王の帰還After──王の細道──   作:サマネ

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HITORI ロストチャイルド

「ね、向こうのショップとかどうかな!」

「え〜、郁代姉…結局高そうなお店選ぶんだからー」

「お、お金ならあるから!」

「…ひとり姉…アブナイおじさんみたくなってるよ…」

 

 

今日はふたりの入学祝いを買いに、金沢八景駅程近いショッピングモールに来ていた。

高級ジュエリーショップに連れて行こうとした郁ちゃんだけど、ふたりに

「私がそんなの身に着けるの…無理」

と言われて郁ちゃんも渋々…と言った感じでここに来た。

それでもその中で高そうなお店に誘おうとする郁ちゃん。

「だって、ふたりが身に着けるのよ!?解ってる?ひとりちゃん!」

…だって。

 

わたし達も、それなりには稼げるようにはなって来た。人にちょっと高級なプレゼントを贈れる位には。

しかも実の妹。わたしと郁ちゃんにとっての大切な妹。

そりゃあ多少は張り切るよね。…郁ちゃんはちょっと…いやかなり…度が過ぎてるけど。

 

「じゃあじゃあ、向こうのお店は?可愛いのが揃ってそうよ?」

カジュアルな小物が揃ってそうなショップを指差す郁ちゃん。

「あ、良いかも…入ってみよ!」

二人で手を繋いでお店に向かって行く。郁ちゃんもいまだにそんなお店好きだよね。その2人の後を苦笑しながらわたしも付いて行こうとして…

 

「………あれ?」

今…視界の中に凄く馴染みのある色が…

そちらを向くと、上から下までピンク色の塊が、俯きながら歩いて行く。背中に背負っているのは、どう見てもギグバッグ。

「………え!?」

ピンク髪、ピンクジャージ、黒いギグバッグ…

そんな物体がわたし以外に居るの!?しかも猫背まで同じ。こっちからは顔が見えないけど…まるで足を引き摺るような歩き方と良い、覚えがあり過ぎる…

コスプレ?わたしのコスプレ!?

まるで天然記念物でも発見したかのような高揚感で郁ちゃんに話し掛ける。

「…い、郁ちゃん!あれ!あれ見て下さい!…あれ!?」

振り向いたら、郁ちゃんどころかふたりまで居ない。もうお店に入っちゃったのかとお店の方角を見る、と…目指していた筈のお店が…無い!?

新規店舗らしかったそのお店は、数秒の間に携帯ショップになっていた…

わたしの周りを通って行く少なく無いお客さんから、怪訝そうな視線を浴びる。なまじ大きな声を出してしまったので、注目を浴びてしまったようだ。…は、恥ずか死ぬ!

後で連絡入れれば良いやと二人の捜索を諦め、人の少なそうな柱の陰に逃げ込んだ。

 

「…ふぅ…」

「…はぁ…」

陰に隠れてひと息ついたら、隣からも溜息。横目で確認すると…ピンクの塊。

「…うわぁっ!」

「ひえぇぇっ!」

同時に驚いて同時に尻餅。そのピンクの塊は「スミマセンスミマセン!こんなカッコイイお姉さんの視界に入って驚かせてしまってこんなミジンコのようなわたしが!お詫びにこのギターでハラキリを!」なんて頭をめり込ませる勢いで土下座しながら懐かしい事を言った。

…そう、「懐かしい」言葉。言い方。

その子が顔を上げる。長い髪に隠れたその潤んだ空色の瞳。

…ああ、およそ数年前くらいまで毎朝毎晩洗面所の鏡に映っていた良く見た顔。………わたし!?いやいや、そんな事ある筈が無い。

でも…他人のそら似にしては顔に馴染みがあり過ぎる…

でも、このピンク色の髪。ピンクジャージ。うざったい程の長い髪から覗く瞳の色。

今のわたしは…郁ちゃんに散々咎められて目が見える位まで短くした前髪、後ろ髪は一つに縛って。格好は、いつものワークパンツにトレンチコート。

…思えば遠くに来たもんだ。

まあそれは良い。

目の前のこの子の格好。態度。言葉遣い。極めつけは今はもう使っていない「当時のわたしの」ギグバッグ。

…どう考えても…高校当時くらいの「わたし」

わたしが何も言わないからか、目の前のこの子は震え出してしまった。

「…ス、スミマセン!わたしの態度が悪いから怒ってしまったんですね!?このお詫びは幾らお支払いすれば!…あ、このお金は…妹のプレゼントのお金…」

お財布を開いたまま、更に震えが強くなる。…スマホのマナーモードみたい。

「い、いいから!お金はいいから!…妹さんへプレゼントするの?」

あ、マナーモードが切れた。震えが止まった「ひとりちゃん(仮)」は俯きながら聞かせてくれた。

「あ、はい。この間のお遊戯会で凄く頑張ったので、何かプレゼントをと。本人にも「がんばったから何かちょうだい!」って言われて」

…ふたり、前から結構図々しかったからなぁ…いや、この子が「後藤ひとり」か解らないんだけど。と言うか…そんな訳が無いんだけど。

「…取り敢えず、立とっか。周りの人が注目してるかもだから」

「…周り?…誰も居ないですよ?」

「………え?」

 

