それは、本当に些細な…些末な、ネットの片隅にぶら下がっていた1つの記事だった。
気にしなければそんな3流以下のライターモドキの文章に「そんな事位で記事にするなよ」って鼻で笑って片付けて、飲み込んだコーヒーと一緒に胃の奥底まで落ちていつの間にか消化されて終わり…その程度のゴシップで。
ただ…わたしは反応してしまった。
[何が…可笑しいんですか!?]
って。
そのわたしの反応にすぐレスが上がり
[反論するって事は、擁護派?]
[まて…これ、本人じゃね!?]
[マヂか!?本人降臨!?]
[お!本人喰い付いた!?]
[喰い付くって事は、やっぱり本人も後ろめたいんか?www]
[別に隠してねーし、いんじゃね?]
[いやいや!想像してみろよ?あの喜多ちゃんとボッチが夜になるとベッドで組んず解れつだぞ!滾る!]
[だから、それがノーマルじゃねーってw]
[アナタ達、下世話な話題しか食い付かないの!?世の中の風潮を考えなよ!]
[フェミ警察出動!]
[ポリコレバンザーイ!www]
[フェミ警察は何でも食い付いて笑うwwwww]
[野生動物だって同性同士なんか淘汰されるぞ。ましてや人間とかwww]
……………
バタリ!と乱暴にノートPCを閉じる。ふと手が震えているのに気付く。
震える右手を押さえようとして、その左手も震えているのに気付く。
怒りが身体から抜けてくれない。それどころかより怒りが積み重なっていくようで。
震えが身体全体を支配する。自分の瞳が今、何を映しているのか把握出来ない。衝動的にPCを叩き壊そうとして、そんな事をしても何もならないとすんでの所で思い留まる。
覚束ない足で郁ちゃんの部屋に向かう。震えはまだ止まらない。
ベッドには既にお休み中の郁ちゃん。その脇に乱暴に腰掛ける。
その振動で起こしてしまったのか、瞼の奥からわたしの大好きな若草色が現れた。
「…ん、ひとりちゃん…どぉした…の?」
眠気を引き摺った舌足らずな声で、わたしに問い掛ける。そのわたしは、ひと言も声を発さない。発せない。
今声を上げると、衝動的に叫び出しそうだったから。
ただ見詰めるだけのわたしに、何か気付くものがあったのか郁ちゃんは自らの両腕を広げ
「…ん、おいで?」
そう、優しく囁く。
それに絆されるように身体を郁ちゃんの上に倒し…噛み付くようなキスをした。
[最近人気の某ガールズバンドだが(ハタチを幾つも過ぎてガールズは無いかw)、リードギターとギタボが付き合ってるらしい。本人達は特に公表してないが、ファーストフルアルバムのジャケ写を見る通り、二人共お揃いのタトゥーを入れ仲睦まじい様子。このポリコレが叫ばれる世の中、結構な事でw ただ、手近な所でパートナーを選ぶのは余りに動物的かつ即物的過ぎないかと。しかも同性。相手が見付からない寂しさを紛らわせたのかなぁ。笑う。]
☆
近々来日する、わたしのメインギターである「ケイティ」の元の持ち主のギタリスト率いるスーパーバンドの近況を調べようと、郁ちゃんが寝た後1人PCでネットの海を泳いでいた。
アルバムを発表したばかりで、そのピーアールの為にワールドツアーを敢行したらしい。
案の定、東京公演にゲストギタリストとして誘われた。
毎回、わたしなんかで良いのかと思うんだけど
「バッカお前!ヒトリだから良いんじゃねぇか!何か?親友の言う事を聞けねえってのか!」
と押し切られて、やむなく参加する羽目になった。セトリのギター譜は、即日送付されて来た。…多分これ、連絡より先に送って来てるよね。しかも何かお酒臭い。まったくしょうが無い人だなぁ…
そんな事をしつつ、眠くなるまでもう少しネットニュースなんぞを眺めてようと目を遣ると…先程の記事。
取るに足らない…本当に、取るに足らない…ゴミ箱の中のような記事。辛うじてニュースサイトの体を成してるような、そんなミュージック系のサイトのイチ記事。
わたしの醜聞だけなら良い。攻撃対象がわたしだけなら、わたしが落ち込めばそれまでだ。
ただ…郁ちゃんにも関わりがあるとすると、傍観者じゃ居られない!
