王の帰還After──王の細道──   作:サマネ

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魔界の宴

──結束バンドに一生付いて行こうと思った──

 

…そんな事を思った時もありました。

 

 

バイトを始めて一ヶ月。

大学の授業が終わってからスターリーに向かう。

今日の業務内容は、確か…店休を利用してお昼位から機材の点検が始まって、その後移動させた機材と、ついでにその場所の清掃らしいので…その後片付けの残りに参加する予定。

基本店休の日はバイトもお休みだけど、

「明日出てくれたらバイト代はずむぞ」

と言う店長の一言で一も二も無く参加表明。

お金に余裕の無い苦学生には有り難い言葉でした。

 

そこそこ苦労はしている私。

田舎生まれの田舎育ち。両親は築数十年の瓦葺き二階家にしがみついて農業をやってる。

五つ上の姉が奔放で、高校卒業と同時に「私にはあそここそが似合う」と言う訳の分からない理由で横浜に飛び立って行ってしまった。…まあ、こんなド田舎でギャルやってるよりもマシかも。

で、就いた職がキャバクラだって。なんなの。

…そんな訳でアホな姉の無責任極まりない行動により、私には両親の異様な圧が掛かった。

曰く「勉強は全てを助ける」

お父さん、お母さん…あなた達も勉強なんかしてこなかったよね!?

…まあ良い。そのお陰で東京の大学に進学出来た訳だし。

高校まではひたすら勉強。そのせいで世俗に疎いオボコが生まれましたとさ。

娯楽なんか一切嗜まない。

歌なんて、テレビで流れてる歌謡番組を観ている両親をチラ見してた位。それが…中学の私の音楽体験。

高校受験を控え、深夜に勉強をする時間が増えるとやっと買い与えて貰ったスマホから流れる音楽に夢中になった。

amezonmusicからダウンロードする音楽が私を元気付けてくれて。

とくにハマったのは「結束バンド」!

ボッチの陰鬱で尚且つ刺さる詞にリョウの曲が載って、私を救ってくれるような…そんな歌。

間に1年位新曲発表が無かったけど、その後再開したバンドは…更にパワーアップしていた。

一番驚いたのが喜多ちゃん!

なにあれ!ボーカル入れ替わった?って位の変化…いや進化。

すっかり「推し」は喜多ちゃん!それまではリョウだったのに。

高校進学時に買って貰ったノートPCで期間限定のライブ配信も観たけど、勉強し過ぎの目にはメンバーがただ眩しく映って。

度が合わない眼鏡を恨みながら、喜多ちゃんのビジュアルを生で見るまでは写真すら見まい!と決意。

その決意のお蔭か、東京の中々のランクの大学に入れた。

そして、念願の「ナマ喜多ちゃん」を拝む為にスターリーのバイト募集に我先にと申し込んだ。

 

…つまり、何が言いたいのかと言うと。

 

「ねぇ、ひとりちゃん?喉乾いちゃった」

「あ、は、はい。…これ、どうぞ」

「…ストローも良いけど…ひとりちゃんのお口が良いなぁ」

「あ、え…え!?………1回だけですよ?」

 

「このおバカ!」

バシッと虹夏さんのハリセンが喜多ちゃんの頭に炸裂。

 

「いたぁ〜い!」

「よしよし…可哀想に」

「…ぼっちちゃんもいい加減にして」

「ひいっ!」

 

私の推しが…後藤さんの上に横抱きされた上にマウストゥマウスでジュースを強請(ねだ)り、更に虹夏さんにハリセンでフルスイングされてる。

…どう受け止めれば。

 

…私がド田舎から出てきた原動力を返して下さい。

 

…ん?今、後藤さんに見られてたような…

 

「おーい、喜多ー!」

喜多ちゃんが店長さんに呼ばれる。

「はーい!なんですか?」

「ヒマだろ?ちょっとマイクテスト頼む」

「はぁーい」

渋々後藤さんの膝から下り、ステージに向かう喜多ちゃん。…と、後藤さん。

「ぼっちちゃんはいいぞ。その後でな」

「…はい」

トボトボと戻って来る。

また椅子に座るのかと思いきや、私の前に来る後藤さん。

私の顔に近付いて、耳打ちするように

「…余り郁ちゃん見つめないで」

「…ひゃい!」

…凄まれた。

…顔が良いなあ。ちくしょう。

 