言われて、辺りを見回す。…あれ?さっき迄一杯人が歩いてたのに、今は誰も居ない…

段々と薄ら寒い感情が芽生えてくる。…お昼時の大型ショッピングモールだよ!?何で誰も歩いて無いの!?おかしくない!?

ひとりちゃん(仮)を見ると、首を傾げている。まるで「何かオカシイですか?」って問い掛けてくるように。

「と、取り敢えずそこのファーストフード店に入らない?」

そのお店を指差して、言った途端に後悔する。今でこそ郁ちゃんの教育の賜物でファーストフードくらいなら入って注文出来る程度にはなったけど、「あの頃」のわたしなら…

「え…、わ、わたし…注文とか出来ないので…そもそもお店に入るのが怖くて…」

顔が青褪めて、今にも吐きそうだ…うん。やっぱり、ね。

「大丈夫。わたしが注文するから。それと、奢らせて」

見知らぬ人に奢って頂くなんて、わたしこの後売られてしまうんじゃ…なんて不審がってるけど、お構い無しに手を掴んで歩き出す。

その掴んだ左手。今のわたし程じゃ無いけれど、それでもしっかりと練習している硬い指先。愛しい指先。その感触を懐かしむ。

どんな理屈かまるで解らないけど…やっぱりこの子は「あの時のわたし」だ。

 

まだ、バンドは組めて無いのかな。大事な人達とは巡り会えて無いのかな。…大切な、わたしの「片翼」には…話し掛けられて無いのかな。

つい感情が溢れ出そうになる。得も言われぬ感傷を引き摺りながらお店に向かった。

 

 

店内に入り、カウンターへ。

店員さんは、笑顔を浮かべている筈なんだけど…見た傍から顔の印象が消えていく。

わたし今…夢を見ているのかな。

 

「何を頼む?」

「あ、え…はい!…え〜とえ〜とあの…ストロングドナウティーキャラメルアイランドシリウススペシャル…」

「……………コーラとホットレモンティー。あとポテトを」

 

──かしこまり〜──

 

おかしな受け答えでカウンターから離れる店員さん。

カウンター内も、誰かが動いているんだけど、その誰かが解らない。人か、そうじゃ無いのか。

 

「あ、あの…」

「うん?」

おずおずとひとりちゃん(仮)が聞いてくる。両手の指をもじもじと絡ませながら。

「…何で、コーラが好きって解ったんですか?」

だって、わたしなら…ね。

「…さあ?…勘…かな。」

──おまったせ〜──

「うああっ!」

突然現れた店員さんにひとりちゃん(仮)が驚いて後ろにビョンっと跳ねた。

この状況、もうわたしの方は何があっても驚かないと思う。

 

お会計を済ませて席に移る。…やっぱりと言うか、店内には誰も居ない。

二人掛けの席に、向かい合って座る。そしてコーラとポテトを目の前に置いてあげる。

「どうぞ?」

「あ!…ありがとうございます…ポテトまで好きってバレてる…リ、リサーチ済み…やっぱりわたし、どっかに売られちゃうんだ…」

…わたしって、こんなネガティブだった!?

 

 

レモンティーを啜りながら、傍らに置いた彼女のギグバッグに視線を向ける。

「ギター、やってるの?」

聞くと、途端に目を輝かせ始める。

「あ、はい!。中学から始めて…3年目くらい…ですかね。今高1なんですけど、ずっと1人で…弾いてます」

問われたのが嬉しかったのか、ちょっとテンション高めだったのに話す内にどんどんと俯いていってしまう。…そっか。その時の「わたし」なんだ。まだ、皆と出会う前の。1番辛い思いをしていた頃の。

その俯くひとりちゃんについ聞いてしまう。

「…バンドとか、組まないの?」

「あ、え…バ、バンドは…ずっと組みたいと思ってて。でも…中学でも誰にも声、掛けられなくて。高校に入ってわたしを誰も知らない所に行って、それから心機一転…バンドメンバーを集めようとしたんですけど…やっぱり、誰にも…声…掛けられなくて…」