勢い付いて反論めいた事を書き込んでしまったら、それを見ていたヤツらから面白半分のコメントが次々と書き込まれてくる。
身体中の血が頭に登って行くのが解る。身体はどんどん冷えていくのに、頭だけはどんどんアツくなっていく。
自分の事を制御しきれない。
その夜は、衝動に任せて半ば寝ている郁ちゃんを貪ってしまった。
次の日、郁ちゃんは目が覚めて開口一番
「…身体がダルい…」
…ごめんなさい…
ーーーーーーーーーー
意識してしまうと、悪いモノと言うのはそればっかり目に付いてしまうもので。
数日後、ある有名な音楽系配信者が
──音楽界におけるLGBTQは世間的に許容されているのか──
なんて記事を発信していた。
いかにも問題提起をしているようで、要はLGBTQを否定的な立場で扱った記事。
この配信者は雑誌やテレビの依頼で、国内から海外のミュージシャンにインタビューを行ったりしている人。英語も堪能で、依頼主からの信頼も篤いとか。
テレビからの信頼が篤いと言うのは、要は…内容を面白可笑しくしてしまう、という意味で。例え事実を曲解してまでも。
だから、音楽と真摯に向き合っている音楽系専門誌等からは敬遠されているらしい。でも、どうしても声が大きく響くような民放テレビ等からは都合良く使われているみたいで。そして、それだけに一定の支持を集めているらしい。
この間も芸人さんのラジオ番組に出演していて、音楽業界の暴露話(ほぼ脚色)を披露して笑いを取っていた。
開店前のスターリーに皆して居た時にそのラジオ番組が流れて来て、それを聞いていた星歌店長が
「ラジオ消せ!」
と激昂していた。
そんな彼の発信する内容に、音楽業界の事を良く知らない一般人が果たして流されずに済むか。
わたしの反論に付いたコメントのように、顔の見えない彼等は「面白そうな意見」の方に付く。
面白そうなら成功
興味を引ければ勝ち
場が乱れれば乱れる程自分達の土俵
そんな価値観の元、毒を吐き、汚物を撒き散らしながらその世界を踏み荒らして行く。
「ああ…ヤツね」
ぽいず…佐藤愛子さんはちょっとウンザリしたような表情でそう呟いた。
たまたま取材でスターリーに来ていて、その際に彼の評判について聞いてみた。
この間の配信記事がちょっと(…いや、かなり)気になっていたので。
「ヤツは…やっぱり本気で音楽やってる人達からすると、疎まれてるわね。それを「自分は真実の代弁者だ」なんて嘯いてるけど…結局言ってる事は安っぽい芸能ゴシップ並の事ばっか。偶に当たってる事もあるけど…大半は騒がしてるだけの、売れない芸人みたいなモンよ。ただ、その方がテレビやラジオ受けするからそっちからの需要は多いわね。音楽業界の内実を良く知らない人からすると、そっちの方が「面白そう」みたいで、人気はあるんだけどさ」
吐き捨てる様にそう言う佐藤さん。この人も音楽と真摯に向き合っている1人。だからこそ、許せないものはあるんだろう。
「あ、そう言えばさ…来日公演、ゲストで出るんでしょ?」
いきなり核心を突かれる。ゲストギタリストの件は当日まで隠しておかなければならないんだけど。
「さ、さあ…どうですかね」
「…その反応だと、出演するのね」
バ、バカー!わたしのバカー!もうちょっと上手い受け答えしろわたし!
「大丈夫よ。誰にも言わないから。でもさ、同じバングルを付けてギターを譲り受けた「親友」が来日するのに出演しない訳無いって、ちょっとでも詳しい人なら誰でも解るわよ。だから皆の関心は、貴女が「いつ」現れるか…だけ。前回みたいに大阪公演だけ…みたいなのじゃ無いわよね」
「あ、あはははは…」
今回は、東京公演だけ…なんだけどね。…けど、ドームかぁ。初めてだなぁ。
…ん?佐藤さん、何か悩んでいるような表情。どうしたんだろ。
「ど、どうかしましたかね」
「いえ、今思い出したんだけど…来日してすぐの夜の情報番組に彼が出るらしいんだけど、そのインタビュアーが「ヤツ」だって話よ」
「え…」
…何かが起こる予感がヒシヒシと。大丈夫だろうか。
場を騒がせる事を得意とする配信者の人と、ストイックな程に音楽とギターを追求する彼。マトモに進行する気がしない!