喜多ちゃんがマイクに向かって天上ボイスを響かせる。

「…て、店長!」

「ん?なんだ、ぼっちちゃん」

「ちょっとノイズ混じってますね」

「…そうか?まあぼっちちゃんが言うなら間違い無いな。おーい、接続確認してくれ!」

え?凄くクリアに響いてたと思うんだけど…後藤さん、耳良いなぁ。…喜多ちゃんにはデレデレだけど。

「…郁ちゃんの声はこんなモンじゃ無い!」

………こわぁ

でも、結束バンドは人気の筈なのに…なんでホームでグレグレしてんだろ。

虹夏さんはある意味実家だから良いとしても、後藤さんと喜多ちゃんは何で居るの?

今日はメンバーのオフの日と聞いた。

リョウさんだけは他のバンドの作曲の仕事で、神奈川のスタジオ入り。あの人、何気に凄いなあ。

 

「ぼっちちゃーん!今度はギターの音頼む!」

喜多ちゃんのマイクテストが終わり、今度は後藤さんのギター。

ステージで喜多ちゃんとハイタッチ。

あ、喜多ちゃんに何か耳打ちされて後藤さん真っ赤。可愛いな。

コードを繋いでギターを肩に掛ける。ギターをひと撫でしてから…

ガツン!と頭を撃ち抜かれるような音が店内に轟く!

この前もスタジオで聴かせて貰ったけど、それとはまた違うノリ…と言うか、何か解放されたような自由な音。

メンバーと合わせてないと、こんな自由な音が出るんだ!

まるで音が羽ばたいていくような何者にも縛られないような…そんな旋律。

凄い!凄まじいのに安らかな…涙が出そう。

 

言葉も忘れて聴き入っていると、いつの間にか喜多ちゃんが私の真横に。

え?と思ったら唇を私の耳に寄せて来て

「…余りひとりちゃんを見つめちゃダメ」

「ひゃ、ひゃい!」

…凄まれた。

最推しからのこの距離。心臓バクバクいってる。

しかし…このバカップルは………

 

「おーい、最後にぼっちちゃんと虹夏、合わせてくれ!」

「もー、人使い荒いなぁ。お姉ちゃんは!」

言いながらも虹夏さんは準備を始める。

 

「じゃ、ぼっちちゃん…行くよ!」

「え?わたし郁ちゃん!?」

「………そーじゃねーんだわ」

店長さんがゲラゲラ笑ってる。

隣の喜多ちゃんも耐え切れないとばかり、クスクスと笑う。…すっげ可愛い。天使か!天使だな!

 

「ぼっちちゃん、なに演る?」

「好きに始めて下さい。付いてきます」

「いったなー!…それじゃ…取り敢えず120位で始めるよ!」

いきなりアドリブっぽい叩き方を始める虹夏さん。リズム隊としてのドラムっていうより、聴いていると「ソロ」としてのドラム?って感じ。

複雑で、かつ不安にならない迫力あるドラム。凄く楽しくなるような音。

これにギターを合わせられるの!?と思った時、後藤さんがニヤリと笑う。

ピックを弦に叩き付ける!うわ!すっご!すっご!

アドリブにはアドリブを。後藤さんの指がどう動いているか解らない!

虹夏さんと後藤さん。2人は今、真剣勝負をしている!

本当に刀で切り合っているような。それも泥試合のようじゃなくまるで演舞のような。しかし手に持つ武器は刃の付いた、間違えれば相手を斬り殺せるソレ。

つい、場にそぐわない感想が漏れる。

「………キレイ」

「…ね!」

隣の喜多ちゃんが同意してくれる。

「…私、こんな人達とバンド演ってるのよ?大変だと思わない?」

「…アハハ」

喜多ちゃんが溜息と共に零した言葉に、苦笑で返す。

「…虹夏さんもそうだけど、やっぱりひとりちゃんには敵わないなぁ…」

キラキラとした瞳で見詰め。頰を紅潮させて。

「…私は、喜多ちゃんも凄いと思います!まるで天界から賜った楽器を鳴らすようなその声が!正確でかつ後藤さんに寄り添う様なギターの音色が!なによりその愛らしい笑顔が!私は!………あ」

興奮して捲し立て、我に返って喜多ちゃんを見ると…目を丸くしながらポカンとした表情を向けられる。………しまった!やっちゃった!

