だよ。後藤ひとりの親友の佐々木次子としては、だ。後藤の決意、全面的に応援するからさ」

にかりと笑って拳を突き出す。そこにそろそろと拳を合わせる。

「あ…ありがとう、ございます…」

もう涙が出そうだった。

 

「それじゃ、決意を示しに、お店行こうよ!」

「…それとこれとは話が別と言うか…」

「後藤…」

 

お洒落なお店コワイ

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「キャー!喜多ちゃん可愛いー!」

「いや、寧ろ格好良いよ!」

「両方両方!カワ格好良い!」

 

「ありがとー!」

取材を受ける為に雑誌社を訪れた。取材後、偶々アピールの為に訪れていた売り出し中のアイドルグループと顔を合わせ、やたら褒められる。とても面映ゆい。

「皆はまだ10代?」

「はいっ!こっちとこっちが15でぇ、あたしは17です!」

何でも5人組で、その内のメイン3人が来ているらしい。因みに後の2人は面白キャラらしくて、テレビの深夜バラエティの収録に行ってるとか。

「…あのっ!」

「うん?何かな」

15歳と紹介された一際背の高い娘が真剣な表情で問い掛けて来た。ちょっと涼しげな目元と青みがかった黒いボブヘアーが、何処かリョウさんを連想させる。

「私、結束バンドの大ファンでっ!それで、それでっっ!…」

そこで言葉が止まってまう。呼吸も荒くして。

私に…私達に、緊張してくれているのかな。だとしたら嬉しい。

その娘の肩にそっと手を置いて、なるべく優しい声色で話し掛けた。

「…話して?」

「…!………ふぅ、はぁ…」

そして幾らか呼吸を整えてから

「…私達、出発はアイドルグループですけど皆楽器が好きで…いずれは皆でバンド演りたいんです。そして…自信が付いたら是非、ボッチさんに歌詞を書いて貰ってリョウさんに曲を付けて貰いたくて!その曲を喜多ちゃんのように格好良く歌いたいんです!」

ひと息で喋り切る。

「…あの2人は偏屈だから、認められるのはハードル高いわよ?」

「わっ、解ってます!だから…認めて貰うまで頑張ります!」

顔どころか耳まで赤らめて力説してくれる。他の2人も「うん!うん!」と拳を握る。

…可愛い。アイドルグループだけあって皆ビジュアルが良いのは勿論だけど、その輝く瞳に昔日の花火を見たような気分。

私も昔はこんなに輝いていただろうか。こんなに純粋だったろうか。

今の私は…ある意味執念でやっているような気さえする。それが悪いとは言わないけれど、この彼女達の瞳を見ていると忘れてしまった「何か」を、置いてきてしまった「何か」を思い起こさせる。

それは、もう取り戻せないものだけど。

 

「そう言えば…喜多ちゃん!」

音楽の話で盛り上がった後、リーダーの娘に尋ねられた。

「ん?なあに?」

「…ボッチさんとは結婚しないんですかっ!?」

突然の質問で呆気に取られた。他の2人に「何聞いてんの!?」とか「日本の法律じゃダメでしょ!?」なんて言われて「で、でも…」とシュンとしてしまう。

…やっぱり現代の子だなぁ。興味あるのね。

純粋な興味で聞いているんだろう。同じ様な質問を雑誌の記者からも聞かれた事がある。その時は適当にはぐらかしたけど、この子達の瞳を見ていると「まぁ、良いか」と思ってしまう位には絆されていた。

「ひとりちゃんとはね…流石に日本じゃ結婚は出来ないわ。でもね、一生一緒に居ると思う。多分…いえ、必ず」

その私の答えに3人して「キャーーーッ!」と騒ぎ出す。

その後「やっぱり喜多ちゃん格好良い!」だの「最強の可愛さ!」だのとまるで褒め殺し。聞いてるこっちが赤くなりそう。顔が熱い。

 

「この後一緒にお茶しませんか?」と言う誘いを「この後化粧品メーカーとの打ち合わせだからごめんね」と断るとまた「キャー!格好良い!」って。もぉなんなの?

 

別れ際、ボブヘアーの子が

「話しづらい事聞いて申し訳ありません。この後も機会があればまた話し掛けて良いですか?」って。

も〜良い子!ホント良い子!だから私も

「勿論!時間があれば下北沢のスターリーまで来て!ツアーの時は居ないけど、それ以外は結構あそこに居るから」

って。

 

何か、とても良い風を貰った邂逅だった。

 

 

雑誌社から離れて、ビルの林を抜けて行く。

…でも、そうか。結婚、か。意識した事無い…と言えば嘘になるけど、何しろ相手が「あの」ひとりちゃんだからなぁ。

自分の手を見る。右手小指には、メアとレヴィの姉妹の証のリング。そして左手には…何も嵌まって居ない。

左手を握り締めて、その薬指に自らキスを落とす。

 

…ひとりちゃん。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふぅ…はぁ…ふぅ…はぁ…ふぅえっ!」

「いー加減にしろ!」

佐々木さんに脳天チョップを喰らう。

「…だって」

「だっても明後日もアパルトヘイトもねーよ!まず店に入らなけりゃ始まらないだろ!」

未だにお店の前でグレグレしていた。

ここは銀座の一等地。そして目の前には女性誰もが憧れるブランドのジュエリーショップ。

「…なぁ後藤。取り敢えず雑貨屋とかのシルバーリングなんかじゃ駄目なの?」

「そっ、そんなんじゃわたしの決意がっ!」

「その決意が店の前で糞詰まり起こしてるんだけど。あ〜あ、アイツが可哀想だなぁ!こんなんじゃ、長続きしないかもなー」

そう言ってわたしをチラリと見る佐々木さん。

解っている。佐々木さんがわたしをその気にさせる為に煽っているのは。でも…怖いんだ。この怖さは、自分でも理由付け出来ない。色んなものが綯い交ぜになってわたしの心に絡まっている。でも1番の恐怖は解る。

…もしも、もしも…拒絶されたら…

 

「後藤」

「…はい」

 

佐々木さんが真剣な目を向けてくる。

「…もしもだよ?もしもさ、渡して拒否されたら、さ。まぁ、間違ってもそんな事は無いだろうけど…万が一拒否されたら…私がそのリング、貰ってやるよ」

「……………へ?」

「流石に左手薬指には嵌められないけどさ。でも…ほら、永遠の友情の証…とかでどうよ?」

ついポカンとしてしまう。そしてそのうち佐々木さんのその言葉、その心情を理解して…涙が零れ落ちる。

「ちょっ!まっ!泣くなって!」

慌てた佐々木さんが何とかわたしの涙を止めようとしてくれるけど、こんなの…涙が止まらないよ。

その心根の優しさに。

涙を零したまま、無理矢理笑顔を作る。いわゆる泣き笑い顔。

「…さささ…佐々木さん」

「…ん?」

「…親友って、良いものですね」

「………だろ?」

流れるものをトレンチコートの裾でぐいと擦り

「入りましょう」

「…ああ」

2人して入店していった。

 

 

「ぜぇっ、ぜえっ…はぁぁっ………」

「ジュエリーショップに入ってそんな状態になるヤツ、初めて見たわ」

佐々木さんに笑われるが最早精魂尽き果て、形を保っていられるのがやっとの状態。

店内を見回り、琴線に引っ掛かるものが中々見つからなくて佐々木さんと「どうしよう」と悩んでたら気を回してくれた店員さんが「なんならデザインオーダー出来ますよ?」と。結構自由なデザインに出来るらしい。すかさず佐々木さんが「おー、後藤それ良いじゃん!」と乗り気になりわたしもその提案を受け入れたものの…わ、わたしのセンスががが…

結局店員さんの主導で、わたしの拙い説明を佐々木さんが通訳&補完してくれて…デザイン完成!

