王の帰還After──王の細道──   作:サマネ

6 / 15
カモナマイハウス!

「郁ちゃーん、連れて来ましたー」

 

ひとり姉(ねえ)が玄関から室内に向かって声を掛けると、「は〜い」と言う声と共にパタパタとスリッパの音が近付いて来る。

そして扉が開き…太陽が現れた。

「あ、いらっしゃーい!良く来たわね、ふたり!」

…ま、眩しい!なんで郁代姉(ねえ)、常に発光してるの!?

何かの神様なの!?

赤い髪を後ろで縛り、ピンクのタンクトップにフリルの付いた白いエプロンを付けて。下は何かフワフワってしたショートパンツ。…下着じゃ無いよね…

自宅に居るから力が抜けてて、とても自然な感じで。なのに、その…

…エロい!

こんなヒト、街で歩いていればすぐ悪いヒトにさらわれそう。

 

「お、お邪魔します…」

「も〜、なに緊張してるの?私とひとりちゃんのウチなんだから、ふたりのウチも同然よ。リラックスして!」

「う、うん…」

先にひとり姉が廊下に上がる。

「郁ちゃん、お昼は何?」

「夜に豪勢になるから、お昼はちょっと軽いモノにしたの。いいよね?」

「そうだね。夜はいつものトコでしょ?」

「そ」

二人が話し合うのを聞いて、それだけで二人の仲の良さを感じる。

そしてまだ玄関に立ったままの私に向かって、二人は両手を広げて…まるで舞台に立ったように

「「カモナマイハウス!」」

…二人共、エンターティナーだなぁ。…もうマイハウスにカムしてるけど。

 

☆

 

今日から明日まで、二人の自宅にお邪魔する事になった。

今晩は郁代姉の「誕生日ライブatスターリー」

今や1000人単位で観客を集める結束バンドだけど、無理を言ってスターリーでライブらしい。

そこに我等後藤家もお呼ばれする事になった。

本当ならお父さんとお母さんも来る事になってたけど、お祖母ちゃんが突然のギックリ腰で両親はそちらに向かう事に。

お父さんなんか号泣して「娘の誕生日を祝えないなんて…なんて事なんだ!」って大騒ぎしてたけど、お祖母ちゃんも大事。

お母さんがなんとか丸め込んでた。その様子を見てウチの親の力関係と仲の良さを理解。

お父さんからは「ふたり、どうか郁代ちゃんの誕生日を盛大に祝ってやってくれ!」と泣きながらお願いされ、今に至る。

 

 

「ふたりー、ご飯食べよ?」

間借りしたひとり姉の部屋に荷物を置き、郁代姉に「はーい!」と返事をしてリビングへ。

このマンションは2LDK。それぞれ二人の個室がある。その広さは10畳くらいかな。けっこう広い。

壁は防音みたい。リビングも広かったし…かなりお高いよね、ココ。

しかし、ひとり姉の部屋…物が無いなぁ。ベッドだって簡易ベッド。フローリングの部屋に座卓と…壁に並ぶギターくらい。

クローゼットは…開けるの止そう。なんとなく。

リビングに入ると、二人してキッチンに並んでいる。…並んでると言うか…ひとり姉、なんで郁代姉に後ろから抱き付いてるの?

…ひとり姉の部屋にちゃんとしたベッドが無い理由が何となく解っちゃった。

 

「あ、ふたり。そこ座って?」

ダイニングのテーブルに座る。アイランド型?って言うんだっけ。料理をしてる二人が良く見える。そのうちの一人は何もしてないけど。

 

お昼は、お蕎麦。…郁代姉にしては、何と言うか…地味なメニュー。

何でも、お蕎麦は消化が早くて良いって。夜にガッツリだから、それに合わせてらしい。

「このお蕎麦、先週長野に行った時買って来たの。美味しいでしょ」

「うん。確かに」

ツルツルと啜る。お蕎麦の味が濃い。

「郁ちゃんのご飯は何でも美味しいから」

ドヤ顔のひとり姉。あなたは何もしてないよね。

「ひとりちゃんはこれしか言わないのよ。ふたり、どう思う?」

「アホ姉」

「ひっ、酷い!」

 

そんなこんなでご飯も終わり、食休みの後スターリーに出掛ける準備をする。

 

「私、どんな格好すれば良いだろ」

こっちには制服で出て来た。一応よそ行きの服も持ってきたけど…ライブとパーティーだからなぁ。何着れば良いのか。

そんな事を悩んでいると、郁代姉がひと言。

「制服!」

アナタはどれだけ私の制服好きなの!?

「だってぇ〜、結局ひとりちゃんの制服姿は卒業式位しか見られなかったから制服姿に飢えてるの!」

…だいじょぶか?この姉。

ひとり姉に耳打ちする。

「郁代姉って…制服フェチ?」

「…そうかも」

真剣な顔で答えてくれる。どうもマジっぽい。

「何よ何よ!ひとりちゃんが悪いんですからね!」

聞こえてた。

 

☆

 