「だ、大丈夫ですかね…」
「…彼だって大人な対応するでしょ?フザケた事言われてもさ」
「だ、だから心配なんです。彼は…子供並みに純粋で、音楽をバカにされたり…失礼な人には容赦無いんです!」
佐藤さんは腕を組んでひとしきりウ〜ンと唸り、「それでも」と。
「まぁ…大丈夫でしょ?あくまで貴女が標的にされない限り」
「…え?わたし?わたしが馬鹿にされるのは慣れてるから良いんですけど…何故彼と関連が?」
そう言うと、佐藤さんはわたしにジト目を寄越す。
「貴女、未だに「彼の唯一の親友」って自覚無いの!?…確か、去年だったかイギリスの雑誌で語ってたわよ?「俺を批判するヤツはいつも一定数居るし、それはギターの音で黙らせれば良い。しかし、俺の唯一人の親友である「ヒトリ」を馬鹿にしたヤツは、ギターでぶん殴ってやる!ヤツはグレートだ!」って」
それは私も見た(電子翻訳版で)。確か、「貴方が唯一の親友と公言している日本の女性ギタリストですが、そのギタリストは貴方のレベルに達してるんですか?」と言った質問だった。彼のその返答を見て、震える程嬉しかったのを憶えている。
「で、でも…わたしの話題なんて出ないんじゃ。そもそもその配信者の人に認知されてるかどうかも…」
解らないし、と答えようとしたら、「甘い!」と被せるように言われた。
「ちょっと前のヤツの配信。LGBTQ問題のヤツ。あれ、どう考えても結束バンド…しかも「後藤ひとりと喜多郁代」を狙い撃ちしてるわよ。解るでしょ?気付いたから私に質問して来たのよね?」
気付いてはいたけど…わたしが「あのニュースサイト」に引っ掛かってからそれ関連に意識が行き過ぎていると自省してる最中だったので、過敏反応の故かと思っていた。
「実は…それ以前に音楽系のニュースサイトで、嫌な記事を見付けて…それで自分が気にし過ぎなのかと思っていて…」
それを聞いて、佐藤さんは「ああ…」とひと言。
「あの、目を惹かせるのは妙に上手いけど、記事はゴミ以下のあのサイトね。あんなモノ、天下のギターヒーローが気にしないでよ。皆3日もすれば忘れるわよ」
まぁ私もライターに成り立ての頃、アソコで記事書いた事あるんだけどさ…と佐藤さん。
「とにかく!胸を張っていてよ。喜多郁代が大事なんならさ」
「…はい」
でも、事態はそれだけじゃ収まらなくなってきて。
☆
ある写真週刊誌に記事が出た。
──現在人気インディーズバンドの結束バンド、そのギタリスト後藤ひとり…同バンドの喜多郁代と熱愛中!それどころか周りの女性を次々とお持ち帰り!?爛れた性の行方は──
その記事には、都合4ページに渡って写真が載せられていた。
郁ちゃんとの手を繋いだ写真はまあ良い。それよりも、大槻さんと会話している写真とか、サポートで入ったバンドの女性メンバーとの写真等を、まるで二人きりのように上手く切り抜いて貼り付けられていた。そしてそれに付けられていた文章は、LGBTQに配慮する体を見せながらまるでLGBTQを揶揄するような、巧妙かつ卑怯な文章構成。
それを受けてか、テレビ局や雑誌社からも事務所に対し取材の申し込みが後を絶たないと聞いた。
虹夏ちゃんは記事に対し、猛烈に怒っていた。
リョウさんには、バカに踊らされるなと冷静に諭された。
司馬さんには、事務所の力及ばず申し訳無い…と謝られた。大きな事務所だったらこんな物、力ずくでも止められた…と。
そして郁ちゃんは…日本に居なかった。
忙しい合間の1週間程の休暇を、ロンドンのメアリさんとレベッカさんに逢いに行く事に充てていた。今日はその3日目。わたしも一緒に…と言われたけど、来日公演の準備と他もう一本のサポートギターの仕事があり行けなかった。ちなみにレベッカさんは泣く程残念がっていた。
☆
『ひとりちゃん…ごめんね』
スマホのスピーカーから、ぐずぐずと鼻を啜る音がする。
「郁ちゃん、泣かないで。大丈夫だから」
『でも…私が日本に居ない時にこんな騒ぎになって…』
「郁ちゃんが思う程は騒がれて無いですよ。それに、わたしはそんなにダメージ受けて無いですから。だから、大丈夫です」
『………嘘』
「…な、何を根拠に!?」
『ひとりちゃんが誤魔化す時、
「し、知らなかった。郁ちゃんはわたしの事なら何でも知ってる」
『ウフフ…大好きだもの』
…やっと、君が笑ってくれた。その笑い声だけでわたしの気力は回復するんだ。
その後すぐに『あっ!?』と言う郁ちゃんの声。ガサゴソと音が響いて…そして。
『ヒトリ!アタシのヒトリ!やっと声が聞けた!』
少々訛りの混じった英語のその声は…
「…レ、レベッカ…さん?ご無沙汰してます!」
『ああ…ヒトリ!なんでこっちに来てくれないんだ!アタシはずっと待ってたのに!』
「ご、ごめんなさい!どうしても彼の来日公演の準備で…」
『あぁ…アイツのか。良いのに、そんなモノ』
な、なんて言う事を!
「そ、そんなモノって…」
『アハハ!冗談だよ!ヒトリは頼まれたら絶対!だもんね。格好良いよ、流石アタシのヒトリだ』
私のです!って後ろから声がする。大丈夫だよ郁ちゃん。わたしの全ては君の物。
またガサゴソという音。そして
『ヒトリ。久し振りだわ。元気にしてた?』
まるでお手本のような綺麗な英語の声。
「メ、メアリさんもお元気そうで。相変わらず素敵な声です」
『ま、お上手ね。私を惚れさせる気?』
「うえっ!?そ、そんなつもりじゃ!?」
『フフ。冗談。イクの目がスゴーく怖いから、からかうのはこれくらいにしとくわ』
「そ、そうして頂けると…」
幾つか雑談をしていて、不意にメアリさんの声のトーンが真剣になる。
『ヒトリ。大丈夫なの?…ちなみにイクはレヴィとお茶を入れに行って貰ったから、近くに居ないわ。これから聞く事は、イクには伝えない』
気を遣って貰ってありがとうございます。
「…実は、結構ヘコんで居て。騒ぎも大きくなってきてますし。取材申し込みも殺到して来て…郁ちゃんは暫くこっちに帰って来ない方が良いんじゃないかと思うくらい…」
『そう…』
なんでこんな騒ぎになるんだろう。わたしが何か悪い事をしたのか。好きになった人が同性なだけで、誰に迷惑を掛けたんだ!
