王の帰還After──王の細道──   作:サマネ

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休日

その1

──RYO ストレイキャット──

 

 

「…うん、…え?………解った。…泣く事無いじゃ無い。折角の休みなんだから、そっちが奢ってよね。…うん、じゃ、そこで」

 

溜息を吐きながら通話を切る。

「…まったく。しょうもない用事で…」

「リョウ、誰からの電話?」

コーヒー2つを手に、虹夏が相向かいの椅子に座る。

 

ここはわたしのマンション。

高校卒業と同時に実家から追い出され、このマンションに引っ越して来た(まあ、ココを用意したのは両親なんだけど)。

自分でも稼げるようになり、両親への反発もあって引っ越してやろうかとも思ったけど…面倒臭くて今に至る。

…とくに不便も不満も無いんだよね。自分の小さな意地以外は。まあわたしの場合、それが1番のネックなんだけどさ。

部屋自体は常に虹夏が掃除してくれてるから、綺麗なまま。ご飯も頻繁に虹夏が作ってくれるから、餓死寸前で部屋で倒れてる…って事も、そうは無い。

洗濯だって常に(以下略)お風呂も(以下略)………

…あれ?わたし、この部屋で何してる?て言うか、ここはもしかして虹夏の部屋なんじゃ…そうだったのか…

 

「虹夏」

「…何さ」

「…お邪魔してます」

「ま〜た下らない事考えてんね、バカリョウ。そんで?誰からの電話だったのさ」

「ん?…ああ…」

教えても何にも問題無いんだけど、相手の事を幾らか慮って言葉を濁す。

「押し売り電話。…トコロテン、だったかな」

「…お前は、押し売り相手に泣いてんの宥めたり待ち合わせしたりすんのか!?何処で知り合った女だ!」

なにかあらぬ誤解を受けてる。それこそ素直に言っちゃえば良いんだけど、そこでまたわたしのツマラナイ意地が顔を出す。

つまり、へそ曲がり。

 

目を閉じながら日頃のわたしの行いをあげつらっている虹夏の背後に回り込む。そして椅子の背凭れごと抱き締める。

肩を跳ねさせる虹夏の耳元に唇を寄せそっと囁いた。

 

「…虹夏」

「ふえっ!なななな何だよイキナリ!」

めっちゃ狼狽えちゃって可愛いなぁ。耳が真っ赤になってるよ。

さて、ここで殺し文句。

「虹夏。わたしが大事に思ってるのは虹夏だけ。産まれた時から死ぬ時まで、見てるのは虹夏だけだよ」

「ひよぇっ!な、何言ってるのさいきなりっ!そ、そりゃあたしだってこれまで良いなって思った人は居なかったしでもだからと言ってずっとリョウ一筋って訳でも…いやいやべつにリョウに気が無いって事じゃ無くてね?それどころか…ほら!解るでしょ!?これだけ一緒に居れば!オソロのタトゥーも入れちゃったしもう離れられなくなってるって言うかあ〜こんな恥ずかしい事言わせんな!もうどうすりゃ良いのコレ!………あれ?」

 

その頃、わたしはもう脱出に成功していた。

「…リョウーーー!バカタレーーー!」

虹夏の罵声を背中で聞きながら。

ちなみにコーヒーは一気に飲み切った。勿体無いからね。

…口の中、ちょっと火傷した。

 

 

「…ここか…な」

電車に揺られて20分程、送られてきた住所を頼りに辿り着いたある店舗。

店構えはお洒落で落ち着いた雰囲気…の、ラーメン屋?