タクシーでスターリーに向かう。

郁代姉は車を持ってるけど(ハイパーひとり号NEOって…勘弁して)、お酒飲むからピンクの愛車はお留守番。

スターリー。久々だなぁ。最後に来たのは…結束バンドの復活ライブだったかな。

姉二人に付いて、道路から階段を下る。そして重い扉を開けて…

「こんにちはー!来ました!」

郁代姉の元気良い挨拶で、中の人がこちらを向く。

「おー喜多ちゃん!ぼっちちゃんも!…あ!ふたりちゃん、いらっしゃい!」

虹夏ちゃん、凄く元気。年下が言っちゃ悪いかもだけど、可愛いなぁ。

「ご無沙汰してます!虹夏さん。お元気そうで」

「………」

ポカンとされてしまった…

「え、あの…おかしかったですか?」

「………あぁ、ゴメンゴメン!ぼっちちゃんと違って、ハツラツとしてるなぁって」

照れて頰をポリポリ掻いてる。

「…いつも姉がすみません」

「いーんだよ!ぼっちちゃんはそういう生き物だと思ってるから」

「え!…わたしって、人間だと思われて無い!?」

よよと崩れる姉その1。その2に抱き締められてる。

「ま〜これもいつもの光景」

「…いつも姉達がすみません…」

ホントに…ホンットにこの姉達は!

「あははは…ま、まあ、ね。………でも、ふたりちゃん、制服可愛い!超可愛い!」

「あ、ありがとうございます…」

虹夏ちゃんにやたら褒められた。なんか恥ずかしいよ。

 

その騒ぎに釣られてか、奥から人が出てくる。その虹夏ちゃんに似た人は…

「お、来たな。今日の主役が………え!?あ、ちょ…」

伊地知星歌店長。…何で慌ててるの?

「ふたり…ちゃんか。久し振りだな。良く来たな」

挨拶は普通なんだけど…目が…怖いんですけど。

「ご無沙汰してます。姉達がいつもお世話になってます」

アマプラで前に見た、自然の動物の番組。その中でライオンが獲物を狙う目。………似てる。

「あ、あのさ…ふたりちゃん。写真を撮って、良いかな」

「………はい?」

「いやほらあれだ!参考資料の為!ぼっちちゃんの顔で制服!…じゃなく!従業員…じゃねぇな…え〜と、あの…ほら!」

もう何が言いたいのか解らない。

「何が参考資料だ!馬鹿姉!」

見事虹夏ちゃんに怒られた。

「仕方が無ぇだろ!可愛いんだから!」

もう、理由になってないよ。

そこに

「お、来たね。ぼっち妹」

「虹夏さん。郁代姉もそうだったけど、ここは制服フェチの館ですか?」

「…来たね、ぼっち妹」

「ごめんねふたりちゃん。変態ばっかりで。後でキツく言っとくから」

「あ、あの…ぼっち妹?」

「私、居ても大丈夫?」

「あ、あの………」

「あたしが守るから!」

「…こっち見て…」

リョウさんに裾を摑んで涙目で迫られる。

「…なら、名前呼んで下さい!知ってるでしょ!」

涙目のままリョウさんが虹夏ちゃんの顔を見ると、虹夏ちゃんはリョウさんの頭をポンポンと叩いて、

「リョウの負け〜」

うふふと笑われる。

虹夏ちゃんに好きにされてるリョウさんは俯いた後、いきなりすっくと立ち上がり

「良く来た!後藤ふたりよ!」

突然私の名前を呼ばれた。何故か背中を向けて。

…さびしんぼの意地っ張りめ。皆の視線が背中に刺さってるよ、リョウさん。

 

☆

 

「じゃ、スタジオ入るよー」

虹夏ちゃんの号令で皆がスタジオへ向かう。本格的なライブと違うせいか、皆まだ気の抜けた顔してる。

「ふたりちゃん、見学する?」

「え?良いんですか?虹夏さん」

それを聞いて、何故か虹夏ちゃんは「う〜ん」と唸る。

「…?」

「あのさ…ふたりちゃん」

「…はい?」

「「さん」はイヤ」

「え、さん………あ!」

昔は普通に「虹夏ちゃん」と呼んでいた。ひとり姉の影響で。今でも心の中ではそう。でも、段々と周りが解ってくると「ちゃん」は失礼なんじゃないかと思うようになった。

「…いいんですか?」

「「虹夏ちゃん」!さんはい!」

「…虹夏ちゃん」

「よろしい!」

あははと満面の笑顔で頭を撫でられる。ホントに可愛い人だなあ。

私の後ろで「星歌ちゃん…とか」ってブツブツ言ってる人が居るのは聞かなかった事にしよう。

 

 

皆がいつもの位置に付く。私は端っこの椅子にちんまりと座って見学。

「じゃ、行くよー!」

虹夏ちゃんの掛け声で、皆の表情がいきなり変わる。

虹夏ちゃんがカンカンカンカンと4つ鳴らし、次の瞬間!

 

うわ!すっご!

 

そこには「今をときめく結束バンド」の音楽を鳴らす皆。でも別人を見てるみたい。

風が吹く。とてもとても強い、風。

目も開けられないような、お腹の中を全部攫われちゃうような、嵐みたいな風。

迷子になりそう。自分が今、立ってるのか座ってるのかも解らない。

そこに郁代姉の歌が入る。

嵐に襲われていた私に「こっちよ」って手を差し伸べてくれるような声。導いてくれるその歌。

ああ、きっと郁代姉に付いて行けば「キモチヨク」なれる。確信する。

そうすると今度は皆の音が背中を押してくれる。郁代姉に手を引かれ、皆の音に背中を押され。

何処までも一緒に。一緒にーーーー

 

「ごめんなさいっ!」

………え?