「…メアリさん」
『なぁに?』
「…人が、人を愛するのは…そんなに罪なんですか。偶々同性だったと言うだけで」
それで罪になると言うのなら、愛なんて現象…要らないよ。
『…ヒトリ』
「…はい」
『これだけは覚えておいて。人を愛すると言う行為に、罪なんて無いわ。貴女のしている事は、未来永劫誰からも非難されるべきじゃ無い。胸を張りなさい!ギターヒーロー!』
「うぅ………は、はい!」
涙が溢れてくる。感情のコントロールが効かなくなってくる。
「うぅ…うぁぁ…ぁぁ………」
『ヒトリ。貴女はとても良い子。貴女もイクと同じ、私の…私達の大切な妹。貴女は優し過ぎるの。自分以外の全てを気遣って。そんな貴女だから、私達は全力で助けてあげたくなる』
「あ、ありがどう…ございまず………」
『あの飲んだくれのギタリストも同じよ。きっと、何があっても貴女を助けようとしてくれるわ』
「…はい…はい!………あの」
『うん?』
「…ありがとう。「お姉ちゃん」」
『………!、あ、レヴィ!私今、とっても素敵な事があったの!貴女の妹はイク1人だけど、私にはイクとヒトリ、二人の妹が出来たの!』
なんだよそれ!と後ろから怒声。その後何か争う様な音。…そして
『ヒトリ!アタシは姉じゃ無いのか!?』
またレベッカさんと電話を交代したらしい。とても忙しない。
「レベッカさんもわたしの大事なお姉ちゃんです。…ありがとう」
『〜〜〜〜〜っ!』
何か声にならない声がしてる。そして荒い息が聞こえた後
『言ったなヒトリ!もう、死ぬ迄解消出来ないからな!』
と、まくし立てられる。
「へへ…望む所です」
なんて素敵な人達。
『ヒトリ。真面目な話だけど…ロンドンに来い!日本なんか捨てろ!』
「レベッカさん、それは…」
『レヴィ』
「え?」
『レヴィ』
「…レヴィさん、それは出来ません」
『何故!?そんな下らない事で盛り上がるような国、もう良いだろ!住む所なら幾らでも用意してやる!しかもヒトリとイクならこっちで幾らでも稼げるよ!』
確かに魅力的ではあるかも。向こうは同性同士でも日本よりは寛容だろう。フレディ・マーキュリー然り、エルトン・ジョン然り、エイミー・ワインハウス然り、レディ•ガガ然り…何より、レヴィさん達然り。でも。
「貴女達と同じ様に、こっちにも大切な人達が居るんです。その人達と、縁を切るような別れ方は出来ません」
『…ヒトリ』
「それに…」
『うん?』
「グタグタ言ってるヤツは、ギターで黙らせる!…ですよね」
一瞬間が空いた後…
『ハッ!アハハハハハ!………そうだな。それでこそヒトリだ!神に愛されたギタリストだ!』
「…えへへ」
またスマホからガサゴソと音がして
『ヒトリィ〜、愛してるわ!』
「メ、メアリさん、わたしも…」
『メア!』
「…はい?」
『メ•ア!』
「…メアさん、わたしも愛してます」
『〜〜〜!ありがと!』
…と、また争う様な音。少しして。
『…ひとりちゃん…私は?』
………もう、可愛いんだから。
「郁ちゃん」
『…なぁに?』
「ずっと…ずうっと、愛してる」
『…うん!私も!』
ーーーーーーーーーー
ロンドン、あるアパルトメントで
「レヴィ、あの飲んだくれに電話して」
「…解った。発破、掛けとくんだね」
「そ。私達の大切な妹を傷付けた代償を取らせる準備。アイツにも念を押しとく」
「あ、あの…メア?レヴィ?…目が怖いよ…」
「イク。力ってね、適切な時に適切な状況で適切な相手に対して行使するものなの。日本では解らないけど、ここはイギリスで私達はイギリス人。主張しなければ死んでしまう国。決闘は男共の専売特許じゃ無いわ。私達の大切な妹に手袋を叩き付けたのを後悔させてやる」
「イク」
「な、何…?レヴィ」
「日本じゃ「抑える」のが美徳なんだろうさ。でもね、イギリスじゃ、それだと食い物にされて、喰い殺されて…終わり。常に突き立てられる「牙」を用意しとくもんさ」
メアとレヴィが静かに…静かに怒っている。