 

推しが隣に居るのが悪いんだ!そうだ!私のせいじゃ無いんだ!

 

頭を抱えると、隣から「アハハハハ!」と破裂したような笑い声。

見ると、お腹を抱えて爆笑してる。

…爆笑しても可愛いって、ズルい。凄く。

「凄く評価されてるのは解るわ。ありがと!…フフ」

喜多ちゃんの顔を直視出来ず、照れ隠しにステージに視線を戻す。…後藤さんが鬼のような顔で私を睨んでいた。

…ヤバい。殺される。

[喜多郁代の番犬]なんて噂されてたのを今更ながら思い出した。

 

「喜多もそうだけど、お前等中々上手くなったよなぁ。最初のライブでアタフタしてたのが嘘のようだよ」

しみじみと語る店長。

 

「…え、いやいや…中々なんてもんじゃ無いでしょ。超一級じゃ…」

思わず呟いてしまった私に、喜多ちゃんが笑顔で答えをくれる。

「あのね?あれは星歌店長の照れ隠しなの。特に虹夏さんに対しては。ひとりちゃん相手だと無条件にベタ褒めなんだけどね」

「困ったものね」なんて言いながら、喜多ちゃんは優しげに微笑む。とても、慈しむように。

 

機材チェックが済んだらしく、後藤さんはステージから下りてくる。一直線に喜多ちゃんに向かって。…あれ?私に向かって!?

顔が、顔が怖い!なんか「ガルル!」とか言ってるし!

後藤さんが私に正対する直前、喜多ちゃんが抱き締める。

「ひとりちゃん、サイッコー!やっぱり凄いわ!」

「…えへへ。郁ちゃんも凄いです」

あっと言う間に怒気が抜け、顔が崩れ出す後藤さん。

…バカップルめ

 

 

「ところで、オフなのにスターリーに来てるんですね。ミュージシャンのオフ日って、もっとこう…華々しい遊びでもしてるイメージが」

「ああ…それはね?」

喜多ちゃんが後藤さんを一瞥して答える。

「朝、ひとりちゃんとちょっと揉めちゃって…」

…え?喧嘩?

「あれは郁ちゃんも悪いと思うよ…」

後藤さんが、俯きながらボソリと呟く。

…え?思ったより深刻!?

「いえ!ひとりちゃんが悪い!朝の態度、憶えてる!?」

「郁ちゃんこそ!わたしにどう返したか憶えてますか!?」

「ひとりちゃんが!」

「郁ちゃんが!」

あわわわ!マズい!結構マジなヤツ!?これ!…とも思ったけど「それはねーな」という冷静な私も居て。…それは何故か。

「だってひとりちゃん、私がおウチデートしよ?って言ったら「わたしは郁ちゃんの行きたい所が良いです」なんて!なんて!可愛い事言うんだもの!」

「郁ちゃんだって、わたしがそう言ったら「もう!可愛いんだから!」って言っていきなりシャツの間に手を…」

言いながら喜多ちゃんを対面座位で膝の上に座らせている後藤さん。

 

揉めてねぇーじゃん!深刻じゃねぇーじゃん!寧ろ仲バチクソ良いじゃん!

そもそもポジションがヤバいヤツじゃん!恋人を膝の上に乗せて(しかも対面座位)喧嘩もクソもねぇーじゃん!

 

「いい加減に…しろ!」

「「いっっったぁー!」」

 

…虹夏さん、スティックは下手すると傷害罪ですよ?

 

しかし、やっぱりマトモなのは虹夏さんだけだ。

お二人さん、さっきの私の感動を返してくれ。

 

 

 

たたかいすんで、ひがくれて。

 

 

いや、誰も闘って無いけど。異様な愛憎劇は見れたな。

茶番とも言う。

 

「そろそろ仕舞おうか。皆お疲れ!」

粗方点検も清掃も終わり、店はすっかり元通り。

それじゃ、メシ食いに行こう、と言う店長の号令でいつも使っていると言う居酒屋へ。

店長が先頭を歩き、その後ろに虹夏さんとスタッフさん。

私は他のバイトさん達と一緒に歩いて行く。

すぐ後ろの引っ付き虫は視界に入れない。

…あの2人、離すと死んじゃうんだろうか。怖くて試す事は出来ないけど。

 