入店から2時間後、無事放免となりました。

 

 

「さ、佐々木さん…ありがとうございました…」

「良いって良いって!親友の役に立てたのなら本望だよ」

頭を膝に擦り付ける程お辞儀をしたわたしに、手をぶんぶんと降り笑ってそう答えてくれる佐々木さん。

「ひいてはお礼の為に何か奢らせて下さい!お礼になるかどうかは解りませんが…」

佐々木さんはフフ…と笑って

「友達…ましてや親友とメシ食えるなんて、最高のお礼じゃん!」

そんな事を言ってくれて。貴女はやっぱり素敵で、とても良い人だ。何より格好良い。

「そ、それでは夕ご飯がてらお酒でも…」

「え…喜多は大丈夫なん?」

「あ、はい。今夜は郁ちゃん、レーベルの親会社主宰でウチのドラマーの虹夏ちゃんと一緒に食事会ですので、わたし今晩は一人ご飯になる所でした。…「ひとり」だけに」

ストレイビートの親会社って、どんなんだろう。一度も聞いていないや。まあわたしが聞いても役に立たないんだけど。

「まあ後藤のしょうもないギャグは置いといて…そっか。そんなら二人ご飯にするか!」

「は、はい!」

 

取り敢えず二人して地元に戻って行く。

「後藤、何食いたい?」

「に、肉を!最近郁ちゃん、ご飯に野菜ばかり出してくるので虫になる所でした」

「ま〜後藤は元々人間っぽく無いからねぇ」

「…ゥ゙え"!?」

 

そんな戯言と共に。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふぅ、結構飲んじゃった」

「…結構…どころじゃ無いよ!?向こうさん、かなりドン引きしてたけど」

「イヤですねぇ、虹夏さん。本気で飲んでたら、倍はいってますよ?」

「喜多ちゃん…最早ザルどころかワクだよ、それ…どんだけ肝臓強いのさ…」

「両親はそれ程じゃ無いんですけどね。…あ、私こっちの路線だからここで」

「おーそっか。それじゃ喜多ちゃん、気を付けて帰ってね。今日はありがと。おやすみ」

「はい、お休みなさい!」

虹夏さんは丁度来た電車に乗り、手を振りながら去って行った。

 

さて。私も帰ろ。ひとりちゃん、ちゃんとご飯食べたかな。ロインしたら既読付かなかったからまたギター弾き続けてるのかな。…あ、そう言えば今日出掛けるって言ってたんだ。だから夕ご飯の支度は大丈夫だって。何処行ってたんだろ。

電車を待ちながらそんな事をつらつら考えていると、何やら騒がしい酔っ払いが歩いて来た。………ん?

 

「わ〜れら〜は〜、しんゆう!」

「オーオー!」

「い〜つまでもぉ〜、しんゆう!」

「ヘイヘイ!」

「さ、佐々木さん、ノリが良いれすね!一緒にバンドしませんか!?」

「いや〜、私は聞き専でい〜や〜!」

「ざんねんれす!佐々木さんと組んで5人体制になればぁ、宇宙イチのバンド目指せるのに〜!」

「私は幾らでも後藤の背中押してやるからさぁ、4人で宇宙イチ目指しな!」

「いや〜、今でも宇宙イチのモノはありますけろねぇ〜!そ•れ•は…郁ちゃんの可愛されす!も〜クレオパトラも楊貴妃も…果てはおののの小町れさえも郁ちゃんには敵わないっ!最高で最強で最カワな、わたしのいくちゃ〜〜〜〜ん!今どこに居るんれすかぁ!」

 

…頭痛くなってきた。

 

「いくちゃ〜〜〜ぁムグッ!」

「もう黙って!」

咄嗟に駆け寄ってひとりちゃんの口を手で塞ぐ。

「お、おぅ喜多じゃんか。お出迎え?」

「…私も帰りよ」

「そっかぁ〜、それじゃ私はお役御免だね。帰るわ」

踵を返してスタスタと歩いて行く。…逃げたわね。何でホームまで来て反対に歩いてくの?

後で問い質してやる、と考えてたら。ふわり、と。

「…いくちゃん。ただいま」

ひとりちゃんが柔らかく抱き締めてきた。

「お酒飲んだの?…まだおウチじゃ無いわよ?」

「ん〜ん、いくちゃんの居るトコが…わたしのおウチ。…ん〜、良い匂い」

私の首元へ顔を埋め、スンスンと匂いを嗅ぐ。

……………

も〜可愛いんだから!聞き出そうとしたコト全部吹っ飛んじゃったわよ!

「ひとりちゃん…」

「………スー、スー………」

ヲイ!

「ひとりちゃん!?寝ないの!ほら、起きて!」

「………ん」

手がモゾモゾと動き、コートの中に手が侵入してくる。そして器用に背中側のブラウスの裾を引っ張り出して素肌をまさぐり始める。

ぞくりと背中に快感が走る。

「ひ、ひとりちゃん!?ちょっと待っ………コラ!もー!だからギタリストって!」

もう電車は駄目ね、コレ…。

ひとりちゃんを引き摺るようにして駅出口のタクシーまで。ひとりちゃんを押し込み、私も反対から乗り込む。

やっと家へ帰れる。何か、長い1日だった…

隣を見ると、徐々に態勢が崩れて来たひとりちゃんの頭は私の太腿へ着地。そのまま寝息を立て始める。可愛い。

…え、………ちょっ、手ぇっ!

私の太腿をまさぐり始めるひとりちゃん。待って!それは今じゃ無い!ここタクシーの中だから!

「ちょっ!ねえひとりちゃ…ふうっ!」

「…お客さ〜ん、勘弁してよぉ〜」

「ス、スミマセンスミマセン!…やっ!こらひとり…あうっ!」

 

お、覚えてなさい!ウチへ帰ったら百倍にして返してやる!