☆
「メアリ、イクヨは居るかい?」
『あら、ケニー。わざわざ電話してきたと思ったら私じゃ無くてイクに愛の告白?失礼ね』
「いや、君に愛を囁くとレベッカに地獄の果まで追い詰められるからね。勿論イクヨにもベストパートナーが居るのを把握してるよ。そうじゃなくて、ちょっとイクヨに話があってね」
『一昨日顔を合わせた時の話?あの時は楽しかったわぁ』
「ああ、僕も久々にイクヨの顔を見られてとても嬉しかったよ。ヒトリが居ないのか残念でならないけど。…まぁ、そうじゃ無くてね。実は今、日本から取材が来てるんだ。「彼」の日本公演に合わせて成り立ちを取材したいとかでね。…そこで、妙なんだが…ヒトリとイクヨの話が出てるんだ。どういう事かと思って話を聞きたかったんだけど」
『…ケニー、取材班はまだ居るの?』
「ああ、これから本格的な取材を始める所さ。…何かあったのかい?」
『…日本のメディアは…ヒトリとイクを敵に認定しようとしてるわ。相応の対応をしてちょうだい』
「…!そうか。それじゃ、ちゃんとした「オモテナシ」をしないとね。任せてくれ」
『ええ、お願いね』
「…ああ、済まない。…それで、「彼」の取材だったね。何を話せば良いのかな。コーディネーター君経由で話せば?」
「基本的には私が通訳します。取材陣は余り英語が堪能では無いらしいので」
「そうか。…何かヒトリとイクヨの話も聞きたいと言う話だったけど…」
「…そうなんです。何やら日本で二人がゴシップネタになってるみたいで。下世話な話しでも引き出したいんでしょうが…」
「ちなみに君は、ヒトリ•ゴトウは知っているかな?」
「知っているも何も、このクラブを知っているヤツで彼女を知らない人間は居ない!彼女は伝説だ!」
「…それじゃあ、対応は解るよね?」
「…イエス。そう言う事なら」
「よし。…おいトッド、日本からのお客さんにウェルカムドリンクを出してやってくれ。…キツいヤツをね」
「オーケイボス。飛び切りのヤツを出してやるさ!」
「…このバングルに掛けて、ヒトリを貶めようとするヤツは許さない」
手首のバングルをひと撫で。ケニーは悪い笑みを浮かべる。
☆
「おいレベッカ…何時だと思ってやがる…」
『あんたの時間なんか興味無いね。馬のションベンなんか飲んでる国が何時かなんて知らないよ』
「お前なぁ…アメリカの酒だって悪かぁ無いぞ」
『そんな事はどうでも良いんだ。…あんた、明後日から日本に行くよね』
「…だから今たっぷり寝てる所だろうが」
『それじゃ、目が覚める話をしてやるさ。…ヒトリとイクが今、日本のメディアに攻撃されてる』
「…おい、ホントかそれ!」
『こんな胸糞悪い嘘吐くもんか。ケニーのトコにも日本から取材が来た。名目はあんたの取材らしいけど、ヒトリ達の下世話な話を拾いに来たんだろうさ』
「…俺はどうすれば良い?」
『自分で考えな。親友を守りたけりゃ、ね』
「…解った。情報すまない」
「誰からだったの?」
「…ああ、すまないダーリン。起こしちまったか。ロンドンの友達からさ」
「貴方に「友達」?…フフ」
「そりゃあ、俺だって友達は居るさ。…ただ、親友は1人…だ。その親友が日本で困ってる。力になってやりたい」
「…そっか。是非その人を助けてあげて」
「ああ。…日本に行く最大の理由が出来たな」
ーーーーーーーーーー
「はい…いえ、その様な取材はお断りしております。それでは」
乱暴に電話を切る。
「くそっ!腹立つ!」
「て、店長。すみません…」
「ああいや!ぼっちちゃんが悪いんじゃ無い!お前は一切悪く無いからな!」
「…はい」
あれから、事務所にも…果てはスターリーにもテレビ局や雑誌社から取材要請の電話が引っ切り無しに掛かってくる。
始めはニュースサイト。次に配信者の記事。最後は写真週刊誌まで。いつまで続くのか。
…わたしが居なくなるまで続くのか。そんなにわたしを世界から消したいのか。
…郁ちゃん。悲しんで無ければ良いけど。