突然演奏ストップ。…どうしたの?ミスしてないじゃん。

「郁代、先走ったね」

「…はい」

「あはは。ふたりちゃんが居るから気合い入り過ぎたかな?」

「そうかもです」

郁代姉が、ちょっと困ったような顔をする。

「え、ごめんなさい!私が…」

「ふたり」

私が謝ろうとすると、ひとり姉に止められる。

「今のは郁ちゃんのミス。ふたりは関係無い」

「え、でも…私が居るから…」

「ふたりが居る居ないじゃ無い。ミスの原因を郁ちゃんから奪っちゃダメだよ」

冷たい水を掛けられたような気持ち。ひとり姉の瞳は、見方によっては冷たく映って。

「ふたり、ゴメン!………ふぅ…はぁ………よし!オッケーです!もう一度最初から!」

郁代姉に謝られた。

 

背筋がゾクゾクする。

これが…プロなんだ。お金を取って演奏を聴かせる、プロ。

 

ライブではそのまま皆で助け合って弾き続けるんだろう。そもそもミスって気付かない人が殆どじゃ無いかな。

でも…だからこそ練習では「完璧以上の完璧」を求めてる。

あのひとり姉が冷たく映るくらい。

まだ人生を走り始めたばかりの私には、想像も出来ない世界。

二人の姉の背中が、とても大きく見える。

 

☆

 

「ひとりちゃ〜ん、え〜ん!」

「よしよし」

 

…直後にコレですよ。

練習終わりのピリピリとした空気のまま、スタジオから出たら途端にコレ。

…二人の姉の背中が小さく見える…

 

「虹夏ぁ〜、え〜ん」

「お前は関係無いやろがいっ!」

…こっちもか。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「今日は私の誕生日ライブにお付き合い頂き、ありがとうございますっ!どうか楽しんで行って下さいね!」

郁代姉のMCからライブがスタートする。

 

ーー喜多ちゃーん、おめでとー!ーー

ーー喜多ちゃんかわいーーー!ーー

ーー郁代ー、あいして…スミマセン………ーー

ステージ上に居る、ギターを持った鬼から睨まれてる。色の濃いサングラスして目が目えない筈なのに、睨んでるのが解る。ひとり姉、怖いよ…

ーー番犬こえぇ…ーー

ーーあれ、番犬どころじゃ無く猛獣だぞーー

ーー最早ケルベロスか!ーー

ほら、変な噂になっちゃうからさ!

 

 

ライブは大盛り上がり。

さすが結束バンド!と言ったところ。

もうこんなに少ないお客さんの前で演奏する事も無いけど、それだけにお客さんの熱が凄い!

多分観てる人の方も、これがめったに無い状況だって解って観てるから、より盛り上がってるみたい。

今日の選曲は郁代姉の担当。自分の誕生日だから、今迄の中で好きな曲を選んだらしい。

…でも、露骨なんだよね。

明らかにひとり姉が郁代姉に向けたっぽい曲ばっかり。

あんだけイチャイチャしてて、まだ足んないの!?

最後には「これしか無い!」な、星座になれたら。

ひとり姉最後のソロがエグい!元々そんなギターソロじゃ無かったよね?と言うかそんなソロ、曲にあったっけ!?

お客さんも今日イチの盛り上がり。ウオオオーッ!って叫びの波が来る。

「最近、興が乗ると笑ってるみたいなんだ」という言葉通り、ひとり姉は弦を激しく引っ掻きながら笑ってる。多分、本人は気付いて無いみたい。…あ、郁代姉が見惚れてる。もう…まだステージの上だよ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「皆、お疲れ様!そして…喜多、誕生日おめでとう!」

 

ーーーーおめでとー!ーーー

 

音楽関係の人達って、結局騒ぐのが好きなのかな。

他の仕事の人達はまぁ、知らないんだけど。

 

「ぼっちいもう…」

ジロリ

「………ふたり、飲んでる?」

そのトクトク注いでるのは…何

「未成年に、酒を注ぐなぁーっ!」

あ、虹夏ちゃんのアイアンクローがリョウさんに決まった。指がめり込んでる。…痛そう。

関わり合いにならないように反対を向くと、お酒をグイグイ飲んでる郁代姉。

「郁代姉」

「ん?なあに?」

「…かっこよかった!」

「んふふ…ありがと!」

頬を赤くして眩しい笑顔の郁代姉。ほんっとに美人なんだから。ひとり姉が離れようとしないのも解るなぁ。

そのひとり姉は、郁代姉の隣で酔っ払いに絡まれている。…廣井さん…だっけ?皆でお酒飲んでると、いつの間にか居るって噂。

「いや〜、ぼっちちゃん…やっぱ凄いわ!初めて合わせた私としては嬉しいよぉ〜!」

「そ、そうですかね…うへへ」

それを郁代姉と眺めていると、不意に郁代姉が私に顔を向ける。

「…ひとりちゃんはどうだった?」

「…ひとり姉は、卑怯」

それを聞いた郁代姉は目を丸くすると、突然笑い出す。

「あはははは!…そっかぁ、卑怯…か。そうだね。ひとりちゃんは卑怯。…カッコ良すぎ」

…郁代姉もひとり姉とドールイってヤツだね。どっちも相手を好き過ぎ。

 

 

「おぅい、ぼっちぃ〜!さいきんちょうしのってるらろ!このわたしのまえれ!たたきのめってやるからかかってこいや〜!」

突然私の横の人が叫び出す。…誰?これ。どちらさま?