英語表記の店名が、ラーメンのイメージと程遠い。でもオススメが[創業120年の醸造所の醤油を使用した醤油ラーメン]とお洒落なポップで書かれているから…多分、ラーメン屋。

店内に入り見廻すけど見当たらない。声を掛けてきた店員に待ち合わせと伝えると個室に通された。

ラーメン屋に個室って…

 

店員に促されて奥に進む。部屋に暖簾が掛かっている半個室に入ると…その人物は居た。

半ベソをかきそうな顔を項垂れさせて、小さくなっている…デブのオヤジ。

「…オッサン」

「…おお、リョウ………助けてくれ」

来たのに気が付いたオッサンは開口一番、わたしに助けを求めた。

 

 

「…くだらない」

「おまっ!そう言うけどなぁ、俺にとっちゃ一大事なんだぞ!」

二人してオススメの醤油ラーメンを啜り(わたしはチャーシュー麺にしてやった。ちなみに1580円)、オッサンの悩みとも言えない愚痴を聞く。

つまりは

ーー引退したメンバーの代わりに、運良く人気バンドのベーシストとして加入したオッサン。当然実力派人気バンドなので大きなハコで演る。そこでオッサンの人見知りが発動。何しろ2桁台人数規模以上くらいの観客だと、震えて運指もマトモに出来なくなる。でも折角誘ってくれたのだから、この機会を逃したく無い…と──

 

「そもそも、何十人だろうと何百人だろうと何千人だろうと、余り変わらないでしょ?」

「…それはお前等が人気バンドになったから言えるんだろうよ」

「オッサンだって元々超人気バンドに居たじゃん」

そう言うと、凄く苦々しい表情をする。

「…あくまでスタジオメンバーとしてな。ステージでは殆ど演ってねえ」

「殆ど…って事は、何回かは演ったの?」

「………ああ」

その後語った所によると、加入最初の頃はステージに上がったらしい。その頃は加入の高揚感で自分を誤魔化せていたらしいけど、そのうち「おかしいな…」と思った。

やけに緊張する。

やけに運指がままならない。

やけに…メンバーの音が耳に入ってこない。

そこで気が付いた。自分はとことんチキン野郎だと。

メンバーに迷惑を掛けるからと、脱退を申し出たけど、「それじゃあスタジオ撮りだけでも」と引き留められて。

その後は…まあ、何やかんやあって結局脱退したらしいけど。

 

「…で、わたしにどうして欲しいの?」

最後のチャーシューを大事に齧り付きながら、問うてみる。

オッサンは多分ダメ元だったんだろう、わたしに申し訳無さそうな顔を向け

「…何か良い手、無ぇかなぁ…」

身を縮こまらせて。所在無さげに。

「ちなみに、今迄特訓とかした事ある?」

「…そんな事出来ねぇだろ。登壇、即、本番なんだからよ。特訓の為に人を集めるなんて無理だろ」

「まあ、そうだよね」

 

…いや、まてよ。あるじゃん。かなり荒療治だけど…機会は、ある。面白そうなヤツが。

 

「ま、何か考えてみるよ」

そう言ってオッサンと店先で別れた。そしてもう一度店内に。

さっき居た部屋の隣の個室。そこにヒョイと顔を出す。

 

「虹夏、聞いてたよね」

「うえあっ!………リョ、リョウ、奇遇だね!」

「そう言うの良いから。大槻さんも居るなら話が早い」

「わ、私は聞いて無いわよ!」

一緒に居た大槻さんに話し掛ける。私「は」って言ってる事で、2人共聞いてたのは確定。それじゃ、協力して貰おうか。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

その2

──NIJIKA プライベート•アイズ──

 

 

リョウが誰かと会うのをはぐらかして、出掛けてしまった。

あたしに甘い言葉を囁いて、その隙に…

…怪しい。すごーく怪しい。

別に、誰と恋仲になろうと構わない。気にしない。…しないったらしない。

だけど…そう、心配なんだ。アイツはすぐ金の無心するし、人に依存するし。その相手が可哀想というか…そう、心配なんだよ。うん。

大体今日は久々のお休み。何にも予定が無い日。だから、リョウとイチャ…ダラダラ過ごそうと思ってたのに。それなのにあっさり予定を入れやがって!

結局相手の情報も解らず仕舞い。…まあ、あんなクズベーシストに付き合えるのはあたし位しか居ないけどさ!