「…スタジオお借りします」
「あ、ああ。好きに使ってくれ。もうすぐ来日公演のゲストがあるんだろ?」
「はい。少しでも練習しておかないと」
……………
「…ぼっちちゃん。今の気持ちが音に出ないと良いが」
ーーーーーーーーーー
「私、帰る!」
「待って、イク!今帰ると余計騒ぎが大きくなるわ」
「でも!ひとりちゃんが!独りで悲しんでるもの!」
騒ぎ立てる私を、メアはぎゅっと強く抱き締めてくれる。
「…イク。世界の全部が敵にまわったとしても、私はずっとイクの味方。それは忘れないで」
「…うん、うん。ありがとう。お姉ちゃん」
「…だからイク、あと少しだけ待ってて。絶対良い方向に行くから…ね?」
「…何をするの?」
「私…こう見えて結構人気あるのよ?」
「…?」
ーーーーーーーーーー
「…あ、れ?…何で?」
「おー、やっと来たね!」
「ぼっち、遅い」
スタジオに入ると、虹夏ちゃんとリョウさんがそれぞれの楽器を構えて待っていた。
「虹夏ちゃん、リョウさん…どうしたんですか?」
虹夏ちゃんはちょっと照れたような様子で、頰を掻きながら答えてくれた。
「いや〜、こんな事態だけど、あたし達は何も出来る事が無いから…せめてぼっちちゃんがちゃんと公演で演奏出来るように、お手伝い出来ればなぁ…ってね」
「彼等のコピーをちょっと練習してた」
「…え!」
あの、人のコピーを凄く嫌がるリョウさんが…わたしが演奏を全う出来るように彼等の音のコピーを練習してくれてた…
「…あ、ありがとうございます!」
…嬉しい。とても…嬉しいよ。
「ま、所詮真似事だけどね。でも、音が無いより良いでしょ」
「………は、はい!」
「さ、それじゃ…行くよ!」
ーーーーーーーーーー
2日後
生放送のスタジオは、最初から異様な空気が流れていて。
「今日はインタビューを受けて頂いて、ありがとうございます。僕がインタビューをさせて頂きます」
「ああ…」
「今日はギターとドラムに来て頂きました。…あの…いつもインタビューの時は…お酒を?」
ギタリストの彼はハナからグラスを掴み、琥珀色を喉に流し込んでいる。
「悪いか?」
「いえ…いえ!全然!お酒が好きだと伺っていたので、今日はプレゼントを持って来ました。アメリカにお住みだと伺ったので、最高級のバーボンを…」
「…馬の小便なんぞ要らん。酒はこれ…アイレイのシングルモルトだけだ」
「あ、あはは…すみません…」
取り付く島もないとはこの事で。ギタリストの彼の代わりに、ドラムスのリーダーが答える。
「小僧」
「あ、はい!」
「コイツは今、何故か知らんが機嫌が悪くてなぁ。そして何故か俺も機嫌が悪い。そんな訳で宜しく頼む」
「は…はぁ…」
辿々しくも幾つか質問をし、それにまともな返答が返らずまた質問をし…を繰り返し。
「……そ、それで…あの…えーと、次に「The99Club」の事を…聞きたい…んですけど…」
「おい」
「ははいっ!」
「…汗だくだけど大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですっ!」
リーダーの問いにそう答えたものの、まるで生きている心地がしない。
今迄幾ら海外のビッグネームが来ようと、こんな事態にはならなかった。自分のインタビュアーとしてのスキル、そして音楽の知識には自信を持っていた。
こちらがジョークを言い、それを気安く返して貰う…なんてお手の物だと思っていた。それがどうした事か、まるで通用しない。ハナから喧嘩を仕掛けられているような緊張感。
「…それで、The99Clubにも取材に伺ったんですが…何か、機材トラブルとかで収録出来ませんでして…」
「プッ…ウハハハハ!機材トラブルだと!?ケニーの奴、やりやがったな!ワハハハハ!」
「きっとキツいガスでも入れられちまったんだろ!?ガハハハハ!」
なにが原因か解らないが、二人の気が緩んだのを感じる。
…僕のやり方は間違っていない!