「…リョウ、何でお酒飲んでるの!?」

え、リョウさんこんなにお酒弱かったんだ。

自分の前を見ると、さっきリョウさんにお酒を注がれたオレンジジュースのグラスが無い。横を見ると、そのグラスをリョウさんが掴んでいる。ちなみにカラ。

…つまり、自爆。

 

「リョウさんらってちょうしにのってるろ!このすーぱーうるとらぎたりすとのわらしにむかって!しょうぶなんてちょちょいのちょいれすよ!」

ひとり姉もお酒飲んでる!弱いのに!

ひとり姉の横で廣井さんが「イヒヒヒヒ」って笑ってる。お酒の瓶を掴んで。

ひとり姉、コーラに入れられたね。

「ひとりちゃん、ガンバレ~!」

郁代姉も酔ってるね!

「ちょっ、郁代姉!」

このまま喧嘩になったらどうするの!?

すると郁代姉は私にウインクして

「大丈夫よ。絶対面倒な事にはならないから」

この人は酔っても冷静。いや、酔ってないのかも。

リョウさんは私達の後ろでドサリとうつ伏せで寝転び、左腕を差し出す。つまり、腕相撲。

「おまえなんかひだりでじゅうぶんらろ!こいやぁ〜!」

ひとり姉もその前に寝転ぶ。

「あんまりふざけてるとなきをみますよ〜!いつもいくちゃんをなかしてるこのうでで!しょうぶら!」

そおっと郁代姉の顔を見る。…真っ赤。顔を手で隠しちゃった。

「………バカ」

あ〜あ、明日が怖いな。

 

死ぬ程恥ずかしがってる郁代姉にも気付かないで、二人は勝負を始める。

「ほっちよ、なにか賭けよ〜ぜ〜」

「い〜れすよ!わらしはいくちゃん!…は絶対イヤなのれ、ふたりを賭けるろ!」

「何で私!?」

「ふ、ぼっちのおくびょうものめー!わらしはにじか!…はゼッタイイヤなのれ、店長ら!」

リョウさん、今星歌さんが聞いて無くて良かったね。

 

リョウさんが差し出した左手にひとり姉も手を合わせる。…右手を。………え?

「いくろ!せ〜の、ドン!」

 

「ギャアアア!」

 

リョウさんの力をプラスして、ひとり姉は自分の手を畳に叩き付けた。…なにしてんの!?

「またやってる…バカなの!?」

向かいの席から声が飛んでくる。…あの人は、バイトの人?え、いつもこんな事やってるの?ホントにバカなの!?

 

「ヴィクトリぃ〜!」

リョウさんの勝利の雄叫びがこだましていた。

 

☆

 

只今、ひとり姉は郁代姉のお腹に顔を埋めてシクシクと泣いています。

リョウさんは星歌さんに真相を知られて、えげつない技を掛けられ気を失ってます。

そして私は…何故か星歌さんに抱き締められてます。

…なんで?

「ふたりちゃんは悪くないんだ。あくまでリョウの野郎が悪いんだ。全部の責任はリョウなんだ。つまり私もふたりちゃんも犠牲者だ。QED」

…星歌さんに理由にならない理由を言われました。

「…ふたり、元気でね」

…いやひとり姉、私何処にも行かないから。そもそも私を賭けにしたのはアナタだから!

「うう…ふたりに捨てられた」

「捨てたのはひとり姉だよね」

「今のはひとりちゃんが悪いわね」

郁代姉、本気でそう思ってるんなら、ひとり姉を優しそうに撫でるその手を止めて。

 

☆

 

「は〜、楽しかった!」

今は帰りのタクシーの中。郁代姉は大満足!と言った感じで左に置いてある皆からのプレゼントを撫で、右に置いてあるひとり姉を撫で。

ひとり姉はまるで置物のように丸まって、郁代姉の膝に頭を乗せて寝ている。

「でも…郁代姉、よかったの?」

助手席から振り向いて話し掛ける。

「ん?何が?」

「だって…皆、二次会?に行ったじゃない。行かなくて良かったのかなぁ…って」

多分、私に気を使ってくれたんだろうけど。

郁代姉は「フフ…」と笑って。ひとり姉を愛おしそうに撫でながら。

「この人も寝ちゃったし、何より…皆と居る時間が大切なように、貴女との時間もとても大切なの。だから…ね?」

 

気にしないで

 

左手を伸ばして頭を撫でてくれる。気持ち良い。

硬い指先。郁代姉の努力の証拠。

「うん…ありがと」

「フフ」

 

「でも…郁代姉もひとり姉も、格好良かったなぁ。…私も格好良くなれるかなぁ…」

つい、口から出てしまう。

「貴女は可愛いから良いの!…でも、そうね…この人の妹だから、どういう道を選んでも周りが放って置かないわよ。それが例えミュージシャンの道でも、そうじゃなくても」

「…郁代姉の妹でもあるしね」

「あはは!…嬉しいな。貴女にそう言って貰うのが、一番嬉しい」

顔が熱くなる。二人共、とても素敵な…大好きなお姉ちゃん。

「…郁代姉」

「…ん?」

「お誕生日…おめでとう」

「うん!ありがと!」

 