だからこれは相手の心配。そう、うん。

また遠くには行ってない…筈。

バッグから普段歩き用の変装グッズーーキャスケットと伊達眼鏡を取り出し、装着。これであたしが誰か解るまい。

念の為、リョウのクローゼットからアイツが普段殆ど着ないニットカーディガンを羽織り、準備完了!

部屋を飛び出した。

 

 

…居た!

駅に向かってるな。ちょっと離れた所に行くのか。

改札をタッチ&ゴーで抜けて行く。離されてなるものか。

 

 

…結構乗ってるな。

ドア越しに隣の車輌を伺う。イヤホンなんか挿して、呑気にしてやがって。人の気も知らないで!

 

「…虹夏」

何処まで行くんだろ。…あたしと居るのが嫌になったの?それとも…

「虹夏」

目を瞑ってるから、まだまだ電車に乗っているのか。そんな離れた所に居る女か!…歯噛みする。

「虹夏!」

「うわぁっ!」

肩を叩かれ、大声で名前を呼ばれる。び、びっくりした!

反射的に振り向くと…

「…ヨヨコちゃん」

「何してんの?」

「アタシハニジカジャナイヨー」

「………バカにしてんの?それとも虹夏に双子が居たの?…まあ、私の事「ヨヨコちゃん」って呼んでる時点で本人だし」

「…なんであたしだって解った?」

「それこそバカにしてんの!?どう見ても虹夏でしょ!」

おっかしーなー、完璧な変装の筈なのに…

ヨヨコちゃんがあたしが見ていた先を見詰める。

「…あれ?山田リョウじゃない。おーぃ…」

リョウに近付こうとするヨヨコちゃんを咄嗟に羽交い締めして口を塞ぐ。

ヨヨコちゃんは目を丸くして「ウゴッ!」とか「フガッ」とか叫ぶ。

ここで騒がれちゃマズいので、そのままヨヨコちゃんの耳に口を寄せる。

「…ヨヨコちゃん、ちょっと静かにして。良い?手、離すよ」

ヨヨコちゃんが首を縦に振るのを確認して、そっと手を離す。…と。

「ちょっと虹夏!どうぃ…」

再び口を塞いだ。

 

 

「…いや、それは無いでしょ?幾ら山田リョウがクズだとしても」

「…クズは否定しないんだ…それでもね、電話の相手は教えないし、あたしに良い事言って隙を見て逃げてったし…」

現在、通路を挟んでドアの陰から二人してリョウを観察中。リョウは相変わらず扉に凭れてイヤホンで何かを聴いている。すると、車内放送が次の駅名を告げた。リョウが目を開け次の駅名表示を確認した後、イヤホンを仕舞う。

動く!

「ヨヨコちゃん、一旦次で降りるよ」

「…え?何で私まで…」

この際、付き合って貰おう。

 

 

「…ラーメン…屋?」

「…美味しそうね」

「こんなトコで、逢い引き…?」

「カジュアルに付き合える相手なんじゃない?若しくは、虹夏と行く為の下調べ…とか」

「あたし、そんな気の利いた態度して貰った事無いんだけど」

そもそもラーメン好き!とか宣言した事無いし。お店選ぶ時はあたしチョイスだし。リョウに聞くとほぼカレーだし。

「…ほら、入るわよ」

何故かノリが良くなって来たヨヨコちゃんに先導され、入店した。

幸い、目標は個室に向かう。これならこっちは解りづらい。

運良く隣の個室が空いてたので、そこに入る。…店員がシデロスのファンだった為、騒がれそうなのをヨヨコちゃんがサインを書いて回避。

個室同士は壁があるが、上半分は竹の桟が組んであるだけなので何とか声は聞こえる。

更に声を捉える為、ラミネートのメニュー表をメガホン型に丸めて竹桟の空間に向ける。傍から見れば完全に不審者。

「…何頼むの?」

「同じヤツで」

ヨヨコちゃんはハァ…と溜息を零し、タッチパネルを操作していた。

あたしはそれどころじゃないの!