そこで次に選んだ質問が、毒舌系配信者を自負する彼の最大の間違い。
「は、はは…機嫌が良くなった所で…The99Clubには日本のガールズバンド、結束バンドの後藤ひとりと喜多郁代が居た事がある、と。知っていますか?」
このスーパーギタリストである彼のシグネチャーモデルを使っている後藤ひとりと何かの繋がりはあるんじゃないだろうかと踏んだ。その調査不足が第二の間違い。
佐藤愛子のコラムを読んでいれば、同じバングルをして「親友」なんて言葉が出て来るのをすぐ気付いた筈。
「…やっぱりお前もか」
「…え!?何ですか?」
「なんでもねぇよ。それで?ゴトウヒトリがどうしたって?」
明らかに空気が変わる。これ以上無い程張り詰めた空気。
テレビ局の意向もあり、後藤ひとりと喜多郁代のゴシップを何とかもぎ取りたかった。ええい、ままよ!の気分。
しかし…虎の尾を踏んでしまう。
「最近、後藤ひとりと喜多郁代が日本で話題になってまして。話題と言ってもちょっと悪い方なんですが…最近二人の熱愛報道が出まして。二人共女性なのに。その上、後藤ひとりは女性を取っ替え引っ替えしてるともっぱらの噂でして。ロンドンに居た時にそう言う話を聞いた事は?」
「………ハァァァ………」
「え?あの…何か…」
「おい…俺、もう良いよな」
確認を取った相手はリーダー。
「…ああ、いいぜ。良く耐えたよ、お前は」
「え…何を…何が?…」
困惑するインタビュアーに対して、まず確認する。
「小僧…これ、ライブ放送だよな」
「え、あ、はい!な、生放送です!」
それを確認すると、やおら立ち上がる。そのグリーンの瞳は鋭く、視線だけで人を殺せそうな威力を秘めている。
「ヒトリが現在使っているギター、知ってるか」
「ひと…ああ、後藤ひとりのギターですか。貴方のシグネチャーですよね」
「マヌケ野郎め」と呟くリーダーを横目に、彼はインタビュアーを睨む。
「クソ野郎!あれは俺が使ってた本物だ!数々のアリーナツアーも、あの野外フェスも、常に身に着けてた俺のフェイバリットだ!それを何故ヒトリに渡したか解るか!俺がヒトリとの縁を繋いでおきたかったからだ!あのボディに書いてある文字を見たか!「ヒトリと俺は最強だ」って俺が、俺が!書いたんだ!そしてヒトリが腕にしているバングルを見たか!俺のコレと同じバングルだ!The99Clubのケニーと3人で俺達は三銃士になった!死ぬ迄その縁は切れねえ!これはヒトリがくれた物なんだ!命より大事な、俺達の繋がりだ!」
一気に捲し立てる。もうインタビュアーは顔面蒼白だ。身体を震わせ、言葉を発する事も出来ない。
「おい!もしこの先ヒトリ•ゴトウとイクヨ•キタについてフザケた下らねえ噂を振り撒いてみろ!もし耳に入ったら、その時は…ロンドン、いや、イギリス中のアーティストが相手をしてやる!良く覚えとけ!」
「F◯CK!」と吐き捨て、自らの座っていた椅子を蹴倒す。
そしてカメラに向かい
「Thank you!」と笑顔でひと言。持っていたグラスを床に叩き付ける。そのままスタスタとスタジオから去ってしまった。
インタビュアーは椅子からずり落ちる。腰が抜けて、もう立つ事も出来ない。そこにリーダーが顔を寄せ
「小僧。お前は虎の尾を踏んじまったんだ。親友の前で、ヒトリについて下らん事をベラベラ喋っちまった。今夜はママに抱かれながら自分が何をやっちまったか良く考えるんだな」
そして彼と同じ様に椅子を蹴倒し、スタジオから出て行った。
この日のインタビューはすぐに動画サイトに流出され、フル再生のものは僅か2日余りで500万再生を叩き出した。
後に「最悪で最高のインタビュー」と語り草になる。
☆
「あ、あれは僕のせいじゃ無いぞ!あんな無茶苦茶なインタビューがあるか!」
まるで最初からケチをつける為に来たようなものだ。仲が良いと言うのなら、後藤ひとりが頼んでそう仕向けたに違いない。
「この事実を配信してやる!」
意気込んだ所で、楽屋のドアをコンコンと叩く音。
「誰だよ!」と激昂したままの声音で返答すると、「入るよ」と年配者の声。
「…プロデューサー」
この番組のプロデューサーだった。
自分の失態の苦情を入れに来たのかと思い、即座に言い訳を組み立てる。
「あの!あれは最初からおかしかったんです!元よりケチを付ける為に出演したとしか思えない!だからあれは…」
「もう、良いんだ」
プロデューサーから被せるように言葉が出て、少し困惑する。
「え、何が良いって…」
「だから…良いんだ。今迄お疲れさん」
「どう言う…事ですか!」
「だからね…もう、君は…使えないんだ」
目の前が暗くなる。
配信でそれなりには稼いでいた。ただ、ラジオやテレビの仕事が増えるにつけ、その見た目の華やかさも手伝ってテレビ等マスメディアの仕事をメインに持って来ていた。
今、1番の稼ぎはこの番組。これを外されては収入がガクンと落ちる。
「もう…この番組には出られない、って事ですか」
「ああ…この番組だけじゃない。暫くはラジオもテレビも…君を使えないだろう」
「な、なんで!?」
青褪めながらプロデューサーに問い詰める。
「…Uミュージックって解るかい?」
「それは…こんな仕事をしてれば…」
Uミュージック。業界最大手の音楽会社。当然、影響力は多岐に渡る。