「…あの…」

「はい?」

運転手さんに話し掛けられる。…うるさかったかな。

「あ、話を聞いてしまってすみません!…あの…もしかして、結束バンドの喜多、ちゃん…ですか?」

運転手さんはまだ若いマジメそうな人。

一瞬、「喜多郁代」て言うかバンドネームの「喜多ちゃん」て言うか迷ったみたいなのが面白い。

「…はい、そうです」

郁代姉がそう答えたのがかなり嬉しそう。

「うわ〜!ホントですか!僕、結束バンドの凄いファンで!最初の頃のミニアルバムからもうズーッと聴いてて!いや嬉しい!」

「あはは…ありがと」

「ボッチの独特の歌詞に、リョウの曲が合わさって…それを喜多ちゃんが素敵な声で歌い上げる!もう、何回聴いても飽きないです!」

「これからも応援して下さいね」

「いや勿論です!ずっと応援します!」

興奮気味の運転手さん。憧れに会えて、嬉しいんだろうな。

…そんな時、スマホにロインが入る。

…こんな時間に誰だろ?と確認すると…え?郁代姉?

内容は「今からふたりに電話を掛けるから、通話にしたら適当に相槌打ってそのまま電話を私に渡して」って…

不思議に思いつつ、郁代姉に振り向かないで電話を待つ。…と、着信。

通話にしてから適当に話し出す。

「あ…もしもし、はい。そうです。…え?ちょっと待って下さい。…郁代姉、電話だよ?」

「え?あ、ありがと。…はい、電話変わりました。…あ、私の携帯電源切れてたみたいです。はい、はい…え!あぁはい、…解りました。戻ります。それでは」

通話相手も居ない電話を切り、私に返してくれる。

「店長さんが私の忘れ物見つけたみたい。戻らなくちゃ。…すみません、乗った所まで戻って貰って良いですか?」

運転手はすぐ対応してくれて、15分程の道をまたトンボ返り。

 

 

「それじゃ、これからも頑張って下さい!」

そんな言葉を残してタクシーは去って行った。ひとり姉は状況が解らず、寝惚けた瞳のままずっと頭にハテナを浮かべている。

 

「さて、タクシー呼ばなくちゃ」

アプリでタクシーを呼び出す郁代姉。

「…え?どう言う事?」

私も頭の中がハテナでイッパイ。すると、郁代姉が説明してくれた。

「別に疑ってる訳じゃ無いんだけどね。でも…あそこまでのファンに家を知られるのも…ね」

…ああ!そう言う事か!…あ、じゃあ、郁代姉が車内で「この人」とか「貴女」とか言ってたのは…名前を出さない為!?

「郁代姉、ごめんなさい。名前、呼んじゃって…」

すると郁代姉は苦笑しながら

「あぁ、良いのよ!あくまでふたりには関係無い事だから。顔が知られてくると、どうしても用心深くなっちゃってね。避けられるリスクは避けておかないと…ってだけだから」

…私の姉達は、ホントに大変な世界に居るんだなぁ…

「まぁ、あの運転手さんもプロとしてはイマイチかな」

そんな郁代姉の言葉が心に染みる。

…あれ?

「でも郁代姉、タクシーの中で散々ひとり姉を撫でてたけど、それは良いの?」

「…それはほら、丁度見えなかったし…寝てるひとりちゃん可愛いし…」

頰を赤くして答える郁代姉。…このバカップルめ!

「…?、?」

ひとり姉は最後まで解らないまま。

 

☆

 

「ただいま〜」

やっとマンションまで帰って来た。交代でお風呂に入り、歯磨きとスキンケア(郁代姉が)をして、後は寝るだけ。

私の今晩の寝床はひとり姉の部屋。出掛ける時に簡易ベッドは眠る準備をしてあったから、後は寝るだけ。

郁代姉と寝たかったけど、タクシーの中のヤラカシもあって遠慮した。

 

「それじゃふたり、お休み」

「は〜い、お休みなさい」

二人と別れ、布団に潜り込む。すこし経って、トイレに行っとこうかと部屋を出ると…隣のドアの中から

「………あっ」

と小さな声が。…聞こえない。私は何も聞いてない。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「おふぁよふたり…早いね」

リビングでコーヒーを飲んでるひとり姉にあくび混じりの挨拶をされる。

「おはよ。…パジャマのボタン、掛け違えてるよ」

「…あれ、ホントだ。…なんでだろ」

なんでだろ…じゃないよ!起きた時寝惚けて「着た」からでしょ!?

 

全てに適当なひとり姉だけど、朝は早い。高校の頃の癖が抜けないのかな。

「郁代姉は?」

「うん、まだ寝てる…部屋、入らないでね」

「…入らないよ」

どういう状態か、想像つくから。

「ふたり、コーヒー飲む?」

「うん、貰おうかな」

何も言わないでも、ひとり姉は牛乳とお砂糖を用意してくれた。

 

朝6時、ひとり姉と二人でコーヒーを頂く。

「そう言えばふたり、郁ちゃんにコードを聞いたって」

あ〜、やっぱり伝わっちゃったか。

「…わたしには聞かないんだ…」

ションボリとしたひとり姉。

「いや!あのね…ひとり姉のは参考にならないと言うか…泣かないでよ!そうじゃなくて!…ひとり姉は凄過ぎて聞きづらいと言うか…聞いちゃ悪いんじゃないかと言うか…」

「…郁ちゃんを最初に育てたのは、わたしなのに…」

まだガッカリしてる。なんて言えば伝わるんだろ。

「…ひとり姉にはずっと格好良くいて欲しいの。ずっと凄い人で居て欲しいの。こんなシロウトにかまって欲しく無いの」

そんな事をひとり姉に伝えると、俯いていた顔を私に向ける。それは、とても真剣な瞳で。

 