 

集中して聞こうとしていると

「ご注文の品です」

「ピィッ!」

いきなり店員が現れる。びっくりして取り繕うのも忘れて固まった。

店員が不審な表情をしている所、ヨヨコちゃんが

「今見ている事は忘れなさい!」

と店員に注意してるけど…ヨヨコちゃん…あたし余計に恥ずかしいよ…

 

段々自分が悲しくなって、態勢を戻してラーメンを啜る。あたし…何やってんだろ…

「…随分低い声ね」

「…え?」

「相手よ」

耳の良いヨヨコちゃんにそう指摘される。…そう言えば、女性の声じゃ無い!………え!?オトコ!?

 

…遂に…オトコ、かぁ。女じゃ…あたしじゃ…ダメだったかぁ…

力無く箸を置いて、俯く。

リョウは…そっちだったかぁ…そうだよね。1回も「女が良い」なんて聞いた事無いもんね。

ごめんね…今迄勘違いしてて。…幸せになってね。

…でも、願わくばまだバンドはやっていたいなぁ…それだけでも付き合ってくれる?リョウ。

 

そんな時

「プッ…ウフ!ウフフフ!」

突然ヨヨコちゃんの笑い声。

「な…何よぉ…」

あたしは涙声。決壊寸前。

「え、いや…だって………ウフフフフ!」

隣の部屋を指差し、手を口で押さえて。

「…だから…何さ」

笑いを爆発させそうなヨヨコちゃん。何だって言うのさ!

「あなた、聞こえないの?………言ってるわよ、「オッサン」って。それってさ…」

…リョウの師匠。

……………

 

バ、バカヤロォォォ!何で言わない!?リョウ!

 

箸をガッシと掴む。

自分の恥ずかしさ、情けなさ、憤り…等々、全てを呑み込む勢いで、ラーメンを豪快に啜る。

…ホントに何やってんの…あたし…

 

食べ終わって、先ずヨヨコちゃんに頭を下げた。

「…ヨヨコちゃん、ごめん」

「良いわよ、別に。ヒマ…時間はあったし、虹夏の珍しい姿見れたし」

笑いながら伝えてくる。

「…ごめん、忘れて…」

もう、恥ずかしいったら…顔が真っ赤なのが自分でも解る。

冷静に聞いてたら、師匠がリョウに相談事をしていた。さっきは頭に血が登ってたのと疑心で碌に内容が入って来てなかった。

…はあ、自分が嫌になる。

でもそうか…リョウの師匠、そんなにステージが苦手なんだ。…ぼっちちゃんみたい。

今はぼっちちゃんも慣れて来たみたいだけど。…昔と比べて、更に格好良くなったよね。喜多ちゃんが離れられないのも解るよ。

「…昔の後藤ひとりみたいね」

ヨヨコちゃんも同じような感想。

「ヨヨコちゃんは…強いよね」

全てに於いて物怖じしない…と言うか、とにかくぶつかって行くヨヨコちゃん。この人は最初から強いイメージ。

「私だって最初は何に対しても怯んでたわよ。…でもね、それ以上に…負けるのが嫌!なの。何に対してもね」

やっぱり貴女は格好良いな。

 

そんな事を話し合っていると

 

「虹夏、聞いてたよね」

ひょいと見知った顔が部屋に入って来た。

「うえあっ!………リョ、リョウ、奇遇だね!」

「そう言うの良いから。大槻さんも………」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

その3

──BOCCHI 徘徊ツチノコ──

 

 

「わたしは無能…わたしは凡人…わたしは…」

完全休日の朝…と言うか早朝。

AM4:20

まだ朝日も昇り切らない時間。

この時間が好きで、これからの時間が…嫌いだ。

まだ街が動き始める前。まだ陽光が全てを曝け出す前。

ーー好きな時間。

もう少し経つと街が、人々が動き始める。陽の光が全てのモノを暴き、愚かな自分も晒される。

ーー嫌いな時間。

 