泣きそうになってるひとりちゃん。…解るよ。怖かったんだもんね。「わたしなんかが」って、ずっと思ってたんだもんね。

ずっと。ずうっと。独りきりで。押し入れに籠もって。電波の向こうにしか居ない聴き手だけに向けて。現実の重さに打ちひしがれそうになりながら。

 

なんて声を掛けようかと思っていると突然ガバリと顔を上げるひとりちゃん。

「あ、あの!…お姉さんも、ギター…弾いてるんですか?」

わたしのギグバッグを見ながら問い掛けてくる。常に担いでいるギグバッグ。さっき、ふたりにも怒られた。

「何で今ギターもってるの!?」って。

ふたり、これはね?常にボールを掴んでるプロ野球の投手みたいなもんなんだよ?…説得力ゼロだな。

「うん。弾いてる。…ずっと、ずっと弾いてきた。…見てみる?」

「あ、是非!」

凄い食い付きで答えてくる。

苦笑しながらギグバッグを開け、ギターを取り出して渡して上げる。

「わ、わぁ!ストラトだぁ…キレイ…あれ?これ、このデザイン。…あのスーパーギタリストの…シグネチャー!?…なんですか?」

やっぱり気付くね。だけどね?それは…ホンモノなんだよ。君が進んで行った道のその先に、彼が居たんだ。そして、親友になったんだよ。

「…そんなモンかな。良いギターだよ」

「…スミマセン!…ちょっと、弾かせて貰って良い…ですか?」

もう、声がウズウズしてる。笑いを噛み殺しながら「良いよ」って答えてあげた。

流石非現実。普段ならこんな店内でギターを弾くなんてまず実行しようと思わない。そもそもあの頃のわたしが、気軽に人様のギターを弾こうなんて行為まずしないだろう。でもわたしもこの子も、そんな事はどうでも良いと思っている。

ひとりちゃんが自らのピックを取り出す。…ああ、まだそのメーカーの0.8ミリ使ってたんだよね。そのピックだとじきに限界が来るよ。…言わないけど。

 

「わあ…弦の硬さも弦高も、凄くしっくり来る。なんでだろ」

一発ダウンストロークをして、馴染む事に気が付いたみたい。弦のゲージと弦高はこの頃にはもうソレに固まっていた。3年間で出した答え。今はもう一段上のゲージにしようか迷ってるけど、まだ答えは出していない。

 

手に馴染むのを確認して、アルペジオから弾き始める。それは段々と激しくなっていって…「その頃」の限界に近い速弾き…そしてチョーキング、タッピング、プリングを試して…最後に弦を握り締め、はぁ…と息を吐く。ひとりちゃんの息が、軽く上がっている。

…あれ?弾いてる間疑問に思わなかったけど、なんでタッピングやプリングで音出てるの?アンプもエフェクターも通してない生音なのに。て言うかギャンギャン音出てたじゃん!…え?何処から音出てたの!?

…もう何でもアリだよ。

 

 

「…ハァ…、ありがとうございました。…凄く良いギターです」

「そっか。…ありがと」

「…はい。…はい?」

テーブルに頬杖を突きながら感謝を伝える。何にお礼を言われたのか解らない様子。…当時の君が褒めてくれたのが、嬉しいんだよ。凄く。

 

「お姉さんは…バンド、組んでるんですか?」

ひとしきり落ち着いた後、聞かれる。まぁ…そりゃあ聞かれるよね。自分がそうなりたいものに興味を持つのは当然。

「うん。組んでるよ。…メンバーは、皆凄いんだ」

皆の名前とバンドの名前は出すのを躊躇した。今のこの空間がどう言う理屈か解らないけど、歴史が変わっちゃったら嫌だったので。

「…そうですか。…あ、あの…バンド、どう言う風に組んだんです、か?」

俯きながらも1番知りたいであろう事を聞いて来る。…どう言う風に…かぁ。

「う〜ん、偶然…かなぁ」

「………偶然、なんだ…」

何やら落ち込んだ様子で表情が沈んでいく。…ちょっと言い方が悪かったかな。

「出会ったのは偶然だけど、その出会いを引き寄せたのは…ギターを続けていたから…かな」

そう、わたしがギターを弾き続けていられたから、その出会いはあったんだ。偶然だけど必然…だと、思ってる。

ひとりちゃんはひとしきり悩んだ表情の後、ポツリと呟く。

「…わたし、ギターを辞めようと…思っていたんです。幾らやっても、念願のバンドを組めない。そもそも人に話し掛けられないんです。…お姉さんとこんなに話せるのは、不思議な位で。だから…結局…わたしに向いてないのかな、って…」