「猫々ちゃんとエレちゃんは埼玉行ってるんだっけ?」

「ああ、頼まれてサポートに行った。あの2人も段々育って来たよ」

虹夏さんと店長の話し声が聞こえる。

元々のバイトの2人、大山猫々さんと日向恵恋奈さんは後藤さんと喜多ちゃんの1つ下。

猫々さんは無理矢理に近い形で後藤さんの弟子になってギタリストになったと聞いた。

恵恋奈さんはリョウさん激推しからなのか、ベースを。

2人共に腕が上がって来たと、店長が嬉しそうに話していた。

…私も何か、演ってみようかなぁ。音感は悪く無いと思うんだけど。

ギターとか、格好良いんだよなぁ。後藤さんと喜多ちゃんの影響もあるけど。

ふと思い立ち、後ろを振り返る。

「あの、後藤さん」

「あ、はい。何でしょう」

「…私も何か、楽器をやってみたいかな〜…っと思って。…何が良いですかね」

 

「「ギター」」

 

ギター馬鹿2人、即答。

 

「…やっぱりギターですか。凄く良いんですけど…でも、ギターって高いですよね…貧乏学生だと中々。まぁ、楽器自体そんな安いのなんて無いでしょうけど」

色々な装備や小物にお金が掛かるのは理解している。…でも、やっぱり本体を手に入れるのがハードル高いんだよね。詳しく幾ら…ってのはまだ知らないんだけど。

空を仰いで皮算用していると、後藤さんもそれに気付いたのか「あ、あの」と問い掛けてくる。

「…はい?」

妄想していて返事が遅れちゃった。

「や、やっぱりまず本体を手に入れるのが最初のハードルですよね。金額的にも精神的にも」

「仰る通りです」

やっぱり後藤さんもそうだったのかな。

「だから、わたしがお貸しします」

「…え!?いやいやダメですよ!プロギタリストからギターを借りるなんて、そんな事出来ません!」

後藤さんはニコリと微笑み、

「ギターを「凄く良い」って言ってくれるのが、嬉しいんです。わたしの周りにそう言う人が居れば、応援したいんです」

なんて言ってくれる。とても、嬉しい。

「…でも」

「大丈夫よ!」

喜多ちゃんも加勢してくる。

「ひとりちゃんには毎年スポンサーからギターが提供されるの。「ウチのを弾いてくれ」って。多分ひとりちゃんのシグネイチャーモデルも出したいんだろうけど、ひとりちゃん自身がメインで使ってるのが海の向こうの酔っ払いギタリストの「ホンモノ」だから、シグネイチャーを出したくても出せない。だから「自分ち」のモデルをライブで弾いて印象付けて欲しいみたいだけど、この人頑固だから練習でしか弾かないの。「弾き感が変わる」からって。そのくせ、ツアーで持って行くサブ機は自分で買ったストラト。で、余り弾かないギターが何本もあるの。だから…大丈夫」

やっぱり凄いひとだなぁ。後藤さん。

「…でも、スポンサーからって…他人に渡して良いんですか?」

その問いに、今度は後藤さんが答えてくれる。

「永久無償貸与…つまり、「好きにして」って事なんです。わたしはそう理解してます。だから、他の人にお貸しするのは問題ありません。むしろ、ギターは音を鳴らして上げないと可哀想で。いつも並べたギターを見る度心苦しくて」

後藤さん、本当にギターが好きで堪らないんだろうなぁ。

「でも…どれが良いかなあ。わたしが初めて買ったパシフィカは凄く弾き易いけど、ふたりにあげちゃったし」

「ふたり、「要らない」って言ったのにひとりちゃんが押し付けちゃったものね。未だにあの時のふたりの顔、憶えてる。…フフ」

「あの時は郁ちゃんもふたりをノセてたじゃないですか。「1本あっても邪魔にならないから!」って」

「知ってる?ひとりちゃん。この間ふたりから電話が来て「郁代(ねえ)、コード教えて」って」

「な、なんで郁ちゃんに!?わたしじゃ無く!?」

「ひとり(ねえ)は凄すぎて聞き辛いのよ」

後藤ふたりちゃん。後藤さんと喜多ちゃんの大切な妹さんだそうだ。英才教育すれば、凄いギタリストになりそう。

「あ、そうだ!ひとりちゃん、去年頂いたフジゲンは?」

「…ああ、良いですね!日本製だから造りも丁寧だし」

 