この時間に目的も無く、ただフラフラと彷徨う事がたまにある。

自分を見詰め直す…と言うと格好良いが、ただ、何かから逃げるように意味も無く歩を進める。

決して今の生活から…郁ちゃんから逃げている訳では無く。

かと言って、何かを得ようと散策している程には意味を持たない。

つまりこれは

自分の「中」を空っぽにしていく…積もってしまった自らの中の余計な塵を振り捨てて行く行為。

ある意味、自傷行為に近いかも。

歌詞を書いていると、偶に自分の中に「余計なモノ」が溜まっているのを自覚する事がある。

それは以前書いた歌詞の「残滓」であったり、思い付いたシチュエーションや言い回しがこびり付いて焦げ付いた「モノ」であったり。

 

それをリセットしたい。

常に「新鮮な自分」で居たい。

そこから思い付いたフレーズが、思い返すと以前考えたもののストックであっても構わない。

要は、自分の中のカウンターを一度「ゼロ」にしたい。

多分、ホントに自分の中がカラになったらわたしは何の歌詞も思い付かなくなるだろう。

自分をリセットするなんて、他人が聞いたら只の自己弁護にしか聞こえないかな。お前はそんなに新しい自分に期待出来るのか…と。お前の能力は無限なのか…と。

 

そんな事…ある訳が無い。

 

わたしはわたし以上には成れないよ。

ちょっとだけギターが上手くて、ひねくれた歌詞をひり出し続けて、結束バンドが、バンドの皆が大事で、何より郁ちゃんが大切で。

こんなわたしを育ててくれた大好きな両親が居て、口はちょっと悪いけどわたしと郁ちゃんを慕ってくれる可愛い妹が居て、わたし達を見守ってくれた店長さんやPAさんが居て、わたしに勇気をくれた廣井お姉さんが居て、すぐ怒るけどわたしを気に掛けてくれる大槻さんが居て…

ロンドンには親友と、わたしを守ってくれたケニーさんが…三銃士の二人が居て。

そんなわたし。

根源は無くならない。だから、わたしはわたし以上には成れない。

わたしはわたしのまま拡がる。深くなる。鋭くなる。

だからこそ、わたしはわたしを研ぐ。ソリッドになる。

 

…やっぱり、翌日が休みだからって夜を跨いで延々と歌詞なんか考えるもんじゃ無いな。とっとと見切りを付けて郁ちゃんのお陰で温まっているベッドにダイブすれば良かった。

…昔テレビで見たルパンダイブって、1回やってみたいな。…思い切り顔面アタックして鼻血を吹いて倒れる郁ちゃんしか想像出来ないや。

 

しょうも無い事ばかり考えてたら、結構歩いて来ちゃった。

もう最初に何を考えてたのか忘れてきちゃったし。

多分、寝不足。

覚束ない足取り。取り留めの無い思考。

でもそれが、わたしに必要な作業。わたしがわたしたり得る工程。

これが「心を空っぽにする」と言う事。

 

…郁ちゃん

 

余計なものを脱ぎ捨てて、かなぐり捨てて…残り物を成形して…出来たものは、郁ちゃんへの気持ち。

郁ちゃん、凄いな。すっかり「わたしの軸」になってるよ。

今すぐ郁ちゃんを抱き締めたい。「おはよ」って言いながらも2人で眠りの沼に堕ちて行きたい。

 

…よし、帰ろう。もう、完全に日が昇る。わたしの時間が終わる。

 

 

さよなら、夜。またね。

新しい夜と、新しい月の光に出逢う為、わたしは朝日に背を向ける。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

その4

──IKUYO 私は貞淑(自己評価)──

 

 