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「…で、何か申し開きは?」

「………す、すみません…」

…何故こうなっているか、まるで記憶に無い。でも取り敢えず謝ってみる。

 

現在、素っ裸のままベッドの下で土下座中。郁ちゃんはこれまた素っ裸でベッドの縁に腰掛け、腕と足を組んでわたしを見下ろしている。いつぞや見た風景。

…あぁ…朝の光が眩しいな。裸のままの郁ちゃんの後ろから光が当たってまるで…後光の差した女神様のよう。

「…関係無い事考えてるでしょ」

ぐふぅっ!やっぱりこの人はエスパー…

「はぁ、まあ良いわ。まるで記憶の無い人に説明を求めても無理だものね」

…いえ、お酒を飲む前までの記憶はあるんです。ただ…言えないだけで…

「また他の事考えてる。…もうシャワー浴びよ。ひとりちゃんもすぐいらっしゃい」

ガウンだけを掴んで、郁ちゃんはペタペタとお風呂場へ向かった。

姿が見えなくなってから、土下座を解く。そして自分の身体を見下ろし…あぁ、またやられたな。

そこには無数の郁ちゃんの跡。そしてもの凄い倦怠感。

ぼんやり覚えてるのは、何故佐々木さんと居たのかと問われ「親友になった」と伝えた(多分)辺りからか。郁ちゃんの眼の色が変わり、明らかに暴走状態になってしまった事。そしてわたしは蹂躙された。

 

横座りのまま、ペタリと床にへたり込む。部屋は暖房が効いているけどフローリングは冷たい。身体に張り付くようだ。もういっそ、このまま床と同化して…「ひとりちゃん、早くいらっしゃい!早く来ないとどうなるかな〜!」

「あ、はいーーーっ!」

ウチの女神様には勝てず、よろばいながらお風呂場まで向かった。これ以上精力を抜かれると塵になる…

 

結局、早く行ってもどうにかされた…

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「リョウさん、どうしましょうか…」

 

現在スターリー。虹夏ちゃんと郁ちゃんは打ち合わせの為、ストレイビートの事務所へ行っている。事務手続きはあの二人が向かえば何の問題も無く、わたしとリョウさんはお店で待機(という名のあぶれ者)。

そこでリョウさんに相談する事にした。

 

「どうって、どうしたいのさ」

音楽雑誌を捲りながら答える。せめてこっち向いて下さい。

「わたしとしては…ロマンチックな場所で…」

「それ、ぼっちが成功すると思う?」

即答。

…そりゃあ、わたしですから。妄想の中ではデカいシャンデリアが吊るしてある大きなパーティー会場で、皆が踊っている所を外れて夜風が当たるベランダなんかで膝まづきながら…

「多分今の妄想、的外れ」

…心を読まないで下さい。

「じゃ、じゃあどうすれば?」

そこでリョウさんはやっと雑誌から視線を外し、顎に手を当ててうーんと唸り始めた。

「…そうだね…場所は、パリピの巣窟だ。皆でウェイウェイやってるような所。そんな所で彼女はテキーラをやっつけながら踊り狂っている。そこに迫るヤカラの魔の手!そんな時に颯爽と現れるのが…ぼっちだ!」

「…おお!」

「ヤカラ連中をギターでポムッと打ち倒し、泣き崩れる彼女の手を掴み…後は解るよね」

「そ、その場から抜け出すんですね!」

「…いや、その場で押し倒す」

「………」

「………」

「…喉、渇きましたね」

「…そうだね」

 

やっぱりこの人に聞いたのが間違いだった。

 

 

「あ、あの…虹夏ちゃん」

「ん?ぼっちちゃん、何かな?」

帰って来た虹夏ちゃんが一人になるタイミングで声を掛けた。

取り敢えず経緯を説明、そして「その場面」へのアドバイスを貰おうとする。

「…う〜ん、そうだねぇ。…そいえばさ、これでもう身を固める決意をした、って事だよね」

「あ、はい。もうこの後、そんな機会も考え付かないので。何よりわたしのオ、オンリーワン…ですから」

「あはは。ぼっちちゃん、顔真っ赤。…そうするとさ、相手としてもその後の人生設計が気になる訳だよね」

「…確かに」

そうだ。わたしだけが盛り上がって終わり…なんて都合が良過ぎる。何よりこれは、相手が居て成立する事。

わ、わたしが引っ張って行くくらいの気概を持たないといけない!

「そうすると、だ。まず、ぼっちちゃんがどれだけ将来のビジョンを持っているかがキモだよ!シチュエーションだの雰囲気だのはそれから!」

「そ、そうですかね?」

「そうだよ!なまじっかビジョンも持てないロクデナシなんて相手にもされないよ?」

腕を組みウンウンと一人納得する虹夏ちゃん。…まるで誰かを想定してるような。

「だからさ、まず生活能力、自らの性分…あ、これは夜遊びしないかとか金遣いが荒いかとかね…そして将来設計への明確な考え!これをレポート用紙10枚位に纏めて…」

 

虹夏ちゃん。話が明後日の方向にぶっ飛んでますよ?

 

 

わたしは今、途方に暮れています。まるで「ひとりぼっち東京」…

まあ、繋いだ手の先には郁ちゃんが居るんだけど…しあわせ。

いやいや!そんな場合じゃなく!もうすぐ指輪が出来てくるんだ!それまでにプランを20は考えておかないと!

「…ひとりちゃん」

「……………」

「ひとりちゃん…」

「…………………」

「………うっ…ううっ………」

「………えっ!ぅえっ!!!、な、何で泣いてるんですか!?」

やらかした!?誰が?…わたししか居ないじゃないか!…え?何を?いや、解らなくても何かをやってるに違いない!だってわたしだから!

「い、郁ちゃん!泣かないで!ごめんなさい!とにかくごめんなさい!」

もう必死だ!ギターで切腹なんてバカな事言ってる場合じゃない!

「郁ちゃん泣かないで!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

包み込むように抱き締める。もう、それしか出来ない。

日も暮れて辺りは薄闇が支配する。でもわたし達は通りでかなり目立つ存在だった。

人通りも少なくは無い。通行人がわたし達を避けるように通り過ぎる。こちらを注目する人間もかなり居そう。

でも…

 

………他人なんか知った事か!