「ふたり」

 

そんな真剣な声で私を呼んで。

「ふたりはわたしの妹。ずっと。死ぬ迄。だから、かまうよ。困ってたら、声掛けてよ」

余計な事を言わない分、ひとり姉の言葉が素直に私の心に入って来る。…涙が出そう。

「…うん。ありがと。やっぱりひとり姉も郁代姉も格好良いなぁ」

「ふふ…何それ」

ひとり姉の妹で良かった。本当にそう思う。

 

そんな時

 

「ひとりちゃ〜ん!どこ〜!」

寝室からそんな叫び声。その後すぐドアが開き

「あ、居た!ひとりちゃん!もう!勝手に居なくならないで!」

そんな事を言いながらひとり姉に抱きつく。ついでにキ、キスまで!………ショーツ1枚で。

「ぅむっ!…あ、あの!郁ちゃん!?ふ、ふたりが!」

「…え?」

「……………」

隣のソファーに座っている私と目が合う。おぉ…郁代姉の顔が見る見る赤くなってく。

 

「……………キャ〜〜〜ッ!」

 

逃げるように部屋に戻ってく郁代姉。ねぇ、胸を隠してもその格好じゃ意味ないと思うよ。

 

二人の妹を辞めたくなりました。

 

 

「ごちそうさま…」

改めて部屋から出て来てから、郁代姉はずっとションボリしていた。

朝ご飯も終わって、今はひとり姉が食器を洗っている。

「郁代姉、私…気にしてないから!二人が仲良いのは知ってるし、そ、そう言う事があっても…ね!」

それを聞いて、ガバリと顔を手で覆う郁代姉。

「…言わないで…」

やっと聞き取れるような声で呟く。

この姿を昨晩の運転手さんが見たらなんて言うだろう。流石に他人には見せられないけど。

 

☆

 

「二人共、今日の予定は?」

常に忙しそうな姉達。今日も何か予定が入っるのかな。それならもう帰るんだけど。

「私は夜のラジオ出演の他は…何も無いわね」と郁代姉。

「郁ちゃんが無いのなら、わたしにある筈も無く。へへ」とひとり姉。…情け無い事言わないで。

「ひとりちゃん、そんな事言って良いのかなぁ〜?」

「え?…何かありましたっけ!?」

困惑するひとり姉に郁代姉は人差し指を立て、ドヤ顔で発言する。

「キーワード、「ぽいずん」」

「…え?それ、佐藤さんの昔のなまぇ………あ!ああ〜!」

何か思い出したみたい。顔が青褪めたと思ったら、凄い勢いで掛け時計を睨んだ。

「…はぁ、まだ大丈夫だった…」

「流石に時間までには教えるわよ…」

郁代姉、呆れ顔。でも、何で本人より予定知ってるの?て言うか何で本人が予定忘れてんの!?

「ふたり、ごめん。この後取材受けなくちゃならないんだ」

「郁代姉は?」

「私は何も予定入らなかったらひとりちゃんに付いてこうかと思ってたんだけど…ふたり、何処か行きたいトコある?」

う〜ん、行きたいトコかぁ。………あ

「それじゃあさ………」

 

☆

 

「…なんで妹付き?授業参観的な?」

「ど、どちらかと言うと職場見学…ですかね」

 

ここは姉達が所属している音楽レーベル(だっけ?)の事務所。

行きたいトコを聞かれ、「取材を見学したい」と頼んだ。

ウチのお父さんは未だに何の仕事か謎だし、それならひとり姉の仕事風景を見学したいなぁ、と。

まぁ、この人はステージ上でギター弾いてるのが仕事だし、ライブを見るのが職場見学なんだけど…何か…ねぇ。「仕事を見てる」って気がしないと言うか。本人やたら楽しそうだし。いや、楽しくちゃダメって訳じゃ無いんだけどね。

余りにも「普通」とかけ離れた姉達。

 

「で、喜多郁代。貴女は何で居るの?」

「ひとりちゃんが居るからよ」

当たり前の事聞くな!って感じ。いつまで経っても仲良いんだから。

「…まあ良いわ。丁度貴女にも聞けるしね。今回の特集記事に協力して」

「まあ良いですけど。何の特集なんです?」

「コレ」

プリントアウトされた紙を見る。

「ギブソンとフェンダー。そしてヤマハ…か。正にひとりちゃんにうってつけの特集ですね」

「そうなの。ギタマガ誌で上がった企画なんだけど、それを見たらもう貴女しか頭に浮かばなかった。トップクラスのギタリストで3社のギターをライブ演奏レベルで弾いた事があるのって、少なくとも私の周りだと貴女だけ」

何かひとり姉、凄い評価されてるな。佐藤さんは有名な音楽ライター?らしい。姉達がイギリスから帰って来た時、記事で凄く盛り上げてくれたんだとか。

 

「じゃ、早速良いかしら。ちょっと聞き方が形式ばっちゃうけど、お願いね」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「それじゃ、まず…最初はギブソンのレスポールでしたよね」

「あ、はい。黒のレスポールカスタムです。元々お父さんが持っていて、中学1年の時に…」

 