「やっぱり居ないな」

ひとりちゃんの部屋を覗くともぬけの殻。

ひとりちゃんは昨晩、ずっと歌詞を考えて居た。

「寝よ?」って言っても、「今丁度興が乗ってるトコなので、へへ…」なんて嘯いて。

…ほら見なさい。歌詞ノート、全然進んで無いじゃない。

多分今日辺り、また散歩に行くと思ってた。

大体お休みの朝か、夕方くらいまで予定が無い日の…煮詰まっている時に陽も出ない内からフラリと居なくなる。

最初の頃は戸惑った。帰って来ないんじゃないかと思って。

こっそりと後を付けてみた事もあった。でも、何をする事も無くフラフラと歩き廻って…それから無事に家に帰る。

変化があるのは、表情。

歩き始めは思い詰めたような顔をしてるけど、最後、家に足を向ける頃にはスッキリとした表情で。

 

ああ…これは、ひとりちゃんにとって必要な行動なのね…と気が付いた。

その後の言動を鑑みて、どうも歌詞制作なんかで思い悩んで…みたいな事じゃ無い気がしてる。

帰ってから猛烈に歌詞を綴り始めるとかでは無く、何か…自分をリフレッシュしたいのか…それに近い感じ。

その行動の切っ掛けは未だに解らないけれど、帰ってから幾つかのパターンがあるのは気が付いた。

 

帰ってすぐシャワーを浴びてギターを掴む。

帰ってからいきなり朝ご飯を作り出す。

帰ってすぐコーヒーを淹れ、ひたすらボ〜ッとしてる。

そして…帰ってすぐに私を寝床に引き摺り込む。

大体これのどれか。

そのどれもが可愛く映っちゃうんだから、私も大概なんだけど。

 

さて…今日はどのパターンかしら。

変に楽しみにしてる自分が居る。

 

あ、ドアのキーシリンダーが回る音がした!いけない、寝たフリしなくっちゃ!

ベッドで嘘寝をしてる私に段々と近付いて来る足音。そして寝室のドアが開かれ…

 

「…ただいま…です」

愛しい声が聞こえる。近付いて…でも、ちょっと離れているような。

まだ我慢!目を開けちゃダメよ!郁代!

その気配はいつもより離れて止まり、「へへ…」と笑い声。…何をする気なのかしら…

段々怖くなって来た。…え?ホントに何する気?

すると、程無く衣擦れの音が聞こえて、そして。

「とうっ!」

掛け声と同時に何かが床を離れて…思わず目を開いてしまった私が見たのは。

ノミのように跳び上がり、その勢いのまま…ジャンピングヘッドバッドをベッドの縁に叩き付けるひとりちゃんの姿。

その時の表情。「あれ?」みたいな顔。何が予想外だったの!?私にとって、今のひとりちゃんの行動全て予想外よ!?

勢いママ顔面をベッドの縁にぶつけたひとりちゃんは…動かなくなった。そして、ズルズルと滑り落ちて行く。

余りに突然で、声が出ないどころか動けない。

ひとりちゃん…散歩の間に中身が入れ替わっちゃった!?犬とかに!?

 

そのうち、ベッドに右手が現れた。少しして左手。そして桃色がせり上がってくる。

高校の頃、さっつーに勧められたゾンビ映画を思い出した。叫び声を上げなかった自分を褒めてあげたい。

顔が見える頃には、赤くなった額も見えて。ほら!もう…ぶつけて赤くなっちゃってる!

上半身をベッドに引きずり上げてくる。ホントに恐怖映画のいちシーンよ、それ。

目が合う。

「…おはよ」とひとりちゃん。貴女、そのままスルーする気ね。

「………おはよ」

着ていた筈のパーカーとワークパンツはもう脱いでるし。寝る気マンマンね。

ズルリと私の横に潜り込み、私の胸に顔を埋め「………フゥ~〜〜ッ」と大きく深呼吸。

「…しょうが無いなぁ…」

優しく抱き寄せる。夜の匂いを纏って帰って来た愛しの人。

この人がいつも私を惑わせる。この人がいつも私を安心させる。

 

「いくちゃん…あったかい」

貴女の方が、いつも暖かいのよ?