今目の前で泣いてる、この一番大切な人。この人の悲しみを取り除いてあげたい。例えわたしのせいだとしても。

「郁ちゃん、泣かないで下さい。泣か…ないで!わたしがした事だったなら、謝るから!だから…泣かないで…」

周囲から郁ちゃんを隠す為、トレンチコートで身体を包み込む。郁ちゃんはわたしの胸にすっぽりと収まった。

 

「…ひとりちゃん」

 

「はい…」

 

「好きだよ。大好き」

 

「わたしもです。大好き」

 

「…なら」

 

「…はい」

 

「…何を隠してるか、言って」

 

「………」

 

「ここの所、何か落ち着かない感じなの…解ってたの。さっきも虹夏さんに何かを相談してたでしょ?そうすると、よりひとりちゃんに近しいリョウさんにも何か相談してるわよね。………私には相談、してくれないの?…私だから、相談…出来ないの?」

わたしの胸に顔を埋めながら、消え入りそうな声で話し掛けてくる。

「ねぇひとりちゃん、何か…言ってよ」

 

つい、歯を食い縛る。

わたしが隠していたせいで、悲しませている。何を間違ったのか。いつ、どう間違ったのか。そもそも、悲しませてまでやる事か。

…でも、でもね…郁ちゃん。わたしは意気地無しなんだよ。郁ちゃんも良く知ってるよね。でも、郁ちゃん以上にわたしがわたしをダメなヤツって知ってる。だから切っ掛けが欲しいんだ。崖の上に立って後退り出来ないくらいの切っ掛けが。

だからお願い。お願いします。もう少しだけ待ってて下さい。

 

「郁ちゃん。わたしにとっての貴女は、何よりも大切な存在です。わたしの存在なんか、簡単に掛けられるくらいの。だから…だからこそ、もう少しだけ待ってて下さい。お願いします。あと…少しだけ」

「………」

「その時に、必ず答えを出します。だから…待ってて。…今はこれだけしか…言えません」

 

「あと…すこしだけ…」

郁ちゃんはまるで幼な子みたいな言葉使いで繰り返す。

それから顔を上げ、わたしと向き合う。

「…うん。わかった」

潤んで揺れるその瞳。

わたしは答えの変わりに、強く抱き締めた。

 

 

傍から見てる人は言うだろう。

「もう結果は出てるだろ?わざわざ気取ったようなやり方なんかしなくてもさ」

って。

…うるさい!うるさいうるさい!

お前らに何が解る!?

未来が見えるのか!?

もし結果が違ったとして、その確定した未来を変える力があるのか!?

それとも酷い未来を嘲笑いたいだけなのか!?

わたしは…意気地無しなんだよ!陰キャでヘタレで決断出来なくてウジウジしててミジンコでプランクトンで…とにかく!ダメなヤツなんだよ!

ご立派な人達とは違うんだ!

自ら逃げられない状況を作らないと…決断も出来ないんだよ…

怖いんだよ。もしも拒否されたらって想像しちゃうのが、さ。

確定した未来なんか無いんだよ。想像で事実を上書きなんか出来ないんだよ。

常にネガティブで生きて来て、バラ色の妄想は出来るけど幸せな想像なんか出来なかった。

だって、わたしだから。

後藤ひとりはそう言う生き物なんだよ。

だから…助けて。

わたしを助けて…わたし。

 

 

その晩は、歌詞制作と言う名目で自室に籠もり、一睡も出来なかった。

水を飲もうとリビングに出ると、隣の部屋のドアから泣き声が聞こえた。

 

最低だ、わたし。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「はぁ…」

「………」

「はぁぁぁ…」

「……………」

「はぁぁ「ああ!もう鬱陶しいわね!」」

目の前の赤髪女はハイボールの大ジョッキを掴んだまま、ひたすら陰鬱な雰囲気を纏っている。というか振り撒いている。

「私悲しいんです」オーラ全開。何で私がこんなのに付き合っていなくちゃいけないの!?

焼き鳥を齧りながらウーロン茶を干す。コレに付き合っているなら私もお酒飲みたいくらいだけど、運転して来てるから飲んで自我を飛ばす事も叶わず。

俯いたままの赤髪がひと言、ポツリと。

「…ひとりちゃんが…」

「…何よ」

「…ずっと、隠し事してるんですよぉ」

やっぱり後藤ひとりの事ね。まぁ、この娘にはそれ以外の事は想像付かない。

「ねぇ、大槻さん。何か聞いてないですか!?」

がばりと顔を上げ、真剣な目を向けてくる。

「部外者の私が知る筈無いでしょ。それなら虹夏か山田リョウに聞きなさいよ」

そう伝えると、また顔を伏せってしまう。

「…2人共何も教えてくれないんです。聞いてもはぐらかされて。それって逆に、何か知ってるって事ですよね!」

三分の一程残っていたハイボールを、ぐいと飲み干す。その勢いでまた同じものを注文する。私はコーラにした。

それを聞いた赤髪ーー喜多郁代は

「コーラ…ひとりちゃん…うぅ…」

…もう誰か何とかして!?

 

 

何故こんな状況になっているのか。

それは、喜多郁代が新宿FOLTに現れた時始まった。

何でもスターリーに知り合いから大量のリンゴが送られて来たとかで、とても処理しきれないから銀次郎店長に持って行ってあげて…と星歌店長にお使いを頼まれて来店。その時たまたまFOLTに居た私と顔を合わせた。

「あら…後藤ひとりと一緒じゃ無いの?」

何気無く聞いたそんなひと言がトリガーになろうとは…

だって、この娘達いつも一緒に居るじゃない!別に、常に後藤ひとりを意識してるとかそんなんじゃ無く!

ただ私のその言葉を聞いた喜多郁代の変化は劇的なもので。

いつもの張り付いた笑顔が抜け落ち、俯いたと思ったら途端に啜り泣き始める。

「…うっ………うえっ………」

「ちょっとぉー!何で泣くのよ!?」

銀次郎店長に「ヨヨコちゃん、何したの?」って疑われるし!その場に居た堪れなくなった私は、喜多郁代を自分の車に乗せて逃げるようにその場を去った。

それで、現在居酒屋で痛飲する喜多郁代に付き合っている。

…今日の占い、3位だったのにな…厄日だわ。

 

「それでどうするの?」

「どうって…どうしたら良いのか」

眉尻を下げ、途方に暮れる喜多郁代。…本当は薄っすらと事情は解っている。

 

 