「ウチのメインスポンサーはUミュージックなんだ。そこから正式に抗議が出た。所属のトップクラスミュージシャン30名の連名で」
何故そんな大事になる?何の力が働いているのか。
「名目は、ミュージシャンの地位及び権利の改善。ゴシップからミュージシャンの身を守る為…と言うお題目だが…連名の発起人に名を連ねてる人物が問題でね」
「…誰、なんです」
およそ想像がつかない。何が目的でいきなり事を起こしたのか。
「ナイト・メアって知ってるかな。日本だと知る人ぞ知るって感じだが、ヨーロッパや北米では絶大な人気でね」
「…勿論知ってますよ。アルバムだって持ってます」
一時期、凄く嵌まっていた事があった。同じ曲でも朝に聴くのと夜に聴くのは曲の表情がガラリと変わる。確か「世界の歌」と言うニックネームが付いていたか。歌う事の天才とは、こう言う事だとしみじみ思った。
「そのナイト・メアが発起人なんだ」
「え!?…だから…何で!」
プロデューサーは誰も居ないのを解って居ながらも楽屋内をキョロキョロと見回して…こそりと告げる。
「喜多郁代は…ナイト・メアの妹分だと言う噂だ」
「うそ!…でしょう?…」
声を荒げるのは不味いと思い、途中から声のボリュームを絞る。
信じられない。ナイト・メアは絶対に自分では後続を作らないと公言していた筈だ。誰にも歌のクオリティに納得出来ない…と言った理由で。
「本当らしい。ナイト・メアが見初めた、と。…つまり、私達は開けちゃいけない箱を開けた事になる」
「………」
もう、項垂れるしか無かった。
Uミュージック所属トップアーティスト連名の抗議文は、テレビ局やラジオ局、そして雑誌社にまで届いていた。
業界最大手から出された抗議文。影響は計り知れない。
ーーーーーーーーーー
「そろそろ届く頃かしらね」
「ああ、そうだね。そろそろだろ」
ソファーに座り、郁代が淹れてくれたお茶を楽しみながら思案に耽る。郁代を抱き締めながら。
「あ、あの…メア?そろそろ離して」
「ダァメ」
「…すぐに帰るって言わないから…」
「そ。妹は姉の傍に居るものよ」
「そうだぞイク。姉は命を懸けて妹を護るものさ」
「…レヴィまで…ひとりちゃん、大丈夫かな」
「大丈夫だよ。なんたってヒトリはギターヒーローだからね」
「理由になってないよ…ひとりちゃぁ〜ん…」
ーーーーーーーーーー
「あ、あの…ありがとうございました!」
「俺はやりたい事をやっただけだ。お礼を言われる理由は無いな」
あれから下世話な噂話はぱったりと止んだ。気味が悪いくらいに。
誰かが「龍の逆鱗に触れた」と噂していたが、何の事だか解らない。実際、何処かから抗議文が出されたらしいと言う噂なのだが、何しろその抗議文を受けたらしい会社が軒並み口を噤んでいるみたいで。
なので真相は誰にも解らない。
受けた傷は簡単には治らない。
もしかするとその傷は、一生治らないかもしれない。
何かの度に顔を出し、わたしと郁ちゃんを悩ませるかもしれない。
それでも、生きて行く。郁ちゃんと、生きて行く。
転びながら、立ち上がりながら…少しづつ歩いて行く。
「ヒトリ。俺はな?お前とステージ上で演れるのが嬉しくて堪らないんだ。だから他の事はどうでも良い。お礼を言うなら俺の方だ。…ありがとう、ヒトリ」
「え!あ!あの!…わたしの方こそ貴方とギターを弾けるのが嬉しい…です。ありがとうございます」
「おーいお前等、ジャパニーズスタイルは程々にしてくれ!そろそろ始まるぞ」
ドラマーであるリーダーから声が掛かる。それを合図に、皆の顔付きが変わる。
「ヒトリ、始めに2曲程演って場を温めとくから、3曲目から入ってくれ」
「あ、はい!。解りました」
メンバーが登壇して行く。わたしはそれを見送るように、一人一人と拳を合わせていく。
観客の声が嵐のようだ。心地良く、尚且つ暴力的な嵐。
その中、最高のバンドたる彼等が姿を現す。
声援、絶叫、歓声、声にならない叫び…
ああ、やっぱり彼等は凄いな。
…でも、もう遠い憧れじゃあ無い。
もうそこに有る、革命寸前の未来。それを見据えて。
もうすぐ辿り着く。辿り着いてみせる。
「それじゃ1曲目、行くぞ!」
そこから続けざまに2曲。
観客の気分も最高潮。
そして、彼のMCが。
「おー、今日の客はノリが良いなー。良いこった。それじゃ、そのノリをキープしとけよ。次は凄えぞ!」
外国人のお客さんも結構居るけど、彼が英語で喋っている事は客の半数も伝わって居ないだろう。それでも、次は何かが待っているというのは肌で伝わるみたいで。
虹夏ちゃん、リョウさん。練習付き合ってくれてありがとう。この場に居る筈だよね。
店長、シデロスの皆、シクハックの皆さん。チケットは送った筈なので、見に来てくれてるかな。
この場に郁ちゃんが居ないのは残念だけど、ライブ配信…メアさんとレヴィさんと一緒に見てくれてるかな。見てくれてると良いな。
「待たせたな!さあ、ゲストを呼んでるぜ。俺の唯一の親友、そのギターは唯一無二の音を出すぞ!誰にも届かない、届かせないそのギター!俺のフェイバリットギターを受け継いでくれた、ルシファーと呼ばれるそのギタリストの名前は…」
───ヒトリ•[ボッチ]•ゴトウ!───