自分の温度は自分では気付かない。だから、わたしがそれを気付かせてあげる。

貴女はとても暖かい。

貴女はとても大きい。

貴女はとても良い匂い。

貴女はいつも…私だけの貴女。

 

ひとりちゃんが目を閉じる。その瞼にキスを落とす。

その奥に隠れた空色を見れるのは…何時になるかしら。

 

始まったばかりで、そのままもう終わっちゃうかもしれない…

そんな休日。

でも、ま…いっか。

 

「…おやすみ」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

それから数日後

 

 

「…おい、本当なんだろうな」

「本当。助けてよ、師匠」

「おまっ!…こんな時だけ…」

 

今日は新宿FOLTでワンマンライブ。銀次郎店長への感謝の為、定期的にココで演っている。

ココにオッサンを呼んだ。呼んだ理由、それは…

 

──最近ぼっちがスランプなんだ。もしかしたらもっと悪い事態で、イップスかもしれない。でも今日のライブは銀次郎店長の為にもやり遂げなきゃいけないんだ。だから、開園までの時間…ちょっとぼっちと音合わせしてあげてくれないかな。いつものわたし達の音だと変化が無いだろうから、オッサン…協力して欲しいんだ。貴方程の腕じゃないとぼっちも目が醒めないだろうし。まだ観客も入って無いし。なに、観客席が怖けりゃ緞帳下ろしとくから。…頼むよ、師匠──

 

と、言う訳でオッサンに協力願った。

「大槻さんのトコにも相談に行ったんだけど、元から他の予定があるからって断られちゃってさ」

「ああ、俺もさっき大槻に聞いてみたらダメだっつってた。急遽予定入っちまったって。………ん?」

「…大槻さんトコも忙しいからね!」

…アブねぇぇぇ…もうちょっと擦り合わせしとくんだった。

でも、何とか上手く行きそう。

 

細工は流々(りゅうりゅう)仕上げを御覧(ごろう)じろ…ってね。

ちょっと意味が違うか。…まあ良い。

 

 

「あ…宜しく、お願いします」

「あ、おお…こちらこそ」

ぼっちも微妙にぎこちない。それがまた…良い。

一応ウチのメンバーも楽器を揃えて舞台に立つ。ま、これからライブだから当然なんだけど。

観客席とステージの間には約束通り緞帳を下ろしている。ステージが隔離されてると、極めて狭い世界だ。改めて実感する。

この狭い世界から、何百人、何千人を熱狂させる。はは…狂ってる。マトモじゃやってられない。

そう…狂ってる位で丁度良いんだ。だからオッサンにも狂って貰おう。

 

「…で、何を演る?後藤」

「あ、はい…それじゃ、ウチの「月並みに輝け」…弾けますか?」

「ああ…リョウとの練習で、お前んトコの楽曲は大体演れるぜ。そうじゃ無くても付いてってやるけどな」

流石だね、オッサン。

「…ねえオッサン、ドラム居る?」

「そうだな…調子合わせる為にも、リズムだけ出しといてくれ」

「解った。…虹夏、お願い」

近付いたわたしに、虹夏がコソリと囁いてくる。

「…ねぇリョウ。上手く行く?」

「大丈夫…多分」

「多分って…」

 

「それじゃ行けるぞ!」

オッサンの掛け声で、演奏スタート。郁代は手持ち無沙汰で見守り役。

 

 

虹夏がリズムを出して、オッサンが合わせる。それにぼっちが付いて行くけど…

…おお!ぼっち凄え!その「演奏」…上手い!