…どんどん話が纏まって行く…良いのか…これ。

 

「…と、言う訳で…次のバイトはいつ?」

喜多ちゃんに聞かれて我に返る。

「あ、あ、あの…明後日です」

それを聞いて、何やらスマホをチェックする喜多ちゃん。

「…ん。埼玉のハコはその2日後だから大丈夫ね。ひとりちゃんも大丈夫よね」

「あ、はい。丁度練習でスタジオ入るから、その時で」

「…え、本当に良いんですか!?」

「良いんです」「良いから言ってるの」

2人から同時に了承を貰う。…夢みたい。

 

「おーい、バイト!」

「あ、はいっ!」

先頭を歩く店長から呼ばれる。

「人の好意は素直に受け取っとけ。特にそこの2人は底抜けだから」

振り返り2人を見ると、2人共満面の笑み。

 

「あ、ありがとうございますっ!」

今後は「色魔と操り人形」とか言うニックネームは使うまい。…なるべく。

 

 

「お疲れさま!かんぱーい!」

──かんぱーい!──

 

美味しい料理と美味しいお酒。

…私は余り飲めないけど。

ウーロン割り(薄め)で乾杯。

 

「いや〜、やっぱりお酒は良いねえっ!ね、先輩!」

「…どっから湧いた?コイツ」

妖怪塩嘗…ならぬ妖怪酒浸り…廣井さんがいつの間にか居る。

どんな遠くても甘い物を探り当てる蟻んこ並の酒センサーがあるらしい。

「そう言えば、何か弾きたい曲とかあるんですか?」

後藤さんに問われる。斜め上から。

そう、斜め上。私のすぐ横に座ってるのに。下には喜多ちゃん。…なんだこれ。

喜多ちゃん、人を1人膝の上に乗せて、平然とハイボールかっ喰らってる。無敵か、この女。

「…今思い付くのは特には…あ、でも…結束バンドの曲は弾ければ良いなって思います」

「結束バンドかぁ〜。ぼっちちゃんのギターはどれも難しいぞ〜」

向かいの席から虹夏さん。レモンサワーを勢い良くやっつけてる。

「え?…いや、そんな事は…」

「ひとりちゃんのギターって、結構独特よ?ハーモニクス多用する時もあればチョーキングで鳴かせにくるし、激しいタッピングやビブラートで「後藤ひとりの世界」を作り上げるし」

「リョウさんの引き出しが多いんですよね」

「リョウはほら…変人だから…」

「違いない。アイツは変人で偏屈で変態だ」

「ちょっと!お姉ちゃん!」

「やはは〜!山田ちゃんは私より…」

「お前のが上だ!」

廣井さん、店長さんにより即撃沈。

「うわ〜ん!もう飲んでやる〜!散々食らってやる〜!」

「…お前は金払えな」

「…やっぱりお酒は落ち着いて飲まないとね…ちびちびと」

「量の多寡は関係無く金払え」

「せんぱ〜い!薄情もの〜!」

 

皆さん、これがインディーズ界のカリスマベーシストの素顔です。知ってると思うけど。

 

そんな所で

 

皆の居る個室の引き戸がスラリと開き、ある女性が顔を出す。

「…虹夏、風呂」

「…ゴーホーム!」

「じゃ、メシ」

「ここにあんだろ!」

「それじゃ、虹夏」

「そんなモンは夜…じゃないよ!言わせるな!」

夫婦漫才が始まっちゃった。

 

「まあ怒るな虹夏よ。お土産連れて来た(・・・・・)から」

「…連れて…来た?」

そう言えば、何かを握り締めてる。人の手のような…

「ババン」

自ら効果音を発し、引き戸を全開に。そこには…

「…な、何よ…」

 

はい、大槻ヨヨコさんでしたー!って何でだよ!

「何でヨヨコちゃんがリョウと一緒に?」

虹夏さんの疑問もご尤も。

「私は…ほら…優雅に一人飲みを…」

「寂しくボッチ飯決めてたから、捕獲して来た」

大槻さん、顔真っ赤。なんか既に泣きそう。

「お、大槻さんもわたしと同じ…」

「一緒にしないで後藤ひとり!」

あ、後藤さんめっちゃ凹んだ。喜多ちゃんに高速ヨシヨシされてる。喜多ちゃん、それ…禿げないか?