「ダメだよ!」

反射的に言葉が出てしまう。ひとりちゃんがビクリと肩を跳ねさせる。

「あ、ゴメンね。…ギターは続けて?まだ辛い事が続くかもしれない。けどね、きっと…絶対、良い事があるよ。…素敵なメンバーと、巡り会えるよ。お姉さんが保証するから」

「う…は、い…」

とうとう泣き出してしまったひとりちゃん。辛いよね。…辛かったよね。でもね、それを軽く覆せる位の出会いが…絶対、待ってるから。

ひとしきり泣いて…やっと泣き止んでくる。スンスンと鼻を鳴らしているけど、その瞳には、もう…絶望は宿っていない。

そっか…わたし、当時はこんな気持ちだったんだよな。ずっと独りぼっちで、ネットの中ではある程度の評価は得ていたけど…バンドを組めずにどんどん落ち込んで行って。終いにはもう、ギターなんか辞めようって思って。殆ど最後のチャンスだったんだ。あの時、あの公園で見付けて貰えなかったら…多分、いや、間違い無くギターを辞めていた。本当に最後の…チャンスだった。

あれが無ければ、郁ちゃんとも知り合って居ない。想像するだけで恐ろしい。

最早郁ちゃんの居ない人生なんて、考えられない。わたしの光。わたしの道標。わたしの…息が出来る場所。

もう、わたしと出会って居なかったら郁ちゃんは…なんて愚かな事は考えない。そんな、自分の逃げ道を探すような思考は持たない。持てない。

二人のどちらかが今際(いまわ)(きわ)になって、郁ちゃんがもしも最大限の憎しみを向けて来たとしても…甘んじて全て受け止める。もう、その覚悟は済んでる。その結果、地獄に落ちても構わない。わたしの…決して誰にも言わない決意。

 

「出会える…でしょうか…」

まだ少しの涙声で疑問を口にする。…そうだよね。わたしだもんね。中々、ポジティブな気持ちになんて…なれないよね。

「うん!大丈夫!嘘だと思うなら、これからずっと学校にギターを担いで行って?間違い無く道は開けるよ」

郁ちゃんはギターを担いでるわたしを見て、関心を示したって言ってた。そして、ギターを担いでたからこそ、あの公園での出会いがある。

ギターを担いでたから、廣井お姉さんとの繋がりも出来た。

全てはギターなんだ。わたしに人との繋がりを示してくれたのは。わたしを星座の一つとして、ステージの上に居させてくれるのは。

 

「…不思議です」

「ん?何が?」

「…お姉さんの言う事なら、信じてみようって…思っちゃうんです」

だって、わたしは君だから。君はわたしだから。君が同じ結果になるかどうかは解らない。でもね、一つだけ言えるとすると…ギターは人を繋いでくれるよ。やってて良かったって、必ず思わせてくれるよ。そんな力が、必ずあるよ。

「…へへ」

やっと君が笑ってくれた。何も含むところの無い、下手くそな笑顔で。

だからわたしも笑い返す。

「…あはは」

「えへへ」

 

君に、良い事がありますように。

 

 

「あの…最後に、ギター…聞かせて貰って良いですか?」

「…うん!喜んで!」

またギグバッグから「ケイティ」を取り出す。店内…どころか、周りに誰も居ないのを良い事に…立ち上がってギターを構える。

 

良い?これから弾く音は、君が絶対に到達出来る音なんだ。諦めずに弾いていれば、いつか同じ音を鳴らせるよ。

 

ストラップを掛ける。ピックを摘む。ケイティを軽くひと撫で。そして…

 

店内に雷鳴を轟かせる。

 

アンプを繋がない生音なのに、まるでアンプを繋いでゲインを目一杯上げたような音が響き渡る。

 

この音を憶えておいて。君に受け継いで欲しいんだ。そして、いつかは…この音を凌駕して!

「…凄い…凄い!」

興奮気味のひとりちゃん。君もそのうち同じ音を出せるよ。だから、今の君の音を聞かせて!

視線で促すと、気が付いたのか…自分のギターを取り出す。

レスポールカスタム。うん、良いギター。

さあ、付いておいで!