それは2日前。突然後藤ひとりから電話が来た。え!?何で?と慌てて通話にする。

『………あの……………お、大槻さんのお宅でしょうかっ!?後藤ひとりと申しますがヨヨコさんをお願いしますっ!』

…何言ってるの?この子。

「私のスマホなんだから本人が出るに決まってるでしょ!?」

もし自宅に掛かって来ても私しか居ないし。後藤ひとりは『あ、そっか』と呟いた後、何も言わなくなる。

「…何か言いなさいよ。用事があるから掛けて来たんでしょ?」

『…はい』

「………」

『………』

「あのねぇ『あのっ!』」

言葉が被ってしまった。

『……………』

「言いなさいよ。聞いてあげるわ」

なるべく穏やかな声で応える。

『………あの、告白って、どうすれば良いですか、ね?』

「……………は?」

…誰に?とも誰が?とも聞かなかった。そんな事、解りきっている。

「そもそも、もう貴女達付き合ってるでしょ?今更告白も何も無いでしょうに」

『や…それは…あれ?告白?通告?通達?…な、何か間違ってます?…あれ?』

「貴女のボケに付き合ってる暇は無いのよ。「プロポーズ」じゃ無いの?」

するとスピーカーの向こうで『え!?』と言う驚き。

『…だ、だって!プロポーズって異性同士がする事じゃ!?同性だと婚姻届けも出せないし、法律も無いんですよ!?どうすれば良いんですか!?なんて言えば!?』

「私に聞かないで!…例え法律が無かろうが届けを出せなかろうが、プロポーズで良いじゃないの」

『…良いんですか!?』

その余りに必死な気配を感じて、思わず苦笑する。

「良いんじゃない?周りがどう言おうが、国がどう考えようが…貴女達2人の問題…でしょ?」

『…確かに』

「ね?」

電波の向こうでホッとしたような吐息。

「好きにやんなさい。それが私達の「ロック」よ!」

息を呑み、それから少しの涙声で

『…あ、ありがとうございます。やっぱり貴女は凄い人です。とても格好良い。わたしの憧れ…です』

と。

「な、何言ってるのよ!それで相談は!?」

『あ、もう大丈夫です。充分背中を押して貰えました』

つまりは、誰かに背中を押して貰いたかった。肯定して欲しかった。間違いじゃ無いって、言って欲しかったのか。

 

「ねぇ、後藤ひとり。間違ってたって良いじゃない。それを詞にして音にして…そうして私達は吠え続けるの。そうして「負け犬の遠吠え」を叫び続けるのよ。それが私達の目指す「ロック」じゃない?」

『………はい!やっぱり貴女はわたしの憧れ…です。ありがとうございました』

 

そうして通話は切れた。

 

横に置いてある鏡を何とは無しに見ると、顔を赤らめ微笑む「大槻ヨヨコ」の顔。ガラにも無い事言っちゃったわね。

 

とにかく…がんばんなさい。

 

 

「うぇぇ…」

本格的に泣き始めてしまった喜多郁代。…どうしよう。

「あ、あのさ「あのっ!」」

声が被る。

「…どうぞ」

手を差し出す。

「大槻さん!どうかひとりちゃんに聞き…」

そこで着信音。私のじゃ無い。喜多郁代ははっとして自分のバッグからスマホを取り出し…そのまま固まった。多分着信音の時点で誰からか解っていたのだろう。

「…大槻さん、出てくれます?」

スマホをテーブルに置いて、ツイッと差し出してくる。

「貴女が出なさいよ」

「…怖い」

「でも、貴女が出なきゃいけないわよ?」

「でも」

押し問答して程無く、着信が切れた。

「「あ…」」

この世の終わりのような表情でスマホを回収しようとすると、また着信。

「あっ!」

スマホをお手玉した後がっしりと握り、私に視線を向ける。

私はしっかりと頷いてあげる。

恐る恐るスワイプ。スマホを耳に当てる。

「…もしもし、ひとりちゃん?」

相手の言葉に「うん、うん」と幾つか頷き、そっと通話を切った。

「何だって?」

「…この後、お台場の海浜公園まで来て欲しい…って」

決戦はそこを選んだのか。まあ、ヘンに煌びやかな場所よりもあの子らしいわね。

「…それで、大槻さん…」

「解ったわよ!乗せてってあげるわよ!」

「あ、ありがとうございます!」

もう乗り掛かった船よ!巻き込まれたとも言うけど。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「…さむ」

やっぱり海岸線は寒いな。…もうロンドンから帰って来て2年近くかぁ…向こうに居た時は、毎日が刺激的だったなぁ。

いまだにトーストサンドは美味しいし(郁ちゃんは嫌がるけど)、イライザさんのお母さんが作ってくれた地元料理も美味しかった。…でも何より、お金が無い中郁ちゃんが工夫を凝らして作ってくれた料理は最高だった。

その頃から…いや、その前からずうっと世話になりっぱなしだったな。

思えば高校の頃からか。最初に声を掛けたのはわたしだけど(あれが声を掛けた内に入るのなら)、そこで知り合ってから…ずうっとわたしを気に掛けてくれていた。

ずうっと、わたしの隣に居てくれた。あの活動的で誰からも好かれる人が。陰キャでじめじめしたわたしの隣りに。

そしていつしかわたしに入り込んで来てくれた。暗闇で蹲っているわたしに、光差す方向から手を差し伸べてくれて。

引っ張り上げてくれて。抱き締めてくれて。もう一人にはさせないわよ!って、言ってくれて。

 

ギターを除けば、わたしの全部は郁ちゃんだった。わたしの心も、身体も、何処を探しても郁ちゃんが居る。わたしの細胞全てに郁ちゃんが刻まれている。

 

融合出来ないのがもどかしいくらい、郁ちゃんが…刻まれている。

 

 

 

もう完全に日も落ち、マジックアワーも過ぎて。水平線の向こうに薄っすらと紫が残っている。

そんな時間。

ソレは、唐突に現れて。

車が駐車場に入って来る音。ドアが開き…閉まる。そして堤防を隔てたこちら側に歩いて来る、足音。

…来た。丁度時間だし、こんな寒空に砂浜へ歩いて来る人なんか他に居ないだろう。

怖くなって、俯いて目を力一杯閉じる。

足音が近付いてくる!

怖い!

怖い!

怖いよ!目が開けられない…でも!

足音がわたしの目前で止まる。そして…ひと言

「…あの…」

 

ここだ!この先は言わせない!

 

 

 

「わ、わた、わたしとっ!結婚…してくださいっ!」

 

 

「…え?…私?…ええ!?嘘よね!?勘違いしてるわ!」

思わぬ反応に、びくりと身が竦む。…え?やっぱり貴女は想像もして無かったの!?

…泣きそうだ。たった今、わたしの想いは破れた。もう終わっちゃった。…後藤ひとり、ジ・エンド。

このまま台場の海に身を投げよう。こんなわたしがのうのうと生きていられない。生きてちゃいけない!

わたしの何処を探しても郁ちゃんが居るというのなら、その本人に拒絶されたら…わたしには何も無い!

薄っぺらでスカスカなこんなわたしが、行きていて良い筈が無いんだ!