取材を受けていくひとり姉。…こうして見ると、ミュージシャンなんだなぁ。

 

「…ヤマハって、凄くコスパ高いですよね」

「あ、はい。そうですね。あの価格帯だと、フェンダーの………ハムバッカーだけで……」

ふと郁代姉を見る。何か顔、赤いんですけど。

「…ね、ふたり」

コソコソと私に話し掛けてくる。何を言いたいのか、その顔だけでだいたい解るんですけど。

「ん?なに?」

質問に答えを返してる真剣な顔のひとり姉をチラリと見て、それからまた私の方を向く。

「ひとりちゃんって、やっぱり抜群に格好良いと思わない?」

「…はいはい」

「…もう!」

ノロケは家でやって。

 

「喜多郁代さん」

「…ひゃい!?」

ほら、見惚れてるからおかしな返事しちゃう。

「…どうしたの?…ええと、貴女もレスポールとテレキャス経験してますよね。弾いた時の感触って、どう違います?」

「あ、え、ええと…コホン。…私がレスポールジュニアを弾き始めたのは、まだまだ自分が未熟だった時で。それでも敢えて感想を言うと…」

郁代姉もやっぱりミュージシャンだ。

 

☆

 

「ありがと。良い取材が出来たわ。…そう言えば、聞きたかったんだけど…」

と佐藤さんは私に聞いて来る。

「なんですか?」

「アナタ後藤ひとりの妹よね」

「後藤ひとりと「喜多郁代」の妹です」

それを聞いて郁代姉が目を輝かせながら「も〜!」とか言って抱き着いてくる。メンドクサイので反応しません。

「あはは…ゴメンゴメン。…で、そんな凄い姉達を持った妹の気持ちって、どうなの?」

どうって…

「…有名人の家族って意味だったら、自慢したりウザかったりするんでしょうけど…おかしな言い方ですけど、そう言う意味じゃ「普通の有名人の家族」とは違うかもしれません。郁代姉はいつも優しくていつも輝いてて。そして歌うと皆を惹き込んで。自慢の姉です。そしてひとり姉は…ちっちゃい頃からずっとギターの音聴いてきて、「いい加減にして!」って思った事もあったけど…でもそれが今のひとり姉を作ったと思うと…凄いなぁって。誰にも弾けないギターを弾いて、皆がそれを「凄い」って言って。やっぱり自慢の姉です。だけど…2人ともいつも私の「近く」に居てくれるんです。決して遠い所に行ったりしない、振り向くといつも笑って応えてくれるような、お姉ちゃん達です」

 

「ふたり!いつか「ケイティ」あげるね!」

「…え、要らない」

「…え、要らないって…」

ひとり姉、感激したりガッカリしたり忙しいな。

「あのギター、気軽にあげるとか言わないで!しかしこの子、ホントに中1!?受け答えがしっかりし過ぎてるんだけど」

佐藤さん、何で呆れてるんだろ。何かおかしな事言ったかな…

「あ、ふたりは…わたしが持って生まれる筈だった「しっかりした部分」を全て持ってかれたので…」

「ひとりちゃんがしっかりしちゃったら完全無欠になっちゃうからそのままで良いのよ。バランス!」

郁代姉、ひとり姉をアゲるの好きね。…アゲてるか?

 

「良い妹さんね」

「「はい!自慢の妹です!」」

ハモって言わないでよ…恥ずかしい。

 

 

所長の司馬さんに「また遊びに来て下さいね」と言われ(そんなにホイホイ遊びに来て良い所なんだろうか)、外に出る。

 

☆

 

「さて、何処行こうか」

いかにも決まってません…みたいな郁代姉の言い方だけど、斜向かいのブランドショップと私を交互に見比べてる。私を着せ替え人形にしたいのが凄く伝わってくる。

…郁代姉、限度が無いからなぁ。

そこでひとり姉が助け舟を出してくれる。

「カ、カラオケでも行きます?ふたりの歌、久々に聴きたいし」

郁代姉もちょっと残念そうにしながらも「あ、良いわね。ご飯も食べられるし」と頷いてくれた。

でも、私が歌うこと決まっちゃった。プロの前で。

 

 

部屋に入ると、早速ひとり姉はバッグからギターを取り出す。…自分が弾きたかっただけ?

調整を終えると、静かにメロディーを弾き出す。

…あ、これ…

「キラキラ星!」

「そう、初めてふたりとセッションした曲だよ」

…覚えててくれたんだ。

「えー良いなー」と郁代姉。そんなの羨ましがらなくても。

「じゃ、ふたり、郁ちゃん。歌って?」

そんなひとり姉の言葉に、私達は笑いながら

 

──き〜ら〜き〜ら〜ひ〜か〜る〜、お〜そ〜ら〜の〜ほ〜し〜よ〜…──

 

一流ギタリストの演奏で、一流ボーカリストとデュエットする「キラキラ星」

「ふたり、上手いね。郁ちゃんに負けてないよ」

そんなひとり姉の言葉に郁代姉を見ると、ちょっとムッとしたような表情。その後すぐ

 

──TwinkleTwinkleLittleStar〜──

 

郁代姉!幾らムキになったからって本場仕込みの英語でその綺麗な歌声で歌わないで!