オッサンが声を大きくして喋る。

「確かにおかしいな!イップスじゃないだろうが…これはちょっと難しいかもしれん!」

オッサンも「オカシイ」と感じてくれている。ぼっち…ホントにお前、凄いな。それが「出来る」んだ。

郁代もニヤリとしている。翻って、虹夏はちょっと難しそう。どっちに付いていけば良いか、若干迷いが見られる。

…うん、そろそろかな。

 

ぼっちに目配せで「合図」を送る。ぼっちもそれを受け…「後藤ひとり」を解放する。

本気のぼっち。ちょっとでも気を抜くと、あっという間に置いていかれる。

「え?………おい!」

オッサンも戸惑いながら…ベーシストの性か自分の全力で付いて行く。

虹夏もやっと息が出来たようで。弾むようなドラムワーク。

「え…おいおいおい!」

オッサン、考えてる暇無いよ?さぁ、オッサンの全開…見せてみな!

オッサンが集中せざるを得ない状況。…そこで舞台袖に合図を送る。

気が付かれないように緞帳がスルスルと開く。その向こうには…満員の観客。

郁代が口に指を立て、「シー」のポーズ。もうちょっとだけ静かにしてて。

 

そして、Aメロが終わり…Bメロに入る所で

郁代がバッキングと共に歌い出す。

 

ーー天才だって信じてた 気付かされたーー

ーー違う音 呼吸重ね合わせ 負けたーー

 

瞬間…爆発したような、歓声

「…え!?」

戸惑って、手を止め掛けたオッサンに喝を入れる。

 

「オッサン、弾け!」

 

満員の観客を見て、ひと言。

「ちくしょう、ハメやがったな!」

わたしもベースで付いて行く。

 

オッサン、ステージの向こうにどれだけ客が居ようと、ステージのこっちには常にこれだけしか居ないんだ。

同じメンバーしか居ないんだよ。

信じるしか無いんだよ。

だから、今は…わたし達を信じてくれ!

自分が出す音を…信じてくれ!

一緒に秒速340mの彼方に行こうぜ!

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「今夜は見事に山田ちゃんにやられたわね」

「…やかましい。乗ってやったんだよ」

 

新宿にあるとある居酒屋。

銀次郎店長も含めて、皆で打ち上げ。

 

「で、でも…凄かったです。技術もそうだけど、技術のバラエティも凄いっていうか。アレンジなんか、思い付かないような音の運びで…」

「…お前に褒められたんなら、俺もまだまだやれるって事だな。後藤…実際、お前は凄ぇよ。若手じゃ誰も追い付けねぇ。いや、ベテラン含めても追い付けるヤツが居るかどうか…」

「い、いえ〜、うへへ…」

「おう…へへ」

…やっぱりこの2人、似た者同士だよ。

 

「オッサン。どうだった?」

ちょっと意地悪な質問をしてみる。ハメたヤツがどう?とか聞くなって話だけどさ。

「…お前の誘いには、今後絶対乗らねぇ!」

…まあ、そう言うよね。

「…でも」

「…ん?」

「………ありがとな」

「ハハ…らしく無いね」

「…うるせぇ!」

 

でもこれで、ちょっとは自信持ってくれたかな。

怖くなったらメンバーを見ろ!って。信じろ!って。

目の前のグラスを傾ける。…あれ?ノンアルの筈なのに…目が回る…

あ、これ…虹夏のグラス…

 

同じ時

 

「え〜へへ〜、いくちゃ〜ん…」

「え?なんでひとりちゃんお酒…あ、廣井さん!またひとりちゃんのグラスにお酒を!…」

 

 

 

 

「ぼっちぃ〜、ちょ〜しのってるんらないよぅ〜!しょうぶら!」

「いいれすよ〜!このちょうすーぱーぎたりすとのわらしがうけてたつのらよ!」

 

 

今日も平和だった。

 

 

後日、オッサンは自分達のバンドでライブを成し遂げた。招待されて見に行ったけど…まぁ硬さは残るけど、これなら数を熟して行けば大丈夫でしょ。

しかし…凄いバンドだね、これ。

各々の技術は本物。そこからのアドリブも半端無い。

そんなバンドに請われて加入したオッサン、やっぱりアンタも本物だよ。

 

そんなステージには、本物の輝きがあった。

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