「まあ捕まっちゃったものはしょうが無いよ!ヨヨコちゃんも一緒に飲もうよ!」

「…いいの?」

あれだけの超メジャーバンドのフロントマンが、人に誘われただけで表情を綻ばす姿は余り見たく無いなぁ。

 

そんなこんなで2名様ご案内。

この間の「魔窟スターリー」の再現。

 

そこへ更に

 

「あれー!やっぱ喜多じゃん!後藤も!」

ビジネススーツを身に纏った緑髪の女性が喜多ちゃん達に声を掛ける。

ちょっとキツめの瞳だけど、良い人そう。

「あれ、さっつー!どうしたの!?」

「いや、営業回りでこっちに来て、さっき先輩社員と別れたんだ。で、メシでも食うかってここに寄ってさ。そしたら山田さんに似た人が通り過ぎたから向かった部屋を覗いてみたら…案の定喜多が居た、と」

「そっか。それじゃ、こっちにいらっしゃいよ!」

「え、良いの?」

「良いも何も、さっつーと私の仲じゃない!ね、ひとりちゃん」

「あ、はい!さささささんとわたしの仲です!」

「…後藤、「さ」が多過ぎねーか?」

「ひとりちゃん、ちょっとだけお酒飲んじゃったから」

「相変わらず後藤オモロ」

 

はい、もう1名様ごあんなーい!

 

 

いやもう…カオスですわ。

バンド関係者が集まる飲み会って…こんななの?

 

[色魔]喜多郁代が、上に座らせている後藤さんのシャツの間から手を差し込みお腹をまさぐっている。口はハイボール流し込んだり、緑髪の女性(同級生みたい)と話したり、後藤さんの項に吸い付くので忙しい。

[操り人形]後藤ひとりは、大槻さんに相槌を打ったりリョウさんと低レベルな遣り取りで忙しい。

…合間合間に「あ、はい…あっ!」「あっはい…あっ!」て溜息を漏らすな!

それを見ている[大魔王]伊地知星歌店長はずっとジト目…いや、あれ羨ましいんだ!

その横の[魔女]PAさんはひたすらグラスを眺め「うふふふふふ」って笑ってる。…こえーよ!

[憤怒]の大槻ヨヨコは何故かずっと憤慨してる。全方向に槍を向けてるのに、何故かその矛先は人を傷付けないように変に気を使って。…疲れないか?

[酒乱]廣井きくりはそれぞれの席を回ってお酒を注いで…いや、注がせて回り。肝臓死ぬぞ。

その隣に座る[変人]山田リョウはまるで子供の喧嘩を後藤さんと繰り広げている。

「…ぼっちぃ〜、わらしは大作曲家であられられるぞ!ひかえおろー!」「あっはい…あっ!」

…会話が噛み合ってねーよ!

その隣に座る[大天使]伊地知虹夏は…唯一マトモ。…ん?何故顔が赤いの?

気になって座卓の下をチラリと覗く。…リョウさんが虹夏さんの太腿をまさぐっている。虹夏さん本人はそれ程変化は…いや、会話の端々に「…はうっ!」って妙な合いの手が。

…貴女もですか。

 

そのうち興が乗ったのかリョウさんが

「ぼっひ!どっちが上か勝負りゃ!」

とか言い出して右腕を座卓の上へ。

所謂腕相撲。

後藤さんも

「いいれすよ〜、わらしのじつりょくみれへやいまふ!」

…もう何言ってるかわかんねーよ。

そしてリョウさんの右手に合わせた。…左手を。

アホだろコイツら。

「よ〜ひ、いくろー!」

「おー!」

ぐしゃ!

リョウさんは右手を、後藤さんは左手を、それぞれの「内側」へ全力で力を掛ける。そしてリョウさんは後藤さんの「手の甲」を摑んでいた。つまり。

 

「ギャアアア!」

 

後藤さんは人の力を利用して、全開で自分の手を座卓に叩き付けた。

「やは〜!ぼっちよわ!」

リョウさんが勝利の雄叫びを上げる。いやアホか。

「後藤ヤバ!アハハハハハ!」

「いくちゃん!いたい!」

「…かわいちょうに。よしよし」

…何で赤ちゃん言葉?皆の知能がどんどん低下していく。

皆は二人を見てゲラゲラと笑ってる。

 

 

 

そうして、ワルプルギス…いや、サバトの夜は粛々と更けていった。

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