 

☆

 

「は〜楽しかった!」

あの後は、もう郁代姉の独り舞台。「ひとりちゃん、アレ弾いて!」だの「ふたり、ここでコーラス!」だの。

逆立ちしても郁代姉には敵わない。当たり前だけどさ。合唱部の部員くらいじゃどうにもならないよ。

 

 

 

 

「本当なら送って行ってあげたいけど、これからラジオの収録なの。ごめんね」

「いいって!忙しい二人に1日付き合って貰っただけで楽しかったからさ」

楽しい1日だった。普段余り時間を取れない二人に遊んで貰っただけで、とても良い1日。

「…もう一日、泊まる?」

ひとり姉が悪魔の誘惑をしてくる。でも、今日は日曜日。当然明日は学校。

「二人も明日から忙しいんでしょ?私も学校があるし」

ピンクのコンパクトカーから降りる。

「郁ちゃんはともかくわたしはヒマ…」

「キーワード、「静岡」」

「…?………あ、あええ!忘れてた!帰ってギター譜確認しなくちゃ!」

どうやらヒマでは無いらしい。ひとり姉、大丈夫か?

「…と、言う訳で…帰るよ」

「そっか…またいつでもいらっしゃい!」

「あ、な、何なら合鍵を…」

「それはイイ」

ひとり姉、そうやって誰にでも合鍵渡して無いよね。

 

☆

 

わざわざ二人共駅のホームまで見送りに来てくれる。

もうすぐ電車も来る時間。

「…ね、ひとり姉」

「ん?なに?」

 

「今度、ギター…教えてね」

 

それを聞いて、パアッと表情が明るくなるひとり姉。

「わ、解った!郁ちゃんを超えるスーパーギタリストに育てて上げ…おふうっ!」

郁代姉に肘鉄を食らう。

「ふたり」

「なーに?郁代姉」

「私はスーパーボーカリストに育ててあげる!ひとりちゃん、勝負よ!」

「の、望む所です!負けませんよ!」

「私を無視して勝手に盛り上がらないで!」

この二人に好き勝手されると、とんでもなく厳しい修行が始まりそうだ。

「ふ、ふたりは赤ちゃんの頃からわたしのギターを聴いて育ったんです!ふたりの身体の8割はギターリフで出来てると言っても過言じゃありません!」

「過言よ!何よ!歌を教えてって言ってきたのはふたりの方なんですからね!昨日の昼も今朝も私のご飯を美味しい美味しいって食べてくれたし!ひとりちゃんのリフは私のご飯に塗り替えられたのよ!私にはアドバンテージがあるわ!」

「そ、それを言うならギターの音を染み込ませたわたしにアドバンテージが!」

二人共聞いてねぇー!

 

「「ふたり、どっち!?」」

二人に言い寄られる。

…暮れて行く空を見上げる。あ〜、夕日が綺麗だなぁ〜

「…二人共メンドクサイ」

「「え!?」」

驚くのも同時かよ。

 

☆

 

ガタンゴトンという振動が眠気を誘う。

昨夜はたっぷり寝た筈なんだけと…いや、たっぷりじゃないな。

トイレに行った時に聞いた…聞いてしまった声が、思春期の私の心を乱すのでした(詩的)。

妹が泊まりに来た時くらい、そ、そう言うコト…しないで!

それは恐怖でも嫌悪でもなく、私の友達同士が私の居ない所で仲良くしてた…ってモヤモヤに近いかな…何言ってんだろ。

とにかく…あの二人は離れる事は無いんだろう。誰が何を言っても。

肩に同じ傷(タトゥー)を付け、「二人一緒じゃなきゃ飛べないんだ」と言い切ったひとり姉。それを全て受け止めてくれた郁代姉。

ひとり姉、良かったね。私がまだ小さい頃、ひとり姉はホントに「独り」だったよね。

幼いながら、この人はずうっと恋人どころか友達も出来なくて独りで生きて行かなきゃならないのかな…って思ってた。

だから、私がずっと一緒に居なくちゃって。居てあげなくちゃ…って。

だから、高校の時初めて郁代姉を連れて来たのがびっくりで。

何が良くてひとり姉と一緒に居るのか解らなかった。

でも、郁代姉と喋ったり遊んだりして、解っちゃった。

「あ、この人も独りなんだ」って。

郁代姉は友達が多い。とても多い。でも、郁代姉の本当の気持ちを解ってあげられる人は殆ど居なかったんじゃないかな。郁代姉も自分の気持ちを素直に話せる人は居なかったんじゃないかな。

そう考えると、あの二人が一緒に居るようになったのは当たり前なのかな。

ウンメーってやつ?私にはまだワカンナイけど。

 

ひとり姉、おめでとう。

郁代姉、ありがとう。

もう私が付いていてあげなくても大丈夫かな。

 

ウトウトして、ハッと目が覚めて…荷物を抱え直す。

結局、郁代姉には洋服を買われちゃった。私が誕生日プレゼントに贈ったバレッタより何十倍も高いヤツ。プレゼント贈った時、泣きながら喜んでくれたけど。

「嬉しい。一番嬉しい…」って。

ひとり姉からは「ギターをやるなら絶対必要だから!」って妙な圧とともに貰ったギターのメンテナンスキット。

来た時よりも荷物が増えちゃった…

 

 

 

眠気覚ましの為にイヤホンをして、結束バンドの曲を掛ける。

それを聴いてると、不思議と余計ウトウトして。

ああ…なんかキモチイイな。

弱く暖房が掛かった車内、電車は夢見心地の私を静かに金沢八景まで運んでくれるのでした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。