ごめんなさい、ありがとう…と聞こえるか解らない言葉を残し、目を瞑ったまま海の方へ。

あぁ…このまま海の一部へと…

 

「ちょっ!ちょっと待って!」

 

…もう待てないよ。貴女の今後の幸せの為にも、待っちゃいけないんだよ。

ありがとう。ちょっと短いけど、最高の人生だったよ。

貴女のお陰で、人生の後半は素晴らしい彩りを得られたんだ。何事にも代えられない、そんな最高に素敵な思い出。

ちょっとだけ先に逝くね。わたしの事はどうかすぐに忘れて下さい。そして貴女が年老いて、孫や曾孫達に囲まれて天寿を全うする時に、少しだけ…ほんの少しだけ…思い出してくれたら、嬉しいな。

わたしは貴女の事を…ずっと…ずっとずうっと…想っているから。

虹夏ちゃん、リョウさん。ごめんね。貴女達ならすぐに凄いギタリスト見付けられるよね。恐らくわたしの時よりも凄いバンドになるから。黄泉の向こうから応援してます。

店長さん、ごめんなさい。折角背中を押して貰ってロンドンにまで行ったのに、こんな結果になって。全てわたしが弱いのが悪いんです。スターリーをちょっとだけ有名に出来たのがささやかなお礼…になったかな。

廣井お姉さん、ごめんなさい。わたしには夢があったんです。いつかアリーナでライブを演って、その時にシクハックをゲストで呼んで一緒に演奏したかった。あなたは凄い人なんです。それを世間に解らせたかった。

ロンドンの皆、ごめんなさい。皆わたしに良くしてくれて。けど、未だ碌に恩返しも出来なくて。出来れば27歳までは生きたかったけど、もうダメみたいです。

お父さん、お母さん、ごめん。先に逝っちゃって。逆縁になっちゃうけど、ふたりはわたしよりも全然しっかりしてるから大丈夫だよね。

ふたり、君はわたしと違って望めば何にでもなれるから。だから…常に未来を見てて下さい。

 

皆、さようなら…

あと数歩で入水する、その時。

 

 

 

「待ちなさい!後藤ひとり!」

 

 

………ん?

今…「ゴトウヒトリ」って、言われた…?

誰…?わたし…?

え?………わたしをフルネームで呼ぶ人、一人しか知らない。

 

こわごわと目を開け、振り向く。…と。

 

「…え!?」

「え?」

 

街灯に照らされたその顔は…

「大槻さん…何で?」

「え、いや…何でって…」

頭の中ははてなマークで一杯で。郁ちゃんは実は大槻さんだった!?そんなバカな!?

 

そこに、離れた所から叫び声。

「ひとりちゃんの浮気者ぉ〜っ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

愛車のレンジローバーをお台場まで走らせる。

「喜多郁代。絶対悪い事にはならないわ」

助手席に座る赤髪は、これ以上無い程しょんぼりとしていた。

「…解らないじゃないですか。あのひとりちゃんがわざわざ呼び出すなんて、間違い無く悪い事ですよ…最悪、別れ話とか…」

そうじゃ無いと知っていても、それを口には出来ない。

「…そうか!他に良い人が出来たんだ。だから私を傷付けまいと今迄悩んで…」

解ったわ!みたいな顔してトンチキな事を宣う。

 

…誰かこの子何とかして。

しかし、常に一緒に居ると性格まで似てくるってホントね。完全に後藤ひとりのネガティブさに引っ張られてるわ。

 

 

程無くして、海岸線の駐車場に着いた。

「この先ね」

「…あの…大槻さん…」

「何よ」

もごもごと言い淀んでいる。これ、後藤ひとりが見たら「可愛くて死にそう」なんて言うんでしょうね。

そもそも傍から見たらどう見ても「救いようの無いバカップル」なのよ、貴女達。別れるなんて有り得ないでしょ。

 

「先に行ってひとりちゃんの様子を…」

「嫌よ」

即答。喜多郁代は目を丸くして訴えてくる。

「そんな!ひとりちゃんが新しい彼女を連れて、「あ、これ今カノ。もう背中の羽根も入れて貰ってるから。これからはこの娘と飛ぶから。それじゃ、ヨロ」なんて言われたら立ち直れないですよ!」

 

…この子、バカなの!?バカなのね!そんな事ある訳無いじゃない!

…もう色々と面倒臭くなってきた。

「わかったわよ」

取り敢えず後藤ひとりに説明して、早急に解決して貰おう。

「あ、ありがとうございます!」

そんなお礼を背中に受け、車を降りた。

 

 

あ、あれね。

海を見ながら佇んでいる後藤ひとり。足音に気が付いたのかこちらを向く。…何故か力一杯目を閉じて。

もうさっさと済ましてしまおう。

「…あの…」

後藤ひとり、喜多郁代を何とかして?…と言おうとしたら、私に向かって

 

「わ、わた、わたしとっ!結婚…してくださいっ!」

 

…え?何言ってるの!?私じゃ無いでしょ!

「…え?…私?…ええ!?嘘よね!?勘違いしてるわ!」

ちゃんと誰か見なさいよ!

バツが悪くて思わず車の方向を見てしまう。喜多郁代は…聞いて無いわよね。シチュエーション的にはどう考えても勘違いだって解るけど、今の喜多郁代だったら明後日の方向に受け取りかねない。

どうして私がこんなおかしな事に巻き込まれるの!?

私の言葉を受けてか、プルプルと震え出す後藤ひとり。

あ、ヤバい。ここにも勘違いメーカーが居るんだ。だから目を開けなさいって!

そして何を思ったのか、ごめんなさい、ありがとう…と呟いた後背を向けて歩き出す。まだ目を開けてないのか時折躓きながら。

やっぱり勘違いしてる!

「ちょっ!ちょっと待って!」

それでも止まらず、よろよろと海に向かって歩き続ける。何かブツブツ呟きながら。

とにかく私を「大槻ヨヨコ」だと認識させないと!あー何で私がこんな羽目に!

 

「待ちなさい!後藤ひとり!」

 

そこで初めてピタリと足を止める。

そして振り向いて、やっと目を開け…

「…え!?」

「え?」

思わず反応してしまった。…でも、これでやっと話が進む…と思ったのも束の間

「ひとりちゃんの浮気者ぉ〜っ!」

何ともバッドなタイミングで喜多郁代が現れた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

ひとりちゃん…ひとりちゃんひとりちゃんひとりちゃん!

様子を見に行こうにも怖くて、かといってここで待ってるのも不安で…

深呼吸を1つ。足りなくてもう1つ。もう1つ…1つ…1つ………

過呼吸状態でフラフラする。頭がぼんやりしてきた。

えーい、もう行ってしまえ!

よろばいながら堤防まで辿り着き、何処?と見回すとすぐに2人を見付ける。ひとりちゃんの顔を見れたのが嬉しくてすぐさま近寄ろうとすると

「わ、わた、わたしとっ!結婚…してくださいっ!」

と叫び声。

………え。ひとりちゃんの目の前に居るのは、大槻さん…だよね…本命は大槻さん!?………うそ…

 

 

……はぁっ!気を失っちゃった!余りに衝撃で…でも本命が大槻さんなら、私は寝取られた相手にずっと相談していた事になる。

なんて…なんて間抜けなの、喜多郁代!

敵に塩を送ってたって事よ!?散々醜態を晒して…大槻さん、面白かったでしょうね!前カノに泣き付かれて。

本命としては余裕だったんでしょうね!大笑いだわ!

 

「待ちなさい!後藤ひとり!」

そんな大槻さんの叫びで我に返る。

…もう、もう取り返せないの?あの日々を!

それなら、それならひと言だけ言ってやる!