 

二人だけのセッションが始まる。ひとりちゃんはまだまだ拙い所もあるけど、必死に付いて来る。

ああ…楽しい。楽しいな。最高だ。神様は、わたしに最高のプレゼントをくれた。

 

満足するまで弾き倒して、二人のセッションは終わる。

「…お姉さん、凄いです!」

ひとりちゃんが賞賛をくれる。

「君も凄いよ」

ひとりちゃんを褒めると、顔を真っ赤にして照れてしまった。

「…わたしなんか、まだまだで…」

…これだけは言っておこう。

「ひとりちゃん。謙遜は、する相手にとっては毒になるんだ」

「え…、あ、はい………え?、なんで名前…」

「まだ解らないかもしれないけど…自分の心の中だけでも、自信を持って?」

突然酷い眠気が来る。思わずテーブルにへたり込んてしまう。

「え?…あの…なんでわたしの名前を…」

もう起きて居られない。自然と瞼が下がって来る。

「あの…お姉さん。お姉さんの名前は!?」

 

「…わたしの…名前、は…」

…………………

……………

………

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「…ちゃん、…とりちゃん!ひとりちゃん!?」

「………ん…」

 

…あれ?ここ…何処?

目を開けると、目の前に愛しい顔。

「…郁ちゃん。目覚めのチューは?」

「………」

 

ブチュ

 

荒々しいキスをされる。わたしの口に、郁ちゃんの人差し指が。

「も〜、何寝惚けてるの!?お店に入ったらひとりちゃんが付いて来ないから、外に出たら何処にも居ないし!何処行ったのか探しちゃったじゃない!」

頰を膨らませる郁ちゃん。…可愛い。

 

徐々に覚醒してくる。どうやらここはファーストフード店の店内らしい。

忙しなく動いている店員さんと、賑やかなお客さんの声が混じっている。

その店内の、二人掛けテーブルに突っ伏していたらしい。

 

郁ちゃんがそのテーブルの上を見て、不審そうな顔を向ける。

「…誰と居たの?」

テーブルの上を見る。わたしの方には紅茶のカップ、向かいの席にはグラスとポテトの空箱。グラスはもう氷が溶け切って、薄暗い液体が底に溜まっている。

 

…そうか。夢…じゃ無かったのか。

夢だけど、夢じゃ無かった。

思わずほくそ笑む。

「…何よ、楽しそうに。ギターまで出して。…こんな所で」

そう言われて目を向けると、ケイティがバッグから出した状態で立て掛けてあった。

「は…アハハ、アハハハハ!」

つい噴き出してしまった。やっぱり「君」とセッションしたんだ。

「ひ〜と〜り〜ちゃん!?」

頰を抓られる。あいたたた。…でもね、郁ちゃん。思わず笑っちゃう程、楽しい事があったんだよ。

そんな時。

 

「あ、ひとり姉居たー!」

騒がしい子がやって来る。

「ふたり。ひとりちゃんを怒ってやって!?いきなり消えたと思ったら、こんな所で誰かとお茶してて…しかも嬉しそうにしてるのよ!?」

「ひとり姉…まさか…浮気!?」

…どこでそんな言葉教わって来たの!?…まったく。わたしは今もこれからも、郁ちゃん一筋です!

 

 

ふと、ふたりの頭に目を遣る。

「…ふたり、そのヘアゴム…いつからしてるんだっけ?」

「話を逸らすな!…え、これ?………忘れたけど、4〜5歳位じゃない?確か…ひとり姉がくれたヤツじゃなかったっけ?何だかんだゴムだけ取っ替えて、長い間してるなぁ…」

ふたりがヘアゴムで纏めた毛を弄りながら答える。

飾りはそのままに、ゴムだけ替えてしてくれてたんだ。ひとりちゃん、ちゃんとプレゼント出来たんだね。わたしも忘れてたよ。

 

「もぅ!ひとりちゃん!?誰と居たのよ!」

プリプリ郁代さん。あぁ…この人の全ての表情が愛おしい。

あの頃のひとりちゃん。君もそのままギターを弾いていれば、こんな愛おしい人と出会えるんだよ。

 

幼い頃、遊びに誘ってくれたあの子の指を掴めなかったわたし。その頃から高校までのわたしが…全て赦された気がした。

 

「郁ちゃん。…愛してる」

「んな!?…何よ、いきなり…普段は余り言ってくれない癖に…こんな時ばっかり…」

郁ちゃん真っ赤。言いたかったんだよ。今。

 

「あーもー!そう言うのは自分ちでやって!…それで、誰と居たの?ひとり姉!」

ふたりに怒られた。

 

二人に見詰められる中、どこから話そうか考える。とても不思議でとても愉快な、多分誰にも信じて貰えないような出会いを。

 

 

 

「えーとね、実はね…」

 

 

 

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