 

「ひとりちゃんの浮気者ぉ〜っ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

もうワケが解らない。何がどうしてどうなった!?

郁ちゃんにプロポーズしたら大槻さんで、大槻さんと見合わせてたら郁ちゃんに罵られた。そしてまた大槻さんを見たら「貴女のせいよ!」みたいな顔をされた。更に今、ズンズンと郁ちゃんが鼻息荒く向かって来ている。

 

…え、これわたしのせいなの!?逃げちゃダメかな。ダメだよね。正直、爆発したい。

オタオタしていると郁ちゃんに胸ぐらを掴まれる。そして至近距離で糾弾される。

「ひとりちゃん、どういう事なの!?私とは遊びだったの!?愛してるって、大切だって言ってくれたのは全部カモフラージュなの!?自分では上手くやってるつもりだったの!?いつ心が離れて行っちゃったの!?もしかしてロンドンに行く前からなの!?もう私の事はどうでも良いの!?ねえ答えて!ホントに私をムグッ…」

 

口を塞いだ。わたしの口で。

 

その勢いで抱き締める。強く。郁ちゃんが拳を握りドンドンと肩を叩いてくるけど、知った事か。

その内に叩く力も弱くなり、腕をダランと垂らす。それでも抱き締める力は弱めず、更に深くキスを交わす。

それこそ食い付くようなキス。

ずっと郁ちゃんの瞳を見ていた。若草色の綺麗な瞳を。

その瞳も瞼に隠れ、そして郁ちゃんはわたしの背中に腕を回してきた。

 

どれくらいそのまま居ただろうか。

完全に力の抜け切った郁ちゃんは、もうされるがままで。

大丈夫かな?…と舌を挿し込む…と。

ガリッと。

「いひゃあっ!」

噛まれた。

驚いた隙に郁ちゃんが離れる。そして乾いた破裂音が辺りに響いた。

 

叩かれた…郁ちゃんに………初めて

 

余りのショックに硬直する。数秒してから左頬を押さえた。頬が熱い。よろよろと後退ると、砂に足を取られて尻餅をつく。

バシャリ!

すぐ水際に立っていたので、お尻から足まで水に浸かってしまう。でも、そんな事も気にならない程衝撃を受けていた。

郁ちゃんは自分の右手を押さえ、動揺した表情を見せながらも

 

「さよならっ!」

 

踵を返して去って行こうとする。

あ…郁ちゃんが…郁ちゃんが行ってしまう!行って、しまう!

手を伸ばすけど届く筈も無く、呆然としながら見ているしか無くて。

 

そんな時、大槻さんが郁ちゃんの前に立ち塞がった。

「待ちなさい!喜多郁代!」

郁ちゃんの右腕を掴んで離さない。

「離してっ!大槻さんっ!」

イヤイヤと全身で拒否をする郁ちゃん。そこに

パンッ!

破裂音。唖然とした郁ちゃんが数秒経って左手で頬を押さえる。

 

「落ち着きなさい、喜多郁代!事実を確かめずに逃げるの!?」

 

毅然とした態度で郁ちゃんに向き合う大槻さん。郁ちゃんも唖然としたまま大槻さんに目を向ける。

「事実って…ひとりちゃんが大槻さんにプロポーズしたのが事実でしょ!?」

「だから!都合良く悲劇のヒロインを気取るんじゃないわよ!」

「他に何があるの!?目に見えない事実なんか知らない!解らない!」

「…だったら!」

郁ちゃんをくるりと反転させて、わたしの前まで連れてくる。そして

ドン!

郁ちゃんを突き飛ばした。そのままわたしの上に重なるように倒れ込み…一緒に水の中へ。

郁ちゃんは何をされたのかまだ理解出来ず、呆然としたまま。

「…貴女達は、やっぱりお似合いよ」

大槻さんは、そうひと言。大槻さんを見上げる。そして、頭を下げる。

「…フン」

大槻さんはそのまま去って行った。

ありがとう、大槻さん。わざわざ憎まれ役になってまで話をする機会を作ってくれて。このお礼は必ず。

 

わたしの上で俯いたままの郁ちゃん。今度は逃げられないように、しっかりと抱き留める。郁ちゃんも、もう抵抗はしなかった。

 

「郁ちゃん…聞いて下さい」

「………」

「最初に人が来た時、貴女だと思った。わたし何かを決断する時、目を開けて居られないの…知ってますよね」

「………」

「それで、郁ちゃん来てくれた…って思って。もう緊張して…舞い上がって…やっと伝えられるって」

「………」

「そして…一世一代の告白ってヤツをしてみて。でも拒否されて。郁ちゃんに拒否されたらもう生きて居られないと思って。そのまま海に沈もうとして、けど引き留められて。そうして目を開けたら、目の前に郁ちゃんが居なくって。大槻さんが立ってて。それでもう、頭の中が真っ白になっちゃって。何がどうなってるのか解らなくて。そうしたら別の場所で郁ちゃんが叫んでて。そこで、あ…わたし何か失敗したんだ、って思って」

「………」

「だから…郁ちゃん。ごめんなさい。わたしが失敗したせいで。わたしが黙ってたせいで。わたしが惑わせちゃったせいで。郁ちゃんに要らない心配を掛けちゃって。…だから、ごめんなさい」

 

強く抱き締める。何処にも行かないように。誰にも連れて行かれないように。

静かに、とても静かに時は進んで行く。聴こえるのは波が打ち寄せる音だけ。遠くで汽笛の音がした。これから何処へ向かうんだろう。

 

 

「………それじゃあ」

「…ん?」

やっと郁ちゃんが話し始めてくれた。わたしの大好きな綺麗な声で。

「それじゃあ、言って?…もう一度、私に向かって…ちゃんと言ってよ」

腕を背中に回してくる。晩秋の夜、水に浸かった身体にその回された腕だけがとても暖かい。気持ちが背中から流れ込んでくるような。

 

 

「郁ちゃん。喜多、郁代さん。わたしは初めて貴女を見た時から惹かれていました。でもこんなキラキラした人、わたしには不釣り合いだと避けていた事もありました。ただ…貴女はただキラキラしただけの人じゃ無かった。陰で努力して、悔しがって、平凡な自分には何も無いと落ち込んで…それでもめげずにまた努力して。そんな貴女に、こんなわたしは不相応な想いをずっと持ち続けて。それは次第に大きくなって。貴女が近付いてくれればくれる程抑え切れなくなって。…そして、貴女と恋人になれて。郁ちゃん。わたしがどれだけ嬉しかったか想像出来ないでしょ。死ぬ程嬉しかったんだ。本当に、今ここで死んでも後悔なんか一切無い!って言い切れるくらい、わたし…嬉しかったんだよ?だからね、その先はもうオマケなんだって思ってた。郁ちゃんと気持ちを通じ合えた、そんな最大の嬉しさを経験して…後はボーナスステージみたいなもんだと思ってた。これで神様も打ち止めだろうって。けど、貴女と触れ合うたび、貴女と言葉を交わすたび、貴女と一緒に行動するたびに…嬉しさが、幸せがどんどん上乗せされるんだ。それはもう怖いくらいの。わたしがこんなに貰っちゃって良いのかなと思うくらい。けど郁ちゃんは言うんだ。「まだまだこれからよ!」って。わたしを更に幸せにしてくれようとするんだ。何も無い…何も出来ないわたしを。そうすると郁ちゃんは言うよね。「私も幸せなの」って。「一緒に幸せになろう」って。………だか、ら………だから、ね……………」

もう、自分でも何を言ってるのか解らない。ただ、想いが溢れて。溢れて溢れて、止め処無い。感情がコントロール出来ない。涙が溢れて止まらない。

郁ちゃんが頭を撫でてくれる。聞いてるよって、言ってくれてるみたい。

 

「だから、ね………郁ちゃん…喜多郁代さん。わたしとずっと一緒に居て下さい。離れないで下さい。どっちかが死ぬ迄…死んでからも、ずっとずっと、ずうっと一緒に居て下さい。あいしてます。こんな言葉じゃ足りない位…あいしてます。貴女はわたしの全部。全部なんだ。だから…わたしも貴女の全部になりたい。………結婚、して下さい」

ポケットから小さな包みを出す。すでに包装は破れかけて、海水にも濡れてくしゃくしゃだ。

それを乱雑に破いて、出て来たのは手触りの良い小さな小箱。その蓋を厳かに開ける。

中にはシンプルなプラチナリング。ただ意匠に、小粒な2つの宝石が嵌まっている。

ピンクダイヤとルビー。ルビーは最高級のピジョンブラッド。片方のリングはルビーの方が大きくて、もう片方はピンクダイヤの方が大きい。ただ2つのリングに共通するのは、どちらも宝石同士が線で繋がっている事。

斜めに配された2つの宝石を繋ぐ線、郁ちゃんなら意味を解ってくれる。

「綺麗。…星座、なのね」

そう、それは2つだけの星座。離れる事の無い線で繋がれた、最小単位の星座。

「ねえ、嵌めて?」

郁ちゃんが手を差し出す。左手を。迷わずわたしは薬指に差し入れた。

「…ひとりちゃんも」

郁ちゃんがもう1つのリングを手にする。そしてわたしを見詰める。

その瞳に誘導されるように、左手を差し出す。郁ちゃんはわたしの手を取り、薬指に差し入れてくれた。

 

それは月下の浜辺、何かの儀式のようで。

 

「そう言えば」と郁ちゃん。

「まだ答え、言って無かったね」

「うん。聞きたい」

郁ちゃんはリングをひと撫でした後わたしを見詰めて

 

「ひとりちゃん。最初に会った時、ヘンな子だと思ったの。ごめんね。でも、貴女のギターに惹かれて…その内に貴女自身にも興味を持った。貴女は不器用で人見知りで、何をやるにも上手く行かないって落ち込んでて。でも、とても人を良く見てて、人の為に自分を投げ捨ててまで頑張ってくれて。高校の最初の文化祭、憶えてる?私が勝手に出演用紙を出した時、「ありがとう」って言ってくれたの。あれでどれだけ私が救われたか、解らないでしょ?あの時、それまで漠然とした私の気持ちが形になったの。あぁ…この人が好きだ、って。それからよ?とにかくこの人と一緒に居よう…一緒に歩いて行きたいって思ったの。だからね、私から離れる事は有り得ない。ひとりちゃん、貴女が何処に行こうが…それこそ他の星に行こうとも絶対に付いていく。たまに不安にさせられるのはしょうが無い。けど、離れないで。離さないで。後藤ひとりさん…貴女を、愛してる。一生。いつまでも。死ぬ迄。死んでからも。来世でも。ずっと。ずうっと」

 

お互い、熱の籠もった瞳を向け合う。自然に距離が縮んで…そして。

「「…ハクショ!」」

同時にくしゃみが出た。

「…ふ、へへ」

「あは、あはは」

 

──あはははははは!──

 

 

「…帰ろっか」

「そうですね」

ようやく立ち上がる。2人共、身体は冷え切って。でも心は熱を持って。

下半身はほぼずぶ濡れ。濡れたせいで砂まみれ。

そのまま手を繋いで歩き、駅まで。来た電車に乗り込むも、シートを濡らすと悪いので立ったまま。車内は弱く暖房が掛かってるけど、濡れた身体には余り効果が無く。それでも2人見詰め合っているとなんだか暖かくて。

しかし、やっぱり

「「ハクシュン!」」

──へへ

──あはは

──いっその事、こうしちゃいましょう──

──うん、あったかい──

郁ちゃんをドア側に立たせて、その前から抱き締める。

濡れ鼠のまま笑い合い、そのまま抱き合っている2人を乗客が奇異な目で見るが、2人は素知らぬ顔。

その2人の指には、同じ意匠のリングが光っていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「…で、何か申し開きは?」

『ご…ごべんなざい』

「喜多ちゃんがその様子って事は…ぼっちちゃんも?」

『…ばい…ぞうれず』

「…で、ミーティングはキャンセル、と。お前等、何やってた!?」

『…がいずいよぐを…ぢょっど』

「………え?海水浴!?ねぇ、バカなの!?」

『………だがら…ごべんなざいっで』

「はあ…もぉ…」

『あの…にじがざん…』

「何さ!?」

『…なんがづぐっで…』

「………あ〜、わかったわかった!行ったげるから!大人しく寝てな!」

『ありがどうございまず……』

「解ったから!じゃ、切るよ!」

 

「郁代、何だって?」

隣でスマホを弄ってたリョウが聞いてくる。余りに馬鹿馬鹿しくて答えたく無いけど…

「海水浴して風邪引いたってさ」

「…バカなの?」

お前、自分もしょっちゅうやらかす癖に…他人のやらかしは容赦無いな。

「バカだよねぇ…」

「でも、それだけじゃ無いと見た」

「あ、やっぱり?」

あの2人は、二段構えでやらかすからね。どうせ水に浸かった後、ウチに帰ってからも素っ裸でやる事やってて風邪を拗らせたんだろう。

「とにかく行ってくるよ」

「お土産ヨロ」

「…風邪で良いかい?」

「それはご免」

 

結束モービルのキーを指でクルクルと回しながら車まで。

まぁ、後輩組に頼られちゃあリーダーとしては悪くないんだけどさ。途中でスーパーに寄って…後は、薬は有るかなぁ。聞いてみるか。

 

行程を組み立てながら車を発進させる。

まぁ、たまには甘えられるのも悪か無いね。しょうが無い、ヒーローとヒロインの為に、ひと肌脱いでやるか。

 

 

そんな虹夏が、2人の指に嵌まるリングを見て驚きながらも祝福するまで…あと30分。

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